超兵器これくしょん   作:rahotu

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だいぶ更新が遅くなって申し訳ありません。

二カ月に一回くらいのペースで今後は更新できたらなと、思っていたり。


9話

 

いく筋もの噴煙が上がるたび、逃れられぬ弓矢となって敵を射抜く。

矢は絶えることなくその白煙で空に軌跡を描き、反対に漆黒の雲は散りぢりになって海へと帰る。

 

ヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィント、アルウス、この三隻から間断なく対空ミサイルが発射され、その威力を前に既に百を超える敵機が戦うことなく一方的にはたき落とされていく。

 

「まるで七面鳥撃ちですわ、唯突っ込む事しか知らないのかしら?」

 

アルウスは呆れを通り越して、敵の無策に実は何か意図があるのではないかと、真剣に罠があるかどうか悩んだ。

 

同じ世界大戦期に作られたとはいえ、超兵器の存在によって階段飛ばしどころかロケットに乗って宇宙に飛び出るくらいのスピードで軍事技術が発達した超兵器達の世界と、この世界とでは余りにも格差が大きい。

事実もしヴィルベルヴィントが先の演習でミサイル兵器を許可されていたら、無傷での完封勝利も夢ではなかった

だからアルウスがこう思うのも仕方がない事なのだが、しかし彼女達もまた敵の力を侮っていた。

 

 

ほぼ一方的に無抵抗に味方が落とされ被害を今尚拡大する深海棲艦は航空攻撃の無意味さを悟っていた。

このまま攻撃を続行して敵の弾切れを待つ前に、味方の艦載機が尽きてしまう。

深海棲艦の空母機動部隊はキスカ島攻略だけでなく、その後の本土攻略に必要な大事な戦力であり、無駄に消耗する事は何としても避けねばならなかったが、あえてこの愚行を行っているのには訳がある。

 

「ゼンカンハイチニツキマシタ、イツデモイケマス」

 

部下からの報告にやっと準備が完了したかと旗艦タ級éliteは今一度状況を確認した。

深海棲艦のネットワーク上では、相互に互いの位置情報と詳細な状況が映し出されそれらの位置を線で繋ぐとほぼ真円が出来上がっている。

その中心は三つの重なり合うノイズ、艦娘の中から新たに出現した(と深海棲艦は思っている)超兵器が発するそれで判明しないが、位置さえ分かればいいとタ級は作戦開始の指示を出す。

 

 

 

 

 

不意に敵の空襲が止んだ。

先ほどまでレーダー上の三分の一を埋めていた反応は、潮が引くように消え去っていた。

北の海は静寂を取り戻したかに見えた。

 

「全艦残弾確認、周囲の警戒を怠るな」

 

ヴィルベルヴィントがそう言おうとし、聞き覚えのある風切り音に反応した時には、

 

「散開!」

 

と叫んでいた。

 

急いでその場を離れた三隻がいた地点に、水柱が幾本も立ち上がる。

水柱の大きさから明らかに大口径砲、恐らく戦艦クラスの主砲と断定したのもつかの間、水平線の彼方より敵が姿をあらわした。

そしてその砲火を容赦なくヴィルベルヴィント達に叩きつけた。

 

投射される火力量は海面に叩きつけられると同時に巨大な水の柱と後に来る雨となってヴィルベルヴィント達を濡らす。

ヴィルベルヴィントは巧みに舵を操り、可動式のブースターも併用して砲火をくぐり抜けているが、シュトゥルムヴィント、アルウスは逆に自慢の速力を敵の連続砲火によって潰され苦戦を免れなかった。

 

「くそ!むざむざ包囲されるとは、敵を侮ったか」

 

シュトゥルムヴィントはそう吠えつつ、反撃の糸口を掴むため反撃を試みる。

41㎝砲を無理な体勢で撃ち、なんとかバランスを取るも敵に当たらず苛立ちが募る。

なぜたかが通常艦如きにこうも煩わされなければならないのか、と。

深海棲艦は決して無理に距離を詰めず、包囲網を維持したままジリジリと近づきつつも遠距離からの火力投射に終始していた。

いままでの対超兵器との戦訓から、まともにぶつかっては勝てないと判断し敵を近づけず且つ消耗を狙う方向へと転化している。

極秘裏に入手した超兵器の演習を分析した結果、特に高速を主体とする敵に対しその行動半径を奪い自由に機動させないことが第一であると判断した。

演習の前半は高速機動により攻撃地点を自由に選べた超兵器が優位であったが、演習の後半航空機からの空襲で少なからず行動を制限され攻撃を受けると速度が減少するという弱点を露呈し戦艦の主砲の直撃を受けている。

つまり狩場に誘い込んだ狼をじっくりと追い込めつつ、最後は袋叩きにしてしまおうとの魂胆だ。

 

狩るものと狩られるものの立場が逆転した戦場。

それに気が付かぬ筈がない超兵器達だが、本来一撃離脱に特化した運用を成される筈のヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントはこういった状況では手詰まりであり、援軍を求めようにもそもそも彼女達がキスカ島から敵を引きつけいる間に本隊が島を奪還するプランの為、それが終わるまで援軍のあてはない。

