火と鋼の道で   作:ナナヒカリ

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今回みたいな話はすぐ投稿した方が良かったんでしょうね。


第三話・3「糸は縺れて」

 

 

 

「俺の名はライナルト。こいつ──ラグナルとは北の戦乱の時の戦友なんだ」

 

  長椅子に座った古参兵は隣のドワーフを指してそう言った。

「俺が剣隊、こいつがドワーフで組まれた銃砲隊でな。随分混沌の連中をやっつけてやったもんだ」

 ラグナルは髭をしごきながら、「お主らアヴァーランド連隊の粘り強さはドワーフにも劣らなかったぞ」

「お前らの銃があったからな。こっちはお前らが撃ち洩らしたやつを仕留めるだけだったから楽だったぜ」

 ラグナルは実に嬉しそうに笑った。

「ふっふっ。北から戻ってからとんと消息を聞かなかったが、こんなところで会えて嬉しいぞ」

 ラグナルは他の聴衆に向き直ると、「こやつは、混沌の鎧武者すら屠ったのだぞ!」

 

 アルブレヒトは呆れ顔で、「そんなことはいいから、早く話を進めてくれないか?」と言った。

 ラグナルは話の腰を折られて、少し不満そうだ。こういう自分の話に夢中になるところが、イムラクに似ている。アルブレヒトはそう思った。案外、ドワーフの種族的な特徴かもしれない。

「まあ、久闊(きゅうかつ)を叙するのは後でもできるからな」

 アルブレヒトは評価を改めた。物分かりがいい分、イムラクよりマシだ。

 

「とにかく、ガリルを殺した疑いがあるのはお主ら8人ということだ」

「8人?」

 イザベルが聞き咎めた。

「わたしと、一緒に飲んでた3人を除いた6人じゃないの?」

「お前らが共謀してないって証拠が、どこにあるっていうんだ!?」

 ドワーフのブロックががなりたてた。イザベルは負けじと、「昨日今日会ったばっかりの人と共謀なんてしないわよ!」

「ふん! 平気で嘘を吐く人間などこの世にいくらでもいるだろうが!」

 ラグナルはブロックを押し止めると、「今、モルドリンをその酒場に行かせてるところだ。もう暫く疑いをかけさせて頂く。容疑が晴れれば、改めて謝罪もいたそう」

 イザベルはフンと鼻を鳴らした。

「それにしたって、10人じゃないの? そこの古参兵さん1人に、ろくでなし2人、わたしたち3人、そこの4人。どうして8人なのよ?」

「誰がろくでなしだと!? このアバズレが!」

 小柄なゲルハルトが大声で怒鳴った。どう見たってロクデナシのならず者にしか見えないと、アルブレヒトも思った。

「あーら、ごめんなさい。思ってることをすぐ言ってしまう性分なのよ。どうせあんた達が殺した癖に。あっと、これも心の声だったわ」

 ゲルハルトは真っ赤になると、イザベルに詰め寄った。

「てめえッ! てめえを代わりに殺してやろうか?」

 アルブレヒトが長椅子から立つのと、イムラクがイザベルの前に立ち塞がるのが、同時だった。

「その辺にしておけ」

「このご婦人に手を出したいのなら、わしを倒してからにせい!」

 ゲルハルトは青筋をたてて、剣の柄に手をかけると、「いいじゃねーか。やってやるよ」

 

「やめい!!」

 ラグナルが一喝した。腹の底からの重低音に一同が固まると、ラグナルはゆっくりと口を開いた。

「わしらが見つけたいのは、盗人とガリルを殺した犯人じゃ。人間同士の争いは後でやってくれい。……それと疑いのある者の人数だが、この場のわしらを除く10人から、わしが知っているライナルトと、ドワーフのイムラクを引いた8人じゃ。なにか異論があるかな?」

 アルブレヒトはさらにラグナルの評価を変えた。無意識でやっているとしたら相当のものだ。友人や同じ種族が殺人を犯すわけがないと、無邪気に考えているとでもいうのか?

 ラグナルは話し続けた。

「取り敢えず、モルドリンが戻ってくるまで待とう。その後は全員に事情を聞くが、場合によっては街道巡視員がこの村に来るまで、貴殿らをここに留めさせていただくやも知れん」

 

 

 

 

「俺たちで解決するしかないだろう」

 アルブレヒトは言った。

「どうして?」

 ベルトルドは尋ねた。アルブレヒトはため息をついた。

 彼ら4人は、シグマーの教会の隅に陣取って小声で話し合っている。見ると、他の連中も似たように善後策を模索しているようだ。例外はラグナルと大声で昔話に興じるライナルトぐらいか。

 アルブレヒトはベルトルド、ルディガー、イムラクと順番に視線を移した。

「いいか。俺たちは立派なお尋ね者だ。特に、領主から逃げた小作人の俺と料理人のイムラクだ。魔術師のルディガーも魔狩人に見つかると厄介だけどな。街道巡視員に捕まれば、よくて俺とイムラクだけが強制送還、悪けりゃ略式裁判で俺たち全員縛り首だ。俺たちの誰も法律なんか分からない。身を守るには、面倒に巻き込まれないに限る」

