火と鋼の道で   作:ナナヒカリ

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第五話第一幕・5「知りすぎたドワーフ」

 夏を告げる陽射し。ベルトルドは昨日が夏至の、"太陽動かず"(ゾンシュティル)だったことを思い出した。

 

 一歩を踏み出せば、膝の力が抜けた。ガクガクと膝が笑いだし、止まらない。支えられない膝を懸命に叩く。

「くそ。止まれ、止まれったら」

 背後から腰をドン! と叩かれた。慌てて二三歩よろめく。振り向けば、イムラクがいた。

「ふはは。止んだじゃろう」

 確かに、膝はもう震えていなかった。

「なに、案ずるな。わしもついておる。アルブレヒトたちもおる。どうとでもなろうぞ。仲間を信じるのじゃ!」

「そんなこと言ったって……。イムラク、お前、怖くないのか?」

 イムラクは自分の胸を拳でドン! と叩いた。

「わしが恐れなど抱く筈があろうか!」

 見れば、膝がプルプルと震えている。ベルトルドはプッと吹き出し、イムラクの肩をパンパンと手のひらで叩いた。

「んじゃ、行きますか」

「ほ、本当じゃからな! 疑っとるのか! おい、ベルトルド!」

 

 

 

 彼らの役割は、昨日の夕方に会った多少イカれた──変な──ドワーフを探すことである。アルブレヒトは、大事な手紙の入った財布を取り戻しに行くルディガーに付いていき、残ったベルトルドとイムラクがその任に当たることになった。"鉄仮面"捜索は、一時お預けである。

 

「お、あんたら、昨日の客か。変なドワーフねえ……。そんだけじゃ、どうにも分からんなあ。この物忘れの薬を買ってくれたら、思い出せるかも……買わない? ヘッ、ケチな連中だぜ。確か、この街に住んでるドワーフをまとめてる奴がいるって話だ。そいつに話してみな。名はラングルンド。この"ハントリッヒ通り"をずっと進んで、"シャリア通り"に当たったら、左に曲がる。デカイ金物屋の主人だから、直ぐに分かると思うぜ。なあに、例は要らねえ。昨日、イカサマ薬を買ってくれたもんなあ、エッヘッヘ。……じょ、冗談だって」

 ──"ハントリッヒ通り"に店を構える薬屋

 

 

 

「はい。わたしが当店の主人を務めております、ラングルンドで御座います。何卒、ご贔屓に。……ふむ、ふむ。"変な"ドワーフですと? それはドワーフ族全体に対する偏見と承っても……おっと、そちらのお連れの方もドワーフでしたか。では当市に移り住みなさる? なんと、一時的に滞在なさると。これは、なんとも間の悪い……いえ、お忘れを。そのドワーフの特徴をお聞きしても? 褐色の髪と髭、口髭がはねていた、ボロボロの服、身長はわたくしよりも低い……。間違いありませぬな。それは十中八九スノッリで御座いましょう。なにをしておるやら、わたくしどもの互助会にも出ず──会費すら払わないのですぞ! 同胞を思いやる心がないったら──酒場をブラブラしては酒を飲むのが日課の、飲んだくれでドワーフの面汚しの様なやつですよ、あいつは! 失敬。とにかく、あんなやつに拘らなくても宜しいのですぞ。なんですと? スノッリの住居が知りたいと? なにせ互助会にも出ない、同胞と付き合いもしないという──あなた、"トロール殺し"の連中を見たことありますかな? アレにそっくりですぞ。あの連中も、戦場に居ないときには酷く付き合いの悪い連中ですよ。当市にはおりませんがね。もっとも、この街に居ったところで、闘う相手が出てくるとも思えないのですが──愛想のないやつですから、なんとも。入り浸っていた酒場をお教えしましょうかな? いえいえ。わたくしはそんなところ行ったことはありませぬ。人伝いに聞いたのですがね。この街で一等大きな酒場で、名前を『オークの生首亭』と言います。道で聞けば、誰でも分かりますよ。では、仕事が溜まっておりますのでこれで。ああ、そちらのドワーフさん。名前は? ふむ、イムラク。《(カザリッド語で)イムラクよ、この街の連中は、酷くイカれたやつらばっかりじゃからな。頭のイカれたのがうつるとスノッリのようになってしまうぞ。互助会に入りたいのなら、銀一枚を持って、わしのところに来い。悪いようにはせん。忘れるなよ。人間の社会に深入りしても、益はないぞ》では、またのご贔屓を」

