人影は、二人。五人を見ると何も言わずに片方は上着のポケットから
五人の間に緊張が走る。
ルディガーの背後でグレートヒェンがヒッと小さな悲鳴をあげた。
通りに並ぶのは二人が限界。
一見こちらの人数が多く、有利にみえるが一度に闘える人数が同じである以上、あまり有利不利はないだろう。
前に立っているのはイムラクとベルトルド。後ろにアルブレヒトとルディガー。そのまた後ろにグレートヒェン。
相手がグングン間合いをつめてくる。
四人は一気に臨戦態勢に入る。
武器を取り出し、アルブレヒトは
後ろを振り返り、グレートヒェンに声をかける。
「安心していいだよ」
グレートヒェンはルディガーの声も耳に入らない様子でブルブル震えている。
相手が走り出した。
アルブレヒトが前の二人の隙間から腕を大きく振って石を放つが、石は相手をそれてあらぬ方向へ飛んでいく。
「くそっ」
アルブレヒトが毒づく。相手はすぐそこまで迫っている。
──一撃!
イムラクは間一髪で、相手の拳を避ける。
ベルトルドに棍棒が振り下ろされる。
バシッという音がすると、ベルトルドの手から革裁ち刀が石畳の街路に落ちる。男はニヤリと笑い、棍棒を再度振り上げた。
ベルトルドは急いで革裁ち刀を拾い上げると、大きく振り抜いて男と間合いをとろうとする。しかし、男はギリギリの線でベルトルドの攻撃をよけ、ベルトルドのペースには持ち込ませない。
イムラクは尖った
男はリーチで負けるイムラクと近距離で闘うのをさけ、一歩下がり、足をつかって闘う戦法を選んだ。
その時イムラクが叫んだ。
「アルブレヒト! 打て!」
男はイムラクの短躯の後ろで
この至近距離では避けられない。
そう判断した男は両腕で顔を覆う。ビュッという音とともに風を切り裂いて放たれた石は、吸い込まれるように男の胴体ど真ん中に当たった。
ドスッ。
革鎧を着ていたため、そこまで衝撃は大きくないが、一瞬息ができなくなる。
その隙をイムラクは突いた。
間合いをつめ、攻撃する。
ベルトルドと闘っていた男は一瞬、なぜ自分に刃が迫っているか理解できなかった。 革鎧で守られている左腕にイムラクの肉斬り包丁が叩き込まれる。
革は千切れ、壮絶な激痛が男を襲う。
「ギャアァ」
男は回れ右をすると、ボタボタ血を流す左腕を抑えて逃げ出した。
ベルトルドはこの好機を逃さず、一気に駆け出すと
ルディガーはこの闘いをジッと見ていた。ルディガーはよほどのことが無い限り魔法は使わない。それは大きすぎるリスクをはらむからだ。一般人が側にいるところで不用意に魔法を使えばあっという間に通報されて、火刑台行きだ。
ルディガーは闘いをジッと見ていた。それはただ見ていたのではない。闘いの趨勢を、そして好機を、突入の機会を見て測っていたのだ。
今がその時だ。
ベルトルドが、前に出たのに隠れるように杖を握って飛び出す。走り、ベルトルドの攻撃が失敗したのを確かめる。男は今ベルトルドとイムラク二人に注意を集中している。そして、二人と適度な間合いをとろうとしている。
そこが狙い目だ。
ルディガーは走り、ちょうど男の横で急停止する。その勢いと腰の回転を加え、両腕で持った杖を渾身の力で振る。
ドスッ。
左腕ごと男の胴体に杖がめり込む。男はつばと一緒になんだかよく分からない汁を口から垂れ流して、街路に倒れた。
アルブレヒトが言う。
「降参しろ! もう終わりだ」
男は腕を上げて、恭順の態度をとった。
──────────────
「誰に頼まれた?」
アルブレヒトが男に訊いた。
四人は男を囲んでそれぞれ武器を持って立っていた。男はチラリとベルトルドの革裁ち刀を見ると喋った。
「この辺でハバきかせてるヨアヒムさんって人だよ。あんたらの人相聞かされてさ、女さらってこいって」
四人は顔を見合わせる。アルブレヒトはグレートヒェンに聞いた。
「ヨアヒムって名前に心当りは?」
少し離れたところに立っているグレートヒェンは怯えた顔で横に首を振る。
