火と鋼の道で   作:ナナヒカリ

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とある語り部の語る一夜の物語

 さて、夜も更けて参りました。一つここいらで、物語りなど如何でしょうか。

 

 ……おお、これは失礼致しました。紹介も致しませぬに。

 

 わたくしはドルウェン。ドルウェン=セブンライツ。人は"七光の"ドルウェンと呼びます。

 そんなに怯えなさらずに。エルフだからといって、取って食ったり、罪なき百姓を捕まえて魔術の具材にしたりはしませんから。耳税もきちんと、片耳につき銀1枚納めております。

 

 もっと火に寄ってくださいな。わたくしは語り部、時には吟遊詩人、また時には名もなき旅人、巡礼、剣士、学者、狩人、お尋ね者、まあ様々な職には就いてきましたものの、語り部が最も性に合っております。

 なんと。わたくしの名を聞いたことがない。それは遺憾です。帝都では、道行く乙女にわたくしの名を知らぬ者などいないというのに。

 誇張が過ぎますか。まあ、よいではないですか。一夜の間の夢に過ぎぬ、語り部の戯れ言だと思ってください。

 

 さて、何の話を致しましょうか。実はもう決まっておるのですよ。

 わたくしが最も得意とする、英雄譚です。

 ただの英雄譚ではありませぬ。本当に、このオールドワールドであった勇者の物語で御座いますよ。

 

 オールドワールド、それも、我らが天主シグマー神聖帝国(エンパイア)でわたくしが実際に見聞きした、出来事です。

 疑いますかな。この帝国に英雄などいるわけがない。なるほど。そうお考えになりますか。

 それは違います。わたくしは、この長い耳で実際にそれを聞いたのですから。

 シグマーが帝国を建国し、神とおなりあそばしてから、およそ25世紀。もはや英雄の時代ではない。無名戦士の墓標で、モールの庭園は一杯だ。そうおっしゃるのもごもっともです。

 しかし、今からする物語は本当にあった出来事。本当に、この世界の片隅で起こった英雄譚。叙事詩にはならねど、その名は誰も知らねど、確かに彼らはこの大地に足跡を残した。

 

 前置きはいいから、さっさと話を始めろ。これは失礼致しました。なにぶん、歳を取ると話が長くなるものでして。そうは見えないでしょう。これでも人間の白髪の老人よりよっぽど長い時を生きているのです。

 では、もう少し輪を縮めて戴けませぬかな。もう少し火に近づいてください。ええ、そう。なんでかって。暗い夜に、物語をしていては、ふとした時に闇に引き寄せられるものですからね。信じませんか。それもいいでしょう。おぞましいスケイブンと同じです。笑いますか。いいでしょう、いいでしょう。ネズミが二本足で立って歩くなど有り得ないと。おっしゃる通り。実際に目にした者でないと、中々信じられぬものですよ、あれは。後で、その話も致しましょうか。

 

 取り敢えず、ある村から物語は始まります。

 例によって例のごとく、名もなき村人が主役です。彼が家の前で、椅子に腰掛け、うたた寝をしていると……

 

 なんですって。ラブロマンスは無いのか。ありますとも、ありますとも。当然ですとも。英雄譚に恋はつきものですよ、お嬢さま。そこには、身分を越えた二人の愛が。あらゆる障害を乗り越え、彼らは手に手を取り合い、旅路に出るのです。

 なんですって。謎解きはないのかって。ございますとも、旦那さま。謎が謎を呼ぶ、壮大な物語でございますとも。1本の糸がほぐれたかと思えば、2本の糸が絡みつく、巨大な糸玉でございますよ。

 今度はなんですかな。恐怖はないのかと、おっしゃいますか。タールの歯になれっこの軍曹殿も、恐怖譚がお好きと見える。それとも、慣れてしまったがゆえですかな。ふふふ。極上の恐怖が勇者を待ち受けておりますよ。

 ははあ。ウィットに富んだ笑い話が聞きたいと。ハーフリングの旦那は意外なことをおっしゃいますな。あなたさまのお顔の方がよっぽどウィットに富んで……おっとこれは失言。勿論、笑えるオチは用意してありますとも。

 今度は、ペーソスに溢れる悲恋話が聞きたい、ですか。ドワーフの趣味も酒蔵と同じで古臭い……おや聞こえていましたか、失敬。わたくし、ドワーフとは気が合いませんで、物語には幸せな結末を付けたいのですが、ご希望とあらばお話ししましょう。とっておきの、不幸なる、愛の結末を。

