数百年前から氷に閉ざされ続け、その姿を変わらず残す古城にアインツベルンという魔術の名門が存在する。
彼らはかつて聖杯を求める儀式に2度失敗し、3度目の正直を成し遂げるために外部から戦闘に慣れた魔術師を招聘することで確実に聖杯を奪取することを決断して一人のフリーランスの魔術師を招きいれた。彼らが矜持を曲げてまでして招きいれた男の名前は、衛宮切嗣。魔術師殺しの異名を持つハンターだ。
九年前にアインツベルンに招聘された彼は、ついに彼を招聘した目的である聖杯戦争を目前に控え、アインツベルンの歴史を讃える装飾の施された礼拝堂にいた。
「かねてからホッカイドウ沖で引き揚げを手配させていた聖遺物が今朝、ようやく届いた」
200年の間『聖杯』を一心不乱に求め続けたアインツベルンの当主、アハト翁は一歩横にその身をずらし、自身の身体で隠されていた祭壇が切嗣の視界に入るようにした。その祭壇には岩塊のようなものが祀られている。
「この品を媒介とすればおよそ考え得る限り最強のサーヴァントが招来されよう。そなたの魔力量では到底扱いきれぬだろうが、魔力はこの城のホムンクルスから供給するために問題はない。切嗣よ。そなたに対するアインツベルンの、これは最大の援助と思うがよい」
「当主殿、ご配慮痛み入ります」
切嗣は心にもない台詞を吐きながら、老人の前で深く頭を下げた。
彼には自身を招きいれたアインツベルンに対する愛着や恩義などというものは全くない。彼にとってアインツベルンという家は、あくまで彼自身が聖杯を得るための手段でしかなかったからである。
内心では、切嗣の本当の目的も知らず、切嗣の望みを叶えるためにわざわざ聖杯戦争に勝利するお膳立てを整えてくれたアインツベルンの愚かさを彼は嘲笑していた。
「これ……一体なんなの?」
衛宮切嗣の妻、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは自室の机の上に置かれた岩塊を訝しげに見つめていた。
「まぁ、見ただけではなんだか分からないだろうね」
切嗣が苦笑するのも無理はない。
それは大人が一抱えできるほどの大きさで、ところどころに細かな凹凸があり、緑色の藻のようなものがこびりついていた汚い岩にしか見えないものだった。よく見ると、岩塊の端には鈍い光沢を放つ金属が顔を見せていることが分かる。
そう、岩塊に見えたこの物体の正体は、なんらかの金属なのだ。どれだけの歳月を経たのかは分からないが、その表面はおびただしいかずのフジツボや藻などに覆われ、見た目は藻が生えた岩塊にしか見えなくなっている。
「こいつは、日本の北海道ってところの深海で発見された巨大な木乃伊の一部だ。アハト翁はこいつをサーヴァントにするためだけに強引に引き揚げてくれたらしい」
「木乃伊……?」
「アハト翁曰く、この木乃伊は一万二千年前の怪物のものらしい。その怪物をサーヴァントに、それも最優の『
アハト翁が、そんな神話にも記されていない時代のことをどうやって知ったのかも彼はあまり気にしていなかった。ただ、アインツベルンが化け物のようなサーヴァントを召喚することはこれが初めてではないらしい。
アインツベルンの書庫にあった前回の第三次聖杯戦争の記録を見ると、この時もアインツベルンは超級のサーヴァントを召喚した事実が記されていた。その真名が『根源的破滅招来体』などという聞いたこともない存在だったことには首を傾げたが、どうやらこの『根源的破滅招来体』というのは所謂怪獣と呼ばれるカテゴリーに属する存在らしい。
ゴルゴンの怪物を討ち取ったペルセウスや、
実績があるのであれば、別に怪物を召喚することも悪くはない。それに、ヒュドラやゴルゴンの怪物のような単純明快な倒し方のない強力な怪物であれば話は別であるが。
そして実は、切嗣自身もその木乃伊がどんな怪物なのかは詳しく知らない。
アハト翁曰く、前回の聖杯戦争時に召喚した根源的破滅招来体の触媒は失われてしまったため、今回はそれの代替となる怪獣の触媒を用意したとのことだ。
その他に知らされているのは、その怪物が如何なる戦闘能力を持っているかということだけだ。まぁ、切嗣からしてみればそれだけ知っていれば十分なのだが。
