やめて!!冬木市の復興予算はもうゼロよ!!   作:後藤陸将

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やめて!!冬木市の復興予算はもうゼロよ!!の最終話になります。
最後まで愉しんでいただければ幸いです。


光を継ぐ者

『――悪夢のような夜が明け、被害の全貌が次第に明らかになってきました』

 テレビのアナウンサーは重苦しい声音で原稿を読み上げている。

『政府は、今回××県冬木市に上陸した巨大生物について、1954年に我が国に上陸し甚大な被害を及ぼした怪獣『ゴジラ』を筆頭に、同じく1961年に我が国に襲来した巨蛾『モスラ』の亜種、そして、これまでに発見されたことのない新種5体の計7体であると発表しました』

 ここは、××県のとなりにある○○県に設置された冬木からの避難民を収容する臨時の避難所である。一晩中歩き続けた避難民の一部は、近隣の自治体の設置した避難所でようやく一息つくことができていた。

『また、政府発表によれば、冬木市にはこれらの怪獣のほかに、1967年に我が国で放映された特撮番組、『ウルトラセブン』に登場するウルトラセブンに酷似した赤い巨人が現れたということです』

 避難所の一画で膝を抱える少女、遠坂凛も、冬木の怪獣大戦争から逃げた避難民の一人だ。年の割りに聡明な彼女は、淡々とアナウンサーが読み上げる冬木の情報に耳を傾ける。自分の家がどうなっているのか、友だちはどうなっているのかについて、聡明とはいえ、まだ年端もいかない少女には他に知る術がなかった。

 しかし、現在分かっている情報は凛を安心させるようなものは殆ど無く、逆に凛を戦慄させるものばかりだった。

 まず、建物家屋の被害。政府が公開した上空からの写真を見た凛は言葉を失った。一面が灰色の瓦礫の山、そして、そこかしこで立ち上る赤い炎と、空を真っ黒に染めるほどの量の黒煙。冬木市は、完全にかつての面影を失い、東京大空襲でも受けたかのような焼け野原となっていた。

 新都に聳えていたビルは一つも残っておらず、未遠川にかかっていた大橋も橋脚ごと姿を消している。あの写真に写っているのが自分の故郷であるとは信じられないぐらいに、冬木市は荒廃していた。

 次に、犠牲者だ。現在分かっているだけで、死者は民間人だけで2万人近い。さらに、負傷者の数は把握しきれていない。概算で、5万人は下らないということしか分かっていなかった。

 しかも、これは自衛隊の犠牲者を抜いた数である。怪獣から国民を守るために命がけで戦い、命を落とした自衛官の数も一万人以上だ。一連の事件で、全体でどれほどの被害となるのかは凛にも想像できなかった。

 

 ただ、一つだけ彼女が誰にも教えられることもなく確信していたことがある。それは、自分が生まれ育った冬木市は、もうどこにもなく、あの日の冬木は二度と帰ってこないであろうということだった。

 

 

 

 

 最終的には日本政府呼称『怪獣総進撃』事件の被害は凛の想像の到底及ばない規模にまで膨れ上がった。事件から一年後の統計によると、死者は自衛官、民間人合わせて5万人に及んだ。さらに、負傷者も10万人以上となる。その中の多数を占めたのが、冬木でゴジラが撒き散らした放射能や冬木から拡散した死の灰によって被曝した被曝者たちだった。

 ゴジラのメルトダウンによって冬木市は凄まじい放射能で汚染された。汚染の範囲はその時点では冬木市に限定されていたが、一日中には気流にのって死の灰は日本列島をスッポリ覆い、日本列島は重度の放射能で汚染され、命の住めない死の大地となる()()()()()

 列島放射能汚染による日本滅亡の危機を救ったのは、皮肉にも放射能汚染の主犯であるゴジラだった。聖杯の力で受肉したゴジラは、復活直後に自らのメルトダウンによって汚染された冬木から放射能を吸収することで、己のエネルギーとした。

 これにより、本来ならばチェルノブイリ原子力発電所を凌駕するレベルの放射性物質が大量に飛散されるところだったのが、飛散される放射性物質の量や危険度共に大きく軽減された。