「しかし、さらってどうするんだ?」
男は肩をすくめた。
「さあね。金でも貰うんじゃないの、そいつの実家から」
「お金なんてありませんッ!」
グレートヒェンが叫んだ。
拳を握り、腕を震わせて。
目には小さな涙が溜まっていた。
「と、とにかく……。喋ったろ? 俺は帰らせてもらうよ……」
男はソロソロと退散しようとする。
「待ちな」
アルブレヒトがビシッと言う。
男はビクッと立ちすくみ、ゆっくり振り向いた。
「な、なんだい?」
アルブレヒトはニヤッと笑った。
「その革鎧置いていきな」
──────────────
男の革鎧を検めながら、アルブレヒトはブツブツ呟く。
「ふん、安物だが、手入れはそれなりにしてあるな」
グレートヒェンは心配げに「ひ……人の物を盗るのは……盗人なのではないのですか?」
イムラクもそれに同調して、「そうだぞ! 大体お前には誇りというもんが……」
アルブレヒトはイムラクの方を向いて答える。
「なに言ってる。着るのは俺じゃない」
そう言って鎧をベルトルドに投げる。
「着ておけ。今よりマシな筈だ」
ベルトルドは目を丸くする。
「俺が? あんたが着ればいいじゃないか」
「お前はこの前コテンパンにやられただろうが。俺は
アルブレヒトの言っていることは本当だ。魔力の風が乱されるため、通常魔術師は鎧を着用しない。
そしてルディガーには分かっている。押しつけがましく見えるが、これがアルブレヒトの気の利かせ方だということ。アルブレヒトが実はムールフェルト村でベルトルドが倒れたことを気にかけていたということ。
そしてルディガーにも一つやることがあった。
グレートヒェンに向き直った。
「あんた様、さっき怯えてなにもできなかっただな」
グレートヒェンはルディガーの台詞にビクッとする。
「なんで、なにもやらなかっただ?」
「そ、それは……恐ろしかったですし……なにもすることがありませんでしたから」
「なにもしないなら逃げた方がマシだよ。やつらがあんた様を狙ってるってことは分かってたと思うけども」
グレートヒェンは怯えてオロオロするばかりだ。
この少女と出会い、街を探し歩く中でルディガー達四人が共有した感情がある。
"歯痒さ"だ。
少女は"何もしない"。自分の無力さを盾に自分の殻に閉じ籠っている。その殻をルディガーは破ろうと思った。
それは一つにはイムラクやアルブレヒト、ベルトルド達、歯痒さを共有する仲間の為。
そしてもう一つは……。
「あんた様は猫を探す為におら達についてきた。でも、はっきり言わせてもらうけども、この状況であんた様はおら達の足手まとい以外の何者でもないだ」
「な……」
少女は絶句した。それはそうだろう。貴族に面と向かって足手まといだなんて言うやつはいない。そんなこと言うのは普通の考えじゃない、ルディガーもそう思う。しかし、そうする必要があった。
「それは……そうでしょう。わたくしには何一つ…力がありませんから」
グレートヒェンが俯く。ルディガーもこの程度でこの少女が発奮するなどとは思っていない。これは予想通りの反応だ。
「じゃあ、帰るだな」
ルディガーは指を元来た方向へ向ける。
少女は目を見開いた。
「こんな危ない橋、おら達は渡りたくないだよ。幸い金貨10枚で止めさせてくれるって執事さんもおっしゃってただ。あんた様だって猫の一匹や二匹また買えばいいんだろ」
ルディガーは更に続ける。
「覚悟もないお嬢さんの気紛れに付き合うほど、おら達は暇じゃないだよ」
ベルトルドがなにか口を挟もうとするが、アルブレヒトに制止される。イムラクは腕組みをして、口を真一文字に引き結んで聞いている。
グレートヒェンは涙を零す。手で口を覆い、嗚咽を漏らす。
「あ、あの子は……リリアーノは……わたくしの両親が……亡くなってから……ずっと側にいてくれて……。……お願いです。…………あの子を探して……やって……頂け……ませ……んか………」
ルディガーは言い放った。
