火と鋼の道で   作:ナナヒカリ

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こっちの話も動き出す。







第三話エピローグ「そして車輪は廻りだす」

「……夕刻、広場で火刑が行われたようですね」

 窓の外を眺めながら、天空の学府に所属する上級魔術師ロベルト=カタストローフェは誰ともなしに呟いた。

 

「気になるか?」

 部屋の主はそう訊いた。

「ええ。まぁ、多少は」

 ロベルトは正直に答え、部屋の主はそれを聞きクックッと笑った。

「今夜のやつは傑作だぜ。火炙りにされたのは7歳の少女だそうだ」

 ほう、と多少興味をそそられたロベルトが相槌を打つ。

「それはまた、どうした訳で?」

 

「どうも、夜父親と一緒に歩いてたら、その父親の頭が突然燃え上がったそうだ。原因不明。当然一緒にいた娘は"魔女"として火刑台送りよ」

 男は嬉しそうに話した。

「見に行ったが、随分泣き叫んでたなぁ。父親の名前何度も呼んだりしてさ。心痛む話だろう?」

 ロベルトは正直に、「いえ、別に。それより、本当にその少女がそのようなことを? だとしたら7歳にしては力が強いですね」

 今更、女子供が火炙りにされて悲しむなどという心の機微はロベルトには持てなかった。天体の運行や、大気の万象に比べて、人間の、それも一人の少女の生き死には明らかに小さすぎる。興味は全て学術的な側面からだった。

 部屋の主の答えは端的だった。

「ああ……それに関しちゃ、少女はシロだ。"アキュシーの風"を操れるどころか、"魔女の目"すらねぇまるっきりの一般人だったよ」

 ロベルトはフムと頷いた。

「どうしてそう断言できるのです?」

「言ったろう? 見に行ったって。その女が"アキュシーの風"が視えて、それを使って父親の頭を爆散させたんだったら、当然俺の並外れた"アキュシーの風"だって視えた筈だ。それに気づかなかったってことは少女はなにも分かっちゃいない、無力な、只の凡人だったってこと。ああー。無駄足だったぜ」

 男は残念そうに伸びをした。ロベルトは男の推論に頷き、また重ねて質問をした。

「では、もし少女が"魔女の目"を持っている本物の"似非魔術師"であった場合はどうしたのです?」

 

 男は簡潔に、「助けた」

 

 繰り返して、「助けたさ。身分を明かしてもいいし、火刑台を炎で消失させてもいい。女の身体を、火を感じない状態に変えてもいい。方法はいくらでもある。助けた後は学府に送るのが筋だが、7歳でもし"アキュシーの風"を攻撃用に紡げるほどの人材なら、唾つけて弟子にしちまいたかったな」

「なるほど」

 ロベルトは頷いた。なるほど、利にかなっている。目の前の男がただの残忍趣味や興趣にそそられて、火炙りなどという庶民の娯楽で時間を潰す男でなくて良かった。

「流石はヴォルフラム=アイゼンバイン師でいらっしゃいますな。実に合理的だ」

 輝きの学府に属する、焔の魔術師(パイロマンサー)は髭を手で擦るとニヤニヤと笑った。

「止めろよ、おだてるのは。これでも調子に乗りやすいんだ」

 彼らが操る(ほむら)のように逆立った赤い髪。その髪に手で櫛を入れながら、ヴォルフラムは言った。

「まさか。おだてるなどと」

 ロベルトは心外そうに言った。ヴォルフラムは声を上げて笑う。

「ハッハッ! そうだよな。冷徹なる天空の学府の若き秀才、稀代の天空の魔術師(アストロマンサー)は他人をおだてたりしないものな」

 ロベルトは苦笑いをした。

「おだてないで下さい。私も案外調子に乗ってミスをするタイプなんですから」

「魔術師はみんな自信過剰で調子に乗りやすいのさ、安心しな」

 ヴォルフラムはひとしきり軽口を叩くと、不意に真面目な顔になった。

 