「もっとも、もう巻き込まれとるがな!」

 グワッハッハと笑うイムラクを睨み、アルブレヒトは続けた。

「その通りだ。もう巻き込まれてる。ここから逃げ出すには、誰があのドワーフを殺したか見つけ出さなきゃいけない。街道巡視員やら巡回判事やら魔狩人やらの連中が首を突っ込んでくる前に、この事件とやらにかたをつけなくちゃいけない。それでいいか?」

 ベルトルドは答えて、「おうし。分かった。どうせ俺も捕まれば同罪さ。協力するにやぶさかじゃないね」

 ルディガーもこくりと頷く。

 イムラクはベルトルドに対し、なにか言いたげだ。

「お主、先ほど婦女子の危機になぜ立ち上がらなかったんじゃ!」

 ベルトルドは肩をすくめると、「アルブレヒトに任せておけば心配ないかと思ってなあ」

「おらもそう思うだ。アルブレヒトならなんとかやってくれるだよ」

 イムラクは目を白黒させた。

「そ、そりゃあ、わしだってアルブレヒトのことは信頼しておるが……。ええい、アルブレヒト! 今回の件はお主に任せたぞ! 存分に腕を振るうがいい!」

 

「おい、お前ら。少し話がある」

 

 

 

 

 

 

 3人に対しアルブレヒトが、自分の世話は自分でしろ、という趣旨の話をしていると司祭室から出てきた司祭がラグナルに近づき、なにかを渡した。続けて小声でなにかを伝えている。

 ラグナルが顔を上げた。

「皆の衆、少し集まってくれ!」

 全員、腰をあげてゾロゾロとラグナルの下に集った。ラグナルは手をかざすと、指でなにかを摘まんで全員にかざして見せた。

「これがなにか分かるか?」

 ベルトルドはよく見えないので、近づいて眺める。イムラクは無理に割り込んで最前列に出、それを確かめた。

「ボタンだな」

 アルブレヒトが言った。

 それはなんの変哲もないボタンであった。千切れた糸が何本か絡みついている。白い、木のボタン。

「これを、ガリルが握りこんでいたそうだ」

 ラグナルが言った。

 続けて、「わしは、これがラグナルを殺した人間のものだと思う」

 きわめて当然の発想だ。アルブレヒトは思った。このドワーフが最低限の判断力だけは持っていて助かった。

「皆の者、すまぬが着ている服を検めさせて貰うぞ」

 

 結果から言えば、彼らはなにも見つけることができなかった。ボタンの欠けた服を着ている者は誰もいなかったからである。それとともに、村から戻ったモルドリンの話で、酒場の亭主の言によりイザベル、ベルトルド、イムラク、ルディガーが昨晩一緒にいたことが証明された。全員で話し合うが埒が明かない。

「これで疑いのある者は5人か」

「だから、6人じゃないの? そのライナルトって人を除外する理由はなんなのよ?」

 イザベルが食って掛かるが、ラグナルは鷹揚に構え、「分かった。分かった。……全く、友すら信用しないとは、全く人間という種族は……」

「わたしの雇い主が疑われてるのよ! 信用うんぬんは置いといてもらうわ」

「じゃあ、整理してもいいですか」

 フィートがおずおずと手を上げた。

 

「今疑われているのは、ライナルトさんを入れて6人です。

 

始めに、僕──フィート──です。殺害のあった時には、ちょうど夕食の後だったので、村の近くをぶらついていました。叫び声を聞いて、歩き回っていたところを、姐さん──イザベルさんたちと会いました。

 

次は、ゴットフリートさん。僕と姐さんの雇い主です。当時は、村から離れた道を散歩していたそうです。耳が悪いので、僕の叫び声で初めて事件に気がつきました。

 

イシドーロさんに、ゲルハルトさん。2人で道から外れたところを歩いて、夜風で酔いを醒ましていたそうです。そうでしたっけ? ──はい。了解です。

 

ライナルトさん。教会の外をぶらついていたそうですが、叫びを聞いて駆けつけたとのことです。

 

あと、アルブレヒトさん。野原に罠を仕掛けた後、考え事をしていた、と」

 

「随分手際よく全員の話をまとめたもんだな」

 アルブレヒトが感心した。フィートは話を続けた。

 

「ええと。殺されたのはガリルさん。叫び声を聞いた姐さんたちが偶然発見しました。傷ですが、袈裟斬りされた正面の傷の他に首筋に一撃加わっており、それが致命傷になったと、司祭さんが仰有っておりました。

 

手にはボタンを握っていたそうですが、これに関してはなんとも言えませんね。

 

朝方、服を脱がされているのが見つかりました。昨夜、ここに運び込んだ時には服は着せたままだったので、そこから誰かが脱がせた、ということになります。

 

ええと、こんなところでどうでしょうか」

 