「おらの知ったことじゃないだ」
そこで他の三人は
グレートヒェンが涙を流しながら、キッとルディガーを睨んだのだ。
「あ、あなたは……人の気持ちも……人の気持ちも知らないでッ……………無礼な!」
突如今までグレートヒェンにあるとすら思われなかった"怒り"が姿を見せる。
グレートヒェンの"怒り"は止まらない。
「危険が何ですッ! わたくしはリリアーノを見つけるまで決して帰りませんことよ! お金なら惜しみませんッ、リリアーノは絶対に見つけ出して頂きますからね!!」
そして睨んでいたルディガーから視線を外し、プイと横を向いて"モールスリーブ通り"を一人で歩き出す。
「すまんな、憎まれ役をしてもらって」
アルブレヒトがルディガーに耳打ちした。
ルディガーはなにも言わずに背負い袋から鞘に納まった短剣を差し出した。
「これ、渡してやってくれないだか。おらは杖使ってる分にはいらないから」
アルブレヒトは分かったと合図すると、少女を追いかけた。
「おい!」
少女は後ろを振り向いて、アルブレヒトを睨みつける。
「何ですッ。説得しても戻りませんからね!」
アルブレヒトは短剣を差し出す。
「使え。貸しといてやる」
少女はアルブレヒトの顔と短剣とを交互に見比べ、短剣を握った。そして背を向ける。少し顔が赤くなっていたが、それにアルブレヒトは気づかない。
「一応、礼を言っておきますわよ」
四人はグレートヒェンの後ろに続いた。
ルディガーは考える。
これが良い方向に進めばよいのだが、と。
グレートヒェンが愛猫のことを異常に気にかけているのは、分かっていた。それを突くことで、怒りを呼び起こせるだろうことも。
しかし、ルディガーがなぜそうしたか。
一つには、イムラクやアルブレヒトが少女に苛立ちや期待を抱いているのが分かったから。その思いを幾分かでも叶えてやろうと思ったから。
もう一つも、別に少女の為ではない。
ルディガーがグレートヒェンという名の少女に、かつて自らの村で一人孤立し黙ることでのみ己を守っていた少年ルディガーの面影を、不意に重ねてしまった、ただそれだけなのだ。
わたしは今まで眠っていた。長い間ずっと。
両親が死んだ4輪馬車の事故で、わたしだけは生き残った。車輪が粉砕し道を外れて丘の上から転がり落ちる車内で、わたしはずっと両親に抱えられていたから。
わたしは、何もできない。誰も助けられない。
それはわたしの心の中に
先代からの執事のヴァルターはとてもよくやってくれている。両親の死で後見人に家を乗っ取らせることもなく、傾いたリヒトシュタイン家を切り盛りしてくれているのだから。しかし、わたしはそこに自分の居場所を見いだせなかった。
猫のリリアーノだけがわたしの心の支えだった。
本当は分かる。わたしは逃げていただけなのだと。猫に自らを重ね合わせ、溺愛することで自分を慰めていただけなのだと。
しかし結局そこもわたしの居場所ではなかった。リリアーノは消え、わたしはまだみっともなくそれにすがりついている。
ルディガーという男に罵倒され、元々は気が短かったわたしはついカっとなって言い返してしまった。
こんな経験は何年ぶりだろう。
怒りの言葉を投げかけて胸がスッとするのは。
思えば、怒りも悲しみも、喜びも苦しみも随分長い間自分の中に押し込めて封印してきた。わたしはやはり、眠っていたのだろう。
頭がいつになく冴えわたる。
昔は父上に「お前が男だったら学者にでもしてやるのに」と言われた頭脳も久しく使う機会がなかった。それが今は明晰に動いている。
わたしの家には既に財産らしいものなどない。当主が死に、継いだのはまだ13歳の小娘。財産はウジ虫どもに徹底的に啜られた。召使いにも大勢暇を出し、金目の物も邸内からかき集めて質に入れた。
残っているのは私と執事のヴァルター、料理人のアクセルを含む2人の召使い、猫のリリアーノ、広い空っぽの屋敷に……名ばかりとなったヴュッペルタル市参事会員の議席……!
