火と鋼の道で   作:ナナヒカリ

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今回は2つのエピローグの前編です。






第一話エピローグ1「酒場『山羊の後脚亭』で」

 ムールフェルト村唯一の酒場兼宿屋である「山羊の後脚」亭の丸テーブルに3人の旅人らしき風体の男が座っていた。

 

 その中の2人は灰色の帽子を被っており、片方は壮年、もう片方が若者である以上のことは分からない。顔つきは凡庸そのもので、その身に付けている品のただ一つでさえ、その正体を推測させる手がかりとはならない。2人は椅子にじっと座り、帽子も脱がず微動だにしない。その姿は3人目の男に2体の彫像を想像させた。

 

 3人目はマントのフードを目深に引き下ろしているため、表情は伺い知れない。マントの縁には輝く蒼糸で刺繍が施されており、この人物の身分の高さを示していた。彼は両手をテーブルの上で組み、時おり指を神経質そうに動かしていた。

 

 このそれぞれちぐはぐな2組は、酒場の他の客からその服装や雰囲気にしては不自然なほど全く注目を浴びていなかった(・・・・・・・・・・・・・)

 それは、視る者が視れば容易に3人の異常さとその強大な力を感じとれる光景だった。

 

 その時勢いよく扉が開き、2人の男がその間にもう一人の男を抱えて駆け込んできた。

「亭主! 強い酒だ! ……あとあれば薬と包帯!」

 2人の男の片方が叫ぶ。もう片方は抱えた男が喚くのを宥めていた。

「大丈夫でさあ兄貴、骨も無事ですし千切れてもねえですから、消毒して手当てすれば治りまさあ」

 抱えられた男は全く相手の言うことを聞かずに喚き散らしていた。

 

 酒場の客は全員、闖入者に注意を向けていた。彼らは伝聞によって、この村を訪れた賞金稼ぎもその狙いもすべて知っていたから、武器を持った"本職"の者が自分たちの隣人に撃退されたことに驚いていたのだった。

 

 そして誰一人として、その3人の後に扉のすき間からするりと滑り込んできたもう一人の男に気を止める者はいなかった。

 その男は亭内を見渡して目当ての卓を見つけると、音をたてずにそっと卓に忍び寄り空いている椅子に腰を下ろした。その男は2人の男と同じ灰色の帽子にマントという出で立ちだった。

 

「ようやく来たね」

 待っていた2人の内、年寄りが口を開いた。

「申し訳ありません」

 そう言って男はフードを被った男に不審な目を向ける。

 

 老人はその視線を見てとって言う。

「おお、紹介するのを忘れとった。こちらは"天空の学府"に属する魔導師(マギステル)であるロベルト=カタストローフェ師だ。師は"天空の学府"上位の"占星術師"(アストロマンサー)と同時に、私と同じ"九色"の一員でもあらせられる。色は『青色』を冠しておられる。今回の"実験"に際しては具材の提供をしていただいた。

師よ、紹介がまだでしたな。今来たのが私の弟子のシャテンビルト、こちらがトイシュングです。私は"九色"の内『灰色』の名を戴いております、ペーター=シュライヒャー。以前は仲介を介してでしたので、直接お目にかかるのは初めてですな。以後お見知りおきを」

 

 カタストローフェは顔をあげた。その顔立ちは一見すると若そうだったが、憂いをたたえた表情はまるで老人のそれであった。彼は微かに微笑んだ。

「3人の名は存じております。シュライヒャー師にお目にかかるのも私の側では初めてではございません」

 そう言って一言、夢に見ましたので、と付け加える。

 

 ほほう、とシュライヒャーは感心する。

「名高い"天空の魔術師"(セレスティアル ウィザード)の未来予知ですな」

 カタストローフェはそれには関心を払わず、シャテンビルトに目をやる。

「それではお貸ししていたアレを……」

 シャテンビルトは、慌てて持っていた袋の口を開ける。

「申し訳ありません。失念しておりました」

 取り出したのはシルクで包まれた四角い何かである。

「こちらでよろしいかと思いますが、一応ご確認下さい」

 カタストローフェは周囲を多少不安げに見回す。その意図を察知し、トイシュングが言い添える。

「ご安心下さい。『無注目』(テイク ノー ヒード)の呪文をかけております。誰も気に止めません」

 