どうせまともな英霊を召喚したとしても、その英霊の本質と伝承の姿が一致するとは限らない。ならば、事前知識はそのサーヴァントの戦闘能力と弱点ぐらいが分かってればいいと彼は割り切っていた。後は、サーヴァントを召喚してから臨機応変に戦略を変えればいいというのが彼の考えだった。
「確かに、太古の、神秘の濃かった時代ほど英霊は強いと言われているけど、人類史の記録にも残っていない英霊なんて召喚しても知名度補正はゼロよ。そんなサーヴァントで大丈夫なの?」
一万二千年前といえば、人類が農耕をはじめていたかさえも定かではない時代だ。アメリカ大陸に人類が移住をし始めた頃であり、人類の文明の「ぶ」の字もない。どこぞの機械天使でいえば、翅犬が主の妻と鯨たちの声の遠い残響を二人で聞いたぐらい前である。
アイリスフィールはアハト翁が何故よりにもよって古いだけがとりえのような英霊を選んだのか、理解できないようだ。
「僕も最初は同じことを思ったよ。でもね、聖杯戦争はバトルロイヤルなんだ。僕は最初から正面からサーヴァントを戦わせるつもりはないし、いくら強いサーヴァントだからって僕と馬が合わない騎士道精神を掲げるような絵に描いたような英霊様を呼ぶなんて御免だ。僕の言うとおりに忠実に働くことができて、効率良く敵を仕留められるのであれば、僕はサーヴァントの素性も問わないつもりだよ」
「……貴方らしいわね。それでこそ、アインツベルンが勝利のために招いた魔術師、そして私が唯一聖杯を捧げる、私の夫」
妻の微笑みに、切嗣の表情が僅かに和らいだ。
切嗣も、アイリスフィールも、アハト翁も知らない。自分たちが必勝を期して呼び出すはずの怪物が、実は今回の聖杯戦争においては中堅の実力しか持たないということを。
冬木市新都の目玉として注目を集めている冬木ハイアットホテル。その最上階では聖杯戦争のシステムを看破することで一足先にサーヴァントの召喚を終えた男が仏頂面を浮かべていた。
聖杯戦争のシステムに手を出し、一足先にサーヴァントを入手し、魔力供給を婚約者と分担するシステムを構築したことで聖杯戦争の参加者の中で最もリードしているはずだが、その男の胸中は穏やかではない。
その原因は、彼の婚約者、ソラウ・ヌァザリ・ソフィアリが抱いている彼のサーヴァントにあった。
「キューキュー」
「いい子ね、イリス……そう。いっぱい食べるのよ~」
缶詰に触手を突き刺し、中のものを吸い出すように食べているサーヴァントに彼の婚約者はベッタリだった。いつのまにやら、イリスなどという名前をつけている始末だ。
「忌々しい……あの触媒さえあれば今頃私はこんな弱いカタツムリモドキではなく、真の地球の守護神獣をサーヴァントにできていたものを……」
本来、彼は南洋の孤島の石版を媒介に、守護神獣か、その巫女をサーヴァントとして召喚する予定であった。しかし、それは何者かによって時計塔に配達された直後に盗難の憂き目に会ってしまったために失われてしまった。
そこで、彼は予備の触媒として準備していた高松塚古墳の盗掘によって失われた朱雀の壁画の欠片を触媒に、四聖獣が一体である朱雀を召喚することにした。しかし、朱雀を召喚するはずが、召喚されたのはカタツムリのような弱小サーヴァントだった。
それも、ステータスも低くまともな戦闘能力もないサーヴァントだ。ケイネスはこのサーヴァントに対し、召喚時からずっと苛立ちを覚えていた。
「それで、代わりに召喚したのがあんな役立たずとは……」
不愉快そうに婚約者と戯れているサーヴァントをにらみつけると、サーヴァントは震えながら婚約者の影に隠れる。
「やめてよケイネス!!怯えるから!!」
その様子を見ていたソラウが、ケイネスを睨み返す。婚約者から向けられる眼光に耐えられず思わずケイネスは怯んでしまう。
「し、しかしだな、ソラウ。ランサーがその」
「ランサーではないわ、イリス。この子の名前はイリスよ」
「……その、イリスがこの体たらくでは、私がこれまでに準備を重ねた聖杯戦争が無駄になってしまう。私が武功を求めてこの聖杯戦争に参加した以上、サーヴァントにもそれ相応の戦働きをしてもらわねばならない」
