咲-saki-episode タイガー&ドラゴン   作:武田兎

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前回のアナウンサーのセリフで作草部が一位と言っていましたが正しくは二位です。
既にその箇所は修正いたしましたので誠に申し訳ありませんでした。


第十九話 玄人

「あ、部長…」

「……」

「あ、あのすいませんでし」

 

次鋒戦が終了し茜が控え室に帰るべくトボトボと廊下を歩いていると前から一人の女性が歩いて来る。その人が段々近づくにつれて部長の水谷響であることが分かると思わず頭を下げてしまう。すると茜の下げた頭にぽんと優しく手が置かれる。

 

「いい、プラスで帰ってきたなら上々だ…それに多分私も人のことをとやかく言える勝負にできる余裕は今回の相手ではありそうにないからな…」

「部長…」

「すまん…私がこんなことを言っては部長失格だな…さていってくる…」

 

そう言い残し響は今まで茜がいた対局室を目指し歩きだした。

茜はその後ろ姿を角を曲がり姿が見えなくなるまで見送っていた。いつも冷静で強気な鬼部長の響があんな弱音を言った事と茜の頭を触った手がすごく冷たかったのを思いだし次の中堅戦はとんでもない大勝負になる、そう茜は予感しながら控え室の扉を開けた。

 

「ただいま戻り…」

「ん?」

 

茜が扉を開けると今まで行方不明になっていた大将の命尾伊鞠が何食わぬ顔をしてその場にいた。ただしジャージを脱ぎ捨て今まさに着替えの真っ最中であったが…

 

「ななななななんなな何してるんですか!?」

「見てわかるでしょ着替えだよ着・替・え・いやー汗でびしょびしょになっちゃたから」

「なんで…っていうか先輩今までどこに?」

「ん?会場の周り走ってた。いやーやっぱり浴衣はいいねいいね、涼しくて動きやすい」

 

伊鞠はいつもの浴衣姿に着替え終わると初めて着付けてもらった子供が嬉しくってみんなに見せびらかすそうにその場でくるりと回る。

 

「なんで麻雀b」

「あーあーその(くだり)はもうやったからいいや」

「えええええ!!!」

「伊鞠はいつも試合前はこんな感じだし茜も早く慣れないとダメなの」

「うう善処します…」

「でも今更だけど伊鞠はすごいよね、一人だけ浴衣でOKだなんてただでさえウチは校則とかうるさいのに」

 

伊鞠と同じ二年生の芽衣子がパソコンから目を離し尋ねる。

 

「まあね、コレで出れないなら部活辞めるって約束だからあ、」

 

そこまで言いかけるとテレビのモニターが中堅戦の各選手の紹介を始め、ある選手の紹介画面で伊鞠の目の色が変わる。

 

「始まりそうですね中堅戦、命尾先輩?」

「ねえ芽衣子…こいつ」

 

伊鞠の態度と口調で何が言いたいのか察した芽衣子は伊鞠が求めている答えをすぐに応える。

 

「ああ剣崎ね今回は団体戦も決勝まで上がってきたんだよ。剣崎以外はてんで弱いからいつもは一回戦負けのチームなのにね」

「へえあの食品サンプルが…」

「食品さんぷる?」

 

伊鞠は忌々しげに画面の中に映る剣崎葵を睨みつけていると伊鞠の言葉の意味がわからない茜が尋ねる。

 

「伊鞠は剣崎のこと去年からそう呼ぶの。だって去年伊鞠は葵に負けちゃったもんね~」

「負けてません!!一回も直取りできなかっただけで得失点差なら私のが上だったし、それより私あの人嫌ーいだってあんなに美味しそうなのに食べられないとか詐欺だよ詐欺!!」

「?」

 

なにはともあれ千葉県最強の中学校、館山女子はついに5人全員集合し出場選手不足という最悪の結果は回避したのであった。

 

 

時間は少し戻り晶も大河たちに見送られ対局室を目指し歩いていた。

 

「ついに私の出番か…なんとなく入った部活だったけどすごく楽しかった…まるで淡姉がいた時みたい…」」

 

この長い廊下を歩いているとこの一年間の記憶が蘇ってくる。楽しかったこともあるしもちろん辛かった事もあった。でもそれも晶の中ではいい思い出となっている。百目木中は大河を含め3人が三年生であるため今年がこのメンバーでの最初で最後の団体戦となる。

 

だからまだ負けたくない、まだ終わらせたくない------------そう心に強く念じると晶は対局室の扉を開いた。

 

「あらこれで全員揃ったみたいね?」

 

雀卓には既に晶以外の三人の選手が卓についておりその中の一人が晶に気づきにこっと笑う。

 

(あの人が…)

 

その笑顔を送った人物こそ今回雲雲コンビと同等かまたは以上に警戒しなければならないと雪奈に釘を刺された相手、剣崎葵であった。

 

「さあそろそろ始めましょうか?」

 

 

東1局 ドラ{2}

 

百目木中学     笹森晶(東)99500

作草部中学     東雲真咲(南)107100

木更津女子学院   剣崎葵(西)82600

館山女子      水谷響(北)110800

 

『さあ始まりました中堅戦!!この試合の目玉といえばやはりインターミドル個人戦二年連続出場者剣崎葵!!この強敵相手に東雲選手のコンビ技や他の二校がどのような打ち筋を見せるのか注目です!!』

 

(悪いけど、この東場はあなたの見せ場はないわ玄人さん…さあおいでませ!!)

