ゴーストワールド   作:まや子

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25. 教会(2)

 わたしは何度か瞬きをして、そのあいだに頭を働かせた。

「わたしがどこで何をしてたか?」

「そう」

 今度もすぐにいい加減なごまかしが出てきた。ありがたや。

「VIP席で観戦よ。決まってるでしょ」

「君自身はプレイヤーとして参加しなかった?」

「そう聞こえなかった?」

「訊いてるんだけど」

「ならこう答えるわ。言いがかりよ」

 クロロはため息をついて話を続けた。

「君の家に行ったけど、君はどこにもいなかった。すぐさまそこへマフィアらしき男たちが来て、ようやくオレは嵌められたことに気づいた。誰かが差し向けてきたとしか思えないタイミングだった。そいつらは支部長の家がどうのこうの、ファミリーの面子がどうのこうのと口々にわめきたてて向かってきたから、面倒だったけど殺した」

 数十人の筋者たちを相手どって、ひとり残らず殺して、その感想が『面倒だった』とは。恐ろしい話だった。こんなやつらを野放しにしておくのはやはり危険すぎる。原作でクラピカは彼らを『冥府に繋いでおかねばならないような連中』と表現していたけれど、なかなかもっともな意見じゃないか?

「何人かにちょっと訊いてみたら、デルベの家が襲われて、その犯人がオレたちだっていうじゃないか。オレは驚いたよ。オレたちの首に報奨金も約束されてたらしいね」

 わたしは目を見開いてみせた。

「まあ。でも、当然だと思うわ。マフィアっていうのは体面が大切だもの」

 そういう商売なのだ。なめられたら立ち行かなくなる。顔を汚されたら、拭って、もう二度と馬鹿が馬鹿なことをやらないように、汚した馬鹿をしっかり殴ってほかの馬鹿を教え諭さねばならない。

「ふうん? ま、とにかくオレたちにはデルベ家を襲った記憶なんかない。誤解があったらしいとわかった。でもそこで困ったんだ。誤解を解こうにも皆死んでて聞いてないし。クローディアなら何か事情を知ってるんじゃないかと思って携帯に電話したけどつながらないし」

 クロロはお手上げ、というように手のひらを天井に向けた。

 わたしは今さらぞっとしていた。人を傷つけることに――人を殺すことに――まったく抵抗がないこの男に。幻影旅団に。

 あの夜、B級映画みたいな安っぽさでどんどん人が殺された。なのに、やっている本人たちにとってはB級映画じゃなくて日常系映画なのだ。

(それってすっごくグロテスク)

 わたしは湧き上がる嫌悪感を隠そうと顔をうつむけた。

(今さらじゃないの。こういう世界で、こういう人たちだって、わかってたはずよ。それにこいつらだってわたしに嫌悪されるのは心外だって言うでしょうよ)

 そう自分に言い聞かせるのはそんなにうまくいかなかった。そんなことわたしだってはじめからわかっていて、それでも虫唾が走るのだから。だから作戦変更した。

(好き嫌いとは切り離して考えましょう。とりあえず犠牲になったのはどこかの誰かで、わたしじゃないわ。今のところ話も通じてる。問題ないわ)

 この考え方はうまくいった。名前も顔も知らない誰かが犠牲になっているうちは、気の毒ね、ですむ。そういう危険に自分が直面するとなったら、そのときに考えればいい――自分でも思考停止だとはわかっていた。でもわたしはこの気持ちをこれ以上掘り下げる気はなかった。彼らはこれから商売したい相手、それなりに好意を抱いている相手なのだ。

 

「――おかしなことに、この一連の事件は、夜が明けたら話が変わっていた」

 クロロは足を組み換えた。

「なぜかオレたちが襲った家が2軒――いや、グレイ家のサマーハウスを含めて3軒かな、増えていた。デルベとモンダドーリだ。……この3件の事件、君が関わっているんじゃないの?」

「わたしが? なぜそんなことをしなきゃならないの?」

「興味深いことに、どちらもマフィアの要人だ。それもグレイギャラリーが肩入れしてるマーヴェルファミリーの商売敵のファミリーの。

 モンダドーリのほうは、結果だけみてみると、警察による現場の捜索でカキン系マフィアである清安和のマネーロンダリングの証拠が出てきて、エトルーズカジノは閉鎖された。そして清安和はカジノという資金浄化装置とヨルビアン大陸における大きな足場を失った。

 デルベの自宅を襲った件については、うーん、ヴィネッタファミリーのモーナンカス支部とオレたちとをつぶし合わせるつもりだったんじゃないのかな」

 わたしは鼻で笑った。

「モーナンカスに支部を構えているマフィアなんてたくさんあるし、マフィアの関係者はもっと多いわ。被害を受けたのが彼らだったとして何の不思議があるの? それに仮にあなたの言うとおりだとして、それをわたしがやったという根拠でもあるの? そのふたつと競合しているマフィアはマーヴェルだけじゃないわよ」

