火と鋼の道で   作:ナナヒカリ

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この辺からドロドロと薄暗く血なまぐさい感じを漂わせたいです。

予備知識として中世において"魔女"ってのは魔術を使う男もそう呼ばれる、ということを知っておいて下さい。









第一話第一幕・2「魔女の目」

 

 

 

 

 ルディガーには幼い頃から"風"が視えた。

 

 "風"は八色に分かれ、室内、屋外に関わらず、あらゆる場所にたなびいている。

 

 "風"は他人には視えない、ということをルディガーが学んだのは5歳の時だった。"風"は当たり前に万人に視えると思っていたルディガーにとって、その事実は驚きとともに、自分は他の普通の人たちとは違うという恐怖をもたらした。

 

 ルディガーが生まれ育ったのはエンパイア東部の農業を糧とする選帝候領スターランドである。その東部に呪われし土地ズィルバニアを抱えているからか、スターランドの住民は伝統や習慣に異様なまでに固執し、自分たちとは異種の存在、エルフ、ハーフリング(小人族であるが、彼らがスターランドで嫌われるのはもう一つ理由がある)、そして"魔女"若しくはそれに類する"魔女の目"を持つ者たちを、あからさまな迫害の的にするのだ。

 

 ルディガーは忘れない。隣近所に住んでいた、仲の良かった女の子に"風"の話をしたことを。彼女はルディガーを狼に対するような目で見、以後ルディガーを避け、話しかけても無視するようになった。

 

 ルディガーにとって幸運だったのは、ルディガーは"魔力の風"を視るだけで、決してそれをもてあそぼうとしなかったことだった。余りにも綺麗で世俗の存在ではない色とりどりの"風"は、ルディガーの目には手を触れてはならない神聖なものとして映った。

 

 しかし、ルディガーは忘れていない。

 

 ルディガーが8歳になったある日、家の前を男が通った。男の周りには"風"が逆巻き、渦をなし、混ぜ合わされて黒々と澱んでいた。

そんな人間をルディガーは見たことが無かったから、家に駆け込み、母親にそのことを息せき切って報告した。

 ルディガーはその時の母親の顔を今でもまざまざと思い出せる。母親の顔は怒りで歪み、ルディガーの肩を掴んで揺さぶりながら、そんなことは二度と人に言ってはいけないと強く言い聞かせた。

 

 今ならルディガーは分かる。母親が自分の身を案じてくれたことを。不用心に他人に話して、取り返しのつかない事態に陥るのを止めてくれたのだと。

 しかし、当時はそんなことは分からず、ただ裏切られたという感情が沸き起こった。ルディガーは以後人に"風"のことは喋らないようにした。

 

 ルディガーが見た"風"をつれた男は、二日後、公衆の面前で許可なく魔法を使った罪で告発され、街から来た魔狩人によって"魔女"として火炙りに処された。家中の者がそれを見物するために、また哀れな(そして愚かな)男に石を投げるために出かけていったが、ルディガーは毛布をかぶり、決して外には出なかった。

 自分がその男と同類であり、いずれは自分も男と同じ運命を辿ると分かったから。

 

 その出来事があってから、ルディガーはいつも黙して語らぬようになった。ルディガーは賢明だった。口をきかず、自らの不注意から不幸を招き寄せることもなくルディガーは大きくなった。語らないルディガーを周囲の人間は阿呆とみなした。しかしルディガーはすべてを覚えている。常に自分の行動と置かれた環境について考え、それを記憶している。

 

 

 そしてルディガーは時たま思い出す。

 自分の運命が変わった日のことを。

 

 

 ルディガーが18歳の時である。村に地母神リアの司祭と称する男が来た。リアは夫である野生を象徴する男神タールとともに二柱の神として、東部や南部の農業地帯では広く民衆の信仰を集めている。

 

 ルディガーは一目見て気付いた。その男が一介の司祭でないことを。ルディガーは長年の観察で人と"風"にも相性があることに気付いていた。怒りっぽい村の暴れん坊には"赤い風"が、暗く陰気な男には"灰色の風"が、そして死期の近い人間には"紫色の風"が、それぞれその人間の近くに吹きだまっていた。

 そしてルディガーは野良仕事に精を出す者とは"緑色の風"が相性が良いことを知った。ルディガーは"魔女の目"を持つといえども農家の息子である。夜明けに起き、畑に出て、日暮れまで働き、太陽が沈めば床につく。その彼に"緑色の風"が引き寄せられ、彼もそれを拒まず、寧ろ望んで引き寄せようとしたのは言うまでもない。

 

