火と鋼の道で   作:ナナヒカリ

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第五話第一幕・2「女だけの世界」

 

 

「"鉄仮面"?」

 そう聞き返したのは、アルブレヒトだけではなかった。ルディガー以外の3人が貴婦人の言葉をおうむ返しした。

 

 婦人は頷いた。

「ええ。通称ですが」

「なぜ、そう呼ばれているんだ?」

 ベルトルドのぶしつけな物言いに少し苦笑いすると、婦人は続けた。

「仮面を着けているのですわ。マルタ!」

 そう婦人が呼ぶと、すぐに1人の召使いがとんできた。

「ハイ、奥様!」

「扇を持ってきて。今日は暑いわ」

「分かりました、奥様!」

 すぐに急いでパタパタと走り出すメイドをいとおしそうに眺めると、伯爵夫人は向き直った。

「最初の犠牲者が出たのは3ヶ月前ですわ。全部で11人、全て女性です。あとで詳しい情報はクリスタ──当家の執事です──がお伝えするでしょう。犯人の容姿はようとして知れません。あなた方にはその"鉄仮面"を、手段問わず、"排除"して頂きます」

「水を差すようだが──」

 アルブレヒトが言いかけると、先ほどの召使いがパタパタと駆け込んできて、恭しく女主人に扇を渡した。

「有り難う、マルタ。御褒美よ」

 伯爵夫人は、まだ少女と言えるほどの年頃のメイドの額に口づけをした。召使いは頬を赤らめると、勢いよく御辞儀をして立ち去った。

 伯爵夫人はカラカラと笑うと、アルブレヒトに問うた。

「なんですの?」

「……いや、その仕事の報酬を聞こうと思ってな」

 伯爵夫人はまた苦笑いをした。不作法なアルブレヒトの発言のせいなのだが、当人に自覚はない。

「そうですわね……。あなた方の働き如何ではありますが、『アヴァーヘイムまでの船舶の便宜』と『フォン=バーレンホルツ家の手形』ではどうでしょうか」

「『手形』……?」

 アルブレヒトは問い返した。聞き慣れない単語だ。

「ええ。当家の印章にこういった文面──そうですわね、『フォン=バーレンホルツ家の名に於いて、この者らに便宜を図ることを命じる。ヘンリエッタ=フォン=バーレンホルツ』とかですわね──を書き添えたものですわね。当家はそれなりに名のある家系ですから、随分あなた方に役に立つと思いますが」

 確かにそれは便利だ。だが──

「どうして、そこまで?」

 伯爵夫人は満面の笑みを浮かべた。

「それは可愛いグレートヒェン嬢の頼みですもの」

 なにやら不純な雰囲気を感じたものの、アルブレヒトは気にしないことにした。

 

「それともう一つ聞きたい。なぜそれを俺たちに?そういった仕事なら警備隊の領分だろう。市の中に役に立つ連中もいると思うが」

「賞金目当ての破落戸(ごろつき)では当てにはなりませんことよ。もう6人も牢屋に放り込まれましたが、まだ凶行は続いている。賞金は金貨で7枚ですわ。欲しければ、首をとってきてくれたら当家の方で差し上げますわよ。それと、なぜそれを市の警備隊に頼まないか、ですわね」

 伯爵夫人は側に立つ、片眼鏡をつけた執事に目配せした。執事は頷くと、部屋の外を覗き、誰もいないのを確かめると、扉を閉め鍵をかけた。窓のカーテンを手際よく引き、暗い密室を作りだす。

 

 夫人は、そんな雰囲気の中、まるで世間話でもするかのように、話し始めた。

「今からその答えをお話しする前に、1つ、訊いておきたい質問がありますわ。あなた方、グレートヒェン=フォン=リヒトシュタイン嬢の味方ですか?」

「それが、どう──」

「そうなら、なにも問題は御座いません。しかし、違うなら、あなた方のとる道は2つです。何も聞かなかったことにしてこの街を出るか、もしくは永遠に出られなくなるか、どちらかですわ」