 

 さて、ご注文はこれだけですかな。まあ、話しながらでも、合いの手を入れてくだすって構いませんがね。勿論、わたくしの物語に夢中になっていなければ、の話ですが。

 

 では、くれぐれも暗闇に見いられませぬよう。夜は長い、オールドワールドの夜は特に。毛布は体に引き寄せましたか。夜は冷えますよ。くれぐれも凍えぬようにお気をつけを。人の心以上に冷たいものなど、ありはしませんがね。これは、わたくしの旅の一つの感想です。

 

 今から致すのは、勇者の物語。

 

 誇大に吹聴されるべきものではありませぬが、彼らの偉業をあまねく世に知らしめるためには致し方ありますまい。

 彼らは皆、それぞれが、それぞれのために旅へと出た。目的地のない『人生』という名の旅です。

 彼らの中には、弱い者もいた。臆病な者もいた。卑怯な者もいた。愚かな者もいた。しかし、それでも、彼らは世を救った。たとえ、誰も彼らに気づかなかったとしても。

 

 ご存じですかな。奇跡というのは、毎日起こっているのですよ。あなた方が気づかないだけで。

 

 さて、それでは始めましょうか。

 

 一つ、言い忘れていたことがありました。わたくしが話し続けている間は、なにがあっても席をお立ちになりませぬよう。なにがあっても、です。身の安全は保証致しかねますので、ね。

 ほら、今も、あなた方の後ろで赤い目が爛々と。いえ、振り向いてはいけません。気づかない振りをするのです。なにもないと、思い込むのです。気づいてはいけません。闇の中に潜む者たちを凝視してはいけないのです。

 

 先ほど、わたくし、失言を致しました。ああ、そちらではございません。ドワーフの方との趣味は合いませんとも。いいえ、スケイブンの方です。スケイブンが、いるかのようなことを言ってしまいました。スケイブンなぞ、いない、そうです。ええ、そうですとも。そうでなくてはいけません。おとぎ話の中だけの存在でいてくれなくては、困るのですよ。ほら、あなた方の足元に影が落ちているでしょう。尻尾の生えた、黒い影。だめです。気づいた素振りをしてはいけません。影なぞ、見えていないと、そう信じ込んでください。

 

 おや、数が少し増えましたか……いえ、こちらの話でして。ええ、話を続けましょう。どうぞ、お肉なぞお食べになっては。ええ。焼いた、こんがりと赤く焼けた、お肉。なんの肉かって。気にしてはいけません。どうぞ、どうぞ。

 

 ……はて。あなた方、さっきより1人多くはありませんか。いえ、きっとこちらの勘違い。おやおや、最後に座った方、脚が震えておりますよ。お顔の色も悪い。熱でもあるのですか。なにやら、珍しいペンダントをしておりますね。見たことのない、模様だ。いや、あまり見かけることのない、とそう言うべきでしたね。

 そんなに怯えなさらずに。ええ。たとえあなたの舌に目がついていても、わたくしはあなたの味方ですとも。いやいや、比喩ですよ。比喩。そんなこと、あるわけないじゃないですか、ねえ。おや、なにか言いたげですね。声が出ない、と。なるほど。いえ、ひょっとして、口を開けないわけでも。はは、いや、詰まらぬことを言いました。忘れてください。

 

 お肉でも食べながら、お聞きください。わたくしの語る物語を。くれぐれも席はお立ちにならずに。先ほどよりも影が増えましたか。揺れる影が足下に群れ集っておりますよ。いえ、まさか。冗談ですよ、冗談。本気になさらず。

 

 もしも、隣に座る方になにかあったとしても、そのままわたくしの話を聞き続けるよう、お薦めします。慌ててはいけません。

 ……おや、やっぱり数え間違いではなかったようです。最初と同じ数になりました。しかし、最後に来た方はそのまま座っていらっしゃる。……おっと、そのまま、そのまま。立ち上がらずに。

 

 ほら、肉が焼けましたよ。どうぞ、どうぞ。お食べください。頭から、ええ、かぶりついて。そう、そう。肉汁がしたたって、美味でしょう。

 

 勇者の物語、そう、先ほど言いましたかね。彼らは、皆、凡人だった。人に秀でたところも、劣ったところも持っていた。身分は、それほど高くはなかった。富を持っていたわけでもなかった。では、なぜ、彼らは勇者になれたのか。彼らとあなた方では、なにが違ったのか。それも、お話しする内に明らかになるでしょう。