いくら惚れた弱みでソラウにはあまり強気に出れないとはいえ、ケイネスとてこの戦争に遊び感覚で参加したわけではない。言うべきことはきちんと言わねばならないという自覚は彼にもあった。
しかし、彼の言葉は最愛の婚約者には全く届いていないらしい。ソラウはイリスに頬ずりしながら、子供のような無邪気な笑みを浮かべながら答えた。
「大丈夫よ、この子は私が育てるから」
ソラウのこの愛らしい笑顔が、他の男、それもサーヴァントに向けられていたならば、おそらくケイネスは怒り心頭に発していたに違いない。その男がイケメンで魅惑の呪い持ちの騎士なんて輩であれば、自害を命じていたかもしれない。
そうならなかったのは、彼女の愛らしい笑顔が向けられているのは、傍目からは新種の深海生物にも見えなくもない自身の弱小サーヴァントだからであろう。
結局、ケイネスはサーヴァントを愛でる婚約者にそれ以上何もいうことができず、逃げるように彼女の前を後にした。
「この子は私が育てるわ……育てて……仇をとってもらうの」
いるはずもない「仇」自分のイリスは「同じ」「仲間」……そんな意味不明な単語をソラウは呟いていた。しかし、ケイネスはソラウがペットへの愛情で少しおかしくなっていると考えているために、ソラウの言動が少しおかしくなっていることに気がついていなかった。
そして、ソラウがイリスと戯れているときいつも黒い勾玉を手にしていることも……その勾玉が、ソラウがイリスと呼ぶサーヴァントの宝具であることにも、まだ彼は気がついていなかった。
《サーヴァントステータスが更新されました》
クラス:ランサー
マスター:ケイネス・エルメロイ・アーチボルト
真名:
性別:不明
身長:49.5m/体重:20000t
属性:混沌・悪
パラメーター
筋力:C
耐久:B
敏捷:A
魔力:B
幸運:C
宝具:A
クラス別能力
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない
保有スキル
進化:A
他生物の遺伝子情報を得ることで自らの染色体をも変化させる
それによって体型、戦闘能力を変化させることができる
新たなる宝具を獲得することもある
神性:E-
南の守護神である朱雀とみなされていたことがあるために神霊特性を持つが、殆ど退化してしまっている
宝具
ランク:A
種別:対人宝具
レンジ:1~50
最大捕捉:2人
ギャオスの武器の代名詞である超音波メス
ギャオスの変異体であるイリスでも使用可能
2本の触手の先端から同時に別々の目標をこうげきすることも可能
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:2~4
最大捕捉:4人
イリスの身体から生える4本の触手
一本一本が槍であり、変幻自在に曲がるために独特な機動で相手を突き刺すことができる
ランク:E~A
種別:対人(自身)宝具
レンジ:-
最大捕捉:1人
イリスと人間との精神系統の同調を可能とする勾玉
勾玉の所有者との結びつきが強くなればなるほどにイリスのステータスが向上し、進化も促進される
同調レベルに応じて宝具のランクが上がり、効果も高まる
精神同調レベルが最高に達したときに勾玉の所有者を勾玉ごと体内に取り込むことで、全てのステータスを2段階アップさせることが可能
《捕捉》
ガメラ3に登場するイリス
ただし、他のサーヴァントとのサイズの兼ね合いで1/2にスケールダウンした
一方、体重も他サーヴァントとの兼ね合いで身長99mで200tだったのが、半分の身長で20000tになった
まぁ、調整が入ったってことで見逃してください
冬木市を舞台に怪獣大戦争
冬木市とか聖堂教会とかにぜんぜんやさしくない聖杯戦争
ってコンセプトなもんですから、大惨事の臭いがプンプンします
ネタとして書き溜めていたので、内容が薄いのにはご容赦を
次回は、この聖杯戦争における良心が登場する予定です。
予定では、一話で一体のサーヴァントのステータスを載せて、全部のサーヴァントを紹介して終わる予定です。