超兵器これくしょん   作:rahotu

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今回特に意味の無い唐突なエロ展開に注意


10話

アリューシャン列島のほぼ中央。

深海棲艦が物資集積地として利用している島の港には、10隻を越す輸送船団が停泊していた。

陸揚げされたコンテナは次々と仮設倉庫に運び込まれ、その様子を見下ろす高台の上で、北方海域侵攻艦隊旗艦戦艦棲姫は長距離通信で部下からの報告を受けていた。

 

「デハキスカノコウリャクハシッパイシタノカ」

 

「テキカンタイハッケンカライゴノホウコクガゴザイマセン、ザンネンナガラタキュウサマトモレンラクガツカズ、テイサツニダシタモノカラノホウコクデハキスカノホウイガトケテイルヨウスデアリマス」

 

「ソウカワカッタ、サガッテヨイ」

 

戦艦棲姫は部下を下がらせると、今後の予定が大きく変更された為に起こる時間のロスと作戦計画について思案した。

そもそも今回の作戦は、南方海域での総攻撃に合わせ北方海域を制圧し、日露米間の通行を断つと共に、電撃的に北海道を占領。

敵本土への橋頭堡を確保しつつ、南北より日本を挟み撃ちにする壮大な計画であった。

しかし、南方での総攻撃が物資不足で中断し、その間に体勢を立て直した艦娘艦隊により一部戦線が押し戻された為、本来の計画を変更し先ず北方海域に侵攻し、ここに二次前線を築くことによって敵の戦力を北と南で二分させる。

しかる後に、戦力の回復した南方と連携して敵を一気に叩く。

つまる所敵の注意を引き付ける陽動である。

その最初の手はず通り、北方海域アリューシャン列島を制圧した戦艦棲姫等は、思ったよりも敵の抵抗が少ないことから部下達が占領地拡大を戦艦棲姫に上申。

当初戦艦棲姫の考えでは、揚陸艦隊の到着が遅れを理由に、無理に占領地の拡大をするつもりは無かった。

しかし、部下達の熱心な説得により、これを受け入れた戦艦棲姫は艦隊を派遣する事にした。

元々敵を求めて遥々北方に来たのにも関わらず、碌に敵と当たらず、意気盛んな部下達にとって拍子抜けも良い所だった。

部下達の加熱した戦意を発散させ、遊んでいる戦力を有効活用する意味でも艦隊を派遣し、仮に敵の抵抗があっても容易に粉砕できる戦力は十分にある。

そう自分を納得させた戦艦棲姫だが、その際、艦隊をタ級éliteに任せたのは、部下に功績を譲る度量の広さを示すと共に、経験を積ませる為でもあった。

近年数で勝る深海棲艦が少数の艦娘相手に敗北する事度々重なり、各海域で大きな問題となっていた。

高練度の艦娘や第二改装により、飛躍的にその質を充実させた艦娘による被害は無視できないものがあり、質の向上による戦術の変化に、通常の深海棲艦では対応できなくなっていた。

新しく開発された深海棲艦は、まだ全体の必要量に達していないのが、現状だ。

高練度艦娘に対抗出来る鬼、姫クラス等の艦隊旗艦を早々前に出せるわけがなく、この問題は長らく深海棲艦全体を悩ませてきた。

そこで、一部のéliteやflagshipの中から選抜した個体を調練し、ある程度の指揮能力を付与する事が試みられた。

その内、特に優れた適正を見出された個体は、鬼、姫クラスの元でより高度な指揮方法を学び、直属の部下として育て、行く行くは艦隊旗艦を務めさせ、深海棲艦全体の質を向上させようと言う目論見であった。

その中で戦艦棲姫が直々に手解きをした個体、戦艦タ級éliteには特に期待をかけていた。

勇猛果敢にして自軍に有利な状況を作り出すのが殊の外上手く、航空機による陽動からの艦隊による包囲殲滅を得意とした。

一方、一旦作り出した優位が崩れると弱く、また敵に機先を取られるのを嫌い、相手に先制されると血が頭に登って気性が荒くなる欠点があった。

総じて、自軍が優位な時はとことん強いが、守勢に関しては粘りに欠ける攻勢の将、と言うのが戦艦棲姫の評価であり、概ねその通りであった。

今少し苦戦、と言うものを覚えさせれば安定した指揮で一個艦隊位は任せようかと考えていた。

そのタ級éliteが敗れたとあっては上官として師として、部下の敵討ちをしなくてはならない。

そうしなければ部下からの信頼を失い、艦隊の士気も低下してしまう。

だが揚陸艦隊が失われた今、事態はより深刻だ。

キスカ島占領に向かったタ級éliteは、与えた艦隊共々沈み、貴重な揚陸艦隊を失った今彼女の手元に残された戦力は半減したと言っても良い。

しかも、今回の作戦に当たって、戦艦棲姫は直属の艦隊を南方の守りに置いて来ていた。

与えられたのは今まで後方に置かれた艦隊であり、装備も練度も遥かに劣る所謂二線級の烙印を押された者達だ。

何故そうなっかと言うと、つまる所嫉妬である。

深海棲艦と言えども一枚岩ではない。

そこには様々な思惑が複雑に絡み合い、南方戦線の防衛の為戦力は割けない、北方海域の占領程度二線級部隊で十分と言う尤もらしい理由は付いてはいたが、明らかに戦艦棲姫に手柄を立てさせたくない者の策略であった。