そうか、だんだん分かりかけてきた。
連中(というのが誰かはまだ分からないが)の本当の狙いは私でも、リヒトシュタイン家の財産でもない。市の参事会員の議席だ。
「少し、話を聞いてくださる?」
わたしは連れの4人に呼びかける。
「分かったことがありますの」
──────────────
「で、その参事会の議席がどうしたって?」
アルブレヒトが発言する。
どうにもこの人たちは上流身分の話が分からなくて困る。
「ですから、ヴュッペルタル市の参事会員になれば、市政に参加することができるんですのよ」
「それがあんたの家にあるのか?」
「ええ。先代の当主、つまりわたくしの父上が亡くなってからはわたし自身は参事会に出席していませんので、結果的に空席となっております」
ベルトルドはポカンと口を開けている。
イムラクはなにやら難しい顔をしており、ルディガーに至っては話を聞いているかすら分からない。
グレートヒェンはほぼアルブレヒトだけに対して話を続けた。
「ヴュッペルタル市は元々"敬う者"ヨセフに捧げられた聖堂を中心に建てられた宗教都市ですので、商人ギルドの勢力が弱いのです。ですからリヒトシュタイン家も市の参事会員の資格を持っておりました。わたくしを狙った連中の背後にいる者はその参事会の議席をわたくしと引き換えに手に入れようとしているのでしょう」
アルブレヒトは息を吐いた。
「で、それは要するにどこの誰なんだ?」
「そんなの分かりませんわよ」
アルブレヒトはやれやれという風に首をすくめる。黒幕が分からないんじゃ仕方ないと思っているのが明らかだ。
まったく、この情報の大きさが分かってるのかしら?
「まあ、敢えていうなら議席を保有していない商人ギルドの誰かでしょうか」
アルブレヒトはハッと気づいたように顔を上げる。
「ちょっと待て! 商人ギルドだと!?」
アルブレヒトは興奮して、グレートヒェンに叫ぶ。
「今日が立夏なんだぞ!?」
「な、なんですか?」
グレートヒェンには何が何やらだ。
アルブレヒトは少し落ち着いて話し出す。
「広場にあんたのトコのとは別の貼り紙がしてあった。商人ギルドが" 街の発展と今後の展望について『新たな情報』を精査し、其について議論 "するために会合を今日開くって貼り紙がな」
「それは……」
ちょっと待て。
「ありえません。例え『新たな情報』というのがわたくしのことだったとして、リリアーノがいなくなったのは今朝です。それからではとても布告するには間に合いません!」
「その通りだ。広場の貼り紙は別のことかもしれん。犯人も商人ギルドとは別なのかもな。まあいずれにしろこのままでは終わらんだろうが」
アルブレヒトは横目で尋ねる。
「まだ、猫を探すのか?」
グレートヒェンは相手の目を見据えて答えた。
「当然ですわ」
──────────────
またもや一行は道で情報を聞き込む。
「灰色の猫……灰色の猫……。う~ん。見てないと思うけど。というか、灰色の猫なんてこの街で見たことない気がするけど。……"巡礼通り"で一日中演説してる男なら知ってるかもね」
──"聖堂通り"を木工細工を担いで売り歩く男
「戦乱の時は近いィィ! 今こそ悔い改めェ、シグマーの名の下にィ、混沌との大いなる戦いを開始する時ィィィィ!
