第二話・1「全く理解できない呆れるほど長い話」
「金がない」
アルブレヒトが言った。
「そうなのか?」
ベルトルドが問い返す。
「…………」
ルディガーは窓の外を眺めている。
窓の外で鳥が鳴いた。
三人が今いるのは、ムールフェルトから幾つかの村を越えたところにある街、ヴュッペルタルの酒場の二階にある宿の一室である。ヴュッペルタルにはシグマー教の聖人の神殿があり、ちょうどシグマーが天に登ったとされる立夏の祭りが開かれているため、街は人で賑わっている。
ベルトルドがムールフェルト村を出奔したあの晩から一週間ほど経っている。距離があまり稼げていないのはひとえに、アルブレヒトがムールフェルト村の一件で負った傷を癒す時間が必要だったからである。
アルブレヒトの誇りは、治療にかかった金(しめて金貨1枚に銀貨5枚)をルディガーやベルトルドから借りることを許さなかった。たとえ二人が彼より遥かに金持ちだとしても。
「俺がもってるのはこれだけだ」
アルブレヒトは懐の財布から貨幣を何枚か取り出した。金貨が7枚、それと同じくらいの銀貨がチャリンと音をたてる。
「俺はこれだけ」
ベルトルドは足下に置いた鞄から中身の詰まった財布を取りだし、寝床の上に置く。ズッシリとした重みで毛布が沈み、ジャラリと中の金属が触れあう音がする。一見してアルブレヒトの二倍以上は入っていると分かる。
「おい、ルディガー。お前はどれくらい持ってるんだい?」
ベルトルドが聞くと、ルディガーはハッとしてそそくさと懐の財布を取り出す。
それを見てアルブレヒトは唾を飲む。ベルトルドよりもさらに重厚感のあるその財布はアルブレヒトの優に三倍は入っていそうだ。もちろん
アルブレヒトは悲しい気持ちで、自分の全財産の金貨7枚を見つめる。
縦に重ねると7枚。
横に並べると7枚。
2枚の山が二つに3枚の山が一つ、会わせて7枚。
貴族であれば一着の服にすらそれよりも金を出すほどの金額でも、アルブレヒトにとっては命の次に大事な全財産である。
「充分もちそうだけどなあ」
ベルトルドが言う。
「目的地はどこだっけ?スターランドの……」
「ヴルトバートだ」
アルブレヒトは言い繋いで、「何でもヴルトバートにいるある人に渡す手紙があるんだと」
「ふうん。手紙ぐらい伝書に頼めば?」
ベルトルドが言う。
ルディガーはまた窓の外を見ている。
暫くして口を開いた。
「人には頼めないだよ。おらが自分で持っていかないと……そう言われただ」
「どんな内容なんだ?」
ベルトルドは話に食いついた。もっともベルトルドはどんな話にも興味を抱くのだが。
「おらも中は見てないだよ」
ベルトルドは更に興味を掻き立てられたようだ。
「じゃあさあ、誰に頼まれたんだ?」
「それは……」
その時、ドアが勢いよく開いた。
「おい、お主ら! 言うことがあるぞ!」
大声で叫んだのは、背負い袋だった。いや、背負い袋を前に抱えた(ために正面からは見えない)ドワーフだった。
「なんだ、イムラク。頼んでたものは買えたのか?」
アルブレヒトが訊く。
「自分で見い!」
ドワーフは何故か大声で叫ぶ。1ヤードもない二人の間では不必要なほどに。
そして何故かその後にガッハッハ、とこれまた大声で笑う。
アルブレヒトには理解できない。
イムラクの背負い袋を開けると、革の袋がいくつも出てくる。全て液体が入っているようだ。
「な、なんだこれは」
イムラクはム、と少し不機嫌になる。
「何ってお前の欲しがってた革製の水入れだろうが。ルディガーとわしの分もあるぞ。ああ、あとお前とベルトルドの水筒にはビールを入れてもらったからな」
そう言ってイムラクはホイホイとアルブレヒトとベルトルドに革の袋を二つずつ、ルディガーに一つ渡す。
「代金は貰うぞ。なんじゃ、アルブレヒト。銀貨が足りんじゃないか。わしが両替してやろう」
