火と鋼の道で   作:ナナヒカリ

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連載もそれなりに長くなって参りました。
世界設定です。
本編には関わりありません。
それなりに長いですが、本作の舞台オールドワールド、またその中の国家【帝国】(エンパイア)については最低限の説明にはなっています。背景知識が欲しい方はどうぞ。












閑話
語り部による世界概説


 

 

 おや。目を覚ましましたか。

 

 初めまして。貴方は、そこの道で行き倒れていたのですよ。

 

 おっと、怖がらないでください。……なんと! エルフを見たことがないんですって。よほどの辺境から参られたようですね。まさか極東のニッポンからではないでしょうね。……冗談ですよ。あの島国は厳しい鎖国を敷いていると聞きますし。

 

 わたしの名はドルウェン。ドルウェン=セブンライツ。エルフの語り部です。珍しいでしょう。これでも、名うての語り部として帝都では名高いのですよ。

 ……あなた、帝都アルトドルフも知らないのですか? 呆れました。では、このわたしが直々に、貴方にこの世界のことを語って聞かせてあげましょう。

 

 ここは、世界に名立たる帝国(エンパイア)の、まあ、片田舎ってところですか。

 なぜ、名うての語り部がそんなところにいるのかって? ……実は帝都のさるお方のご婦人と、……いや、これ以上は申しますまい。とにかく、色々ありまして、地方巡業の旅に出ております。

 

 あそこにいるのが、書記のウド。わたしの物語の著述者です。はい、子供ではありません。ハーフリングです。……ええ、ハーフリングも見たことがないのですか。それは幸運ですね。彼らはどこにでもいますし、実に悪賢く、すばしこい盗賊ですから。……本当のことですよ、ウド。……ま、腕のいい料理人でもありますが。

 

 あっちで薪を集めているのが、ルーン伝令のカリン。ドワーフです。まさか、ドワーフまで見たことがないなどとは……まさか。本当に? いやあ、驚きです。そんな幸せな人がいるとは。まったく、やつらときたら、傲慢で尊大で、頑固で意地っ張りで、おまけに金に汚く、自然の美しさを解さず、ユーモアも分からない、まあ、これだけ言えば充分でしょうか。……カリンはその中ではマシな部類ですがね。ですから、その斧をおろしてください、カリン。

 ん? ルーン伝令? ああ、ドワーフが東の山脈に築いた幾つもの都市の間で密書をやり取りする仕事ですよ。まあ、危険な汚れ仕事ですね。女がやるような仕事ではありません。

 お気づきにならなかった? あれでもカリンは女ドワーフなのですよ。珍しいですがね、いないわけではないのですよ。女ドワーフも。ドワーフは石から産まれるなどという俗説もありますが、ふふふ、いや、中々的を得た言葉といいますか……分かりました。わたしが間違っていました。だから、そう斧を振りかざさないで。

 

 何を笑っているのです、マグヌス? さっきのドワーフの説明がエルフにも当てはまる、ですって? 馬鹿馬鹿しいですね。そんなわけないでしょう。

 この男はマグヌス。いかさま師です。……事実ですよ。この男の言うことは信じてはなりません。半分がた出鱈目ですから。剣の腕はたつのに、口で乗り切る方が好きなのだという、酔狂な愚か者ですよ。……まさか、人間を見たことがない、などとはおっしゃらないでしょうね? …………良かった。安心しました。

 

 わたしの紹介は先ほど致しましたね。語り部のドルウェン。優雅で気品に満ち、鋭敏で思慮深く、穏和で気が利き、ユーモアも解す、理想的な種族、エルフですよ。

 この国では迫害されていますがね。「耳税」なんて代物があるのですよ、貴方! 関所を通るときに、耳一枚につき銀貨一枚。エルフだけ! なんという傍若無人! なんという蛮行!