恐らく、揚陸艦隊の遅れもその一環であったのだろう。

もし彼女が指揮していたのが直属の艦隊であり、予定通り揚陸艦隊が到着していれば、今頃は北海道はおろか本州に上陸さえしていたかもしれない。

だが、今となっては全てが仮定の話。

この様な事態になるのであれば、無理にでも直属の艦隊の半分、いや三分の一でも手元に残してあれば。

或いは最初から全兵力で持って自分が出向くべきであったと後悔した。

そこにまた偵察に出した部下からの通信が届いた。

 

『テキカンタイウゴク』

 

その一文で戦艦棲姫の腹は決まった。

 

「ゼンカンニツウタツ、ゼンカンシュツゲキシ、テキヲムカエウツ!」

 

戦艦棲姫からの指示か飛ぶや否や、麾下の艦隊は慌ただしく出港準備を整えていく。

戦艦棲姫は自らの艤装を準備しながら、信頼できる部下に更に指示を与えた。

 

こうして、北方海域をめぐる戦いは最後の時を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キスカ島の将兵を救出した焙煎等は、休む間も無く次の戦いへ赴いていた。

苦戦したヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィント、アルウスらの消耗は激しく、最低限の補給を済ませた後の連戦をしなければならない。

特にアルウスは損傷こそ少ないものの、砲弾と艦載機の消耗が激しく、同じく多数の被弾を抱えたシュトゥルムヴィントも又戦闘は難しそうに見えた。

ここで二隻同時に後方へ下げる訳には行かない。

どちらか片方を残さなければならない。

 

そしてそのどちらかを選ぶのは焙煎自身であった。

 

暫く考えて、焙煎は命じた。

 

アルウスに名目として救助した将兵の内、作戦に参加しない者の護送と、スキラズブニルの護衛と説明したものの、ヴィルベルヴィント同様、敵を目の前にして退くのは超兵器の矜持に反するらしい。

大分不服そうだったが、まだ敵の残党が居るかもしれないから、その掃討も頼むと伝えて、やっと納得してくれた。

 

アルウスを戻し、シュトゥルムヴィントを残したのはヴィルベルヴィントとほぼ同型の超兵器と言う理由だからだ。

何かあれば足の速いヴィント型は逃げられるし、演習で証明されたように、高速戦艦と云う装甲に劣る艦種で有りながら、時に思わぬ耐久性を発揮する事がある。

多少の避弾等は、経験からある程度ならば致命傷を足り得るものではないと考えた。

アルウスも足の速さの点では十分なのだが、あくまでもその艦種は空母。

艦載機有ってこそであり、中途半端な数ではアルウスの持ち味を生かせないと考え、砲撃戦能力と継戦能力では現状シュトゥルムヴィントに劣っていた。

それに空母の方が、何かと設備が揃ってもいる事から、将兵の身の安全を含めると、矢張りアルウスに任せた方が何かと助かる。

その様な計算が働き、アルウスを除く残りの艦隊での作戦となった。

 

将兵を乗せたアルウスを見送り、焙煎達は直様行動に移った。

ヴィントシュトースよりもたらされた情報により、敵の物資集積地の詳細な位置が判明した今、電撃的な強襲によって敵の態勢が整う前に海戦に望む必要がある。

でなければ母艦スキラズブニルと離れた焙煎等は、体勢が整った敵と対峙した場合、かなりの損害を覚悟しなければならない。

補給に難のある焙煎達にとって、それは何としても避けなければならない事だった。

 

焙煎達には短期決戦より他に道は無いのだ。

 

デュアルクレイター右舷艦橋の指揮官席に座る焙煎は、戦術モニターに映し出された敵と味方の配置を見て唸った。

 

「鬼、姫がいるとは思ったが、まさか戦艦棲姫がいるとはな。道理で苦戦するわけだ」

 

戦艦棲姫、その名は全ての提督にとって悪夢と共に記憶されている。

幾多の海戦に姿を現し、その高火力で多くの艦隊を粉砕し、又ある時は随伴艦としてその重装甲を持って旗艦を庇う盾として立ちはだかり、どんなに致命的な損傷を与えようとも、直ぐに又戦場に姿を現す不死身の戦艦。

鬼、姫ある所には必ずと言っていい程随伴艦として現れ、その姿がまるで保護者の様に見える事から又の名を「敵艦隊のお艦」と言い、一部の提督からは密かな人気を得ている。

 

「火力では敵の方が勝っているな。幸い空母等はいない様だが、純粋な戦艦同士の殴り合いとなると相手に分がある」

 

デュアルクレイターを先頭にアスティメイトストーム、ヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントと続く単縦陣を組んだ焙煎達に対し、敵は後方の拠点を守る様に幅広く展開するのではなく、戦艦棲姫を先頭に立て密集陣形を取っている。

 

一見すると、ヴィルベルヴィント達の雷撃の餌食にも見えなくないが、損傷と損耗激しいヴィルベルヴィントとシュトゥルムヴィントの二隻をあの密集陣形に突っ込ませるにはリスクが大きく、砲撃で突き崩そうとしても、戦艦を中心に重装甲の艦種が前に出て壁として立ち塞がり、容易崩れそうでも無い。

言うなれば海上に出現したファランクス。

仮にアルウスが居たとしても、密集し密度を増した弾幕と深海棲艦が使うVT信管の合わせにより、殆ど効果はないだろう。

 

本来なら水中から奇襲が出来るドレッドノートの出番にも思えるが、生憎の所、別任務の真っ最中でありここには居ない。

 

だが、その別任務こそ焙煎達の運命を決定するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全艦隊を出撃させた戦艦棲姫は、敵をなるべく拠点より遠くで迎撃の構えを見せていた。

 