 だからこそルディガーは、司祭の髪にツタの絡まったその容貌よりむしろ周囲5ヤードに渡って吹いている混じりけのない"緑色の風"によって、司祭がただの人間でないことを悟った。その"風"はかつて視た"魔女"の男の濁った"風"とは違い、純粋無垢そのものであった。

 

 彼が司祭の"風"に気付いたように、司祭も彼の"風"に気付いた。

 

 司祭はゆっくりとルディガーに歩みより、彼の前で立ち止まり、彼の薄灰色の瞳を覗き込んで低い声で尋ねた。

 

「君は……視えるんだね?」

 それで充分だった。

 ルディガーの目から涙が一筋流れた。それは人生で初めて理解者を得た者の涙だった。

 

 その夜ルディガーの家を訪ねた司祭は、ルディガーには才能があり、是非リアの司祭にしたいと彼の家族に申し出た。彼の祖父母も両親も上の兄も皆反対せず、ルディガーの幸運を喜んだ。彼の家族たちは自分たちとルディガーがどこか違う人間であることを薄々知っており、厄介払いできたことに安堵を感じていた。

ルディガーもそれに気付いていたが、素直に家族の言葉を受け入れ、家を後にした。

 

 

 ルディガーは司祭と2年、旅をした。

 始めに分かったのは司祭がヨナス=ゲーデルという名であり、やはりリアの司祭ではなく、"生命の魔法体系"を操る"翡翠の魔術師"(ジェイド・ウィザード)またの名を"精霊使い"(エレメンタリスト)であるということだった。

 そして、彼が素朴に"緑色の風"と呼んでいたものは"グューランの風"という名前があることを知った。

 "翡翠の魔術師"(ジェイド・ウィザード)が所属する"翡翠の学府"はリアとの関係が深いために、旅をする時はリアの司祭と名乗ることが多いという話も聞いた。

 

 ヨナスはルディガーが不用意に"魔力の風"に手を出さなかったことに感心し、褒め称えた。多くの似非魔術師がその好奇心で他人に危害を及ぼし、果ては命を落とすと言って。

 ヨナスは注意深くルディガーに魔術を教導した。"魔力の風"はおそらくこの世とは別にある"エーテル界"から吹いてくる、ということ。魔術師は別次元の存在である"魔力の風"を用いて、現世に影響を及ぼせる数少ない存在であること。故に魔術師は自らの私利私欲のために"魔力の風"を操ってはならず、そうした者には破滅だけが待っているということ。

 

 ヨナスはルディガーが物心ついた時から8色全ての"風"を見分けられた、と聞きその才能に驚愕した。通常魔術師は自分と相性の良い"風"1色を中心に、他数色しか見えないものである。しかし、8色を見分けられるということはそれらを混ぜて使う欲望に多く晒されることを意味する。"混沌"に墜ちた魔術師に救いはない。それはヨナスの長い経験で明らかだった。

 

 だからこそヨナスはルディガーに魔術師の信念を植え付けるのに長い時間をかけ、そして成功した。

 ルディガーが"魔力の風"を実際に用いる訓練を始めたのは2人が出会って1年が過ぎる頃だった。

 

 始め、ルディガーは今まで手を触れてこなかった"風"を触るのに躊躇した。しかし根気よくヨナスが説得し、初歩の初歩からゆっくりと進んだ。学びは遅かったが、着実だった。そこでまたヨナスはルディガーの才能を確信した。ルディガーはウィッセンランドで日中師匠の仕事を手伝い、夜は付きっきりで魔術について学んだ。ハードな生活だったが疲れは感じ無かった。

 

 1年かけて「白熱光」や「音響」といった一通りの初歩魔術を学んだ。ヨナスの指導力の賜物であったが、ルディガーの才能もまたそれに貢献していた。

 

 その夜ヨナスはルディガーに言った。

 "グューランの風"は森羅万象の成長する力を元にしている、と。そして是非帝立魔術大学校に入学し、"翡翠の学府"に入ってほしい、とも。

 

 ルディガーは頷いた。

 

 

 しかしそれからほどなくして、彼が生まれて初めて得た理解者であり、彼を導いた良き指導者であり、彼が他の何物よりも敬愛していたヨナス=ゲーデルとの突然の別れが訪れ、その最後の言葉を胸に、ルディガーは今新たな仲間と共に北へ向かっている。

 

 

 

 

 

 

 そして舞台はアヴァーランド、ムールフェルト。ひょんなことから、靴屋のベルトルドの仕事を請け負い、彼と共に隣村まで行くルディガーの目の前には、地平線に浮かぶ家々の群れ。

 

 