 失礼。少々取り乱してしまいました。これでも昔は商家の渉外使者として人間との貿易をとりもっていたのですが。

 

 おっと、それで、この国について知りたいのでしたね。

 

 先ほども言いましたが、この国は帝国(エンパイア)。人間の皇帝が治める国家です。皇帝は、皇帝選挙で選出された者が就きますが、ここ数百年は帝都アルトドルフの位置するライクランドの選帝侯が、その職にありますね。

 選帝侯? 皇帝選出の権利を持つ世俗の君主のことですよ。それぞれ選帝侯領と呼ばれる領邦国家を経営しています。それらを緩い形で繋ぎ止めているのが、皇帝というわけですね。

 

 選帝侯領はそれぞれ、最南端のウィッセンランドから時計回りで、ウィッセンランド、ライクランド、ミドンランド、最北端のノードランド、オストランド、タラベックランド、ホックランド、オストマルク、スターランド、そしてここアヴァーランドです。

 ん? ああ、そうでしたね、ウド。ムートを忘れていました。スターランドとアヴァーランドの境に位置する、ハーフリングに与えられた選帝侯領です。なんでも、当時の皇帝が腹立ち紛れに、宮廷で料理を作っていたハーフリングに領地を与えたとか。いやはや、人間は度しがたい種族です。

 

 帝国(エンパイア)の国土の大半は、危険な森に覆われていますが、ここアヴァーランドにはその代わりに肥沃な畑があります。もっとも、東には辺境の君主(ボーダープリンス)との境である最果て山脈がありますし、ボーダープリンスといえば、オークやゴブリンといったグリーンスキンの根城ですから、全く安全、というわけには参りませんが。

 

 東のボーダープリンスを越えれば、その先には謎多き国家インドゥア、更には比類なき大帝国と噂される大キャセイ、およそ脚を踏み入れた者のいないと言われる秘密の島国ニッポンがありますが、さすがのわたしもそれらの国々は噂で聞いたことがある程度で、それらの噂の内のどれだけが真実やら……。

 

 西や南でしたら、もう少し確かなことも申せますがね。

 南西には、我らの同族たるウッド・エルフたちの住まうアセル=ロウレンの森があり、その先には騎士道を重んじる封建国家ブレトニアがあります。それを越えると、剣術で知られるエスタリアがありますね。エスタリアの剣士といえば、鎧もまとわず、レイピアだけで諸国を遊歴して周る変人ですが、腕は確かですよ。

 

 南には、都市国家群ティリアがあります。学究精神の旺盛な土地柄で、よい科学者、芸術家、思想家の宝庫ですよ。女神ミュルミディアの信仰でも知られます。もっとも、ミュルミディア信仰ではエスタリアもティリアと張り合っているのですがね。

 それより南は砂漠ばかりですね。海に面する地帯にはアラビィという国家が栄えております。奴隷交易が盛んと聞きますが、いやはや。砂漠の中に、過去、繁栄を極めた国家クェムリのピラミッドを見たとかいう与太話は絶えませんし、事実それを信じて向かう探険隊も多いのですが、ほとんどは帰ってきませんから、噂は所詮噂なのでしょうね。

 

 西の、海に面する地域には、一大貿易都市マリエンブルグがあります。かつては帝国(エンパイア)の一部分だったのですが、すったもんだの末に独立しましてね。帝国(エンパイア)も随分交易では、潤っているようでございますよ。

 大海に出れば、我らハイ・エルフの故郷たる麗しのウルサーンがあります。魔法の結界に守られていますから、人間では訪れることは、まずもって不可能でしょうが。

 更に進むと、わたしたちの大陸オールドワールドに対し、新しく発見されたニューワールドに上陸できます。……上陸するだけなら。北は峨々(がが)たる山脈の中に我々の呪われし同胞……いや、この話は止めますか。とにかく堅牢な城塞が築かれ、入るのはよくとも、出るのは不可能とか。南は熱帯のジャングル、山のような財宝のある黄金郷(エルドラド)を信じて向かった船団も、気候と疫病と猛獣と、そして謎に包まれた原住民との争いで、帰ってくるのは一分に満たないとか。

 

