超兵器これくしょん   作:rahotu

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今回はちょいおふざけ。

所謂日常回です。




11話

巨大ドック艦スキズブラズニル

 

その作戦会議室に超兵器達が集まっていた。

 

長方形のテーブルに各々位置を占めた超兵器達の視線は、今回彼女等を呼び出した焙煎に向けられていた。

 

そして開口一番、焙煎は言った。

 

「此れより、ここにいる全員で密航者捜索にあたる」

 

 

 

 

話は小一時間前に遡る。

 

北方海域での作戦を終え帰路に就いた焙煎達は、戦いで得た傷をスキズブラズニルのドックで癒していた。

 

激戦区となったキスカ島救助艦隊は特に損傷激しく、多数の被弾を抱えたシュトゥルムヴィントや、超兵器機関の暴走を引き起こしたアルウスは直ぐさま入渠させられた。

 

幸いにも暴走の時間が短かった事もあり、機関や艤装その物に異常は発見されず、シュトゥルムヴィントも損害の割には至って健康であり一先ずは大丈夫だと判断された。

 

工廠の妖精さん曰く、長門型ならば良くて轟沈寸前の大破ギリギリ。

普通ならとっくに沈んでもおかしくない命中弾を浴びて中破判定に、流石は超兵器だと感心したという。

 

しかし、難点を挙げるとすれば、折角艤装が中破したのに艦娘と同様に服ビリが見られなかった事が悔やまれるとの事。

 

この話を聞いた焙煎は、試しに超兵器達の服の修繕費を計算してみた。

 

艦娘の服はそれ自体が装甲の代わりであり、耐衝撃耐熱防刃防弾対NBC防御は元より通気性に発汗性、勿論着心地や肌触りも考慮され実戦の埃に耐え得るよう出来ている。

被弾時には敢えて装甲を自壊させるクラッシャブルストラクチャーを備え、これにより艤装は兎も角、生身の艦娘の生存確率を上げほぼ無傷での生還を目的としている。

これは艤装や兵装は量産が効いても、一度失われた艦娘を再建造し一から育て直すのにな途方も無い時間と資材とを必要とするからであり、艦娘の生存性は最大限の努力が払われている。

俗に言う中破状態は、このクラッシャブルストラクチャーが発動した状況であり、この状態の有無が艦隊の進撃か撤退かの分水嶺ともなっている。

又、海軍の伝統から外交の場としても機能する軍艦の常として、フォーマルな場までカバーする、多機能な着衣でありかつ一つ一つがオーダーメイド製品である。

だから駆逐艦など見た目が幼い艦娘が、学生服を模しているのもこの様な理由があったりする。

だから決して、デザインした者を幼児趣味と弾劾するのは、止めて頂きたい。

因みに笑い話として良く取り上げられるのが、潜水艦艦娘の制服についてである。

ある大将が観閲した折、潜水艦艦娘の余りの姿に顔を顰め、何故あの様な格好なのかと尋ねたと言う。

少々、露出が過ぎるのでは無いか?と言う事である。

その時に、居合わせた潜水艦艦娘の制服をデザインした被服部の大佐が滔々と語り、如何に機能性に溢れ且つ制服として機能し常在戦場を想定したものであるかを語り、その熱意に圧倒された大将は閉口してしまったと言う。

この大佐実は極めて“紳士”的な趣味の持ち主であり、後にそれが問題視され被服部から更迭される事となるのだが、いざ変えようと思ってもその時には相当数が量産され、しかも修繕が簡単なのに多機能であり、意外と着心地が良いと言う前線の評価から、現在まで潜水艦艦娘の制服は彼女達のシンボルとなっている。

一人の男の浪漫が、回り回って艦娘の誇りとなってしまったのだ。

草葉の陰で件の大佐も嬉し泣きしている事だろうとの事だ。

(因みに、件の大佐は今の被服総監の事であり、その余りある才能(趣味)を生かし、艦娘夏用戦闘服(夏グラ)やら秋季特別被服(秋グラ)やら聖夜用特別夜戦服(冬グラ基クリスマスバージョン)やらポニ柄さんやら、やけに駆逐艦艦娘の特別被服が充実したり等、艦隊の士気向上に多大なる貢献を果たしている。)

 

 

話は戻って超兵器達の服であるが、基本は艦娘の物と同様である。

違う所を挙げるとすれば、対レーザー処置に微弱な防御重力場、電磁防壁発生装置。

ECMにECCM、対赤外線処理やデジタル迷彩。

重力砲や波動砲、光子兵器や量子兵器に由来する原子干渉兵器に対する防衛機能。

マッスルスーツとして身体機能のサポートや形状記憶素材による体型維持対策も万全、ちょっとしたほつれや切り傷も自己修復機能で元通り。

前線で数日から数週間は戦い続ける事も前の世界なら有り得る為、生理機能処理装置や緊急時の生命維持装置も完備。

宇宙服も真っ青な各種装置を盛り込んだ、何処ぞのQだかPだかが考えた様な代物でイギリス諜報員が着て女を口説いて居そうだが、これでも一応「服」なのである。

最も、これ単品で戦車と渡り合える様な物を服の範疇で良いのやら…(生命繊維とか使ってんじゃないだろうな?)

 

(言うなればファ○○マスーツ?ぽいもの。でもここまでフレーバー)

 

結果一着あたり最低でも巡洋艦数隻に相当すると出た。

 

この程度かと思うかもしれないが、入渠資材とは別払いなので中破+服の補修代も含めると、優に一個艦隊相当の費用となる。

 

改めて超兵器の恐ろしさに背中が寒くなる焙煎であった。

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

現状は被害以外に深刻であった。

 

予定していた深海棲艦の備蓄資材を奪取出来ず、しかも超兵器達は建造後初めて大きな被害を出している。

 

幸いな事に備蓄していた資材で何とか動けるまでには戦力を回復させることが出来るが、焙煎が目指す南極への道は大きく遠のいた事となった。

 

被害の最終報告を受けた焙煎は、暫く呆然とした。

 

具体的には禿げた。

 

何がとは言わないが、妖精さんからコッソリ差し出された育毛剤の気遣いが、逆に辛かった。

 

何とか気を取り直し、いつもよりも深く軍帽を被った焙煎は気分転換に艦内を散策する事にした。

 

何か見落とした資材が無いかと言う、浅ましい貧乏根性からである。

 

と、言ってもそう見つかるわけもなく結局スキズブラズニルを一周してしまい、ついでに倉庫の整理でもするかと中に入った。

 

そうは言うものの、何かある訳でも無く備品のチェックで終わりそうだなと、焙煎は思っていた。

 

だが、チェックしている途中ある違和感に襲われた。

 

例えるならそう、金に困った男が地面でチャリンと音がした途端に、コインが落ちてないかと血眼になって探したり。

 

ボーキに困った赤何某やら一航戦のほっこりやらが、箒をボーキと間違えたり、募金活動を勝手にボーキを集める為の活動と思ったり等。

 

つまりは何かに困窮したもの特有の、何時もは気付かないちょっとした変化に気付いた。

 

大抵 本当になんでもない事だったり、あったとしても今更見つかる昔の忘れ物だったりするが今回は違った。

 

倉庫の片隅にある木箱、その周辺だけ妙に埃が少ないのだ。

 

最近は連戦続きだった為、碌に手入れはされていない筈。

 

何者かがここに居て、木箱を動かしたとしか考える他ない。

 

「さて、鬼が出るやら蛇が出るやら」

 

恐る恐る、と言った感じで焙煎は木箱の蓋を開けた。

 

誰かが潜んでいるとは考え辛いが、何か隠しているのかもと中を覗いてみるが、箱の中は空っぽであった。

 

何だ、気のせいかと思って蓋を閉めた焙煎は、背中を木箱に押し付ける様に預け、さて帰ろうかと思案した時。

 

ズルリ

 

と、音がして空の木箱が動いた。

 

やってしまったなと、焙煎が木箱を元に戻そうと手を掛けた時。

 

足元に僅かな隙間を見つけた。

 

焙煎は木箱を元の位置に戻すのでは無く、更に押してその下にある物を見つけた。

 

「こいつは⁉︎だが、これで何者かが潜り込んでいる事は確定だな」

 