 ──ラングルンド、市で最大の金物屋「グルングニの穴蔵」の主人

 

 

 

「『オークの生首亭』? あそこに行きたいのかい? そりゃ、俺も今から行くところだからさ。案内するぜ。いや、この通りじゃない。"シュトライッセン市立大学通り"にあるのさ。今は、"ヴェレナ通り"って名前だけどな。あんたら、この街に来たばっかかい? 酷い話だと思わねえか? 街の通りの名前まで変えるとはよ。勅許があった頃の偉いさんの名前がついた通りなんて、軒並み変わっちまってよ。銅像は金槌でぶっ壊す、大学の学者様は槍で追い立てる、税は前よりも厳しく取り立てる、まったく好き放題ってのはこのことだよなあ? でも、俺たちだっていつまでもやられてばっかりじゃねえってのな。っと、これ以上は言えねえや。来たばっかりのやつにゃあね。ん? 大学? ああ、この街には大学が二つあるのさ。シュトライッセン市立大学校とシュトライッセン市立医学大学校。市立大学校には、史学部と法学部と神学部がある。医学大学校の専攻は、医学と薬学に分かれてるよ。なんで知ってるのかって? ああ。『オークの生首亭』じゃあ、時々、大学から"急進的"だってんで追い出された先生方が俺たちに"世の中の仕組み"ってやつを教えてくれるのよ。シグマー神殿の入信者、習わぬ経典を読むってな。いやあ、今日"講義"がなくて残念だったなあ。あの先生の話を聞くと、やっぱり俺たちには"自治"が必要なんだって思えてくるものな! ……ん、スノッリ? ああ、よく先生の話を聞いてたドワーフか。いや、喋ったことはないね。そういや、ここ最近姿を見せてなかったと思うが。三ヶ月くらい前にブラッと現れた風来坊だね。どこに住んでるかなんて、全然知らないよ。……と、ここが『オークの生首亭』さ」

 ──仕事上がりの職人

 

 

 

「ああん? スノッリの居場所だと? てめえら、警備隊のイヌか? 違うな。それにしちゃあ目付きが鋭くねえ。まだ、あまっちょろいひよっこの目だ。まあいい。ここは酒場だ。なんか頼みな。ビール、ね。……ほいよ。で、なんでスノッリの居場所なんて知りたいんだ? …………ああ? ()()()だと? あいつからそんな話聞いた覚えはねえな。顔も似てねえし、髪の色も違う。まあ、確かにそんな従兄弟なんぞ山ほどいるだろうが。ほう、戦乱の北から逃げのびてきて、なんとか遠縁の従兄弟を頼ってアヴァーランドまで逃げてきただと? 親戚はみんな死んじまって、もう名前しか知らない従兄弟しか頼れるやつがいねえ、とな。…………グスッ……泣かせる話じゃあねえか。……いいぜ、このビールは俺の奢りだ。たらふく飲んでくんな。……だが、スノッリだがよう。従兄弟のあんたにこんな話は聞かせたくないんだが……ここだけの話、もう生きてねえと思うんだ。いや、昨日今日来たばっかりのあんたじゃ分かんねえと思うんだが、この街ゃあ、今相当にヤベエ状態なのさ。不審な連中が次々しょっぴかれてる。それで今日は"先生"の講義もなくなっちまった。みんな戦々恐々なのさ。恐怖政治の再来だと思ってる。あの虐殺よ、もう一度ってな。あんたの従兄弟だが、随分洒落にならないところまで、首を突っ込んでるみたいだった。悪いこたあ言わねえ。従兄弟のことは忘れな。そのビールの泡だったと思うんだな。……そうか、まだ捜すか。いや、あの野郎がどこに住んでたか、は俺も知らねえ。根なし草だな、"活動家"って連中はみんなそうだ。おお、応援するぜ。なにかあったら、また俺んとこに相談に来な。力になれそうなやつに引き合わせてやってもいい。じゃあ達者でな、兄弟!」