 

「お答えください。あなた方はグレートヒェン嬢の味方かしら?」

 

 一行は沈黙した。

 その沈黙を破ったのは、アルブレヒト。むしろ、彼しかその沈黙を破れる男はいなかっただろう。

「そうだ。俺は、グレートヒェン=フォン=リヒトシュタインの味方だ」

 

「シグマーにかけて誓えますか?」

 伯爵夫人は重ねて訊いた。

 アルブレヒトは淀みなく答えた。

「タールにかけて、大地と、木々と、骨にかけて誓おう。俺は、グレートヒェン=フォン=リヒトシュタインの味方だと」

 

 「大地と、木々と、骨にかけて」

 それは、タール信徒の誓いの文句。

 

 そこは、相手の言うように、シグマーにかけて誓ってもよかった。しかし、アルブレヒトにはそうはできなかった。彼にとって、本当に祈るべき神はタールだったから。

 タール。彼の故郷、ウィッセンランド、その辺境の村で拝められていた狩りと野生の神。南部の田舎ではどこもそうだが、そこでもシグマーやウルリックよりは、タールやリアの信仰が盛んだった。違いがあるとすれば、そこのタール信仰は他の場所よりやや熱心だった、というところか。

 とにかく、彼、アルブレヒトの心に刻まれたタールへの思いは強く、固かった。それは幼い頃の思い出と深く関係していたのだが。

 

 アルブレヒトは神に祈るとき、まずタールに祈った。以前、神前での決闘裁判の時も、シグマーの教会であったがタールに祈ったものだ。神に誓うとき、彼はまずタールに誓った。

 だから、彼がタールに誓ったのは、彼の意志の表れだったのだ。たとえ、他の誰にもそうとは分からなくとも。

 

 彼の小さな赤毛の友人も声を張り上げた。

「わしも、ドワーフの祖神グルングニに誓おう。あの若き当主、グレートヒェン=フォン=リヒトシュタインの味方であると」

 

 鮮やかな黄色髪の男も、口を開いた。

「おらも誓うだ。女神リアに誓い、おら、ルディガーはグレートヒェン=フォン=リヒトシュタインの味方である」

 

 4人目の男が慌てて続いた。

「ええっ。シグマーに誓うの、おれだけ!? じゃ、おれは、シグマーに誓って、グレートヒェン=フォン=リヒトシュタインの味方です」

 

 貴婦人はじっと4人の目を見つめたのち、にこやかに微笑んだ。

「よろしい。分かりました。お話ししましょう」

 

「今からお話しするのは、この街シュトライッセンの偽らざる現状です。現在、この街では誰が誰の味方なのかは定かではありません。既にお気づきのこともあるかと思いますが」

 アルブレヒトは思い出した。関所番の言ったこと、道を訊いた者たちの反応、街の雰囲気。

 

「歴史からお話ししましょう。この街、シュトライッセンは前世紀の途中から20年ほど前まで、自由勅許都市でした」

「じゆーちょっきょとし?」

 ベルトルドが問い返した。

「帝都アルトドルフやナルンのような、為政者から自治の特権を賜った都市のことです。もちろん、様々な利点もあります」

 やはり、ベルトルドには分からないようだ。アルブレヒトにもあまり実感は湧かない。

「今は違うのか?」

 

 その発言を聞き流して、伯爵夫人は話し続けた。

「シュトライッセンは自治を得た当初は、各階層が協力して発展しておりましたわ。

しかしながら、2502年に起こった不作による飢饉、そしてその結果発生した都市住人による暴動、それを当時の市政を握っていた参事会は警備隊の武力だけでは鎮圧できなかった。参事会は泣く泣くアヴァーランド中央の選帝侯に州軍の派遣を請願しました。当時の女選帝侯ルドミラ=フォン=アウプトラウム側の提示した条件は、自由都市勅許の返上」

 

 そこで伯爵夫人は話すのを一旦止め、執事に「喉が渇いたわ。マルタに水を持ってくるように言ってちょうだい」

 