 北……ですか。正直、あまり気はすすみませんね。話していて楽しい地域でもないことですし。

 帝国(エンパイア)の北には、キスレヴという国家があります。女帝(ツァーリナ)によって支配された、氷と雪嵐の国ですよ。勇猛果敢な騎馬兵団で知られますがね。

 それより北へ行くとノーシャという地域があります。蛮人の部族があるばかりで、国家の体裁を為しているものなど、一つもありません。たびたび恵まれた南の国家の沿岸部を襲撃しては、奴隷と金品を強奪したりもします。傭兵として流れてくる者も、一定数はいますが。

 

 さらに、北ですか? それより先には"混沌の荒れ野"として知られる地域があります。人は、もはや人と呼べるだけの人間は、また知的種族は、定住していません。恵みなき大地に、歪んだ動植物、常識を破壊する冒涜的な、自然とも人工物ともつかない建築、地形、風土、とまあ、人の住むところではありませんよ。あまり愉快なところでないのは確かです。

 

 混沌ぐらいは知っているでしょう? まさかとは思いますが……やはり、そうですか。南の方では、混沌の力も弱まるためか、混沌への認識が弱いという話を聞いたことがあります。もしや、貴方南方人では? 貴方の顔つきは帝国人とは異なっておりますから。

 

 よいですか。混沌とは、我ら生ける全ての民の敵です。本能的に運命づけられた、宿敵なのです。奴等は甘言をもって忍び寄ってきます。這い寄る混沌に、隙を見せてはなりません。

 曖昧な説明に終始するのも、なんでしょうし、貴方はこの世界に詳しくないようだ。生き残るために、知恵をつけておくことも必要でしょう。他人には、くれぐれも話さないようにお願いしますよ。魔狩人に目をつけられてしまいますから。……貴方、魔狩人も知らないのですか。なんとまあ。

 

 混沌は、四つの主神より構成されています。まあ、四つといっても我々が作った恣為的な括りに過ぎませんし、それも様々な呼び方があるので、一面的な見方ですが、知らないよりかは知っていた方が貴方の助けになるでしょう。

 

 一つ目の神はコーン。血と殺戮を主とする神です。暴力と殺人を賛美し、それを信者にも強いる、破壊神。幾つもの村を、街を、都市を瓦礫の山に変え、人の屍で山を築いてもなお、その飢えは衰えない。限りのない殺人欲求に襲われるままに、人の血を、殺戮を欲する狂信です。

 理解できませんか。さては、貴方まだ"殺し"をしたことがありませんね? 並の人間からすれば、その気持ちは当然です。しかし、戦士や殺人者といった、他人を殺す快楽を覚えた者たち、相手の命乞いを鋼で断ち切る快楽を覚えた者たち、弱い者を力で蹂躙する快楽を覚えた者たちは、かの神に人の心臓を捧げ、更なる力を欲する。力を、力を、とね。その結果、かの神に呑まれてしまうとも知らずに。

 

 その次はナーグル。腐敗と、病気を司る神。この帝国(エンパイア)の都市は穢く、病が蔓延している。行ったなら、驚かれることでしょうよ。そこら中に糞が垂れ流され、鼠が走り回っている。あれで病気にならない方がおかしいですよ。ウルサーンとはえらい違いです、全く!

 話がそれました。とにかく、都市部では周期的に、疾病の大流行が引き起こされています。農村部といえど、ひとたび病魔に冒されれば、医者がろくにいない分都市部よりも希望が少ないでしょうね。そこにつけこむのが、ナーグルです。顔が()()()()でただれ、膿汁を垂れ流し、糞便が詰まっているために酷い臭いを発する、そんな病人をかの神は両手を広げて歓待する。人間社会に見捨てられた者たちが、最後に命惜しさにすがりつくのが、ナーグルのもとです。最終的には、人ですらなくなってしまうのですが、それでも、生きていることに変わりはない。そうして、かの神のために、疫病の運び手となって街から街へと歩く、そうした信者によって、この世で最も恐るべき病"ナーグルの腐れ病"は蔓延していくのですよ。

 

