超兵器これくしょん   作:rahotu

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24話

スキズブラズニルが攻撃に晒される中、漸く艦橋へと戻った焙煎を待っていたのは非難の声であった。

 

「ど〜こ〜行って〜たんですか〜⁉︎周りの〜皆んなは〜やられちゃい〜ましたよ〜」

 

緊急事態だと言うのに相変わらず声が間延びするスキズブラズニルに対し、焙煎は「まだ船は沈んではいない」と答えた。

 

「状況は」

 

焙煎は簡潔に聞いた。

 

それに対しスキズブラズニルは「何を今更」と恨めしそうな目をしながら聞かれた事に答える。

 

「今は〜ヴィルベルヴィントさん〜達が〜迎撃に出て〜いますけど〜、最初の〜奇襲で〜機関部の一部を〜やられちゃって〜今〜修理〜している〜所です〜」

 

恐らく別の者が言えばもっと早くスムーズに済む報告も、スキズブラズニルでは聞く方に其れ相応の忍耐力を要求した。

 

しかし、付き合ってもうソコソコの長さになら焙煎は間延びする部分を排除して要点だけを切り出していた。

 

(状況は良くないか。スキズブラズニルの修理にどれ位かかるかによるが、グズグズしてれば敵が集まってくるかもしれない)

 

鏡音の裏切りと言う自体にあって、焙煎は深海棲艦の狙いが自分達だと勘違いしていた。

 

まさか、前線の全域に及ぶ大規模浸透など彼の想像の埒外にあった。

 

「被害は動けない程か、それと修理にはどれ位かかる?」

 

「融合路の〜調子が〜良くないので〜、万全には〜一日〜欲しいです〜」

 

「予備動力が〜あるので〜動けない〜事は〜ないんですけど〜、10ノット以下しか〜出ませんよ〜」

 

融合路と言う単語が出た辺りで焙煎は嫌な予感がして居たが、聞いてみた限り状況はある意味今までで一番危機的なのかもしれない。

 

周囲を敵に囲まれしかも此方は満足に動けないとなれば、生命の危機を感じざる得ない。

 

と焙煎が考えていた所にスキズブラズニルが「思い〜出しました〜」と更に爆弾を落とす。

 

「これ〜届いて〜ましたよ〜」

 

スキズブラズニルより手渡された紙には、トラック司令部より前線にいる艦隊に向けての命令が書かれていた。

 

それを読み終えた時、焙煎の手は震え思わず紙を握りつぶしてしまう。

 

「急ぎ機関を始動、一刻も早くこの場を離れるんだ⁉︎」

 

突然人が変わったかの様に慌てて指示を出す焙煎に、スキズブラズニルの方も面食らった。

 

「どうし〜たんですか〜?ヴァイセン〜さん〜」

 

「いいから早く前線から離れるんだ、でなきゃ夜明けと共に敵味方諸共吹き飛ばされるぞ‼︎」

 

焙煎の只ならぬ様子と気迫に押され、スキズブラズニルも慌てて機関部に指示を出す。

 

焙煎がふと艦橋の窓から外に目を向ければ、夜の海は昼間の様に赤々と炎が燃え広がり、彼方此方から砲声が鳴り響いていた。

 

あの炎の中では絶えず誰かの命が薪として焚べられ、そうでなければ凍える様な水底に取り込められ二度と戻っては来れない。

 

しかし今目を通した命令書の通りの事が実行されれば、それ以上の事が起きるであろう事は、凡人としてよ想像力しか持たない焙煎にも容易に想像出来た。

 

(願わくば、一人でも多く逃げ延びられれば良いのだが…)

 

味方を見捨て逃げるん算段を立てながらも、焙煎は心の内でそう思わずにはいられなかった

 

 

 

 

 

 

迫り来る魚雷を回避しようと身を捩り、体を傾けようとしたその瞬間背中から胸を貫通して手が生えていた。

 

「ガハッ⁉︎」口から黒い液体が飛び散り、ガクガクと身体が震える。

 

「足元に注意を向けすぎたな。背中がお留守だったぞ」

 

底冷えする様な無機質な声で事実を淡々と述べるそれは、さしずめ死神の様に聞こえた。

 

胸から生えた腕が抜き取られ、水面に倒れ伏し底へと沈み込む身体。

 