 言う通り、「山羊の後脚」亭の客は全員、痛ェよおォォ、と絶叫するフェリックスを嘲笑しながら眺めており、誰も4人の魔術師に視線をやる者はいない。

 

 カタストローフェは安心したように包みを開く。中から一セットのタロットカードが現れた。禍々しい絵柄が描かれている。アルブレヒト達が見つけたものと同一のものだ。

 一通りめくってみて、カタストローフェは言う。

「どうやら、揃っているようです。同じ"九色"に属する方のたってのお願いということでお貸ししましたが、本当に貴重なものなので無傷で返していただいて助かりました」

 

「いやいや、礼を言うのはこちらの方ですぞ。御身のタロットがなければ折角の研究が滞るところだったのですから」

 シュライヒャーはそう言うと、シャテンビルトに目を向ける。

「それはそうと、あの隠蔽儀式呪文が働かなくなったということは、ザテリートは死んだのかね?」

 シャテンビルトは頷いた。

「はい。死んだところをこの目で見ました。具材回収を含めた後処理は既に終えております」

「ふむ。彼が死んだのはいいとして、彼を殺したのはどのような者達だったのかね?」

 シュライヒャーは自分の部下の死には無関心にシャテンビルトに尋ねた。

「人間が3人にドワーフが1人です。人間の内の1人は見習い魔術師でした」

「ほう?」

「最後にザテリートにトドメを刺したのもそいつの『魔法の投げ矢』(マジック ダーツ)です。グューランの風を用いる"翡翠の魔術師"です」

 

 シュライヒャーは関心した。

「えらく詳しいね。そばにいたのかね?」

「はい。ザテリートが弱気になるので彼に『ごまかしの死』(マカリー オブ デス)をかけた後に、彼には村に戻ると言い、『不可視の埋葬布』(シュラウド オブ インビジビリティ)を用いて一部始終を見ていました。彼は獣人を使役していましたが、いかんせん彼の指揮能力の欠如で折角手に入れた軍勢も宝の持ち腐れでしたね」

 ふむ、と言いシュライヒャーはしばし考え込むと言った。

「しかし、相手の魔術師は"魔女の目"を持っていたのだろう? "ウルグの風"を身にまとって肉眼に映らなくなった君を感知できなかったのだろうか?」

「それは私の力の方が優っていましたから」

 

 そこで、カタストローフェが話に入ってきた。

「ザテリートというのは、あなたの見習いですか? なぜ一人で放り出したのです?」

シュライヒャーが答えた。

「ふむ。やつは確かに私の弟子ですがね。一応中堅魔術師なのですが、実力に乏しくて、このシャテンビルトと共に実験のデータを集め、実験に介入するものを排除する仕事を与えたのですが、どうやら失敗したようですな。

シャテンビルトとトイシュングは私の両腕になるほどだというのに、彼だけが落ちこぼれておりましてな。まあ、所詮使い捨ての素材だったというわけですが。

そう言えば、御身は弟子をとらないのですか?」

 

 カタストローフェは笑いながら答える。

「私はまだまだ若造ですから。上に目をつけられてしまいます。私の性格にも合いませんし。大気に遍在する"アズィルの風"は、一人で向き合うのが適していると思うのです。

それはともかく、実験は成功だったのでしょうか? 革新的な儀式呪文と思っておりますが」

「ふむ、途中で邪魔が入りましたが、私の知る限りでは全面的な成功と言っていいでしょうな。以前から伝わる『全能なるチァルによる獣化変異』の術をより実用的に推し進めることが出来ました」

 そう言って、シュライヒャーはシャテンビルトに幾つか実験の推移に対する質問をする。

 カタストローフェは依然興味を持った目で、シュライヒャーに訊ねる。

「もう一つ、影の儀式魔法を使ったと聞いておりますが、そちらはどうだったのでしょうか?」

 シュライヒャーは少し苦い顔をした。

「発動そのものは成功だったのですが、呪文の発動者──さっきも話に出たハンスですが──彼が死んだために術が解除され、確実な成功とは言えません」

 カタストローフェは小さな驚きの声をあげた。

「大がかりな隠蔽呪文と聞いておりましたが、一介の中堅魔術師が使えるほどなのですか」

 シュライヒャーは笑いながら、即座に手を振って打ち消す。

「いえ、まさか。彼が発動に成功したのは私が与えた"クリスタル・ミスト"を彼が使ったからですよ」

 今度こそカタストローフェは大きな驚きのために、声を失った。少しの沈黙の後、心なしか一段と抑えた声で囁く。

「……では、あなたは力の石(パワーストーン)を生成出来るのですか!」

 シュライヒャーはそれが大変なこととも思っていない顔で返答する。

「あなたもあるのではないですか?」

「いえ、私はまだ……。魔力を一時的にとはいえ、飛躍的に増大させる力の石(パワーストーン)の生成は学府トップクラスの術者しかできませんし、まさかあなたが"灰色の学府"でそれほどの位置に属するとは!」

