火と鋼の道で   作:ナナヒカリ

16 / 38






第二話・5「祭りの後」

「本当にありがとうございました」

 

 グレートヒェンが4人に頭を下げた。

「ここまで来れたのはあなた方のお蔭です。今日あなた方がいなかったとしたら、わたくしは今頃無頼漢共に捕まっていたでしょう」

 

 アルブレヒトは顔の前で手を振った。

「やめてくれ。貴族に礼を言われるなんて薄気味悪い」

 

()()()も戻って良かったな」

 グレートヒェンの胸元で灰色の猫が一声ニャアと鳴いた。

 

 

 

 アルブレヒトは思い出していた。

 

 

「アクセル? ああ、あのハーフリングか。あの角の家に住んでるぜ。それがどうかしたのか? なんかやらかしたのか? 帰って来たのを見たかって? いや、俺は見てねえな。事件か? なんだよ、教えてくれたっていいじゃねえか」

 ──"殉教通り"の野次馬根性の強い住人

 

 

「おお、おお。隣のハーフリングね。朝方帰ってきてたよ。なんか猫の入った籠を大事そうに抱えてたかねえ。え? 何で知ってるのかって? そりゃあ鳴き声がしたもん。それから鍵閉めたきりずーっとこもったまんまよ。それでいいんですかい? あ、こんなに頂けるんで。毎度」

 ──"殉教通り"で故買屋を営む男

 

 

 アクセルという名のハーフリングは、壊れそうな家の戸を叩くと、臆病そうに扉の隙間から顔を出した。

「……なんだ? 借金なら祭りが終わってからにしてくれ」

 アルブレヒトはニヤリと笑った。

「借金じゃねえ。別のモンを返してもらいはするがね」

 アクセルのよく動く目はキョロキョロと逃げ道を探すように回り、4人の背後にグレートヒェンを見つけると限界一杯まで見開かれた。

「な。もう終わりだ。中に入らせろよ」

 アルブレヒトは囁いた。

 

 

 実際には家の中まで入る必要もなく、アクセルはすぐに猫を入れた籠を抱えて戻ってきたのだが。

 

 

 

 

 アルブレヒトは目の前の娘を見た。念願の猫が返ってきた割には落ち着いている。やはり、成長したということでいいのか?

 

「なんでしょうか?」

 グレートヒェンはアルブレヒトが見つめているのに気づき尋ねた。

「いや……なんでもない」

 

「では、こちらが報酬の金貨になります。お確かめ下さい」

 グレートヒェンが布にくるんだ固まりを差し出した。アルブレヒトは両手で受けとる。固まりはずっしりと重かった。不意に湧いてくる達成感。ああ、商人の連中がコイツに魂まで売っちまう感覚も分かる。確かにコイツには魔力がある。

 

 中を開いて数えた。一枚一枚念入りに。まさかとは思うが粗悪な金貨をつかまされても困る。

 1、2、3、4…。

 

「お、おい!」

 急いでグレートヒェンに叫ぶ。

 

1()2()()あるぞ!?」

 

 グレートヒェンは顔色を変えなかった。

「わたくしの気持ちです。10枚では4人で割りきれないでしょう」

 なるほど。アルブレヒトは全くそのことを考えていなかった。数字など彼には全く馴染みがない存在だったのだから。

 

「そして、その2枚であなた方にもう一つ頼み事をしたいのです」

 

 頼み事……か。今まで頼み事が面倒で無かったことはない。断りたいところだが、金貨の魔力に抗えるかというと……。

「これは気持ちじゃなかったのか?」

「勿論わたくしの感謝の気持ちです。『頼み事』も同じ感謝の気持ちなのですよ? 聞いて頂けますか?」

 アルブレヒトは続けろ、という身ぶりをした。

 

「分かりました。頼みというのは手紙を一通届けることなのです」

 

「手紙?」

 アルブレヒトが呟くと、後ろのルディガーがビクリと肩を震わせたのが分かった。そうだった。こいつも"大事な手紙"とやらを預かっているんだっけか。

「ええ。アヴァー川の下流の都市シュトライッセンの名家の方への手紙を届けて欲しいのです。そのご夫人はわたくしと文通をしているのです」

 はあ、"文通"ねえ。アルブレヒトには全く馴染みのない単語だ。字の読み書きのできないアルブレヒトに手紙の書きようなど、ある筈もないが。

「しかし、それをどうして俺達に?」

 グレートヒェンの答えは簡潔だった。

「それも勿論"気持ち"ですわよ」

 

「末尾にあなた方の旅の便宜をはかって頂けるよう頼んでおきました」

「……ちょっと待て。なぜ俺達がそれを必要としていると?」

 グレートヒェンは口元に手をやりクスリと笑った。

「魔術師が仲間にいるということは、どう繕っても厄介事に巻き込まれたとしか考えられませんわ」

 

 アルブレヒトはしばし沈黙した。

「……いつ気づいた?」

「いえ、最後の最後まで気づきませんでしたわ。あの尋常ならざる力とルディガーがヴァルターに頼んでいたバターが結びついた時でしょうか。あのバターはいわゆる魔術の"具材"だったのでしょう?」

 ルディガーはなにも言わない。しかし沈黙は既に肯定となっていることも、アルブレヒトには分かっていた。ルディガーは自身の魔術については多くを語らないが、グレートヒェンが言った内容が真実であろうことも。

 

「貴族ともなると魔術師にもビビらないもんなんですねえ」

 ベルトルドが合いの手を入れた。

「俺なんか小便チビりそうでしたよ」

 

