咲-saki-episode タイガー&ドラゴン   作:武田兎

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第二十話 風上

二年前のインターミドル地区大会での個人戦、私はあの日のことを今でも鮮明に覚えている。

その大会は私、水谷響が館山女子に入学して初めての大会であった。団体戦は一致団結して優勝を勝ち取った先輩達であったが個人戦では同じ学校同士でも潰し合いになってしまうため空気が団体戦の時以上にピリピリと張り詰めていて試合に出れずに応援席にいる私や朱夜にまでその緊張が応援席にある大きなスクリーンから画面越しに伝わってくるようだった。

そして先輩たちはドンドン勝ち進み決勝の卓では4人中2人が館山女子、もう1人も作草部のエースというある意味当然ともいえる決勝のメンバーであった。お互いがお互いの実力を解っているので対局が始まる前から選手達からは一言も言葉が発せられず顔は強張り真剣そのものであった。しかしその中に一人だけニコニコと笑っているほかの三人とは全く雰囲気の違う少女がいた。

その少女は全く無名の学校の一年生でありながらその卓越した読みと技術で見事千葉県の一位に輝いてみせたのだ。

私がこの時の記憶が今でも鮮明に覚えているのはその少女の衝撃的なデビュー戦の印象でも技術や読みの凄さでもなくあの張り詰めた空気のなかでも最初から最後まで唯一心底楽しそうな顔で対局できるその精神力(メンタル)こそが恐ろしかったのだ。

 

 

これが私が初めてみた剣崎葵の姿であった。

 

 

「ふ~んふふふ~ん♪」

(剣崎お前はあの頃からなにも変わらない…いや、私の好配牌を表情で察した洞察力、そして欲しい牌を鳴かせる一点読みの技術は一年生の頃よりもますます磨きがかかってる…)

「ツ、ツモ…2000、4000…」

「あらら、いたたた…」

 

難攻不落と言われていた南雲東雲コンビの上がりを止めてもなお余裕を見せる葵を響は横目に見ていると真咲が満貫の手をツモあがりする。しかしその表情は苦虫を噛んだかのように険しい。

 

(なんだ?親っかぶりなのに随分おとなしいな…それに東雲も今回はきちんとホンイツを上がることができたのにどうしてそんな顔を…)

 

響が疑問に思っているとある違和感に気づく。

真咲はリーチをしなかったのではなくできなかったのだとしたら?

前局の自分にツモ順を回してもらえず能力を防がれたことが頭にチラつきリーチをすればまた上がれないんじゃないかという強迫観念に襲われ、リーチをかければ跳満にまで届く手を手を断腸の思いでダマにしたのであったらこの場の全ての状況に納得がいく。

 

※ダマはリーチをかけないで聴牌をしていること、ヤミテンともいう。

 

(まさかそこまで考えていたのか剣崎…)

 

響だけではなく真咲も晶も冷房が効いた室内にもかかわらず背中は汗でぐっしょりと濡れ不快感があるがそれ以上に三人が無言で険しい顔のなか目の前でニコニコと笑っている剣崎葵という人物に対する恐怖のが勝っているので気にしてなどいられなかった。

 

東四局 ドラ{4}

 

(さてここからは自力で頑張らなきゃだけど…)

真咲:{24③④⑤⑤⑥⑥⑥白白南南}

 

(やった…やっと断么九(タンヤオ)七対子聴牌…)

晶:{335588二二四四八八②} 打{⑧}

 

晶が牌を河に捨てた瞬間、少し力が入り牌を捨てる音がほんのわずかに大きくなってしまった。晶本人でも気がつかないような些細な力みを葵は見逃さなかった。

 

(百目木の子、ツモ切りに少し力が入った聴牌ね…捨て牌的に七対子かな?…なら)

葵:{一二三九九九②西西西北北北} 打{七}

 

 

葵の血迷ったかとしか思えない打牌に会場中は響めき(どよ)たち、解説席も思わず実況の言葉に詰まるほどであった。

 

「な、なんと木更津女学院剣崎葵選手チャンタホンイツ自風の跳満手から{②}単騎に変えてきたあああ!!でもこの打ち筋は…素人の私でもわかる程の悪手に見えますが?」

「……」

「い、井川プロ?」

 

アナウンサーがひろゆきに解説を投げかけると今までの試合の解説では見せなかった厳しい表情になっていた。

ひろゆきのその表情は決して葵の悪手に対してではない。むしろ逆、今の一打から垣間見えた自分が今まで戦ってきた雀士たちと同じ、葵が本物の勝負師であるとひろゆきの体全身が自分に知らせている。

 

(とんでもない子だな…この年であれだけのモノが打てるなんて…ぜひ一度たいk)

「い、井川プロ…大丈夫ですか?」

 

ひろゆきははっと我に返り滾る(たぎ)気持ちを抑えながら心配そうな顔のアナウンサーに得意の爽やかな笑顔で応える。

 

「あ、すいません。おそらく笹森選手の僅かな動作から聴牌を読み取り待ちを変えてきたのでしょう。しかし…捨て牌だけでこれだけの一点読みや聴牌の誘惑を断ち切る精神のコントロール力ができる選手は全国どころかプロでもなかなかいないのではないでしょうか…?」

「さ、さすが玄人打ちの剣崎!!全国トップレベルの腕は伊達じゃない、おっとこれは!!」

 

アナウンサーが葵を持ち上げようとしていたところで対局室では真咲が晶と葵の当たり牌である{②}を切ってしまった。

 

「ロン3200…」

晶:{335588二二四四八八②}

「すいません私も、7700」

葵:{一二三九九九西西西北北北②}

「な!?チャンタもホンイツも捨てて!?そんな安手ですって!?」

 