彼女が艦隊を広く展開しないのは、麾下の艦隊の練度不足と、超兵器相手に層を薄くすれば容易く切り裂かれ、見るも無惨な事に成るのは間違いなかったからだ。

そう成ら無い様密集陣形を取り、正面を古参の戦艦で固め戦艦棲姫自身が前に立つ事で、何とか様になっている有様だ。

 

 

物資集積地はここからでは、レーダー上にのみその姿を確認できる。

そこから別れる様に、別の一群が味方の勢力圏を目指し離れていく。

 

戦艦棲姫が命じて拠点より退避させた輸送船団である。

途中で積荷が入ったコンテナを投棄して本隊とは別方向に逃げる様指示が出されていた。

途中でコンテナを捨てるのは船足を軽くする為と、どこに潜んでいるか分らない潜水艦を警戒してでの事であった。

艦娘、特に潜水艦のそれは戦果よりも資材を求める傾向にある。

オリョール海域において、度々この手の潜水艦が目撃されており、

 

「センカンセイキサマ、ゴメイレイドオリ テハイイタシマシタ」

 

戦艦棲姫が秘密の指示を出した部下、戦艦ル級flagshipからの連絡に戦艦棲姫はその労をねぎらった。

 

「ゴクロウ、ヤスンデモライタイトコロダガ、ソレハマズカエッテカラニシヨウ」

 

ふと戦艦棲姫は戦いの前にル級flagshipに尋ねた。

 

「トキ二ルキュウヨ」

 

「ハ」

 

「オマエハタキュウノコトヲ、ドウオモッテイタ?」

 

難しい質問である。

ル級flagshipとタ級éliteは互いに功を競い合う仲でありながらも、とても親しく何方も互いの部屋を訪ねる関係であった。

それを知る戦艦棲姫は敢えてこの場でタ級éliteについて尋ねたのだ。

 

「アイツハイイヤツデシタ、デキルナラ、コノテデカタキヲウチタイトオモッテイマスガ…」

 

難しいだろうな、と戦艦棲姫は内心でそう思ったが、個人の意見としては、ル級flagshipには敵討ちをさせてやりたい。

だが、彼女もル級flagshipも多くの部下を預かる身。

私闘に部下達を巻き込むわけにはいかない。

 

「ソノキモチ、シバシワタシノムネニトドメテオクコトハデキナイカ?」

 

それは戦艦棲姫の最低限の譲歩であった。

決して忘れる事は無い、しかし今は自分にその気持ちを預けてくれ。

その意図する所を汲んだル級flagshipは、戦艦棲姫に促されその場を後にした。

 

 

互いに姿は知覚でき無いか、レーダー上にはもうお互いの姿は捉えていた。

互いに主砲の射程距離ギリギリのラインまでにじり寄りつつも、戦艦棲姫と焙煎は共に機会を待っていた。

 

最初に動いたのは焙煎達であった。

 

「センカンセイキサマ、コウホウニ、アラタナテキガシュツゲンシマシタ」

 

「キョテントノレンラクガトレマセン⁉︎テキノシンニュウヲユルシタヨウデス」

 

「センカンセイキサマ。ワレワレハドウスレバ」

 

「ゴシジヲ⁉︎」

 

突然背後に敵が出現した。

 

その意味する所は、戦艦棲姫とその艦隊は挟み撃ちを受けたのだ。

 

焙煎が用いた策とはこうである。

敢えて強襲艦であるデュアルクレイターを前面に晒し、敵の注意を引き付けつつドレッドノートが戦場を迂回し、極秘裏に古賀大尉率いる陸戦隊の一団を上陸させた後、拠点の制圧と共にレーダーに反応するデコイを放つ事で敵に心理的動揺をかけたのだ。

 

突然背後に大軍が出現した敵は何方を相手にするかで迷う。

一度奇襲を受けた深海棲艦は、心理的に二度目三度目を疑ってしまう。

そうなると積極的な行動は取りづらい。

だが、グズグズすれば包囲される危険性がある。

ここで焙煎は意図的に隙を見せる。

となればどうだろう、包囲の危機にある艦隊がその危機を脱するために戦闘では無く離脱を選ぶのは必然と言える。

そこを後背から襲う形を取れば、離脱は容易に撤退に変え得る。

 

だがそれは並みの指揮官ならば、常識として判断してしまうが、この場に居るのは戦艦棲姫。

その判断は並みのものではない。

 

「ゼンカンワレニツヅケ」

 

戦艦棲姫はただそれだけ言って前に進んでいく。

後ろでも作られた隙でも無い。

敵が待ち構える正面に向かって進んでいくのだ。

その悠然と佇み、堂々たる行進に部下達は自然と混乱が解け戦艦棲姫に着いて行く。

 

焙煎にある多くの欠点の内、如何しても戦いを机上の物で捉えてしまう所がある。

つまりこうなった時如何するか?では無く、こうしたからこうなった、と言う物の考え方をしてしまいがちなのだ。

つまり原因=結果の関係が崩れる所には弱い。

言うなれば、突発的な事態に如何しても受け身になりがちなのだ。

この時も焙煎は戦艦棲姫に対し、様子見と言う判断を下してしまった。

仮にこの時乗艦がヴィルベルヴィントならば、焙煎に敵の行動の理を認めさせ、違った判断を促したであろう。

デュアルクレイターも又普段であれば、水雷艇と共に敵の真っ只中に突っ込む気質だが、この時は建造されて間も無く、焙煎の存在が重しとなって彼女本来の戦い方に反し、待ちの態勢となってしまった。

 

両者の距離は急激に近付いて行く。

既に互いを最大射程距離に収めているが、双方ともギリギリまで引き付けてからの砲撃戦を覚悟していた。

 

