超兵器これくしょん   作:rahotu

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14話

 

太陽が水平線の彼方に落ちる頃、横須賀鎮守府海軍軍令部の執務室で高野元帥は秋山参謀から事件の報告を受けていた。

 

「以上が現在判明している今回の一件についての全てになります」

 

「うむ、分かった。しかし情報部がこうも早く出てくるとは」

 

高野元帥は腕を組みながら唸った。

 

「また連中が裏で糸を引いているのでは?」

 

秋山参謀は暗にまた君塚派の策謀ではないかと疑っていた。

 

彼はここ最近の動きでかなり神経質になっているのだ。

 

「…いや、それにしては手が早すぎる。私は寧ろ内部が怪しいと思っている」

 

情報部程の組織を動かす事が出来るのは、そう多くは無い。

 

はたと、秋山参謀は気が付いた。

 

「まさか参謀達が⁉︎確かに彼等ならば情報部を動かす事等容易ですが」

 

海軍情報部は軍令部とは半ば独立した組織であるが、海軍参謀本部とは深い繋がりがある。

 

その両者が共謀したとなると事態は海軍上層部も関わっている事となる。

 

「しかし目的は一体…?こう言っては何ですが些か稚拙さが目立つと言いますか…」

 

「参謀本部は大方、最近軍令部に出入りする若い士官への嫌がらせだろう。まあ、個人へのやっかみとしては行き過ぎな面もあるが」

 

やれやれと首を横に振る高野元帥だが、参謀本部勤務の経験もある高野元帥はある程度彼等の考えが読めていた。

 

今現在海軍の出世コースには二通りある。

 

一つは士官学校を卒業して提督となり功績を挙げて昇進を重ね、最終的には本土鎮守府司令となる道。

 

もう一つは士官学校卒業後海軍大学校に入り、参謀コースな進み前線勤務を暫く経験した後軍令部入する道である。

 

この両者、言わずと知れた事であるが仲が悪い事で有名であった。

 

前線勤務で体を張る提督達は、後方からアレコレと指示を出す参謀本部を「前線も知らない癖に、偉そうに机上だけで作戦を考えて無茶苦茶を言う腰抜け野郎」と毛嫌いし、

 

参謀本部も又、自分達の作戦を中々聞かない提督達を指して「運良く艦娘適正に恵まれただけで、大局を見る事が出来ない猪武者共」と馬鹿にしている始末。

 

元々エリート特有の選民意識と、自分達が持ち合わせていなかった高い艦娘適正に対する嫉妬心から来るものであったが、これはいつの時代も軍隊共通の問題であった。

 

そんな彼等の目に、強力な艦娘を引き連れ高々少佐の身分で軍令部を出入りする焙煎はどう映っただろう。

 

(しかも海軍最高司令官である高野元帥から様々な特権と優遇措置を与えられる等破格の寵愛を受けている)

 

強大な武力を持って自分達の城を土足で入り込み、しかも並み居る秀才達の頭を飛び越え権力中枢へと近付く姿に嫉妬を通り越して殺意さえも覚えるだろう。

 

そこまで行かずとも、軍令部から除こうする者達が今回の一件を引き起こしたとなれば、今後軍令部内で焙煎との関係が悪化する事は明白だ。

 

高野元帥は早晩この様な事態になると予想していたが、本来は参謀本部出身である秋山参謀がその兆候を報告する筈であった。

 

しかし、今回はある理由により秋山参謀はその兆候を掴む事が出来なかったのだ。

 

「申し訳ありません。本来ならこの様な事態になる前に、私が気付くべきでした」

 

秋山参謀は面目次第もありません、と頭を下げた。

 

「いや、今回はタイミングが悪かったのだよ。今回は君に全く落ち度は無い。何より貴官に呉鎮守府との件を任せたのは他ならぬ私なのだ。参謀本部が動くのなら君の目が無い時と分かっていたのに、注意を怠ってしまった」

 

実際貴官は良くやってくれている、と高野は秋山参謀を責める事無く逆にその労を労った。

 