「いいんじゃない。ねえ、持ってたボタンだけど、自分の服のじゃないの? 今は無いから分からないけど」

 イザベルが声を上げた。ベルトルドが問い返す。

「なんで、死に際に自分の服のボタンを剥ぎ取るんだ?」

「分からないから聞いてるんじゃない」

 

「なぁ、俺たちが殺したとも限らないんじゃねえのか? 通りすがりの追い剥ぎとか、村のチンピラとかさ」

「それに関しては、モルドリンが調べてくれとる。昨夜村から出た者はおらんし、お主ら以外のよそ者も出入りはしておらん。盗賊が跋扈しておる話も聞かないそうだ。分かったか、イシドーロとやら」

「いいや、分からんね。俺たちは稼がなきゃいけないんだ。こんなところに長くいるわけにはいかないのさ。なんでもいいから、早く解放して欲しいね」

 

「全く、煩わしいことですな。北の治安はやはり、悪かったのですかな?」

「案外戦時下ってのは治安は良くてな。もっともみんな貧乏だから、盗む相手がいないってだけだが。気をつけてたのは、兵営から逃げ出すやつぐらいかな。ああ、酒樽からワインを拝借して軍曹にしこたまぶん殴られてたヤツはいたけどよ」

「そう言えば、あんた、昨日会ったよな」

「おお、道を聞いた兄ちゃんか。ベルトルドって名前だったんだな。あの時はありがとうよ。お陰で宿も見つかった」

 

 話を聞きながら考えに耽っているアルブレヒトを、ルディガーがツンツンとつついた。

「どうした?」

「さっきは言いそびれたんだけども、おらが最初に見たときは、殺されたドワーフの足の靴が脱がされてただ。誰も言わないからどうしようかと思ってたら、話が変わっちまったんだけどもな。……あと、服を脱がしたやつはこの教会にいると思うんだ。イムラクが、朝は扉に閂が掛かってたって言ってたから、朝までの間に、誰かが外に持って行って、帰ってきて閂を掛けたとしか考えられないだよ。……みんな言ってることが少しずつズレてるだ。誰かが嘘ついてるだよ」

「そうだな。その通りだ」

 アルブレヒトが頷くと、丁度目の下にイムラクが立っているのに気がついた。

「なんだ?」

 イムラクは、ウムと唸ると、話し始めた。

「一つ気になったことがあるのだが、ガリルというドワーフは、死に際に『グルングニよ照覧あれ』と言った。グルングニとはわしらドワーフの祖神のことじゃ」

「それが、どうかしたのか?」

「ウム、つまりな、自分の服のボタンを剥ぎ取るという行為程度でドワーフはそんなことを言わない、ということなんじゃ」

「ほう?」

「つまり、ガリルは必ずや、祖神に誓ってでも、犯人を捕らえるための方策を行ったと思うのじゃよ」

 

 

 

「そう言えば、罠を仕掛けていたんだった。少し見てくる」

 アルブレヒトはそう言って、教会を抜け出した。逃がさないよう見張りに立つブロックやモルドリンも、仲間を引き連れていないアルブレヒトを素通しした。人間たちは、話し疲れて、いい加減解放して欲しい雰囲気を漂わせている。

 

 道を歩きながら、アルブレヒトは色々なことを考えた。殺されたドワーフのこと。各々の人間のこと。その中でも特にライナルトという古参兵の言ったことを。

 

 仕掛けた罠に獲物はかかっていなかった。舌打ちして、罠を外そうとするも、このまま長丁場になるかもしれないと思い直してやめにした。あの教会で何日も過ごすことになるかもしれない。この村に立ち寄るだろう街道巡視員が、賄賂の通じる物わかりのいい男ならいいのだが。

 その時、アルブレヒトの近くを兎が跳び跳ねた。急いでスリングを取り出そうとするが、教会に置いてきたことに気がつき、悪態をつく。そして、アルブレヒトの目はそれ(・・)を見た。

 

 

「おう、お帰り。どうだった獲物は?」

 ベルトルドに聞かれ、アルブレヒトは首を振った。

「全く駄目だ。タール(狩猟の神)ラナルド(幸運の神)もついてない」

 ──もっともヴェレナ(論理の神)の加護はあったみたいだが。まったく、拝んだこともない神の加護とは。神様は気紛れなことだ。

「あれ。じゃあどうして罠を持って帰ってるんだ?仕掛けたままにしていればいいじゃないか?」

 ベルトルドがアルブレヒトの手に持つワイヤー製の罠に目を止めて訊いた。アルブレヒトはニヤッと笑い、「明日にはこの村から出発できるからな」

 

「なんだって?じゃあ、まさか……!」

 ベルトルドの大声に全員が注目した。アルブレヒトはそこにいる人物の顔を順番に眺めて言った。

 

「ああ。犯人は分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





>タール
リアと対をなす狩猟と野生の神。

>ラナルド
幸運の神。かつては人間だったという説あり。

>ヴェレナ
法と知識を司る女神。都市部で主に信仰されている。


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