絶え間なく浴びせられる砲撃、ご丁寧にあえて散布界を広めに取りしかも互いの射角を重ねることで密度の濃い弾幕を形成する始末。

とっさにシュトゥルムヴィントとアルウスは舵を切った。

シュトゥルムヴィントは右に、アルウスは左に。

その両者の間に砲撃で生じた水のカーテンが遮る。

 

「ああもう!せっかくの服が水でびしょ濡れですわ」

 

水を被り濡れた髪を手で鬱陶しそうにかき揚げたアルウスがそんな事を言っている間に、深海棲艦の陣形が変化した。

砲撃でできたアルウスと他二隻との間に深海棲艦が割り込み、両者を二分したのだ。

包囲下に置いた敵を更に戦術的に二分する。

普通の艦娘であればこの時点で敗北は決定的であった。

戦場は変化した、追い立てるものと追い立てられるもの、その立場に変化こそ無いが状況はより劣勢な方に悪く傾いている。

アルウスを包囲する深海棲艦のグループとヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントを包囲するグループに分かれ、特にアルウスの包囲網は急速に狭まっていた。

 

周辺に砲弾が降り注ぎ、髪も服も艤装も海水に浸かり帰ったらシャワーを浴びたいと頭の中で考えつつ敵を牽制する。

敵に接近された空母は弱い、無論超兵器であるアルウスは接近されても41㎝砲で追い散らせるが今回はその数が問題であった。

普段数の暴力を行う側が身をもってそれを体感する立場になると、予想以上のストレスに苛立つ。

特に相手が自分を沈めた相手のような特別な艦隊ではなく、ただの戦艦如きにヤられるなど彼女のそして超兵器としてのプライドが許さなかった。

アルウスが怒りに任せ無理に反撃を加えようとしたその瞬間、わずかに鈍る速度と針路が単純となる隙を逃す筈がなく戦艦戦隊からの砲撃が降り注ぐ。

直撃弾と共に相手の逃げ道を潰すほどの物量、アルウスは敢えて立ち止まる事で命中弾を最小限に抑え体を日傘の下に隠すが一旦止まってしまった足を再び同じ速度に戻すには時間がかかる。

防御重力場と超兵器の装甲の複合であるハニカム構造の日傘は、その防御性能を存分に果たしたが、視界を潰す砲撃の嵐を抜けた時、爆炎に紛れて敵の水雷戦隊が接近した。

とある海域で艦娘が使った味方の砲撃をカーテンとし、その隙に接近し雷撃を見舞うというこの戦法。

雷撃距離まで詰められたアルウスに海中から群狼が襲いかかった。

逃げるには遅すぎ、避けるにはアルウスの巨大はあまりに不利。

 

「全砲門、俯角最大になさい!」

 

故にアルウスは迎撃する事にした。

対空砲として使用しているものも含め、艤装の各所から海面に向け弾幕を放つ。

機銃弾が海面を叩き、魚雷を撃ち抜くと立ち続けに海上に水柱が舞い上がる。

10を超える魚雷が目標を前に爆発したが、しかし全てを迎撃する事は不可能であった。

最初の一本が命中すると共に衝撃が海中を揺るがし、続いて命中した魚雷が炸裂音し連続で海面が沸き立つ。

 

迎撃されこそすれ艦娘であれば正規空母クラス三隻を余裕で大破轟沈する事ができる魚雷攻撃を受け、さしもの超兵器もこれでお終いかにみえた。

だが、アルウスは余裕でその場に立っていた。

命令した魚雷はアルウスの分厚い装甲に阻まれ、かつとっさに日傘を海中でガードに使用したアルウスに殆どダメージを与えられていなかったのだ。

だがアルウスは一切身じろぎせず、顔を伏せだんだんと肩を震わせる。

 

「て…くも…よ…」

 

先ほどからブツブツと何かを呟き、一切こちらに興味を示さない敵の様子に不気味に思った深海棲艦は、思わず攻撃の手を止めてしまう。

遠くにはヴィルベルヴィント達を包囲し、激しい集中砲火を与えている味方がいるのにも関わらず、何故かこの場所だけ静かになっていた。

 

「この私の玉の肌に傷を、傷を、よくもヤってくれたなこの雑魚共め‼︎」

 

普段の様子からは考えられないほどの豹変。

その瞬間超兵器機関から溢れ出すエネルギーが青白いオーラとなり、瞳の奥に紫電が走る。

青白いオーラを纏うアルウスは右手の人差し指を深海棲艦に突きつけた。

ほんの僅か、魚雷の破片が彼女の指先に小さな赤い筋を引いていた。

アルウスの滑らかで艶のある白い雪原を思わせる細く長い指先。

そこに小さな赤い川が流れ、深海棲艦はあれ程の攻撃を受けこの程度しかダメージを与えられなかったのかと驚愕する。

だがアルウスにとってそんな事はどうでもいい。

 

「まだあの方をお乗せした事も無いのに、私に触れていいのはあの方だけなのに。それを、それを、それを…」

 

アルウスにとってプライドを傷つけられた事、それ自体が問題なのだ。

全てを見下し、嘲り、慢心せずして何が超兵器か。

有象無象の一切を飲み込み、傲然と君臨し全てを蹂躙する。

名誉も誇りも勝利も当然のもの、求められるは完全無欠の完全試合(パーフェクト・ゲーム)。

傲慢、あまりにそのあり方は傲慢に過ぎる。

しかし、そのあり方を許されるのが超兵器だ。

故に、アルウスは艤装を解く。

腰元の飛行甲板と41㎝砲が海中に没し右手で左肩を掴み、ドレスを勢い脱ぎ捨てた。

 