高野はその後秋山参謀に休む様部屋から下がらせると、一人考えを巡らした。

 

そもそも高野元帥があまり強く出ないのは、彼自身にも責任があると思っていたからだ。

 

参謀本部の動きもそうだが、焙煎とその超兵器に関しては高野は少々事を急ぎ過ぎたと認めていた。

 

余りに性急な動きは周囲の反発を買う事は当然の結果であるが、しかし高野には彼なりの考えもあった。

 

(超兵器とそれを従える焙煎少佐は最早単なる提督と同列に語る事は出来ない。遅かれ早かれその力は何者かに利用され、彼等を巡って争いが起こるのは時間の問題だった。)

 

(私はそうなる前に、事態を収集する義務があった。そして多少強引な手を使ってでも彼等の力を海軍にとって有効に使い、戦争の早期終結を図る責務がある。)

 

それが長年海軍元帥として海軍を指揮し、国を守ってきた男の考えであった。

 

「焙煎少佐、君にはこの戦争最後まで付き合って貰うぞ」

 

高野元帥は自身の考えを口に出す事で、より一層の自分自身の決意を固めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その少し前、海軍情報部の虎口を脱した焙煎であったが、合流した超兵器達がいつもと変わらないダラけっぷり発揮しているのを目の当たりにして一気に脱力していた。

 

(何で人様がボンドごっこならぬリアル鬼ごっこやって漸く逃げ出してきたと言うのに、コイツ等は鎮守府を満喫してるんだ⁉︎)

 

ゲンナリとした表情で超兵器達を見る焙煎を、呑気な超兵器達は何だこいつ?と怪訝な顔をしていた。

 

焙煎が情報部に追われ命の危機に瀕したり、何処ぞのラノベ系御都合主義展開&ラッキースケベをやってる最中、重巡青葉に連れられ鎮守府観光を満喫していたのだ。

 

歴史的名所から最新の機材見学、艦娘お気に入りのスポットに隠れた穴場等など。

 

艦娘であり記者でもある重巡青葉の面目躍如振りであった。

 

そして最後に酒保を回ってお土産を買い込み、紙袋を片手に下げ意気揚々としている所に、イキナリ現れてこんな表情をされた彼女達がこんな反応を返すのも無理なからぬ事である。

 

「如何した焙煎艦長?だいぶ遅かったが軍令部での用事は済んだのか」

 

取り会えず、と言った感じでヴィルベルヴィントは焙煎に尋ねた。

 

彼女達としては戻ってくるのならば一報入れてくるべきであり、イキナリ戻ってきてこんな顔をされた事に多少含む所は有るのだ。

 

「はぁ、お前達こそ何をしてたんだ?その紙袋とか今まで何処をほっつき歩いていたんだ」

 

焙煎はそのセリフ此方此方のものだと言いたげだが、今ここで立ち話をする内容では無いのでグッと我慢した。

 

その会話は到底提督とその指揮下にある艦娘モノとは思えない程煩雑で素っ気ない。

 

これが普通の提督と艦娘であれば、軍令部から戻って来た提督の只ならぬ様子に艦娘が気付いて心配する場面であったり、そうで無くとも今少しの敬意があっていい筈である。

 

しかし、事日常一般に限っては焙煎と超兵器達の関係は極めてドライなのだ。

 

戦場では一騎当千、万夫不当、豪傑揃いの超兵器達とそれに見合った負担に見事答えて見せている焙煎との関係は極めて希薄であり、互いが互いの目的の為に利用しあっているギブアンドテイクなものに近い。

 

焙煎は超兵器達に戦場と補給を与え、超兵器達は戦う代わりに焙煎の目的に協力する。

 

そして日常生活では基本的に互いに干渉しない。

 

最もこれは焙煎が超兵器達に対して一線も二線も引いているからであり、本人の自業自得と言う面がある。

 

そしてもう一人、超兵器達と別れた後物陰で話を聞いていた重巡青葉は印象として、この焙煎と言う男は如何にも彼女達を御しきれていない風だと感じていた。

 

