咲-saki-episode タイガー&ドラゴン   作:武田兎

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第十八話 憧憬

「きたか…」

「文…」

「ん~なにそんな神妙な顔になってるんですか?」

 

文の三暗刻聴牌の兆しが見える好配牌に作草部のメンバーはその様子を神妙な顔で見守るなか四人の中で雪乃だけがこの配牌の意味を理解していなかった。

 

「雪乃、雲雲コンビにはまだ知ってる人が少ないちょっとした秘密があるのよ」

「ちょっと秋月まで…」

「ふふふ、いいじゃない可愛いくて」

 

よほどその呼び名が恥ずかしいのか顔を赤らめる真咲をみてクスクスと笑いながら知由は雪乃の質問に答える。

 

「それで秘密ってなんですか?」

「雲雲コンビの上がりは文が鳴いて上がった役を東雲が面前で上がれるってのが基本なんだけど…ちょっと特殊なのもあるの。それが今、文が作れそうな役…」

「三暗刻ですか?」

「そう、三暗刻は鳴いても翻数が変わらないでしょ?雪乃、もしそういう役を文が上がったら東雲の手はどうなると思う?」

「どうなるってそりゃあ…翻数が変わらないんだから面前でも…あ」

 

面前でも同じ…と一瞬はそう考えた雪乃であったが脳裏にもうひとつの考えがよぎる。雲雲コンビの基本は文が鳴いた食い下がりの役で上がれば東雲は面前で上がれる。つまりは役が翻数の高い上位に変化しているのだ。

知由は雪乃のはっとした顔を見て気がつきたことを察し話を続ける。

 

「そう、翻数が変わらないなら役が上位に変わる…今回は三暗刻だから…」

「もし上がれたら四暗刻になる…ってことですか…?めっちゃチートじゃないですか!!」

「そうよね東雲?」

「ええ…文ちゃん…頑張って…」

 

雪乃への説明を終え作草部が全国に行くためにはなんとしてでも上がっておきたい局であることをここにいる四人全員が理解しそれ以降は誰も口を開くことなくだた静かにテレビの画面のなかで戦っている仲間の様子を見守り続けた。

 

 

(張ったツモれば三暗刻だけど…)

文:{11789七七⑧⑧⑧西西西北}

(ここまで来てなに弱気になってるんだ私は!!当たり牌が出ないなら自分からツモればいいいだけじゃない!!なら…)

「リーチ!!」 打{北}

 

ここはリーチ一択でしょ!!

 

文はちらりと白兎の方を見る。今までの対局では彼女に当たり牌を止められて上がることができなかったが果たして今回は…そこまで考えると文は弱気な考えを振り払うようにふるふると首を振りリーチを宣言した。

 

『南雲選手ここに来て大物手をリーチだ!!果たして上がることはできるのか!?』

 

(うっ…それは…)

 

ここで茜から捨てられたのは当たり牌の{1}であったがそれでは一発はついても肝心な三暗刻がつかないので文はスルーする。

 

 

 

(また一枚切られた…あと何枚山にあるの‥?)

 

それから文はツモれないままどんどん巡目だけが進んでいき当たり牌もさらに一枚切られていまい上がりは絶望的となってしまった。

もうダメかもしれない…と思った時に文の脳裏によぎる去年の夏の記憶ーーーーーー文の憧れの先輩である東雲真咲があの命尾が相手でも最後まで諦めないで勇ましく戦い抜いた姿を思い出す。

 

(そうだ私はあの人を目標にここまできたんだ…あの人と麻雀が打ちたくてここにいるんだ…なら…少しでも先輩に近づくためにもまずは諦めないことから初めてみようか!?)

