咲-saki-episode タイガー&ドラゴン   作:武田兎

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第二十九話 餓狼

「ただいま戻りました…」

「あ!お疲れ様です!」

「お疲れなの~」

「ああ…ありがとうございます…はあ…」

「ん?なんだ藤林、どうかしたのか?」

 

副将の芽衣子が憔悴しきった顔で館山女子の控え室に戻ると既に大将戦が始まっているらしく3人は食い入るようにテレビを見ていた。

そして芽衣子が帰ってきたことに気づくと全員目線を一旦テレビ画面から逸らして帰ってきた芽衣子を労う。

みんなに労われながらも疲れた顔でゆっくりとソファーに腰を下ろす芽衣子の姿はこの世の終わりでも来たかのように沈んでおり俯きながらため息を吐く様子を見かねてキャプテンの響が尋ねる。

 

「実は…こっちに戻るとき伊鞠と鉢合わせまして…2位にもなれなかったんだから大会後の打ち上げで奢れって…」

「そ、それは…」

「芽衣子ご愁傷様なの」

「な、ならバイキングとかのがいいな」

「じゃないと芽衣子のお財布が持たないの~」

「そう思うなら先輩達も少しは出して」

「嫌だ」

「いやなの」

「……」

 

ご愁傷様と言いながらも朱夜はケラケラと笑いながら合掌をし、響は今月私もピンチでなと白目を向いている芽衣子に申し訳なさそうに呟く。

 

(この人達…なんでこんなに余裕なんだろ…まだ一位になったわけでもましてや優勝が決まったわけでもないのに…)

 

この時この中で唯一の一年生である弓塚茜は、まだ大将戦は始まったばかりであるにも関わらず既に優勝を確信しているように余裕のある先輩達の空気に違和感を感じていた。

それを察したのか響が茜に話しかける。

 

「ああ、弓塚は命尾の対局をあまり見たことがないんだったな?」

「はい、命尾先輩はあまり部活には顔を見せませんし…来ても打っているところは…だから実際に打っている所を見るのはこれが初めてです」

「そうかならよく見ておくといい。我が館山女子の絶対的エースであり、そして…全国トップクラスの彼女の実力を」

 

全国トップクラス、まだ一年生である茜は中学での全国レベルがどんなものかまだ知らない。だが私だって小学校時代は県の大会で何度も入賞した事がある。いつか私だって…そう意気込んで生唾を飲み込んだ時だった。外から突然何かの獣が叫ぶ声が聞こえてきて思わず隣にいた響に抱きつく。

 

「ひゃ、ななに!?」

「ただの犬の遠吠えだよ」

「でも…なんかドンドン増えてるんですけど…」

 

最初の遠吠えを皮切りに遠吠えの数は二つ三つと徐々に増えていき大会会場の外であちらこちらからまるで共鳴しているかのように聞こえてくる。

 

「仲間を応援してるのねー」

「な、仲間って?」

「伊鞠のことだよ、アイツが『アレ』をやり始めようとするといつもなんだ」

「え?『アレ』って…?」

 

芽衣子がソファーに深く座りながら面倒くさそうに応える。

何がなんだかわからない茜は響の制服の裾をつかみながら怯えた声で聞き返すと響は画面の中で不敵に笑う伊鞠を見て呟く。

 

「さあ始まるぞ、狼の狩りだ」

 

 

伊鞠から感じた悪寒が収まらないまま黙々と場は進行しているが、先ほどの事以降伊鞠は不気味なほど静かで一葉のダブリーに対して徹底的に安牌の連打である。

 

(なんだったんだろ…さっきの…あの人何かしたの?まあ私の『豪運』の前じゃあなにしても関係ないッスけどね!にしてもおかしいな…そろそろツモれてもおかしくないんだけどな…)

一葉:{44678一二三六七八⑥⑧}

 

いつもなら遅くても河の二列目の終わり頃にはツモれるはずなのに今回に関してはすでに三列目が始まってしまっている。今までこんな事がなかっただけに一葉は内心焦りを感じていた。

結局この局は一葉は上がることができずに流局となってしまった。今までに自分がダブリーをして流局になったことがなかったので流局になった直後は呆気に取られていたが、次こそは上がると決意をして気持ちを切り替え場は東3局3本場へ移行していった。

 

東3局 3本場

 

(やっぱりあの人なにかしたのかな?でもそんなんじゃ私の能力は防げないッスよ…よし!今度こそは上がってやるッス!!)

