超兵器これくしょん   作:rahotu

16 / 60
15話

 

あの一件から数日が経ち、それ以来焙煎の身には特にこれと言った事件も無く久方振りに平穏な日々を送っていた。

 

無論焙煎とて唯無為に過ごしていた訳では無い。

 

あの一件以来海軍や軍令部との関係が悪化したかに思えたが、表向きはそんな事は無く、高野元帥は約束通り資材の援助を行ってくれた。

 

文字通り“海軍”からの援助である。

 

普通の定期便と呼ばれる輸送艦によって各鎮守府に配給される微々たる量の各種資材(所謂資材の自然回復の事)では無く。

 

一般提督と焙煎が受けるそれを比較すると、例えるなら蛇口から僅かに漏れる水でバケツを一杯にするのと、蛇口どころか貯水槽からパイプを通してそのままプールを満タンにする位違うのだ。

 

もし今の焙煎の話を聞いたのならば、諸提督達は大河の如く血涙を流しながら怨嗟の声を上げただろう。

 

つまりそれ位海軍はケチであると同時に、困窮もしているのだ。

 

艦娘達の活躍によりシーレーンが確保されても大半が民需に回され、海軍に回ってくるのは全体の二割にも満たない。

 

そこから提督達に渡るのは雀の涙よりもごく僅か。

 

だから前線ではなけなしの戦力を抽出して資材回収や遠征、海上護衛任務を行わせて糊口をしのいでいるのだが、焙煎も如何にも他人事の様な気はしないのである。

 

実は後方勤務時代に、裏の話も耳にしていたりする。

 

前線で艦娘を指揮する提督が反乱を起こさない様態と資材を少な目に配給し、遠征や各任務の報酬も全て海軍から出す様にしていざとなったら兵糧攻めができる様に成っていたりと色々とエゲツない事この上無いが、それによって海軍の統制が取れている事は明らかであった。

 

 

 

兎に角そんな事だから焙煎の元に来る資材の量は多い。

 

普通は海路だけで充分な所を、トラックや貨物列車を使った陸路果ては空路で遠隔地の資源地帯から輸送機で運び込む始末。

 

さしもの焙煎も海軍の力の入れようにタジタジとなり、改めて海軍組織のそして高野元帥の底力を感じる事となった。

 

これはそれだけ次の作戦に向けて高野元帥が焙煎に期待しているからであると同時に、焙煎に対する先の一件に関するお詫びと鎖の役目もあった。

 

実際焙煎に対する周囲の評価はここ数日で一変していた。

 

以前は高野元帥に侍る何処の馬の骨とも知れない奴から元帥のお気に入りへと変わり、元帥の秘蔵っ子と言う評価を本人が知らない所で得ていたのである。

 

それと同時に外堀も埋められつつあったが、兎に角焙煎は高野元帥のお陰でここ数日の間に大規模作戦相当の資材を得る事が出来た。

 

そして同時に大量の書類に追われる事となったのである。

 

 

 

 

横須賀鎮守府の港に停泊する宿泊船の中、自室にて文字通り山となった書類を前に机に向かう焙煎は黙々と処理し続けていた。

 

既に仕事を始めてから大分日日は経ったが、書類の山は減る気配が無い。

 

それでも焙煎は飽きる事なくペンを動かし続けている。

 

此れが何処ぞの俗人ならば、その超人的かつ職人芸なまでの作業スピードによって瞬く間に終わらせるか、権力に物を言わせて強引に人員を引っ張って来て代わりにやらせて、自身はゴルフの打ちっ放しに興じたりするか、生憎と焙煎にそこまでの能力もコネも権力も無い。

 

そしてその様子を面白そうに眺める人物がいた。

 

背中まである特徴的な長い銀髪をした女性、ヴィルベルヴィントは何故かこの日は一緒の部屋にいた。

 

と言うか、あの夜以来何かと焙煎の近くにいる様に成ったのである。

 