 

 

 

突然の武装解除、深海棲艦は敵が降伏するのかと疑ったがその疑念は直ぐに否定された。

田舎貴族趣味溢れるドレスを脱ぎ捨て、その中から現れたアルウスの本当の艤装。

白い鷲の尾羽をあしらったカウボーイハットに豪奢な金髪を押し込み、胸に星型のバッチがついたネイビーホワイトの服の上からでもわかるアメリカンダイナマイトボディ。

丈の短いスカートの間から覗く肉感的な太ももから見える肌はきめ細かく、海の日差しを受けても焼けるという事が無いのか、惜しげもなく太陽の下に晒している。

背中にはトライアングルデッキを模した飛行甲板を背負い、両手にはボウガンとライフルが一体となった武器が握られている。

両足の膝まで覆う装甲脚の踵には輪拍型の推進装置が付いている。

 

「蜂の巣にしてやるよ、くそったれども」

 

そう言うやアルウスは両手のボウガンのトリガーを引き絞る。

 

 

 

 

 

ドクン、と超兵器機関(しんぞう)が高鳴る。

戦力を二分され包囲されている危機的状況にも関わらず、ヴィルベルヴィントは高揚していた。

周囲からは絶え間なく砲弾が降り注ぎ、その全てを巧みな舵取りで回避するヴィルベルヴィントは過去に想いを馳せる。

いつ以来だろう、この懐かしい感触は。

艦娘という肉体を得る前、あの血生臭くとも麗しい世界での記憶。

私に乗っていた人間達が、最後の悪あがきにと“枷”を外した日の事を。

 

アルウスから発せられる超兵器機関の力の余波によって、ヴィルベルヴィントの超兵器機関もまた力を解放しようとしていた。

別の世界では暴走とも呼ばれるこの現象によって兵員なき超兵器が無人で戦い続けたり、自身の力に耐え切れず崩壊したりするなど、一度解放してしまえば取り返しのつかない事になる。

今回アルウスは無意識のうちにほんの僅かに、力を漏らしたに過ぎないがそれが呼び水となって周囲の超兵器機関に影響を与えているのだ。

 

この心地の良い激情に身をゆだねたいと、ふとシュトゥルムヴィントに目をやると、一気に体の火照りが冷めた。

 

「フゥー、フゥー、フゥー」

 

普段の美しい容貌が歪み頬を赤らめ、鋭い犬歯を剥き出しにし艤装の隙間から青白い光が漏れ出ており今直ぐにでも飛びかかりたい様子のシュトゥルムヴィントがそこに居た。

ヴィルベルヴィントよりも力のあるシュトゥルムヴィントは、それゆえ超兵器機関の影響を受けやすくほんの僅かな力の余波で、こうも容易く枷を外そうとしてしまう。

ヴィルベルヴィントは一度頭を振って冷静になると、巧みな操舵でシュトゥルムヴィントの背後に近寄りその首根っこをいきなり掴んだ。

 

「抑えろ」

 

耳元でそっと囁くと、シュトゥルムヴィントはギロリと瞳をこちらに向ける。

しかしこちらの顔が分かると、途端切なげな表情をしを浮かべた。

まるでご馳走を前に待てと言われた犬の様に、耳と尻尾があったら垂れている事だろう。

歪んだ容貌は元に戻り首をを掴まれ上目づかいでこちらに訴えかけるシュトゥルムヴィントに、ヴィルベルヴィントは力を緩めようとするが、その瞬間獲物目掛けて飛び出す事は間違い無いのでもう一度言い聞かせる様に力を込めた。

 

「“アレ”はまだ敵じゃない。いいか、敵じゃない」

 

「敵…じゃ、ない?」

 

「そうだ、お前の獲物はあっちだ」

 

たどたどしい言葉遣いで返事をするシュトゥルムヴィント、彼女は言語に障害が出るレベルまで力に身を委ねようとしていたのだ。

シュトゥルムヴィントに触れた瞬間、何を獲物として認識したのかわかったヴィルベルヴィントはその矛先を別の方向にそらす事にした。

ヴィルベルヴィントが視線を向けた先、敵の包囲網の最も分厚い箇所、のその先、敵の旗艦がいる場所。

 

「分かるな、あそこまで行って獲る。邪魔する物は全部壊していい」

 

「アレ、全部?」

 

「ああ全部だ」

 

難しい事は言わない、良いものと悪いものをはっきりと分ける。

段々とシュトゥルムヴィントの瞳が正気を取り戻していく。

 

「う、ああ。す、すまないヴィルベルヴィント…我が姉よ醜態を晒した」

 

ヴィルベルヴィントは首から手を離した、もう大丈夫だろうと。

 

「話は後だ。聞いていた通り包囲網を突破する。殿は私が持つ」

 

「了解した、時に姉よ」

 

「何だ」

 

「別にアレ全部平らげてしまっても構わんのだろう?」

 

シュトゥルムヴィントの瞳に好戦的な火が灯る。

先ほどの暴走とは違うので、ヴィルベルヴィントは好きにさせる事にした。

 

 

 

 

 

