長らく放置して申し訳ありません。
最近某新城直衛が空飛んで来たアニメにハマっておりまして、web版をゆっくり読み進めてる所ですw
皆さまにはご迷惑をお掛けしますが、末長くお付き合い出来るよう願っております
トラック諸島司令部より出撃を命じられた焙煎達は、一路その途上にあった。
様々な雑務を処理した後、後方から移動出来たのは既に日が傾き始めた頃であった。
そうして前線へと配置転換が完了する頃には、空には星が煌めいていた。
昼間と違い、夜の南方海域は比較的平穏であり以前は頻繁に起きていた夜襲もめっきりとなくなり、焙煎達はその合間に前線へと向かっているのだ。
既に前線の各所では後退の準備が粛々と進み、一部足早に前線を離れる部隊とすれ違うこともあった。
そのどれもが傷ついていない船は無く、中には負傷した兵や艦娘を運ぶ病院船も時折見かけた。
(話で聞いた以上に、前線は相当悲惨な状況の様だな…)
互いに作戦前の無線封鎖中の為詳しい様子などは分からないが、焙煎はスキズブラズニルの甲板の上で手摺に寄りかかりながら遠く去る船を見てそう思うのであった。
「此処にいらしたんですか。焙煎中佐」
焙煎は後ろを振り向くと、其処には鏡音が立っていた。
「南の海とは言え、夜は寒いですよ?風邪を引く前に早く船内に入りましょ」
そう言う鏡音に、焙煎は曖昧な返事を返しながら彼女の方をジッと見つめる。
「?」
見つめられて小首を傾げる鏡音であったが、見れば見るほど人間らしい彼女に焙煎は少し揺れたが、一方その心の内では決心し息を吐いていた。
「実はな、待っていたんだよ」
「何をですか?」
「お前が来るのを、だ」
突然、自分を待っていたと言われ益々小首を傾げる鏡音であったが、「う〜ん」と額に指先を当てて少しだけ悩むと、こう切り返した。
「あ、ひょっとして告は「断じて違う!」ええ本当ですかぁ?」
鏡音は揶揄う様な目で焙煎を見るが、焙煎の方は万が一、億が一の可能性があっても彼女に、いや“彼女達”に告白する様な事などあり得ない。
「じゃあ、今更になって船を降りろって言うのなら、それは焙煎さんが決める事じゃ無いですよ?私気付いてたと思いますけど焙煎さんの監視役ですから上からの命令でもないと…」
鏡音からスパイである事カミングアウトされた焙煎であるが、無言で首を横に振ってその話しではないと否定する。
そもそも本当に船を降ろす気なら、もっと前に早く降ろしている。
今までそれをしなかったのは、焙煎の方に原因があった。
今までは仕事の忙しさを理由に、見て見ぬ振りをしてきたが、事此処に至って彼はこの問題を解決しなければならなかった。
「鏡音、お前は…」
焙煎は鏡音の顔をまっすぐ見ながら、重苦しく口を開こうとして…。
「それとも…私が“人間”じゃないと言う事ですか」
「⁉︎」
思わず焙煎は驚き鏡音から一歩引いてしまう。
しまったとも、何故自分からとも、様々な思いが焙煎の中で渦巻いたが、鏡音は焙煎の百面相の様に変わる顔を見て笑いながら手摺の方に歩き寄りかかる。
「あれ、その話じゃないんですか、焙煎艦長?」
最初見た時と変わらない笑顔を焙煎に向ける鏡音。
だが、今の焙煎には何処か得体の知れないものに感じられた。
「何故、自分から話した」
やっと表面上の落ち着きを取り戻し、絞り出す様に出した一言がそれであった。
しかし心の中や頭ではまだ大きく揺れていた。
それ程に先ほどの衝撃は大きかったのだ。
「自分でも、そろそろかなって思ったんですよね〜」
「だから話しました」
普段と変わらない姿を崩さない鏡音に、このままではいけないと焙煎は矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。
「お前は一体何者なんだ、誰の命令で何の目的があって此処に来たんだ⁉︎」
「や〜ん、そんなに一度に聞かれても答えられない〜。私、困っちゃう」
「っ⁉︎」
巫山戯た態度の鏡音に質問をして全て受け流されてしまった焙煎だが、思わず「ふざけるな‼︎」と激発しそうになるのを抑えた。
相手にペースを握られっぱなしなのは面白くないが、しかし冷静さを欠いてはどうしようもないと一旦落ち着こうとする焙煎。
「それに〜、最初の質問ですけど、もう分かっているから呼んだんじゃないんですか?ヴァイセンさん」
鏡音が何気なく発した自分の名前。
それは、この世界に来る前よく耳にした自分の名前の本当の発音であった。
(懐かしい)
焙煎いやヴァイセンは、素直に心の内でそう思った。
今まで呼ばれ続けて来た焙煎と言う名前は、何処か本当の自分でないとの思いがあった。
それに比べヴァイセンと言う名は、在るべき姿形が此処に在る、そう思わせる不思議な響きがあるのだ。
急に心が静まり冷静になるヴァイセンは、もう一度鏡音の顔をまっすぐと見た。
普段と変わらない柔らな笑みを浮かべ、しかしその瞳はヴァイセンの変化を受けて少しだけ驚いた後、益々その笑みを深くするのである。
「鏡音」
「はい」
「今から俺が言う事に間違いがあったら言ってくれ」
返事の代わりに彼女は、ゆっくりと頷いた。
「お前は、人間、じゃないんだろ」
ヴァイセンは疑問ではなく確認としてそう言った。
果たして鏡音、いや彼女の返事は如何であろう?