……ナニィ!? 灰色の猫ォ? それと、混沌との戦いがァどう関係する?ナニィ関係ないィィ? なら引っ込んどれェ! …………フムゥ。猫なら"マグナス帝通り"によく集まっとるがな。……戦乱の時はァァ……」
──"巡礼通り"で演説するシグマー信徒(アルブレヒトのお布施で態度が変わった)
「困るんだよねえ。うちのシチューの具をさあ、その辺の猫とか犬にやるヤツが多くて、集まってきちゃうんだよ。え? 灰色の猫? 自分で見てよ。その辺にいないんだったらここにはいないよ。シチュー、買うでしょ。はい、まいどあり。ここにいない猫の餌場だったら"マンスリーブ通り"のパン屋の裏って相場が決まってんだ。あそこの粉には"混ぜ物"が多いって評判だぜ。噛むと象虫でバリバリ音がするって……ちょっとあんたら、餌付けされると困るんだって!」
──"マグナス帝通り"で食えたもんじゃないシチューを売る男
「ああ……猫? 灰色の猫ね。ハイハイ。見たよ、見ましたよ。そこの路地に入ってったんだよ。……え? お礼だよ、お礼。さっきのは前金だろ? ……ったく近頃のやつは礼儀も知らねえで……ブツブツ…………………。
…………ああ、あんたか。これでいいんだろ? 猫が路地に入ったって言ったぜ。あいつらは信じてたよ。……え? 謝礼だよ、謝礼。さっきのは前き……イヤ! いい! やっぱいらない! ちょ、待って待って!!」
──"マンスリーブ通り"のパン屋(ごうつくばりと評判)
──────────────
パン屋の言葉を信じて、くねくねと曲がる石畳の小道を歩くうちに騙されたのでは、という気持ちが強まっていった。両側には暗く、薄汚れた石造りのボロ屋。人が住んでいるのかも分からない。
仕方なしに歩き続けると、道幅がだんだん広くなっていく。良かった。
ちょっと広けた場所に出る。
三叉路になっている広場のような場所だ。ただ、人気は全くない。
さて、どちらに行こうか。
私は少し悩み、両方の道をキョロキョロと見回した。どちらも同じような道が続いている。
結果から言って、わたしの悩みは全くもって必要なかった。
その時、目の前の通りに横の建物から男が2人出てきたから。
慌てて横を向くともう1つの通りには3人の男が立ち塞がっていた。
後ろを見ると、そちらにも2人。全員棍棒や
私の前にドワーフと、ベルトルドという名の男が飛び出す。後ろでアルブレヒトとルディガーが武器を構える音がする。
「俺の剣を使え!」
アルブレヒトが私に言う。わたしは手を伸ばし、アルブレヒトの剣の柄を握ると両手で引き抜いた。鞘を滑る音とともに輝く刀身がわたしの手の先に現れる。
かつて習っていた剣術で使っていたフォイルよりは少し──というか、かなり──重い。わたしは長いこと剣を握っていなかったことを後悔した。
先ほどアルブレヒトから貸してもらった短剣も引き抜く。こちらも左手で扱うマン・ゴーシュより重い。長剣を両手で持って戦うか悩む。結局、それぞれ片手で扱うことに決めた。習ったものを捨てることもないだろう。
アルブレヒトがわたしに叫ぶ。
「この人数では守ってやれん! 自分の身は自分で守れ!」
いいですとも。やってやろうじゃない。
突然、戦闘が始まった。
ベルトルドが目の前の男に飛びかかる。そのまま手に持った刀で胴を突く。相手は避けたが、革鎧を裂かれ赤い血が吹き出す。
わたしの視界が揺れる。
世界が揺れる。
血。赤い、血。
馬車が回る。馬のいななき。飛び散る木材の鋭い破片。目の前の女性の体から流れる鮮血。鉄の匂い。血が馬車の客室の中を赤く染め上げる。目の前が赤く回る。
回る。回る回る回る。
止まらない。わたしには──止められない。
わたしには──なにも……。
────いや、違う。
そうではない。
────変える。止められないなら、
先ほどのアルブレヒトの言葉を思い出す。
身を守れ──か。
違う。
────わたしは
視界が安定した。
三叉路の横に延びる道、ベルトルドがいる方とは反対の道を向く。3人の内近づいてくるのは2人。1人は見ているだけだ。つまり、アイツが他の連中に指示を出しているわけか。