木箱の下、そこに隠されていたのはスキズブラズニルの奥へと続く梯子であった。

 

焙煎は急いでその場を離れると、通信機で超兵器達に集合を掛けた。

 

 

 

 

 

そして話は冒頭へと戻る。

 

(これは“あれ”の事だな)

 

と ヴィルベルヴィントは呼び出された理由について既に内心、見当が付いていた。

 

(お姉様、これはもしかして)

 

(無論、その通りであるだろうな。姉よ)

 

(間違いなく“あれ”よね)

 

(“あれ”ですね)

 

(?あれって何だぜ)

 

(おいおい“アレ”って言ったら艦長の薄…)

 

((それ以上、いけない))

 

上からヴィントシュトース、シュトゥルムヴィント、アルウス、ドレッドノート、アルティメイトストーム、デュアルクレイターが、互いに高速目配せによるモールス信号での会話である。

 

超兵器の規格外の機能をこんな無駄な事に使うとは、建造当時の彼女達では考えもしなかっただろう。

 

(いや、でも最近やけに帽子が…)

 

(そう言えば、艦長が歩いた後は抜け毛が多く落ちていると妖精さんがボヤいていたと思えば)

 

(矢張りアルウスか…)

 

(アルウスだな)

 

(アルウスゥ…)

 

(ちょっと、ドレッドノート⁉︎貴方こっち側でしょ。なに混じってるのよ)

 

(いやでもアルウスの姉御ぉ、流石に敵前でストリップ決めるのはどうかと思うぜ)

 

(汝、己の欲する所をなせ。つまりアルウスは露しゅ(Shut up‼︎))

 

(そう言えば…)

 

(何よ猟犬、アンタも何か文句あるの)

 

(あの時の礼をまだ言って無かったな姉よ)

 

(何気にするな。先達として当然の事をした迄だ)

 

(ああ、あの時の。アンタそいつの腕の中で犬の様によく寝ていたわね)

 

(⁉︎)

 

(その時のこと詳しく)

 

(何、疲れて少し姉の胸を貸して貰っただけさ)

 

(な、なななな⁉︎お姉さま、今夜お邪魔しても宜しいでしょうか、いえ寧ろ良いですよね、可愛い妹の頼みですもの当然ですよね!そして組んず解れつお姉様の豊かな丘陵痴態(誤字に非ず)で電撃戦を…)

 

 

(盛るなこの犬っころ風情が‼︎時と場所を弁えろ)

 

(と、突っ込みに回って先ほどの集中砲火を回避しようとしていますが、そもそもの原因が自分の事を棚に上げてと申しますか、何と言うか)

 

(…ドレッドノート、私貴方に何かしたかしら?)

 

(いえ別に。唯、建造からこの方戦場で思う存分撃ちまくって飛ばしまくったり、戦場にも関わらずリリーでランナーズハイな人達と違い、最初の夜襲以外碌に敵と戦っていない私が思う所何てありませんよ)

 

(それに私、今度こそ姉妹や同胞に会えるかと思っていた所、来たのは新興宗教の勧誘女に水上艦は不要だと舐め腐った事を抜かす低脳に久しぶりの出番も犬でも出来るお使いだなんて。ああ、この場でマトモなのは私だけなのですね)

 

(おい、遠回しに私達の事も言ってるぞ、こいつ)

 

(止めておけ。ドレッドノートの症状、聞いた事がある)

 

(知っているのかデュアルクレイター‼︎)

 

(ああ、これは姉妹艦シンドロームだ。この艦隊は姉妹艦や同国艦がいる中で、唯一ドレッドノートだけがその対象がいない)

 

(今迄は同じ陣営と言う事でアルウスが居たが、今回新たに2隻も同胞が増え、同じだと思っていた仲間が実はリア充だった時の心境と同じなんだ、今のドレッドノートは)

 

(長い、一行で頼むぜ)

 

(「お姉ちゃん寂しい」)

 

(お姉ちゃんと聞いて⁉︎)

 

(万年発情期子犬は黙ってろ!)

 

(いい加減、話を戻さないか?これ)

 

(いや、そもそもが…)

 

この間僅かコンマ数秒の出来事である。

 

超兵器が持つ類稀なる演算機能によって初めて可能となる超高速高密度デジタルモールス信号式井戸端会議略して

 

『超どうでもいい会議』

 

その全容の一端がこれである。

 

 

 

 

「さて、捜索範囲の割り振りを決めたいと思うが…」

 

何だこれは⁉︎

 

焙煎は驚愕した。

 

一体いつの間にこんな空気になったんだと。

 

超兵器達を集めてさてこれから家探しだぞ、と言ったは良いもののいつの間にか部屋の空気が悪くなっている。

 

と言うか、全員何故か目がギラギラしていて相手を伺っているし、そもそも話を聞いてくれてかさえ分からない。

 

神ならぬ人の身、まして超兵器でない唯の凡夫である焙煎が、会議室そっちのけで超兵器の性能を無駄に生かした井戸端会議が目の前で展開されていようなど知る由も無い。

 

だが、焙煎にとっては緊急事態であった。

 

何か言おうか?だが、何か迂闊に言える雰囲気でもない。

 

そう、例えるなら今この場で世界大戦が起きても不思議ではない位の、危ない空気だ。

 

焙煎は久しぶりに背筋が凍った。

 

だが、この儘黙っている事も出来ない。

 

「あ、あー各人、自分の居住区画を中心に捜索する様に、以上」

 

何とか絞り出す様に声を出し、超兵器達は各々了解の意を伝え会議室を後にした。

 

「ふう〜、寿命が縮む」

 

帽子を投げ出し、頭を掻き毟りたい欲求に駆られるのを我慢した焙煎はやっと人心地ついた。

 

最近慣れてきたとは言え、超兵器は規格外の存在だ。

 

それが一堂に会しただけでこのプレッシャーに、後何回耐えることが出来るだろう。

 

恐竜の檻の中の哀れな小鳥並の心臓しか持たない焙煎のストレスは、ジワリジワリとだが、一部の毛の後が既に阻止限界点を超えつつあった。

 

 

 

 

 

超兵器達が各人の艤装が係留されているドック内を中心に捜索している間に、焙煎は本命である木箱の下の梯子を降りていた。

 

中は手元を照らす光源には不自由しなかった。

 

壁に埋め込まれたライトの光と、埃を被ってはいない梯子の手触りが、益々焙煎にこの先に犯人がいるとの確信を抱かせた。

 

梯子を下りきり、奥へと続く通路に降り立った焙煎は辺りを見渡した。

 

「意外と広いな、これならヴィルベルヴィントやアルウスでも余裕で通れる位だ」

 

天井は高く、足元を照らす光に壁には奥へと続くパイプやコードが露出し、艦内地図を見ればこれはスキズブラズニルの動力炉迄続いているはずだ。

 

地図によれば建造時の資材搬入用通路との事で、現在は破棄されているはずだ。

 

巨大ドック艦スキズブラズニルは、船と言うよりも一つの都市である。

 

ドック艦を中心に周りを複数の船を連結して構成され、その余りの巨大さ故、専用のモノレールが通り、殆どの区画が自動化され無人で運用されている。

 

これは元の世界で、長期間艦隊を派遣した際現地での補給整備から福利厚生まで単艦で賄うことを想定して設計された為だ。

 

建造元であるウィルキア共和国は、元は戦火を逃れ欧州を脱出した難民が遠く海を渡り辿り、大戦後シベリア東岸に建国した新興国である。

 

長い戦争で主要な港は破壊され、世界中の海では人間のコントロールを受け付けなくなった無人戦艦群が彷徨い、敵味方の区別なく襲い掛かる危険な場所と化していた。

 

その為、派遣先で補給を受けられない事なんてざらである為、なら必要な物を持って行ってしまおうとのコンセプトで生まれたのが、スキズブラズニルだ。

 

現在は妖精さんがスキズブラズニルの運用を担ってはいるが、最低でも乗員三千名を越す巨大艦の理由はそこにある。

 

地図に従い、焙煎は迷わず奥へと続く通路を進んだ。

 

その途中幾つかの分岐路があったが、犯人がマヌケなのか足元の光源は一直線に続き、迷う事は無かった。

 

どの位歩いたであろう、時計では三十分を過ぎていた。

 