真咲:{二三五23488②③④北西}

 

『作草部中学の東雲選手、配牌時点で三色が見える2向聴の好配牌!!作草部の進撃は止まらない!!』

 

そしてまだ始まって数巡しか経たないうちに真咲が聴牌し迷わずリーチを宣言する。

 

「リーチ」

真咲:{二三四五六23488②③④} 打{西}

「ポン」

 

葵は顔色一つ変えずに真咲の一発を消すべく鳴きを入れる。

 

(ふうん一発消しってわけね…そんな埃かぶったような古臭い戦術じゃ私達コンビの麻雀は止められないわよ)

 

「ツモ3000.6000」

『いきなりの跳満ツモオオオオオオ!!南雲選手から受け継いだ鳴き三色を東雲選手が面前で見事に仕上げました!!』

 

まるでそのツモは巨大な雷雲から放たれた稲妻が地上にいる晶達に降りかかったかのような一撃であった。

 

(早速親かぶり…)

(これがあと3回もあるのか…?)

(ふうん…なるほどね…)

 

晶は何もできないまま親っかぶりの一撃を受け顔を歪ませながらも場は東2局へと移行した。

 

 

 

東2局 ドラ {中}

 

(さてこの局はチャンタだったか…)

 

そう響が考えている間に真咲からまたもやリーチ宣言が飛び出す。

 

「リーチ!!」

真咲:{二三789①②③南南南北北} 打{西}

 

『止まらない止まらない!!東雲選手またしても先制リーチだ!!』

『この作草部のコンビ麻雀は去年命尾選手が出てくるまでは誰も止められなかったですからかなり厳しいかもしれませんね。』

 

「ポン」

(またポン…このヲタ風ポンになんの意味が…あっ!!)

 

なんとここで葵が捨てた牌は{四}であった。これではせっかくの真咲の手はリーチのみの安手になってしまうため、もちろん真咲はコレで上がろうとせずにスルーする。

 

(やってくれたわね玄人さん…でもそんなの全く問題なしよ私達の絆はそんなヤワじゃない。ツモ巡さえ回ってくれば必ず上がってみせるわ)

 

もともと雲雲コンビの麻雀は直撃狙いではなくツモ狙いの麻雀なのでここで上がらなくてもきちんとチャンタで上がれることに絶対の自信があった真咲はフリテンになっても問題ないと思った。

 

(くっ!!こっちも早そうな手なのにあれだけ早くリーチされると身動きがとれないな…それしてもおかしい…剣崎はこんなにも無闇な鳴きをするようなスタイルでなかったはず…)

響:{67五六七①①④[⑤]⑨白白白発}

 

葵の不可解な鳴きの意味がわからずにいる響が上家の葵を見ると何かを訴えているかのような眼差しでこちらを見ている。

 

「……」

(なんだ?剣崎は私に何かしろというのか…?)

 

そう思い響は改めて卓の河を眺めるとあることに気づく。

 

(そうか、わかったぞ剣崎お前の思惑が!!)

 

「チー」打{⑨}

「ポン」

「チー」打{七}

({七}の手出し…?つまりさっきは出来メンツから鳴いたってこと?それになんの意味が…?)

 

葵同様に響の不可解な鳴きに違和感を覚える真咲であったがこれだけでは終わらなかった。

 

「ポン」 打{③}

「ロン2600」

響:{①①④[⑤]白白白 チー四五六678} ロン{③}

「はい…」

「う…そ…」

 

なんとツモ巡を真咲や晶に回すことなく二人の阿吽の呼吸の鳴き合戦で絶対和了といわれた雲雲コンビの和了をいともたやすく止めてしまった。

目の前の光景が受け入れられない真咲はだらんと腕を垂らし呆然としている。

 

『と、止めたああああ!!あの難攻不落のコンビ打ちを東雲選手にツモらせないという剣崎選手と水谷選手の協力プレーで止めました!!』

『ツモられたら少なくても4000オールですからそれを2600点で抑えたのはとんでもないファインプレーですね』

 

響ににこりと笑いかけて点棒を笑顔で渡す葵の姿が晶には今まで出会ったどんな雀士よりも恐ろしいものに思えた。

 

(この人…なんだろ…今まで打った誰とも違う…)

 

大河の姉、大星淡という怪物クラスの打ち手とも打ったことがあったため晶には目の前の剣崎と淡を比較することができた。

淡の恐怖はわかりやすい、例えるのなら淡の恐怖は抜き身の日本刀や獣の牙のようにわかりやすい恐怖のイメージである。確かに恐ろしいが能力には必ず打ち破る策やその能力ゆえに手牌が限定されるデメリットが存在する。

しかし目の前の彼女は違う、例えるなら闇‥夜中にひとりで道を歩いていると誰かが後ろをついて来ているかもしれないと感じるあの抗いようのないような根源的な恐怖、彼女はその恐怖を体現したかのようでありそのことに晶は嫌でも徐々に気づき始めていた。

 

「さあ続けましょう?」

 

 

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