 

 どうか、耳を塞がずに。ええ。恐ろしいですか。怖いですか。そうです、この世界は、残酷なのです。あなた方に優しくは、できていないのです。神に救いを求めますか。神は聞き届けてくれるでしょうか。そんなに都合よく、物事が進むでしょうか。

 ええ、どうか、耳を塞がずに。あなたが耳を塞いだとき、あなたは死ぬのです。この世界に対し、無防備になった瞬間、世界は、あなたに牙を剥くのです。

 

 鈍感でいるべきです。長く生き残りたいのなら。敏感になるべきです。長く生き残りたいのなら。

 

 あなたは、この世界の前に、どう立ち向かえますか。負けて倒れて、地に臥しますか。

 

 はい。物語をするのではなかったのかって。しますとも、しますとも。こんな話は聞きたくない、と。それもいいでしょう。

 

 しかしあなたは、聞かねばならない。

 

 この世界の残酷さを知らねばならない。そうでなくては、生き残れない。

 高々、語り部の語る一夜の夢と思っていましたか。時には、夢こそが真実であり、真実と思われていたものが、儚い夢なのですよ。これも、わたくしが旅で得た教訓です。

 

 夜は長い。ゆっくり、ゆっくり、話しましょう。最初の最初から。

 

 三度目にして、最後の忠告です。どうか、なにがあっても、席を立ってはいけません。闇に吸い込まれますよ。這い寄る混沌に、食われて、おしまいです。

 

 はは。まったく、今夜の語りはうまくいきませんね。いつもは、こうではないのですが。おや、今度は1人少ない。まぁ、いつものことですがね。どうもわたくしの話は長すぎるようでして、いつも話している最中に立たれる方がいらっしゃるのですよ。気にしないことにしておりますがね。

 

 わたくしが話し始めたら、最後まで止まることはありませんよ。その積もりでお聞きください。

 

 え。わたくしが物語に出てくることはあるのかって。それは聞いてのお楽しみ。そこまで言ってしまっては、話が面白くなりませんからね。

 

 唸り声が聞こえても、叫び声が聞こえても、どうかわたくしの話に集中してくださいな。わたくしの語りの面白さは聴衆の皆さまに懸かっておりますからね。

 

 では、いよいよ、物語の開幕です。

 

 勇者の物語。さっき言ったことを、少し訂正しましょう。あなた方と、彼らは違う。いや、そうではない。あなた方もまた、彼らになり得るのだ。あなた方もまた、英雄になるだけの可能性を秘めているのだ。

 

 これは、彼らの物語。そして、あなた方の物語。我らの物語。

 

 勇者の物語。

 

 始まりの舞台はわが帝国南部アヴァーランド、時は帝国暦2522年、春。勇者の名は、おいおい話しましょう。

 

 彼は、あなた方と同じ、ただの人間だった、弱く、儚い、人間だった。ハーフリングの方、ご安心を。暫しのちにハーフリングも登場しますので。ドワーフの方、まことに腹立たしい……いえ、不可思議なことに、この物語にはドワーフが登場するのです。それも第一幕より。わたくしにとっては残念なことに、エルフの出番はもう少し後ですがね。

 

 兎も角、彼は人間だった。のちの運命も知らず、彼はまどろんでいた。欺瞞に満ちた世界に包まれ、彼はまどろんでいた。その膜を破る者が現れるのです。

 

 まずは、彼以外の者たちが、なぜ旅に出たかを語りましょう。

 物語の序幕は、彼の物語になってしまうから。

 

 おっと、物語の題を言っておりませんでしたね。わたくしとしましたことが、大変な失策を致してしまいました。語り部失格ですね。

 

 この英雄譚には、まだ名前がありません。さしあたって語れるのが、わたくし1人だからですが。ゆえに、まだ名づけられていない。その物語に、名前はない。名前のない勇者たちの、名前のない偉業に、名前のない物語。

 

 いえ、名前はあるのです。彼らの名前も、物語の名前も。

 

 とりあえず、急場しのぎでなんですが、こういった名前で、どうでしょうか。彼らの辿った旅路がどういったものだったか、これで少しは分かるでしょう。

 

 今から語る物語、それは……

 

 

 

 『火と鋼の道で』

 

 

 

 

 

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