火と鋼の道で   作:ナナヒカリ

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第二話・2「その扉の先の風景」

 四人は一軒の屋敷の前に立っていた。

「ここだ」

 アルブレヒトが言った。

 目的のリヒトシュタイン邸である。ヴュッペルタルの一等地にある屋敷は、幾人かに尋ねるとすぐに見つかった。

 

 アルブレヒトはゴクリと唾を飲み込み、呼び鈴を鳴らす。

 

「どちら様でしょうか?」

 扉がちょっと開き、少し疲れた顔の初老の男が顔を出す。よい仕立ての服を着ていることから、ベルトルドは執事であろうと見当をつける。

「広場の張り紙を読みました。失せ物捜索に秀でた人材って……」

 

「お入り下さい」

 男は扉を開け、四人を招き入れる。

 

 入り口のホールでベルトルドは息を飲む。ベルトルドが今までの人生で入った住居の平均より5倍は広く10倍は豪華だ。おお、と声が出そうになり慌てて口を塞ぐ。

「どうぞ、こちらへ」

 男は正面の敷物をひいた階段を登り始める。後についていくベルトルドは、彫り物が施してある深い色合いの木の手すりを掴みそうになり、手垢がつくと思い咄嗟に引っ込める。

 周りを見ると他の三人も雰囲気に呑まれているようだ。ベルトルドは少し安心する。

 

「皆さま方は当市にお住まいの方で?」

 男が歩きながら訊く。ベルトルドが答える。

「いえ、旅の途中ですよ」

 ほう、と男は声を出す。

「では兵隊でいらっしゃいますか? "混沌の嵐"で北に従軍した帰りであるとか……」

 ベルトルドが笑って否定する。

「いや、まさかあ。剣だのハルバードだのなんて握ったこともないですよ」

「では当街の立夏の祭りにいらした?」

 ベルトルドはご機嫌になって答える。

「いやあ街中に活気がありますよねえ。ほんとお祭りって大好きなんですよお」

 ほほう、と男は息をもらす。自分の街を褒められて悪い気はしないらしい。

「ちなみに遺失物捜索の専門職にはお就きでいらっしゃいましたか?」

「はっはっ。専門職どころか少し前までしがない靴屋だったんですよ……」

 言いかけてベルトルドはハッと気付く。雑談と見せかけ、いつの間にか試されていたのだ。

 横のアルブレヒトが非難の視線を送ってくる。

 

「……ふむ、私は実は他人のなくしたものを探し出すのが大得意でしてね。大概の人間はそこが財布の中より安全だと思ってブーツの中に隠すんですが、それっきり忘れてしまうんですね。私はそういったものを見つけるのに誰よりも秀でてるんです」

 

「お入り下さい」

 ベルトルドの苦しい言い逃れを聞き流し、扉を開きながら男が言った。階段を上がり、廊下の突き当たりにあるその部屋はどうやら書斎──という名称をベルトルドは昔どこかで聞いたことがあった──らしく、本がぎっしり詰まった高い天井まで続く書棚が、壁の一面を占めている。壁の前に椅子が横一列に五脚ほど並んでいる。

「お座り下さい」

 男は立ったまま、先程から表情を全く変えていない。ベルトルドは少し不気味に思う。ゆっくり椅子に腰を下ろす。

 

「私は当家の執事を務めております、ヴァルターと申します」

 男は自己紹介をする。やはりベルトルドの見立て通り執事だった。四人も続けて名乗る。

 

「あなた様方のお名前は分かりました。これから当主に面会となりますが、その前に契約の確認をさせて頂いても宜しいでしょうか」

 執事はスラスラと口上を述べた。こういったことに慣れないベルトルドにはついていけない。

「契約の……確認……ということは…」

 

 四人は顔を見合わせる。

 

「雇って頂けるんですか!?」

 

 ベルトルドが叫んだ。てっきり自分のポカで希望が無くなったと思っていたが、ラナルド(幸運の神)は思わぬところで微笑むらしい。

 執事は相変わらず調子を変えない。

「ええ。あなた様方と契約させて頂きます。それで契約の確認をしたいのですが、代表者の方は?」

「あ、それはこちらのアルブレヒトが」

 ベルトルドがしれっと言う。代表者だの何だの面倒そうなことは御免だ。

 