ホイホイとアルブレヒトの金貨が1枚消え、十何枚かの銀貨と数枚の銅貨や真鍮銭に替わる。
6枚になった金貨を悲しそうに見つめ、アルブレヒトは訊く。
「それで、頼んでた行動食は?」
「ああ、塩漬け肉とかビスケットとかか。見つからなかったぞ」
イムラクは事も無げに言う。
アルブレヒトは慌てた。
「な……いちいち食糧を買ってたらあっという間に金が無くなるぞ。日持ちする食材でもたせないといけないのに」
しかしイムラクは聞く耳を持たない。
「そんなことよりだ、わしが買い物を済ませて帰ってくる途中にだぞ、広場があったんじゃ!」
イムラクは何故か語尾を強める。
アルブレヒトには理解できない。
「それが、どうした?」
イムラクは手で制する。
「まあ聞け。話はここからじゃ、その広場のな、一番立派な
イムラクはここぞとばかりに語気を強める。
ベルトルドが惹かれて尋ねた。
「で、何て書いてあったんだい?」
ドワーフは少し沈黙すると、すうと息を吸って大声で言った。
「わしには字が読めんのだ!!」
四人の間で沈黙が漂う。
言われてみればその通りだ。イムラクは北部で生まれて、南部に渡ってきてからずっと料理人として生計をたててきたと聞く。教育を受けているわけはないだろう。
アルブレヒトだって、もちろん字など読めない。ベルトルドもおそらくはそうだろう。 可能性があるとするなら、教育を受けたルディガーか。
字なぞ読めても田舎の村の畑では役にも立たない。字を読めてメシが食えるわけでもないだろう。しかし、こういう街に来るとやはり字を読める人間と読めない人間の差というものに気付かされる。
やはり教養はあるにこしたことはない。
「で、なんだ? 字が読めるようになりたいって話か?」
アルブレヒトは沈黙に堪えかねて発言する。イムラクはまた手で制した。
「まあ待て。話はここからじゃ。わしは字が読めんから、張り紙の内容までは分からん。しかしじゃ、外は今立夏の祭りで賑わっとるじゃろう?」
イムラクは突然関係ない話を持ち出した。アルブレヒトにはさっぱり理解できない。
「そうだな」
取り敢えず相づちを打っておく。
「そうじゃろうが。それでな、その張り紙の前にも大勢集まっとったんじゃ。その中の男の一人がな、お主ら、何て言ったと思う?!」
今度こそ、とベルトルドが息を呑んで訊く。
「で、そいつは何て言ったんだ?」
イムラクは張りつめた顔をしていたかと思うと、途端にガッハッハと笑い出した。
「いや、わしに向かって『何て書いてあるんだ』って訊くもんだから、『わしに読めるわけなかろう!』って怒鳴りつけてやったわ」
そして、ガッハッハと笑う。
アルブレヒトには全く理解できない。
ドワーフという種族に失望して言う。
「で、話はそれだけか?」
イムラクは三度、手でアルブレヒトを制した。
「まあ落ち着け。本題はここからじゃ。わしがそう言うとな、隣で別の男がな、『フム、少しだけなら分かりますよ』なんて言うんじゃよ。それでわしがな『なら読んでみい!』と言ったらな……」
「どうでもいいが、何故そんなに偉そうに言ったんだ?」
アルブレヒトが口を挟む。
「なんじゃって?」イムラクが聞き返す。
「いや、何でもない」
どうせ、俺には理解できまい。
イムラクは気を取り直して続ける。
「まあ、とにかくな、わしがそう言ってな、そいつが何て言ったと思う?!」
「どうせ実は読めなかったとかいうオチなんだろう?」
ベルトルドが流石にもう騙されないぞ、という顔で言った。
イムラクは唖然とする。
「何故分かったんじゃ?」
アルブレヒトにはどうしても理解できない。
「これだけ引っ張ってそんな話のオチなのか?」
イムラクはブツブツ言う。