そう成るまでに色々とあったが護衛目的が半分、もう半分は言うなればマーキングである。

 

実を言うと焙煎が見知らぬ女性の匂いを付けていたのに気付いたのはヴィルベルヴィントだけでは無い。

 

姉妹艦であるヴィントシュトース、シュトゥルムヴィントは無論の事、大概の者は気付いていたのだ。

 

その反応は様々であるが、兎に角自分達のテリトリーに何処の馬の骨とも知れない輩が土足で侵入したのだ。

 

気分が良い筈が無い。

 

実際あの夜、ヴィルベルヴィントが焙煎の部屋を訪ね匂いを上書きしなければ艦隊の雰囲気は悪くなっていただろう。

 

若しくはその気を狙い、焙煎の関心を引こうとする者も出たかもしれない。

 

それだけ重要な事だがヴィルベルヴィントとて以前はこうも、明ら様では無かった。

 

これは彼女達の艦隊特有の問題であるが、普通の極一般的な提督とその麾下の艦娘達にはある程度明確な上下関係が存在する。

 

(若しくは信頼関係のバロメーターと言い換える事も出来る。)

 

提督を頂点としてその下に第一艦隊旗艦の任を預かる艦娘、通称秘書艦が居りこれが艦娘達の中のトップである。

 

その次に艦隊によりけりだが第二、第三の旗艦と続き、艦娘達は自身が所属する艦隊の序列で大まかな自分の立ち位置を把握するのである。

 

これは海軍組織の中で艦娘達は極めて特異な立ち位置、つまり階級が存在しない事から緊急時での指揮系統や意思疎通を鑑みて、各鎮守府がその艦隊の実情にあった方式を取っているが、概ね秘書艦がトップと言うのは何処でも共通である。

 

さて焙煎が主宰するこの艦隊だが、名目上のトップは焙煎であるがその下にいる超兵器達は殆どが横並び状態なのだ。

 

この殆どと言うのがミソで、枢軸陣営ではヴィルベルヴィントを長としてその下に姉妹達が付きたがる傾向にあり、連合国では先任であるアルウスを立てていてこの両者は嘗ての仇敵同士であるからして対立関係にある。

 

一応連合国陣営であるがドレッドノートは名誉の中立(決してボッチでは無いぞ⁉︎)を決め込んでおり、その癖様々な方法で焙煎に取り入ろうとする等二枚舌外交を発揮したり虎視眈々と機会を狙っている。

 

事実上三つの陣営がありその内二つが啀み合っており、元の世界であれば砲火を交え雌雄を決する所なのだが事はそう簡単では無い。

 

超兵器と言えど同じ釜の飯を食った者同士、最早戦争は終わりしかも今いる世界は全く関係ない場所で、今更争い合う法を彼女達は持たないのだ。

 

それは艦娘と言う生身の自由な肉体を手にした事も関係している。

 

しかし、超兵器としてのプライドもあり、何よりも列強の艦隊旗艦クラスが集まって同じ艦隊で過ごす以上どうしても問題が出てくる。

 

つまりは自分こそがこの艦隊の旗艦、トップであると顕示したいのだ。

 

その問題を解決する術が、つまりはどれだけ焙煎が自分の艦に乗ってくれるかである。

 

焙煎は戦闘の際、必ずと言って良いほど超兵器に乗艦してきた。

 

その理由は割愛するがこの時焙煎が乗る艦がその間旗艦となり、つまりは焙煎が乗る間だけ艦隊のトップとなるのだ。

 

一番古くからいるヴィルベルヴィントはは無論の事、他の姉妹艦も何かに付けて乗艦する事は多い。

 

逆に超兵器達だけでは艦隊行動を取らせると、先のキスカ島救出作戦の様に相互の連携が取れず不覚を取る場事ある。

 

この超兵器同士の連携の不味さがこの艦隊の弱点だったりする。

 