 また、本来であればゴジラの死と共にサーヴァント『ゴジラ』という軛からゴジラを構成する数知れぬ怨霊たちが解き放たれて変質し、周囲の者を内的世界に取り込むはずであった。数百万の怨霊の取りついた地は、放射能を除去したところでどうしようもならない呪われた地になるはずだったのである。これも、ゴジラが受肉したために回避されたのであるが。

 ただ、軽減されたとはいえ、放射性物質の大量飛散は人類史に残る大災害であり、国際原子力事象評価尺度(INES)ではレベル7と認定されるだけの規模の被害を出していたことには変わりはないのだが。

 これにより、冬木市のある××県は半分以上の地域で残留放射能が人体に影響を及ぼすレベルとなり、立ち入り禁止区域に指定された。住民は住み慣れた地を追い出され、近隣の自治体が設立した仮設住宅暮らしを強いられることとなる。

 農作物への被害も深刻で、最終的には日本全体で10%の耕作地が放射能汚染によって農作物をつくれなくなった。

 また、日本海は全域が漁の禁止区域に指定され、日本海沿岸の都道府県の漁業は文字通り全滅した。これは、メルトダウンから受肉して復活を遂げたゴジラが、復活後真っ先に朝鮮半島にある月城並びに古里原子力発電所の核燃料を狙って北上、計5基の原子炉を破壊したことによる影響も大きい。

 さらに、日本が巨大怪獣7体+α大暴れという天変地異に等しい災害を受けたことに対して、金融史上は敏感に反応した。瞬く間に株安、円安、債権安のトリプル安に突入し、国際決済通貨の一つである円とそれを主要通貨とする日本の凋落は、次いでゴジラの襲撃によって韓国、中国が立て続けに大損害を被ったことも相まって、世界的な金融危機の引き金を引いた。

 世界中が大混乱に巻き込まれ、後の世では世界経済はこの日本を襲った前代未聞の怪獣災害を発端とする金融危機によって、20年停滞したとまで言われた。

 さらに、不安定な国際情勢は金融面だけではなく、安全保障政策面でも極東に大きな混乱をもたらした。

 冬木を後にしたゴジラが朝鮮半島の月城に向かったため、大韓民国国軍は総力を挙げてゴジラの撃滅のために出撃した。(尚、巨大生物との戦闘は米韓同盟の枠外であるため、在日米軍は手を出せず、巨大生物との戦闘時の指揮権も米韓連合司令部にない)

 しかし、米軍供与のギアリング級駆逐艦を擁する艦隊は鎧袖一触で蹴散らされ、F-4とF-5による航空攻撃も効果はなく、逆に8割の機体が熱線で撃墜される始末。最後の希望だった陸軍の自走砲部隊も熱線の掃射によって一瞬で消滅という結末を迎え、大韓民国国軍の主力部隊は壊滅した。

 米軍は、巨大生物との戦闘経験が豊富な自衛隊ですら手も足も出なかった相手と無理に戦えば軍の壊滅は避けられないため、出撃はせずに民間人の避難誘導に徹するべきだと提言したが、自国に迫り来る脅威に対してただ指を咥えて見ているなんてできず、米軍の提言を無視して大韓民国国軍はゴジラとの戦いを選んだ。(仮に、米軍の提言に従った場合、彼らは国民から総バッシングを受けることは確実であり、軍の存在意義すら否定されかねない。米軍の提言は理屈では正しいと分かっていたが、かといって出撃しなかったら軍そのものが危ういことになる。世論のためにも軍は出撃せざるを得なかったのである)

 そして、朝鮮半島を後にしたゴジラは対馬海峡を抜け、西進する。さらに、一時的に中国本土に接近するコースをゴジラが取ったため、ゴジラが中国に上陸するのではと考えた中国人民解放軍は、ゴジラ撃退へと動き出す。

 しかし、中国人民解放軍空軍の殲轟7による攻撃は当然のことながら効果はなく、先の韓国と同様、攻撃部隊の殆どを撃墜され、空軍の攻撃部隊は軍事的には全滅の判定を受けることになる。

 この攻撃の失敗で中国人民解放軍はゴジラを相手にする愚かさを実感し、即座に方針を転換した。幸いにも、この時点で中国が商業運転中の原子力発電所はないため、ゴジラに積極的に狙われる理由はなかった。