 カタストローフェは狼狽して答える。言った後に慌てて、あなたの力の評判はお聞きしておりましたが、と改まって付け加えた。

「しかし、どうして折角生成した力の石(パワーストーン)を弟子に使わせたのです?」

 フッフッとシュライヒャーは笑った。

「あの呪文の副作用ですよ。あれは発動に失敗すれば、魂だけの存在となり誰にも知覚されずに一生を送る呪文。私は臆病ですからな、そのリスクを自分で背負いたくなかっただけですよ。勿論才能豊かな弟子に使わせるのも気が引ける。ならば、貧乏くじは足手まといに引かせるに限る、まぁ、そういうことですな」

 

 しばし沈黙していたカタストローフェがゆっくりと口を開いた。

「私は実は"九色"の存在意義については疑問を持っていました。知識欲はありますが、他人の要らぬ興味を引きたくはありませんからね。無駄な組織に入る必要は無い、と思っていました」

 今日来たのも、"九色"を見極めるのが理由の片方です。カタストローフェは淡々とそう言い、顔をあげた。

「しかし今確信しました。あなた方は帝国内でも数えるほどしかいない、間違いなく一流の魔術師です」

 

「フッフッ、御身もその一員なのですぞ」

 そして、シュライヒャーはカタストローフェに目を向ける。

「ではいよいよ、なぜ御身が直接この村までいらしたか、その理由のもう片方をお聞きしましょうか」

 

 カタストローフェはうっすらと笑みを浮かべる。

「さっきあなたがおっしゃっていたことですよ」

 そう言うと、テーブルの上のタロットカードの内、大アルカナに属する22枚を裏向きにして丸テーブルの上に円を描くように等距離に並べる。その作業をしながら話し続ける。

「我々"九色"に対する強大な敵対者となるであろう存在を"予知"しましたのでね。こうして参った次第です。今回は実験への介入程度でしょうが、いずれ彼らは我らの大きな脅威となるでしょう」

 

 シュライヒャーは驚きを隠しきれない。

「すると、見習い魔術師や"無能者"の農民が我らの敵になるとおっしゃるのですか」

 カタストローフェは頷いた。

「その通りです。今は小さい力でも、いずれそれは我らが見過ごすことのできない大きさになります。それがいつかまでは今は分かりませんがね」

 

 トイシュングが口を出す。

「では、そうなる前にその者を排除すれば、"予知"が外れるのでは?」

「"予知"は外れません。外れるのであればそれは"予知"ではないのです。

そもそも排除するといっても、今の我々には彼らを見つけ出して殺すだけの方法も、時間も、必要もありません」

 カタストローフェがゆっくりと教え諭すように言う。

 

 そしてカタストローフェは続けて言う。

「しかし、ここで今その"九人"のことを占う程度のことであれば出来るでしょう」

 

「"九人"? "四人"ではなくてですか?」

 シャテンビルトが訊く。

 カタストローフェは繰り返した。

「"九人"です。今回だけではありません。星々によって紡がれた運命に導かれ、我々"九色"に対する"九人"が集うのです。これから何回も彼らは我々の計画の中に現れ、敵対するでしょう。それは"必然"です。彼らとの邂逅は運命なのです」

 

 そう言ってカタストローフェはタロットを円のてっぺんからめくる。

「名はアルブレヒト。カードは"力による征服"を示す『戦争』。冒険者らしい人物のようだね」絵柄の戦士の下にⅦという数字がふってある。

 

 カタストローフェは次のカードをめくった。

「ルディガー。カードは『秘技の導師』。番号は『Ⅸ』。"知恵"と"理性"を示すカードか。よく特性を表しているね」

 

