第四話プロローグ「夜を走る者たち」
馬車の空気は険悪だった。それは敏感な者なら、すぐ分かるほどの鋭さを持って、その場にいる人間を突き刺していた。
馬車の進行方向に向かって正面の座席に座るのは二人の魔狩人。黒いコートに黒い揃いの帽子。コートの内側にメイルの鎧が覗いていた。灰色の髪と髭をたくわえた魔狩人は腰のピストルを覗かせ、腕を組んで無言で威圧している。片や、もう片方の魔狩人はガントレットを嵌めた手でクロスボウ・ピストルを握りながら、微動だにしない。その表情は兜の面頬の下に隠れて窺えなかった。
その反対側にはフェリックス含む3人が身を小さくして、席に座っている。人数では勝っているが、歴戦の戦士であろう魔狩人に挑む勇気──というか無謀さ──をフェリックスは持ち合わせてはいなかった。
フェリックスはおずおずと声を発した。彼とて、魔狩人の"イカれ具合"は重々承知だ。いきなりズドンということにもなりかねない。
「……俺らになんの用ですか」
灰色の髪の魔狩人が口を開いた。
「質問をするのは俺たちだ。お前らじゃない。手短かに言う。アヴァーランドのムールフェルトで何があった? 5数える間に話し始めろ、1」
フェリックスは目を見開き、慌てて頭を回転させ始めた。ムールフェルト? ああっ。
だが、なぜ魔狩人がそれを知ってる?
「2」
考えろ。
魔狩人がどうして知ってるかはどうでもいい。大事なのは、なぜ魔狩人がそれを問題にしているかだ。混沌か、魔法使いが関わってる……?
「3」
ああッ、糞ッ!
あの黄色髪のルディガーとかいう。あの野郎かっ。こいつはあの野郎を追ってるってことかよ。だが、俺が情報を喋って、こいつがあいつらを捕まえたら、俺の賞金はパアだ。どうする。どうする?
「4」
考えろ。
考えろ。考えろ。考えろ。
ここを無事に切り抜けて、賞金も貰うにはなんて言えばいい。何を話せばいいんだ? 何を話して、何を隠せばいい?
その時、フェリックスは男の手が黒く塗られたピストルの銃把に伸ばされるのを見た。ガントレットがしっかりと銃把を握る。
「5」
フェリックスは洗いざらいぶちまけた。
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「ほおー、するとお前らは依頼された内容に従ってそいつらを追っかけただけで、あの村であいつらが何をしてたかは全く知らないって言うんだな?」
フェリックスは頷いた。
「そうです」
「黄色髪の男が魔術師なんだな?」
「そうです」
「それはお前の雇い主の情報か?」
「そうです」
「そいつらの行き先はここ、アヴァーヘイムで間違いないんだな?」
「村人の言ったことが正しいなら、そうです」
「で、お前らは先回りしてアヴァーヘイムで待ち構えているのに、それらしいヤツの姿はないんだな?」
「そうです」
男はピストルを抜いて、フェリックスの頭に狙いをつけた。
「最後の質問だ。お前が今言った全てのことは真実か?」
フェリックスの声が震えた。
「シ、シグマーにかけて本当です」
男は一つ頷くと、御者に声をかけた。
「例の場所へ向かえ」
そうして、男はフェリックスに言った。
「少し、付き合ってもらうぞ」
男はユリウスと名乗った。隣の兜を被った人物の名は言わなかった。先程馬車に連れ込まれる時に声を聞いたような気もしたが、フェリックスにはどんな声だったか思い出せなかった。
「お前、年は幾つだ?」
ユリウスがフェリックスに尋ねた。
「……21ですが」
「随分若いじゃねえか。ひよっこの割りには度胸があるんだな? ええ? 魔術師を追うなんてそこらの連中じゃ出来ない仕事だぞ」
フェリックスだって、怖くないわけではない。結局のところ、一人頭金貨10枚というぼろもうけの仕事がフェリックスのような駆け出しの賞金稼ぎに頼まれることには裏があったのだ。真実は、熟練者は皆、魔術師と敵対するということのリスクを鑑み、今日を生き延びることに精一杯のフェリックスには目の前のチャンスにすがりつくしか方策が無かったというだけの話なのだが。
そのことを幾分曖昧に伝えると、ユリウスはクックッと笑った。
「どいつもこいつも生きるのは大変なぁ。なあ小僧、もっと経験を積んだら魔狩人になるってのはどうだ? 混沌のろくでなしどもと戦う根性はありそうだしな」
とんでもない!