「……しかし、お前が『青色』か。あの『灰色』のペーターの話だから実力は折り紙つきだろうが、経験はどうかな?」

 ロベルトは一礼した。

「仰る通り、まさしく経験が足りておりません。先達の方々のお教えを賜りたく存じます」

 ヴォルフラムは五月蝿そうに手を振ると、「やめろやめろ。俺は堅苦しい光の魔術師(ライト・ウィザード)じゃないんだ。そういう真似は止めて、本音で喋ってくれよ」

 

 ──お互い、バレれば火炙りどころじゃ済まない橋を渡ってるんだからさ。

 

 ヴォルフラムは顔を近づけてそう囁いた。ロベルトは鼻を鳴らした。そんなこと、この男に言われなくても分かってる。今更引けないのだって先刻承知だ。

「……あなたは何の為に"九色"に?」

 ヴォルフラムはクスクスと笑った。よく笑う男だ。輝きの魔術師(ブライト・ウィザード)が騒がしいのは知っているが、この男の騒がしさはロベルトの知っているあの学府の連中の暑苦しさとは異質のもののように思えた。

「こう言ったら驚くかもしれんがな、『守るため』さ。この糞ったれな世界から、俺の大事なものたちを」

 ほう、とロベルトは声を漏らした。

「輝きの学府では"冷徹の"ヴォルフラムと呼ばれているとお聞きしましたが」

「クハハ、よく調べているようだな。あれは俺も不本意なあだ名でね、"碩才の"ロベルト君」

 ロベルトは苦い顔をした。

「……お互い様のようですね。話を戻しましょうか。"九色"の面々はそれぞれ自らの目的の為に参加している。例えば私は『更なる知識を得るため』に。しかし、肝心の"九色"そのものの目的が見えてこない。この集まりが、大学の研究会と同じ程度のものとは思いたくありません。何より面子が豪華すぎます。私の知るあなたとペーター師のみの話ですがね。あなたはその点について何かご存知ですか?」

 ヴォルフラムは両手を揉み合わせた。

「フム。まず一つ誤りを正しておこう。俺は学府内でもそう高い位置に属するわけじゃない。ペーターの爺さんと一緒にゃしないでくれ」

 ロベルトは苦笑いして、「25を過ぎてから学府に入学して、そのまま凄い速さで上級魔術師まで上り詰めたあなたが、凡百の魔術師とは思えませんがね。いいでしょう。あなたがそう仰るのでしたら」

 

 よし、とヴォルフラムは頷いた。

「そういうことなら、俺の知る話をしてやろう。まず、"九色"に団体としての目的は()()()()()。個々としての"色"それぞれの目的があるだけだ。"九色"が共有するのは、"目的"でなく"手段"。目的を達成するための手段だ。俺たちは皆自分のために"九色"に加わっている。他人のためには動かんよ。手段は()()。あらゆる禁忌を含む、全てだ。そのあらゆる手段を用いた可能性そのものを、()()()は"九色"と、そう名付けた」

「あの男?」

 ロベルトは疑問に思い尋ねた。

「"九色"を創った男だ。俺は一度しか会ったことがないが。お前はペーターに誘われたんだったな。他にも何人かそういうやつはいる。あの男を見たことがあるのは、『赤色』の俺に、『灰色』のペーター、あとは『紫色』の三人だけさ。もっとも、近いうちに会うことにはなるだろうが」

 

「とにかく、"九色"の目的を敢えて言葉で言うとするなら、『全ての手段が解禁された時に、人の欲望はどこまで膨れ上がるのか、を研究すること』とでもなるのかね。まぁ、創った男にも、それとは別に彼なりの"目的"があるらしいが」

「近いうちに会うことになる、とは?」

 ヴォルフラムは、ロベルトの質問に笑って、「それは単純だ。彼自身がそう言ったのさ。近いうちに、ここアヴァーヘイムに来るってね」

 ロベルトは驚いた。

「まさかッ! 夢にはそんなこと……!」

 

