超兵器これくしょん   作:rahotu

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23話

鏡音がヴァイセンに砲口を向けトリガーを引き絞ろうとした時、突如衝撃がスキズブラズニルを襲った。

 

「うわっ」

 

「きゃっ、なに⁉︎」

 

鉄がひしゃげる音と共に水柱がいくつも立ち昇り、甲板を水が洗う。

 

甲板の手摺の近くにいた二人は、思わず海に投げ出されそうになる体を必死に手摺に掴まって耐える。

 

水柱と共に巻き上げられた残骸が重力に従って下へと落ち、海や甲板に叩きつけられ彼方此方に散乱する。

 

カン、カーン、と乾いた音が甲板を叩く。

 

幸い残骸が二人に当たることはなく、全身海水でずぶ濡れになりながらも、何とか海に投げ出されずに済んだ二人は揃って顔を上げて何が起きたかを知ろうとした。

 

しかしそうするまでも無く、敵襲を知らせるアラートが鳴り響く。

 

妖精さん達が飛び出し、サーチライトが照らされ海上を探る。

 

そして夜の海の中から水柱が立ち昇り次々と姿を現わす異形の姿。

 

紛れもなく深海棲艦のそれであった。

 

「海中からの奇襲攻撃だと⁉︎くそっ警戒線を抜かれたのか」

 

浮上した深海棲艦は彼方此方に破壊を振りまき、砲声と火災が夜の海を赤く染める。

 

特に積み荷を満載した船は可燃物の宝庫であり、一発当たるだけでマッチの様に火を吹き出した。

 

護衛の艦娘達は突然の海中からの奇襲で浮き足立ち、碌に反撃も出来ぬまま混乱は広がり続け、中には訳も分からぬま炎に巻かれる船もあった。

 

夜の南方海域は一瞬にして鉄火場の地獄と化したのだ。

 

「やっぱり、こうなるのね」

 

「…鏡音ぇ‼︎」

 

鏡音の何か訳を知ってそうな言葉に、ヴァイセンは思わずして声を荒げ彼女を睨む。

 

「お前は何を知っている!」と暗に凄むヴァイセン。

 

「…」

 

しかし鏡音はヴァイセンの詰問に何も答えなかった。

 

ヴァイセンも鏡音が超兵器であると言う事までは知っていても、深海棲艦と繋がりがある事までは知らなかった。

 

しかし先程の物言いから、彼女が手引きしたのではと勘ぐってしまったのだ。

 

それは正鵠を射ていたが、具体的な証拠のない中でヴァイセン自身も咄嗟な事で内心は半信半疑であった。

 

しかし鏡音の態度に、「もしや」と言う不信感を抱くヴァイセン。

 

この世界に来て初めて出会った自分が建造した以外の超兵器に、ヴァイセンは内心期待していたのだ。

 

それと言うのも、超兵器を建造出来る人間が自分以外にいる。

 

つまりは自分と同じくこの世界に流された人間と接触出来れば、自身がこの世界にきた原因が分かるのではないか?

 

ひょっとすれば帰還への糸口になるのではと、期待していたのだ。

 

だからこそ、今まで鏡音を泳がせてきたのだ。

 

それが明日戦場に、しかもこれまでと類を見ない過酷なものに行くとなれば(その実裏切る気満載で南極への逃亡を企てているのだが)、お互い接触を持つ最後の機会と考え行動を起こした。

 

しかしそれが、実は鏡音(正確には彼女に指示を与えた者が)深海棲艦と通じているのでは?と言う衝撃的な疑いを齎した。

 

ヴァイセンの頭に、ふと最悪の予想がよぎる。

 

海軍いや人類と深海棲艦、双方が超兵器を持ち争い合う世界。

 

その果てにあるのは…ヴァイセンが最も恐れる元の世界の再現に他ならない。

 

「中佐、一つ訂正があります」

 

海面を焦がす灼熱の炎に顔を照らし出され、鏡音が言う。

 

「な、なんだきゅうに⁉︎」

 

既に彼女からは殺気は消えていたが、自分が先程まで命の危機に瀕していた事など露とも知らないヴァイセンは思わず間抜けな返事をしてしまう。

 

急なことに慌てたり動転したり、すぐ調子に乗るなどこの男はどこまで行っても凡人である。

 

こんな男を頭に抱く彼女達の苦労は如何程かと、暫く共に過ごした彼女は心の中で嘆息する。

 

「あまり御自分を特別とは思わない事です」

 

「私達は何も『人』の手が無くとも、充分存在できるのですから」

 

「それはどう言う…」

 

ヴァイセンが言葉を続けようとして、その前に鏡音は手摺から身を翻し夜の海へと身を投じる。

 

「なっ⁉︎」

 

思わぬ行動に、駆け寄り海面を見るヴァイセン。

 

しかしそこに彼女の姿を認めることは出来なかった。

 

最初の時と同様突然現れては消える、まるで最初からそこにいなかったかの様に。

 

しかしヴァイセンにそれを考える時間は与えられなかった。

 