 ──酒場「オークの生首亭」の親爺

 

 

 

 酒場から出た二人は並んでため息をついた。たった一本だが、しっかりと繋がっていた糸が切れてしまったのだから。この調子では、酒場の連中に片っ端から当たってみても、結果は見えているだろう。

 しかし、予想外に、あのドワーフは全然違った方向でも危険な人物だったようだ。"活動家"か。市当局に危険人物と思われるのも、無理はない。あの時追われていたのは、そういうことだったのか。では、あの()()は?

 

「もし」

 

 不意に後ろから話しかけられ、ベルトルドはびっくりして振り向いた。見ると、若い男と女の二人連れが、酒場の戸口に手をかけて立っていた。女の方は地味ながらも、ベルトルドの目にはよい仕立てと映る服を着、男は反対に見たまま粗末な服を着ていた。傍らに何冊かの紐で綴じた書物を抱えているところから、学生かそれに類する職業だと推察する。

「なんだい?」

 女の方が口を開いた。先ほど呼び止めたのも女だ。

「さっき、中でスノッリさんのこと聞いてらしたわよね?」

「それが、なにか?」

 ベルトルドは慎重に訪ね返した。

「従兄弟だって」

 女は重ねて言う。口からでまかせだったが、情報が向こうから転がり込んでくるところを見ると、上策だったようだ。

「こっちの赤毛の相棒がね。で?」

「わしの従兄弟のことを知っておるのか?」

 イムラクの演技は大分板についているようだ。案外、そういう才能があるのかもしれない。

「知っているというか……」

 女は傍らの男を見上げた。男が後を引き取る。

「スノッリは同志だった」

「どうしい?」

 男はやれやれと首を振った。

「志を同じくしていた者、ということさ」

 女に目配せし、道を市の中心部の方角へと歩き出す。

「着いて来いよ。話がある」

 

 

「俺の名はエックハルト。こっちはモーニカ。シュトライッセン市立大学校に通う学究の徒ってやつさ。それ以外にも、ま、ちょいとした"研究会"ってのにも参加してるがね」

 モーニカと紹介された女が後を継いだ。

「それで、さっきの酒場で、そちらの方の従兄弟のスノッリさんに会ったのです」

 石畳の道を、何気なくスタスタと歩きながら、二人は、まるでベルトルド達など居ないかのように話していた。

「あんたの従兄弟は、俺たちの仲間だった」

 交互に、まるで二人で会話しているかのように続ける。

「でも、ここ数日、わたし達とも連絡がとれていません」

 道の四つ辻に差し掛かった。ハルバードを肩にかけた警備兵が立ち、四方の行き交う市民を眺めている。

「俺たちは、あいつは捕まったんじゃないかって思ってる」

 そ知らぬ顔で、エックハルトがその前を通り過ぎた。堂々として、まるで学問以外に興味はないとでも言いたげな表情だ。

「でも、それを確かめるすべがないのです。そちらのドワーフさんにお願い申し上げます。スノッリさんの住居をあたって、彼がなにか書き残していないか、彼の痕跡がなにか残っていないか、彼が今無事なのかどうか、調べては貰えませんか」

 視界に、堂々とした、大きな石造りの建築が見えた。あれが先ほど言っていた"大学"とやらなのだろう。ベルトルドにはよく仕組みは分からないが、大都市にそういうものがあるというのは、知識としては知っていた。