 三つ目にして、最もこの帝国(エンパイア)で影響力のある混沌の神、それが快楽を司るスラーネッシュです。

 人の世は儚い。そして短い。精一杯いい思いをしたいというのが、人の常です。できるだけ気持ちよいことをしたい。味わったことのない美味を知りたい。更なる快楽を求めたい。もっと。もっと。そうした人間の本能の闇から生まれたのが、スラーネッシュなのです。暇と金はあるが、その使い方を知らない貴族。山のような金を、浴びるように使って最高の贅沢をしたい商人。金も力もないが、欲望だけは人一倍強く、上手いことやってその手に世界の全てを握りたいと夢想する下層民。退廃と享楽を望むありとあらゆる人間の前に、スラーネッシュの道は開かれています。

 夜、大都市の貴族の館の地下では必ずスラーネッシュの教団による(サバト)が開かれます。ぼんやりとした照明の下で、美男美女が睦み合い、絡み合い、果てしのない乱交が繰り広げられるのです。美酒は湯水のように注がれ、最高の料理は豚の餌のように踏みつけられる。宴は、美しい処女か童貞を生け贄に捧げ、神を讃えてお開きになる。……行ってみたいですか、そんな場所に? そう思うなら、行けばよい。貴方が、骨のついた肉の旨いところだけ食べたいという人間ならば。

 代償? 代償は勿論ありますとも。かの教団に入ったのなら、貴方はいずれ知ることになるでしょう。自分が、もはや自分一人では何一つ決められない、かの神の人形であり、奴隷であると。しかし、大丈夫。その事実すら、その時の貴方には悦びと映るのですから。

 

 最後になりましたのは、陰謀と運命の糸車を回す、ティーンチ神です。かの神は未来、過去あらゆる事実を、全ての因果と(ことわり)を操り、書き換え、遠大なる遊戯(ゲーム)を行っている。我々はみな、その手の上にいるのですよ。

 そしてもう一つ、かの神は類い稀なる妖術使(ソーサラー)でもある。極北の尽きぬ魔力の源泉を用い、その見えざる糸を帝国(エンパイア)、いや世界中に張り巡らせ、一都市に限らず一国をも滅ぼし得る計画を練る、それがティーンチ神の信徒です。わたしたちは何度もかの神の策謀を打ち破ってきました。

 ……あ、いや、そうなんですよ。自慢ではないですがね。……しかし、次もそうなるとは限らないのです。今でも恐れているのですから。これが、わたしたちが陰謀を見抜き、打ち破ることこそが、かの神の狙いであり、わたしたちはかの神の策略にはまっただけではないのか、とね。

 

 魔術については……勿論、知らないでしょうね。帝国人のほとんども、今の貴方程度にしか魔術については知らないでしょう。曰く、魔法を使う者は魔女であり、箒で空を飛ぶ。曰く、魔女が近くにいると牛乳が酸っぱくなる。曰く、魔女の目に見つめられると、悪運がつき、その内に死んでしまう。全部真っ赤な嘘とはいいませんが、ほとんどが根も葉もない流言で、嘘っぱちですよ。

 貴方には教えましょう。魔術とは、北方より棚引(たなび)いてくる"魔力の風"を用いたものなのです。そう、勿論北方とは混沌の領域であり、"魔力の風"とはすなわち混沌の用いる力と同根のものですから、危険には違いありません。

 

 "魔力の風"を純正の"キュアイシュ"の状態で使えるのは、わたしたちエルフだけです。わたしはできませんが。"魔女の目"と呼ばれる"魔力の風"、すなわちエーテルを感知する能力が欠けていますのでね。

 

 人間は、その代わりに、"魔力の風"をそれぞれ八種類に分割して、使用することができます。その技術を教えたのは、他ならぬエルフですがね。

 その風の八要素とは、ハイシュ、アキュシー、アズィル、ウルグ、シャモン、グューラン、ガウル、スィリッシュであり、それぞれを使った魔法の体系を、人間は、"光の魔法体系"、"(ほむら)の魔法体系"、"天空の魔法体系"、"影の魔法体系"、"金属の魔法体系"、"生命の魔法体系"、"(けだもの)の魔法体系"、"死の魔法体系"と呼んでいます。エルフに比べれば児戯にも等しいものですが、まあ人間にしてはよくやったと誉めてもよいでしょうね。