「艦長、こんな所にいらしたのですか」

 

「うわ⁉︎」

 

突然背後から声をかけられ、驚いて振り向いた焙煎の目の前にはドレッドノートがいた。

 

「お、驚いたな。ドレッドノートか、どうしてここに居るんだ?」

 

「艦長お一人でしたので、付いてきました。いけなかったでしょうか?」

 

小首を傾げる仕草一つとっても絵になる艦娘だが、上目遣いと薄暗い通路が醸し出す危ないムードと相まってイケナイ雰囲気満載なのだが、生憎と相手は超兵器。

 

色ボケよりも先ほどまでの空気を思い出して身震いしてしまった。

 

「?艦長、お寒いのですか」

 

「い、いや心配いらない。だいぶ歩いたからな、汗で冷えてしまっただけだ」

 

内心の動揺を隠そうとするも、どうしても言葉がどもってしまう焙煎。

 

「そ、そんな事よりも先に進もう。この先に密航者が居るはずだ」

 

余計な事を喋ってしまう前に焙煎は先に進もうと歩き始めた。

 

その後を黙ってドレッドノートは付いて行く。

 

実はドレッドノートがこの場にいるのは焙煎の姿を見かけたのもあるが、居住施設を捜索していたヴィントシュトースが、これ幸いにと姉二人の部屋を物色し始め。

 

それを見つけたアルウスが躾がなっていない子犬と馬鹿にしてシュトゥルムヴィントがキレてド突き合いになったり。

 

捜索そっちのけで妖精さん相手に説法垂れて改宗を迫るバカが居たり。

 

バカその2は捜索では無く探検をし始めたり。

 

駄犬の飼い主は放任主義だし、巻き込まれては敵わないと、コッソリ抜け出してきていたのだ。

 

(薄暗い通路、艦長と二人っきり、何故か上ずる艦長の声)

 

前に読んだハーレクインノベルのシチュエーションにあったなと、一人合点するドレッドノートだが、焙煎が緊張しているのは先程のストレスの為であり、そもそもハゲと美女のラッキースケベ等誰も見たく無いし書きたくも無い。

 

しかしそんな事等つゆ知らず、ドレッドノートは一人算段を立てていた。

 

(この場で艦長にアピールをすれば、次はきっと我が大英帝国の超兵器を建造して下さるはず)

 

(これでもうボッチ飯とはオサラバ。ああ夢のシスプリライフが直ぐそこに…)

 

(その為には、まず英国流の二枚舌イングリッシュジョークで艦長の笑いを取り、会話の糸口を掴むのです!)

 

そしてドレッドノートがいざ小粋なトークを披露しようとした時、焙煎が不意に立ち止まった。

 

目の前には重く閉ざされた防水扉があった。

 

「ドレッドノート」

 

「はい」

 

素早く、焙煎の前から躍り出て防水扉に取り付くと中の様子を探った。

 

「……音波、熱源、レーダー探知機共に生物の反応無し。中に誰も居ません」

 

「密航者は留守か。取り敢えず中に入るぞ」

 

水圧に耐えうる様頑丈に作られている防水扉を、ドレッドノートはいとも容易く蹴破った。

 

「…お前、それ一体誰が修理するんだ?」

 

「はっ⁉︎」

 

やってしまったと、ドレッドノートは防水扉を蹴り破った姿勢のまま固まった。

 

これでは焙煎艦長に気に入られる何処ろか、逆評価では無いか。

 

そんなドレッドノートを置いて先に進んだ焙煎は、まず部屋の散らかり具合に驚いた。

 

「これは…部屋?なのか」

 

かなり広い部屋なのだが、床一面に脱ぎ散らかしや食い散らかした資材が散乱し、キングサイズのベッドの上は漫画やゲームで埋まっている。

 

思わず顔のヒクつきを抑えずにはいられなかった焙煎だが、硬直から治ったドレッドノートが部屋に踏み込むと、焙煎と同じ様な表情を浮かべた。

 

「艦長、どうやらここは、伝説のサルガッソー海域の様ですね」

 

「いや普通に汚部屋で良いだろこれは?若しくはゴミ箱」

 

中に目ぼしい物や密航者の行き先の手掛かりが無いかと踏み込んだはいいが、これでは探す気も起きないと、焙煎思うのであった。

 

だが、探さないわけにもいかない。

 

ドレッドノートと手分けして部屋の中を探すが、見つかるのはゴミゴミゴミ。

 

「お、横須賀海軍カレーのレトルトパック、しかも箱を開けてそのままかよ。茶碗にはミイラ化したご飯の残り、鍋は蓋を開ける気すら起きん」

 

「こちらは歯型のついた鋼材、コップの中で固まった飲み掛けの燃料に、何故かポテチの代わりにボーキサイトを揚げたボーキチップスの開封済み袋。ポッキーみたいな弾薬」

 

「ちゃんと燃えるゴミと資源ゴミは分けろよ〜、特にボーキと鋼材はちゃんと区別して」

 

「艦長、私達何をしているんでしたっけ?」

 

「……」

 

「……」

 

いつの間にか部屋の捜索が、ゴミ屋敷のお片づけへと劇的ビフォーアフターしていた。

 

「……何かその、すまん」

 

「いえ、誰でもこの状況なら本来の目的を忘れてしまいます」

 

その後、焙煎とドレッドノートは探せる範囲で部屋の中を探したが、結局何も見つけ出すことが出来ず、ならばと部屋の中で待ち構える事にした。

 

最初からそうしていればよかった気もするが、足の踏み場も無い程散らかり放題の部屋の中で、各々の位置を占める為に自分の周囲だけは片付ける必要があった。

 

そして待つ事十五分。

 

ドレッドノートが何か音がすると言った。

 

「来たか、ドレッドノート」

 

「いえ、微かに聞こえるこの音。外からのものではありません」

 

では何処からか音がするのか?

 

「金属音…これはベル?そして一定のリズムを刻む音。もしかしてこれ…」

 

突如とした、部屋の隅で山積みとなっていなゴミが動いた。

 

その余りの多さに放置していた箇所だが、山が崩れ中から何かが這い出して来たのだ。

 

「…手か、これ?」

 

にゅっ、とゴミ山の頂から一本の腕が伸び何かを探す様に蠢いている。

 

「な、何を探してるんだこいつ」

 

突然の事態に訳が分からない焙煎だったが、ドレッドノートがふとゴミ山を突然掘り出し始め、中から何かを取り出した。

 

「お探しの物はこれかしら」

 

ドレッドノートが謎の手に差し出した物、それは赤い目覚まし時計であった。

 

ドレッドノートが先程音がすると言ったのは、この目覚まし時計のアラーム音だったのだ。

 

時計を受け取った腕は、ドレッドノートが取り出す時にアラームを切っているのにも関わらず、何度もバシバシと目覚まし時計を叩き、またゴミ山の中へと消えていった。

 

「…ドレッドノート」

 

「はい艦長」

 

「さっき、中に誰も居ないって言わなかったか?」

 

「……」

 

そう言われたドレッドノートは顔を赤らめ、プイと顔を後ろに反らした。

 

「こ、これはそうアレですアレ」

 

ドレッドノートはもうどうにでもなれなれと腕を振りながらゴミ山を指差す。

 

「余りのゴミ山にセンサー類が誤作動を起こした為であって、私は全然悪くなくて、その…えと…あの…ごめんなさい」

 

と、最後は消え入りそうな声でそう呟いた。

 

「いや、いいからさ。さっさとこのゴミ山を掘り返すぞ」

 

そう言って焙煎はゴミ山を掘り返し始めた。

 

これには、先程まで恥ずかしがっていたドレッドノートも目を丸くした。

 

健全なる提督諸氏なら、ここでニコポナデポを発動して頭ポンポンからのオリジナル笑顔でフラグを立てたり。

 

少なくとも何かしらのフォローを入れたり、若しくはイケボでまさかの俺様キャラ発動からの壁ドンで「イケナイ子猫ちゃんには、お仕置きしなくちゃね」的なセリフで攻略ルートを進めるのが鉄板‼︎

 

世界の中心じゃなくて、ゴミ山の中心で愛を叫んで欲しかった。

 

しかし、焙煎まさかのスルーである。

 