噂の超兵器達の指揮官としては見た目も雰囲気も何処にでも居そうな一士官であり、とても大事を預かる様な人物に見えない。

 

何よりも近くに居ながら、彼女達艦娘を従わせるだの“魅力”と言うものを全く感じないのだ。

 

海軍では艦娘適正と呼ばれるそれは、言うなれば艦娘から見てその人物に対する率直な印象。

 

つまりどんなに有能な人物であっても、艦娘が従う様な何か、もっといえば惹きつけられる何かが必要なのだ。

 

これは艦娘各人や艦種によって様々だが、例えば清廉実直な人物であったり逆に普段は巫山戯ているのにいざとなったら頼もしかったり、駄目男だったり(某駆逐艦娘談)、兵器でありながらも人である彼女達は自らの意思によって使い手を選ぶ。

 

そこに本人の努力だとかは介在しない全く運の要素しか存在しないのだが、それでも海軍が艦娘を使い続けるのには理由がある。

 

実戦において艦娘に選ばれた提督とそうで無い提督が指揮する艦娘とでは、性能差に最大で3倍もの差が出るのだ。

 

(この辺の理由から、軍令部の秀才達は提督が嫌いだったりする。)

 

因みに焙煎の艦娘適正は最低ランク、つまり駆逐艦艦娘一隻を漸く如何こう出来るか出来ないか位しか無いのだ。

 

そんな冴えない男(艦娘から見て)が、今鎮守府を騒がせる超兵器達の指揮官だとは流石の青葉も想像だにしていなかった。

 

(でも、これはこれで面白いかもしれませんね。何故彼女達が彼に従い、そして彼はどうして身に余る力を従えられるのかを)

 

自身の記者心をくすぐられ今すぐにインタビューしたい青葉だが、既に焙煎はヴィルベルヴィントとの会話を打ち切っていた。

 

「まあいい。さっさと戻るぞ、今日は疲れた」

 

「?何なのだ一体…」

 

心底早く帰って休みたいと言った様子で、焙煎は先に歩き出した。

 

そんな彼の様子に怪訝な顔をしながらも、超兵器達は帰り道を同じにする。

 

そして青葉は、やっぱり従来の艦娘と提督像とは全く違う姿に益々興味を掻き立てられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府夜、漸く人心地つけた焙煎はベットに横になりながら、窓から見える鎮守府の夜景をボーッと眺めていた。

 

元々焙煎と超兵器達が当面の間宿泊する為の場所として軍令部から用意された建物が有ったが、今日の件もありスキズブラズニルの艤装から宿泊用の船舶を出させ港に係留し宿を確保したのだ。

 

焙煎は今日の出来事を反芻し、自分なりに考えてみるが如何にも頭が回らなかった。

 

如何しても、脳裏にチラつく影を追い出すことが出来なかったのだ。

 

(はぁ、命の危機だったのに助かったと思えば思い出すのは女のことばかり。しかも、今更になって惜しかったと思っている女々しい始末。全く情けないやらなわやら)

 

如何にも、この焙煎と言う男は凡俗の域を脱し切れないらしい。

 

重巡青葉が表した通り、何処にでもいる普通の男なのだ。

 

コンコン、と誰かがドアを叩いた。

 

「焙煎艦長、もう寝ているか?」

 

聞き覚えのある声に焙煎は窓の風景からドアへと目を向け、若干訝しみながらも「起きている」と告げた。

 

ドアが開き、部屋の中に誰かぎ入ってくる気配がした。

 

部屋の明かりを消している中、月明かりに照らし出された姿。

 

窓から入ってくる夜風でふわりとたなびく特徴的な長い銀髪をした女性、ヴィルベルヴィントである。

 

「何だ、もう横になっていたのか。起こしたか?」

 

「いや、窓の外を見ていてだけだ。それより如何した?こんな時間に」

 

ベットから起き上がり、焙煎は椅子とテーブルを勧めた。

 

普段であれば、超兵器が彼の自室を訪ねる事は滅多にない。

 

あったとしても、大体が事務的な話に終始する。

 

(今後の予定とか補給の件についてか?それとも今度は檜風呂を作れとでも言ってくるか?)