 そしてさらにめくる。

「ドワーフの名はイムラク。カードは『愚者』。番号は『無し』」

 それを聞くとシュライヒャーの2人の弟子はクックッと笑った。

 カタストローフェが諌める。

「このカードはすべての知恵を司る『魔術師』に対応するカードだ。何物にも縛られない"自由"を持つカードだね」

 その絵の下には他のカードと違い、番号はふられていない。

 

 カタストローフェは4枚目をめくる。

「名はベルトルド。カードは夢と希望を象徴する『星』。どうやら、彼が一番の危険人物のようだね」

 『ⅩⅦ』の番号がふられたカードに、場が多少緊張する。

 

 カタストローフェは気にせずに、次のカードをめくった。

「これは私。カードは"復活"そして"審判"を示す番号『ⅩⅩ』の『ヴェレナ』」

 カタストローフェは広く信仰されている学識と正義の女神の名を呼んだ。

 

 6枚目のカードをめくる。

「これはあなただ、シュライヒャー師。カードは『司祭』。"最高の知性"を持つカード。ふふ、この2人の信仰者はあなたの弟子と重なりますね」

 確かに『Ⅴ』の番号の上に描かれた『司祭』(もっともこのタロットでは禍々しい混沌の『司祭』だが)の前には2人の修行僧がぬかずいている。

 

 そして、カタストローフェは7枚目のカードをめくった。

「これはそこの男のカード。名はフェリックス。"権力"、"実行力"といった"男性"を表すカード『皇帝』。番号は『Ⅳ』」

 3人は、そばのテーブルに寝かせられ、手下に手当てされながら泣き叫ぶ男に目をやった。

「今なら殺れるのでは?」

 トイシュングが言う。カタストローフェは首をふり答える。

「今はその時ではありません。ここでは人目をひくし、いざそうするとなれば、運命が邪魔をするでしょう。無駄なことは止めるべきです」

 今度はシャテンビルトが言った。

「しかしやつは、あの4人の敵だったんですよ。私は此処に来るまでに見てきましたが、やつのあの傷は4人の内の1人にやられたものです。手を組むとは考えられません」

「それも、解決するのは運命です。"予知"は絶対なのですから」

 

 そして、カタストローフェは言い添えた。

「それと殺すのでしたら、ここから少し行ったところに住んでいる薬師の老人を殺した方がよろしいでしょう。彼は"魔女の目"を持っています。あなた方の姿も見ていますね。このままだと明日この村に来る魔狩人に喋ってしまいます」

 シュライヒャーは感謝の身振りをした。

「本当にあなたの"予知"は素晴らしいですな」

 カタストローフェは謙遜した。

「いえ、とんでもない」

 

 そしてカタストローフェはさらにめくる。

「明日、この村にくるのは『正義』のカードを持つ者です。その者は我らを追っているのです。ここはやはりコトだけ済まして退くべきでしょう」

 

 最後にカタストローフェは2枚続けてめくった。

「4人組は次に行く街で、『力』のカードを持つ者と、"母性"を表す『海』のカードを持つ者に会うでしょう。それより先のことはあまり分かりませんね」

 

 シュライヒャーが言った。

「いや、これだけ教えてもらえば充分です。この事を他の"九色"の方々にも伝えますか?」

 カタストローフェは答えた。

「そうしたいのですが、私はほとんど"九色"の方とは面識がなくて、会ったのはあなたが初めてです」

 シュライヒャーそれを聞くと嬉しそうに言った。

「おお、でしたら"赤色"のヴォルフラム=アイゼンバイン師がちょうどアヴァーヘイムに滞在しておるそうですぞ。会いにいってみたらいかがかな?」

 

 カタストローフェは頷いた。

「ではそうしてみましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いてェェ、傷が焼けるゥゥ」

「ああっ、兄貴じっとしててくれよォ」

 

 フェリックスとその手下にウンザリした「山羊の後脚亭」の亭主が気付くと、いつの間にかテーブルが一つ空いていた。彼はそのテーブルには客が座っていたような気がしたが、どんな客かも思い出せず、その内忘れてしまった。

 

 

 ドアはギイギイとしばらく揺れていたが、やがて止まり動かなくなった。

 

 

 

 

 




主人公側と敵側をタロットで例えるのは「ジョジョ」をパクr…オマージュしました。
オリジナルタロットまであるとは、さすが無駄に設定に凝っていることに定評のあるウォーハンマー!(褒めてる

第一話の敵が伏線っていう展開が好きなだけです。

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