 そこで、中国人民解放軍はゴジラに一切の手出しをせず、これ以上の損害を出さないという策を取った。

 結果的に、ゴジラは大陸に近づいたものの、上陸しようとはせずにそのまま南シナ海に消えたため、中国人民解放軍は空軍以外の戦力を無傷で残すことに成功した。韓国ほど世論を気にする必要がないため、世論の反発や軍の面子に振り回されて損害を被ることがなかったのである。

 ただ、ゴジラが南シナ海に去ったとはいえ、ゴジラによって極東のミリタリーバランスが大きく乱されたことには変わりはない。中国人民解放軍空軍の壊滅、大韓民国国軍の壊滅、日本国陸上自衛隊並びに海上自衛隊の壊滅は、ソビエト連邦崩壊直後のロシアの軍事的な混乱と相まって、極東に一時、極度の緊張状態をもたらした。

 同盟国軍が行動不能に陥り、一時的なこととはいえ極東でまともに動ける西側の兵力が在韓米軍と在日米軍のみとなり、ソビエト崩壊による混乱を打破するために軍事的な成果を狙うロシアと領土拡大の好機とみた中国、仇敵の弱体化を見て不穏な動きをする北朝鮮がいつ韓国や日本にちょっかいをだしてきてもおかしくない状況となった。一触即発の事態はその後、3年ほど続くこととなった。

 

 ゴジラ復活と極東襲撃が引き金を引いたのか、世界中の生態系が崩れ、一時は沈静化していた巨大生物災害も再び頻発するようになった。

 まず、ベトナムの森林公園に留まり、20年近く動きを見せなかったクモンガが動いた。クモンガはベトナムの都市部へと向かい、抵抗するベトナム軍を蹴散らして市街地を蹂躙した。建物の倒壊や火災、直接クモンガに捕食されるなどの被害を合わせて数千人規模の犠牲者がでたとされている。クモンガはその後悠々と森林公園に帰還したが、数年おきに森林公園を抜け出して捕食行為を続けているという。

 一触即発の事態が続いていた朝鮮半島にも、新たな怪獣が出現した。北朝鮮の元山市に出現した『ガバラ』と名付けられた放射性物質によるガマガエルの突然変異体は、朝鮮半島を縦断し、軍事境界線を越えて韓国へと進撃した。

 ガバラに対し、在韓米軍の司令官は日本から輸入して在韓米軍に配備していた90式メーサー殺獣光線車を攻撃に使用し、どうにかガバラを討ち取ることに成功した。

 大韓民国国軍や自衛隊の壊滅した際に米軍は傍観して見捨てていたということで、米軍が駐留する各国で米軍との同盟はいざという時に国を守れないのではないかという不満が噴出したこともあり、各地の米軍は同盟国に出現した巨大生物に対しても、同盟に基づいて米軍が怪獣攻撃に加わる義務が課されていた。(冷戦崩壊によって、現実的な脅威が東側の国から巨大生物にシフトしていたという事情があり、米国がそのプレゼンを維持するためには、現実的な脅威に対抗できる勢力であることを示す必要があった)

 因みに、この際の90式メーサー殺獣光線車の活躍を受け、各国から日本に対し90式メーサー殺獣光線車などの対怪獣兵器の輸出要請が相次いだ。経済的な大混乱によって困窮していた日本は形振り構わず輸出要請を快諾、国を挙げて対怪獣兵器の生産と輸出を推進した。この所謂『対怪獣特需』によって、破綻寸前だった日本の経済はどうにか持ち直すことに成功する。

 1998年にはアメリカ・ニューヨークにもゴジラに似ている(アメリカ以外の学者はほぼ完全に否定しているが、一度ゴジラと呼称した手前、中々アメリカの学者は意見を変えようとしないらしい)怪獣が出現し、甚大な被害を出した末にアメリカ軍に駆逐された。

 このほかにも、中国に毒ガスを撒き散らす怪獣ケムラー、オーストラリアに農薬オルガノPCBの影響で巨大化した怪獣マジャバ、ベーリング海には放射能の影響で水棲生物が巨大化した怪獣レイロンスなど、延べ20体以上の怪獣が出現した。日本の雲仙普賢岳からも古代昆虫メガヌロンが復活し、陸上自衛隊の無反動砲で始末されている。