 

そして流局間近となったツモ順でその諦めない気持ちに牌が引き寄せられたのかついに望んでいた牌が文の手にやってきた。

 

「ツモ‥4000オール!!」

文:{11789七七⑧⑧⑧西西西}ツモ{七}

 

『作草部の南雲選手最後の最後で大物手をツモったあああ!!これで作草部中が一位浮上です!!』

 

南四局一本場

 

「あ、ロン3900の一本場です」

 

そして最後は茜が3900の手を文から上がり次鋒戦は終了となった。

 

『次鋒戦終了!!順位は1位館山女子、2位作草部となっており両校にはほとんど差が見られません!!一位から転落してしまった百目木そして木更津女学院は巻き返すことができるのか!?』

 

 

「皆さんただいま千条白兎戻りました…」

「お疲れ…」

「頑張ったな~白兎ちゃん」

「はい最後上がられちゃいましたけど…」

「それにしたって上出来よ。私でもあれだけ抑えるのは無理だもの」

 

白兎が控え室に到着するとみんなが暖かく迎え入れてくれ、まさかここまで雪奈にベタ褒めされてると思っていなかった白兎はニヤケた顔で照れているとあることに気づく。

 

「えへへ、あれ?私のピザは?」

「え?」

「私が休憩時間に少し食べて残しておいたはずなんですけど…」

 

キョロキョロと探す白兎の肩をトントンと誰かが叩く。振り返るとそこには青ざめた顔をした大河の姿があった。

 

「は、ハクトーごめん…もういらないと思って…その…食べちゃった…」

「……うぅ…」

 

放心状態でじーとピザの食べかすの残った皿を見る白兎の目にはみるみるうちに涙が溜まっていき今にも大声で泣き出しそうになっている。

慌てふためく大河に他の三人はジト目で何とかしろとアイコンタクトで訴えている。

 

「ああ大丈夫だよ!!タカトーが優勝したらケーキバイキングに連れてってくれるってからさ、うん」

「え…ひっく…本当ですか…?」

「ホントホント、その為にお腹を空かせて応援頑張らないとね~」

「わかりました…我慢します…後続の皆さんも頑張ってくださいね」

「あはは‥この大将大星大河に任されよ…」

 

この窮地を脱した大河の案でまたしても財布の中身が危うくなっていることなどこの時天斗は知るよしもなかった。

 

 

「ぶへっくしょい!!あーあいつらマジで許さん…」

 

その頃天斗は先ほどの出来事思い返しブツブツと文句を言っていた。それもそのはず、急に観戦席にまでやってきた大河たちはお腹がすいたからピザが食べたいと観戦席で騒ぎ出し他人の目を気にするあまり天斗は文字通り泣く泣く財布の中の一葉さんとお別れをしたばかりなのである。しかし何かまた自分の身になにか良くないことが起きるような気がしてならない。

 

「あっちはピザで俺はおにぎりか…あ、ごめんなさいってええええええええええ!!!お、おい大丈夫か…?」

 

そう考えながら会場から最寄りのコンビニで飲み物を買い観戦席に戻ろうとするとなにか軽いものが天斗にぶつかった。何かと思い下を見た天斗が見たものは汗だくでその場に倒れこむジャージ姿の少女の姿であった。

 

「み‥ず…」

「へ?」

「水を…頂戴…」

 

どうやら今日の俺はとことん金運がないらしい‥そう思いながら天斗は買ったばかりのペットボトルのお茶を差し出すとその少女はをあっという間に全部飲み干してしまった。

 

「っぷはぁ!!生き返ったありがとねお兄さん」

「お、おうでもまだ六月とはいえ熱中症になるまで外走るとか体育会系は辛いな」

「ん?私麻雀部だけど?」

「は?いやその理屈はおかしい、なんで麻雀部がこのクソ暑い外で走り回ってるんだよ!!」

 

どこの世界にジャージ姿で汗だくになりながらぶっ倒れるまで走り込む麻雀部があるのかと思わず突っ込んでしまうと少女はにやりと笑い舌舐めずりをする。

 

「だって今日の相手はとても美味しそうだったから少しでも運動しとかないと最後まで美味しく食べられないでしょ?」

(こ、こいつ…)

 

そう言った時の少女の姿が何か別の恐ろしいものに感じるといきなり少女は天斗と息がかかる距離まで顔を近づけてクンクンと匂いを嗅いでくる。

 

