咲-saki-episode タイガー&ドラゴン 作:武田兎
インターミドル予選がついに大将戦に入ろうとしている頃、長野の清澄高校はインターハイ予選に向けての合宿をしている真っ最中であった。
「さあみんな後一時間したら夕食だからそれまで頑張りましょう!」
「ふぇぇ…もうドリルは飽きたじぇ…」
「あと少しなんだから頑張ってください優希」
「のどちゃんはずるいじぇ勉強もできるしおっぱいも大きいし」
「む、胸が大きいのは関係ありません!!ほら私が見ていますから早く続きをやりますよ」
「うえぇ…脳にもタコス力が必要だじょ…」
(まったくこの二人は…)
机の上に山積みに置かれた小学生用の算数ドリルをまだ半分ほど残しながらもノックアウト状態なのは今年新たに麻雀部に入部してきた四人のうちの一人片岡優希。その優希に対して母親のように諭すのは同じく一年生で去年のインターミドル個人戦を制した原村和である。この二人は同じ中学校出身ということもあってか仲睦まじく見ている久も微笑ましく思う。
そして久は残りの二人の新入部員の方へと目を移す。
「きょ、京ちゃんなんか勝手に電源が切れちゃった!?」
「うあああ咲お前、変なとこ押すなって言っただろ!」
「うぅぅ…だってだって」
やれやれと言った表情で再びパソコンの電源を入れるのは麻雀部唯一の男子部員である須賀京太郎、その様子をオロオロと涙目になりながら見守っているのは麻雀部一年生でありながら清澄のエースといってもいい程の実力を持っている宮永咲である。麻雀となると人が変わったかのように恐ろしい力を発揮するが今のこの状況を見ていると少しばかり不安になってくる。
「はあ…本当にインターハイ予選大丈夫かしら?」
「でもあん子等と約束したからけんね東京で会うためにも全国行かなあかんじゃろ?」
「そうね…どうしてるかしらっとメールだあら噂をすれば…ふふふ」
久のボヤキを聞いていた染谷まこがメガネをクイッと上げて呟く。久は『一年前にあった彼女たち』の事を思い出していると手に持っていた携帯が振動してメールの着信を告げる。そのメールを見た久の嬉しそうな表情をみたまこが不思議そうに尋ねる。
「どうしたんじゃ?」
「いえ、頑張ってるのが私達だけじゃないってわかったから俄然やる気が出てきたわ!!よしもうひと半荘打つわよ!」
久が髪を結び、浴衣の袖をたすき掛けして気合満々で卓につく。
送されてきたメールにはこう書かれていた。
送信者 大星大河
ねえヒーサー私たち決勝まできたよ。
インターハイ予選は来週からって聞いたから私たちが先に東京行き決めちゃうね。ヒーサー達も早く追いついてよね!!成長した私達の強さ見せてあげるから楽しみに待っててよね。
ではまた会う時は東京で・・・
◆
大将戦が始まるまでのインターバル、大河達が強豪館山女子を抜き二位に躍り出るという展開に天斗の心臓の
高鳴りはピークに達していた。
「ついにアイツの出番か…大河大丈夫かよ」
他の観客も天斗と同じく息を呑むようにして大将戦を待ち望んでいる中、先程の副将戦まで隣で一番の大応援をしていた館山女子の部員達が急に静かになり席に座る。
(なんだ館山の?今までうるさいくらいの応援が大将戦っていう一番盛り上がる場面だってのに…この静けさ…)
不審に思った天斗が耳を傾けてみるとどうやら一年生の後輩と先輩の会話が聞こえてきた。
「ねえ先輩大将戦なのに応援しなくていいんですか?」
「いいのいいのどうせ…命尾の奴が勝つんだし…勝つってわかってる試合応援する意味なんてないもの」
「私まだ命尾先輩の対局してるところ一回も見たことなんですがそんなに強いんですか?」
「アイツは本当に優遇されてるからね。普通部活に週一や二しかこない奴なんてウチみたいな強豪なら即退部、のはずなんだけど…アイツは…」
「へーすごいですね」
「すごいけどアイツは殆ど部員から嫌われてる。でもそれ以上に…」
「それ以上に、なんですか?」
後輩が不思議そうに言葉に詰まった先輩を見ると体が夏だというのに顔を青くしてガタガタと体を震わせていた。
「怖いんだよみんなアイツのことが…なんかみんなと同じようでも中身はまるで別の…」