「ふふ~ん」

 

一葉はキッと睨みつけるが当人の伊鞠は自分の手牌の理牌に夢中で一葉には目もくれない。

一葉は前局での出来事を吹っ切ろうと大きく深呼吸をしてから自分の手牌をゆっくりと開く。そしていつも通りに自分の絶対的な武器であるダブルリーチをしようと手に持った千点棒を卓に置こうかというところで思わず声が漏れてしまった。

 

「…え?」

一葉:{22456三五六①②⑥⑧西南}

 

なんと今度の一葉の手牌はダブリーの流局はおろかその肝心のダブリーすら出来ない配牌であった。思いもがけない事が立て続けに起きた一葉の頭は錯乱し、何度も何度も手牌を見直して確認するが牌が変わるはずなどなく涙目になりながら卓に千点棒を置こうとしていた手を下げるしかなかった。

 

(なんで!?今は私の親なのにリーチができないなんて…さっきといいこんなこと今まで一度も…)

 

一葉が涙を我慢するためにプルプルと体を震わせていると下家の伊鞠は白い犬歯をむき出しにしてニタニタと上機嫌に笑っている。

 

「ん~美味しい美味しい、」

(やっぱりこの人がなんかしたんッスか…?でも一体…)

(木更津の子今回はダブリーしないんだ…なら…)

 

一葉がダブルリーチをかけないことをチャンスと思い大河はここぞとばかりに鳴いて速攻を仕掛ける。

 

「ポン」

「ポン」

(よし!張った!!しかも五面待ち!!)

大河:{2223456 ポン中中中白白白} 捨て牌{⑥}

 

大河は見え見えの染め手だが待ちは5巡目という早い段階で{13467}待ちという理想系。

どんなに見え見えの混一色だと分かっていてもこれだけの速さならいつかはツモるか押し出されるだろうと{⑥}を切った時だった。

 

「あ、それロン2000」

伊鞠:{①①②③④⑦⑧四[五]六678}

(ぐっ!?張ってた!?、ダブリーじゃないとしてもこんなに早い段階でなんて…)

 

大河が苦そうな顔をして点棒を渡すところを一葉はぼーっと眺めていると隣に座っている一葉で辛うじて聞き取れるほどの小さな声で呟く。

 

「へー親でダブリーできるだけじゃないんだね…」

「え?」

 

一葉が聞き返そうと振り向くと伊鞠はニコニコとした顔でサイコロを回そうとしていた。そしてその直後、笑顔は一葉に向けられ…

 

「さあ私の親だね~じゃあもう一回…」

「ひっ!?」

「いただきます」

「ん~最高~」

 

またしても自分の中の大切な何かを食い荒らされるような感覚、そして再び伊鞠の背後から見える大きな狼のシルエットに一葉は恐怖で息を呑む。

そしてそれとは対照的に伊鞠は頬に手を当て、なにか美味しい物を食べた時のような恍惚の表情である。

 

「よーしそれじゃあ…」

 

伊鞠は伏せていた手牌を開けてひと目確認すると千点棒を手に持ちそして…

 

「ほらほらリーチ、リーチだよ!!」

「な!?」

「…え?」

『な、なんと今度は命尾選手がダブルリーチ!!この対局一体どうなっているんだ!?』

 

 

「なんですかこれ…こんな偶然あり得るんですか?」

「偶然なんかじゃない、これが命尾伊鞠だ。」

「一体命尾先輩は…何を…」

 

テレビ画面越しに起きているこの異常事態を飲み込めない茜が小さく声を漏らす。

それは今まで茜が積み上げてきたモノ(麻雀)を根底から否定するかのような圧倒的な力。

それを目の当たりにしている茜の体は冷房の効いた部屋にも関わらず額から冷たい汗がにじみ出てくる。

 

「全国には常識では到底計ることのできないような怪物達がわんさかいる。でもその怪物たちですら危険だと恐れる者がいる。それが…」

「命尾先輩ですか?でもどうして…」

 

響の次の言葉を察したかのように茜が応える。

その会話を芽衣子と朱夜は画面を見ながら無言で聞いている。

 

「それは、アイツが…」

 

響が答えた時にちょうど画面から大きな歓声があがり声が聞き取りづらかったが茜にははっきりと聞き取れた。

全国の魑魅魍魎を震い上がらせる天鈿女命の一人、命尾伊鞠の能力それは…

 

「ロン、あらら裏が乗ちゃって12000だ」

伊鞠:{④⑤⑥⑦⑧⑨一二二三三四77} 裏ドラ{7}

「あ、ああ…返して、返してください…私の、私の」

 

 

 

 

 

----------------------人の能力を食らう

 

 

 




投稿が遅れて申し訳ありませんでした。
ついに登場した伊鞠の能力、皆さんいかがだったでしょうか?
楽しんで頂けたなら幸いです。

それではご感想、ご意見お待ちしてます。
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