これにはドレッドノートも計算が狂わされた。

 

そう今までの流れ、全てドレッドノートの手の内であったのだ。

 

まず、扉を壊してしまった落ち度を逆手にとってドジっ子アピールに転換。

 

ゴミ山捜索を一緒に行う事で親近感を持たせ緊張を解き、止めに顔赤らめからのツンデレと思わせてまさかの素直キャラによるギャップ萌えで、焙煎の心を轟沈したと思っていた。

 

(くっ、流石は艦長。その朴念仁っぷりだけはラノベ主人公レベルですね)

 

ドレッドノートの計算は本人では完璧と思っていたが、一つ致命的な見落としがあった。

 

基本的に焙煎は“超兵器達の事を女性として見ていない”と言う点である。

 

ここで注意しなければならないのがこの世界の艦娘に対する考えと、焙煎がいた世界での超兵器を知っているかいないかの違いである。

 

艦娘と提督の関係は基本部下とその上司だが、知っての通り艦娘は皆見目麗しい美女揃いである。

 

しかも、一部の例外を除き提督に好意的な感情を抱いており、まんざらでも無い提督との間で自然仲が進展するのは不思議では無い。

 

海軍では退役した提督が秘書艦と結婚して家庭を築いたりするのが最早通例となっており、そこまで我慢出来ない者が信頼と将来を誓い合った印として指輪を送る。

 

所謂ケッコンカッコカリと言われる制度が存在するが、何かにつけて物入りな海軍では艦娘との結婚を考えている提督向けの『結婚(仮)積立金』制度や、本土勤務以外の鎮守府泊地提督様に指輪を販売したり、果てはウェディング会場からセレモニーまで取り仕切ったりとそれ専門の部署まで出来る始末だ。

 

これは、人間である提督が様々な理由で退役や除隊しても、艦娘は未だ戦える場合が多く、経験豊富で貴重な戦力が抜けてしまう事を危惧した海軍が、損失分を補填する為、退役金の一部返還による身請金を払わせようと様々な方策を練った結果、現行のシステムが出来上がった経緯がある。

 

一部では人身?売買との批判もある中、積立金制度によって身請金代わりの結婚指輪を支払えたり、副次効果としてケッコンカッコカリをした艦娘はその能力を飛躍的に向上させる等が分かり、現在の海軍では積極的にこのケッコンカッコカリを推し進めているのだ。

 

提督と家庭を築いた艦娘達も上手く社会に馴染んでおり、これは海軍広報部の長年に渡る努力によるものであった。

 

この様に現在艦娘は唯の兵器ではなく人類の一部と認識されている。

 

勿論艦娘との関係について、様々な意見があり特定の思想を持つ団代も存在するにはするが、全体に比べ極少数であり、概ね艦娘は社会に馴染んでいた。

 

では焙煎はどう考えているのか?

 

基本的に艦娘に対する考え方はこの世界のそれと同じである。

 

士官学校で受けた艦娘教育も上記の通りであり、世間一般との齟齬は少ない。

 

この世界の出では無い焙煎にも素直に受け入れられるレベルであり、それだけ艦娘が社会に浸透しているのだ。

 

唯、焙煎の場合艦娘では無く超兵器艦娘と言うのが大きな違いである。

 

知っての通り、超兵器とは焙煎が元いた世界で、列強が開発建造した殺戮兵器である。

 

文字通り世界を焼き尽くした悪魔の兵器であり、南極の独立に多大な貢献を果たした第0遊撃艦隊と言う例外を除き、全ての兵器の頂点に立つ怪物であった。

 

『最後の超兵器』が撃沈された後も、未だ世界に大きくその爪痕を残し、具体的には海水面の上昇による地表面積の後退、北極の氷が溶けた事による塩分濃度の変化が潮流の変化を生み、異常気象による作物の不作、波動砲や重力砲の多様による環境汚染と深刻な資源不足、二次的には世界中で発生し続ける戦争難民が飢餓と疫病によって倒れ、社会不安の増大深刻な国家の統制崩壊を招きテロを誘発、地球の地軸そのものが、超兵器によって傾いたとも言われる。

 

焙煎が住んでいた日本にも生々しい爪痕を残しており、旧帝国海軍軍令部があった横須賀市は戦場となり、帝国海軍は量産型超兵器を投入。

結果横須賀市は地図から姿を消し、新横須賀湾として今でもレアメタルに起因する重力異常を引き起こしている。

 

四国は分断され、琵琶湖は日本海瀬戸内海と連結し、主要都市は連合の超兵器爆撃機により消滅。

 

実はこれでもまだマシな方なのだ。

 

中には国ごと海の底に沈み、ガラス化した大地が何処までも続く国や、地図には載っていても実際には無い国。

 

深刻な汚染により人間を含む生態系異常が起き国ごと隔離されたり、超兵器とその戦争によって引き起こされた戦災は未だ多くの人命を苦しめていた。

 

人類は中世レベルの文明の後退を強いられ、超兵器の存在は人類共通のトラウマとなり、一切の保有、製造、及び超兵器由来の技術兵器の使用を禁止する世界条約が締結された程だ。

 

戦後直ぐ日本で放映された「超怪獣」と言う映画は、正しく超兵器に対する人類の恐怖その物であり、世界的なヒットを記録した。

 

後に教育の場でも用いられる事になるが、そういった世界、環境で産まれた焙煎が、実際に戦争を体験していなくとも、超兵器に対する恐怖心は最早遺伝子レベルで刻み込まれており、どうあっても拭いきれない心の闇であった。

 

そんな世界に住んでいた人間が、人の姿と意志を持つ超兵器艦娘が現れたら如何思うか。

 

最早恐怖心以外の何物も抱かないであろう。

 

そして無様に脱兎の如く逃げ出し、泣き叫ぶ事しか出来ない。

 

そう、まるで超怪獣に遭遇し逃げ出す市民の様に。

 

焙煎がそうなら無いのは、偏に艦娘に対する知識があった事、異世界移動と言う超常現象に遭遇し、未知への抵抗が出来ていた事、最初に会ったのが超兵器の中で“比較的”まだ兵器の範疇に収まっていたヴィルベルヴィント型だった事。

 

特に艦娘に関する知識が焙煎を救った。

 

艦娘とは基本的に提督の命令に従うものであり、だからこそ焙煎はどの超兵器にも自分の命令に従うかと、最初に聞くのである。

 

故に、艦娘として命令をし、兵器として正しく超兵器を運用する焙煎にとって、超兵器艦娘は艦娘であって艦娘ではない。

 

身も蓋も無い言い方をすれば、武器を持って戦う女の子が艦娘、女性の姿をした兵器が超兵器。

 

どっちも似た様なものだが、少なくとも道具に愛着を持ってもそれ以上の関係になろうとは思わないのが焙煎である。

 

横須賀での演習の際、焙煎が見せたヴィルベルヴィントへの気遣いは所詮道具が壊れないか心配するそれであったし、本人もそう思っている。

 

少なくとも今の所は艦娘が持つ魔性に引き込まれずに済んでいた。

 

案外、艦娘の魔性に魅入られたからこそ、世間に受け入れられたのかもしれないが。

 

最も、焙煎が超兵器をそう思っても、向こうの方から乗り越えてくる可能性を考慮していない辺り、やはり凡俗の域を出ない男であった。

 

そんなこんなで焙煎と、我に返ったドレッドノートがゴミ山を掘り起こそうとするが、突然ゴミ山が崩れ中から何かがガバッと起き上がってきた。

 

「‼︎艦長、お下がりを」

 

咄嗟に焙煎の前に出て背後に庇うドレッドノート。

 

艤装を展開し、相手を威嚇するドレッドノートだが。

 

「ふぁぁぁぁぁ、ムニャムニャ」

 

と、大きな欠伸を相手が打つと直ぐにまたゴミ山へと沈んでいった。

 

「……」

 

「……」

 

取り残された焙煎がとドレッドノートは本日何度目かの沈黙が訪れた。

 

お互い無言のまま、ゴミ山の中を覗くとゴミの女王がいた。

 

服や長い髪の毛の彼方此方に、食べカスやビニールやらを貼り付け、何故か布団だけは新品のまま健やかに眠る大女。

 