金さえ稼げば、誰が危ない橋など渡りたいものか。でかい屋敷に、大勢の召使い、着飾った美女、そういった世俗的な代物でフェリックスは満足だ。こいつらみたいな"イカれ野郎"とは違うんだ。
「兵士にはなんねえのか? "混沌の嵐"の時は何してたんだ?」
だんだんフェリックスは答えるのが億劫になってきた。
「兵士なんか真っ平御免だぜ。俺は"混沌の嵐"の時、北にいたんですよ。兵隊はいつも貧乏くじを引いてた。上官に死地にとり残されたり、無意味な抵抗作戦をしたり、そういうのは俺は勘弁してほしいね」
ユリウスは顎を撫でた。
「ほお。お前、北にいたのか。どこの生まれだ?」
「オストランド大君侯国よ」
フェリックスは胸を張って答えた。生まれた国に誇りを持って何が悪い。どうせこいつも、陥落した土地だと馬鹿にするんだろうが。
フェリックスは迂闊にも、一瞬、ユリウスの目が光ったのを見逃した。
「俺はオストランドには行ったことがあるんだよ。オストランドのどこだ?」
「ヴォルフェンブルクの近くの──知らないだろうけど──グリューナッケーレンて町さ。チンケな町だけど、俺にとっては」
フェリックスは言い終わることができなかった。突然、ユリウスの隣の兜の人物がガントレットでフェリックスの顔を掴んだからである。
「10年前、帝国歴2512年のヘクセンスタークの夜、お前は何をしていたッ!」
左手で掴まれた顎がミシミシと音をたてた。突然の出来事に驚いたフェリックスも、相手の腕を両腕で掴み、抵抗する。相手は身を乗りだし、フェリックスに覆い被さるようにして詰問した。
「ヴォルフェンブルクにいたのか!? そうじゃないのか!? 答えろ! ヴォルフェンブルクとグリューナッケーレンは目と鼻の先だ。お前がヴォルフェンブルクにいてもおかしくない。答えろ! お前は、10年前、ヴォルフェンブルクにいたのか! 違うのかッ!」
──女の声? てか痛い痛い痛い。
「答えろ! 10年前の新年、お前はどこで、何をしていたッ!」
フェリックスはその声を聞き、その兜と黒いコートの中身が女であることを知り、驚愕した。その腕は、フェリックスが力を振り絞ってもびくともしなかったからである。
──女の力じゃねえ。ていうか、息ができねえ。ヤバイヤバイヤバイ。
喋れずにもがくフェリックスを、前にした女は、さらに腕に力をこめた。フェリックスの顎の骨が悲鳴をあげた。 隣の護衛2人は、助けていいものか分からず、あたふたしていた。
「答えろ!! このまま絞め殺されたいかアッ!?」
呻くフェリックスを無視して、女は叫んだ。
「離してやれ、カルロット。首の骨まで砕く気か。死んじまったら困る」
ユリウスが、女に語りかけた。カルロットと呼ばれた女は、ハッと気づいたようにフェリックスを離し、自席に戻った。座席に倒れ込んだフェリックスは肩で荒く息をしながら、怯えた目で女魔狩人の面頬を見つめた。
「お前、なんだッ! 何者だよッ! どうして、俺の故郷のことなんか気にする!?