薄れ行く意識の中最後に見たのは何処までも暗く深い海の底と、自分を見下ろす相手の顔であった。

 

闇夜に映える美しい銀髪に、鋭利な容貌そして獲物を狙う金色の瞳。

 

それが最後に見た光景であった…。

 

 

ヴィルベルヴィントは腕を振るい、手に付いたオイルと血を振り払うとザッと周囲の様子を見渡した。

 

(酷いものだ…)

 

簡潔に言ってそれ以外の感想を言いようがない程、周囲の有様は凄惨であった。

 

元の世界でも、これに比肩する或いは凌駕する出来事などそれこそダース単位で見てきたヴィルベルヴィントであっても、矢張り見ていて気持ちの良いものではない。

 

「お姉様、ご無事で」

 

飼い犬が主人を見つけ寄り添う様に、ヴィントシュトースも又敬愛する姉の傍に立つ。

 

恐らく見えない尻尾を千切れんばかりに振っている事であろう。

 

それに対しヴィルベルヴィントの反応は淡白に「ヴィントシュトースか」、とだけ呟いた。

 

つれない態度だが、それでヴィントシュトースがへこたれる事はない。

 

寧ろ彼女にとって、姉とこうして轡を並べて立って戦場にいる事こそ誉であるからだ。

 

「周辺の掃討は済みました。それと艦長からですが…」

 

「ああ、聞いている。一刻も早く此処を離れる必要が有るが、流石に置いていく訳にもいかないからな」

 

奇襲によりスキズブラズニルが機関部に被弾した事は、既に自分や他の超兵器達も知っていた。

 

成ればこそ焙煎の指示では無く各人が此処の判断で迎撃に出たのも、スキズブラズニルを失うには惜しいと感じていたからだ。

 

「兎も角移動しながらの防衛戦になる。長丁場になるが平気か?」

 

「これでも超兵器の端くれ、お姉様のお手は煩わせませんは」

 

そう頼もしく答えるヴィントシュトースに、ヴィルベルヴィントの方も少しだけホッと笑みを見せる。

 

長い夜を駆けるのにこれ程頼もしい共は無い、そうヴィルベルヴィントは感じるのであった。

 

 

 

その一方他の超兵器はと言うと…。

 

「おりゃおりゃおりゃーっ‼︎サッサとくたばるん、ダゼ」

 

スキズブラズニルに攻撃を加えていた敵に向かって、遮二無二突撃をかましたアルティメイトストームは敵中でそれこそ好き勝手暴れまわっていた。

 

その姿は有り体に言って人間台風であり、近くにいた深海棲艦は次々と吹き飛ばされアルティメイトストームが通った後には無残な残骸が残っているだけであった。

 

「おいストーム⁉︎あたしら背中が弱いんだから、あんまり前に出るなよ〜」

 

そうは言いながらも、ちゃっかり自分も加わり背中を自身から発艦した水雷艇に任ている辺り、デュアルクレイターもイイ性格をしていた。

 

「後、あんまり敵を深追いするんじゃないよ」

 

「分かってるん、ダゼ。デュアルの姉貴」

 

そう和かに笑ってみせるアルティメイトストームに、デュアルクレイターは内心「本当か〜?」と疑いの目を向けていた。

 

そもそもお互い、役割が被っている事と同じ時期に建造された事で組まされているが、デュアルクレイター本人は誰かのお守りは正直苦手であった。

 

自分の本分は敵に突撃する事にあり、その自分を差し置いてアルティメイトストームが敵に突っ込んでしまうので、仕方なく援護してやってるに過ぎない。

 

それでも自身の守りと並行して水雷艇と火力の組み合わせ、アルティメイトストームの背後を守っている辺りデュアルクレイターも唯の脳筋では無い。

 

正直な感想として、手の掛かる子供だとデュアルクレイターはアルティメイトストームを見ていた。

 

一方アルティメイトストームはどうかと言うと。

 

(あれ?今日はいつもよりやり易いな〜?調子がいいん、だぜ!)