 わたしの挑発的な態度にもクロロはまったく心を動かされていないようだった。憎たらしいほど落ち着いていた。

「そうだろうね。でも君しかありえない」

 どことなく面倒くさそうな表情。茶番に無理に付き合わされることになって大儀だといった感じ。

「オレたちは『幻影旅団』と名札をつけて活動をしているわけじゃない。犯行予告も犯行声明も出さない。顔も名前もつかまれていない。にもかかわらず、一連の事件がなぜ幻影旅団の犯行として知られている?」

「そうね、実は警察や対テロ機関やマフィアに存在や顔がつかまれたんじゃないかしら。だって現にわたしにはつかまれてたじゃない。わたしを唯一の例外と考えるのは不合理よ」

 わたしはぬけぬけと言った。

 クロロは首を振った。

「そうだとしよう。でも不可解なのはデルベ家が襲われた直後にはもう犯人を幻影旅団だと名指ししていたことだよ。犯人が自分で幻影旅団だと名乗ったか、そう誰かに吹き込まれたかのどちらかだろう」

「彼らもあなたたちを知っていたのかもしれないわ。彼らにあなたたちは1件目の現場近くで偶然目撃されていた、それで同一犯だと考えた、とか。まあ今となってはみんな死んじゃってて確かめるすべもないけど」

「ああ。このあたりは推測するしかない」

 わたしと違ってクロロは答えを持ってないし、これから持つこともおそらくない。隣人のイーラン=フェンリがヴィネッタファミリーの人間で、わたしがそうと知っていて彼らを誤認させる情報を流しただなんて、知りようがない。

「わたしじゃないわ。自分が言ったことをよく思い出してみて。わたしがマーヴェル側の人間だとして、わたしが幻影旅団の犯行とヴィネッタに吹き込むには、同時にヴィネッタとも相当通じてなきゃいけないわ。あなたはこのことに無理のない説明ができる? 推測するなら、きっとわたしじゃないわね」

 クロロは無視して続けた。

「今回の被害者たちには共通点がある。そうだよね。全員エミール会に参加していた」

「競り落としたものが狙われたというわけね」

 わたしは相槌を打ってあげた。

「これがデルベとモンダドーリを選んだ理由なんじゃないの?」

「なんですって?」

 まだ推測は続いていたらしい。

「ひとりだけ、今回の事件の予測を立てられた人物がいる。君だ、クローディア。君はオレたちを知っていた。オレたちの狙いがエミール会にあることも知っていた。どの会員がエミール会に出席していたかも知っていた。オレたちがエミール会の参加者を狙うなら、オレたちの行動に前後してほかの参加者を狙えばオレたちに罪をかぶせることができる――そう考えたんじゃないの?」

 わたしは笑い声を立てた。そして違う可能性を指摘した。

「参加者くらい、名簿を見ることができる人ならすぐに知ることができるわ。それに社交シーズンのモーナンカスよ、たいていの会員が参加するわ。

 だいたい共通点と言ってもね。5件程度じゃ母集団が少なすぎるんじゃないかしら。さっきも言った通り、1月のエミール会は参加率がすごく高いの。モーナンカスの上流社会の多くが会員になっていて、その多くがエミール会に参加していたのよ。被害者がその参加者たちだったからって、狙いがエミール会参加者だったと言うのはちょっとこじつけがましくない?

 となれば、デルベとモンダドーリの2件は単にほかのギャングが暴発して金持ちを狙って起こした事件かもしれないでしょ。あなたが言ったばかりね、そういうことはままあると」

 クロロは、そうなんだ、とうなずいた。

「なのに、なぜオレたちに関係のない2件までオレたちの犯行とされているのか。これはますます疑問だよね。錯綜していた当時ならともかく、もう警察の現場検証も終わっている今、なぜまだ誤解は解かれていないのか。

 似たような事件が同時期に起きたから同一犯の仕業だ――そういう予断をもって捜査されているのかもしれない。でもそれだけじゃないかもしれない。オレが当事者でなかったなら、オレも君の言うとおり6件をエミール会という共通項でくくってエミール会の参加者が狙われたと言うのは牽強付会ではないかと思う。母集団が少なければ共通点も簡単に見つかる。警察もこの共通点を挙げるときの危険性くらいはわかっているはずだ。

 それでもなお同一犯によるものだと考えているとすれば――警察も完全に無能というわけじゃない――それ以外にこの説を裏付けるものをつかんでいるからじゃないのか」

 クロロはいったん言葉を切った。そして小さな吐息。倦んでいるようだった。彼はあまり言葉が多いほうじゃないから。

「そのひとつはたぶん、もっと絞りこまれた共通点だ。彼らは全員何かを落札している。その何かに共通点がある。――彼らが落札した美術品は、アーゼル王国から流れてきた品だという共通点だ。