 人間はそれらの魔法体系を、アルトドルフにある帝国魔術大学校で学ぶようです。

 

 混沌の妖術使は"魔力の風"を、あえて乱した"ダハール"という状態にして用います。危険性も跳ね上がりますが、その分、得られる威力も大きくなるとか。

 

 ハーフリングとドワーフには"魔力の風"に耐性があり、魔術を扱うことはできません。……なんです、カリン。……ええ、そうですね。まったく細かいことに、よく気が回ることですねえ。

 ……今お聞きになったように、ドワーフは特殊なルーン文字を用いて、物品に魔力を込めることができます。これが我らの"魔術師"と同意かは、分かりかねますが、彼らもまた"風"を彼らなりの用法で操る、ということですね。

 

 ああ、魔狩人のことを知りたいのですか。不愉快な連中ですよ。エルフの敵と言っても過言ではありません。それすなわち、邪悪な輩、ということです。混沌を狩り出すのは結構ですが、その為に魔術の素養のある者を片っ端から火刑に処したり、エルフが全員魔女だなどという誤謬に騙されて捕まえて刑死させたり、野蛮という言葉があれほど似合う連中はおりませんよ。

 貴方も、黒コートに特徴的な黒い帽子を見かけたら、用心なさることですね。貴方が何かの事件の現場に居合わせたのなら、それだけの理由で貴方を捕らえて拷問し、処刑するようなやつらですよ。やつらに情けを期待するのは、無駄の極みです。歯向かうのは、もっと無駄な行為ですがね。やつらは皆、一流の戦士ですから。

 

 それにしても、昔から不思議なのですが、なぜ貴方がた人間は、"魔術"と"奇跡"を区別するのでしょうね。どちらも、根源的には同じものなのに。力を引き出すのが、"力の言葉"と複雑な儀式と具材によるか、祈りと人々の集合的無意識によるかというだけの違いなのに。……ああ、ご存じなかったのですね。貴方がたの崇めるシグマーの教団の高位司祭の起こす奇跡も、"魔女の目"をもつまじない師が行う似非魔術と、根本的にはなんら変わりないものなのですよ。

 こんなこと、魔狩人には申せませんがね。やつらの中には、シグマーの聖堂騎士も多いのですから。

 

 ……はあ。シグマーも知らない、ですか。まあ帝国人でないなら当然でしょうね。むしろ、帝国人が帝国(エンパイア)の地方神であるシグマーを汎世界的な神だと思い込んでいる方が問題なのですが。エルフの神はどうです? アシュリアンや、イシスや、モライ=ヘグは? え? 全部知らない? 困りましたねえ。……黙っていてください、カリン、ウド。エルフの神を知らないのですよ? グルングニやエスメラルダなど、知っているわけがないでしょう。

 まあ、帝国(エンパイア)で一般的な神々に限って、ご説明しましょう。

 

 まずはシグマーです。大体2500年ほど前に、帝国(エンパイア)を建国したウンベローゲン族の族長が、神へと奉り上げられた存在ですね。ドワーフの王より戦槌を賜ったことから、信者は戦槌を象徴とします。他にも、双尾の彗星とかですね。帝国(エンパイア)では最も有名な神でしょう。大きな街には、それはそれは立派なシグマー聖堂があるものですよ。大体は地方の名士が寄付したものですが。

 その教団の長ともなれば、帝国皇帝の選挙権すら持つのですよ。教団の本部がアルトドルフにあるのと、皇帝がアルトドルフに住まうのが、単なる偶然の一致でないということですね。

 また、非常に強力な戦闘員を有することでも、シグマー教団は有名です。戦槌を武器とするシグマーの戦闘司祭の技術は、本職の戦士ですら足元にも及ばないとか。

 