 

と呑気に思っていた。

 

アルティメイトストームは、元の世界では自身の力のみならず他の通常艦船や航空機との共同で解放軍艦隊を苦しめた知将と言うイメージがある。

 

しかし当の本人の中身はアレであり、元の世界での活躍はつまりは乗っている人間のお陰であった。

 

前の世界での指揮官は色々と個性的であり、海軍のクセに「水行艦は不要!」とか言ったり。

 

そうかと思えば戦闘海域に潜水艦隊を配置したりなど、有り体に言って卑きょ…形振り構わない所があった。

 

その反動なのか、この世界で建造されたアルティメイトストームは見事にアホの子と化していた。

 

だから弱点だとかそんなまだるっこしい事は彼女の頭の中には無い。

 

有るのは唯、好きに戦っていると言う事実のみで有る。

 

しかしそうでありながらも、次々と挙げる戦果は彼女も矢張り超兵器である事を示していた。

 

総じてこの二人は、噛み合うようで噛み合わないのに何故か上手くいく。

 

そう言う不思議なコンビとなっていた。

 

 

 

 

海中と言う思わぬ死角から奇襲に成功した深海棲艦達は、それこそ死と破壊の権化であった。

 

体制の整わぬ艦娘や通常艦船を一方的に叩き潰し。

 

燃料を満載したタンカーが真ん中から真っ二つに引き裂かれ、漏れた中身が血の代わりに水面に広がり、炎となって燃え盛る。

 

熱さと炎から逃れようと海に飛び込んだ人間は、今度はTPボート達の機銃の餌食となり無残な蜂の巣となって波間を漂う羽目となった。

 

必死に抗おうとする駆逐艦艦娘の足を、海中から駆逐艦イ級が食らい付き水底へと引き込み。

 

そうでなくとも、炎に巻かれ逃げ場もない艦娘をいたぶる用に砲火でズタボロにして沈める。

 

中には船の残骸に挟まれた仲間を助けようと必死に手を引っ張るのを、残骸諸共吹き飛ばしもした。

 

思いつくだけの残虐な行為は、戦場において全て許容される。

 

それこそ深海棲艦と人類との種の存亡をかけた絶滅戦争だ。

 

そこに「容赦」の二文字は無い。

 

だからこそ、それは彼女達にも当てはまる事だ…。

 

周囲の獲物を粗方燃やし尽くした深海棲艦達は、次の獲物をスキズブラズニフに定めた。

 

夜間でも目立つその巨大な艦影は炎によって浮かび上がり、錨も上げず全く身動き出来ない巨大なマト相手に射的をするだけの簡単な仕事。

 

一方的に敵を蹂躙する興奮に沸き立つ彼女達は、挙ってスキズブラズニフに砲を向けた。

 

号令と共に一斉に砲弾を放とうとし…突如として艦隊の端の一角が吹き飛ばされた。

 

慌てて砲撃を中止し、味方が吹き飛ばされた方を見るとそこには一つの影があった。

 

夜の闇にたなびく長い銀髪に、金の瞳、まるで此処が戦場ではなく散歩道の様に、それは自然とそこに立っていた。

 

一瞬で艦隊を吹き飛ばしたと言うのに、ソイツは自分に向けられる殺気や悪意にまるで興味なさげにその場に棒立ちでいるだけで。

 

その様子に味方をヤった下手人を見つけた深海棲艦は、今度は其方の方に砲口を向ける。

 

しかし、この時彼女達は余りに事が上手く運び過ぎて油断していた。

 

つまり本来あってはならない戦いに酔っていたのだ。

 

そしてその代償は直ぐに支払われる事となる。

 

砲口を向け照準を定めようとした刹那、ソイツが一瞬自分に向けられる数々の砲口を見たかと思うと既にその場から消えていた。

 

隠れたのでは無い、寧ろその逆猛烈な勢いで自身に向けられる砲口に近づいてくるのだ。

 

その余りの早さに怖気付き先走った味方が、狙いも疎らなまま砲撃を始める。

 

それに釣られて他の艦も次々と砲撃を開始する。

 

しかしそれらの多くは狙いが甘く、敵に向かうどころ見当違いの方向に飛ぶか或いはもっと手前に落着し水柱を巻き上げるだけに終わった。

 

その間にもソイツはスピードを上げどんどんと近づいてくる。

 

しかもこちらの砲撃をまるで嘲笑うかの如く、回避する素振りすら見せずにだ。

 

此処にきて、初めて相手が異常だと気付いた深海棲艦は、後は統制も何もなく、唯近づけない様に出鱈目に砲撃を行うしか無かった。

 