焙煎は固唾を飲んで敵が有効射程距離に入るのを見守った。

 

そしていよいよ持って敵が射程距離に入ろうとしたその瞬間。

 

突如として戦艦棲姫は回頭を行った。

 

焙煎達から見て右舷方向、相手は左に舵を取った敵艦隊は、いっそ見事としか言うほか無い程、堂々たる艦隊運動を持って優美な曲線を描いていく。

 

一隻たりとも乱れなく回頭を行っていく深海棲艦は、簡単に見えて実に高度な練度を見せつける、正に手本のような姿であった。

 

焙煎達いや、焙煎はそれを黙って見ている事しか出来なかった。

敵の意図を計りかねたのと同時に、敵前回頭を断行した戦艦棲姫の気迫に、飲まれてしまったからか。

或いは、目の前で突き付けられた指揮官としての差に愕然としていたのかもしれない。

 

焙煎が漸く言葉を発したのは、最後の一隻が水平線の彼方に消えてからだった。

 

戦いは終わった。

 

北方海域は再び海軍の手に戻り、深海棲艦はその戦略目的を果たせず、結果としては海軍の勝利と言えるかもしれない。

 

だが、最後にケチがついてしまった。

焙煎達が物資集積地を占領したが、肝心の資材はコンテナごと、海に流されてしまっていたのだ。

 

後で分かった事だが、放棄されたコンテナは潮流に乗って一箇所に集積され、それを回収して行く為敢えて輸送船団は空荷のままであった。

 

焙煎としては当てにしていた資材が手に入らず、トータルでマイナスの大赤字と言う結果に、暫く塞ぎ込んでしまった。

 

一方の海軍はと言うと、呉鎮守府が横須賀鎮守府を出し抜く為に派遣した航空重巡洋艦鈴谷麾下の艦隊が、撤退する戦艦棲姫と遭遇。

 

行き掛けの駄賃とばかりに叩き潰され、這々の態で逃げ延びたす羽目となり、後詰の横須賀鎮守府の艦隊に救助を要請する醜態を晒した。

 

この件が切っ掛けとなり、横須賀鎮守府と呉鎮守府の水面下で静かに行われていた抗争が、表面化し激化する事となった。

 

 

 

 

帰還した戦艦棲姫を待っていたのは、軍事裁判であった。

味方に囚われ、衆目に罪人としてその姿を晒す辱めを受けながら、戦艦棲姫は裁判に臨んだ。

裁判では敗戦の罪を問われ、特に貴重な揚陸艦隊を全て失った罪、いたずらに戦力を消耗させあまつさえ部下を無為に死なせた罪、大きくこの二つの罪を問われた。

 

戦艦棲姫は非は全て自分にあると言い、何も言い返す事は無い。

この旨は、厳正な法の裁きに身を委ねるのみ。

と言ったきり、口を噤んだ。

その堂々たる姿には、一片も恥じ入る所無く、清廉潔白とした物言いは見る者の共感と感嘆の溜息をもたらした。

ああこれこそ姫の姫たる所以、戦艦の中の戦艦ぞ。

今こうして囚われているのは何かの間違いに違いない。

そう衆目が一致する所の思いは、しかし無残にも裏切られた。

 

戦艦棲姫に判決が下った。

艦隊の指揮権を剥奪した後、解体刑に処す、刑は即日執行するものとする。

非情を通り越して憤りさえ覚える内容であった。

 

しかしその時であってさえ、戦艦棲姫は粛々と判決を受け入れた。

数々の非難の声と不服に異議申し立て、裁判をやり直しを求める声を背に、戦艦棲姫は法廷をあとにした。

 

戦艦棲姫の解体刑はその日の夜、速やかに行われた。

立ち会う者少なく、こうまで早く実行されたのは彼女を慕い、奪還を試みる輩の意気を挫く為でもあった。

 

刑は執行された。

その最後の時まで、堂々たる出で立ちであり、慣例である睡眠薬を混ぜた杯を受け取らず、最後まで目を開いたまま、刑を迎えたのだ。

 

刑が執行された後、その資材は失った揚陸艦隊再建に充てられる事となった。

 

こうして、敵味方両方に問題を残しつつも、戦場は何時もの静けさを取り戻したかに見えた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深海棲艦本部

 

その一室で飛行場姫は上機嫌であった。

 

まんまとあの戦艦棲姫をハメ、処分する事が出来たからだ。

ワインを片手に酒気を吐き出す様を、戦艦ル級flagshipは静かに見ていた。

 

「貴方もどう?一杯やりなさいな」

 

「いえ、私はこの後任務があるので…」

 

「あら、残念」

 

言う程残念では無さそうな様子で、飛行場姫は手に持つ杯に、新しい深紅の液体を注ぎ喉を潤していく。

ル級には、それはあたかも味方の生き血を啜る悪鬼の様に見えた。

 

「ぷはっ」

 

一息、飲み干した飛行場姫は酔いが回ったのかソファーに身を横たえた。

 

「本当、貴方には感謝しているのよ?貴方があれこれしてくれたお陰で、こうも容易く戦艦棲姫を葬ることができたんだから」

 

そこで何かに気付いたのが、飛行場姫は笑みを浮かべた。

 

「いいえ、訂正するわ。もうアイツは姫じゃない。ただのそこらへんの戦艦として解体されたのよ。その資材が本当はどんなことに使われるのも知らずに」

 

戦艦棲姫は解体刑に処せられる前に、名誉ある鬼、姫が解体されると言う事実を防ぐ為、半ば無理やりその称号を剥奪されてから解体されたのだ。

 

名誉も誇りも、嘗ての栄光その全てを失い戦艦棲姫はただの深海棲艦として解体された彼女の気持ちはどの様なものだろう?