そして建造後間も無いアルティメイトストームを除き、今の所一度も座乗されていないアルウスが人一倍プライドが高い故、乗艦回数が多い枢軸超兵器達に何かに付けて噛み付くのはここら辺の理由もあったりする。

 

焙煎が超兵器に乗ると言うのは言い換えれば一番近くにいてその匂いに包まれると言う事であり、艦から降りた時には全身から移香が漂うのだ。

 

無論艦隊旗艦の役割は焙煎が艦を降りた時には終わるのだが、服に染み付いた移香がの主には堪らない優越感を齎すのだ。

 

そして他の超兵器達は次は自分がと奮起し、変なドロドロとした感情とは無縁でありこの辺が超兵器達と焙煎との関係の特異な所でもある。

 

最も最近では艦内での共同生活の結果それ程匂いに拘らなくなったが、それでも彼女達超兵器の士気と秩序を保つ為には必要な要素なのだ。

 

そしてあの日、それを穢されたのだ。

 

だから彼女達は焙煎に素っ気なく対応したのだ。

 

 

 

 

ヴィルベルヴィントは焙煎が仕事をしているのを見ているのに飽き、空のカップを下げ代わりのインスタントコーヒーを淹れた。

 

今彼女がやっているのは所謂秘書艦の真似事の様なものであり、戦う事以外出来ない彼女なりの気遣いでもあった。

 

大概の仕事は焙煎一人で終わらせる事が出来る。

 

しかし今回ばかりはそうも行かず、彼女達の中で一番この手の仕事に向きそうな(ヴィントシュトース、シュトゥルムヴィントの二人は堪え性がない所があり、アルウスは面倒くさがり、デュアルクレイターとアルティメイトストームはそもそも話に参加せず何処かに遊びに行き、ドレッドノートが立候補したと思ったが影が薄すぎて誰も気付かず)ヴィルベルヴィントが手伝いをする事となった。

 

駆け出しの提督とその艦娘でなければ、提督とその秘書艦の役割は大概分担され効率化されている。

 

これは職場を共にする事により艦娘に仕事の手ほどきをしたり、また提督の目の届かない艦娘達の事や他にも鎮守府の細々とした事を秘書艦が教え、互いにノウハウを蓄積させていくのが通常である。

 

しかし焙煎は超兵器達を建造後、こう言った仕事をやらせた事はない。

 

焙煎は超兵器は戦うものだと言う先入観があり、超兵器達もまた艦娘とその役割について無知であった為だ。

 

そして互いにそれを良しとし続けた結果、今の状況がある。

 

コーヒーを自分の分も淹れつつ、ヴィルベルヴィントは我ながら情けない、とため息をついた。

 

(これでも建造当初列強を震撼させた最古の超兵器の内の一人なのに碌に仕事も手伝えない等、妹達に知られたら笑われるな)

 

と、半ば自嘲気味にそう思いつつも目の前の事実は変わらない。

 

そしてやれる事は限られている以上今彼女にはそれを全力で尽くすしかないのだ。

 

焙煎が書類を決済するテーブルの邪魔にならない所にインスタントのコーヒーを置き、ヴィルベルヴィントも自分がやれる範囲の仕事に取り掛かった。

 

山積みとなり分類も何もバラバラなそれをある程度整理し片付けたり。

 

次々と運び込まれていく書類の山に、半ば辟易しつつも新たな山脈を築く等の不毛な作業に邁進した。

 

そんな中、ふと手を止めてボーッと考えてしまう。

 

(この世界に来て艦娘となって長くなるが、まだまだ知らない事の方が多いな)

 

事実彼女は重巡青葉に聞くまで秘書艦の事や艦娘が如何いった存在かすら知らなかったのだ。

 

大概の艦娘は鎮守府で建造され、そこで先輩艦娘から様々なレクチャーを受ける。

 

艤装の動かし方や戦い方等の基本的に備わっているもの以外にも、日常生活においてのアレコレや鎮守府についての事など学ぶべき事は多い。

 