 そしてそれらの上には差し渡し1マイルはあろうかという"灰色の風"、より魔術師にとって馴染み深い言葉ならば、"ウルグの風"の巨大な大渦巻きが鎮座していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────

 

 

 ルディガーはいきなり立ち止まり、前方をはたと凝視して動かなくなった。残る3人は訳が分からず、振り向いてルディガーを心配そうに見つめる。

 

「あんた、どうしたんだ?」

 ベルトルドが尋ねた。

 ルディガーはそれに答えずに前方を注視したまま微動だにしない。

 しびれをきらしたベルトルドは今度はアルブレヒトに尋ねる。

「なぁ、この人持病でもあるのかい?」

 アルブレヒトもそれには答えず、固まったルディガーを見つめ黙っている。

 

 突然なにかに気付いた様子のアルブレヒトがルディガーに近づき小声で訊く。

「視えるのか?」

 ルディガーは視線を集落に合わせたまま、震えながらに頷く。

 アルブレヒトとイムラクはその答えの意味を理解すると振り向いて、集落に目を向ける。

 

 1人だけ状況を理解できないベルトルドも分からないなりに、村に注目してみる。

 突然アルブレヒトが首を動かさずにベルトルドに喋りかけた。

「なにか、何でもいい、あの村が普段と違うところはないか?」

 ベルトルドはそう問われ、目を凝らして村の細部まで観察した。数軒立ち並ぶ家々にも、村の中心にあるこじんまりとした広場にも、変わった点はない。ベルトルドもここに来たのは久しぶりだったが、以前と全く変わらない村の姿に質問の意図すら分からなかった。

「さあ、俺の知ってる通りの村だと思うけどなあ」

 

「いいや」

 

 声を出したのはイムラクだった。

「人っ子一人おらんぞ。子供も女も誰一人としてじゃ」

 

 言われてみればその通りだ。小規模な集落といえど、女子供も老人もいる。その上見てみれば、左右に広がる畑にも人の姿は無かった。不気味なまでの静けさに村は塗り固められていた。

 

 ベルトルドは突然沸き上がった不安感を押し返そうとして、無理に陽気に言った。

「村中が出かけてるのかもしれんなあ、気が早くて立夏のお祭りの日を間違えたのかも」

 

 誰もなにも答えなかった。

 

 ベルトルドは急にうすら寒く感じた。まだ3時を回ったほどだというのに。

 それを打ち消すように振り返って言った。

「村に人が見えないからなんだってのさ? みんな家の中にいるに決まってるさ。大人だって、ここから見えないだけで畑に出ているに決まっている。ここでああだこうだと言ってても埒があかない。とにかく行ってみれば分かるよ」

 アルブレヒトとイムラクは熱弁を振るうベルトルドを見つめ、何も口に出さなかった。ルディガーも相変わらず、集落から頑として目を離そうとしなかった。

 

 ベルトルドはそんなルディガーに嫌気がさし、大声を出して言った。

「そうだよ、あんただよ、あんた。あんたがいきなり変なことを始めるからおかしな空気になっちまったじゃないか。ずっと黙って、何も喋らないんじゃあ分からないよ。大体あんたに何が見えるってんだ、あの村は普段と何も変わらないぜ」

「ルディガーには視える」

 アルブレヒトが言った。

 

「何が見える?」

 ベルトルドはアルブレヒトに食ってかかった。

 

「人には視えないものだ」

 アルブレヒトは淡々と答えた。

「ばかな」

 ベルトルドは一笑に付した。

「人には見えないものが見える、って"魔女"じゃあるまいし」

 

 ベルトルドの脳髄に電撃が走った。

 弾かれたように、顔をルディガーの方に向け、その顔を穴の開くほど見つめる。全身から汗が吹き出すのが自分でも感じられた。足が震えだし、目を見開き過ぎて目玉が飛び出すかと思われた。ベルトルドは昼前に便所に立っていたことを今ほどありがたく思ったことはなかった。死んだ祖父の声が頭の中に響く。

 

「いいか、絶対に魔女なんかに近寄るんじゃないぞ。わしの曾祖父はあやつらの1人に靴を作ってやった。知らずにやったこととはいえ。そしてどうなったか分かるか? そいつが出来上がった靴を履いた瞬間、爆発が起きて、そいつもろともわしの曾祖父は吹っ飛んだんじゃ。いいか、決して魔女に近いてはならんぞ。あやつらは全員火炙りにすべき、ろくでなしなんだからな」

 