 エミール会にはほかにもマフィア関係者がいた。その中からデルベとモンダドーリが選ばれたのは、彼らがこの共通点をもっていたからだ。君は気づいてたんだろ、クローディア。エミール会にどんなものが流れてくるのか、オレたちの狙いがどういうものか。突発的に便乗するようなギャングがこの共通点に気づけるはずはないし、ここまで精密に目標を選べるはずもない。

 彼らが狙われたのはたまたまだった。君はマーヴェルファミリーに与している。マーヴェルファミリーの商売敵なら誰でもよかった。べつにこのふたりでなくてもよかったんだ」

 熱を帯びない指摘だった。

「偶然だわ」

 わたしは肩をすくめて微笑んだけれど、内心不安でいっぱいだった。クロロの口角がかすかに上がっていたのだ。

「それともうひとつ、警察の同一犯説を裏付けているものがある」

 わたしは小首を傾げた。

「――クローディア、君、念能力者だろ」

 吐き気がしてきた。

「警察は犯行現場の共通点も見つけたんだ。――貫通痕はあるのに、銃声らしい銃声がなかったり、薬莢が落ちていなかったり、火薬が検出されなかったり、射創管も銃のものにしては不自然だったり、そればかりか弾丸も発見されなかったりね。――念弾の特徴だよね、これ。

 こういった特徴的な形跡がすべての現場から発見された。これはシャルナークが手に入れた情報だけど。ここまでそろえば、警察が同一犯の犯行とみるのはまあ仕方ないことだろうね。

 一方の君だけど、ここまで状況証拠をそろえられるのは君くらいだよ。君はフランクリンを知っていた。フランクリンの念系統もその目で確かめた。どういう能力かも見当がついていたはずだ。放出系で、指先が切り落とされているという外見的特徴からね。

 それで、君自身が同様の念能力を使うか…それっぽくないから、君の仲間が念弾を使う能力者か……とにかく似たような現場をつくりだした。ひょっとしたらフランクリンの念能力まで最初から知っていたのかもしれないな。だから同類の念能力者を用意できた。念弾は珍しい能力じゃないしね」

 のどがからからだった。かなり真実に迫ってくるだろうとは思っていたけれど、ここまでとは思っていなかった。でもまだ想定範囲内。

「どう?」

「まあまあかしらね」

「認めるの?」

「ええ」

 わたしは首から下げた懐中時計のチェーンを、無意識のうちにロザリオを繰るように手でいじっていた。

「大方はあなたの言う通りよ、クロロ。話を書き換えたのはわたし。ちょっと演出過剰だったかしら。思えばこれで、あなたとの最初の出会いにも失敗したのよね」

 苦い失敗だった。そのせいで方針変更を迫られた。

「大方ってことは、違うところがあったんだよね。訂正したい?」

 お義理で一応訊くけど、という言葉が前についていてもおかしくない響きだった。興味の薄さが透けて見えていた。

 少し考えてうなずいた。

「そうね、させてもらうわ。でもその前にいいかしら……どうしてあなたたちは、フルンゼを襲った後サマーハウスへ行ったの? 何をするつもりだったの?」

 クロロは内陣障壁の上に立つ像に似た含みありげな穏やかな表情で沈黙を守った。

「言わないわよね。そうでしょうね。いいの、わかってるから。……クロロ、あなた、わたしを殺しに行ったのよね」

 クロロはやっぱり何も言わなかった。

 実に不愉快だった。不愉快だけれど、理解はできた。わたしだってこの世界でもう11年生きていて、ルールも承知していた。この世界の人権意識ときたら、チンギス=ハンがシンデレラに見えるほどなのだ。強者と弱者との差が前の世界よりはるかに大きい。強者が弱者を顧みることはない。弱肉強食の世界なのだった。

「もう用無しだったから。利用だけして、それでゴミみたいに捨てるつもりだった。いいのよ、怒ってない。失望もしてないわ」

 そう、怒りはなかった。胸糞悪さを感じないでもないけれど、これは無視できた。わたしが踏みつけられる対象になったことに対する胸糞悪さだし、結局のところわたしも彼らと同じ穴のむじなだからだ。

「あなたたちなら、そうするだろうなと思っていたのよ」

 わたしは彼らの顔や名前を知ってしまっていたから、協力関係を得ることができなければ殺されるくらいはするだろうとわかっていた。生かしていても益はないし、殺しておけば憂いは減るから。

「そう、訂正というか付け足しなんだけど。デルベの自宅を襲った件」

 うっかり忘れるところだった。

「あなたはヴィネッタの支部と幻影旅団をつぶし合わせるためじゃないかって推測したけど、主目的はちょっと違うわ。――意趣返しだったの。わたしを殺しに来るだろう、あなたたちへの」

 そうと知られないのはちょっとさびしい。

 クロロは苦笑いした。

 


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