「違うわい。その男が『無くしものを見つけたら金貨10枚くれる、って書いてますよ』なんて言うもんじゃからな、わしが『そんなわけないじゃろう、このペテン師が!』と言ったら男が怒り出してな、『あなたは私を侮辱するのですか!』なんて言い出したもんでな、わしの方が正しいことをお主らに張り紙を読んでもらって確かめてもらおうと思ったんじゃ」
アルブレヒトにはイムラクの後半部のセリフは全く聞こえなかった。彼に聞こえたのは「無くしものを見つけたら金貨10枚」の部分だけだった。
彼は叫んだ。
「金貨10枚?! そんなまさか!」
イムラクは我が意を得たり、とばかりに大きく頷く。
「そうじゃろう。そう思うじゃろう」
アルブレヒトにはやはり聞こえていなかった。彼の頭の中には、金貨10枚が羽を生やして飛び回っていた。
「行くぞ、ルディガー!」
彼は後ろでボーっと聞いていたルディガーに叫ぶ。
「え? 何の話だっけか?」
呆気にとられるルディガーをひっ掴むようにしてアルブレヒトは自分の荷物を持ち、部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、酒場の亭主が怒鳴るのも耳に入らず石畳の街路に飛び出すと、立夏の祭りで繰り出している人の山を掻き分けながらカンを頼りに広場を目指す。
幸運にも、人の流れに沿って進むとやがてそれなりの大きさの広場に出た。
数本植わっている楡の木から、これだと思われる一本の下へと走る。
その木には、一枚の板が打ち付けてあった。さらにその板の上には紙が掲示されており、黒々とした文字が踊っている。
「ハァ、ハァ。ルディガー、読んでみてくれ」
息を切らして頼む。
ルディガーは暫し黙読し、明朗な発音で読み始めた。
「商人ギルド総会の布告
来る立夏の日、我らが街の発展と
今後の展望について新たな情報を
精査し、其について議論するため
商人ギルド総会を開催することを
決定した。
ギルド会員は、所定の時刻12時に
ギルド会館へと集合のこと。
商人ギルド」
アルブレヒトはへなへなと足の力が抜けるのを感じた。
やはりうまい話なんて、この世にはないのだ。考えてみればイムラクの又聞きを信じた俺がバカだっただけだ。
「そこで何をしておる?」
振り返ればイムラクだった。アルブレヒトは張り紙を指差す。
「お前の勝ちだよ、イムラク」
イムラクは怪訝そうな顔をする。
「その木じゃないぞ、こっちの木じゃ」
イムラクが指差した先の木の下には、ベルトルドが立っていた。
「ベルトルド! 字が読めたのか?」
アルブレヒトは驚く。ベルトルドはこちらを向き、ヘヘ、と笑う。
「帳面とか、つけないといけないからな。教わったんだ。ええと、どこまで読んだかな」
しかし、その読み方はルディガーに比べてたどたどしい。つっかえつっかえながら読み上げる。
「失せ物捜索依頼
失せ物捜索に秀でた人材を求む。
本日、当家の当主の貴重な品物
が紛失し、その捜索の協力者を
急募するものとする。
成功報酬は金貨で10枚とする。
リヒトシュタイン家」
アルブレヒトの目にはその、釘で木の板に打ち付けられた薄汚れた張り紙が金貨10枚分の金箔に見えた。
「ああ……」
感動で声が出ない。
「な……」
横でイムラクも声を失っている。
アルブレヒトはイムラクの方を向き言った。
「やったな、イムラク。さあすぐ行こう。お手柄だ」
イムラクはゆっくりと首を回す。心なしか顔が上気している。息を深く吸うと怒鳴った。
「何がお手柄だ! わしはあの男をペテン師呼ばわりしてしまったんだぞ!!」
アルブレヒトはこのドワーフの料理人とはそれなりに長い付き合いだ。
だが一つだけ言いたいことがある。
こいつのことはさっぱり理解できない。
本格始動は次回から。
>パーティ能力値
アルブレヒト(人間の【小作農】)7回成長
┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃武┃射┃筋┃頑┃敏┃知┃志┃協┃