 執事は説明を続ける。

「張り紙にも書きましたが、報酬の方は成功報酬となります。額は金貨10枚で宜しいですか?」

「ええ、そりゃあもう」

 何故か責任者を辞退した筈のベルトルドが請け合う。

「ではこちらの書類にサインか印を」

 執事はそう言って一枚の紙を差し出してくる。随分肩肘張ってるなあ、とベルトルドは心の中で苦笑する。印なんて貴族じゃあるまいし、そんなもの持ってる訳がない。字だって自分の名前も書けないやつはザラにいるんだし。

 こんなことをやっていると優秀な人材なんて集まらないだろうな、とベルトルドは自分達のことを棚に上げて心配する。

 結局、まあ貴族なんてそれぐらいじゃないとやってけないのかもな、と一人で納得した。

 

「ああ、このアルブレヒトは字が書けないので、代わりにわたくしが」

 ベルトルドはしゃしゃり出て、アルブレヒトの名前を()()()綴る。

 あれ、とふと気付く。

「これ最後に書いてある、『契約者が契約の履行を果たせなかった場合、契約者は依頼者の損害を金品によって補填しなければならない』ってどういう意味ですか?」

「文字通りの意味です。あなた方が当家の遺失物を発見できなかった場合、当家に対してその額──この場合は金貨10枚ですな──をお支払い頂きたい、という意味です」

 

「な──ッ」

 ベルトルドは絶句した。あの張り紙にはそんなこと一言も書いていなかったではないか。

 

「それは詐欺というものだ」

 アルブレヒトも語気を荒げて言う。

「詐欺?」

 執事が聞き咎める。

「契約書にはそちらの契約者のサインがしてあるのですぞ。契約書も読んでおきながら、これではどちらが詐欺か明白ですな」

「なんとでも言え、俺たちは帰る」

 アルブレヒトは立ち上がりかける。

「良いのですか?」

 執事が訊いた。

「見たところ、相当苦労なさっているようですね。さぞ入り用なものが多いと推察しますが」

 

 アルブレヒトは固まる。ゆっくり向き直り、もう一度腰を下ろす。強い口調で念を押す。

「本当に成功報酬の金貨10枚は嘘じゃないんだろうな」

「当然でございます」

 執事は顔色も変えない。

「どう思う、ルディガー、イムラク?」

 ベルトルドに尋ねないのは軽率にサインしたことを怒っているからだろう。

 ルディガーはポカンと考えている(のか何なのか分からないが)が、暫し後に言う。

「おらは、取り敢えず探してみたらいいと思うだけどな」

 イムラクはその点単純明快だ。

「フム、やろうと思う意志さえあればやってやれんこともあるまい!」

 アルブレヒトは執事に向き直る。

「チッ、隠してたのはあんたが卑怯だが、裏を疑わなかった俺たちも俺たちだ。今回は免じて、その契約とやらに従ってやる」

 執事は頭を下げる。

「恐れ入ります」

 そして部屋の奥の扉の方へと歩み寄る。

 

「こちらの部屋で当主がお待ちです」

「ちょっと待ちな」

 アルブレヒトが言う。何か、といった顔で執事が止まる。

「あんたのその態度、それはな丁寧なんてもんじゃない。慇懃無礼って言うんだよ。知っておきな」

「肝に命じておきましょう」

 執事が頭を下げる。やはり態度は一貫している。ベルトルドは少し舌を巻いた。

 こっそりアルブレヒトに近づき、小声で謝る。

「ごめん。俺がもっとよく読んでおけば……」

 

「心配するな。全部お前が悪い」

「そこは許してくれよ!」

 ついツッコんでしまう。アルブレヒトはニヤリと笑う。

「全部お前が悪い……だが、見つからなければトンズラすればいいだけだ。心配するな」

 ベルトルドは、さっき自分達の非を認める発言をしておきつつ、その実逃げる算段を考えていた、執事以上にしたたかなアルブレヒトに舌を巻いた。

 