 それに対向しているのが、ウルリック教徒ですね。ウルリック教団は帝国(エンパイア)の北部、ミドンランドに位置するミドンヘイムを本拠地としています。ミドンランドとライクランドの仲が悪いわけです。ウルリックのシンボルは狼です。なんでも、その司祭が一流になるには素手で狼を殺すことが求められるのだとか。

 ウルリックは野生と争いの神です。やはり、強力な信徒団を有していますね。専門の戦闘集団である、白狼騎士団も高名です。

 

 後は、治癒と誕生の神、シャリアですかね。シャリアは、白い鳩を象徴としています。かの女神の信者はほとんどが女性です。争いを拒み、信者は武器を振るい人を傷つけることが許されないとか。しかし、能力の高い司祭によるシャリアの治癒祈祷は非常に強力です。名医が匙を投げた病人が全快し、全ての友人に見捨てられた狂人が正気を取り戻すといった"奇跡"すら可能なのですよ。彼女らには。

 

 また、知識と正義の神、ヴェレナの神殿もあちこちにありますね。ヴェレナの正義は、ほとんどの場合、あまりに回りくどくて敬遠されることが多いのですが、こんな世の中に、真なる知識と正義のために活動する彼らには感心しますよ。ヴェレナの神殿では、裁判が行われます。シグマーの魔狩人たちが行う"裁判"とは名前こそ同じですが、全く中身は別のものですね。ヴェレナのシンボルは剣と秤です。

 

 田舎で信仰されるのは、もっぱらタールとリアですね。男神タールと女神リアは夫婦で一組の、恵みの神です。タールが野生と狩りの神、リアは作物の豊穣を司る神です。実際のところ、農民や狩人にとっては、争いの神だの知識の神だのには用はなく、必要なのは今日の食物を確保してくれる神の存在だということなのでしょうね。タールとリアの司祭は、決して一つの村や町には留まらず、あちこちを放浪しながら奇跡を起こし、飢えた民を救うという話でございます。

 

 また、あらゆる民が忌避しながら、決して離れられない神もいます。死の神モールです。人はみな、シャリアに護られて誕生し、モールの御元へと逝くのです。この国では、墓場のことを"モール神の庭園"と言います。モール神はまた夢を司る神でもあり、高名な司祭ともなると、夢にモールからのお告げを見、未来を的確に当てるのだとか。モールは死を守護する神ですから、その教団は死霊術師(ネクロマンサー)とは、常に争っています。人々の目に見えないところで、ね。

 

 南から伝わって広まった神もいます。ティリア発祥のミュルミディアです。武器の扱いや戦略の神ですね。本来的には芸術を扱う神でもありますが、軍隊の指揮官によく信仰されていますので、戦略の側面が強調されています。まあ、軍隊の指揮官は時に撤退することも必要ですから、シグマーやウルリックでは不適当でしょうね。その信者はみな、あらゆる武器に精通していることで名高い、よく鍛えられた戦士です。

 

 海の神がマナンです。海は慈愛に満ちてもいるが、時に酷く残酷です。そんな海を象徴する神が、マナンなのです。船乗りや海兵は、みなマナンの熱烈な信者です。海の怖さを知っているからです。マナンは残酷な神ですが、祈りを捧げればその怒りも収まるかもしれない。しかし、マナンは海を冒涜した者を決して許しはしないと聞きます。そんな船は、出航するなり暴風雨に巻き込まれ、哀れ、海の藻屑と化すのです。

 

 最後になりましたが、幸運と道化の神ラナルドがおります。……ええ。こちらのマグヌスが信仰している神です。生粋のイタズラ好き(トリックスター)で、ズル賢い神として知られています。その信徒は、地方に散らばり、秘密の集会や暗号を用いて、やり取りをするのです。当局や為政者にとっては目の上のたんこぶですから、排除したいのでしょうが、中々そうも参らないようでございます。盗賊や商人もよく信仰しておりますね。シンボルは十字です。中指と人差し指を交差させるのが、ラナルド流の幸運のおまじないですよ。

 