「"教育"を受けていますから。田舎の貴族のことは知りませんけれど、都市部でなら大分偏見も少ないと思いますわ」

「へえ、『偏見』だってよお」

 ベルトルドがルディガーに聞き慣れない言葉を報告した。

「その通りじゃ。お主らには偏りが多すぎる。もっと視野の広い見方をだな……」

 イムラクが口を出した。勿論"お主ら"とは"人間"という意味だ。

「ドワーフに言われたくないな」

 アルブレヒトがここぞとばかりに反論した。

「なんじゃとぉ」

 イムラクも応戦する。

 グレートヒェンはまあまあと二人を宥める。

 

 

 

 一段落してから、アルブレヒトが言った。

「じゃあ、俺らはもう出かける。世話になったな」

 グレートヒェンは手紙を差し出した。

「これが先程の手紙です。宛名は表に書いてあるのですが……」

「ルディガーなら読める」

 グレートヒェンは頷いた。

「そうですか。それと……」

 アルブレヒトはグレートヒェンが妙に口ごもるのが気になった。

「なんだ?」

「いえ……他になにか当家が助けられることは……」

 アルブレヒトはやれやれとでも言いたげだ。

「そんなこと言ったって、食料はあのオウガがあらかた持って行ったんだろうが。これ以上あんたの家から何をむしりとれって言うんだ?」

 

 ヴァルターがフェログサという名のオウガを雇う際に彼女が提示した報酬は「メシありったけ」だったそうで、彼女はアルブレヒト達の排除という本来の仕事は失敗したわけだが、それには頓着せずに自身の報酬は持って行ったというわけだ。

 

──

「次会ったら覚悟せえよ、小さいの」

 フェログサは言った。

「おう。お主もな、でかいの」

 イムラクはやり返した。

 意気投合したらしい二人は豪快に笑った。

 アルブレヒトにはちょっとよく分からなかった。

 

 そういうわけで、フェログサは持っていたずだ袋に入るだけの食料を詰めて出ていった。

──

 

 

「……ではわたくしはもう何もすることはないのですね」

 アルブレヒトはまたも呆れ顔だ。

「何を言ってる。この家の再興をするんじゃなかったのか。あんたとあの執事がいれば無理とは思わんが、そう簡単なことでもないだろう?」

「任せて下さい。きっと……」

 グレートヒェンは口ごもった。

「きっと、何だ?」

「いえ、いつか……」

「いつか、何だ?」

「いつかどこかで会えるといいですね」

「そうか? 大体そんな暇あるのか?」

 焦りはすれ違いを生む。

 ここでベルトルドが気をきかせてイムラクとルディガーを通りへと押し出した。

 

「なんだ、あいつらは。まあそういうことだ。じゃあ」

「ま、待って下さい!」

 グレートヒェンはアルブレヒトを呼び止める。深呼吸し、息を整える。まだ自分の気持ちに整理ができていない。ゆっくり。ゆっくり、だ。落ち着きが肝心。数多くの言葉から適切な言葉のみを選んで丁寧に美しく紡ぐ。それは『貴族』と呼ばれる者達だけができる技術、そして特権。ゆっくりで構わない。

 

「結論から言うならば、わたくしは、あなたがもしも貴族であったならば、きっとあなたに求婚していたことでしょう」

 唐突過ぎる気もするが、ここまではまあ及第点かな。

 アルブレヒトはポカンとしてグレートヒェンを見つめた。

「しかし、それは叶わない願いです。せめてあなた方の旅の前途が光に照らされることを祈り、ヴュッペルタルからの出発を言祝(ことほ)ぐことしかできない」

 本当は引き留めたいものを。その言葉をグレートヒェンは心にしまった。

「わたくしには夢がある。リヒトシュタイン家の再興という夢が。そして、素敵な殿方と結ばれるという夢が。わたくしはそのどちらもを諦めない。わたくしは夢を追い続ける。あなたにも、あなたの夢があるでしょう、アルブレヒト。わたくしとあなたがされぞれの夢を追うならば、今別れようともやがて二人の道は交わる。その時まで、しばし二人は別たれねばならない」

 グレートヒェンは言葉を止め腰を折り一礼した。

 

「ご機嫌よう」

 

──

「どうした?」

 ベルトルドがアルブレヒトに尋ねた。

「いや、やっぱり女は解らんもんだな、と思ってな」

 アルブレヒトは頭を掻いた。

「お前は鈍いんだよ」

 ベルトルドはアルブレヒトの肩を叩く。

 

「で、どこ行くんだっけ。アヴァーヘイムじゃなくて……」

「シュトライッセンだ、っとその前に今夜の宿を探さないとな」

「……にしても立夏の祭、全然味わえなかったなぁ」

 

 

 街は日暮の赤い光に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二話終わり。
今回も謎展開だなあ。
一番展開を予測できないのが作者という。

>経験点と成長
各自100xpを獲得
アルブレヒト:【頑】+5%
イムラク:【知】+5%
ルディガー:【知】+5%
ベルトルド:【知】+5%
グレートヒェン:【敏】+5%
フェログサ:【武】+5%


>オマケデータ

リリアーノ(猫)
┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃武┃射┃筋┃頑┃敏┃知┃志┃協┃
┃25┃0┃10┃10┃38┃10┃10┃0┃
┣━╋━╋━╋━╋━╋━╋━╋━┫
┃攻┃耐┃+┃+┃移┃魔┃狂┃運┃
┃1┃6┃1┃1┃6┃0┃0┃0┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛
技能:〈崖登り〉〈察知〉+20%〈忍び歩き〉〈水泳〉〈姿隠し〉
異能: 《逃走!》《野良猫》《敏感》



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。