今だ起きる様子を見せない。

 

焙煎は思わず天を仰がずにはいられなかった。

 

「こいつ、どうやったら起きると思う?」

 

「さあ?物語だは大概眠っている女性には殿方がキスをすれば目覚めますが。その前にホテルかハイエー○に連れ込まれるのが現実では良くあるパターンだと思われます」

 

「…」

 

今のこいつに聞いたのが馬鹿だったと、焙煎は後悔した。

 

基本こいつら超兵器は、日常だとポンコツになるのだと焙煎は知っていた筈なのに…

 

超兵器はなまじ戦闘での能力が高い分 、抜ける時はとことん抜けて使い物にならない。

 

何時もの冷徹な軍人然とした態度や、戦場で見せる獣性等嘘であったかの様なダラけ具合。

 

あのヴィルベルヴィントでさえそうだ。

 

部屋の中に専用の足湯を作ってくれと言ってきた時は何かの聞き間違いだと思っていた。

 

次に来た時は、足湯に浸かることによる効能とその成分の作用。

更に艦隊の士気向上に役立つやら、何やらウンタラカンタラ、ホニャララとクッソ長い論文を持ってきて説明するから、部屋の改造は各人工廠の妖精さんと交渉して自由にする様にと、思わず放り投げてしまった。

 

アルウスは農場艦を勝手に改造して養蜂場を作るし、シュトゥルムヴィントは時たまフラッと何処かに消えるし。

 

ヴィントシュトースは姉の部屋に盗聴器と隠しカメラを仕掛けようとして、妖精さんを困らせ、デュアルクレイターは火力は戦場の女神と言う謎の教団を立ち上げるわ、アルティメイトストームは水上艦を事ある毎に不要だと言って空気ブレイクするわ。

 

比較的マトモだと思っていたドレッドノートは、まさかのポンコツっぷりを見せつけてくれた。

 

あれ、これスキズブラズニルの資材が減ってるのって密航者じゃなくてこいつ等のせいじゃね?

 

と焙煎が気付いた時には既に遅かった。

 

今更彼女達の私生活に介入しようものなら、どんな事になるのやら。

 

それを想像して焙煎はこの考えをなかった事にした。

 

「取り敢えず、こいつを掘り起こして事情を聞かない事には…」

 

「うにゃぁ、だれですかぁ〜。よ〜せ〜さ〜んですかぁ?」

 

ゴミ山の底で、二度寝をしていたゴミ女が漸く起き出し、トロンとした眠たげな目で焙煎達を見つめた。

 

ゴミ山から半身を起こした状態だから、ゴミ山の天辺に顔が来て、なんとも言えない間抜けな絵面なので、焙煎は気が抜けてしまう。

 

「…ドレッドノート、確保」

 

だが、本来の目的は忘れてはいなかった焙煎は、直ぐさま捕らえるようドレッドノートに命じた。

 

するとドレッドノートの名前に反応したのか、大女は目をしっかりと開けて、二人を見た。

 

「?よ〜せ〜さんじゃない。どれっどのーと?もしかして…」

 

「観念しろ。お前はもう逃げられないぞ」

 

ゴミ山に埋まった大女は、身動きも出来ず簡単にドレッドノートに捕まるかの様に思えた。

 

だが、大女がドレッドノートと目が会うと、途端驚愕の声を上げた。

 

「あアイエェェー⁉︎ど、ドレッドノート、超兵器なんで超兵器‼︎」

 

「ドーモ、スキ…密航者サン。ドレッドノート、デス」

 

ドレッドノートは手を合わせ、素早く密航者にアイサツした。

 

超兵器のアイサツにしめやかにボトルの中に失禁するスキ…密航者。

 

一体何ブラズニルなのか?

 

「……お前等実は遊んでるだろ」

 

ジト目で焙煎はドレッドノートが右手に持つ本の表紙を見た。

 

赤黒いメンポに憲兵服の男がスリケンを投げている絵。

 

今、鎮守府の一部艦娘達を賑わせている娯楽小説。

 

内容は妻子を邪悪な深海ソウルが憑依したブラック提督に殺された憲兵が、謎のアドミラル・ソウル憑依者となり、日夜ブラック鎮守府と戦う半神話物語である。

 

非常に中毒性が高くまた内容も真に迫っている為、一部では実際に起きた出来事がモデルとされている程、よく出来た作品だと記憶している。

 

…多分出番がない憲兵さん達にも大人気で、彼等の溜飲を大きく下げる要因にもなっているとかなんとか。

 

だが、焙煎が呆れて目を離した瞬間、巨体とは思えぬ身軽さで密航者はゴミ山をひっくり返して雪崩を引き起こした。

 

「しまった⁉︎」

 

「アイサツされてアイサツを返さない。スゴイ・シツレイだ‼︎」

 

「お前はいつまでやってる!」

 

ゴミの洪水に足を取られ、身動き出来ない焙煎とドレッドノート。

 

その隙に密航者は空中に錐揉みジャンプをするとドアの前に降り立ち、そのままチーターの様に駆け出した。

 

「⁉︎逃がすか」

 

何とかゴミ山から足を引き抜き、後を追う焙煎。

 

しかし、密航者の足は速くその姿を見失ってしまう。

 

このまま逃げられてしまうのかと、思わせたその時。

 

「焙煎艦長、これを」

 

ドレッドノートが床を指差した。

 

そこには、密航者の服や髪に付着していたゴミが点々と続いているではないか。

 

「アイツがマヌケで良かった。直ぐに追うぞ、上の超兵器達にも連絡して挟み撃ちにする」

 

そう言うや否や、焙煎は再び後を追い出した。

 

ドレッドノートも走りながら上の超兵器達と連絡を取り、密航者を追い詰めていく。

 

ドックで遊んでいたヴィルベルヴィント達も連絡を受けると直ぐ様行動を開始した。

 

密航者対超兵器(+ハゲ)

 

この対決に、お祭り好きの妖精さん達が黙って見ている筈もない。

 

トトカルチョが開かれ、何故かアルウスが参加していて密航者が逃げ切る方に賭けたり、互いに賭けた方を勝たせようと妨害を始めたり。

 

勝手に隔壁を降ろして焙煎達を地下に閉じ込めたり、船同士の連結橋を別の場所に掛けて密航者の逃走ルートをコントロールしたり、モノレールで当て屋ごっこ等関係ない遊びを始めたりと、好き勝手思う様に騒いだ。

 

幾らスキラズブニルが各種福利厚生に優れる巨大艦とは言え、娯楽に飢えた妖精さん達全てを満足させる事は出来ず、だからこそこの様な機会を妖精さん達は見逃さなかった。

 

大いに騒ぎ飲み歌い、賭けや当人達をそっちのけでドンチャン騒ぎの大宴会を開く妖精さん達。

 

今迄連戦と転戦を繰り返したそのストレスを思う存分晴らす中、遂に逃走劇は佳境に入り始めた。

 

 

 

予想外なことも起きたが、遂に密航者はドックの片隅に追い詰められていた。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ、何か予想以上に遠回りさせられた気分だぞ」

 

散々地下を歩き回され、途中ドレッドノートと変な気分になったり、トラップ回避したり宝箱開けたら中から育毛剤が出てきたり、モンスターと遭遇したりと散々な目に遭ってきた焙煎。

 

カ号に乗り、実況中継をしていた妖精さん曰く、育毛剤を見つけて丁寧にHPを回復すると書かれており、ドレッドノートが小さく「ヘアーポイント」と呟いたのを聞いた時、大喜利かと叫んだのがハイライトだとか。

 

密航者の方も散々逃げ回った挙句、足が生まれたての小鹿の様に震え、脂汗を滲ませている。

 

「観念しろ、お前、は、もう、おわり、だ」

 

疲れて途切れ途切れになった言葉は、相手にちゃんと伝わったのか、密航者は何処かに穴が無いかと目を泳がせた。

 

「う〜、し〜つ〜こ〜い〜で〜す〜。こ〜の〜、変態、ストーカー、変質者」

 

間延びする特徴的な話し方で、密航者は焙煎を罵倒し隙を作ろうとするが、焙煎は無視する。

 

「チッ」と小さく舌を鳴らす。

 