 第四次聖杯戦争から十年、あの大災害をきっかけに、確実に世界の箍は緩んでいた。人間同士の争いも、怪獣による襲撃も人類滅亡へと辛うじて繋がっていないのは、誰にも知られることなくこっそりと後押ししている抑止力のおかげなのかもしれない。

 

 

 

 

 人間の力では手も足もでない怪獣が蔓延る世には末法思想に染まるものも少なくない。1999年にノストラダムスの預言が成就すると世間の大半は信じていた。

 

 しかし、冬木市を襲った大災害から8年ほどたったころからだろうか、暗い顔をしていた人々の間でこんな噂が流れるようになった。

 

 『光の巨人が世界中の怪獣と戦っている』――という噂が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――冬木の大災害から10年後

 

 

 あの大災害から10年の月日が流れ、あの地獄を生き延びた人々も既にそれぞれの道を歩きだしていた。

 

 まず、遠坂家の場合だが、彼らの戦後は悲惨だった。

 キングギドラを召喚し、催眠術で支配下に置かれ、自身の管理地において魂喰らいを不特定多数の人間に神秘の隠匿を関係なく行った上で大暴れさせたことは魔術師の間では侮蔑されて当然の愚かな行為だった。

 魔術の隠匿の原則を破りかけただけでなく、自身の管理地を自身の所業で業火に包んだことで、土地の管理者たるセカンドオーナーの資格なしと判断されることも至極当たり前のことだった。遠坂時臣は魔術協会に登録してある全ての特許の権利、並びにセカンドオーナーの資格を剥奪された。

 ただ、魔術協会は別に魔術師に法だとか規則などを押し付けて秩序を保とうとするような機関でもないため、時臣個人に対する制裁じみた行為は上記の二つぐらいであった。しかし、サーヴァントの狗となり、管理地を荒廃させ、魔術を白日の下に晒しかけた愚か者という汚名を被った遠坂という一門は、事実上没落したとも言える。

 さらに、先祖代々受け継いできた資料や礼装、宝石は全て喪失し、運用していた冬木市の土地資産は全て放射能による汚染のために二束三文にまで大暴落していた。既に、経済的にも遠坂は魔術師を続けられる状態ではなくなっていた。

 地位、金銭、矜持、魔術の全てを失った遠坂時臣は、大災害から5年後、放射線障害で身体を壊して帰らぬ人となった。

 因みに、娘の凛は、大災害後に時臣から魔術の鍛錬を受けて育った。最初は時臣も凛に魔術を教えることに反対していたが、最後には娘の気迫に押し切られる形で魔術の鍛錬を始めた。同時に、彼女は兄弟子である言峰綺礼のもとで、格闘術の訓練も重ねている。

 父の愚かな行いがどれほどの犠牲を生み、どれだけの人を不幸にしていたのかを知りながらも敢えて凛は魔導の道を選んだのである。ただ、『父のような悪行を成そうという魔術師を始末し、魔術に関わりの無い人々を魔術による災害から守る』ために。

 

 次に、言峰家だ。

 戦後、個人資産で孤児院を設立した璃正は、冬木市の大災害で発生した孤児を出来る限り引き取り、孤児院で養育した。朝から晩まで孤児たちのために働き、暇を見つけては神に懺悔をする毎日を送っていた。あの大災害に対して何もすることができず、むしろ被害の拡大を助長した立場にある彼にとって、それはせめてもの償いだったのかもしれない。既に老齢だった璃正にとってそれは決して楽な毎日ではなかったが、璃正は精力的に働き続けた。

 そして、大災害から6年後、癌を患った璃正は、時臣の後を追うかのようにこの世を去った。

 一方、息子の綺礼は「妻の死の価値」という問題を一時棚上げとし、愉悦を堪能していた。己の所業を悔やみ、偽善と知りつつ孤児に可能な限り報いようとする父親の苦悩や、全てを折られて消沈し、語る死人のような日々を過ごす時臣は、綺礼の感性を震わす絶好の美酒に他ならなかったのである。