乱射乱撃、まさにその言葉通りの光景が目の前に展開されていた。

アルウスが両手に持つボウガンライフルは、扇状に8本の矢が装填されており、一度に放つ量は両手で16本。

一本一本が十数機もの編隊に分かれ、合計して240機以上もの艦載機となる。

それだけではなくライフルの銃口から41㎝砲弾が連射され、狙いをつけずとも撃てば当たるだろうという物量で海面を薙いだ。

艦載機からの空襲とアルウスからの砲撃、海と空両方からの挟撃を受けた深海棲艦は堪らず後退して体勢を立て直そうとした。

そこに追加で放たれた艦載機が新たに300機超が追い打ちをかけ、包囲艦隊に爆弾や魚雷が投下される。

包囲していた事が仇となり、互いに回避する余裕がなく面白いくらい爆弾や魚雷が命中し止めに41㎝砲弾が深海棲艦を粉々に砕いた。

 

「アハハハハハハハハハハハ」

 

アルウスは笑いながらその場で回り続け、360度全周囲の敵をなぎ倒していく。

 

「逃げる奴は雑魚、逃げない奴は訓練された雑魚。つっ立ってる奴は唯のカカシよ!」

 

深海棲艦を嘲笑し、硝煙の匂いに酔うアルウス。

一見すると狂ったかのように見える彼女だが、本気になれば一本の矢あたり100機の艦載機を飛ばし同時に2,000機以上の航空機を管制したり、統合管制射撃で41㎝砲スナイプ出来たり、そもそもB-52やF-22、ハウブニーに某アヒルさんシリーズを使っていない事からだいぶ手を抜いていた。

しかも後2回も改装を残しているのだ。

では今の彼女は一体何なのかというと…

 

「ホラホラ、逃げないと死んじゃうわよ?インディアンめ、一人残らずぶっ◯してやるー」

 

手を抜いて自重しつつも、唯単に脳内麻薬出まくってトリガーハッピーになっちゃっているだけである。

(尚過去最高のボーキ消費の模様。これは大型イベント2回分の消費量に相当する)

 

 

 

 

 

駆ける駆ける、シュトゥルムヴィントはただ我武者羅に走る。

敵の包囲網の最も層が厚い所を突破するため、シュトゥルムヴィントは回避もせず砲弾は装甲で弾き全ての火力を正面に集中した。

3隻の中で最も強固な装甲を持つシュトゥルムヴィントだから出来る戦い方であり、仮に彼女の装甲を貫通するには46㎝以上の砲か91式徹甲弾が必要となる。

深海棲艦旗艦タ級éliteは敵の特攻紛いの攻撃に対し、敢えて自分を囮にする事で敵の行動を予測し、更に部隊を動かし正面を分厚くする事で敵の攻撃を受け止めつつ相手が攻勢限界に達した瞬間両翼の艦隊と共に反撃し殲滅を企図したカウンター戦法をとった。

タ級とシュトゥルムヴィントの間には五層の壁が存在し、まずこれを突破する事は不可能に見えた。

しかし、その予想は大きく裏切られる事となる。

一番外側の層が敵と接触し、瞬時に食い破られた。

砲列を揃えた戦艦戦隊の砲弾の嵐の中、予想以上のスピードと衝撃力でもって吹き飛ばされた。

続く二層目、三層目は火力でこじ開けられ、四層目は接近した途端腕力でもって叩き伏せられ、最後に残った五層目。

タ級élite麾下の中でも最も練度の高い部隊が、容赦なく蹂躙される光景だった。

タ級éliteは目を疑い、それが現実だと理解する頃には敵の砲口はこちらを捉えていた。

 

 

 

 

 

滾る、敵に触れるたび飛び散る血肉が頬を濡らし、砲撃の衝撃が体を芯から揺さぶる鼓舞となってより一層激しさを増した。

恐慌状態の敵が味方に当たるのも構わず砲撃を続ける。

相手の腕を引きちぎり、噛み付いてでも止めようとする駆逐艦を踏み潰し、喉元に食らいつかれピクピクと痙攣する重巡の血で喉を潤す。

安全装置を解除したミサイルの爆風と破片が、服を裂き肉に赤い線を描くのも構わずひたすら前に進み続ける。

闘争本能の赴くままに闘うシュトゥルムヴィントの姿は、艦娘と言うよりも、一匹の獣に近い。

放っておけば近付くもの全てに噛みつく駄犬に成り下がりかねないが、彼女の背後について背中を守るヴィルベルヴィントが手綱をしっかり握っていた。

背後からの一撃をされる前に叩き伏せ、シュトゥルムヴィントを思うように暴れさせつつ制御する。

速度の差については、シュトゥルムヴィントを空気の壁とする事で自身を引っ張ってもらう事で解消済み。

後は最後の仕上げをする段階となっていた。

最後の壁を突破しシュトゥルムヴィントの影、敵の死角となる部分から敵の旗艦を狙い撃つ。

そもそも派手に暴れさせわざわざ分厚い面を抜くという方法で敵の注意をシュトゥルムヴィントが一気に引き受け、その背後で目立たないようにサポートしつつあくまでも主力はシュトゥルムヴィントだと偽る。