この相手には今までの方法は通用しないと、そう悟ったとしても彼女等にはそれしか方法が無かったのだ。

 

そうこうする内に、端から2番目にいる艦隊とソイツが接触した、かと思うとソイツは既に次の艦隊へと移動していた。

 

では2番目の艦隊がどうなったかと言うと、全艦が最初の時と同様一瞬の交差の内に撃沈されていた。

 

その一瞬に何があったか、それは此処にいる誰もが分からなかった。

 

分かるとすれば、直接その瞬間を見た者かだけかも知れないが、生憎とそれを知っている彼女達は今は海の底。

 

彼女達に出来るのは、この正体不明の化け物相手に無意味と知りつつも砲撃の手を緩める事なく、続けるしかなかった。

 

化け物が端から順々に艦隊を喰らい、その度に砲撃の数は減り、数が減った分次の艦隊が食われる早さが増す。

 

最早彼女達の士気は完全に折れていた。

 

つい先程まで戦果と虐殺を欲しいままにした自分達が、一転して今度は化け物に食われる立場に転落したのだ。

 

逃げ出そうにも、化け物が余りに早くその暇すらない。

 

そうこうする内に残るは一個艦隊のみとなっていた。

 

最後の足掻きとばかり、残る砲弾や対空機銃さえも動員して必死に弾幕を形成するが。

 

ソイツのあまりの速さに、砲弾や銃弾は遥か彼方に飛び去り、遂に艦隊との距離が目と鼻の先にまで近づかれていた。

 

誰かが「あっ」と言ったかと思うと、目の前が真っ白に染まった。

 

それが彼女達が最後に見た光景であった。

 

 

 

 

 

 

スキズブラズニルを狙う深海棲艦の艦隊を殲滅したシュトゥルムヴィントは、鬱陶しげに髪を搔き上げ「はーっ」と熱い息を漏らした。

 

肺の中に籠る熱を全て吐き出し、その後夜の冷たい空気を取り込んだことで少しだけ身体の火照りが抑えられるような気がしたが、いまだ胸の超兵器機関は、熱い鼓動を続けていた。

 

所々彼女の姿を見れば、服は破け主砲の砲口は溶けており艤装の彼方此方には被弾によるものでは無い黒い焦げが目立つ。

 

搔き上げた長い銀髪にしても、普段の絹地の様な滑らかさは無く、所々跳ね上がり毛先の方は焦付きさえしていた。

 

(やはり、そう上手くは行かないか…)

 

今の自分の有様を見て、シュトゥルムヴィントは一人内心そう思った。

 

先の奇襲で機関部を損傷したスキズブラズニルを守る為出撃した超兵器達だが、偶然にもシュトゥルムヴィントは攻撃態勢にある深海棲艦の艦隊を発見し、彼女は一にも二にも無く突撃したのだ。

 

既に深海棲艦は照準を済ませ今直ぐにでも砲口から砲弾を撃ち出そうとしていた。

 

唯でさえ機関部に被弾し、しかも融合路が不安定な状態にある中でこれ以上の被害は最悪の場合周囲一帯を巻き込んでの自爆もあり得た。

 

故にシュトゥルムヴィントは多少強引な手を使ってでも、早急にしかも敵がスキズブラズニルに攻撃を加える前に深海棲艦を殲滅する必要性に迫られたのだ。

 

幸い、敵はある程度の感覚で横広がりに艦列を組んでいた。

 

圧倒的優位な状況で、まさか横合から襲撃を受ける事など考えておらず、横陣を組んで最大火力をスキズブラズニルにぶつけようとしていた。

 

シュトゥルムヴィントにとって幸いだったのは苦手な細かな針路変更が少なくて済む事と、彼我の位置関係であった。

 

シュトゥルムヴィントが深海棲艦を発見したのは、横広がりにの更に端の位置であったからだ。

 

後はこのままビリヤードのボールの様に真っ直ぐに自身を敵の横列に打ち込むだけだが、彼女には少しだけ問題があった。

 

シュトゥルムヴィントは超兵器の中で“最速の水上艦”との異名を取るほど速力に特化し、且つヴィルベルヴィントの反省を活かし装甲も厚い。

 