 

椅子に座りながら、焙煎は取り留めのない予想を巡らす。

 

(夜に、少なくとも女性といるのに何とも色気の無い話である。)

 

しかしそんな焙煎の予想を裏切ってか、ヴィルベルヴィントはテーブルに一組のグラスとボトルを置くとこう言った。

 

「少し、付き合わないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラスに注がれた透明な液体をじっくりと飲み込む。

 

アルコールが喉の粘膜を焼くが咽せる程では無く、スッキリとした味わいで油断していると何杯でも飲んでしまいそうになる。

 

士官学校時代酒との付き合い方は散々に覚えさせられたが、この酒は素直に「美味い」と思えるものだった。

 

「今日青葉が教えてくれたよ。何でも艦娘御用達の飲み屋が贔屓にしている地元の酒蔵らしい」

 

とある軽空母は枕の代わりにこれを抱いて寝るのだそうだ、と冗談半分に教えてくれたがそれも重巡青葉から聞いたのだろう。

 

「悪く無い、何か摘む物はいるか?」

 

「私はいい、これでも酒量とペースは弁えている」

 

とは言うものの、グラスを傾ける回数は自分と比べて明らかに多い。

 

それと反比例してボトルの中身は減っていく。

 

(まあ、これ位が普通なんだろう。噂では駆逐艦艦娘でさえウワバミと言うしな)

 

もう少しゆっくりと楽しみたいがヴィルベルヴィントが買った物なのだ、彼女の好きにさせる他ない。

 

そして暫く無言の晩酌が続く。

 

 

 

 

 

 

ボトルの中身は半分を切り今日で飲み干してしまいそうなる頃には、ヴィルベルヴィントのペースも流石に落ちてくるがグラスから手を離す気配はない。

 

そんな折、焙煎はヴィルベルヴィントから話の水を向けられた。

 

「で、今日は何があった?」

 

「何かあった」では無く「何が」と言うあたりヴィルベルヴィントも焙煎の様子に気付いていた様だ。

 

「元帥と会った後、俺は危うく誘拐されそうになった」

 

超兵器達の情報を寄越せ、とな。

 

今思うと諜報組織にしては随分と乱暴な話だと焙煎は思った。

 

態々自分に聞かずとも本人達が目の前に居るのにだ。

 

それを知ってか知らずか「ほぅ」と相槌を打つヴィルベルヴィント。

 

事の重大さが分かっていない様に見えるが気にせず続ける。

 

「で、何とか逃げ出してお前達を探し出したと思ったら…」

 

アレだ。

 

「成る程な、それであんな様子だったのか。災難だったな焙煎艦長」

 

災難の一言で済まして欲しく無く憮然とする焙煎。

 

「そんな顔をするな、今日のはまあアレだ」

 

「ずっと海の上にいると如何しても世情に疎くなる。だから久しぶりに丘に上がると嬉しくてな。それに今日一日中々興味深い体験だった」

 

話で聞くのと実際にこの目で見るのとでは違う、と言う事らしい。

 

「初めてだなそんな話。てっきり戦場以外に興味無いモノと思っていた」

 

「前は如何であれ今はこの身体だ。艦娘と言うのは色々と出来て楽しいぞ」

 

こうして酒を飲み交わすことも出来るしな。

 

そうヴィルベルヴィントに言われ、自分の方も久しぶりの丘の上で少し舞い上がっていた部分は確かにある。

 

それが油断に繋がったのは否めないが、その点では超兵器達と同類と言えよう。

 

「しかし、今日は驚きの連続だな」

 

酒の力で少々気が強くなったのか、焙煎は思った事をそのまま口に出した。

 

「?何がだ」

 

「いや、何。艦娘とはいえ超兵器だからな。それが想像だにしなかった事実と光景を見れて、しかもその相手と今酒を飲んでいる。」

 