 璃正の孤児院の手伝いをする傍らで、師の娘、凛に八極拳の稽古をしながらあの災害の被害者たちに愉悦を覚える日々は、6年ほど続いた。璃正と時臣の死後は、一向に愉悦の花が芽吹かない凛の相手をする気が失せたのか、日本に留まる期間は短くなりつつある。

 

 御三家の一角であるアインツベルン家は、本来聖杯戦争によって生じた損害を賠償する取り決めになっていたが、今回は賠償を拒絶した。地方都市一つがインフラごと消滅し、放射能汚染されただけでも復興予算は途方もない額になるのに、加えて一国の最新鋭兵器を備えた軍隊の壊滅となると、流石にアインツベルンの資産が許容しうる賠償額を超えていたのである。

 結果、先進国一国の国家予算に匹敵する額を捻出することができなかったアインツベルンは賠償の全額支払いを拒否し、自衛隊の兵器損失分に相当する部分賠償のみに留めた。聖堂教会や魔術協会はこれに反対したが、アインツベルン側が「こちらの賠償をあてにして必要以上に大暴れした魔術師がいる以上、その魔術師も賠償責任を負うのが筋だ」と主張する。

 そもそもアインツベルンは魔術協会に所属しているわけでもなく、また、今回の聖杯戦争においてはアインツベルンの魔術師が神秘の漏洩の危機を招いたわけでもないため、似たような立場にある遠坂と同様に、魔術協会としても無理に賠償金を取り立てることはできなかった。

 そして、アインツベルンの娘婿、衛宮切嗣はというと、アインツベルンに戻ることも許されず、再び放浪生活を始めた。最初はセブンに助けられた子供を養子として引き取ろうと考えていたが、魔術師殺しとしての活動歴のある切嗣が子供を養育することに対して、その場に居合わせた璃正らが反対したため、実現しなかったという。

 しかし、かといって切嗣も強大すぎる力を与えられた子供を養育するのに聖堂教会(というよりも言峰綺礼)が関わることは容認できないことであった。両者の話し合いは平行線を辿ったが、埒が明かないので結局、戸籍上は切嗣の養子として育てるが、璃正の目の届く場所(璃正の設立した孤児院のすぐ近く)に住むということで決着した。

 その後、切嗣は家に舞弥を残し、魔術師殺しとして活動していたころの資金と、アインツベルンからちゃっかり着服した戦争資金を元手に度々世界を飛びまわり、怪獣の封印を解こうとしている魔術師の殲滅を行っている。因みに、その資金の一部を使い、放射線障害を発症したウェイバーにも凄腕の人形師謹製の人形を与えている。第四次聖杯戦争において、彼とそのサーヴァントに負担をかけてしまったことに対する申し訳なさからの配慮らしいが。

 切嗣は聖杯戦争から10年経った現在でも治療の成果もあって辛うじて生きてはいるが、世界中を飛びまわって戦った反動や放射線障害の発症などもあり、ここ2年ほどは家から出られない生活を続けている。

 ボロボロの身体になってまで魔術師殺しの仕事を続けたのは、自分が聖杯戦争によって世界の箍を外した結果、怪獣の動きが世界中で活発化したという罪悪感を抱えていたからだった。

 

 残る御三家、間桐家は、没落した。

 数百年間実権を握り続けてきた当主、間桐臓硯が聖杯戦争にて戦死し、膨大な資料などを溜め込んでいた屋敷が全焼したことにより、間桐の家は魔術師の一族として成り立たなくなったのである。

 名目上の次期頭首である鶴野の魔術師としての素質は下の下、ろくに魔術師としての手ほどきも受けておらず、さらに彼の息子に至っては魔術師としての素養は皆無ときた。養子にとった長女には類稀なる素質があったが、その素質とて現状の間桐の家では宝の持ち腐れだ。間桐鶴野が、魔導を棄てる道を選択したのも、理解できる話である。

 その後、間桐の擁する金銭的資産を相続した鶴野は、実の息子と養子となった少女を連れて冬木と魔導の者から逃げるように日本の各地を転々とする生活を送ることになる。

 

 

 

 

 