では何が問題かと言うと、単純に殲滅能力に欠けるのだ。

 

シュトゥルムヴィントの主兵装は41㎝三連装砲に誘導魚雷七連六基42門、他にロケット砲に各種ミサイルランチャーを多数装備しているが、何れも時間あたりの殲滅能力は心許ない。

 

これが仮に播磨であれば、御自慢の巨砲群の圧倒的火力で容易に殲滅して見せるだろうし、認めたくは無いがアルウスならばそもそも雲海のごとく湧き出す航空兵力によって敵艦隊を全て同時に攻撃出来るだろう。

 

そもそも自分達超高速巡洋戦艦の基本的運用は、敵艦隊の殲滅などでは無く速力と航続距離を活かしての一撃離脱である。

 

姉のヴィルベルヴィントでさえ、海軍との演習の際3個艦隊を文字通り翻弄こそすれ殲滅までには至らなかったのだ。

 

ではどうするかと己に問えば、それは自ずと分かりきった事であった。

 

いまだ艦隊のどの超兵器も“本来”の性能を完全には発揮出来ていないとは言え、限定的な状況下に於いて自身の能力を引き出す事が出来る。

 

つまり先の北方海域での海戦の様に、超兵器機関の暴走を引き起こせばこの事態を打破できるのだ。

 

しかしこれには幾つかの弱点があった。

 

超兵器機関の暴走はそもそもそう容易に起せる事ではないのが一つと、第二に機関を暴走させた後誰がそれを沈めるかであった。

 

だが、シュトゥルムヴィントは艦隊生活の中でこれを解決するヒントを既を知っていた。

 

具体的には当事者では無いが、その当事者の一方を悪い意味でよく知っている彼女は、一体どうすれば良いのかを分かってしまったのだ。

 

(アイツのマネをするのは癪だが、仕方無い)

 

意を決し、敵艦隊に突撃したシュトゥルムヴィント。

 

その結果はどうなったかはご覧の通りであるが、少なからず彼女もダメージを受けてしまっている。

 

シュトゥルムヴィントが行ったのは敵艦隊に高速で突撃をかけながら、アルウスが播磨に対して行ったのと同じ事を同時に行い、超兵器機関の動脈の最高点で一気に力を解放。

 

力の奔流によって擬似的に粒子加速器を行い、荷電粒子砲となった41㎝三連装砲砲を至近距離で撃ち込んだのだ。

 

碌な防御装置を持たない深海棲艦が、荷電粒子砲を至近距離で食らえばどうなるかなど非を見るに明らかだった。

 

それを敵が殲滅するまで繰り返し、結果敵艦隊を速やかに排除出来たが、その代償として彼女の身体と艤装の双方にダメージが残る結果となったのだ。

 

(しかしこれでスキズブラズニルへの脅威は排除出来た)

 

レーダーや他の超兵器から送られてくる情報を見るに、スキズブラズニル周辺の敵の掃討は済み、後は足取りの重いスキズブラズニルを抱えて道を切り開く段階に移っていた。

 

艤装も主砲と幾つかの機銃や装備がダメになったが、それでもこの戦いを乗り切るのに十分な余力は残っている。

 

シュトゥルムヴィントは、周辺に敵がいない事を確認してから艤装の各種ハッチを全て解放した。

 

ボゥ、と熱い熱風が艤装内から解放され、代わりにファンから外部の冷たい空気が送り込まれる。

 

過去に例があるとは言え、ぶっつけ本番で試した弊害は身体と艤装の彼方此方に出ていた。

 

超兵器機関の暴走を抑える意味でも、この段階での排熱は必須であったのだ。

 

そうして急速に艤装と身体が冷えてくるのを感じながら、シュトゥルムヴィントは次の再起動に備え今出来るチェックを行おうとした。

 

それを見ている者がいるとも知らずに…。

 

シュトゥルムヴィントが瞬く間に深海棲艦の艦隊を葬った時、確かにあの場に攻撃態勢に入っていた深海棲艦は全部であった。

 

しかし、忘れてはならない。

 

今の深海棲艦は“潜れる”と言う事をだ。

 

 

シュトゥルムヴィントが波が不自然に揺れた事に気付いたのは、全くの偶然であった。

 

しかし気付いた時には全て遅きに失していたのだ。

 