艦娘でさえそうなのだから生まれが特殊過ぎるとはいえ超兵器艦娘も又同じなのだ。

 

最初から強大な力を振るう事は出来ても戦場以外を知らず、其処は艦娘と同じなのだ。

 

自ら学び考える事が出来る。

 

唯の船だった時には出来ない事が沢山出来るのだ。

 

だから今仕事が出来なくても此れから学んでいけば良い。

 

と、良い感じで考えを締めくくったヴィルベルヴィントであるが、手を止めている間に部屋の中に大量に運び込まれた書類により周囲を囲まれ、いつの間にか出られなくなっていた。

 

 

 

 

 

「何をやっているんだアイツは?」

 

書類の山を崩れないように山脈にしていく作業の途中で上の空になったかと思うと、書類の山に自分が囲まれてアタフタする姿を見てると。

 

「本当に超兵器なのか?」

 

と思わず疑問の声が口から出る。

 

勿論彼女は、ヴィルベルヴィントは超兵器だ。

 

あの夜、神の悪戯かそれとも悪魔の罠か。

 

幸不幸は別に置くとして超兵器ヴィルベルヴィントを建造してしまった。

 

それ以来元の世界への帰還を目指し様々な超兵器を建造し共に戦い続け、その力を目に焼き付けてさえ今の姿には正直脱力しか覚えない。

 

あの時の事ははっきり覚えている。

 

いきなり部屋に来て秘書艦をやりに来たと言われた時、俺はどんな顔をしていただろう。

 

兎に角何かやらせようとしてみれば、何をやれば良いか分からないと聞く有様。

 

最初は書類の山を崩すし、コーヒーは溢すは兎に角何をやってもダメ。

 

これがあの超兵器かと自分でも泣きたくなった。

 

世界を滅ぼしかけた相手が、書類の雪崩で沈没しかけているのだ。

 

誰だって我が目と現実を疑いたくなる。

 

取り敢えずこのままでは仕事が出来ないと、書類の山から助け出し、部屋から追い出そうとするが秘書艦の仕事をすると言って頑として譲らない。

 

なら別の奴にやらせると言えば、今度は護衛と称して部屋に居着く有様。

 

しかも、秘書艦として代わりに呼んだドレッドノートはオリョクルでキャラ付けしてくると宣い姿を消し、他の超兵器達はとうの昔に逃げていた。

 

まあ護衛の件云々カンヌンはあの夜以来何かに付けて俺の側にいる事から好きにさせていたが、兎に角気が散って仕方がなかった。

 

如何にもあの夜の事は酔って何を言ったのか何かしたのか良く覚えていないのだ。

 

しかしここ最近ずっとヴィントシュトースの俺を見る視線がキツかったり、デュアルクレイターが「バブみか?艦長」と謎な事を言ってきたりと、アルウスが妙にバストアピールして来たりとおかしかったのを覚えている。

 

その時不思議と動悸が抑えられなくなったが、欲求不満だろうか?

 

あれ以来胸を見ると、どうにも、あれ…呼吸が?息が…吸えない…⁉︎事が多くなり、若しかしたら自分は特殊性壁なのではとの疑いを持ち始めている。

 

あの夜の後一人で目が覚めたので何も無かったとは思いたいが、それでも思い出そうとすると妙な羞恥心と若干の恐怖心が入り混じり上手く思い出す事が出来ない。

 

兎に角護衛兼秘書艦見習いとしてここ数日、最初こそ唯の案山子だったがそれとなく仕事を教えやらせて見ると存外上手くやる。

 

取り敢えず書類整理くらいはやらせて見るかと様子を見、その内空のカップを下げ代わりのコーヒーを淹れてくれる様になり、見た目だけは良いので一端の秘書艦らしく見えなくもない。

 

最も中身はまだまだポンコツだが。

 