 ベルトルドは瞬間的に、今までの人生で魔術を操る輩に関わったばっかりに不幸な目にあったと聞く、2ダースばかりの人間を思い出していた。その中でベルトルドが一番悲惨だと思ったのは、魔術師の求婚を断ったばっかりにその魔術師に両腕と両足を入れ換えられてしまった肉屋の娘の話であった。その娘は以後2ヶ月間手で歩き、足でものを掴み食べなければならず、最後は哀れに思った魔狩人に剣で心臓を一突きにされたらしい(ベルトルドはその話を旅の行商人から聞いた。その時は全く信じていなかったが、今はどうしてその話が嘘と断ぜれるだろうか)。

 

 ベルトルドは口をぱくぱくと開けたり閉じたりし、目を白黒させて、ようやく一つの言葉を絞り出した。

「ま、ま、"魔女"! あんた"魔女"か?」

 

 今までずっと視線を動かさず、周囲を意に介しなかったルディガーがその言葉を聞くとビクッと体を震わせた。

 

「違う」と、アルブレヒトが否定した。

「ルディガーは"魔女"じゃない。ルディガーは師匠を持って、教育も受けたれっきとした"見習い魔術師"だ」

 

 それがどうした?

 今のベルトルドにとってルディガーが教育を受けたか受けてないか、などは問題では無かった。むしろ魔術の教育を受けた者など危険極まりないのではなかろうか?

 

 ベルトルドはゆっくりと集落の方に後ずさりながら言った。

「そんなこと分かるもんか、なんとでも言える。そいつが危険じゃないって証拠はあるのか?」

 

「危険なのは指導を受けていない魔術師だ、ルディガーは違う」

「どうかな、人殺しの指導かもしれないだろう?」

 ベルトルドにはむしろアルブレヒトや、イムラクの考えが分からない。話の流れから2人が魔術を使えない(ドワーフに関しては魔法が使えない代わりに魔術に対して抵抗力があると聞く)らしいのは分かるが、それでどうして一歩間違えれば周りの人間を巻き込みかねない魔術師のそばにいるのか。とんでもない連中に声をかけたと思いながら、ベルトルドはさらに後ずさる。3人との間はすでに20ヤードほど開いている。

 

 その時、全く突然に今まで黙っていたルディガーが声を張り上げた。

 

「そこで止まるだ!」

 

 突然ルディガーの叫び声を耳にしたベルトルドはその意味を考える前に、うわぁ、と大声をあげ、3人に背を向けて走り出した。既に恐怖はベルトルドの許容範囲を遥かに越えている。

 

 後ろでルディガーが他の2人に大声で、止めるだ、と言っているのが聞こえる。それはベルトルドの恐怖をさらに倍加させた。

 

 50ヤードほど走ったところで、摩可不思議な現象が起こりだした。不意に前方の景色が歪んだかと思うと、湿気もないのに霧がどこからともなく沸きだした。そのまま霧は濃くなり続け、直ぐに10ヤード先もはっきりと見通せなくなった。

 

 ベルトルドはこの現象はルディガーが怒ってやったことと思った。だから後ろを向き、声を限りに叫んだ。

「俺が悪かったー! いくらでも謝るから出してくれー!」

 叫んだ次の瞬間ベルトルドの目の前にアルブレヒトとイムラク、ルディガーが霧をかき分けて現れた。

 

 そしてベルトルドは自分の予想が正しかったことと、相手に誠意が通じたことを確信し、深く安堵し、そして天上のシグマーに感謝した。

 

 

 

 

 その時アルブレヒトが言った。

 

「閉じ込められたか」

 

 

 

 

 

 

 







>魔力の目。
八色の魔術の風が視える、特殊な才能。ゲーム的には技能〈魔力感知〉があるかどうかで判断。この能力を鍛えることも可能。

>魔力の風
北方から吹く魔力の源泉。八色に別れており、それぞれ一つずつの魔法体系と帝立魔法大学校の学府に対応している。

>緑色の風
正式名グューランの風。対応する魔法体系は生命の魔法体系。扱うのは翡翠の学府。

>灰色の風
正式名ウルグの風。対応する魔法体系は影の魔法体系。扱うのは灰色の学府。

>赤色の風
正式名アキュシーの風。対応する魔法体系は焔(ほむら)の魔法体系。扱うのは輝きの学府。

>紫色の風
正式名スィリッシュの風。対応する魔法体系は死の魔法体系。扱うのは紫水晶(アメジスト)の学府。

>タールとリア
タールは荒々しき野生の神。リアは慈愛に満ちた地母神。ともに田舎の農村で信仰される。

>魔狩人
公式、非公式問わず、違法な魔術師(似非魔術師や魔女)を捉えたり、混沌の信者、ミュータント、etc. を浄化する職務に就く者の総称。公式な者の代表はシグマー教団の聖堂騎士が挙げられる。
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