今のシュトゥルムヴィントは超兵器機関の冷却が済むまで、一時的にしろ戦場で棒立ちになってしまっている。

 

それは下にいる者にとって、それこそ待ちに待った好機到来を意味していた。

 

息苦しい海の中にジッと身を潜め、相手に気取られぬ様エンジンを切って潮の流れに乗り、相手の真下に着くまで耐えに耐え切ったのだ。

 

今の今まで、上野味方が次々と沈める中、全く身じろぎもせず、しかし視線だけはジッと獲物を見続けていた。

 

それが今ベールを棄て去り、海中から姿を現した時、それを見たシュトゥルムヴィントが浮かべた驚愕の表情が、これが全くの想定外である事を物語っていた。

 

シュトゥルムヴィントの足元から飛び出したのは深海棲艦の重巡リ級flagship。

 

夜戦において艦娘達からデストロイヤーと恐れられる艦種であり、その火力は一撃で戦艦や空母を大破せしめる程だ。

 

そらは今のシュトゥルムヴィントにとっても当てはまる事である。

 

何故なら、先の戦闘で今のシュトゥルムヴィントは少なからず損傷しており、しかも今は機関が冷却中の為完全に停止していて回避が出来ない。

 

常であれば、並の戦艦を上回る耐久性と敵の砲弾を幾らでも弾き返す重装甲だが、この時は排熱の為艤装の彼方此方のハッチは解放状態であり、敵の攻撃に対して全くの無防備であった。

 

咄嗟に迎撃しようとしても、主砲は使えずそもぞこの距離で使用できる火器は限られており、仮に自爆覚悟の攻撃を行ってもそれによって更なる危機的状況に追い込まれる。

 

万事休す、そう思ったシュトゥルムヴィントはリ級の振り下ろされる腕と共に撃ち出される砲弾を唯黙った見ているしかなかった…。

 

かの様に思われた時。

 

突然目の前でリ級flagshipが横から機銃弾の嵐を受け、吹き飛ばされたのだ。

 

何が起きたのか、それを唯呆然と見ているしかなかったシュトゥルムヴィントだが、次に耳元から聞こえるあの不快な声で、その正体を知った。

 

『全く、犬のクセに足元すら見えないのね?おバカさん』

 

「お前は⁉︎」

 

顔を上げて夜空をよく見れば、いつの間にかシュトゥルムヴィントの上空を守る様に戦闘機の群れが飛び交っていた。

 

今この場において危険な夜間飛行を、しかも部隊規模で行える者など彼女は一人しか知らない。

 

シュトゥルムヴィントを救ったのは、彼等元いそれを操る超巨大高速空母アルウスであった。

 

「…礼は言わないぞ」

 

『あら、感謝の言葉も言えないなんて、やっぱり躾がなってない駄犬ですのね。アナタ』

 

フン、と不快感満載にして鼻を鳴らしたシュトゥルムヴィントは、一方的にアルウスとの通信を切った。

 

気に食わない相手であるが、しかし危機を救われた事は確かだ。

 

しかし心情的に感謝の言葉などアイツに対して万が一にも言いたくないシュトゥルムヴィントは、アルウスに借りが出来た事だけは覚えた。

 

きっちり受けた借りを耳を揃えて返す決心をしながら、今は任務に集中すべくシュトゥルムヴィントは再び戦場に駆け戻った。

 

 

 

 

 

 

一方的に通信を切られたはと言うと、「やれやれ」といった呆れ顔の表情を浮かべ首を横に振っていた。

 

「アレも姉を見習えば良いのに。彼方の方が大分素直です事よ」

 

貴女もそう思うでしょう、とパラソルをクルリと回して後ろを振り返ったアルウスは、播磨にそう言った。

 

「全く、この艦隊は不思議ですなぁ。ウチら元は敵同士やおまへんか?」

 

まだ艦隊に来て間もない播磨にとって、元の世界で嘗ては敵味方の陣営に分かれて戦ったもの同士が、こうして轡を並べしかも相手を助けたりする様を見て、不思議と思わない筈がなかった。

 

そもそも、自分がこうしてあの“アルウス”と一緒にいる事さえ、今の播磨にとって衝撃的な事なのだ。

 

「アンタらシコリとかおまへんのか?」

 