『ヴァ〜イセ〜ンさ〜ん。何処に〜いるん〜ですか〜?』

 

『いたら〜返事を〜して〜下さい〜い』

 

『あ、さっきので〜死んでたら〜それは〜それで〜怖いので〜返事〜しなくて〜いいですよ〜?』

 

いつも携行している通信機から、スキズブラズニルのあの間の抜ける様な声が聞こえ、ヴァイセンは急速に焙煎としての立場に引き戻される。

 

急ぎ艦内に戻ろうと背を向けるが、最後にもう一度だけ振り向き真っ暗な夜よりも深い海を見た。

 

去り際、彼女の口から『南極で会いましょう』と聞こえた気がしたからだ。

 

ヴァイセンとして受け取ったその言葉を、今は焙煎としての自分が頭の隅に追いやり、急ぎ状況を確認すべく走り出す。

 

彼女の真意が一体なんなのか、それを知る為にも今を切り抜けなければならなかった。

 

 

 

 

 

夜の南方海域は灼熱地獄と化していた。

 

前線の警戒網を抜け、海中より侵攻した深海棲艦によって陣形は壊乱され、無防備な姿を晒した通常艦が次々と犠牲になって行く。

 

しかしそんな砲弾が飛び交い、灼熱が身体を舐める戦場を颯爽としかも楽しそうに駆ける影があった。

 

「夜戦だー‼︎全艦私に続けー」

 

「姉さん!こんな時に不謹慎ですよ」

 

「そうだよ、夜のライブは大歓迎だけどマナーの悪いお客さんには返って貰わないと」

 

それぞれ上から川内、神通、那珂の三人は、混迷する戦場を颯爽と駆けていく。

 

嘗ての大戦では「華の二水戦」と謳われた猛者の中の猛者達であり、南方反攻作戦が始まる前から前線で戦い続ける海軍屈指の武闘派達である。

 

三人ともそれぞれ部下たる駆逐艦艦娘を引き連れていたが、この混乱の中部下達と逸れてしまい、偶々煩い長女が近くを通りかかったので、それに着いて行っているのだ。

 

「川内ちゃん、本当に皆んなを探さなくて良いの〜?」

 

可愛く顎に手の甲を当てて小首を傾げるポーズを取る那珂。

 

巫山戯ている様に見えて、ちゃんと仲間の事を考える良い娘なのだ。

 

「あの子達も、伊達に修羅場は潜ってきてません。この程度独力で切り抜けられる筈です」

 

那珂ちゃんの問に川内の代わりに神通が答えた。

 

普段は清楚で優しそうに見えて、訓練では一切の手を抜かず、その余りの厳しさから三人の中で一番怒らせてはいけない艦娘と噂されている。

 

「そうだよそうだよ、心配し過ぎだって。」

 

「こんくらいの修羅場、あの時あの時代幾らでもあったじゃない」

 

那珂は心配性だな〜、と笑って済ませら川内。

 

一見すると三人とも、砲火と爆炎が彩る戦場をただ呑気に喋って散歩しているかに見えるかもしれない。

 

しかし、彼女達の通った後には無数の深海棲艦の残骸が散らばっていた。

 

三人とも会話しながら、常に周囲に気を配り互いの死角をカバーしながら時に不意打ちを、時に魚雷を使った狙撃を繰り返し夜の闇から闇を縫う様に駆けて行く。

 

艦娘として新たな生を受け、人の身を持った事で可能となる絶技を、彼女達はこの戦場で発揮していた。

 

三人の先頭を行く川内は、ただ闇雲に進んでいるわけではない。

 

深海棲艦の海中からの奇襲により、戦線が崩壊しつつある今、早晩後退命令が撤退命令に変わるのは時間の問題であった。

 

それを分かっているからこそ、脱出は部下達に任せ、自身は殿として戦場を駆け回り機動防御に徹している。

 

一見これは部下に対する責任放棄とも取れるかもしれない。

 

しかし歴戦の艦娘たる彼女達は、この様な場合何よりも生き残る確率が高いのは、全員が揃っての撤退ではなくむしろその逆、隊列も何も関係なく全員がバラバラの方向に逃げる事であると知っている。

 

秩序立って撤退すれば、敵の追撃を諸に被ってしまう。

 

しかし、算を乱し秩序も何もなく脱兎の如く逃げ出せば、少数が討ち取られても全体の被害は最も低くなるのだ。

 

そして、彼女達の部下は命令せずともそれが出来る位には修羅場は潜っている。

 

それくらいには後ろの二人程ではないが、部下達を信頼している川内。

 

最も本当ならその後ろの二人にも、逃げて欲しいと川内は思っていた。

 

しかし、言葉に出さずとも二人とも姉の意を汲みその上でここに居るのだ。

 

一瞬、川内は振り返り後ろの二人の表情を見た。

 

神通は何時もの通り凛とした表情であり、那珂はこちらの視線に気づくと。

 

「きゃはっ、那珂ちゃんスマーイル」

 

と顔の前でVの字を作ってみせる。

 