物の本では、提督とはそのストレス故Mが多く、罵倒されると喜ぶどうしようも無い変態と書かれていても、この男には通じないみ〜た〜い〜で〜す〜。

 

ならば無理やり正面突破を図ろうと、密航者は身構えた。

 

ジリジリと距離を詰めてくる焙煎。

 

機を窺う密航者。

 

二人が触れるか触れ合わないかという距離に近付いた時、突如密航者の真後の影からドレッドノートが躍り出た。

 

共に地下を彷徨ったドレッドノートを敢えて伏せ、相手が焙煎だけと思い迂闊に近寄った瞬間、地下通路からドックへと飛び出したドレッドノートに虚を突かれ、咄嗟の反応が遅くなった密航者。

 

そのまま後手に押し倒され、尚暴れもがくも駆けつけた他の超兵器達に取り押さえられ、観念したのか大人しくなった。

 

大したドラマも無く、呆気なく捕まった密航者だが、途中から酒を飲んでぐでんぐでんになった妖精さん達にとって最早どうでもよく、皆早くも二次会に突入していた。

 

そんな妖精さん達とは打って変わって焙煎達の仕事は終わらない。

 

これから密航者を尋問しなくてはならないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「だ〜か〜ら〜、離して下さい〜」

 

ドック艦スキズブラズニルの倉庫で椅子に座らされ、後手にロープで拘束された大女がジタバタともがく中、焙煎は本日何度目かになる質問をした。

 

「で、お前の名前は?所属は何処で、どんな理由で乗り込んできたんだ?」

 

「名前は言えませ〜ん、所属は知りませんし、理由なんか言いたくありません〜」

 

子供か!と、焙煎は思わず罵りたくなる。

 

この密航者は身長が明らかに2メートルを超えた偉丈婦なのだが、話し方と言いどうも見た目よりも幼い印象を受ける。

 

これが噂のデカイ暁かと、焙煎はどうでもいい事を思った。

 

「もう一度言うぞ、名前と目的は?一体何処の回し者だ?」

 

だが、密航者の大女は顔をプイと反らせ頬を膨らませるだけで一向に答え様とはし無かった。

 

この儘では埒があかないが、一体如何すれば良いのやらと、焙煎は頭を捻る。

 

「手こずっている様だな、焙煎艦長」

 

「ん?ヴィルベルヴィントか」

 

倉庫に入ってきたヴィルベルヴィントに目をやるや、行成密航者が先程よりも暴れだした。

 

「⁉︎超、超兵器、離して、離して下さ〜い」

 

その尋常では無い様子に、焙煎は横目でヴィルベルヴィントを見ながら、何かしたのかと聞いた。

 

「私達はこいつに何もしていない。寧ろ艦長の方が心当たりがあるのでは?」

 

「生憎とが今日会ったばかりの奴に、心当り等あるものか」

 

と焙煎は何を言っているんだと、少し憤慨するが、ヴィルベルヴィントを面白いものを見る目で、密航者に問いかけた。

 

「と、言っているが、本当の所は如何なんだ?」

 

本当も何も、昨日今日の仲である筈かな無いでは無いか。

 

一体ヴィルベルヴィントは如何したというのだと、焙煎は思った。

 

「こ、この人嘘ついてま〜す。私の身体(艤装)を散々(妖精さんが)無茶苦茶に弄くり回して、あんな事(足湯作ったり)やこんな事(農業プラントを勝手に養蜂場に変えられた)をさせてしかもキズモノ(処女航海及び初陣で被弾)にされました〜」

 

「うううう、しかもハジメテ(建造)の時に何もわからない中勝手に(主に妖精さんが)好き勝手使われて…意識の無い中何て私…」

 

よよよよと恨めしそうな顔をして泣く大女。

 

倉庫の空気は途端氷点下にまで下がった。

 

「…艦長、こう言っているが、まさかそんな事をしていたとはな。少々、貴方との付き合いは考えさせて貰わねばな」

 

「イヤ誤解だ⁉︎そもそもこいつの名前さえ知らないんだぞ、仮にそうであったとしても、自分より背が高い女には手は出さん」

 

焙煎は必死に誤解を解こうとするが、何故か先程よりも倉庫の空気が重くなった様な気がした。

 

「そうかそうか、つまり艦長は自分よりも背の低い“少女”が好きなのだな?」

 

「イヤイヤイヤ、何か誤解しているぞヴィルベルヴィント」

 

「済まなかったな、艦長が“ロリコン”で昏睡した幼女にイタズラする様な男だったとは…」

 

アカン、友軍であったヴィルベルヴィントが今や完全に敵に回ってしまった。

 

しかも、焙煎は某昏睡○○○な淫○さんとかで、ロリコンという如何しょうもないレッテルを貼られてしまった。

 

この危機的状況を潜り抜ける為には、如何すれば良いかと焙煎は考えたが、女性二人を敵にして男が勝てる要素は皆無。

 

世の男性諸氏には、小学校等早い段階で女の子一人泣かせただけでクラス全員の女子が敵に回った経験は無いだろうか?

 

今の状況は全くのそれである。

 

この話は直ぐにでも他の超兵器達の耳に入るだろう。

 

そうなれば、今後焙煎は死んだも同じ。

 

海軍を不名誉除隊させられ、定職に就けず、きっと最後は南極で大王イカの養殖をする羽目になる。

 

対日輸出でガッポガッポ儲けてやるぞ!

そして世界シェアを握り、行く行くは世界征服をするのだー!

 

ぬはははははは、と頭の中で別次元のヴァイセンベルガーの声が聞こえた気がしたが、生憎とだがこの焙煎に隠し子を作る甲斐性も無ければ、神輿の屋根にも乗った事すら無い。

 

最早死刑宣告を待つ囚人と化した焙煎だが、ヴィルベルヴィントはふと目を緩め朗らかにこう言った。

 

「さて冗談もこの位にして、焙煎艦長」

 

「な、何かなヴィルベルヴィント?」

 

「女性に身長の話をするのは禁句だ。次あったら如何なるか?」

 

後は分かるなと、虎狼が獲物を見る目で伝えてくるヴィルベルヴィントに、焙煎は何度も大きく頷くのであった。

 

「さて、良い加減話したら如何だ?艦長は見ての通りの男だ。女性に対する気遣いやデリカシーに欠けるが、悪い男では無い」

 

散々人の事を言ってくれたヴィルベルヴィントだが、大女に語り掛ける口調は優しい。

 

その様子はまるで母狼が子狼に語り掛ける様な口調であった。

 

「あ、あの〜私、本当に〜知らないんですか〜」

 

上目遣いで焙煎を見る大女だが、とんと記憶に無い、そもそも一目見ればこの巨体、忘れない筈。

 

「ええと〜、ずっと艦隊に居たって言えば分かりますか〜」

 

「この姿でお会いした事はな〜くても、私には毎日会ってる筈です〜」

 

そこ迄言われると焙煎も頭をひねった。

 

嘘をついてる様にも見えないし、かと言って本当に記憶にないのだ。

 

そもそもこの艦隊にいるのは妖精さんを除き、ヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィント、ヴィントシュトース、アルウス、ドレッドノート、デュアルクレイター、アルティメイトストームの7隻に焙煎を加えた8名。

 

残念だが、思い当たる節は無い。

 

焙煎は素直にそう言った。

 

はあ〜、とヴィルベルヴィントは溜息をつきながら、じゃあヒントをやると指を一本立てた。

 

「まず艦隊に加わったのはアルウスとほぼ同時期。次に初陣は焙煎艦長と一緒だった。妖精さんはずっと前から知っていた」

 

如何だ、これで分かるだろうとヴィルベルヴィントに言われ、流石に焙煎も段々と大女に思い当たる節が出てきた。

 

「まずアルウスと同時期となると、最初の拠点を捨てた日。その日は敵の機動部隊に襲われ、アルウスを建造した、そしてあの時超兵器で初陣はアルウスのみ。しかし、妖精さんが知っていたとなると、拠点にいた頃になるか、と言うと」

 

焙煎は顎に手を当て、念の為ある質問をした。

 

「一つ聞くがお前は何番目に建造された艦娘だ」

 

「う〜ん、建造ではヴィントシュトースさん達の後ですね。で就航したのは4番目から5番目になります」

 