そうして最後の壁を突破し、敵の注意が全てシュトゥルムヴィントに集中した時に晒すであろう致命的な隙。

ヴィルベルヴィントはそこを正確に撃ち抜いた。

砲弾が命中しくの字に折り曲がる体、ついで内部からの爆発で体が膨れ上がり絶叫を上げる間も無く轟沈するタ級élite。

いきなり旗艦が沈み浮き足立つ深海棲艦を、まるで羊の群れを狼が追い立てるかのごとく容易に殲滅する。

抵抗を試みるもの、逃げようとするもの、止まるもの、その他区別なくその場にいた深海棲艦は全てが海底に沈んだ。

後に残る2人の姿は対照的であった、必要最低限の被弾で済ましたヴィルベルヴィントに対し、彼方此方を被弾し艤装から黒煙があがり頭から踵まで血で汚れていない所はないシュトゥルムヴィント。

既にアルウスの方も粗方方がつき本隊に敵の主力を排除した事をヴィルベルヴィントは通信で知らせる。

通信をしている間にシュトゥルムヴィントがヴィルベルヴィントに倒れ込んできた。

それを豊かな胸部装甲で柔らかく受け止めつつ「どうした?」と言おうかとシュトゥルムヴィントの顔を見るとその気も失せていた。

遊び尽くして満面の笑みを浮かべた妹が、可愛らしい寝息を立てていたからだ。

取り敢えず通信を終え、暫くこのままでいるかと、ヴィルベルヴィントはシュトゥルムヴィントを抱き頭を撫でながらそう思った。

 

それを遠くから見ていたアルウスは、

 

「これが犬も食わない、というものかしら」

 

と不思議がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、いま濃厚なお姉さま百合オーラを感知したような気が⁉︎」

 

ヴィントシュトースは突然そんな事を口にした。

最近影が薄いとか、戦闘シーンが無いとかそもそも超兵器なの?と突っ込まれかねない彼女だが、れっきとした超兵器の一人である。

ただ目立たないだけなのだ…潜水艦以上に。

ヴィントシュトースは所謂姉LOVE勢である。

どこぞの恋も戦いも負けませんなお召艦や、某雷巡の公式クレイジーサイコレズ、不幸だけど観測射撃と改二で割とエース晴れる不幸戦艦などその他大勢と同類である。

そんな彼女は親犬にじゃれつく子犬の様に兎に角姉が好きなのだ、というか夢が大橋小喬を二つ並べて楽しむ、もとい姉2人の間に入って川の字で寝て、顔を動かすだけで豊かな山脈を楽しむ事ができる明るい家族計画を企てていた。

ここまで手遅れ艦(誤字に非ず)な気がしなくとも無いが、仕事はきっちりこなすタイプであり彼女だけが持つ特性のおかげで焙煎からは重宝されていた。

 

「さて、焙煎艦長が仰るにはそろそろ目標が見えても良いはずなのだが」

 

気を取り直したヴィントシュトースは周囲に目を配りつつ、通常動力で海域を進んでいた。

本来超兵器は超兵器機関が発する特有のノイズにより、常に自身の位置を晒している。

しかし超兵器でありながら原子力動力をもつヴィントシュトースは、その特有のノイズを出す事なく行動する事ができた。

無論デメリットとして本来の性能の低下や、自慢の速度が半減してしまうなどの影響があるが、それを補って余りあるメリットがある。

つまり…

 

「三時の方向、敵の哨戒艦隊を発見、か。まあこれだけ深く潜れば一個や二個はいるか」

 

ヴィントシュトースは進路を変更し、敵と接触し無い様、念のため深海棲艦のレーダーからも発見されない様多めに距離を取り迂回した。

そう今現在彼女は制圧された北方海域の奥深くを単艦潜入し、敵の物資集積地点を探っているのだ。

焙煎は事前に集めた情報から敵はまだ本格的な拠点構築を行っていないと推測した。

というのも深海棲艦が陸上に前進基地や飛行場、それに泊地を構築する際に元となる拠点や地形的制約、または膨大な物資が必要となる。

基地や飛行場はそれ以前に人類が使用していたものを占領し、「深海棲艦」に作り変える必要があり、泊地もまた実際の軍港同様のものを必要とする以上一朝一夕で完成させる事は出来ない。

深海棲艦は電撃的に北方海域を制圧したが、まだ完全に自分たちの勢力圏としたわけでは無く、あくまで海軍の留守を狙った空き巣まがいの行動であり、長期的な拠点構築にはまだまだ時間がかかる。しかも北方海域には深海棲艦の拠点となりうる施設は少ないのだ。

つまり、焙煎が全ての島を奪還する必要がないと言ったのはそもそも敵がまだそこまで手が回ってい無いと読んでいたからだ。

ヴィントシュトースが派遣されたのはその裏付けと共に、敵の一大補給拠点を発見しこれを奪えば敵は戦わずしてその戦略的意義を失う。

態々真面目に海戦するだけが戦争ではないのだ。

あと物資を破壊するのではなく奪うのは少しでも今後の足しにするためでもあるのだが…。

 