「こういったことは、身内がやるのが適任だからな」

 イムラクがドン! と胸を叩いた。

「よかろう! それで、わしの従兄弟の家はどこにあるのじゃ?」

 エックハルトが立ち止まり、横道を指差した。

「この道を進んで、三本目の横道を左に折れろ。そのまま、真っ直ぐ進み、突き当たりを右だ。そこに、盲目の爺さんが一人座っている。その爺さんに、1ペニー渡して"(ワシ)"はどこかと聞け」

「はあ?」

 ベルトルドが問い返したのを、無視して、エックハルトは大学の方へと向き直った。

「では、なにか分かったら『オークの生首亭』に来てくださいね。わたし達、お昼時は大抵あの酒場に居ますから。では、ごきげんよう」

 モーニカが頭を下げるのに合わして、エックハルトが背中を向けたまま左手を掲げた。人差し指と中指を交差させている。

「警備隊には、気をつけろ。あんたらに、幸運(ラナルド)の加護がありますように」

 

 

 

「しっかしさあ。ああいう"合い言葉"ってやつ? 意味あんのかね? こんな手間のかかることしてさ……っとここを左か」

 この辺りは市の中心部と、商店の並んだ通りの丁度間に位置し、旧くからの街が残っているようだ。入り組んでいるので、隠れ家には最適、といったところか。

「分からんぞ。用心には用心を重ねるものじゃ。現にわしの同族のドワーフも山では、ゴブリンなどの忌むべきグリーンスキンどもの魔の手から同胞を守るために、複雑精妙な地下道網を掘り上げ、更には……」

「で、ここを右、と」

 イムラクの語りを聞き流し、ベルトルドは両側から迫るように立ち並ぶ建物の間を進んだ。日も入らず、夏の昼時だというのに薄暗い。などと、気を散らしていたために、もう少しで道に寝そべっている老人を見落とすところだった。

 老人は、杖を傍らに置き、目に黒い布をまいて路上の敷石の上にうつむけに寝転んでいた。ボロボロの衣の隙間から見える体には、鞭の跡とみられる傷痕が縦横無尽に走っていた。

「おい、爺さん」と、ベルトルドは懐から真鍮貨を一枚取り出すと、老人の目の前の地面に投げてやり、「"(ワシ)"はどこだい?」

 老人は寝たまま、動かず、ベルトルドが焦れだした頃になって、ゆるゆると腕を上げた。その手で今自分が寝ている敷石を指差す。

「地面~ッ?」

 変に思って、老人に顔を近づける。目が布に覆われ、その表情は容易に窺い知れない。

「おい、爺さん、どうい──」

 目線を低くしたベルトルドの視界に、老人が寝ている後ろの建物の、地面スレスレのところに嵌められた鉄格子が入った。老人は、ちょうどその鉄格子の前に陣取るようにして、寝ていたのだ。

「なるほど。地下室、ね」

 

 

「ようやく、だな」

 木製の扉を前にして、ベルトルドがイムラクを振り返った。地下室に降りる段差の関係で、ちょうど目線が等しくなっている。

「気を引き締めてかかろうぞ!」

 ベルトルドは肩をすくめて答えた。扉の取っ手を握り、押し開く。扉の蝶番はたいして軋むでもなく、滑らかに動き、部屋の中へと訪問者を迎え入れた。

 

「こ、こりゃあ」

 暗い部屋の中はさながら、嵐の後とでもいったところだった。裂けたシーツや服が床一面を覆い、粉砕した戸棚や机がその上に散乱している。ご丁寧に、椅子の脚まで一本一本折られていた。書物は全て綴じた紐を切断され、バラバラの羊皮紙に裁断されて、散らばっている。壁にかかった鏡は叩き割られ、食料の類いは粉々に潰されていた。

 そして、部屋の中心、横倒しになった椅子の上に、一人の男が腰掛けていた。黒いマントですっぽり体を覆い隠し、腰に長剣をさげている。ベルトルドとイムラクは緊張し、懐に入れたそれぞれの得物を抜いた。

 

「徹底的だな」

 