「え!?ちょ!?お前なんだよ急に!!」

「お兄さんもすごい美味しそうだね」

「は?こ、子供が大人をからかうんじゃ」

「でも残念、今日は先客があるのまたの機会にねお兄さん。あ、お茶ありがとう~」

 

そういってジャージの少女は立ち上がるとスタスタ会場の方へと歩いて行こうとする。呆気にとられる天斗であったが少女の名前を聞いていなかったことを思い出し思わず呼び止める。

 

「お、おいあんた名前は」

 

天斗の声が聞こえたのかくるりと振り返りその特徴的な長い水色の髪を風になびかせ少女は自分の名前を答える。

 

 

 

 

 

-----------------命尾、命尾伊鞠

 

 

「ただいま~いや~やっぱり強いなあ決勝は…あ」

 

陽子が控え室に戻ると室内は静まり返っており部屋の真ん中に置かれたソファーに腰掛けた葵が目をつぶり握った右手を額に当てている。この行動の意味を理解している三年生の二人は静かに眺めてる中一年生二人はどうしていいか分からずそわそわしている。

 

「……」

「ねえ陽子先輩、剣崎先輩は何やってるんッスか?」

「ああ一年生の二人は初めて見るのか…剣ちゃんは試合前に絶対『アレ』をやるんだ」

「桜庭さん…」

「は、はいッス!!」

 

急に話しかけられ声が裏返る一葉に葵は今まででギュッと握っていた右手を開くと中には随分と年季の入っていった古いサイコロが二つ姿を現した。

 

「サイコロ二つで出して欲しい目を言ってくれないかしら?」

「え、あーじゃあ2で」

 

こくりと葵は頷きサイコロを降るとなんと出た目は一葉が指定した両方出目は1、つまり2であった。

 

「す、すごい…部長」

「相変わらず惚れ惚れするテクニックだな~」

「今日も絶好調だね剣ちゃん」

「もう、試合前は『あの呼び方』のほうがいいって言ってるでしょ」

「ああそうだったね~」

 

三年生がいう葵の呼び方に疑問を感じた佳菜子が恐る恐る尋ねる。

 

「あの呼び方って…」

「一年生には話したことなかったわね。実は私の家はね昔玄人の家系だったの」

玄人(ばいにん)?」

「麻雀で生活していく人のことよ俗に言う裏プロね」

「裏プロ…かっこいいッス先輩もなんかイカサマできるんッスか?」

 

一葉がキラキラと目を輝かせて葵に詰め寄る。

 

「残念ながら私は賽の目を自由に出すくらいしかできないわ。ソレも今は全自動卓だから意味ないしね。」

「へーでもその玄人と先輩の呼び名になんか関係があるんッスか?」

「それは私に麻雀を教えてくれた私の祖父も昔玄人だったらしくて、その祖父から聞いたんだけど祖父のお父さん…つまり私のひいおじいちゃんがとんでもないくらい凄腕の玄人だったらしいの。だから私は試合の時はそのひいおじいちゃんが玄人の時使っていた二つ名をあやかる意味でも試合前に陽子と千歳に呼んでもらうことにしてるのよ」

「先輩…かなり変わってるッスね…」

「剣ちゃんも一っちにだけは言われたくないと思うけど…」

「よし!!じゃあ今回は一年生も一緒に声を合わせて呼んで葵を送り出してあげようじゃないか二人共こう呼ぶんだぞ」

 

そう言って三年で副将の三戸千歳(みとちとせ)が一年生の二人に葵を対局に送り出す名前を教える。

 

「わかりました」

「了解したッス」

「ちょ、ちょっと全員に一斉に呼ばれるのは恥ずかしいのだけれど…」

 

呼んでくれとは言ったがこの人数に一斉に言われることに恥ずかしさを覚える葵のことなどお構いなしに4人で打ち合わせをして声を合わせる。

 

「じゃあみんな声を合わせて…せーのっ」

 

 

 

 

 

----------------いってらっしゃい房州(ぼうしゅう)さん!!

 




どうしても出したかった房州さん…哲也でも房州さんのあのラストは屈指の名シーンだと思います。
葵の祖父は房州さんの息子、剣崎中の設定です。

それではご感想お待ちしております。
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