今だに書類の山に囲まれ抜け出せずにアタフタするヴィルベルヴィントを尻目にさっき淹れてくれたコーヒーを飲むと…

 

静かにカップをテーブルに置いた。

 

(この後もう少しマシなインスタントの淹れ方を教えよう‼︎)

 

焙煎はそう固く心に誓うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「時に焙煎、さっきこんなものを見つけたのだが」

 

書類の山から何とか脱出したヴィルベルヴィントは、悪びれた様子もなく一枚の紙を差し出す。

 

差し出された紙を受け取り、内容に目を通す焙煎。

 

内容を要約すれば、来るべき反攻作戦に備え各鎮守府は戦力の強化を図る様にとの通達であった。

 

具体的には練度向上を目的とした演習の奨励、各種装備の開発、新造艦の建造等が書かれており、その成果を近日中に報告する様にと締められていた。

 

内容を読んで渋い顔をする焙煎は鬱陶しげに紙を机の脇に置いやった。

 

「で、如何する?艦長。演習の申し込みが何枚か届いているが」

 

「如何もこうも、今ウチは開店休業状態だ。演習も装備開発もする余裕は無い」

 

それは焙煎の偽らざる本音であった。

 

先の北方海域での消耗は激しく、如何に海軍の支援を受けられようともその全てを回復しきるに至ってはいないのだ。

 

「そもそも、演習なんかでこちらの手の内を晒したくは無いし、装備開発や建造だってアイツが居なきゃしょうがない」

 

焙煎の言うアイツとはスキズブラズニルの事である。

 

横須賀鎮守府に着いてからと言うもの、ドックに篭りっぱなしであり顔を見せに来る事も稀であった。

 

「しかし、だからと言って何もしない訳にもいかないだろう?まさか白紙の報告書を出す気か」

 

ヴィルベルヴィントは明らかに不満げな声を上げる。

 

彼女とて何時までも無聊を託っているつもりは無いのだ。

 

「そんな事を言うが、お前とて現状を分かってないとは言わせないぞ」

 

「我々は猟犬だ。主と共にある誇りがある、しかし獲物を指し示してくれなければ存在意義に関わる」

 

超兵器を猟犬に例えるヴィルベルヴィントだが、『狡兎死して走狗烹らる』の諺がある通り彼女達には『敵』が必要なのだ。

 

だからこそ、それを痛いほど良く分かっている焙煎は彼女達に我慢を強いている。

 

「別に艦隊内演習でも良いんだぞ。面倒な手続きなど不要だろう」

 

暗に共食いの可能性まで示唆するヴィルベルヴィント。

 

勿論本気でそんな事を考えているわけでは無い。

 

精々、沈めずとも手足の二、三本飛ぶ程度のじゃれ合いのつもりであった。

 

しかしそんな事をされては堪ったものでは無い焙煎は思わず呆れてこう言ってしまう。

 

「なぁ、平和は嫌いか?ヴィルベルヴィント」

 

「平和の重要性は理解している。理解しているが、な」

 

「あ、ダメだコイツ」と焙煎は内心そう呟いた。

 

何処ぞの戦闘種族とか野獣とかと同じで手に負えないと、焙煎は最早諦めの気持ちでヴィルベルヴィントを見ていた。

 

「分かった。取り敢えず近日中には演習の相手を組むからそれまで我慢してくれ」

 

そう伝えるとヴィルベルヴィントは口角を吊り上げ、それはたいそう嬉しそうな獣じみた笑みを浮かべる。

 

最近はこの獣じみた笑みに慣れてきてた焙煎は、多分尻尾があったら千切れんばかりに振っている事だろう、とそんな取り留めの無い様子を幻視した。

 

だが、言わなければならない事もちゃんと伝えておく。

 

「一応言っておくがあの時の演習でやりあったみたいな相手じゃ無いからな。そこを十分注意しておいてくれ」

 