わたしは地面を蹴って飛んだ。
「やめろ! 無茶だ!」
アルブレヒトの声を背後に聞きながらわたしは駆け出す。
狙いは1人。
しかし、わたしの目の前に
「邪魔よ!」
足を回転させ、ステップを踏む。
半身になり右足で踏み込むのと同時に右手の長剣を素早く突き出す。
しかし、剣が重すぎた。
わたしの剣術は本来軽いフォイルやレイピアを、バランスのとれたマン・ゴーシュと一緒に用いるものだ。普通の長剣向きではない。
男はわたしのノロい突きを頭を振ってかわす。そこへ横からもう1人が飛びかかってくる。
「殺すな!」
背後に控えている男──おそらくヨアヒムとかいう──が叫ぶ。
振り上げられる棍棒。
踏み込んだ右足のバネを使って必死に飛びすさる。棍棒はわたしの頭があった位置で空振りする。
「
背後でルディガーの声が聞こえる。
すると、不思議なことに目の前の男の腕から棍棒が滑り落ちた。地面に転がり乾いた音をたてる。
「おっとっと」
男が慌てて拾う。
わたしはその隙をついて、背を向けずステップを踏んで背後に逃げる。二対一ではわたしは勝てない。
逃げるがもう1人が追ってきた。棍棒を拾った男もその後に続く。
「
またも先ほどと同じことが再現される。
わたしは考える余裕なく、全速力で背後へ後退する。
「
三度目の再現。男たちも何が起こっているのか分からないようだ。拾って、走っての繰り返し。わたしは確信した。あのルディガーという男は、なにかわたしの知らない力を持っている。
そして──わたしは今ふたたび三叉路の広場に立っている。唇を噛んだ。もうさっきみたいな醜態は晒さない。反撃開始だ。
広場は既に男たちが入り乱れて敵も味方も分からない。ルディガーもアルブレヒトもそれぞれの相手とやりあっている。叫び声が轟く。あれがイムラクやベルトルドのものでなければいいが。
わたしに棍棒を持った方の男が飛びかかってくる。腕の筋肉を盛り上がらせて棍棒を振るう。
ギリギリまで棍棒を引きつける。
目前で足を使って避ける。すかした相手は態勢を崩す。右足が出る。
わたしは剣を振るった。
宙に舞う赤い血。
それを目の隅で確認しつつ、わたしは相手に向き直る。
「このアマァ!」
あらあら。言葉が随分汚いこと。
どうやら怒りに火を点けてしまったようだ。もっとも、こちらの思う壺だが。
「オラアッ」
横に振り抜かれる棍棒。頭を下げてかわす。次にわたしが繰り出した突きはかろうじて相手に当たらない。
さらに、相手は間合いを詰める。そうすれば短い棍棒の方が有利と考えたか、ただ頭に血が上った結果かは知ったことではない。
大事なのはわたしが勝てるということ、ただそれだけだ。
相手が棍棒を振りかぶる。その瞬間、わたしは素早く数歩動く。
相手は慌てて棍棒を降り下ろす。
わたしは剣を振り抜いた。
数瞬後相手の左腕が盛大に血を吹き出す。
「ヒッ、ヒイィッ」
相手が慌てて飛び退いて走り去っていく。
──やった。
達成感が込み上げる。
その時だった。
「ぐわぁぁっ」
アルブレヒトの声。慌てて声のする方を見ると、アルブレヒトが地面に倒れ込むところだった。感覚がゆっくりになる。血が宙に浮かんでいる。
そしてわたしは、自分に迫っている男に気付けなかった。
前に向き直ると、目前に黒い影。
額に加わる衝撃。目の前が暗くなる。
体の右側が壁にぶつかる。いや、壁じゃない。これは石畳の街路。……倒れた? いつの間に?
そしてわたしの意識は、
──────────────
声がする。
ヴァルターの声だ。
「お嬢様はたった今からリヒトシュタイン家の23代目の当主にあらせられます。モール神の庭園にいらっしゃいます先代の当主様と奥様が安心なさるように、家名に背かぬ行いをお願い申し上げます」
──ちがう。わたしはそんな人間では……。
アルブレヒトが続ける。
「……この若年のお姫様のためってわけだ」
──わたしは、そんな……。
イムラクが呼びかける。
「うら若い当主よ。あなたがわし達を導くべきではないかな?」
──やめて。わたしをそんな名で呼ばないで!
