焼け跡の中に男が一人立っていた。
燃えていたのは数時間ほど前までのようで、煙は立っておらず代わりに焦げ臭い匂いが充満している。焼け残ったのは柱と壁の一部だけのようで、床と落ちた天井の黒い残骸で地面は埋め尽くされている。
男は何を探すでもなく、ただ焼けた柱の間をゆっくりとしたペースで歩いている。時たま灰の山の中から燃え残ったゴミを引きずり出しては眺め、また灰の山に返すという行為を繰り返していた。
それはまるで、何かを懐かしんでいるかのようにみえた。
時刻はもうすぐ正午になるかというほど。男は疲れた様子も見せず、飽きずに同じ場所をグルグル回っていた。
男はつばの広い帽子を被り、コートを着込んでいる。帽子もコートもその下に隠れている衣服もすべて黒で統一されており、コートの開いた隙間から、同じく黒く塗られているピストルの
男はただ一人、飽きもせず焼け跡に立っていた。
焼け跡に面した街道沿いに一人の人物がゆっくりと歩いてくる。格好は男と同じ黒い外套に黒いつば広帽。髪は短く切っているが、左目は髪に隠されている。
さらに近づくと、どうやら体格と背の高さから女であるらしいと分かる。
女の魔狩人は焼け跡から少し離れたところに立ち、男に叫んだ。
「ユリウスさーん。そんなところにいたんですか。村長のところ行ってきましたよー」
男は顔をあげると、無関心そうに灰の中を黒いブーツで踏みしめながら住居跡から出てきた。
「なんだ。何かあったのか」
ユリウスと呼ばれた男はもう壮年を過ぎつつある年のようで、灰色の髭と髪を短く切り揃えていた。
「何かじゃないですよ。私、村長に舐められてます。ユリウスさんに出てもらった方が早いですね」
女は不満げに言った。身長は5フィートを少し越えたぐらい。顔は成熟さを感じさせるが未だどこかに幼さを留めていた。灰色がかった金髪は女性にしては異常なほどに短く切られており、一見すると小柄な青年にも見えた。
2人は歩きながら話し始める。
「そんなことの為に俺を呼んだのか」
ユリウスは気落ちを隠そうともしない。
女は冷静に返す。
「焼け落ちた家にボーっと立ってるぐらいだったら、少しぐらい働いても構わないのでは?」
ユリウスはそれに淡々と答えた。
「俺はな、焼け跡に立ってるのが好きなんだよ。灰の匂いが好きなんでね。焼けた肉の匂いがするなら、それはそれで尚いい。もっとも、焼けた髪の匂いには堪えられんね。異端者を火炙りにする時はきちんと髪を剃らんといけない」
女はそれに関しても冷静だった。
「わたしはそういう趣味はありませんから」
ユリウスはクックックッと笑う。ニンマリと口の端を持ち上げてゾッとする笑みを作り、歩きながら女の外から見える方の目を覗き込む。
「そりゃそうだ。おまえは
女は答えなかった。
暫く歩き、一軒の、他の住居よりは明らかに立派な──つまり家屋が数部屋に分かれている──家の前で女は止まり、男に向かって言う。
「ここが村長の家です。私は殺されたっていう村人の家に行ってますね」
そう言うと、振り返りもせずに歩み去った。ユリウスはため息をつき、戸に手をかける。
「おお、お待ちしていました」
机の前に座っていた初老の村長が両手を広げて歓待する。ユリウスは手の仕草で、村長が立とうとするのを押し留める。ユリウスは白い髭の生えた村長の顔、表面上笑っているもののどんよりと濁った目を見、不安と怖れ、そしてなんとか切り抜けられそうだぞという自信を読みとった。
その自信を砕くのが、ユリウスの仕事だ。
ユリウスは外套の内から流れるような動作で
ダガーは机に音をたてて突き刺さった。
ユリウスは笑みが固まって剥がれない村長の顔の耳元に口を近づけて、一単語、一音節ごとに区切って明瞭に発語した。
「いいか、俺はあんたたちの村の事情に興味はない。来た者、去った者、死んだ者の特徴、そいつらがどこから来てどこへ消えたか、それだけを端的に喋れ」
少し間を空けてユリウスは続ける。
「お前はこれから何年も、この机の傷を見るたびに俺を思い出す。自分があの時、この机の代わりにならなくて良かったという安堵とともに、だ」
既に蒼白となっている村長に最後に言う。
「喋れ。お前の役目はそれだけだ」
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ユリウスと別れた女は、殺されたマイヤー老人の家にいた。既に冷たくなった老人は、黒く濁り固まった血だまりの中に仰向けに倒れていた。歯を剥き、目を見開いた苦悶の表情から目を逸らさず、女は死体と現場を検分していた。