明日には資材が降ってきても不思議じゃ無いなと、下手な冗談を言う焙煎。

 

普段では絶対言わない様な事を言うあたり、彼は今酔っているのだ。

 

「普段から注意していれば、何ら不思議では無いと思うがな」

 

ヴィルベルヴィントは静かにグラスを傾け、またボトルから新たな液体を注ぐ。

 

「それと、そんな風に思われていたとは心外だな。私達はお前の“艦娘”何だぞ、もう少し信頼してくれても良いと思うぞ」

 

「信用しているよ、お前達“超兵器”を。戦場でこれ程頼りになるものは無い」

 

「…」

 

その返答に沈黙するヴィルベルヴィント。

 

そしてこう切り返した。

 

「焙煎艦長、貴方は我々を自分の艦娘とは認めていないのだな。自分とは同列では無いと」

 

ひょっとするとこの世界では誰一人彼にとって隣人では無いのかもしれない。

 

それに対して焙煎は何も言い返す事が出来なかった。

 

事実、全くその通りであるからだ。

 

「あの世界を同じく知る者として、貴方から感じるのは恐怖だけだ。貴方の瞳にはいつも私達に対する恐れがある」

 

畏れ敬うやといったモノとは違う純粋な恐怖。

 

焙煎がひた隠しにしていたそれをとうとうヴィルベルヴィントは暴いたのだ。

 

「今思えば最初からそうだった。私を初めて見る貴方の目、驚愕に歪んだ瞳に最初から私は写っていなかった」

 

そう言えばあの時もこんな夜だったなと、ヴィルベルヴィント思い出す。

 

それから色々な事があったが、最初からこの男は自分達を見ようとはしていなかった。

 

それでも表向きは彼女達を艦娘としては扱ってくれた。

 

「貴方から見たら、私達は恐ろしい超兵器でしか無かった」

 

「自分の脅威となる者とは隣人にはなれない。貴方は我わ「止めろ、ヴィルベルヴィント‼︎」」

 

黙って話を聞いていた焙煎の感情はここにきて爆ぜた。

 

椅子から立ち上が勢いで「お前に何が分かる‼︎」と怒鳴りそうになり、何とか堪えると椅子に倒れかかる様に座りなおし酒と一緒に言葉を飲み込んだ。

 

「ああ、そうだ…俺はお前達が怖い。あの惨劇と災禍を残したお前達がただただ怖い」

 

酷く疲れたという顔で焙煎は言葉を零す。

 

「…」

 

「でも、お前達の力を使わなきゃ帰れないんだよ…」

 

黙って話を聞くヴィルベルヴィント、そして焙煎は自嘲するかの如く言葉を続ける。

 

「全く度し難いよな、恐けりゃ作らなければいいのに。でもそれが必要だからって俺は、自分勝手に身勝手に振舞って挙句このザマだ」

 

強大すぎる力に酔う事も出来ず、然りとて全てを諦め自制して生きて行く事さえ出来ない。

 

何処まで行っても、何をやっても後から振り返って後悔し自己嫌悪に陥るその姿は凡俗そのもの。

 

だが、それでも止めることは出来ないのだ。

 

「貴方は何故、そうまでして帰りたいんだ」

 

誰しもが彼の目的を聞いて一度は問うべき事を、彼女達は一度もしてこなかった。

 

それを今夜初めて聞いた。

 

「笑ってくれよ、特にコレと言った理由なんか無いんだ」

 

「唯言えるのは俺にとってこの世界は現実じゃ無い。酷く、そう酷く違和感を覚えるんだよ」

 

「初めてこの世界に来た時は訳も分からず、唯生き残るために必死だったよ」

 

「それから戦争を知り異形の敵深海棲艦とそれと戦う艦娘達を最初何の冗談だと笑ったし、食う為に入った海軍でそれが現実だと思い知らされた」

 

一際強烈だったのが妖精さんの存在だ。

 

アレはもうファンタジーの住人が現実に飛び出してきたかの様な存在であり、この世界の不条理そのもの。

 