 

内心の激情を一切悟られず、戦艦ル級flagshipは独白を続ける飛行場姫を見つめる。

 

「あはははは。これでも私、彼女の事好きだったのよ?」

 

明らかに嘘だと分かる。

だが、そんな事も気にも留めないほど、今の飛行場姫には余裕がある。

 

一通り笑った後、飛行場姫は猫が新しい玩具を見つめる目でル級に問うた。

 

「ねえ、もう一度聞かせてくれないかしら?貴方が裏切った、り・ゆ・う」

 

果たしてこれで何度目だろうか。

ル級flagshipはここに来て繰り返し答えた理由を口にする。

 

「戦艦棲き…いえ、私の元上司は臆病にも味方を捨て駒にして自分だけ逃げた卑劣艦です」

 

「アイツは部下の能力に嫉妬して無謀な作戦に投入したばかりか、その仇も責任も取ろうとしない深海棲艦の恥さらしです」

 

そこまでの言葉を飛行場姫は噛みしめる様に頷き、ゆっくりと飲み干してから続きを促す。

 

「私は、もうあんなヤツには付いていけない思いました。いつ捨て駒にされるか分からない相手なんて信用できません」

 

「だから私は…!」

 

そこで飛行場姫は手をかざし、ル級の言葉を引き継いだ。

 

「だからお前は、私に付いたのよね?戦艦ル級flagship」

 

クスクス、と笑う飛行場姫はその手からグラスを落とした。

 

グラスはカーペットの柔さで衝撃を吸収され割れずに済んだ。

 

ル級flagshipはグラスを拾おうとソファーの足元に近付いて拾おうとしたその時。

 

「ねえ、仇を討ちたいんでしょう?」

 

飛行場姫はル級の頬に手を当て、顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫、私に付いてくればお友達?いえ恋人かしら」

 

「その子の仇くらい、簡単に討たせてあげられる」

 

ル級の瞳を覗き込む飛行場姫の顔は何処までも楽しげで、加虐味を帯びている。

 

まるで蛇が舌をチロチロと出して、こちらの顔を舐めまわしているかのような、怖気がル級に走った。

 

その恐怖を煽るように、飛行場姫は猫なで声で耳元に打ち明けた。

 

「だから、ね?今日は乾杯しましょ。貴方と私の出会いに、仇を討てます様にって」

 

では、新しいグラスをとル級は理由を付けて離れようとした。

 

だが、顔を飛行場姫の手に抑えられ、動く事が出来なかった。

 

「んん〜、グラスはここにあるからいいわよ」

 

そう言って飛行場姫は自らの胸元に作った谷間に、深紅の液体を垂らした。

何処までも冒涜的で退廃的で有りながらも、どうしてもその姿に魅入られてしまう魔性の美がある。

 

「さあ、どうぞ」

 

と、胸を突き出されてしまえば、最早退路はない。

 

ほんの一口、胸に触れない様液体の表面だけに唇を付けただけ。

 

その僅かな合間さえ、咽せ返る様な色気と酒気に酩酊してしまいたくなる。

 

「ああ〜ん、くすぐったいは」

 

胸に触れて無いのに、あたかもそうされたかの様な声を漏らす飛行場姫。

 

胸元から滴る深紅の液体が、まるで血の様な印象を抱かせ、一層蠱惑的と言ってもいい。

 

「じゃあ、今度は私ね」

 

今のル級flagshipの姿はグラスを拾おうとして、足を屈めた状態にある。

 

まるで胸を飛行場姫に差し出すかの様な格好になってしまっていたのを悟り、顔が熱くなった。

 

「ほら、溢れちゃうわよ〜」

 

御構い無しに注がれるボトルの中身は、ル級の滑らかな肌を流れ服を赤に染める。

 

「うふふ、乾杯」

 

飛行場姫は己が胸とル級の胸を合わせ、液体を啜る。

 

舌で、唇で、歯で、時に甘く時に激しく艶めかしくもピチャピチャと音を立てるイヤらしさ。

 

恥ずかしいことをされている。

でも顔を背ける事は出来ない。

 

液体を全て舐め取られた訳ではなく、多くが跳ねたり隙間から漏れてお互いの服を濡らしてしまっている。

 

不意に、唇に熱い感触が伝わり、次いで全てを押し流す蹂躙が始まった。

 

ただ耐える事しか出来ないル級。

 

そういう事に全く経験が無い訳では無いが、彼女の経験したそれと比べ愛情の一切無い、ただ快楽だけを押し付けられる感覚に、思わず吐き気がした。

 

「ぷはっ」

 

やっと終わった蹂躙は、ル級の精神を十分に磨耗させていた。

 

「うふふふ、さあ今夜はもっと仲良くなりましょ。嫌な事、私が全部消してあげる」

 

全ては遅きに失した。

 

蛇の舌に囚われ、猫にいたぶられる鼠の様に、ル級の長い長い夜は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南方最前線

 

敵の補給の滞りを突き、一部戦線の押し戻しが成功する中、更に押し拡げるべく進撃が続けられていた。

 

「勝手は、榛名が許しません!」

 

「私の計算によれば、この海域を確保すれば来るべき反攻作戦の橋頭堡になるはず。皆さん、ガンガン行きますよー」

 

姉二人と交代で、前線に派遣された榛名、霧島を中核とする高速打撃艦隊は、その快速を活かし、海域から深海棲艦を駆逐しつつあった。

 

補給が滞り、碌に艦隊を動かす事が出来ない深海棲艦は、各所で分断、包囲殲滅され反撃も儘なら無い中、海域は艦娘の手に落ちようとしていた。

 