あの演習でヴィルベルヴィントをあと一歩の所まで追い詰めた艦娘達は休養を終え、現在トラック泊地で再編成を行っている。

 

多分それを伝えたら殴り込みを掛けるだろうから言わないが、それによりここ横須賀鎮守府の一線級の戦力は前線へと移動している。

 

つまり、ここに残っている戦力では下手をすれば超兵器はやり過ぎるかも知れないのだ。

 

「分かっているさ。ちょっとしたレクリエーションだ、精々楽しませて貰う」

 

(いや、絶対分かって無いだろう⁉︎)

 

と焙煎は心の中で訴えるが、面倒なのでそのままにしておいた。

 

それはさて置き、焙煎としても来るべき反攻作戦に備え戦力の強化は急務であった。

 

さっきは資材の備蓄を理由に渋ってはいたが、先の北方海域での戦闘のおり焙煎は敵の整然たる陣形と艦隊機動を目の当たりにして、現状の戦力に危機感を抱いていた。

 

現在焙煎の手持ちの超兵器達はヴィルベルヴィントに代表される超高速艦隊で構成されている。

 

初期の焙煎の構想ではこの超高速艦隊によって敵の領海を一気に突破し、南極に到達しようとの目論見であり、言うなれば後退を考えない防御を捨てた編成であった。

 

しかし、北方海域において先行したヴィルベルヴィントは敵の大艦隊によって包囲され多大な損害を被り、戦艦棲姫においては隙の無い重厚な陣形を崩す事がついぞ出来なかった。

 

防御面での不安が焙煎を臆病にさせた所もあるが、これは元の世界においても初期の超兵器の悩み所でもあった。

 

ヴィント型はそもそも一撃離脱を旨として設計され装甲が犠牲になっており、アルウスとて戦場にいち早く到着し艦載機を展開、先制攻撃により相手の反撃を封殺する事を主眼としているが、逆に言えば敵に先制を許した場合甲板に損傷を負えば戦力の大半を喪失する事を意味している。

 

ドレッドノートは潜水戦艦と言う艦種からして真っ向からの撃ち合い等想定してはいないし、新たに加わったデュアルクレイターやアルティメイトストームは火力こそあれ、後背に回られれば容易に弱点を晒してしまう。

 

今まで超兵器の力を過信していた焙煎であったが、次の反攻作戦では北方とは比べ物にならない敵戦力が待ち受けている。

 

それを思うと敵の攻撃を受けてもビクともしない新たな超兵器が必要だと、この頃思うようになっていた。

 

(しかし問題は資材だ。間違いなく、途方も無い程の資材が掛かるに違い無い。今ここで資材を吐き出してしまうと反攻作戦に支障を来す可能性がある。逆に建造しなければ当面の資材状況は安定するが、反攻作戦は厳しいものになる)

 

なんかに付けて金と物は必要であり、何故か甘味処間宮さんから領収書が毎日届いたりして金欠気味であり、そのストレスか最近又抜け毛が増えてきた焙煎に取って、あらゆる意味でピンチであった。

 

「ふーっ」と背もたれに体重を預け天を向く焙煎。

 

「何か悩み事か?」

 

とヴィルベルヴィントが聞いてくるので、「心配事の半分はお前達の所為だ!」と言えたらどんなに楽かと焙煎はため息を吐いた。

 

 

 

「ふむ」とヴィルベルヴィントが何かうなづくと徐に焙煎の背後に回る。

 

ポヨン、と擬音語が聞こえて来るな後頭部を包み込む柔らかさに、焙煎はさしたる抵抗もなく受け入れていた。

 

ヴィルベルヴィントは柔らかい手付きで焙煎の、目に見えて薄くなってきた髪を梳かす。

 

(いっそ全て剃ってしまったらスッキリするか?)