 男の言葉の意味が分からず、ベルトルドが問い返す。

「あんたがやったんじゃないのかい?」

「俺じゃない」

「じゃ、あんた誰だ」

 男は口を歪めてニヤリと笑った。頬に刀傷がある。髭は清潔に切り揃えてあった。髪は油で後ろに撫でつけられている。几帳面な性格らしかった。

「お前らこそ誰だ」

 イムラクが肉切り包丁を握ったまま、ズイと前に出る。

「わしはスノッリの従兄弟だ」

 案に相違して、男は大口を開けて笑いだした。

「ハッハッハ! スノッリに"従兄弟"だと? 聞いたこともない。お前ら、どこでそんなことを思いついた? あいつは身寄りなんてないはずだぜ」

 ベルトルドは顔が赤くなるのが分かった。──しまった。知り合いだったか。

「あんた、スノッリとかいうやつと知り合いなのか?」

「知り合い……というか、雇い主だな」

 察しをつけて、重ねて尋ねる。

「"同志"か?」

 男は驚いてベルトルドを凝視すると、プッと吹き出した。

「俺がか? そもそもスノッリは主義主張なんてないやつだったよ。あいつが興味があるのは、金だけさ。意地汚いドワーフだったよ」

 イムラクがグッと前に踏み出した。男は意に関せずという態度だ。

「次はお前らが答える番だ。お前らは誰だ? どうしてスノッリを探している?」

 ベルトルドは半分だけ本当のことを喋ることにした。

「預かったものがある。あんたに渡すものかは分からないけれど」

「どこで手に入れた?」

「道でいきなりに渡されたのさ。少し変な様子だったが」

 男は思い当たる節があるようだった。

「あいつめ。ヘマをやったな」

 肩を落とし、うなだれる。

「金には汚いやつだったが、いざ、ドジを踏んだと分かると、そういうところも懐かしく思えてくるもんだな。分かるか?」

 返事を求めている訊き方ではなかったので、ベルトルドは聞き流した。男が顔を上げる。

「で、なにを預かった?」

()()なんだけど……」

 ベルトルドは相手の顔色を窺った。男はキョトンとして、よく分かってはいなさそうだった。

「スノッリが書いたものか?」

「違うと思うね」

「じゃ、なんだ?」

 ベルトルドは情報を小出しにしていくことにした。目の前の男を信用したわけでもないのだ。

「シュトライッセンからアヴァーヘイムへの手紙さ」

「差出人は?」

「分からん」

「受取人は?」

「分からん」

 話にならない、とでも言いたげな表情で、男はやれやれと首を振った。

「口がうまく回らないなら、詰所まで連れて行ってやろうか?」

「あんたが、信用できないんでね」

 ベルトルドは妙なひっかかりを覚えた。──詰所? 今、「詰所」って言ったのか。じゃあ、こいつは。

「あんた、一体何者なんだ?」

 男は肩をすくめた。

「こっちが訊きたいね。扇動家って感じでもなさそうだし、学生でもないようだ。スノッリのことを知っているようでもあり、知らないようでもある。あんたらこそ一体何者だ?」

 ベルトルドは、ここはある程度正直に話さないとマズイことになると察した。

「俺たちは、昨日この街に来たばっかりの旅人さ。夕方に変なドワーフから手紙を預かったら、そこに大変なことが書いてあったんで、今それを調べてるのさ」

「大変なこと?」

「あんたに話していいものかねえ」

「なぜ?」

 ベルトルドは満を持して、話した。

「そのドワーフ、()()()()追われてたのさ」

 男の顔色がサッとくもった。

「バカな! 俺はそんな命令出してないぞ!」

「命令がどっかで入れ違ったんじゃないの?」

「そんなわけはない!」

 男は腰の剣に手を当てると、サッと抜いた。刀身がギラリと影の中で光る。

「事情が変わった。この場で、知っていることを全部喋ってもらおう。大人しく詰所までしょっぴかれるなら別だが」

 ベルトルドは肩をすくめた。

「いいぜ。どうやら、あんたはあのドワーフの味方みたいだ。今日一日、あのドワーフのことを尋ねてきて、評価はバラバラだが、どうやら悪いやつじゃあなさそうだしな」

 ベルトルドは一拍おいた。声をひそめて、話し出す。この場にいる人間以外の者に聞かれるのを避けたかった。

 