敵の哨戒艦隊をやり過ごし、より奥地に進んだヴィントシュトースは敵の輸送船団を発見した。

しめた、とヴィントシュトースは思った。

船足から物資を満載した十隻前後の船団、護衛は船団を挟む様に進む駆逐艦二隻のみ。

完全に味方の勢力圏だとばかりに油断している絶好の狩りの獲物。

思わず舌舐めずりしたくなるが、あくまで今回の目的は敵の拠点の索敵。

故にこっそりと後をつける事にした、羊の群れがありがたい事に巣穴まで案内してくれるのだ。

相手の索敵に引っかからないよう、絶妙な距離を取り追跡する。

彼女の能力ならば、目を閉じたって風に乗って僅かに漏れる燃料の臭いを追うだけで出来る簡単な仕事だ。

伊達に風の名は背負っていない、戦闘力こそ姉2人に及ばないこそすれ、彼女もまた超兵器なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

キスカ島の包囲を命じられた艦隊は、暇を持て余していた。

本隊が敵を追撃し無線封鎖を行ってから長く、未だ解けないそれで新しい指示が来ず取り敢えず島を囲んでいるに過ぎなかったのだ。

しかしそれは完全な平和を意味するものでは無かった。

突如としてレーダーに無数の反応が出現したのだ。

高速で接近するそれは百隻を超える魚雷艇であった。

予想外の敵に深海棲艦は面食らった。

魚雷艇とは本来沿岸地域などで運用される兵器であり、高速と強力な魚雷を装備するが航続距離が短く高波に弱い事から遠洋には全く向かない艦艇であった。

それが突如として百隻も攻め込んできたのだ、驚かないはずがない。

だがその程度だ、数が多いだけの魚雷艇など深海棲艦にとって脅威ではないのだ。

近付かれる前に、主砲と副砲でどうとでもなるからだ。

敵に照準を向けようとした時に異変に気付く。

魚雷艇の群れのその奥に巨大な船影を見つけたからだ。

二つの船首を持つ巨大な双胴艦、数えるのも馬鹿らしい口径の砲塔にヘリポートからはヘリが飛び立ち、両舷に備える塔のような高さの艦橋を備える。そいつの背後からも続々と魚雷艇が続き、その姿は無数のアリを従える女王アリを思わせる。

深海棲艦にも艦娘にもない存在感、このあり得ない光景を生み出す存在をつい最近彼女たちは知っていた。

 

超兵器

 

いま正に新しい超兵器が目の前に現れたのだ。

 

超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイターの艦橋では、いつもの如く焙煎が隣に超兵器艦娘を従え艦長席に座っていた。

既にお馴染みの光景だが、どうしてここに焙煎がいるのか改めて説明すると、つまりは最大限の身の保証と安全を考慮した際超兵器の近くこそ最も安全だからである。

焙煎がいつも指揮を執っているスキラズブニルは敵に襲われた場合、自衛能力が極めて低い。

それは先の拠点放棄後の襲撃で証明されており、この時の経験から万が一撃沈される危険性があるドック艦よりも、最も安全なのは超兵器の側であると結論づけたのだ。

無論超兵器は戦うための矛であるからして、焙煎も必然的に戦場に出る事になる。

しかし、そこは超兵器自慢の圧倒的戦闘力と耐久力、タフな装甲があれば生半可な敵には遅れをとらない。

そう確信しているがため、焙煎はこうして前線に出てきているのだ。

 

「デュアルクレイター、あまりキスカ島に流れ弾を出さないよう心がけてくれ。まだ味方がいるんだ、お前の火力では島ごと吹き飛ばしかねない」

 

「焙煎艦長、問題ありませんよ。90%は保証します」

 

「残りの10%は?」

 

「十分の一は神様のものです、つまり戦場の気まぐれな神の見えざる手に期待するしかありませんぜ」

 

「…悪いが俺は無神論者だ」

 

「それはいけない⁉︎神を信じないのは力を信じないも同じだ」

 

何だそれは?と焙煎は怪訝な顔をした。

デュアルクレイターはそんな焙煎に対し、自慢げに自分の信仰を述べた。

 

「知ってるかい?古来神とは力、つまり神を信じることは力を信じること。戦場では力こそ絶対の正義、つまり神様はいて信じるものは救われるんだよ」

 

だから艦長も立派な信者だと言いたげな表情をするデュアルクレイターに、またえらく濃い奴が来たなーと思った。

このデュアルクレイターとあともう一隻は焙煎が北方海域奪還とその後の南極上陸を見越して建造した超兵器の一人だ。

超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイター、その名の通り強襲揚陸艦タイプの超兵器だ。

超兵器としてはだいぶ特殊だが、主砲には60㎝と30㎝の噴進砲所謂ロケット砲に38.1㎝砲、88㎜バルカン砲と近接系に武装が偏っている。

二つの艦橋の間は飛行甲板となっており、ここからヘリやSTOVL(短距離離着陸)機やVTOL(垂直離着陸)機などの艦載機を発艦し上陸の援護や物資の輸送などを行う。

また二つの艦橋を持つことから、極めて高い通信指揮管制能力を持ち戦闘を行いながら後部ハッチから魚雷艇や揚陸艦を繰り出し、素早い揚陸作業を行うことができる。

容姿としては整った目鼻立ちに褐色の肌、燃えるような赤毛に身長は180㎝越え、女性としてはたくましい体つきをしていてアマゾネスの女戦士を思わせる。

服装はへそ丸出しの上、海兵隊の軍服を肩から羽織りホットパンツを履いている。

あとデュアルクレイターの名の通りご立派な二つの火山をお持ちのようだ。

(大◯国の南雲さんとかキャシーブラッドレイとかそんなイメージで性格はヴァオー)