 ――そして、セブンの志とエリアス三姉妹(ライダー)の願いを受け継いだかつての少年、ウェイバー・ベルベットは……

 

 

 迫る数百キロクラスの巨体が繰り出すパンチを、長髪の男は紙一重でジャンプすることで回避する。パンチを空振りした合成獣(キメラ)はすぐさま視線を上に向け、重力に従って落下しつつある男の姿を捉えた。

 そして、合成獣(キメラ)は落ちてくる男に狙いを定め、再度拳を構えた。一度飛び上がった男は空中では身動きがとれないため、確実に仕留めることができる。合成獣(キメラ)はそう確信していた。

「ハァァァア!!」

 しかし、降下してきた男は空中で足を振り、慣性で回転を始めた。回転数は見る見るうちに上がり、ついには男の姿を精確に捉えられないほどになる。まるで独楽のように回転しながら降下すると、男はかつて師から叩き込まれた「きりもみキック」を熊をベースにしたと思われる合成獣(キメラ)へと叩きつけた。

 男に向かって放たれた合成獣(キメラ)の拳は、男の右足によって薙ぎ払われる。そして、右腕を失ったことでがら空きとなった頭部を今度は男の左足が刎ねた。

 きりもみキックを見事にきめた男は、頭を失い、崩れ落ちる合成獣(キメラ)の後ろに静かに着地し、残心をした。男の周りには、先ほど首を刎ねられた合成獣(キメラ)と同様の運命を辿った頭のない合成獣(キメラ)や、胸を穿たれた合成獣(キメラ)が6体ほど転がっていた。

 そして、全ての合成獣(キメラ)が生命活動を停止したことを確認すると、視線を離れたところで戦っている少女に向けた。フードを被った少女の振るう鎌によって、狼のような合成獣(キメラ)は既に深手を負わされていた。

 これならば、手助けは不要か。男はそう結論付けると、懐から取り出した葉巻に火をつけた。狼型の合成獣(キメラ)の首が刎ねられたのは、その直後だった。

「これで終わりか。しかし、たかが門番を相手に時間を使いすぎた」

「オイオイ、こんなに扱き使っておいて、時間かけすぎとは辛辣だな!」

 少女の鎌の刃に刻まれた口が憎まれ口をたたく。男は鎌の憎まれ口を聞き流し、少女に言った。

「急ぐぞ。おそらく儀式は――」

 その時、彼らが目指していた廃校から暗雲が噴出した。暗雲は空を覆い、太陽光を完全に遮断する。雲ひとつない青空が、黒雲に覆われた闇夜へと一瞬で変貌を遂げた。

 暗雲の中では時折稲光が瞬き、地では風が渦巻く。そして、大地に落ちた青白い稲妻が一点に集中し、稲妻の柱の中から巨大な影が姿を現した!!

 

「ファック、どこのアホだ。怪獣の力を取り込もうとして、逆に飲まれてどうする」

 男は、目の前に現れた巨大な影を前に悪態をつく。その姿は、悪魔や黒魔術師と形容する他のない異形だった。

 一方、平然としている男のとなりに立つ少女は、男とは対照的に恐怖に慄いていた。誰よりも霊の本質を捉えることに長けた彼女だからこそ、目の前の巨大な影の本質とその恐ろしさが理解できた。

「師匠、アレが本物の怪獣ですか」

「ん?ああ、そうかお前は初めてだったな」

 一方、長髪の男は、少女が怯えずにはいられないほどに恐ろしい怪獣に対してまったく気圧されていない。

「……どうして、教授はそんなに平然としていられるのですか?」

 目の前の怪獣は、自分たちなど赤子の手を捻るよりも簡単に殺すことができるだろう。勿論、教授と呼ばれた男にも、フードを被った少女にも怪獣に対抗するだけの力はない。一応、師匠と呼ばれた男も魔術師の端くれではあるが、魔術師としての力量は三流に留まり、とても怪異を相手にできる腕前ではない。そもそも、魔術師として一級品の力量を持っているのであれば、先ほどの門番とて大火力にものを言わせて一瞬で殲滅できたはずだ。