 そして、また話し始めた。

「勿論、余りにも高い代償ですわ。当時の参事会も紛糾しました。しかし、結局、参事会の出した結論は『勅許を返却し、暴徒を鎮圧してもらう』というもの。それを受けた選帝侯側は速やかに行動を起こし、騒動は鎮まりました。

……暴徒を鏖殺(おうさつ)することに依って。老若男女、あらゆる人間は問答無用でハルバードに串刺され、血で染まらぬ街路はなかった、という話です。シュトライッセンが"虐殺"の代名詞となった、それが理由ですわ」

 

 そのとき、扉がノックとともに開き、水差しと碗を載せた盆を捧げ持った先ほどと同じメイドがトコトコと入ってきた。水を注いだ碗を無言で一口飲むと、伯爵夫人は手で、下がってよいと合図した。

「しかしそれと"鉄仮面"と、どう関わりがある?」

 執事が再び、メイドが出ていった後の扉を閉め、施錠した。

 

「まだ話は続きますわ。中央が為した次の施策は、学問機関と統治機関への介入──当市には昔から大学校が置かれ、広く学問が盛んな土地柄なのです──そして、反中央の学者は皆教壇を追われ、参事会は解散、現在この都市は選帝侯の名において代官が治めております。

もっとも、その権力の基盤は、実に危ういのですが」

「なぜ?」

 アルブレヒトの疑問に答えたのは、ベルトルドだった。

 

「選帝侯が、いないから、か」

 

「その通りですわ。前選帝侯は2年前に殺害され、後継者は定まっておりません。なおかつ、"混沌の嵐"で帝国内は未曾有の危機にみまわれました。アヴァーランドとて、例外ではないのです。大量の軍の派遣は、伊達や酔狂で行えることではないのですわ。当市にとっても、大変な負担でした。

これで、当市の状況は大体理解できましたか?」

 

「ああ、だが──」

 伯爵夫人は手でアルブレヒトを遮った。

「おお、お待ちになって。なにを言いたいかは分かりますわ。『それと"鉄仮面"となんの関係がある?』」

 伯爵夫人はアルブレヒトの口まねをしてみせた。イムラクとベルトルドが吹き出した。アルブレヒトはイムラクの方をにらんだ。

 

 伯爵夫人は話を続ける。

「関係は大有りなのですわ。今、この都市は揺れております。誰かが、火種を投げ込みさえすれば、ポンとハジけてしまうほどに。"鉄仮面"は大きすぎる火種です。それが、誰の陰謀か、分かりませんが」

 左右に手をやり、暗い室内を指した。

「誰がどこで聞いているのか分からないのですわ。10数年前、アヴァーランドの政治の頂点は、突如フォン=アウプトラウム家からライトドルフ家へと替わりました。どれほどの媚薬、毒薬が、どれほどの金貨が、密書が、どれほどの刺客が、内通者が用いられたか分かりますか? あなた方には理解できないことでしょうが、それが上流社会なのです」

 

 確かに、アルブレヒトには分からない。グレートヒェンなら分かるのだろうか?

 

「グレートヒェン嬢の手紙には、ヴュッペルタルの参事会にて商人ギルドが貴族の議席を奪う動きが出てきているとの旨、書いておりました。本当ならば、その背後には必ずや、アウプトラウム家の影があることでしょう。ライトドルフ家の基盤は最早、シュトライッセンとヴュッペルタルだけなのですから。アウプトラウム家は虎視眈々と返り咲きの機を狙っております。此度の"鉄仮面"が、暴動を再び引き起こし、シュトライッセンを再び握ろうと画策するアウプトラウム家の(はかりごと)でない証拠などないのですわ」

 妙齢の夫人は椅子の上で手を組んだ。

「先ほど、グレートヒェン嬢の味方か聞いたのはそのためです。グレートヒェン嬢はヴュッペルタルのライトドルフ派の貴族です。わたくしと同じ派閥に属する者ですわね。つまり、グレートヒェン嬢の味方なら、わたくしの味方でもあるということですわ」