那珂ちゃんはどんな所でも那珂ちゃんのままなのである。

 

いつもと変わらぬ二人の様子に、川内も又覚悟を決めた。

 

ここを死に場所と定めたからには、最後まで自分達らしく、二水戦の誇りとともに華々しく散ろう。

 

そう覚悟を決めた三人は最早唯の艦娘に非ず。

 

死兵と化した彼女達は、仲間の血路を開くためそして黄泉への行き掛けの駄賃代わりにと、次から次へと砲撃と雷撃で出来た大輪の華を咲かせて行くのであった…。

 

 

 

 

一方トラック諸島司令部では、真夜中に叩き落とされた古崎大将は折角の睡眠を妨害され不機嫌さを隠す事も無く、作戦司令部へと向かっていた。

 

「一体全体何だと言うのだ?私の睡眠を邪魔する位大事な事なのか」

 

声に苛立ちを乗せたまま、司令部へと続く廊下を歩く古崎大将。

 

「それが、前線が敵の夜襲を受けた様で…」

 

と古崎大将を起こしに来た士官は、大将の怒気に当てられ自信なさげに答えた。

 

その様子に益々不機嫌になる古崎大将。

 

そもそも高が夜襲位でこうも大騒ぎするなど、海軍の末端は如何なっているのだと古崎大将は憤慨した。

 

そして、こうした時いつも自分の近くにいて辛気臭そうな顔をしている筈の男がいない事に気付いた。

 

「矢澤は、参謀は如何した?何故来て説明せん」

 

「小官は唯、参謀殿より閣下を司令部にお連れする様にとしか」

 

つまりこいつは「自分では何も知りません」と目の前で言っているのだ。

 

最早何を聞いても無駄だと悟った古崎大将はその後無言で歩き続けた。

 

そして司令部に入るなり矢澤参謀を呼び出そうとして…その惨状に唖然とした。

 

普段は整然としている司令部が、今夜だけは騒然としいや、狂気していた。

 

彼方此方で怒号や悲鳴が上がり、床には書類が散らばるままになり誰しもが混乱していた。

 

「一体全体これは…何が起きたんだ」

 

それらを只呆然と見るしか無い古崎大将の傍に、いつのまにか矢澤参謀が立っていた。

 

普段の何処か人を馬鹿にした様な表情は今夜ばかりは鳴りを潜め、かわりに焦りと疲労の色が浮かんでいた。

 

「古崎大将、断片的な情報から推測したに過ぎませんが、今から15分程前前線は敵の夜襲を受けたとの報告がありました」

 

「規模は夜間の為正確な数は把握できませんでしたが少なくとも数個艦隊相当が浸透してきた模様です」

 

数個艦隊規模が前線の懐に侵入したとの報告に、古崎大将は前線の監視は一体如何したのだと怒鳴りたくなった。

 

あからさまな職務怠慢どころか、軍法会議で銃殺刑ものの失態に古崎大将は何か言おうとしたが、その前に矢澤参謀より衝撃的な事実が伝えられる。

 

「敵は、前線を突破するのでは無く海中から突如出現、いや浮上した様です。それも艦隊規模でです」

 

「潜水艦が浮上したのを見間違えたのでは無いのか?」

 

「目の前で戦艦や軽巡が浮上するのを見たとの報告があります。他にも同様の報告が後を絶ちません」

 

古崎大将は思わず絶句した。

 

深海棲艦による大規模浸透戦術。

 

それが事実ならば、従来の戦争の形が根底から覆る事になりかねないからだ。

古崎大将の頭の中を、最悪の予想がよぎる。

 

前線の崩壊と共に雪崩を打って侵攻する深海棲艦と、潰走する味方諸共吹き飛ばされるトラック司令部の姿を夢想し、それを防ぐために非常な決断を彼は下した。

 

「急ぎ予備艦隊で第二次戦線を構築。浸透突破を図る敵の侵入を防げ」

 

「前線の艦隊は?如何するので」

 

「前線は遺憾ながら放棄する。急ぎ艦隊を撤退させ第二次戦線戦力に吸収、全軍の崩壊は何としてでも防がねばならん」

 

古崎大将の決断にさしもの矢澤参謀も絶句した。

 

事実上前線の艦隊を見捨てると言う決断に、司令部も水を打ったように静まり返る。

 

「前線には以後独力で第二次戦線へと合流するよう通達せよ。それと基地航空隊司令部にも夜明けと共に前線への阻止攻撃を要請する」

 

古崎大将が言い放った指示に、矢澤参謀の背中に薄っすらとだが冷や汗が流れた。

 

夜明けまでに艦隊が撤退できなければ、敵味方諸共爆撃機部隊によって吹き飛ばされると言うのだ。

 

人道や倫理的観点から言えば全くの外道の行いであるが、しかし参謀としての職責を果たすべく矢澤参謀は自らの良心に蓋をする。

 

「分かりました、急ぎ艦隊に通達します」

 

古崎大将に向かって敬礼する矢澤参謀の手は、少しだけ震えていた。

 

 

 


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