「はい、そうですよ」
あっさりと、しかも爽やかにそう答えた。
「やけに素直に答えるな?」
「だって間違っていませんから」
そうは言うものの、他に答えようもあっただろうにと、そう思うヴァイセンであったが此処は素直に話を続ける事にした。
「海軍所属って言うのも嘘なんだろ」
「そうですね、ヒト、じゃありませんか」
「で艦娘でもない」
「う〜ん?ちょっと違いますね」
彼女の言葉の響きには、間違いをしたと言うよりも、少しだけズレていると言った趣が強かった。
「俺の考えでは艦娘じゃないよ、お前達は余りに違いすぎる」
「それ、艦娘差別ですよ」
「俺から見れば差別でもなんでもない、区別だ」
「そもそも、お前超兵器なんだから初めから他とは違うだろう」
「⁉︎」
初めて鏡音が驚いた表情を浮かべた。
「やけにあっさりと言っちゃいましたね」
「普段俺がどんな連中と付き合っていると思ってるんだ。アレと艦娘とを比べたら失礼だろ」
「それ、遠回しに私も入ってません?」
鏡音はジト目でヴァイセンを見たが、とうのヴァイセンは何処吹く風よと言わんばかりであった。
「と言うか、何処で気付いたんです?私結構気をつけたと思ったんですけど」
「お前、俺が毎日誰と一緒にいると思ってるんだ。ヴィルベルヴィントのお陰だよ」
ヴィルベルヴィントと聞いて彼女は合点がいった。
彼女ならば、或いは自分の正体に気がついたのかも知れないと。
「ああ、成る程。ヴィルベルヴィントさんって結構鼻がきくんでしたよね。見た目も中身も犬っぽいし」
仮にもしこの場に本人がいたならば、顔を赤くして怒るであろう事を平気で言う鏡音。
しかし焙煎の答えは全く予想だにしていなかったものであった。
「?いやアイツは多分お前の正体に気付いてないぞ」
「え?でもさっき…」
「アイツの妙な趣味に人の頭を胸に乗せたがるんだよ。お陰でお前達の身体の事はよく分かった」
そうヴァイセンが言うと、鏡音は一歩下がり距離を取る。
「私達のこと、そんな目で見てたなんて…⁉︎」
「いや待て⁉︎誤解だ誤解だ!」
言葉が足りず要らぬ誤解を招いたヴァイセンは、慌てて釈明しようとするが、しかし時すでに遅し。
彼女は顔を真っ赤にして益々距離を取り、冷たい永久凍土の様な白い目で此方を見てくる。
「フケツです、ヘンタイです、このクズ、セクハラで訴えますよ⁉︎」
「だから誤解だと言ってるだろ⁉︎」
「近寄らないで下さい。それ以上近くとヒトを呼びますよ」
何とか話を聞いてもらいたいヴァイセンと、さっきまでの雰囲気をぶち壊して騒ぎ立てる鏡音。
ハタから見れば痴話喧嘩の何者でもないその有様は、最早修正不可能であった。
「ああ、もうこの際だからはっきりと言うぞ!」
「ええ、はっきり言ってください。艦長は艦娘をいやらしい目で見る変態のクズ司令だって!」
もう彼女の言葉は一切無視しようと、この時のヴァイセンは心に決めた。
兎に角自分が言うべき事を全てぶちまける事に決めたのだ。
「お前達超兵器と艦娘とでは、心臓の音が違うんだよ」
「へ?」
ヴァイセンの「心臓の音が違う」発言に、さっきまでの喚き散らしていた鏡音が虚を突かれ一瞬呆ける。