 身を乗り出して続ける。

「勿論、"鉄仮面"が自治を狙う市民の1人であり、貴族階級への復讐のために婦女子を狩っていても言語道断です。もしくは、市当局が密かに反抗的な人物を殺しているのかもしれません。わたくしですら、当局の全ての行いまでは知ることはできないのですから」

 

 夫人は深く息を吸うと、最後にこう言った。

「なんにせよ、要らぬ混乱は破滅の元ですわ。速やかに現状割れつつある薄氷をなんとかせねばなりません。そのために、薄氷に突き立つ刃、"鉄仮面"を排除してもらいます」

 

 アルブレヒトは左右を見た。イムラクは頷いた。ベルトルドも頷いた。ルディガーは宙を見つめていた。

「ルディガー」

「ん、んん……」

 ぼんやりとルディガーは頷いた。

 アルブレヒトは頷いた。

「分かった。引き受けよう」

 

「おお! きっとそうしてくださると思っておりましたわ! 流石はグレートヒェン嬢の見立てた人たちですわね! では、早速シャリアの修道院に向かってくださいな」

 アルブレヒトは呆気にとられた。

「どうして」

 

「いるのですわ。1人。生き残った犠牲者が」

 

 主人の合図に答えて、執事が窓のカーテンを勢いよく引いた。明るい午後の光が燦々と差し込み、しばし人々の目を、眩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、お話はお仕舞い。後はクリスタにお訊き下さいね」

 屋敷の女主人は、そう告げると振り返らずに部屋の扉を開けた。手を止めて、「クリスタ、マルタに上がってくるよう伝えて頂戴」

「了解致しました」

 扉は音をたてて閉まった。

 

 イムラクは息をついて、部屋を眺めた。豪華絢爛な部屋だ。大仰で時代がかっている。先ほどの女主人もそうだ。装飾品を山のように身に付けていた。他の人間は知らないが、イムラクの目には、さほど悪趣味にも見えなかった。もっともドワーフの審美眼が信用できるか、は別の話だ。きらびやかで時代がかった装飾を好むのは、ドワーフも一緒だ。だからアヴァーランドには、ドワーフが多いのだろう。

 

「では、わたくしが話を続けさせて頂きます。執事のクリスタです」

 幾分落ち着いた服装の執事が一礼した。胸元をしっかり締めている。単眼鏡(モノクル)がキラリと光った。

「"鉄仮面"の犠牲者は11人、死亡者は10人。あなた方の仕事は次なる惨劇が起こる前に、それを食い止め、"鉄仮面"を無力化、そしてこの街から除くことです」

 "除く"、"排除"。体のいい言葉を使っているが、要は"殺せ"ということか。そう言えばいいものを。イムラクはため息をついた。

 執事は、イムラクのため息を別の意味にとったようだ。

「ご安心ください。こちらも、持ちうる情報は提供致します。殺された者の詳細な一覧も御座いますが」

「それは今はいい。今からシャリアの修道院の生き残りに話を聞くまでに、必要なことだけ教えてくれ」

 アルブレヒトが答えた。

「了解致しました。殺されたのは、商人の娘、妻がそれぞれ2人ずつ。貴族家の子女が4人──いずれも爵位が高くないのが幸いですが──、職人の娘が1人、出稼ぎに来た農婦が1人です。今から話を聞きに行って頂くのは、鋳物職人の娘です。歳は16。左腕の肘から先と、右脚の太ももを切断されましたが、警備兵が通りかかり一命をとり止めました。5日前の出来事です。それ以来"鉄仮面"は犯行を行っておりません。恐らく潜伏して機会を窺っているのでしょう。つまり、次の犯行の前に捕らえるには今しかない、ということです」

 イムラクは犯人の残虐な振る舞いに怒りをおぼえた。手足を斬っていたぶるとは! 性根が腐ったやつに違いない!