背後で戸が開く音がした。
「やあ、女の魔狩人さん」
振り返ると、村から力仕事のために駆り出した若者の一人が戸に手をかけて立っていた。偉そうな物腰から村の顔役か、その息子だと女は判断した。
「何か?」
男はそれには答えず、女に近寄る。
「いやあ、女の魔狩人なんているんだねえ。話に聞くのは男ばっかりだからさあ。むさ苦しい連中かと思ってたけど、こんな美人がいるんなら……」
女はそれには気を止めず、言う。
「殺されたのはあなたの村の人間ですよ? 不謹慎では?」
男はせせら笑った。
「ああ、"隣村"の連中か。あいつらは村人みんなからの嫌われもんだったし、特に気にはしてないね。それに、この爺さんは……」
そう言って、死体をチラリと見てすぐ目を逸らす。
「俺も四六時中ウルサく言われてたんでね、清々したよ」
さらに、しゃがんでいる女に屈み込んで囁く。
「それより俺はさあ、どうして君みたいな女性がこんな仕事に就いてるか、知りたいなあ。男みたいに髪を切ったりしてさあ。この目に何かあるの?」
そう言って男は女の左目にかかった髪を掻き上げようとした。
「触れば、指を切り落とす」
女は冷静に冷静に、少しだけ
男は、いつの間にか女が左手にダガーを握っているのに気がつく。
「見れば、お前の目を
男は急いで手を引っ込める。
「他人に話すなら、舌を切り取る」
女は立ち上がる。ズカズカと、震え後退る男に近付き、男の眼前で止まる。
「それが"秘密"というものだ。お前に"秘密"は守れない」
男はヒッと声を漏らした。女は後ろを向き、また老人の横に戻りしゃがみ込む。振り向きもせずに言った。
「出ていけ。わたしは、お前が今まで手を出してきた女とはわけが違う」
男はヒイッと言うと、戸を押し開け走り出た。入れ替わりに男が一人家に入ってきた。
「やってるようだな」
聞き慣れた声に女は振り向いた。
「ユリウスさん!」
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ユリウスと女はマイヤー老人の家から延びる道を辿っていた。足跡は入り乱れていたが、何人かの特徴はおさえることができた。
「村長が言うには、村に来たのは背の高いフードを被った男と同じくフードを被った赤毛のドワーフ、それに明るい黄色髪の杖を持った男だそうだ。村に来たのはそいつらと、夕方に来た褐色の髪の武装した男とその連れのゴツい男二人──その二人はそっくりだそうだが──だけらしいな。
後者は前者を追っかけていて、村人の家を燃やしたのも後者だ。燃やされた家の住人の名はベルトルド。そいつは先に来た三人組と一緒に夜中に出ていったそうだ。後に来た三人組も朝方早くには村を出たらしい。
どこにいったかは、後者は分からんが、前者はベルトルドにアヴァーヘイムへの道を尋ねているのを聞いた村人がいる」
ユリウスは言い終わると、お前は、という風に女に視線を向ける。女は急いで喋り出す。
「あっ、はい。あの殺された老人ですが、鋭利な刃物で胴体を複数回突き刺され、出血で死んだみたいです。刃の大きさはナイフぐらいですけど貫通してますね。でも凶器が見当たらないだけじゃなく、背後の壁にも床にも傷一つついていません。
争った形跡が無いので、遠距離から殺されたのはまず間違いありませんが、矢でもナイフでも外れた跡すらありませんし、状況から見るに……」
女は言い淀んだ。ユリウスが言い繋ぐ。
「魔術か?」
「おそらく、そうではないかと」
ユリウスはフンと鼻を鳴らし、苦々しい顔をした。
「だったら有力なのは杖を持ってたっていう黄色髪の野郎か」
「あと、老人の住居で老人のものではない髪の毛が見つかってます。色からしてその四人だとは思いますが、それ以上はちょっと……」
女は黙り、不意に、あ、と声を漏らす。
「あそこですよ。目的地は」
ユリウスは口笛を鳴らす。
「俺好みの景色だ」
かつて何軒かの家が立ち並んでいたとみられる集落は、今や一列に並ぶ焼け野原と化していた。
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「俺が焼け跡が好きな理由はな、生き物がいないからだよ。静かなんだ。だから、こういうのは俺はいただけねえな」
二人は焼けた集落の広場に立ち、周囲を眺めていた。焼けた家の中では、村の若い衆が忙しく立ち働いている。時々、こっちにもあったぞお、という声が響く。
「能率から考えれば、こうするのが最もいいですよ」
女はユリウスに背を向けたまま言う。