「普通の艦娘は、そう生身の部分はほぼ人間なんだ」
「スキズブラズニルにも確認を取ったから間違い無い」
鏡音は呆けた表情から戻ると、今度は一転して真面目な表情でヴァイセンの方を見た。
「具体的には、どう違うんですか?」
何処と無くそれは自分を人間扱いされていなくて怒っている風にも聞こえる。
「何の事はない」
焙煎は鏡音の胸、具体的には心臓があるであろう部分を指差しこう言った。
「艦娘には当たり前の様にあって、お前達のソコには心臓の代わりに超兵器機関が入ってるんだよ」
本日二度目の衝撃と共に、鏡音は思わず「嘘だ」と思った。
彼女はこの世界に来て、人の身を得てから後肉体は人のそれと同じだと信じ切っていたからだ。
「もう、冗談言わないでくださいよ〜ヴァイセンさん。私ビックリして心臓が飛び出ちゃうかと思いましたよ」
だからこそ、鏡音はヴァイセンが言った事をタチの悪い冗談だと切って捨てる。
自らの寄って立つ足場が揺れるのを無視し、あくまでも自分が正しいと思っての言葉だった。
「実際に見たり、聞いたりする事は今まであったか?無いよな、普通の人間だってそうそう自分の身体の中なんてお目にかかれない」
だからこそ、ヴァイセンの答えは彼女の神経を逆なでする様なものであった。
「っ⁉︎じゃあ、ヴァイセンさんがそこまで言う証拠は何なんですか!」
思わず、普段の仮面を脱ぎ捨てて本音をさらけ出してしまう鏡音。
「冗談言わないでください!私達は確かに他とは違いますね。けどこの世界に来て変わったんです⁉︎」
「変わったとは?」
「私達はもう元の無機質な殺戮兵器なんかじゃありません。ちゃんと心と体を持った艦娘いえ“人間”になったんです‼︎」
そう、もう彼女は彼女達は元の彼女達では無い。
自らを人間と変わらないと信じて疑わない彼女に、ヴァイセンは独白した。
「…切っ掛けは些細な違和感からだったんだ」
「しょっちゅう人の頭を乗せたがるヤツのせいでな、最初は気にならなかったんだがある時気付いたんだ」
「人と同じ肌の柔らかさと温もりなのに、その奥から聞こえてくるのまるで歯車の合わない機械同士が擦れて響く様なノイズそのもの」
「思わず俺は聞いてしまったよ、スキズブラズニルな。『アイツらの身体はどうなっているのか?』とな」
「そしたらな、教えてくれたよ。お前達の身体の秘密を」
「それが、私達の身体の中に超兵器機関があると?」
ヴァイセンは無言で頷いた。
超兵器を超兵器たらしめているのは強力な武装でも強靭な装甲でも無く、それらを動かす超兵器機関であると。
これは艦娘とは大きく違う、あくまで艦娘は艤装を装備してこそ本来の技量を発揮するが、装着主それ自体は人間と何ら変わらない。
でなければ、艤装を解体後装着主であった艦娘が人と同様に暮らせる筈がない。
以前ヴァイセンの目の前で、アルウスと播磨が何も無いところから艤装を展開した事がある。
それ以前にも、北方海域で超兵器達の感情の昂りにより機関が暴走しかけた時、機関から漏れ出る光は確かに彼女達の身体から発せられていた。
いや、そもそも“艦娘”を扱えない自分が、何故超兵器達を扱えるのか?