 とまあ、こんなところでしょうか。他にも商売の神ハントリッヒや、ドワーフの祖神グルングニ、ハーフリングの信じる暖炉の女神エスメラルダといった傍流……失敬、まああまり一般的でない神々もおりますが、それはよいでしょう。エルフの神々は……まあ、わたしも人間に理解してもらおうとは、あまり思いませんから、説明は省きましょうか。

 

 では、この国、帝国(エンパイア)についてもう少し詳しい話を致しましょうか。

 

 この国で話される言葉はライクシュピールといいます。聞いたところ、貴方の言葉には少し訛りがまじっているようですね。もっとも、地方に行けば行くほど訛りが酷くなりますから、貴方のは充分会話には使えますし、都市部で田舎者と舐められるほどではありませんよ。

 

 通貨体系は、上から順に、金貨(ゴールド・クラウン)銀貨(シルバー・シリング)真鍮銭(ペニー)です。都市によって鋳造している貨幣が違ったり、真鍮銭と銅貨が両方同じ一ペニーとして用いられたりしますが、まああまり気にしなくて結構ですよ。一クラウンが十二シリングで、一シリングが二〇ペニーです。つまり、一クラウンで二四〇ペニーになる計算ですね。

 五ペニー払えば酒場で食事ができますし、エール酒は一パイントで二ペニーです。剣が欲しいなら、十クラウンてとこでしょうね。武器は貴重ですよ。特に最近は。

 

 帝国軍はそれぞれ州ごとに編成されています。大部分の部隊は武器にハルバードを使っていますね。あとは、盾と剣によって武装した剣隊ですとか、槍やパイクを巧みに操る部隊もあります。最強の精鋭部隊と言えば、大剣部隊に他ならないでしょうがね。

 黒色火薬を使った鉄砲(ハンドガン)を用いる部隊も特筆すべきですね。全く人間の旺盛な知識欲には頭が下がりますよ。……ええ、分かりましたよ、カリン。ドワーフの方が火薬武器では上だと言いたいのでしょう。……話を戻しましょう。火薬武器と言えば、ホックランドには、ホックランド・ロングライフルという長射程の火薬武器を用いた部隊があるとか。(クロスボウ)もまだまだ現役ですね。斥候部隊は弓も使います。……はいはい、ウド。ハーフリングの投石器(スリング)は百発百中なんですってね。……それなら、わたしからも言わせて貰いますが、人間の弓術がどれほどであろうとも、所詮エルフのキスバンド戦士のエルフボウの威力には劣るでしょうよ。

 帝国(エンパイア)の騎兵なら、なんと言っても、数ある騎士団の騎士でしょうね。重装甲のプレート鎧に身を包み、軍馬に跨がり、ランスを構えた騎兵の隊列は中々に勇壮な眺めですよ。各宗教教団は、それぞれ自前の聖堂騎士団を保有しています。タールとリアだけは別で、プレート鎧に身を包んだ騎士団ではなく、森に溶け込み強力無比な矢を放つ斥候の聖堂騎士ですがね。騎兵といえば、他にも貴族の子弟からなるピストルで武装した銃騎兵ですとか、帝国の街道網を警備する街道巡視隊が挙げられますね。

 

 主要都市は、まずなんといっても帝都アルトドルフ。ライクランドの州都でもありますが、帝国(エンパイア)の名実ともに中心都市でもあります。人口は大体十万五千人。恐ろしく巨大な都市ですよ、あそこは。帝国中で、最も富裕な者と、最も貧乏な者が集まる場所です。

 各国から貿易船がライク河を辿ってやって来るだけでなく、先ほど述べた帝国魔術大学校や学問の総本山アルトドルフ大学など、学問を究めるための施設も多い場所でもあります。宗教的にはシグマー教団の中心となる大聖堂と、魔狩人の本部があり、また軍事的にも帝国軍の最精鋭が現在の皇帝カール=フランツ帝を守るために、万全の態勢を築いております。帝国のあらゆる面でまさしく中心地の名に相応しい都市だと言えるでしょう。

 