「能率とかじゃねえ、俺は仕事の流儀の話をしてるんだよ」
ユリウスは淡々と言った。
「それで無駄にするであろう時間は誰が担保してくれるんですか?」
女はあくまでも冷静に返す。
ユリウスは鼻を鳴らし、二人の間には沈黙が漂った。
「人間の死体が出たぞ!」
突然村人の声が轟いた。女とユリウスに緊張が走る。この村の住人は皆、獣人の姿で黒焦げになって死んでいた。その中で人間のままの死体が見つかれば、それが恐らく犯人に最も近い存在であるだろうから。
二人は急ぎ、声の元へと走る。
その死体は一見したところ、他の死体とあまり変わらない焼死体だった。広場の中に造られた、荷車やら廃材やらを積み重ねた大きな竈の底にその死体はくべられていた。その脆くなった死体は運び出す時に炭化した腰が砕けたようで、上下二つに分かれていた。顔はもはや全く判別しようがないが、その骨格は他の、骨から歪んだ村人の死体と重ねると紛れもなく人間のそれだった。
そしてもう、その死体を調べても何一つ分からないのは明白だった。
「こいつか」
ユリウスが呟いた。
ふと横を見ると、女の肩がブルブルと震えているのが目に入る。こちらからは目は髪に隠れて見えないが、女が汗だくになっているのは分かった。
──また
ユリウスはため息をついた。
「手短にやれ」
もはや女はユリウスに返事もせず、腰に下げた剣を抜くと、体重をかけて死体の胸に突き刺した。脆い死体はろくな抵抗もせずに剣を受け入れる。ザクッと音を立てて突き刺さった剣を、女は死体の中でグリグリと捻り、引き抜く。
ユリウスは後ろを向き、懐からたばこ入れと、火口箱を取り出す。巻きたばこに火を着け、口に加える。
そのまま、背後のザクザクという音を聞きながら、女の気が済むのを待っていた。
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「どうもすみません。時間とってしまって」
謝る女に対しユリウスは、ン、と返事する。
「気にすんな。いつものことだ」
二人は街道のちょうど村と外との境に立っていた。アヴァーランド名物の夕日が眩しい。
「でも、何者なんでしょうね」
女はユリウスに問いかける。
「さあな。だが、あの焼死体が犯人だったとして、死んだのは仲間割れか、邪魔が入ったか」
ユリウスはしばし黙った。
「……いや、奴は底で寝かされていた。計画的な隠蔽だ。仲間がいるな」
言いきるユリウスを、女は注視する。
「わたし達が追っている"ヤツ"ですか?」
ユリウスは首を振り、否定する。
「いや、あの"黒医者"ならこんなことはしない。あいつなら、もっと死体はむごたらしくなる。ここで一気に殺す必要もない。何より大掛かりすぎる」
「では、昨日来たという三人組の前者ですか?」
「ふむ。連中、昼に来て一旦去り、また夜戻ってきた。行ってたのは当然あの集落として、帰って一戦やらかした、か」
暫し黙り、ユリウスはまた口を開く。
「違うな。部品が足りなさすぎてとても全部は組み立てられねえ。あの爺さん殺したのも分からねえしな。あの死んでたやつはこの村の誰にも見咎められずにあそこまで行ってる。他にいないとは限らねえ。魔術師が絡んでるのは確かだ。広場でわざわざ火を起こしたのは、儀式の隠滅の為だろうからな。とにかくこいつの犯人はオツムが上等のヤツだぜ」
ユリウスはペッと唾を吐くと、女の方を向いて言った。
「とにかくアヴァーヘイムだ。あの貴族からの出資金はまだ残ってるな?」
女はユリウスの言葉を訂正する。
「出資金じゃないでしょ。ユリウスさんが脅し取ったんじゃないですか」
「フン、金で済む罪なら安いもんだろ、たかが上の貴族への上納金ちょろまかしたぐらいで命とったら可哀想だからな。俺は随分平和的だと思うぜ?」
女は少し笑う。
「今日思いましたが、その
「そりゃよかったな」
ユリウスは既に道を進みだしていた。
「行くぞ、カルロット。次の街で四輪馬車を拾う。それでアヴァーヘイムだ」
カルロットはため息を一つつくと、精一杯元気に答えた。
「はい!」
そして、ユリウスの長く伸びた影を追って走り出した。
魔狩人ってのは"混沌"とか"異端"だとかを駆り出して火にくべるお仕事です。格好は似てるけど、色んなやつがいる仕事らしいんで、この二人は割りとダーティなタイプってことで。
人物の名を最後で明かすっていうのと、場面を短く区切ったのがやってみたかったんでそうしました。
あと、今回は数字は全部漢数字です。いつも横書きなので併用していたんですけど、少し面倒だったので実験してみました。