「偵察機より報告、軽空母ヌ級flagship敵重巡リ級éliteを含む有力な艦隊を発見。多数の被弾した深海棲艦と共に現在海域より撤退しつつあり」

 

軽空母祥鳳より発艦した偵察機よりもたらされた報告は、艦隊全員に衝撃をもたらした。

 

正規空母ヲ級程では無いとは言え、軽空母ヌ級flagshipは侮れない相手であり、重巡リ級も昼間の砲撃、夜戦時の火力共に侮れない物がある。

 

真正面から戦うには、本来ならば今の陣容では苦しいものがあった。

 

だが、榛名達は今決定的瞬間に立っていた。

 

「多数の被弾した艦を抱えた軽空母と重巡の艦隊…それが海域から離れつつあると云う事は」

 

艦隊の頭脳、霧島で無くとも分かる事だ。

 

「榛名、分かっているわね?」

 

「はい、榛名は大丈夫です!全艦、これより我が艦隊は敵艦隊を追撃。夜戦にて撃滅します」

 

「私達の速度を持ってすれば、敵に追いつく事は容易です。皆さん、頑張って行きましょう」

 

追撃戦、それは古来より最も戦果を上げてきた戦いである。

 

軽空母ヌ級flagshipにとって不幸だったのは海域より撤退する際、周囲の味方が集まってしまった為、見捨てるわけにも行かず、多数の足手纏いを抱えた状態で戦わねばならなかった事。

 

しかも、その相手が勇名名高き金剛型四姉妹の内、二人が相手であった事。

 

先んじて発艦した軽空母祥鳳の艦載機が、水平線に没する太陽を背に水平線ギリギリで近づき、軽空母ヌ級flagshipに被害を与え艦載機の発艦を不可能にした事。

 

炎上する軽空母ヌ級flagshipが松明となり、夜の闇に自分達の艦隊を浮かび上がらせた事。

 

幾つもの不幸が重なり、戦う前から劣勢な撤退する深海棲艦。

 

圧倒的有利な状況を作り上げた榛名、霧島の艦隊は巧みな操艦により撤退する艦隊に襲いかかった。

 

「全艦、主砲撃てー‼︎」

 

「損害の軽微な敵を優先的に狙います。ここで全て沈めるわよ」

 

夜の闇にを明るく照らす砲火の応酬、探照灯や照明弾が無くとも相手の居場所が分かる絶対の有利。

 

砲火と夜陰に紛れ、雷撃を敢行する水雷戦隊によって、深海棲艦は既に半死半生の状態にまで追い込まれていた。

 

無事な艦は無く、最早これ迄かと思えたその時、熾烈な砲火を浴びせる榛名、霧島が突如被弾する。

 

「きゃあ⁉︎」

 

「くっ、雷撃。何処から」

 

二人の疑問を他所に次々と被弾する味方の艦隊の悲鳴が、通信機を飛び交う。

 

「兎に角落ち着いて、一度集結して体制を立て直します」

 

次々に集まる味方の艦隊、しかし突如として通信機に何者かの声が響く。

 

「アア、ソレハアクシュダナ」

 

「な⁉︎」

 

「一体誰が」

 

その答えの代わりに、集まった榛名達に向け、又もや雷撃が放たれる。

 

その数、凡そ海面を埋めつくさんばかりであった。

 

咄嗟に回避を試みるも、味方艦隊が集結していたのが仇となり、碌な回避も儘ならぬ中次々に魚雷が命中し、今度は艦娘達が一転、窮地に立たされた。

 

いつ何処からか撃ち込まれるのか分からない雷撃に、恐怖に駆られた彼女達が無策に照明弾を打ち上げてしまったのは、同情に値した。

 

少なくとも、自ら進んで居場所を暴露しなくてはならない程、追い詰められた彼女達を誰が愚かと笑えよう。

 

夜の闇を明るく照らし出す光が、敵の姿を露わにする。

 

「まさか、この海域に居たなんて」

 

「事前情報では、もっと後方に配置されていた筈。なのに何故」

 

彼女達の目の前に姿を現したのは、駆逐棲姫、軽巡棲鬼その周りには雷巡チ級に重巡リ級。

 

お供の艦隊は兎も角、鬼、姫は艦娘にとって最大級の脅威であり、その為、その居場所は常に最新の注意が払われていた。

 

陸上型の深海棲艦の様に固定されたものでは無く、常に移動する水上艦はいつ何処で会うか分からない脅威であり、嘗て海軍に被害を与えた戦艦棲姫一人を討ち取る為に、横須賀、呉両鎮守府が連合艦隊を組んで討伐作戦を行った程だ。

 

その際、連合艦隊を阻んだ深海棲艦の中に、今目の前にいる駆逐棲姫、軽巡棲鬼がいた。

 

この二人が率いる艦隊によって、昼間は高速機動戦で撹乱され、夜間は川内型を凌ぐ夜戦火力で大物食いをされ連合艦隊は瓦解。

 

結果は散々たるものであり、お互いに責任をなすりつけ合った呉、横須賀鎮守府が袂を分かつ切っ掛けともなった。

 

兎も角、絶対絶命の窮地に立たされた榛名、霧島は自分達が囮となる事で、何とか味方の艦隊を逃がそうと試み様とした。

 

 

 

「哀れだな」

 

駆逐棲姫は内心でそう呟いた。

 

「哀れなものか。これは自業自得と言うものだ」

 

と、軽巡棲鬼が口にすれば、ああ声に出したのだなと駆逐棲姫は了解した。

 