 その次はウィッセンランドの中心都市ナルン。一大工業都市であり、帝国砲学校があることで、帝国中から化学や砲学を学びたい学生が集っています。女選帝侯が派手好きのために、連日連夜パーティーが繰り広げられているとか。人口は八万五千人です。

 

 その次には、隕石の落下跡につくられた都市、タラブヘイム。森に包まれた選帝侯領タラベックランドの中心都市です。人口は七万二千人。タール神の聖地となっております。都市の港は、避難民で膨れ上がっているそうですが。

 

 ……なんの避難民か、ですって? 本当にお知りにならない? 貴方、つくづくよほどの辺境から参られたようですねえ。本当にニッポン人だったり、するのですか? ……冗談ですよ。

 

 では、その説明も兼ねて、かつて帝国第二の都市だった場所の話をしましょうか。

 その名もミドンヘイム。元々の人口は九万五千人。北部最大の都市であり、ウルリック教団の総本山もあります。しかし、その狼神によって護られし城壁都市は、かの"混沌の嵐"によって壊滅的な被害を受けました。現在の人口は、およそ一万五千人。大都市であることに変わりはないものの、街は瓦礫で埋め尽くされ、復興は遅々として進まないとか。混沌教団が暗躍しているという話も聞きます。まあ、わたしたちが以前、その中の一つに手酷い打撃を加えたのですが。

 

 "混沌の嵐"についてですか……。帝国暦1521年からその翌年にかけて、元魔狩人の裏切り者アーケイオンに率いられた混沌の軍勢との間で引き起こされた、未曾有の戦乱です。アーケイオンは、ある禁書を読むことによって気が狂い、混沌に魂を捧げたと聞きます。その結果、人ならざる力を手に入れたとも。

 とにかく、そうして混沌の大軍を束ねたアーケイオンは総大将として帝国(エンパイア)へと侵攻しました。まずは手始めにキスレヴを蹂躙し、それに接する選帝侯領ノードランド、オストランド、オストマルクへと攻め入り、暴虐の限りを尽くしたそうです。

 最終決戦は、ミドンヘイムにて、混沌の呪われし軍勢と、エルフ、人間、ドワーフの連合軍によって戦われました。人間側にはヴァルテンという名の英雄がおりましたが、古代シグマーがドワーフより賜った伝説の戦槌ガールマラッツを持ったヴァルテンすらも、アーケイオンの前に倒れたのです。旗色が悪くなったところで、運良くオークの軍勢が攻め込み、スターランド東部、いわゆるズィルヴァニアの吸血鬼も旗揚げしたことによって、混沌の大軍は瓦解しました。

 

 しかし、油断はできません。今回、帝国(エンパイア)は辛うじて勝ったに過ぎませんし、払った犠牲が大きすぎました。幾多の命が費やされたのです。北邦の民はよく戦いましたし、勝利は彼らのお陰ですが、戦火の爪痕は深く刻み込まれたままです。

 森の中にはビーストマンが潜み、西の山からはオークの部族が侵入しています。都市では混沌の邪教団が謀を巡らし、地下の下水道網の中では汚らわしいラットマン、噂話でしか語られないスケイブンが虎視眈々と地上の覇権を狙っています。西の海からはノーシャの海賊や、我らの裏切りし同胞が襲撃し、村人を根こそぎ奴隷として連れていくのです。北からは名状し難い混沌が押し寄せて来ているのです。どこにも、安全な場所などありはしません。貴方、よくこんな国に来ようと思ったものですねえ。それも、何も知らずに。

 

 しかし、今の貴方はもう違うでしょう? 今の貴方には生き残るための知識があります。後はほんの少しの運と、実力があれば、立派にこの世界でもやっていけます。……ああ、あとは、良い仲間でしょうか。

 

 ほら。ご覧なさい。アヴァーランド名物の、黒火峠に沈む夕日ですよ。一日も終わり、これからは恐ろしい夜の時間です。

 

 どうです? これから、近くの夜営地に語り部として巡業しに行くので、宜しかったら聞いていきませんか?

 

 取って置きの物語を、お聞かせしますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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