 

 アルブレヒトが別の側面から、その事実を指摘した。

「ちょっと待て。腕に脚を斬って殺せないってのは、よっぽど腕が悪いのか?」

「違いますわ。犠牲者は全員、見つかった時には()()()()()()にされているのです。傷跡は全て鋭い刃物で一閃にされていますから、むしろよほど手馴れた者の仕業でしょう。楽しんでいるのですよ。殺しを」

 アルブレヒトは苦い顔をした。イムラクも、唾を吐きたい気持ちになった。高そうな絨毯だったので、それはしなかったが。

「場所は、"シャリア通り"から"シグマー通り"、また"ヴェレナ通り"へと至る道沿いです。市の南部の広い範囲が含まれるので、あまり犯人を絞る助けにはなりませんが……。市当局は一殺人者に対処して警備兵を増員し、市民の反感を買うことを恐れています。犯行が夜分に行われていることから、市民の夜間の外出は控えるように布告されてはいますが、後ろ暗い人間や自警団、賞金稼ぎなど夜に出歩く者は少なくないですね」

 

 執事は、とりあえずこんなところでしょうかと言って、立ち上がると、一同を先導して部屋を出た。出ると、大声で、「マルタ! イリス! 来て頂戴」

「ハイ! ただ今」

 返事がしたかと思うと、パタパタと足音をたててメイドが2人、走って寄ってきた。マルタは先ほどもいた薄い金髪の少女、イリスは栗毛だ。マルタの顔は小さく端正に整っており、対するイリスは大きな目に少し赤い鼻と活力に溢れた顔だ。イリスには微かにそばかすがあった。総じてどちらも可愛らしい部類に属するだろう。イムラクには興味のないことだが。

「マルタ。奥様がお呼びよ。御部屋に参上しなさい」

 執事は素っ気なく用件を告げた。それを聞いた少女の顔は真っ赤になった。

「あ、あの、クリスタさん。()()ですか?」

「早く行きなさい」

「は、はい」

 少女は慌てて、巻き毛をなびかせて去っていった。執事は単眼鏡の下から冷たい目でそれを見ていた。

 視線を替え、もう一人の召使いに目をやる。

「イリス。あなたは、彼らをシャリアの修道院に案内する役目よ。彼らに付いて、ネッティから話を聞きなさい。修道院長の許しは得られると、思うわ。その後は、彼らに仮の住居を見繕って貰える? お金はこれで足りると思うけれど」

 執事は、少女に財布を渡した。少女は慌ててそれを両手で受け取ると、大事そうに懐にしまった。

「あなたには、この先、フォン=バーレンホルツ家と、彼らとの間の連絡役になって貰うわ。きちんと紹介を済ませておくことね」

 執事はそう言って、彼らを門の外に押し出した。門が重々しい音をたてて閉まった。

 

 

「ハァ……」

 目の前の少女が気の抜けた声を出した。

「で、どうしましょう?」

 一同を見回して、困ったように尋ねた。

「どうしましょうって言われてもなあ」

「取り敢えず、シャリアの修道院の場所は知っているが、そこに行くんじゃないのか?」

 少女はハッと気づいたように、「アワワ。そうでした。そうでした」

 そう言うと、急いで道をスタスタと歩いていく。アルブレヒトたちは後を追った。

「お主、イリスというのじゃな」

 イムラクは短い脚をせわしなく前後させながら、少女に話しかけた。

「あ、ハイ。バーレンホルツ家にお勤めさせて頂いております。イリスと申します。どうぞ宜しくお願い致します」

 歩きながらペコペコと頭を下げる。歩道の出っ張った石につまずいて、転びかける。

「アワワッ」

 要するにおっちょこちょいなのだな。イムラクは合点すると、自分らの名を教えた。

「わしがイムラク。この男がアルブレヒト、そやつがルディガー、そしてこいつがベルトルドじゃ」

「エ、エーと、イムラクさんに、アルブレヒトさん、ルディガーさんに、ベルトルドさん。ハイ、覚えました!」

 少女は指さし確認すると、元気よく返事した。イムラクは少女の態度の裏表のなさに好感を持った。

 