「準備は宜しいでしょうか」

 執事が扉を開く。中から光が溢れる。どうやら外に面した窓があるらしい。

 

「お連れしました」

 四人が中に入ると、執事がそう言って扉を閉める。

 

 目が光に慣れると、前面に広がる窓の前に一人の人物が立っているのが分かる。朝の光に、赤銅色の髪の毛が照り輝く。その人物はゆっくりとこちらに向き直る。

 

 

 

 それは少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イムラク達四人は再びリヒトシュタイン邸の前に立っている。今度は屋敷を背にして。そしてイムラクは立夏の祭りの人通りを見て途方にくれる。

 さて、この中からどうやって()()を探しだすか。先程威勢のいいことを言ったイムラクもその点については何一つ計画は無かった。

 

 イムラクはふと横を向く。

 少女は不安げな顔で前を見つめている。

 

 なぜこんなことになった?

 

 イムラクは自分の責任も少しはある、ということは思い出さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 部屋には、比較的大きな窓が据え付けられており、扉は今入ってきたのと、もう一つ側面につけられている。壁に長剣と短剣が交差して掛けられている他、装飾らしい装飾はない。家具は机と椅子が一組あるのみ。

 そして、イムラクの眼前には一人の少女が立っていた。長い赤銅色の髪、うすい眉、高価な衣服に装身具、戦乱を避けて北から下り、その途中幾つもの貴族家で料理人として働いてきた(つまり幾度も暇を出された)イムラクにとっては見馴れた存在。たった一つのことを除けば。

 

 ──しかし、こんな小娘が当主とは。

 

「グレートヒェン=フォン=リヒトシュタイン様、リヒトシュタイン家の現当主であらせられます」

 四人の背後、扉の側に控えている執事が言う。

 

 イムラクは詰問するように背後の執事に視線を投げかける。執事はその視線に答えた。

「グレートヒェン様は三年前、不幸な事故により先代の当主様と奥様を失われました。御年わずか16歳であらせられます。どうか手荒な真似をなさりませぬよう」

 

 執事が事故について話すとき、少女の肩がピクリと震えた。

 

「ほう。あんたがセコい真似して金を稼ごうとするのはこの若年のお姫様の為ってわけだ」

 アルブレヒトがズケズケと言う。

 どうもこの男は過去のことからか、領主やら貴族やら為政者に辛辣になっていかんな、とイムラクは思う。

 

「グレートヒェン様はお若いといえどれっきとしたリヒトシュタイン家の当主であり、男爵位の持ち主です。無礼な真似は身の為になりませんぞ」

 執事は静かに釘を刺す。ゴホンと咳をして続ける。

「もっとも、こちらもあなた様方にお願いがあってここにお招きしている次第です。仕事を果たして貰えれば、勿論報酬は全額お支払いさせて頂きます。では依頼内容の説明に移らせて頂きますが」

 

「端的に言え、探して欲しい()()ってのは何だ?」

 アルブレヒトが言う。

 本当に我慢がきかんな、とイムラクはやれやれとため息をつく。

 そこでか細い肩を震わして、少女が高い声で最初の発言をする。

 

()()ではありません!わたくしにとってリリアーノは大切な……そして唯一の……友達です」

 

 発言の最後はか細く途切れ途切れだった。イムラクが聞いたどんな貴族のご婦人(そしてそのおてんばなご息女)ともその声は違った。貴族特有の発音の気品はあった。しかし、気高さは無かった。

 

 すがるモノを失った者の声だった。

 

 気位の高さは微塵もなく、身分ゆえの誇りもなかった。既に残りカスとなった格式がこびりついているだけの声だった。

 

 

「おいおい。リリアーノって、探すのは人か?」

 アルブレヒトが詰問する。

 

「人では……ありません。猫です」

 少女の声はやはり頼りなかった。フン、とイムラクは鼻を鳴らす。

 

 ()()()()()()()

 

 

 この屋敷に入ってから、四人の中でイムラクだけが分かったことがある。この屋敷には生命力がない。貴族の屋敷特有のあの驕り高ぶった生命力が欠片もない。

 ベルトルドは広いホールに驚嘆していたが、イムラクは美術品や装飾が可能な限り排除されたつくりに逆に驚いた。確かに広いが、廊下や部屋に一枚の絵画も飾っておらず、彫刻もない。階段の手摺の彫り物が残っていたのは、取り外せないからだろうか?