「手紙は()()に関わるもんだった。この街の混沌信者から、アヴァーヘイムの混沌信者に宛てて書かれてた。向こうで疫病が広まったら、こっちの街でも大暴動を起こすって」

 

 男は肩から力が抜けたように、ダラリと腕を垂らした。

「そうか。……スノッリのやつ、藪をつついて蛇を出したな」

「……あんた、スノッリってやつが今どこにいるのか分かるか?」

 男は笑った。

「ハハ。生きちゃあいないさ。俺が来たときには、既に部屋は荒らされてもぬけの殻。ヤサまで知られてるなら、望みはないね」

 男は剣をベルトルドに向けた。

「その手紙を渡せ」

 ベルトルドは革裁ち刀を持ったまま、両手を挙げた。

「ここにゃあ、ない」

「じゃあどこだ?」

「俺の仲間が持ってる。俺になにかあったら、色々と大変だぜえ?」

 男は傷のある方の頬を歪めた。

「知られないし、知らせない。闇の中に、骨まで消してやろうじゃないか。二人いたところで、俺には勝てない。墓標のない墓が、二つ増えるだけだ」

 ベルトルドは、イムラクの前に出た。後ろで、イムラクが叫ぶ。

「ベルトルド! 見えん、どくんじゃ!」

 ベルトルドは呼吸を落ち着かせた。

「いいか。よく聞いてくれ、イムラク。やつがもし、向かってきたら、俺が時間を稼ぐ。逃げて、アルブレヒトたちに知らせてくれ。あの手紙をバーレンホルツ夫人に渡して、街から出るようにってな」

 イムラクが息を呑む音が聞こえた。

「出来ん! わしは逃げんぞ! 二人で闘うんじゃ、ベルトルド!」

「相手は手練れだぞ! いいから、お前え一人で逃げるんだ!」

 

「フハッハッハ」

 男が愉快そうに笑った。

「まだ、誰もなにかするとは言ってないだろう? まあいいさ。そういうことなら、手紙はあんたらに預けとこう」

 ベルトルドとイムラクが、ふうと弛緩した。

「それに、どうやら"過激派"ってわけでもなさそうだしなあ」

「"過激派"?」

 ベルトルドが尋ね返した。

「いや、こっちの話さ。……おっと、もうそういうわけでもないのかな」

「……どういうことだい?」

「おい、そっちの赤毛のドワーフ! 名は……イムラクっていうのか?」

 男は、ベルトルドを無視してイムラクに呼びかけた。

「あんたは──そっちの男もだが──どうやら色々と知りすぎちまったみたいだ。ただで帰すわけにはいかないが、かといってずっと閉じ込めておくわけにもいかない。……こちらの為に働いてもらおう」

 ベルトルドの背後から頭を出したイムラクは(珍しくも)用心深く尋ねた。

「お主、何者じゃ?」

 男はニヤリと笑って答える。

「シュトライッセン警備隊副隊長ディートリッヒ。ディートリッヒ=ヒンデンブルク」

「わしは、なにをすればよいのじゃ」

「密偵さ」

 ディートリッヒは事も無げに言い放った。

「スノッリの仕事は、自治を狙う独立派市民の団体の中に潜入し、その中でも武力によって自由都市勅許を再獲得しようと目論む一派、"過激派"と接触し、その動きを逐一俺に報告することだった。しかし、数日前からやつとは連絡が取れず、隠れ家は荒らされている。更に聞けば、()()()()追われてただの、混沌だのが出てきちまった。誰かしら裏切り者がいる。そいつを炙り出さなければならない。それには、お前の協力が必要だ。もう一度潜入してくれる誰かが、な」