 ヴォルフラムは声を落とした。

「図に乗るなよ、青二才。お前の未来予知がどれほど優れてるか知らんが、そいつをかい潜れる魔力の持ち主がいないわけじゃない。若さを露呈して、あんまり俺を失望させないでくれよ。今、ここで、殺したくなっちまうからさ」

 

 ロベルトは背筋に悪寒が走るのを感じた。手のひらに汗が滲んだ。咄嗟に周囲の"アズィルの風"を集めようとして、驚愕した。

 ヴォルフラムから突如、凄まじいまでの"アキュシーの風"が吹き出したからだ。赤い"風"はロベルトの集めようとしていた青い"風"を薙ぎ払うと、室内を真っ赤に染め上げた。ロベルトはまるで部屋の中が煮え立ったかのように感じた。実際、炎熱とはエーテル界の"アキュシーの風"が現実にもたらす影響の一つなのだ。

 

 やるのか? ここで?

 戦えるか? 場所は相手に有利だぞ?

 どうすれば勝てる?

 そもそも自分の勝てる相手か?

 

「クッハッハッハッ」

 ふと笑い声で我に返った。

「冗談さ。そう怖い顔をするなよ」

 

「アッハッハ。お前は面白いなぁ」

 ヴォルフラムは腹を抱えて笑っていた。ロベルトは警戒を解いた。手はグッショリと汗で濡れていた。

「冗談だとしても、笑えません」

 ロベルトは苦々しげに首を振った。

「アッハッハ。いやいや、充分な対応だったよ。彼我の実力差や、地の利も考えずに攻撃する馬鹿でないと知れただけで充分さ。アッハッハ。いや、まったく、あそこで攻撃してたら死んでただろうけどねえ」

 ヴォルフラムは笑いながら、笑えないことを言う。そういう男なのだとロベルトは理解した。"冷徹"とは意味合いが少し違うが、そう呼びたくなるのも分かる。世の中全てとズレた男か。

 自分もそうかと思い、ロベルトは自嘲の笑みを浮かべた。

 

「アハハ。いや、楽しかったよ。まぁ、とにかく、なんだ。他の面子との顔合わせもあるってことで、近々会うことになると思うぜ? その時には全員集まるだろうよ」

 

「おお、そうだそうだ。ペーターの爺さんの手紙に書かれてた"九人"ってのは興味深いねえ。俺の役割もタロットで占ってくれるのかい?」

 ロベルトは懐から一枚のカードを取り出した。

「既に行ってあります。あなたのカードは『モールスリーブ』、『満ち欠け』を暗示し、その持つ意味は『常ならぬ心』。番号は『ⅩⅧ』」

 ほっほお、とヴォルフラムは感心した声を発した。

「『常ならぬ心』ね」

 ロベルトの持つ、緑の月のカードを眺め、そう言った。

「心に留めておこう、ん?」

 

 ヴォルフラムが気にしたのは、窓の外からの微かな物音。ロベルトは瞬時に、"風"を手のひらに集めた。

「なんだなんだ」

 ヴォルフラムは、ロベルトが制止する間もなく、窓を開け放った。

「ちょっと待っ……」

「アハハ。なんだ」

 ロベルトの慌てた声と、ヴォルフラムの笑い声が重なった。

「噂をすれば、影ってやつか?」

 ほれ、とヴォルフラムが見せてきたのはダーツの刺さった羊皮紙の切れ端。拙い鉤文字で下手な地図が書いてある。

「こいつが木枠に刺さってた。今から行って、真夜中までには着くな。おい、上着を取ってくれ」

 架かったコートを取ってやりながら、ロベルトは、街の外との関所で止められるだろうと思った。まぁ、それを言って機嫌を損ねるのは避けたいし、街から出る手段はいくらでもあるだろう。