 確かに怠惰で物憂げな雰囲気を漂わせている屋敷はいくらでもある。しかしそれは生命力の欠如ではなく、生命力の過剰とその腐敗によるものだ。没落貴族の館特有の死の匂いは長年の繁栄の裏返しだ。 ここはそうではない。ただ弱りかすれていく、緩やかな消滅。それは清潔でさえある。

 

 しかしイムラクには我慢ならなかった。

 

 

 そしてイムラクは今、その元凶を目の前の少女だと断定した。

 その少女は今、細々とした声でその猫の特徴を話している。

「リリアーノは灰色の猫で、……瞳は琥珀色です。首輪をしていましたが、小さい石をはめていたので……もう盗まれている……と思います」

「心当たりでもあるのか?」

 少女とのやりとりはアルブレヒトが行っていた。

 

「アクセル──当家の料理人ですが──がリリアーノが外に……………逃げたのを目にしたそうです」

 少女は猫が"逃げた"と言うのに時間を費やした。それはあたかも猫に自分が拒否されたことを認めたくないかのように。

 

「アクセルは、今朝裏口を開けた隙に猫が通りに抜け出した、と申しておりました。追いかけたが、すぐに見失ったとも」

 執事が補足する。アルブレヒトがヴァルターに質問する。

「そのアクセルってのはどこに?」

「彼なら猫を探そうと走り回っていたときに運悪く馬車と衝突してしまいまして、不幸中の幸い大事には至りませんでしたが、本日は既に家に帰らせました」

 アルブレヒトはため息をつく。

「それで? その猫を探せばいいってのは分かったが、期間を決めてもらおうか」

 少女に問いかける。

 

「できるだけ……早くです」

 少女の答えは要領を得なかった。アルブレヒトはやれやれとかぶりを振る。

「これは本当です。わたくしも……一緒に探しますので」

 少女はあくまでも切実に頼み込んできた。アルブレヒトは本気か、という顔をする。イムラクも信じられない。

「やめとけ。貴族様がやるようなことじゃない」

 しかし少女の意志は頑なだった。

「わたくしはリリアーノがいないと、……ダメなのです。それにそれらしい猫を見つけても、わたくししか見分けられないでしょうから」

 

 イムラクは振り返り執事を見た。

「お主止めんのか?」

 執事は首を横に振る。

「グレートヒェン様がそうおっしゃるのであれば、仕方ありません」

 

「どう思う?」

 アルブレヒトは三人に問いかける。イムラクは、こやつこの娘をよほど毛嫌いしとるようじゃな、と当たりをつける。それも仕方ないのかもしれない。アルブレヒトが流浪の旅に出ているのは、故郷の腐った代官のためだ。この男が人の上に立つ者にかくあれと望むのは当然だろう。平民であれば、結婚する者すら珍しくない歳の少女が頼りなく、愛猫がいなければダメだと嘆く。その態度に苛立ちを覚える。それはイムラクも同じだ。

 そこからは()()()()が。

 

「仕方あるまい! この少女がついてくれば仕事が早く済むのも事実、我らがここを早く出立したいのも事実。であれば、我らが協力するのに何の不思議があろう!? アルブレヒト、本日中にはリリアーノを見つけようぞ!」

 アルブレヒトはイムラクの正気を疑う、いつもの目をする。そこまで言ったら後には引けないということは、勿論イムラクにも分かっている。

 

 引くつもりなど、毛頭ないが。

 

「期待しております」

 執事が頭を下げる。

 アルブレヒトは苦々しげに言う。

「仕方ないな。ついてくるのはいいが、気は使わんぞ。それでもいいならついてこい」

 少女はゆっくりと頷いた。

 