「おい、俺たちはシャリア修道院の場所は知っている。俺たちが話を聞いている間に、俺たちの住むところを探してきた方がいいんじゃないのか」

 アルブレヒトが、少女にはあまり関心を払わずに言った。

「ウーン、いえ、ご案内致します! それがわたしの仕事ですから!」

 少し迷った少女もハッキリとアルブレヒトの提案を拒否した。アルブレヒトもただ、「そうか」と返す。

 イムラクには、アルブレヒトの魂胆が分かった。要はこの少女に、自分たちの会話を盗み聞きされたくないのだろう。人を信用しないにもほどがある、イムラクは思った。そして少女とアルブレヒトの架け橋になってやろうと思った。余計なお世話であることは言うまでもない。

「それに、わたしが行かないと話は聞けないと思いますよ。シャリア様の修道院長って怖……厳しい方なんですから。顔を知って頂いてるわたしがいないと!」

「ほう。なにか繋がりがあるのか? あんたの働いてる家と、その修道院に」

「ええ、バーレンホルツ家はシャリア様の修道院にたくさん寄付をなさっているんです。それで顔がきくんですよ。それに、ケガもしてない男の人だけで修道院の奥まで行くのを、あの修道院長が許してくれるかどうか……」

 シャリアの司祭には女性しかいない。有名な話だ。その修道院では男性は禁忌である。治癒の祈りを捧げるのに、女性の方が適しているのかどうかはイムラクは知らないが。

 

 イリスの噂話はとどまるところを知らなかった。

「今の修道院にいらっしゃるシャリア様の信者の方たちの中には、凄い美人がいるって評判なんですよ! なんだか知りませんけど、"ノコギリ三姉妹"って呼ばれてるみたいですけど……。まあ、お顔を拝見したときは、そんな危ない人にも見えなくて、ついつい見とれちゃいましたよ。奥様がシャリア様にたくさん寄付するのも、それが目的なんじゃないかって召使いの間では噂に──」

 ハッと気づいた少女は口をつぐむ。沈黙の中、アルブレヒトが、「さっきマルタとかいう召使いが呼ばれた目的はなんだ?」

 少女は黙った。口を開き、ア、と言うとまたつぐむ。もじもじとした後、上目使いで嫌そうに言った。

「……それ、あんまり言いたくないんですけど」

「そう──」

 か分かった、と続けようとしたアルブレヒトをイムラクが遮り、「誰しにも言いたくないことはあるものじゃ。あんまり無理に聞き出すものではないぞ」

 アルブレヒトは苦々しげにイムラクを見た。

「お前、今俺もそう──」

「聞きたいことを質問するのはよいが、少しは相手の気持ちも考えんとな」

 イムラクは(相手の言い分を全く聞かずに)諭した。ベルトルドに会ったときに全く真逆のことを思ったことなど、既に記憶にはない。

 

「うわぁ、ドワーフさんって良い人なんですね! 有難うございます!」

 感激したのはイリスだ。自分より小さいイムラクに駆け寄ると、手を握ってブンブンと振る。誤解されたアルブレヒトこそいい迷惑だ。ため息をついてあさっての方向を見る。

「なに、当然のことを言ったまでよ。むしろこちらが、仲間の非礼を謝ろう。すまぬ」

「いいんですよ、そんなぁ! ドワーフさんって誠実な方なんですね」

「できれば、イムラクと呼んで下さらんか。わしもお主をイリスと呼ぼう」

「あっ、すいません!でも、そんなお客様を呼び捨てだなんて……」

「いいのじゃ。わしとお主はもう友じゃからな」

「えっ! わたしがドワーフさんと友達になってもいいんですか!」

 イリスはポッと頬を赤く染めた。

 仲良さげに喋るイムラクとイリスを尻目に佇むアルブレヒトの肩を、ベルトルドがポンポンと叩いた。

「元気出せって」

「別に落ち込んではない」

 ルディガーはなにを考えているのか分からない顔でボーっと突っ立っている。

 