そこで、フェリックスはなにかに気づいた。いや、思い出した。暗く寒い夜。10年前の新年、あの街には雪が降った。
血で染まった赤い雪が。
「……10年前……? 10年前って言ったか? 待てよ……。10年前のヘクセンスタークだと!? お前、まさか、
カルロットは答えない。
「なんで、あのときのことを今更探ってやがる!? あの事件に関わった野郎は全員死んだ筈だ! 俺はそう聞いた! 一体、お前は誰だ!?」
カルロットは答えない。
「なにか知ってることでもあるのか?」
ユリウスがカルロットに代わって尋ねた。フェリックスは首を振った。
「いいや。あの時、俺はまだ11の糞餓鬼だったし、なにより関係なかったからな。確かにヴォルフェンブルクには祭りのために荷馬車で家族と向かってた。
「そうだ」
ユリウスが頷いた。
フェリックスは黙った。自分と同じ故郷の人間、こんな時節では安堵や喜びを感じてもいい筈だ。だが、先ほどの詰問が目の前の兜を着けた女に悪印象を投げ掛けていた。フェリックスの中にあるのは疑いだけだ。──なんであの事件を探る人間がこんな南に居やがる? そもそもあの事件は解決した筈だ。剣と火でもって。
フェリックスの思索は女の声で遮られた。
「今、
精気のない様子のカルロットが疑問を発した。
フェリックスは始め、何を言われているか分からないという顔をした。そして女の発言の意味を理解したとき、フェリックスは嘲笑った。
「ハハハッ! 傑作だな! 上等な冗談だ! 『どうなってる』? 今『どうなってる』って言ったのかアンタ? ハハハハ。傑作だぜ。知らねぇのか? あそこの出身なんだろ? あそこは今やこの世の地獄だぜ!
……混沌の軍勢に陥落したんだからよ。当たり前だろうが。近隣の村は全滅したよ。俺がグリューナッケーレンの唯一の生き残りさ。親父とお袋の叫び声を聞きながら、町から逃げ出した。弟も妹も見捨ててな。18日間地べたを這い回って、木の根を食って
城壁に生きたまま釘付けにされた子供は見たか? お前の隣に住んでたかもしれないんだぜ。馬に轢かれて肉塊になった人間は見たか? お前の家族だったかもしれないんだぜ。串刺しにされた人間の山は見たか? お前がそうなったかもしれなかったんだぜ。俺はツいてたのさ。生まれた時から、なんでか危険が迫ったら分かる性分だったからな。それでも、タラベック川を裸で泳いで溺れかけたところをヴュルツェンからの難民船に拾われたときは涙が出たぜ。
……本当にお前、知らねぇみたいだな。ヴォルフェンブルクの連中は10人に9人は虐殺されたぜ。あそこは今や死神と瓦礫と墓標の無い墓の街さ。"混沌の嵐"前は9000人いた人間が今やたったの1000人。行っても廃墟しか残ってねえ。生き残った人間も、死んだ人間の墓すらつくれねえ。死体すら残ってねえのさ。生きたヤツも死体も混沌の連中が根こそぎ奪っていったからな。そもそも死んだ人間の数が、生き残った人間の数と比べて桁が違う。混沌のヤツらは人間じゃねえ。オストランドは、俺とお前の故郷はそんな連中と戦うために捨て石にされたのさ。そこに住んでるやつも含めてな。
運のいいやつは俺みたいに南に逃げてきたけどな。むしろ、残ってるやつは逃げる金も持たねえ極貧民か、火事場泥棒を狙った命がけの盗人か、イカレポンチの狂信者か、まだオストランドに希望を持ってる大馬鹿だけさ。アンタ知らねェみたいだから教えてやるけどなァ、今じゃ10年前のことなんて聞いたって無駄だよ! 知ってるやつはどうせ全員死んじまったし、知ってたとしても今日を生きるのに必死で、昔のことを思い出してる余裕なんてねぇのさ! お前、一体"混沌の嵐"中は何してたんだ? どうせ安全な南で"異端者狩り"に興じてたんだろうが。こっちは本物の混沌の戦士と戦ってたっていうのによ!」
カルロットは兜の中で沈黙したまま、答えなかった。
「その辺にしておけ」
ユリウスが窓の外に目をやりながら言った。窓の外は既に、墨を溶かしたような暗闇だ。
「パーティ会場に到着したぜ」
>オストランド
北部の選帝侯領。"混沌の嵐"において壊滅した。
>ヴォルフェンブルク
陥落した都市。北部オストランドの元首都。人口1000人がどれくらいヤバイかというと、第二話のヴュッペルタルより少ないぐらい。今は遷都されたので、首都ではない。
>混沌の嵐
めっちゃつおいやつが混沌を率いて攻め込んできた。