現実と架空が入り混じったこの世界を、リアルな仮想の世界に焙煎はどうしても拭いがたい違和感を抱き続けていたのだ。

 

或いは超兵器達出会わなければ、やがてその違和感も慣れと惰性的な日々の中に埋没し忘れ去っていたのかも知れない。

 

しかし運命の悪戯か、再び超兵器と出会ってしまった。

 

「思い返せば、あの時が人生の岐路だったのかもな」

 

一人酒気混じりの息を吐く焙煎。

 

人間の力ではどうしようも無い逃れられない現実を前にして、一人孤独な戦いを演じてきた。

 

「俺達はこの世界にとって異物だ。それを忘れちゃいけないんだ」

 

そして彼女達は超兵器だ、艦娘の様に振る舞えど違うのだ。

 

もし、その一線を越えて仕舞えば自分は二度と日常には帰れなくなる。

 

例え元の世界に帰れたとしても、それまでと同じ様に過ごす事は出来ない。

 

際限無い戦火の果てに世界を滅ぼしかけた軍人達と同じになってしまう。

 

その果てに待っているのは、身の破滅しか無い。

 

「俺はお前達に恐怖し続ける。そうしなければ自分を保てないんだ…」

 

分かってくれとは決して言わない。

 

これは焙煎が出した身勝手で勝って極まる、独り善がりな考えでしか無いのだ。

 

「随分と、独善的な話だな。それで私が納得するとでも?」

 

「コレは俺自身の問題だ。この話をしたからと言って今迄と何も変わらないよ」

 

そうは言うが、一度焙煎の本心を聞いてしまった以上今迄と同じ様には振る舞えない。

 

ここに居る彼女自身ももそうだが、隣の部屋で盗み聴きしているドレッドノートから直ぐにこの話は他の者に伝わるだろう。

 

多分、これからする事も…

 

「貴方の言いたい事は分かった」

 

超兵器である自分が何を言おうともこの男を変える事は出来ない。

 

だから分からせる事にした。

 

「そうか、分かってくれたか。なら今日はもう⁉︎」

 

その先からは続けて口にする事が出来なかった。

 

ムニュ、と擬音が聞こえる程の弾力と包み込む様な柔らかさと甘い香りが顔中に広がった。

 

「何を⁉︎」と言う戸惑いの言葉は、ブラウス一枚隔てたその先から感じる母性によって封殺され、突然の事に身体は固まる。

 

そして優しく髪を撫でられる事で一切の抵抗する気力を削がれ、されるがままになら焙煎。

 

正面らヴィルベルヴィントに頭を胸に抱きかかえられ、子供をあやす様に髪を梳かされる。

 

「ふむ、聞くほど酷くは無いな。これならまあ大丈夫か」

 

「何がだ」と言いたいが、呼吸以外を封殺された焙煎はヴィルベルヴィントのされるがままであり、また非常に小っ恥ずかしさがこみ上げてきていた。

 

何とか、せめて話せる様になろうと頭を動かそうとするが髪と梳かす反対の手でがっちりと頭を固定され身動ぎ一つする事も出来ない。

 

羞恥心で(在り来たりな表現だが)顔から火が出そうになる焙煎。

 

その間、ずっと頭を撫で続けていたヴィルベルヴィントは焙煎に語りかける。

 

「全く、悩むのもいいがお前は一人で何でもかんでも抱え込みすぎるな」

 

優しく、しかししっかりとした口調で言い聞かせる様に言葉を紡ぐヴィルベルヴィント。

 

「でも」

 

「でもお前が私達の事をよく考えてくれているのを知ってるし、何だかんだ言って私達の我儘も聞いてくれる」

 

「そして何よりも」と続けヴィルベルヴィントは優しくしかし確りと抱きしめた。

 

「この身体を与えてくれた事に少なくとも私は感謝している。自由に動ける足と誰かを包む事が出来る腕を与えてくれた」

 

黙って話を聞く事以外出来ない焙煎。

 

抱き締められると言う経験は本日二度目だが、ヴィルベルヴィントの普段とは違う優しげな声も、肌を通して感じる鼓動の音も、熱の交わりも、不快では無かった。

 

人肌の温もりは不安な心を和らげ、熱が体全体に染み渡る。

 

何故だかあの時と似た様な場面なのに興奮は無く、寧ろ安らいでいた。

 

言うなれば赤ん坊帰りとでも言うべきか?