あまりの意味不明な上がりに普段大人しい真咲も思わず声を荒げてしまう。そんなこと気にしないとばかりにに葵はさっさと牌を卓の真ん中の穴に落としていく。

 

「さあ南場を始めましょう?」

 

 

この様子を各校ともテレビ画面を食い入るように眺めていた。

 

「なにあの打ち方?なんじゃらほいだよ!!」

「あの人本当に強いんですか?せっかくの満貫手を半分以下にしちゃうなんてもったいなさすぎですよ。晶ちゃんのが強いと思うけど」

「私も白兎に賛成ね、あれだけの手を自ら殺しちゃうなんて理解不能だわ。でも…強い、噂には聞いてたけどここまでトリッキーな打ち筋ができる奴ジュニアの全国でもいなかったわ。あと白兎満貫じゃなくて跳満よ」

「あの人とうち当たとったら多分ほとんど上がらせてもらえへんやろな…」

 

百目木の4人は初めて見る葵の打ち筋を見て頭に?を浮かばせながらも全国クラスの選手の実力を感じていた。一方百目木とは真逆に葵の活躍に黄色い声援を送るのは木更津女学院の控え室であった。

 

「すごいです部長!!」

「相変わらずすごいよね剣ちゃんの打ち筋は」

「葵の打ち筋は『見せる』じゃなくて『魅せる』から観客も大喜びだなあ」

「当たり前じゃないッスかなんたって私に勝った人なんだからこれくらいできて当然ッスよ」

 

3人が葵に対しその圧倒的な実力に賛辞を贈る中一年生の桜庭一葉はあたかもソレが当然という素っ気ない返事をしたが実際は口元を歪ませてさも嬉しそうに葵の活躍を見ている。

 

「でも本当によかった、二人が入部してくれて」

「うん、剣ちゃんの夢が叶ったしね」

「夢ですか?」

「なんッスかそれ?」

「おやおや知りたい?なら前半戦終わったら聞いて見よっか?」

「「?」」

 

三年生二人の言葉について一年生の佳菜子と一葉は尋ねてみると陽子はニヤニヤともったいぶった口調で答えを先送りにされてしまい結局その場では教えてはくれなかった。

そんな話をしている間に場は南場へと進行していった。

 

 

南1局

 

(なんだろこの感覚…この人たちからどうやっても上がれる気がしない…こんな気持ち淡姉相手にも感じたことなかったのに…)

 

晶はこの次鋒戦、上がれる気がしないという気持ちが対局が進むごとにドンドン強くなってきていた。あの大星淡と対局した時ですらこのような感覚に陥ったことはなかった、しかし今の状態と同じような経験はつい最近したことがあったのだ。

それはこの大会の期日が迫ってきた時の大河、雪奈、辰美と同じ卓になった時にも晶は今と同じような感覚を抱いていた。

 

(そうか…ここにいる人は私以外みんな三年生なんだ…)

 

今年が中学生活最後の大会、きっとそれが三年生の力をいつも以上に引き出しているのもしれない晶にはそう思えてならなかった。もちろん晶だってこの一年たくさんの練習、試合をこなしてきたがしかし心のどこかで甘えがあったのかもしれない。自分にはまだ来年があると…

そこまで考えると晶は天井のライトを見上げそして大きく深呼吸をした。

 

(最後の夏…私にはそれがどんなものかまだわからない…でも…こっちだってこのメンバーでの最初で最後の夏なんだ…そう簡単に投げたりしない…)

 

晶は静かな闘志の炎を胸に宿しじっとチャンスを待つことにし南1局は誰も聴牌できずに流局、2局は晶が響に2600の放銃。そして3局では響が満貫をツモ上がりして場はついに前半戦オーラスを迎えようとしていた。

 

南4局 ドラ{6}

 

「……」

葵:{23456⑤⑥⑦⑧⑧六七八} ツモ{1}

『ここで剣崎選手安手平和ツモ!!タンヤオに伸びる手をこれはついてない!!』

『いえ彼女なら…』

 

ひろゆきが意味深な発言をしたと同時にソレは起きた。

 

『え?こ、これは!?』

 

葵:{123456⑤⑥⑦⑧六七八} 打{⑧}

 

葵はほとんどノータイムで頭である{⑧}を落としていったのだ。

そして一巡後にツモってきた{白}単騎でリーチを宣言する。

 

「リーチです」

葵:{123456⑤⑥⑦六七八} ツモ{白} 打{⑧}

 

({白}か…場に二枚も切れてるしこれは大丈夫…よね…?)

 

既に場には{白}が二枚切られており完全な安牌だと思っていた真咲はまさか地獄単騎の状態でのリーチだとは知らずほとんど無警戒な状態で切ってしまう。

 

「ロン、リーチ一発…裏ドラ{八}で乗って…8000です」

「そ、そんなぁ…」

 

安牌だろうという思い込みこそ麻雀において最も危ない思考でありそのことを葵は熟知していた。『相手の心理の風上に立つ』昔から祖父に言われ続けてきた言葉であり、ソレを実践できることこそが彼女の強さでもある。あの場面で平和ツモの安手で上がらずにわざわざ{白}単騎待ちにするという常人では思いもつかない、仮に思いついたとしても実際にできるだけの度胸を持つというのはそれこそ彼女には間違いなく玄人(ばいにん)の血が流れている証明にほかならないのだ。

 

『ぜ、前半戦終了!!なんとも圧倒的、これが全国レベルだと言わんばかりの剣崎選手の独り舞台で前半戦が終了してしまい他の3校は後半戦で巻き返すことができるのか!?』

 

 




リアルの方がテストだなんだと色々と忙しくてなかなか投稿できずに申し訳ありません。
今月中にあと一話ほど投稿できたらなと思っていますので応援よろしくお願いします。
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