「奴らは自ら危地を招いたのだ、余計な欲を出さなければこんな目に合わずに済んだろうに」

 

軽巡棲鬼は侮蔑と嘲笑を隠しもしないその態度に、駆逐棲姫は幾分納得しかねる所があったが、概ねの所ではその論の正しさを認めていた。

 

「トドメを刺すぞ…⁉︎」

 

駆逐棲姫が魚雷を発射しようとしたその時、緊急通信が届いた。

 

「ん?如何した、ヤらんのか」

 

訝しんだ軽巡棲鬼はそう駆逐棲姫に言った。

 

「…本隊からの命令だ…」

 

「待て、それは本当か⁉︎」

 

「再三確認はとった。残念ながらここまでだな」

 

本隊からの突如の帰還命令。

今少しで敵を討取れる場所にありながら、駆逐棲姫達は命令に従うしかなかった。

 

「その首、今日の所は預けといてやる」

 

と、軽巡棲鬼は捨台詞を吐きながら麾下の艦隊共々夜の闇へと帰って行った。

 

一方榛名、霧島はと言うと、自分達が悲壮な決意を決めたその先で、敵がなぜか引き始め辛くも窮地を脱した。

 

帰還した榛名達はその足で司令部に駆逐棲姫、軽巡棲鬼の出現を報告。

 

前線司令部は駆逐棲姫、軽巡棲鬼の存在を重く受け止め、これ以上の進撃は不可能と判断し確保した海域を放棄。

 

敵の掃討に当たっていた艦娘達を引き揚げさせ、守りを固めた為戦線は膠着。

 

南方は久しくなかった静寂が訪れ様としていた。

 

 

 

 

 

帰還した駆逐棲姫達を待っていたのは戦艦棲姫処刑の報と、自分達を取り囲む同じ深海棲艦の砲門であった。

 

駆逐棲姫、軽巡棲鬼は囚われの身となり、戦艦棲姫直属の艦隊は解体され、各地へと飛ばされた。

事実上戦艦棲姫とその派閥は消滅したと言える。

 

 

 

 

 

南方海域深海棲艦司令部の地下壕。

 

嘗て海軍の高級士官用に作られた豪華な部屋に駆逐棲姫と軽巡棲鬼は監禁されていた。

 

「私達は一体何時まで此処に居るのだ?」

 

「分からないわよ。情報が不足しているから如何してこうなったのかも、見張りがいても何も教えてくれないし」

 

部屋に備え付けられたバーカウンターに肘をついた軽巡棲鬼は、明らかに不満そうであった。

 

何も知らず、分からずでは鬱憤は溜まるばかりである。

 

気を紛らわせる酒類は事欠かないが、今の状況では酔いもしないだろう。

 

「くそ、矢張り無理矢理にでも情報ネットワークに潜入するべきではないか?」

 

「情報収集艦でも無い私達が、専門の装備も無しにどうこうできる代物ではないわ」

 

高級なソファーに寄りかかりながら、駆逐棲姫は天を仰いだ。

 

「八方塞がり、打つ手なしか。嫌になる」

 

軽巡棲鬼は荒々しくバーカウンターを叩いた。

 

それで気持ちが晴れる訳では無いが、何かに当たらずにはいられない性格であった。

 

『オノゾミナラオシエテアゲマショウカ』

 

突如部屋の隅から声が投げかけられた。

 

反射的に身構える二人の前に、部屋の影から一人の女が姿を現した。

 

一目で美人と分かる女である。

切れ長の目に濡れ羽色の髪、羽を広げた鶴の様に見えるドレスを身に纏っている。

最も、深海棲艦は見目麗しい者が多いから彼女が特別特別という訳では無い。

しかし、その肌は決定的に違うものがあった。

きめ細かく白い肌、深海棲艦の深海魚を思わせるそれでは無く、人と同じ様な白い肌。

それだけで彼女の存在は異質であった。

 

「あらあら、そう殺気立たずに。一杯やっては如何かしら?」

 

女がそう言うや否や、先程まで人影がなかったバーカウンターの内側にメイド服を着た少女達が姿を現した。

 

皆一様に同じ顔、同じ髪型、同じ背丈、同じ服装をしたメイド達が、駆逐棲姫達に給仕し始めた。

 

出されたグラスに注がれた琥珀色の液体を、軽巡棲鬼は一息に煽り、駆逐棲姫は唇を濡らすにとどめた。

 

「で、何を教えてくれると言うんだ?」

 

軽巡棲鬼はグラスを荒々しく置き、食道を焼く酒気を口から漏らして言った。

 

「潜母水鬼」

 

潜母水鬼は部屋の隅から移動し、駆逐棲姫の正面のソファーに座るとメイドからグラスを受け取り、喉を潤した。

 

「そうね、まずは…」

 

「いや待て。その前に貴女はどこから入ったのよ?ドアから入ってきた様には思えないのよね」

 

部屋の前には見張りがいて、ドアが開いたならば駆逐棲姫と軽巡棲鬼に分からないはずが無い。

 

「簡単な事よ、この部屋は私が用意させたの。どう、中々洒落てるでしょ?」

 

「それと、どこから入ったかは企業秘密よ」

 

「お前が手を回して用意したのならばドアから入ればよかろう。わざわざ部屋の隅から姿を現したのは訳があるのだろう」

 

軽巡棲鬼は潜母水鬼の答えに訝しんだ。

 

何故こんな手間のかかる事をしたのかを。

 

「それは簡単よ、私がここに来たことそれ自体を知られたく無いのよ。特に飛行場姫にはね」

 

「貴女達、私が裏から手を回さなければ明日にでも解体されていたのかもしれないのよ?」

 