 

と本人が聞いたら断固拒否するであろう内容を考えつつ、ヴィルベルヴィントは焙煎の髪を梳かすてを止めない。

 

別に誰に頼まれたのでもなく自然とやる様になったが、最初の頃と比べ焙煎は素直に世話を焼かれる様になった。

 

と、言うよりも頭皮と頭髪を巡る数度の攻防の果てに抵抗する気力を削がれたと言うのが正しい。

 

別にお互い特別な気持ちなどないが、焙煎としてはやらせてやっていると思っているし、ヴィルベルヴィントはヴィルベルヴィントで狼の毛繕いと思っているのでどっちもどっちだったりする。

 

(指、綺麗だよな)

 

髪を梳かす細く長い白い指を見て焙煎はそんな事をボンヤリと思っていた。

 

超兵器だと言うのに幾たびの戦場を越えてもそこだけ生娘の様に綺麗であり、焙煎としては自分の不徳でこの手が傷付くのは嫌だなと思い始めていた。

 

別に女性の手や指について特別な嗜好等無いのだが、そう思う位には焙煎は超兵器達の事を気に掛けてはいる。

 

(まあ、避けられる怪我なら避けた方が良いかな)

 

と、そう思いながらも、このまま穏やかな時間が流れるかと思いきや。

 

「あ、」

 

とヴィルベルヴィントが思わず声を上げてしまう。

 

「?」

 

焙煎は不審げにヴィルベルヴィントを見やり、ヴィルベルヴィントは言うか言うまいか迷った後、思い切ってこう告げた。

 

「白髪」

 

「…」

 

「…」

 

暫く互いに無言であったが、焙煎はしかめっ面を浮かべ、ヴィルベルヴィントに体を預けると不貞寝し始める。

 

ヴィルベルヴィントもそんな焙煎の子供っぽい反応に、さもありなんと思いながらも他にも生えてないかと注意深く焙煎の頭を探るのであった。

 

こうして、段々とだが気付かぬ内に超兵器を受け入れ始めている焙煎だが、果たしてそれを告げられた時、焙煎はどの様な反応を返すので有ろう?

 

兎に角、そんな様子で鎮守府の昼間は過ぎて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府ドック

 

昼を過ぎて、焙煎はスキズブラズニルの元を訪れていた。

 

久しぶりに会う妖精さん達と挨拶を交わしつつ、スキズブラズニルの場所を聞く焙煎。

 

妖精さん達が指し示した先にスキズブラズニルの姿を認め、焙煎は足早に近づいて行く。

 

コツコツと床を踏む音で近づいて来る気配に気が付いたスキズブラズニルは焙煎の顔を見ると「ゲッ〜⁉︎ヴァイセンヴェルガ〜」と驚く。

 

「随分なご挨拶だな、スキズブラズニル。お前がギンバイした分の借金、まだたんまりと残っているぞ」

 

「う〜」

 

と妙に間延びする声で恨めしそうに焙煎を見るスキズブラズニル。

 

彼女は艦隊の整備に託け、今の今までその事を忘れていたのだ。

 

「なん〜の用〜ですか〜?ヴァイセンさん〜」

 

スキズブラズニルとしてはサッサと用件を済ませてお帰り願いたい事なので、焙煎にそうぶっきら棒に告げる。

 

「用というのは他でも無い。新しく建「い〜や〜で〜す〜‼︎」って」

 

焙煎が言い切る前にスキズブラズニルは割り込んで断固たる拒否の声を上げる。

 

「また〜私に〜超兵器を〜作らせようと〜言うんでしょう〜?」

 

「私は〜これでも〜ウィルキア〜解放軍の〜一員です〜。敵である〜超兵器を〜作るなんて〜以ての〜外です〜」

 

彼女特有の間延びする声で、然しながら強い意志を秘めたそれは間違い無く彼女の偽らざる本音であった。

 

「ここはウィルキアでもまして解放軍でも無いぞ、スキズブラズニル?何故そうも頑なになる」

 

焙煎はそうスキズブラズニルに尋ねたくなったが、今はその時では無いとグッと押し黙った。

 