 まぁ、この師匠と呼ばれた男は、魔術協会随一の戦闘能力を持つ封印指定執行者や聖堂教会の代行者相手に体術のみで互角に渡り合い、そこらの死徒でも軽く討伐できる体術特化の魔術師(笑)なのだが。

 しかし、目の前の巨体はいくら体術に秀でていたとしても、相手にできる大きさではない。何時殺されてもおかしくないのにもかかわらず、どうして男は余裕を持った態度を崩さないのか。

「アレは今回のお目当ての品である悪魔……ビシュメルで間違いない。()()クラスの化け物ならまだしも、()()()()の相手なら恐れるに足りんよ」

 そして、男――かつての少年、ウェイバー・ベルベットからロード・エルメロイⅡ世に名を改めた青年は、紫煙を吐き出しながら言った。

「ついてこい、古文書によれば、ヤツの力の源となる魔方陣があるはずだ。それさえ封じればあんな小物はどうにでも料理できる。それに、魔方陣を見つけるまでのことは心配することはない。アイツがここの近くに来てるからな」

「アイツ……?」

 ロード・エルメロイⅡ世は不敵な笑みを浮かべた。

「私の師から志を受け継いだ……正義の味方(ヒーロー)だ」

 

 10年の月日は、かつての情けない少年を頼りがいのある大人の男に成長させるには十分の時間だった。時計搭で君主(ロード)の階級を持つ一族は僅かに十二、その内の一つの名家、エルメロイ家の当主を任された彼は、己の無力を嘆いたあの日の少年とは隔絶していた。

 

 

 

 

 

 怪獣が現れた廃校に程近い街に、赤毛の青年が立っていた。

 テンガロンハットをかぶり、フリンジのついたウェスタンシャツを着込んでジーンズを履いているカウボーイ風の男だ。年のころは、まだ20歳前といったところだろうか。

「教授は間に合わなかったのか?」

 丘の向こうに広がる闇と、その中心に見える巨大な影を見た瞬間に彼はその本質を理解した。他人への憎しみ、嫉妬、欲望といった人の負の感情を糧に生きている生物――悪魔に近いものであると。

 悪魔は、人々が暮らす街を標的に定めたらしい。丘の向こうからゆっくりと歩いてくる巨大な影を見た街の人々はパニックに陥り、我先にと逃げ出そうとしていた。しかし、街の外に逃げ出そうとする人の流れに逆らうかのように青年は一人で怪獣の方に向かっていく。

 必死に逃げようとしている人々の濁流に逆らって進むことしばし、いつのまにか青年の周りからは人の気配が消えていた。

 

「守ってみせるぞ、この街を……全力でだ!」

 

 青年は、テンガロンハットを放ると懐から真紅の眼鏡を取り出した。そして、真紅の眼鏡を顔の前にかざし、装着と同時に叫んだ。

 

「デュワ!!」

 

 光解き放ちし真紅の眼鏡(ウルトラアイ)から松葉のように閃光が飛び散り、青年の周りを一瞬光が包む。光の中で、青年の特徴的な赤毛頭は白銀のマスクで隠され、胸から上腕部にかけては鈍く輝くプロテクターが覆う。そして、胸から下は彼の心に燃え滾る気炎のように真っ赤に染められた。

 

 姿を一変させた彼は、さらに身長40m、体重35000tの巨人へと変貌を遂げた。

 

 

 街を守るように立ち、迫り来る怪獣にファイティングポーズを取る赤きボディの巨人――人類の希望を背負った正義と平和の守護者、その名を、ウルトラセブン!!




これにて、「やめて!!冬木市の復興予算はもうゼロよ!!」は完結です。

ですが、その内にあとがきと特別編を書く予定ですので、そちらの方まで目を通していただければ幸いです。

尚、特別編では、「くたばれ!!アインツベルン相談室(仮)」をやる予定です。詳しくは活動報告を参照して下さい。
ストーリーよりもQ&A中心ということもあり、面倒なので多分この話だけは台本形式で終わると思います。
本編で台本やるのはどうかと思いますが、Q&Aのためのあとがきみたいなものなので、今回限りはセーフということで。

活動報告に設けた特設コーナーの締め切りは、12月20日、23時59分とさせていただきます。

それでは皆様、特別編とあとがきまで今しばらくお待ち下さい。

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