┃30┃37┃35┃41┃37┃33┃41┃35┃
┣━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━┫
┃攻┃耐┃+┃+┃移┃魔┃狂┃運┃
┃1┃13┃3┃4┃4┃0┃2┃2┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛
技能:〈言語:ライクシュピール〉〈常識:エンパイア〉〈世間話〉〈忍び歩き〉〈野外生存術〉〈職能:弓職〉〈てなずけ〉〈水泳〉〈姿隠し〉〈賭博〉〈魅惑〉〈罠設置〉
異能:《強靭》《冷静沈着》《野育ち》《特殊武器:スリング類》
鎧:なし
A・P:頭部0、両腕0、胴体0、両脚0
武器:ソード、スリング
イムラク(ドワーフの【召使い】)7回成長
┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃武┃射┃筋┃頑┃敏┃知┃志┃協┃
┃53┃33┃36┃46┃33┃31┃45┃38┃
┣━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━┫
┃攻┃耐┃+┃+┃移┃魔┃狂┃運┃
┃1┃15┃3┃4┃3┃0┃0┃1┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛
技能:〈言語:カザリッド語、ライクシュピール〉〈常識:ドワーフ〉〈職能:鍛冶屋、料理人〉〈察知〉〈世間話〉〈捜索〉〈打撃回避〉〈手先の早業〉〈値踏み〉〈無駄話〉
異能:《怨恨》《肝っ玉》《頑健》《ドワーフの技》《魔法耐性》《夜目》《逃走!》《強靭》《スタミナ》
鎧:なし
A ・ P:頭部0、両腕0、胴体0、両脚0
武器:肉切り包丁(片手用武器)
ルディガー(人間の【見習い魔術師】)7回成長
┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃武┃射┃筋┃頑┃敏┃知┃志┃協┃
┃26┃28┃27┃34┃31┃36┃46┃37┃
┣━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━┫
┃攻┃耐┃+┃+┃移┃魔┃狂┃運┃
┃1┃12┃2┃3┃4┃1┃0┃2┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛
技能: 〈言語:ライクシュピール、古語〉〈常識:エンパイア〉〈世間話〉〈学術知識:魔術〉 〈察知〉〈捜索〉〈秘術言語:魔法語〉〈魔風交信〉〈魔力感知〉〈読み書き〉
異能:《強靭》《精神安定》《エーテル順応》《分別》《初歩魔術:秘術》
鎧:なし
A ・ P:頭部0、両腕0、胴体0、両脚0
武器:クォーター・スタッフ
ベルトルド(人間の【家内工業人】)2回成長
┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃武┃射┃筋┃頑┃敏┃知┃志┃協┃
┃37┃36┃32┃41┃36┃26┃32┃37┃
┣━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━┫
┃攻┃耐┃+┃+┃移┃魔┃狂┃運┃
┃1┃13┃3┃4┃4┃0┃1┃1┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛
技能: 〈言語:ライクシュピール〉〈常識:エンパイア〉〈世間話〉+10% 〈察知〉〈職能:靴屋、仕立て屋〉〈操縦〉〈値切り〉〈値踏み〉〈秘密言語:ギルド語〉〈読み書き〉
異能:《魔法耐性》《精神安定》《交渉力》
鎧:軽装鎧(レザー・ジャーキン)
A ・ P:頭部0、両腕0、胴体1、両脚0
武器:革裁ち刀(片手用武器)