 

「兎に角、あそこにはまだ味方がいるんだ。彼らの協力なくば今後の戦いに支障が出る」

 

「オーケー、オーケー。ま、あたしに任しておきなさいな焙煎艦長」

 

本当に任せて大丈夫なのか非常に不安になるが、さりとて実戦では彼女の能力に期待するしかなく信じるしか焙煎には道はなかった。

 

「さあ、いっちょやりますかー!」

 

デュアルクレイターは胸の前で右手の拳を左の掌に行き良いよく当て気合を入れると魚雷艇と共に敵に突っ込んでいった。

深海棲艦から砲弾の雨が降り注ぎ、魚雷艇に命中すると一瞬で海底に引きずり込んでいくが、後部ハッチから吐き出され続ける魚雷艇によって直ぐに補充されこちらの足を止めるに至らない。

ならばとデュアルクレイターに狙いを定めた深海棲艦からの砲弾は、呆気なく装甲に弾かれた。

 

「無駄だよ、あたしの正面装甲は一番分厚いんだ。そこら辺の豆鉄砲じゃ話にならないね」

 

最もその分他の面、特に後部ハッチは最も装甲が薄く、ここが弱点となっている。

デュアルクレイターはお返しとばかりに38.1㎝砲3連装8基24門の火力を解き放つ。

曲線を描いた砲弾は敵の至近距離に落着し敵を動揺させた。

デュアルクレイターの双胴は極めて高い安定性を持ち、また双胴艦故大排水量と重装甲に大量の武装を搭載できるという利点がある。

逆に旋回性能の低下などの運動性能や被弾面積という面で不利になっているところが有るが、そもそも強襲揚陸艦は味方の空海からの援護の元、敵前上陸を果たす兵種なのでそこまで速度は必要ではなく、巨大さも揚陸艦の盾として機能するので状況さえ選べば弱点はないと言っても過言ではない。

 

「ほら、まだまだ行くよ。主砲ロケット発射」

 

デュアルクレイターは続いて噴進砲から弾幕の如くロケット弾を投射した。

口径にして60㎝ものロケットが雨あられと襲いかかるのだ、弾速が遅いとはいえ重巡クラスは一撃で大破、駆逐艦ならば跡形もなく消し飛ぶ威力だ。

視界を埋めつくさんばかりのロケット弾の壁に、必死に対空砲で迎撃し中には主砲まで使って必死に落とそうとするが数が違いすぎた。

一つ二つと迎撃仕切れなかったロケット弾が命中するたび、深海棲艦の体はえぐれ吹き飛ばされる。

誘導性能は無いとはいえ、面で圧倒する相手に対し、深海棲艦はなすすへなく飲み込まれた。

後に残ったのは半壊状態の深海棲艦であり、そこに容赦なく魚雷艇がロケットや魚雷でトドメを刺す。

 

「状況終了、魚雷艇を収容して揚陸作業に入るよ」

 

こうしてキスカ島の包囲は解け、将兵の救出作業が行われる中、深海棲艦の揚陸艦隊はと言うと。

 

 

 

「ヒャッハー、水上艦は不要だぜ‼︎時代はホバーだぜ」

 

海を島を物ともせず駆ける超兵器艦娘。

ホバーにより島影に退避していた揚陸艦隊を島を乗り越えることで強襲。

この常識はずれの奇襲に深海棲艦は蜘蛛の子を散らすように散りぢりになって追い立てられた。

 

「深海…せい?なんだっけ、まあいいや。深海魚は消毒してバーベキューかフィッシュアンドチップスだぜ‼︎」

 

フィッシュアンドチップスはイギリスだ!という抗議の声の代わりに砲弾が飛んでくるが、ホバー移動する水陸両用超兵器、超巨大ホバー戦艦アルティメイトストームはそれをやすやすと躱す。

 

「だから、水上艦は不要だと言ったはずだぜ」

 

背中に巨大なファンを背負った偉丈婦アルティメイトストームは両手に装備された45.7㎝連装砲を放った。

大和型の主砲に匹敵する巨砲に艤装側面の副砲には新型AGS砲、これは砲弾自体に推進装置と姿勢制御装置に誘導性能を持たせ射撃精度、射程共に飛躍的に向上させる新兵器だ。

両舷のAGSは容赦なく敵を貫き、45.7㎝連装砲とミサイルが奏でる戦場音楽は到底揚陸艦隊とその護衛が付き合えるものでは無い。

しかも、アルティメイトストーム自身60ノットもの高速で動き回りながら、であるからして確かにただの水上艦などアルティメイトストームに言わせれば不要なのかもしれない。

交戦から僅か15分、深海棲艦の揚陸艦隊とその護衛を再び深海に叩き戻したアルティメイトストームは意気揚々とデュアルクレイターに合流を果たすのだった。

 

「あれ?あたしの活躍もしかしてこれだけだぜ?」

 

(むしろ今回が最後かもしれませんね〜、じゃけんさっさとキャラ立てて退場しましょうね〜)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キスカ島残存部隊指揮官古賀大尉は案内されたデュアルクレイターの内部を興味深げに見ていた。

キスカ島周辺の脅威を完全に排除した焙煎達によって、部下共々救出された古賀大尉は全員を代表して焙煎に感謝の言葉を伝えようとこうして案内されているのだが、

 