「あはっははあんな小ちゃくって可愛い先輩が怖いなんて、」
「…一年生は『あの時の事』を知らないからそう言えるんだよ…」
冗談だと笑う後輩を尻目にモニターを青い顔のままで眺める彼女を見て天斗の心臓はより一層バクバクと高鳴り始めた。
◆
ついにインターミドル予選も大詰めとなり大将戦が始まる前から実況に熱が入る。
「井川プロついに大将戦ですが誰か注目している選手は?」
「やはり命尾選手ですね彼女の対局を生で見たことがないのでとても楽しみです。」
「そうですかしかし命尾選手に木更津女学院の剣崎選手、この二人はこの先高校生になってからもとても活躍が楽しみですね」
「高校といえば命尾絡みで一つ噂を耳にしました。」
「噂ですか?」
不思議そうな顔で尋ねるアナウンサーにひろゆきは少しずつ語りだした。
「はい、一年前千葉のインターハイ、常連校で知られる館山商業のエース大野がインターハイ予選を前に部活を辞めてしまった事なんですが…」
去年の夏千葉の名門校である館山商業のエース大野沙織が突然出場を辞退し退部した事件、当時の麻雀雑誌でも小さくはあるが記事に取り上げられることであったが原因は結局分からずじまいであった。
「大野選手といえばインターハイの個人戦で二年生ながらもベスト16入りした千葉の期待の星だった選手ですよね、それがなんでまた」
「その…大野選手が部活を辞めた日、同じ市内ということもあり館山商業は館山女子と練習試合を行っていたそうなんです…その練習試合の時大野選手と同じ卓に居合わせたのが…まだ入学して間もない…」
「命尾ですか、そんなバカな!?いくら強いと言っても相手は高校生でしかも全国でもかなりの強者ですよいくらなんでも」
「だからそれを確かめたいんです…その噂が本当なのかそして本当だとしたら彼女の内に潜むものは一体なんなのか…」
ひろゆきの言葉が信じられないアナウンサーが声を上げて否定するなか、ひろゆきは今から始まろうとしているこの戦いで噂の真偽を確認するべく大将戦開始を刻一刻と待ち望んでいた。
◆
対局室へ向かおうとする大河は前から歩いてくる人影を確認すると嬉しそうに歩み寄る。
「お、ユッキーじゃん」
「大河…」
「お疲れ~すごかったね私もあれくらい大きい手張れるようになりたいな」
「大河あの…」
雪奈はひどく悔やんでいた。
副将戦、是が非でも首位になり後続の大河の負担を少しでも軽くしなければならなかったが雪乃を諭すという結果的に敵に塩を送る形になってしまった。
恐らくいや確実に大将戦は今までで一番の混戦となる、それがわかっていたなら少しでも点棒を稼ぐべきなはずなのに…大河に申し訳なくて無言で立ちすくんでいると雪奈の頬を大河が指で突っついてきた。
「ユッキー心配しないでユッキーは自分の信念を貫いた、ただそれだけだよ。どこにも落ち度なんてない」
「でも…」
「このエースである私が信じられないの?そうだ優勝したあとどこかで打ち上げやろうよ、私ケーキバイキング行ってみたいな…タカトーの奢りでさ」
これから決戦の舞台に行くというのに…普段なら呆れるところだが大河の姿はこの時この場所ではなぜかとても頼もしく思えた。
「まったく…その能天気がいまはすごく頼もしく思えるわ…任せたわよ大将!!」
「うん!!」
パンッ!!
廊下に二人のハイタッチの音が響き渡りそして大河は対局室がある扉を手にかけゆっくりと開く。まだ始まりには時間に余裕があるので一番乗りかと思ったが階段の上にある舞台上の雀卓にはもうすでに一人の少女が牌をジャラジャラと手で弄んでいた。
「トラさん一年ぶりかな?」
「あんた…」
その姿は一年前と変わらず小学生くらいの背丈で腰まで伸びた透き通るような水色の髪と同じ色の浴衣姿、そして頭には縁日で買ったようなお面を横にかけた少女。
「ああ美味しそう美味しそう、絵本でみてからずっと食べたいなって思ってたんだ。虎ってどんな味がするのかな?やっぱりバターの味がするのかな?ねえ教えてよ…」
「命尾伊鞠…」
インターミドル千葉県予選大会決勝、大将戦まもなく開始
ついに大将戦が次回から始まります。
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