 イムラクは不満げだ。

「わしに、お主らの手先になれと申すか」

「その通りだ。それが嫌なら、鉄格子の中か、絞首台の上か、剣の錆びか、どれか好きなのを選んでもらうしかないな」

 

 イムラクは少しの間考えると、口を開いた。

「仕方あるまい。その仕事、引き受けよう」

「そう言ってもらえると、思っていた」

 ディートリッヒは立ち上がり、散乱した部屋をベルトルドたちの方へと歩いた。

「この部屋のものはお前にやる。スノッリの仕事道具の中で、無事なものがいくつかあるはずだ。この建物の屋上にはやつが飼っていた伝書鳩の巣もある。忘れずに見ておくんだな。ああ、あと、この部屋を荒らしたやつは、恐らくその手紙とやらを探していたやつだ。椅子の脚を折るなんて、その中に丸めた羊皮紙が入れて隠す方法があるってのを知っているやつだけがやることだからな」

 ディートリッヒはイムラクの肩を叩いた。

「じゃ、健闘を祈っているぜ。やつらの溜まり場は──」

「『オークの生首亭』だろ?」

「知っていたのか。話が早い。明日中に接触しろ。身分はスノッリの従兄弟でいいだろう。あれは案外に名案だぜ。俺は『グリフォンの輝く羽亭』にいる。市の中心部の高級な酒場だ。飯も旨い。明後日の午後、四つ目の鐘が鳴る頃にそこに来い。首尾を聞こう」

 イムラクは階段を上がる男に尋ねた。

「わしが会いに行く組織の名はなんなんじゃ?」

 階段の上から、声と、革袋が落ちてきた。

「『シュトライッセン現代史研究会』だ。あと、その袋は手付け金だ。命懸けの任務になるからな。金は惜しまないぜ」

 袋を開けると、中から銀貨が20枚ほど出てきた。

「命懸けで、1クラウンね」

 そう言って、ベルトルドはそれをイムラクに投げる。

「ほいよ。お前の仕事なんだ。お前の稼ぎだぜ」

 受け取ったイムラクは、いつになく浮かない顔だ。

「ベルトルド。わしは心配じゃ。わしも、お主らも、深入りし過ぎとるような気がしておる。誰が信用できて、誰が信用できんのか。この先、果たして無事でいられるかどうか……」

 

 ベルトルドはイムラクに近寄り、背中をバン! と平手で叩いた。

「似合わないぜ、イムラク。お前は、ビール飲んで不味い料理でも作ってるような奴だろ」

「ベルトルド……」

「安心しな。俺とアルブレヒトとルディガー、少なくとも三人は信頼できる仲間がいるんだ。この先なにがあっても、そいつらには助けてもらえるぜ。なあに、いざとなったら、この街から尻尾巻いて逃げりゃあいいだけの話よ。上手いこと、美味しいところだけ戴いてから失敬するとしようぜ」

 ベルトルドは手近の戸棚に腰を下ろした。

「さ、折角ああ言われたんだ。使えるもんはさっさとチョロまかしちまうとしようや」

「う、うむ! そうじゃな。……頼りにしておるぞ、ベルトルド」

「よせやい。照れるな」

 二人はガサゴソと散乱したゴミの山の中を家捜しし始めた。

 

「それはそうと、ベルトルド。さっきわしの料理を不味いと言ったか?」

 

「あちゃあ。聞こえてたか」

 

 

 

 日は暮れかかっていた。()が近づいてきていた。

 

 

 

 

 






>カザリッド語
ドワーフの使う言語。

>知りすぎたドワーフ
「シグマーの継承者」のシナリオフック。警備隊に追われるイカれたドワーフに手紙を渡されると、そこには混沌の陰謀が……ってとこまでをそのシナリオフックから引っ張ってきている。

経験点と成長
各自100xpを獲得
アルブレヒト:【武】+5%
ルディガー:転職【見習い魔術師】→【薬師】
イムラク:転職【召使い】→【密偵】
ベルトルド:【耐】+1




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