嘘だ、4番目に就航したのはアルウスで、その次はドレッドノートの筈。

 

なら、こいつの正体は、

 

「ヴィルベルヴィント、お前いやお前達全員こいつの事知ってたな」

 

答えを聞くまでも無い。

 

ここまで来たらもう答えを言っている様なものだ。

 

「お前に何で今迄隠していたとか、如何して出て来なかったとは、もう言うまい」

 

「幾多の神々を載せ、約束の地へと運ぶ神船から名前を取り名付けられた船。スキズブラズニル、巨大ドック艦スキズブラズニル、それがお前の名前だな」

 

大女、スキズブラズニルはやっと分かってくれたかと、笑顔を見せた。

 

「我々は貴艦の着任を歓迎しよう。ようこそ、我が艦隊へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所でスキズブラズニル」

 

「な〜んですか〜、ヴァイセン艦長?」

 

未だ椅子に縛り付けられたスキズブラズニルは良い加減離して欲しいな〜と思いながら、焙煎を見た。

 

「お前が隠し持っている資材、その在りかを全部喋ってもらおうか」

 

「⁉︎」

 

「イヤな、散々地下を彷徨った挙句色々と隠し部屋を見つけてな。中身はまあ、ゴミ部屋だったが、壁にな小窓があってな、中を覗いてみたら上に続くリフトがあったんだ」

 

「で、隣にあったボタンを押してみたら資材が降りて来たんだよ。俺の知らないな」

 

そこ迄言い終えた焙煎はスキズブラズニルを見た。

 

笑顔を凍りつかせ、冷汗をかくスキズブラズニルは何か言おうとするが口がヒクついて上手く言葉に出来ていない。

 

「なあスキズブラズニル。最近資材の減りが激しいんだがな、ゴミ部屋を幾ら漁っても出てこないんだ。一体何処に行ったのかなあ?」

 

そこで、栄養は全て胸に行きました、と言えればまだマシだっただろう。

 

スキズブラズニルは2メートルを超える身長に相応しい双丘を誇っているが、下腹の贅肉が台無しにしていた。

 

それに目敏く気が付いた焙煎は、朗らかな声でこう言った。

 

「話は変わるが、スキズブラズニル。ベニスの商人を知ってるか」

 

「ヴァ、ヴァイセン艦長、私〜仰ってる意味が分かりませんが〜」

 

二ヘラと無理に笑顔を作るスキズブラズニルだが、焙煎は底冷えする様な声で言った。

 

「…解体されて資材になるのと、その無駄肉を差し出して当面の安全を得る。どっちか良い」

 

「い、言います。寧ろ言わせて下さい、お願いします何でも話しますから〜、だから解体はイヤ〜」

 

本当に泣き出してしまったスキズブラズニルに、焙煎は少しやり過ぎたか?と思ったが、この巨大ドック艦その物であるスキズブラズニルを解体するつもりなど、はなから焙煎は考えてはいなかった。

 

精々、こうやって脅し付ける時の文句として言った迄で、仮に解体してしまっては建造時の資材が戻る訳でも無く、スキズブラズニルと言う拠点を失うだけに終わる。

 

最も、スキズブラズニルの贅肉に関しては別の話だ。

 

その不要なバルジを得る為に、一体どれ程の資材を投入したのか、焙煎はこれからじっくりと聞き出すつもりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某日某所

 

カツカツとル級flagshipは長い廊下を進んでいた。

 

そしてある扉の前まで来ると、カードキーを挿し、中へと入って行った。

 

そこは薄暗く、機械が正常に稼働している事を知らせるランプの点滅と、ライトで照らし出された水溶液に満ちたシリンダーが置かれ、その中には長い黒髪をした女が浮いていた。

 

女の肌は病的に白く、光の届かない深海魚を思わせる艶めかしさと、対照的な夜の帳を思わせる黒髪をしていた。

 

そう、それは正しく解体された筈の戦艦棲姫であった。

 

シリンダーの前に置かれた機械を操作し、ル級flagshipはシリンダーを満たす水溶液を抜いた。

 

シリンダーから水が抜け、 ユックリと目を開ける戦艦棲姫。

 

久し振りに感じる外気に、施設内とは言え新鮮な空気を肺に送り込んだ。

 

覚醒した戦艦棲姫はル級flagshipが差し出したバスローブを見に纏い、椅子に座り長い黒髪をル級flagshipに拭かせながら、自分が眠っている間に起きた事の報告を受けた。

 

実はル級flagshipはスパイとして飛行場姫の元に潜り込み、探った情報を戦艦棲姫に流しているのだ。

 

戦艦棲姫は前々から飛行場姫の様子がオカシイ事に気付き、北方海域での作戦において飛行場姫が自分を排除したがっていると悟ると、準備させていたスパイ潜入計画を発動させ、自身を雲隠れさせたのだ。

 

報告を聞き終え、暫し目を閉じて考えに耽る戦艦棲姫に、何処か体に異常が無いかとル級flagshipは気遣う。

 

「戦艦棲姫様が最後にこの施設を使ったのは随分前の筈。何かお体に変化は有りますか?」

 

「いや、心配無い。少し考えに耽っていただけだ、許せ」

 

「いえ、それが私の役目で御座います。唯貴方様を慕うのは何も私だけで無いと云う事を御自覚して下されば、それで良いのですが」

 

暗にル級flagshipは、戦艦棲姫が解体された時の事を言った。

 

そもそも解体された筈の戦艦棲姫が何故この様な所にいるのか?

 

実はあの時、解体されたのは戦艦棲姫の艤装だけであり彼女本人は前から用意していたダミーと入れ替わったのだ。

 

本物と瓜二つに作られたダミー、これこそ戦艦棲姫がこの施設にいる理由だ。

 

実はここ、戦前に米帝が国内では行えないクローン実験を行っていた施設であり、それを見つけた戦艦棲姫は目をつけ、ここで自分のダミーを作り出し、万一の時に備えていたのだ。

 

元は人間を創る為の物だが、艦娘建造技術と併用する事で、戦艦棲姫のクローニングに成功し、意志のない空っぽの人形を戦艦棲姫と思い込んだ飛行場姫はさぞ悔しがるだろう。

 

(さっき迄、シリンダーの中に入っていたのも、新しいダミーを作る為と、失った艤装を再度建造する為であり、決してゴーストダビング施設等では無い)

 

(そもそも生み出されたダミーの練度は建造後間も無い艦娘同様レベル1相当であり、限界突破している戦艦棲姫本人とでは雲泥の差がある。)

 

(だからドッペルゲンガーだとか、管理者とかナインでボールなセラフさん的な展開は無い)

 

最も、それが飛行場姫を騙す策謀であったとは言え、事情を知る自分を含め多くの部下がどれ程悲しんだ事か。

 

「今少し御自重下さい」

 

と迄は言わない辺り、ル級flagshipもこの策の有効性は認識していたし、自分も関わった手前強くは言えなかった。

 

「時にル級flagshipよ」

 

「はい、何でしょう戦艦棲姫様」

 

「枝を付けられたな」

 

「うふふふふふ、バレちゃあしょうがない」

 

「⁉︎」

 

突如、背後でした声に向かって艤装を展開し、背後に戦艦棲姫を庇うル級flagship。

 

しかしそこには誰も居なかった。

 

(聞き違い?いや確かに聞こえた筈、なら何処に?)