「不思議な船だ」

 

と内心強く思うのだ。

古賀大尉とて嘗て南方攻略作戦の折、陸戦隊として深海棲艦の航空基地の制圧作戦や陸上型との戦闘を通して海軍の艦娘と触れ合う機会があったが。

そのどれの記憶にも今自分達を救ってくれた様な艦娘の話はなく、新しく建造されたにしてはそんな噂は聞かず、そもそも名前からして日本では無いと思った。

 

「高野元帥の名がなくばアメリカ軍かと思った」

 

実際高野元帥の名が出るまで古賀大尉やその部下達もアメリカ軍に救助されたものと思っていたのだ。

それ程、今自分達が乗っている船には故郷の匂いがしない。

遠目に見たアメリカの艦娘とも似て非なる雰囲気を持つこの船とその艦長を、果たして信用していいのかと今更ながら古賀大尉は思ってしまう。

 

「くくく」

 

思わず苦笑がでる。

そんな妄想ができるくらい、ここは安全なのだ。

深海棲艦に包囲され、いよいよもって最後の時かと覚悟を決めた矢先、こうして救われたのだから玉砕するつもりだった古賀大尉達からすれば、ハシゴ外しも同然。

それが逆に可笑しいのだ。

古賀大尉は艦長室とプレートに書かれた扉の前に立ち、壁一枚隔てた先にいる自分達の救世主にはて英霊になり損ねたとでも言ってやろうかと、そんな取り留めも無い事を考えながらノックした。

 

 

 

「ようこそデュアルクレイターへ、当艦の艦長焙煎武衛流我(ヴァイセンヴェルガー)少佐です」

 

「キスカ島守備隊隊長古賀大尉です。今回はありがとうございました、おかげで部下も私も生きて靖国を潜れそうです」

 

「古賀大尉、まだ礼には早い」

 

おや、と古賀は内心でそんな表情を浮かべた。

何やら厄介ごとの気配がする。

長年軍務についてきた古賀大尉は相手の微妙な表情や言葉の調子の裏に隠された意図を読み取る癖を身につけていた。

その古賀大尉からして、どうもこの焙煎とかいう少佐は最初から怪しい。

そう言えば、最近横須賀鎮守府で精鋭艦隊を演習で打ち破ったとかいう噂の主も少佐だったな。

と、関係無い事も古賀は思い出していた。

兎に角このまま本土に戻って休暇と一時金を貰って家でゆっくりするという古賀の望みは、どうも期待薄そうだ。

 

そんな古賀の気持ちを他所に、焙煎はテーブルの上に北方海域の海図とある島の拡大写真を何枚か置いた。

写真を手にした古賀大尉は、その見覚えのある島影に最近特に目を合わせる様になった招かれざる隣人の姿を認めた。

 

「焙煎少佐、これは?」

 

「既に深海棲艦はここ北方海域に拠点の構築を始めた。このまま行けば遠からず北海道や周辺国家に深海棲艦が浸透するだろう」

 

と、いう事は今頃本土は大慌てだろう。

引っ切り無しにホットラインが飛び交って、ああだこうだと責任を押し付け合い結局場当たり的な対応に終始する所まで空想して古賀大尉は現実に意識を戻す。

 

「そうなる前に古賀大尉達にはここまで行ってもらいたい」

 

無理だな。

 

「無理ですな」

 

どうやら声に出してしまったらしい。

ここで止めるか、いや相手は元帥殿の命令書を持った信用ならない少佐だ。

い少佐だ。

結局なんだかんだ言ってこの手の相手は自分の実力ではなく、専ら権力や権威というものをかさにきて他人に強要するのだ。

それさえも借り物に過ぎ無いのに、それをあたかも自分の力の如く振る舞うからがタチが悪い。

 

「焙煎少佐、重ねて言います。残念ながら我々は人員装備共に消耗激しく、その戦力は多く見積もって4割程度(本当は重装備を破棄して人員の脱出を優先したから『人』単体でみたら殆ど消耗してい無いのだが)。これで“我々全員で敵に突っ込んで攻略しろ”と言うのはいくらお国の為とはいえむざむざ深海魚の餌になりに行くようなものです」

 

まあ、一応言っておくだけ言っておく。

それで考え直してくれればよし、逆に怒って固執すれば“背後からの弾”もありうる。

まあ望み薄だがな。

もう憮然とした表情を隠す努力をしなくなった古賀大尉だが、焙煎の反応は予想を外れた。

焙煎は何か変だと思ったような表情でしばらく考え、それから何かに気付いたのか合点がいった、という表情をした。

 

「どうやら言葉が足らず誤解を与えてしまったようだ。古賀大尉達に行ってもらいたいのは…」

 

最初それを聞いて眉をひそめ、続いて呆れ、最後は呆気にとられた。

 

「…と、いうことだ。どうかな?」

 

「焙煎少佐、仮にあなたの話が全て真実だとして成功の保証は?」

 

「ウチの参謀と相談して太鼓判貰ったんだ。兵は鬼道なり、とな」

 

「これが成功したら、我々はとんだペテン師ですな。了解しました、元気な兵隊を見繕って手品のタネを仕込んできます」

 

「⁉︎協力して下さるのですね」

 

「まあ、やってみましょう。孫子曰く城を攻めるは下策、心を攻めるは上策なり、とね」

 

 


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