焙煎とてスキズブラズニルの思いには心当たりがあるのだ。

 

最近はそれが如何にも揺るぎつつあるが、しかし彼は立ち止まる訳にはいかなかった。

 

「ほぅ?そうかそれは残念だ。折角、今回建造に宛てた分の資材はお前の借金から引いておこうと思ったんだがな」

 

かなりの量だから一気に借金を返済できたかもな〜、スキズブラズニルに背を向けそう嘯きながらチラリとスキズブラズニルを横目で見る。

 

「う〜ん」

 

と悩ましげな表情を浮かべるスキズブラズニル。

 

焙煎によってギンバイした資材の返済が済むまで、スキズブラズニルに割り当てられる食事や資材から差っ引かれていたのだ。

 

足りない分は工廠で仲良くなった工作艦明石にたかることで糊口をしのいでいるが(何故か蜂蜜のお礼だと言って一回も断られた事は無いのでスキズブラズニルも遠慮していない)、矢張り厳しい部分はある。

 

具体的には間食や夜食等だ。

 

1日5食を基本とする彼女にとって、一食たりとも欠かす事は出来ない。

 

だが彼女とてウィルキア解放軍を支えて来たプライドもあるが、しかし腹が減ってはプライドもへったくれも無い。

 

しかし武士の高楊枝とも言うから彼女ははっきり言って思い悩んでいた。

 

そこで焙煎はもう一押しとばかりにある物をスキズブラズニルに手渡す。

 

「そう言えば、さっき貰ったんだがな。俺はいらないからお前が使ってくれ」

 

そう言って硬く握らされたそれをスキズブラズニルは見ると一枚の券であった。

 

「こ〜これは〜⁉︎」

 

握らされたそれは甘味処間宮さん提供の間宮券であった。

 

全艦娘滴れの一品を前に、さしものスキズブラズニルも心が揺れる。

 

「ああ、それか。なんでも贔屓にしてくれているお礼とかでな、まだ結構あるんだよな」

 

と、態とらしくポケットから束になった間宮券を取り出しヒラヒラと泳がせる。

 

「ヴァイセンさん、条件はなんです?」

 

「お前、キャラは守れよ」

 

キリッとした表情で焙煎を見つめるスキズブラズニル。

 

その瞳に映る強い意志は、先程の拒絶と比べてもまるで遜色無い。

 

「建造してくれたら一枚、終了後にもう一枚で如何だ?」

 

「足元〜見すぎですよ〜ヴァイセンさん〜。そうですね〜建造して〜五枚、建造後に〜八枚で〜」

 

「ふっかけすぎだろ。二枚の三枚で如何だ」

 

「実は〜何時も〜手伝ってくれる〜妖精さん達にお礼がしたくて〜、三の四で」

 

「ちっ、今もう一枚渡すからそれで納得してくれ」

 

「まあ〜落とし〜所〜としては〜良いですかね〜」

 

間宮券を受け取り、それをヒラヒラさせるとスキズブラズニルはドック全体に響く大きな声で。

 

「み〜な〜さ〜ん〜、今日は〜ヴァイセンさんの〜奢り〜ですよ〜」

 

それを聞くや否やワラワラと妖精さん達がスキズブラズニルの元に集まってくる。

 

「お、おいスキズブラズニル⁉︎」

 

と焙煎が呼び止めようとするが、スキズブラズニルは「分かってますよ」と言った感じで手をヒラヒラさせると、妖精さん達を引き連れ去っていってしまう。

 

それを見送るしかない焙煎は、トホホと肩を落とす。

 

この後送られて来るであろう領収書を思うと、彼の生え際は又一段と後退する様な気配がした。

 

 

こうして、穏やかだが着々と次の作戦への準備を進めていくのであった。

 

 

 

 





今回で一先ず日常編を終わらせます。

次からは深海棲艦メインだと思います。

では、また次回まで。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。