 

「コッチよコッチ」

 

また背後で声がしたと思うと、戦艦棲姫が入っていたシリンダーの前の空間が蜃気楼の様に歪んだかと思うと、それは足元から姿を現した。

 

「どもー、シャドウちゃんでーす。下の名前は呼ばないでね」

 

肌に張り付くぴっちりとしたスニーキングスーツを身に纏うツインテールの少女。

 

ボディのラインがはっきりと分かるそれを見たル級flagshipは思わず、

 

「何だこの痴女は⁉︎」

 

と叫んでしまった。

 

「イヤイヤ、これ由緒あるスニーキングスーツだから。段ボールとかドラム缶とか無性に被りたくなるだけの唯のコスチュームだから」

 

シャドウと名乗る少女は自分の服はおかしく無いと言い張るが、

 

「戦艦棲姫様、この痴女は私が引きつけます。その間に離脱を」

 

話を聞く気のないル級flagshipは問答無用で主砲を放とうとする。

 

それを戦艦棲姫が前に出てそれを止めた。

 

「落ち着けル級flagship。お前ではこのお方には勝てん」

 

「戦艦棲姫さま、しかし!」

 

「そうだよー、私何も戦いに来たわけじゃ無いんだからね」

 

シャドウも41㎝砲を向けられているにも関わらず、呑気な口調で言う。

 

まるでそこに己の脅威となる物が無いかの様な振る舞いだ。

 

「部下がご迷惑をお掛けしました。この通りお詫びします」

 

「いいよいいよー、それにこの場で私と戦えるの、本気になった戦艦棲姫ちゃん位だからねー」

 

カラカラと笑うシャドウに、礼を尽くす戦艦棲姫を見てル級flagshipはどうやらこの痴女は相当な実力者だと見て取った。

 

「戦艦棲姫様、この方はいったい…」

 

「ああ、お前は知らないのだな」

 

「んん私の事知りたいかな、か「このお方はシャドウプラッタ、「ちょ、下の名前禁止⁉︎」超兵器だ」

 

シャドウプラッタと言う名前に聞き覚えは無いが、超兵器と言う単語にル級flagshipは反応した。

 

「超兵器、超兵器ですと。何故ここに…‼︎戦艦棲姫様一体これはどう言う事なのですか」

 

ル級flagshipの驚愕も無理は無い。

 

超兵器とは、ここ最近深海棲艦全てを悩ます元凶であり、その存在は最早悪夢そのものだ。

 

実際に対峙したル級flagshipだからこそ分かる、あの威圧感。

 

唯そこに居るだけで全てを圧倒し、薙ぎ払う自然の脅威その物。

 

それがル級flagshipが感じた超兵器である。

 

「まあまあ、私が超兵器なんて事、如何でもいいじゃん。それに、今はそんな話をしに来たんじゃ無いし」

 

「それにしても驚いたよ。戦艦棲姫ちゃんが生きていたなんて。アームドウィングが聞いたら喜ぶなー」

 

あの人、ああ見えて母性の塊だからな。

 

潜母水鬼ことアームドウィングを知る戦艦棲姫はその様子を思い浮かべて小さく笑った。

 

自分の装備の一部である筈の小型潜水艇達(連装砲ちゃんの様なもの)にメイド服やらリボンを付けて記念写真を撮ったり。

その他、様々な服を自作しては着せ替えごっこをしている等、見方によれば究極の一人遊びにも見えなくも無いが、あの人は一人一人に名前を付けて実の娘の様に可愛がっているのだ。

 

(私もお世話になった時色々と着せられたな。今思うと流石に恥ずかしいが)

 

暫し思い出に浸る戦艦棲姫。

 

それは黄金の日々であり、今の戦艦棲姫を形作る全てであった。

 

自分と同じ長い黒髪をしたあの方。

 

親子姉妹を持たぬ自分達の母の様な存在。

 

美しい人だった、きっと今も同じだろう。

 

短い間の記憶の反芻であったが、戦艦棲姫にはそれだ十分であった。

 

「で、どの様なご用件で?シャドウ様」

 

「うーんとね、本当はその子が何してるのか気になったから付いてきたんだけど、開けてびっくり戦艦棲姫ちゃんが生きてました。実を言うと何を話していいやら私も困ってるんだこれ」

 

あははは、と快活に笑うシャドウ。

 

本当に何も考えては居なかった様だ。

 

「戦艦棲姫様、本当にこの方が超兵器なのですか?」

 

ル級flagshipは恐る恐る戦艦棲姫に尋ねた。

 

戦場で感じた超兵器と、今自分を超兵器と名乗ったシャドウが同一の存在だと、如何しても思えなかったのだ。

 

「あれー、まだ疑ってるんだ?まあ私達は特別だからね、疑うのも訳無いか」

 

シャドウはそう言って一旦笑いを収めると、「ちょっと揺れるよう」とほんの少しだけ、一瞬にも満たない間にル級flagshipを流し見た。

 

その瞬間、ル級flagshipは死んだ。

 

いや、実際には死んではいない。

 

しかし、脳裏を貫く濃厚な死のイメージが現実となって襲いル級flagshipを絡め取る。

 

自然足がガクガクと震え、崩れ落ちそうになる。いやなった。

 

(何だこれは、地面も揺れてるぞ‼︎)

 

床に手をついて初めて、自分だけでなく、この施設その物が揺れていた事を知るル級flagship。

 

揺れは一秒にも満たない間に収まった。

 

しかし、ル級flagshipは愕然とした。

 

(ほんの少し力を見せるだけで地を揺るがすだと⁉︎そんな、そんなもの兵器である筈が無い、有り得ない、そらではまるでまるで…)

 

 

戦場で感じた超兵器の威圧感とは比べ物にならない存在。

 

抗うことの出来ない絶対神。

 

「良かったなル級flagshipよ、ここが戦場では無くて。あの方に教えられて」

 

戦場棲姫はそう優しくル級flagshipに語り掛けると、自分が座っていた椅子に彼女を座らせた。

 

そして、手を取り優しい眼差しで瞳を見つめながら。

 

「今お前が感じた物。それは自分が絶対に勝てない存在、自分が殺されると本能的に悟った故だ。最初何故私の許無く砲を向けた?あの時お前は知らなくとも本能は悟っていた。ここが戦場ならお前は瞬きする間も無く死んでしまうだろうと。だが、これを乗り越えた時、お前には更なる成長が待っている」

 

これで自分の身の程を知る、そしてその限界も、やれる事の全てをル級flagshipは理解した筈だ。

 

だから早く自分の限界を極めようと強くなれる。

 

「お優しくなられた、シャドウさま。貴方なら腕や頭の一本二本飛ばすものかと思いましたぞ」

 

「ぷー、私そんな事し無いよ。血の臭いが着いたら中々取れ無いんだよー。それに、もしそうしたら戦艦棲姫ちゃん全力で止めたでしょう」

 

だからこれはほんの遊び。

 

私は教えたなんてちっとも思って無いよ、と笑った。

 

よく笑う方だ、昔からそうだがこの人はよく笑いよく殺す。

 

血の臭いを気にするなんて、骨の髄まで染み込んだそれを消す事等誰も出来はし無い。

 

だから優しい。

 

自分よりも強い者がいない、だから全力を出す事もないし出してもいけない。

 

血塗られた快楽殺人者であり、凄く優しい人なのだ。

 

「ほんじゃま、私はこの辺で。何かお話しする空気でもないしね」

 

バイバイと手を振るとシャドウは戦艦棲姫に背を向け、現れた時と同様足元から姿を消し始めた。

 

「あ、そうだ。言い忘れてたけど、捕まってた駆逐棲姫ちゃんと軽巡棲鬼ちゃんは無事空母棲姫ちゃんと合流したってよ。あと、そろそろアームドウィングが来るからそこんとこヨロシク」

 

最後にトンデモナイ爆弾を残して姿を消すシャドウに、戦艦棲姫が「待ってくれ」と言う前に、アームドウィングが施設に乗り込んで来ていた。

 

未だ放心しているル級flagshipを置いていく訳にも行かず、そもそもアームドウィングの足から逃れられる力を持たない戦艦棲姫とル級flagshipは、この後二人仲良くアームドウィングの着せ替え人形となるのであった。

 

 

 

 

因みに、放心から立ち直ったル級flagshipが最初に見たものは、離島棲鬼ちゃんに着せたいと言って断られたフリル満載の黒ゴスロリ服を着せられて魂が抜けている戦艦棲姫と楽しげに記念撮影を行うシャドウよりも強いアームドウィングの姿であった。

 

人生?いや深海棲艦生の中で短い間に二度も超越した存在と会ったル級flagshipは、全部終わったらシスターにでも成ろうと、固く誓うのであった。

 

「まぁ、シスター服。黒と白、それは清楚さと背徳漂う神秘のハーモニー。ル級flagshipちゃん、いいアイデアよ、今度お姉さんが作って着せてあげるからね」

 

尚、普通に人の思考を読んで更なる放心状態へと追い込む無自覚タイフーン、アームドウィングの前では、逆に餌を与えた結果に終わるのであった。

 

 

 

 

 

 


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