 

「だから焦るな。お前がどう思っていようとも、私は決して裏切らないし一人にしない。頼ってくれるなら何だってする」

 

だから悲しい事を言わないでくれ、と言われれば焙煎には無条件降伏するしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか膝の上に跨られ、互いに向き合う形になっている焙煎とヴィルベルヴィント。

 

絵面的にイカガワシイ雰囲気満載なのだが本人達は至って真面目である。

 

「ヴィルベルヴィント、今日はその…すまなかった」

 

頭を下げる焙煎。

 

酒の勢いとは言え、酷い事を言ったと正直に思っている。

 

「気にするな、こんな日もあるさ。それに存外悪く無いものだろう」

 

と言われ、さっきまでの事を思い出し赤くなる焙煎。

 

「アレはその、イキナリで驚いたぞ」

 

「そうか、まあ今度はもう少しちゃんとした場で無いとな」

 

今日は慌ただしかったから今度はゆっくりと呑みたいものだと言われ、又赤くなる焙煎。

 

「所で、そろそろ退いてくれないか。流石にずっとこのままと言うのは…」

 

何だかんだ言って目の前に極上の美人が跨って居るのだ。

 

さっきの事で気恥ずかしさもあり、気持ちを落ち着かせたいのだ。

 

「時に焙煎艦長、さっき見つけたんだが…」

 

しかしヴィルベルヴィントは焙煎の話を無視してとある物を見せた。

 

細く長い指に摘まれた薄っすらとした誰かの髪の毛。

 

この場にある色は銀と黒、しかしそれは亜麻色をしていた。

 

ドッと冷や汗をかく焙煎。

 

先程までの気持ちは忽ちに搔き消え、有るのは狼狽と動揺だけになる。

 

恐らく押し倒された時に付いたであろうその髪の毛を、焙煎の毛根の具合を心配するヴィルベルヴィントが目敏く見つけたのだ。

 

「さ、さて誰だろうな。ああきっと風で飛ばされて付いたのかもな」

 

「そうか風か、なら仕方が無い」

 

ホッとする焙煎、しかし次の一言で心臓が止まった。

 

「ならお前の全身からするこの匂いも、きっと風で運ばれたんだろうな」

 

ジーッと舐めつける視線で焙煎を見るヴィルベルヴィントと、冷や汗を垂らしながら視線を逸らす焙煎。

 

「今日は他に誰と会っていた?」

 

「いや、元帥と会ったその後は…」

 

必死に誤魔化そうとする焙煎。

 

決して後ろめたいことでは無いのだが、焙煎のその態度がヴィルベルヴィントのオンナの部分に触った。

 

「今夜はもう少しジックリと話す必要があるみたいだな」

 

「いや、ヴィルベルヴィント話を…」

 

言い訳は再び母性によって封殺される。

 

ガッチリと母性でホールドされた焙煎がもがこうとするも、そこに谷間の筋を通ってボトルの残りが注がれる。

 

(それは駄目だろ⁉︎)

 

何とか溺死を免れようと必死に抵抗するも、超兵器のパワーに抗えるはずもなく徒労に終わる。

 

谷間に溜まる酒によって呼吸を塞がれ、酒だから飲めばいいかと思うかもしれないが呑みほす度に新たな酒が注がれる堂々巡り。

 

(そもそもこんなSM擬きで死ぬ様な目に会うのも大概と言える)

 

いつの間にか新しい瓶がテーブルに並び、少なくともこの拷問は焙煎が酒を全て呑み干すか正直に話すかまで終わりそうには無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚この後直ぐ酔い潰れた模様。

 






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