 

 何一つ変わらない日常。街に"鉄仮面"という名の殺人者が潜んでいることを除けば。

 

 

「ええっと、着きましたね!」

「見れば分かるがな」

「またお主はそうやって人の気持ちを考えない発言をする」

「まあまあ、お二人さんともそう熱くならずに」

「俺は熱くなってないが」

「…………日が傾いてきただな」

 5人はシャリアの修道院の前にいる。修道院には今はもう人は並んでいないが、参拝客は多少はいるようだ。治療を受けに来た者もその中にいるだろう。

 5人は中に脚を踏み入れる。通りかかったシャリアの白衣を着た入信者に、イリスが話しかけ、バーレンホルツ家の名前を出して修道院長に取り次いでもらうように頼んだ。

 5人は、その入信者に奥の別室に案内された。待ち始めてしばらくして、1人の神服を着た老婦人が現れた。

「お待たせ致しました。当修道院を治めております、ヨハンナ=アイゼスビンデンと申します。以後お見知りおきを」

 目元には深い皺が刻まれ、手は皺ばって固くなっているも、震えも見せずに胸の前で組まれている。一見して賢く、鋭敏な女性と知れた。

「ご用件を伺いましょう」

「ええっと、こちらの方たちがバーレンホルツ家が"鉄仮面"捕縛のために雇った人たちです。それで──」

「生き残りと会わせて欲しい」

 アルブレヒトがイリスを遮り、単刀直入に言った。ヨハンナ院長は苦い顔をした。快く思っていないのは明らかだ。

「ネッティは依然重傷であることに変わりありません。容態は安定に向かっているとはいえ、精神を不安定にするかもしれない人たちを中に入れるのは、わたしは賛成しかねます」

「そ、それでも"鉄仮面"捕縛のためには必要なことなのです。事実、その目で確かに"鉄仮面"を見たと言えるのは彼女だけ──」

「犯人を野放しにしておく方が、その女の心に悪い影響があると思うが」

 またも、アルブレヒトはイリスが喋っている間に割り込んだ。どうもこの2人は相性があまり良くないようだ。イムラクは自分の役目を再確認した。

「え、ええっと、バーレンホルツ家が常にシャリア様の御心にかなう行動をとってきたことは、修道院長様もご存じのことと思います。ぜ、是非お許し願いたく……」

 イリスが頭を下げ、ヨハンナ院長はため息をつく。

「分かりました。あまり長い時間はいけませんが、少しだけなら許しましょう」

「あ、ありがとうございます!」

 イリスが喜んで、お礼を述べた。自分の仕事が果たせるので安堵しているのだろう。

 

「では、案内を呼びましょう。バルバラ。入っておいで」

 はい、という声が部屋の外から聞こえるのと、イリスが「あ、"ノコギリ"の……」と呟くのが同時だった。院長はジロリと睨む。

「あっ」

 イリスがやば、と口を手でふさいだ。最早後の祭りだが。

 入ってきた女性はにこりと微笑むと、「どうも。"鋸曳き(のこびき)の"バルバラです」と言った。

 それは若く美しい、春の野原を思わせる女性だった。イムラクの頬が赤くなる。ベルトルドがやにさがった。アルブレヒトがため息をついた。ルディガーは相も変わらず、空を眺めている。

 それは日常。4人とも日常の空気を満喫している。今は、の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





>自由勅許都市
自治を許された都市。

>タール
野生と狩りの神。広く田舎で信仰されている。

>リア
タールと対になる女神。豊穣の神。

>シグマー
言わずと知れた帝国の建国者。ウンベローゲン族の族長。ドワーフの王より賜った戦槌ガールマラッツと双尾の彗星がその象徴。

>シャリア
慈悲と治療の神。信徒は人を傷つけてはならない、という教義がある。

>グルングニ
ドワーフの祖神。ドワーフは人間とは違う神を信仰している。エルフ、ハーフリングも同様。


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