「そう言えば、街の中で何人か"ダハール"を纏った人間を見ましたが、この街には"教団"でもあるのですか?」

「奴らはどこにでもいるさ。豊かな街なら尚更な。まあ、この街が"混沌"にとって居心地がいいことは事実だが」

 意味が分からぬといった顔のロベルトに、ヴォルフラムは苦笑して、「政治も勉強するんだな。アヴァーランドの選帝侯位は現在空白だ。前選帝侯家のライトドルフ家と歴史あるフォン=アウプトラウム家が権謀術数の内紛を繰り広げてる。犯罪組織が増え、警備隊の手には既に負えなくなり始めている。混沌が浸透するには絶好の土壌だ」

 

「では、件の発火事件も?」

「可能性は大きいかもな。まあ興味はあまりないんだが。行くぞ。時は待ってくれない」

 

 ロベルトは、ヴォルフラムに続いて部屋の戸口を潜った。その通りだ。時は待ってくれない。時代も、出来事も待ってはくれない。乗り損ねた者に待つのは陰惨なる死のみだ。速く、速く、時よりも尚速く……。

 部屋には誰もいなくなり、先程まで暑いほどだった部屋の温度も徐々に下がり普段の夜と変わらない闇が部屋を充たした。

 

 そして、時は動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あの女は無実だろうな」

 ユリウスはひとりごちた。

「夕刻の少女ですか?」

 馬車の振動に身を任せながら、カルロットは尋ねた。

「そうだ」

「ユリウスさんがそんなこと言うなんて珍しいですね。……わたしはどっちでも構わないですよ。むしろ……見逃した後であの子が……混沌だって分かったら、絶対殺さなかったことを後悔するだろうから……疑わしいなら燃やした方が、いいかなとは思いますけどね」

 カルロットは気怠げに言った。

「んー。いや、まぁ少し気になってな。そもそも、この地区にはこの地区を縄張りにするやつがいる。そいつの仕事なんだから、わざわざ隣の便所を覗く必要も無ぇっちゃ無ぇんだが」

 

「でも、混沌がいたら仕方ないですよね? 目の前に混沌の信者がいるのに、獲物を他人に渡すのは、悪い狩人じゃないんですか?」

 カルロットの口調が、がらりと変わった。ユリウスは、兜の下でカルロットの目玉が爛々と光っているのが分かった。ユリウスは肩をすくめた。

「お前の言う通りだ。俺たちは人を狩る狩人で、どこまでも喰らい付く"猟犬"だ。縄張りなんて関係ねえ。そいつは"ただの犬"が気にすることさ」

「それを聞いて、安心しました」

 カルロットは背を馬車の壁にもたれかけた。膝の上のクロスボウ・ピストルを確かめるように撫でていた。

「……でだ、一仕事の前に野暮用を済ませちまうとするか。……鼻に傷跡、双子の手下。アイツか。……おい、止めろ」

 最初の発言はカルロットに向けてのもの、次に発したのは馬車の窓から外を覗いての独り言、最後は御者に向けてのものである。

 

 停車した馬車から、黒いマントを翻して降り立ったユリウスは、丁度目の前を通り過ぎようとしていた若者の胸ぐらを掴んだ。一瞬で腰のホルスターからピストルを抜き、相手の額に突きつける。

 突然の出来事に声も出ない男の耳元に口を近づけて、早口で言った。

「質問は許さん。乗れ。今、ここで、脳味噌ぶちまけられたくなきゃな」

 背後の護衛たちが気づくと、両手に装填したクロスボウ・ピストルを構えたカルロットが、照準を2人に合わせていた。

「あなた達も乗りなさい」

 

 

 

「さて、まず名前を聞こうか」

 馬車に乗り込んで会話の口火を切ったのはユリウスだった。

 若者は少し逡巡した。意を決したように口を開く。

「……フェリックスだ」

 

 そして、馬車は走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




>ヴォルフラム=アイゼンバイン
名前だけ、ヴォルフスムントからとった。

>連続焼死事件
「魔術の書」のアレ。7歳の少女が火炙りにされる公式シナリオの導入部。
一応言っておくと、ネットで落とせる公式シナリオ以外のシナリオにはあんまり深入りはしません。


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