何が何やらわからない様子の駆逐棲姫と軽巡棲鬼。

 

そして潜母水鬼はこれまでの経緯を語り始めた。

 

全てを聞き終え、軽巡棲鬼は怒りに打ち震えた。

 

「飛行場姫、許すまじ。戦艦棲姫様を亡き者とするなど、いま奴が目の前にいたらこの手で引き裂いてやる!」

 

「それは私も同感よ。潜母水鬼、教えてくれてありがとう。でも分からないわ、何故貴女がこうも手を尽くしてくれるのかが」

 

「簡単な事よ。つまりはバランスよ」

 

潜母水鬼は語り始めた。

 

今まで深海棲艦の中には大きく分けて三つの派閥があった。

 

まず空母棲姫を中心とする空母派閥。

 

派閥とは言ってもそこまで排他的でも無く、あくまでも同種の艦種同士の寄り合い所帯と言うのが正しい。

 

次に戦艦棲姫が率いていた武闘派派閥。

戦艦棲姫の武功と彼女自身のカリスマにより、派閥以外にもシンパが多いのだが悪く言えば彼女一人によって成り立っていたとも言える。

 

戦艦棲姫亡き後、派閥は消滅。

 

本来彼女の後釜となるべき駆逐棲姫、軽巡棲鬼が幽閉されている為、その崩壊は呆気なかった。

 

最後に、謀略によって戦艦棲姫を亡き者としその派閥を吸収して今や最大勢力となった陸上型基地型深海棲艦。

便宜上飛行場姫派閥と呼ばれている。

 

今までは先に挙げた三つの派閥がバランスを取っていたが、今やそれは過去の話。

 

このままでは飛行場姫による独裁が始まってしまう。

 

それは何としても阻止しなければならない。

 

その為にも、潜母水鬼は二人を助けたのだと言う。

 

「話は分かったが、まだお前の腹の中は全て見せているわけではなかろう?お前の目的は何だ」

 

軽巡棲鬼は潜母水鬼の語る話に嘘は無いと思っていたが、全てを話しているとは思ってはいなかった。

 

何故ならば、彼女自身のメリットを言ってはいないからだ。

 

「今飛行場姫は何をしていると思う?自分に逆らう者、不要な者を容赦無く解体しているの」

 

「その中には私達潜水艦隊も含まれているわ」

 

バカな、と二人は心の内で叫んだ。

 

同族を解体するなど、やっていることは恐怖政治そのものでは無いかと。

 

「それと、今飛行場姫は大量の資材を使って何かを大量に作っているわ」

 

勿論、解体された深海棲艦の資材もつかってと。

 

飛行場姫のあまりの蛮行にどちらにしろ、二人は何としても飛行場姫を止めねばならない。

 

そうしなければ、結末は深海棲艦の破滅しか待っていない。

 

「私の目的は我らを生存させること。それ以外無いは」

 

「お前の話は分かった。で私達に何をさせたいのだ?」

 

「ありがとう。今はまだだけれどここから出て空母棲姫の所に行って貰うわ」

 

「空母棲姫のところか。彼女ならば、私達の力になってくれるはずだ」

 

その後情報のやり取りなどの算段を決め、部屋の中にある隠し通路の場所も教えると、潜母水鬼は来た時と同様に部屋影へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某所

 

駆逐棲姫達との接触を終えた潜母水鬼は一息ついていた。

 

「お疲れさま、アームドウィング。慣れないことをするものね」

 

「あら、貴女は…」

 

「マレよ。下の名は前言わないで」

 

潜母水鬼をアームドウィングと呼ぶ、マレと呼ばれる少女。

 

因みに下の名前は女性につけるとしては大変不名誉な名前なので、本人や他の姉妹達も皆上の名前で呼んでいる。

 

「まあ、色々と世話になったからこれ位は当然の事よ。それよりも貴女が戻ったということは何か掴んだのかしら?」

 

「ええそうよ。詳細なデータはここに」

 

差し出されたデータを受け取り、マレは実はそれ以外にも、と続けた。

 

「やっぱり私達以外にも来ていたみたいね。北方海域で超兵器の暴走反応を探知したわ」

 

「そう、パターンは?」

 

「確認出来たのは連合と枢軸の2パターン。多分だけどヴィント型とあと一つはアルウスかな?」

 

「アルウスが居るなら、直接会って話をしたいわね」

 

「う〜ん、難しいかな?なんだか知らないけれど枢軸の奴らと一緒にいるみたいだし。奴ら問答無用で撃ってきそうだし」

 

それもそうね、とアームドウィングは頷いた。

 

「取り敢えず当面は放置で構わないわ。今はこっちを優先しましょう」

 

「分かった。私は戻るから何か用があるならいつもの所にでも届けてくれ」

 

じゃあ、またとマレが歩き出すとその姿が急激にボやけ輪郭を失って見えなくなった。

 

彼女達姉妹が得意とする視覚にさえ作用するステルス機能。

 

相変わらず見事だと、感嘆の溜息をアームドウィングは漏らした。

 

この世界に来てから数年。

 

自分達以外の超兵器の出現とそれを操る人間の存在。

 

そして深海棲艦と自分達の変質。

 

それがどのような結末になるのか?

 

「出来れば、穏やかな物であれば良いのだけれど。この平穏な戦争の日々がずっと続けば良いのに」

 

深海棲艦に組し、今や潜母水鬼となったアームドウィングはそう願わずにはいられなかった。

 




漸く第一部完?

後は横須賀編でホノボノ日常をしつつも南極行きの準備ですので、暫くは超兵器達はお休みです。


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