 

────────────────

 

 

 

 ──さて。いったいどこから始めるか。

 

 正直なところ、全く当てはない。しかし何とかなるような気はする。

 

 扉が開き、席を外していた執事が顔を出す。

「これをお使い下さい」

 財布をアルブレヒトに差し出す。

「活動費です。情報を集めるのに必要でしょう」

 そしてルディガーには布で巻いた手のひら大の塊を。

「どうぞ。こちらで宜しいかと」

 礼をして受け取ったルディガーにイムラクが訊く。

「なんじゃそれは?」

 ルディガーの答えは簡潔だった。

「バターだよ」

 しかしなぜバターを? そう尋ねようと思ったイムラクの目に一つの光景が映る。

 

「らっしゃい、らっしゃい。帝都アルトドルフで大人気のラムスター印のミートパイ! 当代随一の美食家の舌をも唸らせたミートパイを是非ご賞味あれ!!」

 ハーフリングのパイ売りだ。屋台の前で己れの身長ほどの箱の上に裸足で立ち、通行人に呼び掛けている。その背丈はドワーフのイムラクよりも低い。おそらく4フィートもないだろう。ハーフリングらしい立て板に水の売り口上に釣られて、通りをいく人々が頻繁に足を止めてパイを買っていく。

 

「おい、あれだぞ、アルブレヒト!」

 イムラクは叫ぶ。アルブレヒトはすぐに理解し、今しがた受け取った財布から銅貨を一枚取り出す。近寄って屋台の前のハーフリングに声をかける。

「おい、一個だ」

「ハイ、毎度あり~」

 ハーフリングの売り子は元気よく応対し金を受けとる。

「聞きたいことがあるんだけどな」

 ハーフリングは少し不機嫌になる。

「お客さん、後ろ並んでるんだけど。後にしてくれない?」

 アルブレヒトはもう一枚銅貨を取り出す。

「もう一個だ」

 ハーフリングは途端に相好を崩す。

「ハイ、毎度。何だい?」

「ここで灰色の猫を見なかったか?」

 ハーフリングは数秒考え、即座に答えを出す。

 

「見なかったね。朝から開いてるけど。まぁこの人通りだし?」

 

 そしてアルブレヒトを追い返す。

「聞きたいことがもうないならどいた、どいた~。ハイ、お客さん何個?」

 

 アルブレヒトは二個のミートパイを持って他の連中の元へと戻ってくる。

「見なかったそうだ」

 グレートヒェンは俯く。ベルトルドもため息をつく。執事が言った。

「この人通りでは仕方ないですね」

 そして、扉の方にきびすを返す。

「では頼みましたよ、あなた様方。私の仕事はここまでです」

 そう言って最後まで疲れた顔のまま、扉を閉める。そのバタンという音に反応してグレートヒェンはビクリと肩を震わせる。

 

「とにかく手当たり次第に訊くしかあるまい」

 そう言うイムラクにアルブレヒトが反対の意を表明する。

「いや、やはり今のように屋台や行商人に訊くのが効率がいいだろう」

 イムラクにとってそこは大切な問題ではない。大事なのは()()()()()()()()()()()()だ。

 立派な家も切れ者の執事もあり、それでもあの家があんななのはこの経験不足で頼りない少女のためだ。イムラクは貴族家そのものに怨みはない。むしろ長年の雇用主には感謝しているほどだ。あの屋敷の雰囲気を、変えられるものなら変えてみたかった。そのためにはこの少女が変わらなくてはならない。

 

「どっちでもいいわ! だが、一つだけ言えることは彼女が先頭に立つべきだということだ」

 アルブレヒトは目を剥く。

「なんだと? この貴族の女がか?」

 イムラクはグレートヒェンの方を向いた。

「どうかな、うら若い当主よ。あなたがわし達を導くべきではないかな?」

 

 グレートヒェンはそれを聞くと震えだした。両腕で肩を掻き抱く。

「無理……です。そんなこと……わたくしには……無理です」

 イムラクは鼻を鳴らす。──こりゃあ骨が折れそうだぞ。

「仕方あるまい。ならわしが先陣をきろう」

 そう宣言すると、一行の先頭に立って歩き出した。

 