ルディガーが宣告する。
「足手まとい以外のなにものでもないだ」
──そう。わたしはきっと。
最後に現れたのは、最愛のリリアーノ。美しい灰色の毛並みを靡かせてわたしの前を横切る。
──待って。なにか……。
猫はゆっくり振り向くと一声鳴いた。
ニャア。
そして、わたしの意識は上昇を始める。
──────────────
────────
──────
────
──
─
血の匂い。
剣戟の音。
頬に冷たい石の感触。
ハッと我に返った。
わたしはどれだけ気を失っていたのか。
目を開けると、目の前に黄色いカタマリ。ルディガーの頭だ。血がこびりついているのが分かる。わたしより強く殴られたのだろう。
額に鈍い痛み。
音がするということは誰か戦っているのか。
バレないようにゆっくり目をやる。
こちら側で残っているのはイムラクとベルトルド。2人とも肩で息をしている。
相手側は5人。指揮していたヨアヒムもいる。
「畜生ッッ!」
5人の内2人が腕で傷を庇いながら撤退する。しかし、まだ相手側の方が数が多い。そしてこちらは満身創痍だ。
剣を握っていることを確認し、拳を地面に突き立てる。細かい砂利がわたしの絹のような肌にくい込む。
────これは、痛みだ。わたしが今まで関わろうとしなかった残酷な世界の、痛みだ。
ゆっくり(しかし迅速に)うつ伏せになり、足を体の下に入れ、いつでも飛び出せる態勢を整える。骨が軋む。頭痛がする。
────これは、歪みだ。回転し絶望へと転がり落ちる世界の、歪みだ。
男の1人がこちらを向いた。
間髪入れずに足を蹴り出す。
世界がゆっくりわたしに合わせて動いていく。
男がわたしに
拳がわたしに迫る。
あと10インチ。
あと5インチ。
あと2インチ。
今だ。
わたしは頭を振って拳を避ける。左耳に鋭い痛み。しかし、気にしてられない。
そのまま剣を縦に突き上げる。
男の腕に刺さる鈍い感触。
走りざまに斬り抜いた。
男の右へと抜ける。
「グワアアァッ」
男は右腕を抱えて叫ぶ。
男が走り去る。
「ギャアッ」
ベルトルドもまた1人撃退したようだ。
これで残るは、ヨアヒムとかいう男が1人。
「チイッ」
わたしに棍棒を振り上げて迫る。
棍棒を後ろに下がり避けつつ、わたしは攻撃を繰り出す。
当たらない。
しかしそれが狙いではない。
いつの間にか相手の後ろに回っていたイムラクとベルトルド。
ヨアヒムは、気付くのが少し遅かった。
──ブスッ。
ベルトルドの突きが右脚に刺さる。
「ギャッ」
──ガッ。
注意が逸れたその隙にイムラクが相手の額に肉斬り包丁を叩きつけた。
額に赤い花が咲く。
「アアアアアア」
ヨアヒムは膝をつく。
「……お……終わっただか?」
見るとルディガーが起き上がるところだった。
──────────────
「あなたがヨアヒムね」
グレートヒェンが尋ねた。
男は首肯した。眼の下の
「なぜわたしを付け狙うの?」
ヨアヒムは少し黙る。
「……取引したのさ。金でな。アンタを捕まえる。傷はつけない。で、アンタの家と交渉してヴュッペルタル市参事会員権を手放させる」
グレートヒェンは唾を飲み込む。
「だ、誰に命ぜられましたの?」
ヨアヒムは口をつぐんだ。
喋りだす気配のないヨアヒムに苛立ったグレートヒェンは剣を、ヨアヒムの目の前に突き出した。
「誰に、命ぜられましたのッ!」
語尾が跳ね上がる。
ヨアヒムはグレートヒェンの語気に圧倒され、鋭い剣先に目をやると口を開いた。
「……アンタんとこの執事だよ。ヴァルターとかいった」
グレートヒェンはその名を聞くと目の前が真っ白になったように感じた。
剣が腕からすり抜ける。
地面に当たった剣はガシャガシャと味気ない音をたてた。
────クックックッ。
笑い声。
笑っているのはヨアヒム。隈のある目を歪ませて
「人を信頼するなんざ、バカのやることだぜ、お嬢様」
しかしその声はグレートヒェンには届かない。
────クックックッ。
笑い声だけが乾いた街路にいつまでも続いた。
>敵データ
街のチンピラ(人間の【チンピラ】)
┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃武┃射┃筋┃頑┃敏┃知┃志┃協┃
┃33┃26┃43┃31┃32┃25┃36┃30┃
┣━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━┫
┃攻┃耐┃+┃+┃移┃魔┃狂┃運┃
┃1┃12┃4┃3┃4┃0┃0┃0┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛
技能:〈言語:ライクシュピール〉〈常識:エンパイア〉〈世間話〉 〈威圧〉〈大酒飲み〉〈賭博〉〈打撃回避〉〈秘密言語:盗賊語〉
異能: 《気絶打撃》《剛力》《毒物耐性》《早抜き》《反射神経》《武器落とし》《レスリング》
鎧:軽装鎧(レザー・ジャック)
A ・ P:頭部0、両腕1、胴体1、両脚0
武器: クラブ(片手用武器)/ナックル・ダスター
ヨアヒムは能力値は同じで
武器:クラブ(片手用武器)