それは艦娘と超兵器とでは根本から全く違うものなのでは無いからではないか。
そしてもう一つの疑問が生まれる。
今自分の目の前にいる超兵器は、一体何処の誰が建造したのか。
「お前達は肉体からして人ともましてや艦娘とも違う。正真正銘のバケモノなんだよ」
ヴァイセンから人間である事を否定され、愕然とし俯いて表情が知れない鏡音は、漸く絞り出す様な声を出した。
「貴方は、一体何が言いたいんです…」
「いえ、アナタにとって私達は何なんです⁉︎ー
心なしか肩が震えているかの様に見えたが、そうと気付かないヴァイセンは無神経に言い放った。
「?バケモノと言ったことが不満なのか。そうだな、言うなれば…取り扱い注意の物騒なモノだな」
その時、鏡音の中で何がプツリと切れた。
気付いた時には既に右手を振りかぶっていた。
次の瞬間空気が破裂したかの様な音が響いた。
「え?」
何が起きたか分からないと言う表情を浮かべるヴァイセンに、手を振り抜いた姿勢の鏡音の瞳からは輝きが失われていた。
彼女がヴァイセンを叩いたのは、自分をモノ扱いされたからでは無い。
世の中には、艦娘であっても使い捨ての道具の様に扱う人間が確かにいる。
永らく海軍に身を潜めていた彼女は、それをよく知っている。
では彼女はヴァイセンの何に対して怒ったのか?
それはヴァイセンが自分達をモノ扱いする時に浮かべた表情。
全く何の躊躇いもなく当たり前の様に言い放った時の顔は、元の世界で自分達を生み出し戦わせた軍人や博士達のそれであったからだ。
彼女がヴァイセンに近づいたのは、あの世界を経験しながらも超兵器達をそばに置くのが、控えめに言っても何処にでも居そうな凡人であった為だ。
唯の軍人であれば、力に狂喜し乱用するかそれとも恐れ怯え遠ざけるか。
そのどれでも無い彼に、彼女が興味を持つのは自然な事であった。
だからこそ、あの時困っていた彼を彼女が助け、後になって近づいたのもヴァイセンが実際はどんな男かを知るという個人的な欲求からであった。
彼女は期待していたのだ、この世界で同じく異邦人である彼とならば共鳴できるのではないかと。
多数の超兵器を従え、それでも凡人であるこの男ならば、自分達を理解しあわよくば協力さえしてくれるのではないか。
そう言った一方的な期待を、目の前の男は無自覚に裏切り踏み潰したのだ。
ヴァイセンに弁護する所があれば、それは彼と彼女とのでの目的意識の差である。
ヴァイセンにとってこの世界から元の世界への帰還が第一であり、超兵器達はその為の道具でしかない。
目的を遂げるまで、道具の扱いには気をつけるがそれは対等なものとしてではない。
それに対し、鏡音はあくまでもヴァイセンと対等であろうとした。
同じ異邦の出身として、或いはそこには女と男の様な感情も芽生えたかも知れない。
つまりは悲しいかな、お互いどこまで行っても自分本位の考えしか持てなかった故の悲劇、いや喜劇であった。
「アナタは、あの人たちと一緒です‼︎何処までも自分勝手で傲慢で何でも思い通りになると思ってる」
「アナタは彼女達の艦長なんかじゃありません。そんな信頼を得る資格さえありません、アナタは所詮無自覚に人を傷つける凡愚です!」
顔を叩かれ夜風に触れて熱を持つ左頬を手で押さえながら、一方的に捲し立てられるヴァイセンは混乱していた。
一体自分の何が気に障ったと言うのか?
無自覚にも、相手が超兵器と分かった時点で知らず知らずのうちにモノ扱いしてしまっている事に気付かないヴァイセン。
ある意味ヴィルベルヴィントとの触れ合いによって超兵器に対する恐怖が薄れてしまった為、かえって兵器としての側面ばかりに目が行きがちになり、それ故恐怖故の配慮を欠いた結果がこれである。
しかし今のヴァイセンにはそれが分からなかった。
ただ一つ言えるのは、彼女がその気になれば自分の頭など簡単に水平線の彼方へと吹き飛ばせると言う事である。
故に彼が抱いた感情が恐怖であった事は当然の結果であった。
ヴァイセンが無様にも後ずさった事で、鏡音にもヴァイセンの恐怖の感情が要と知れた。
(この人は…何処までも⁉︎)
己が命欲しさに、その為に何でもする様な人間を数知れず見てきた鏡音は普段の彼女ならば考えもしなかったであろう事を思う。
(今ここで、この人を除かなければいけない!この人を生かしておけば、あの世界の様に全てを壊してしまうかも知れない)
一方的な期待を裏切られた怒り故か、この時の彼女は冷静ではなかった。
衝動的に決めた事を行動に移そうとし、目の前の男に向かって手を翳した。
「さようなら、私の艦長になってくれるかも知れなかったヒト」
狙いを胸元に定め、トリガーを引き絞った。