 グレートヒェンはアルブレヒトが手に持ったままの肉パイに興味を示す。

「あの……それ……もし食べないのでしたら……わたくしに頂けませんか?」

 アルブレヒトはグレートヒェンをジトッと見ると、ものも言わずに一個の肉パイを放り投げる。

「な……」

 グレートヒェンは絶句した。肉パイは放物線を描いて、道端で寝転がっていた乞食の茶碗に落ちる。

「爺さん、それやるよ!」

 アルブレヒトは乞食に叫び、もう一個の肉パイを通りを走り回っていた小僧にやると、グレートヒェンに向き直った。

「いいか、湯気をたてる出来立てのラムスターの肉パイは確かに旨い。だが、あんたみたいに馴れてないやつが食うと超特急で腹を下す。さっき買ったのは情報を得るためだ。何も知らないお嬢様が今日中に猫を見つけたければ、余計なことはせずに黙っていろ」

 

 グレートヒェンはシュンとして、黙ってしまう。イムラクはそれを横目で見、やれやれ、と思う。──みんなしてこうやって、この娘を狭い場所に閉じ込めてしまったんじゃろうな。

 

 

 一行は様々な人物に話を聞く。

 

 

 

 

「えー、灰色の猫ねぇ? 分からないけど、猫だったら"鉄槌通り"によくいるよ」

 ──"シグマー大通り"で金物を売る振り売り

 

 

 

「あんッ? 猫じゃと? 猫ならそこらに幾らでもおるじゃろうが。何、灰色の猫? ここらにいるのは斑とか、茶色ばっかりじゃよ。灰色の猫なら"彗星通り"に行ったらどうじゃ? おい、そこのドワーフ、名は何という? ほう、イムラク。イムラク、お前は剣とか持ってないのか? 鍛えてやろうぞ。何急いでるからいいじゃとォ!? 全くこれだから50にもならないドワーフは……」

 ──"鉄槌通り"で鍛冶屋の店先に座るドワーフ

 

 

 

 

「ヒッヒ、スープはいかがかね、旅のお方?暖まるよォォ。ヒッヒ、灰色の猫? ヒッヒ、見たよォォ、そこの角を曲がった"モールスリーブ通り"でね。それよりスープはいかがかね? よその店とは違うよォ。野菜もひき肉も入ってるんだから。暖まるよォォォ」

 ──"彗星通り"で怪しいスープを売る老女

 

 

 

 

 

 

 "モールスリーブ通り"は人が二人すれ違うのがやっとというほどの細い通りだった。街並みもボロく、汚い。大分貧しい地域に来てしまったな、とイムラクは少し後悔した。グレートヒェンは予想通り怯えて震えっぱなしだ。さっさと猫を見つけて帰らねば、とイムラクは決心する。

 

 

 その時、前方20ヤードほど先に道を塞ぐ人影が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





>グレートヒェン
ルールブックの名前表だとグレッチェンなんですけど、グレッチェンって英語読みなのでドイツ語読みのグレートヒェンにしてます。

データ
グレートヒェン=フォン=リヒトシュタイン(人間の【貴族】)
┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃武┃射┃筋┃頑┃敏┃知┃志┃協┃
┃40┃34┃32┃30┃37┃36┃37┃31┃
┣━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━┫
┃攻┃耐┃+┃+┃移┃魔┃狂┃運┃
┃1┃10┃3┃3┃4┃0┃0┃3┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛
技能:〈言語:ライクシュピール〉+10%〈常識:エンパイア〉+10%〈世間話〉+10% 〈大道芸:歌唱〉〈騎乗〉〈指揮〉〈魅惑〉〈読み書き〉
異能: 《両手利き》《冷静沈着》《強運》《策士》《分別》《礼儀作法》
鎧:なし
A ・ P:頭部0、両腕0、胴体0、両脚0
武器:なし



>モールスリーブ
オールド・ワールドに二つある月の片方。




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