「今の私達にとって今更ですわよ、その質問は。そもそも私達は今も昔も『かくあれ』と望まれただけの存在」

 

「道具は道具らしく、ちゃんと使われれば良いのよ」

 

アルウスにとって普段はどうであれ、こと戦場においては個人的な感情よりも命令や任務が何よりも優先される。

 

こらは彼女の建造国であるアメリカ的合理主義であると同時に、艦隊への献身と任務への成果にはそれ相応に報いなければならないと考えているからだ。

 

先のシュトゥルムヴィントにしろ、スキズブラズニルに危機に際し我が身を顧みず危険な真似をして敵を殲滅している。

 

その後足元がお留守だったのはどうかと思うが、そうでなくとも有用な“兵器”であればそれを救うのはやぶさかでは無い。

 

信賞必罰、これが組織の鉄則であり彼女達が曲がりなりにも艦隊として行動出来る理由である。

 

「それよりも準備は出来まして?貴女」

 

「そりゃあ十分時間は稼がしてらもらいまっしゃたからね。ウチはいつでも」

 

「なら、始めますわよ」

 

今アルウスと焙煎が居るのはスキズブラズニルの前部甲板であった。

 

アルウスの周囲には空間モニターが幾つも投影されており、それぞれが戦域に散った夜間偵察機からの情報が流れていた。

 

そしてアルウスの前に立つ播磨は、その巨大な艤装の中でも一際巨大な二本の塔の様な超巨大砲を夜空に向けている。

 

砲撃の衝撃を吸収する為踵から甲板に向かってバンカーで固定され、艤装からも幾つもの錨が巨大な砲を支える為に放射線状に撃ち込まれていた。

 

アルウスから送られてくる管制の指示に従い、二本の超巨大砲が微調整し準備が調う。

 

そして夜空に向けて爆音と共に二つの流星が撃ち出された。

 

砲撃の際発生した衝撃によってスキズブラズニルの甲板が割れて凹み、しかも船体が前に沈み込んで周辺の物が衝撃波で吹き飛ばされる。

 

アルウスはパラソルを盾にすることで衝撃波から逃れたが、砲撃の衝撃で一時空間投影型モニターとの通信がシャットアウトされ、しかも危うく廃莢された溶岩塊の様な巨大な空薬莢で火傷しそうになった。

 

周囲に破壊的な衝撃波を齎した播磨の超巨大砲だが、しかしてその成果は絶大であった。

 

「…貴女、中々おやりになるのね」

 

アルウスは回復したモニターから着弾観測を行っていた夜間偵察機からの光景を見て、思わずそう言わずにはいられなかった。

 

水平線の遥か彼方、スキズブラズニルの針路の途上にあった深海棲艦の艦隊はたった二つの砲弾によって文字通り壊滅していたからだ。

 

着弾した場所には巨大な渦が出来ており、浮かび上がっては消える幾つもの黒い破片が、そこに艦隊がいた事を示していた。

 

何がどうすればこうなるのか?

 

アルウスは改めて自分達の身長の二倍程もある、この馬鹿げた超巨大砲を見上げた。

 

建造当初の播磨が装備していなかったそれは、元はスキズブラズニルが開発費用の水増しによる資材の着服の為“だけ”に設計し作った所謂ゲテモノの類に属する有り体に言って浪漫の塊であった。

 

『100㎝対要塞攻城砲』

 

それが、この兵器いや鉄塊の正式名称である。

 

攻城砲の名の通り、これは陸上拠点に対する攻撃用に作られたが、そもそもデュアルクレイターンやアルティメイトストームなど揚陸戦力が揃っている今、これの価値は『こんなもの作っちゃった』と言う以外の価値は無い。

 

そう無かった筈なのだが、何をどうしたか播磨がこれを見つけて装備した結果彼女は海に浮かぶのもやっとの状態になってしまった。

 

何故こんなゲテモノ兵器を装備したかと言うと、本人に聞いても『浪漫』の一言で済ませてしまう。

 

スキズブラズニルにしても、まさかこれを装備する「馬鹿」は居ないだろうと倉庫に放置していたが、装備して碌に動けない播磨の姿を見て腹を抱えて大笑いする始末。

 

(尚この後資材着服と不正建造の罪が発覚し、スキズブラズニルの食事は三食昼寝オヤツにデザート付きから、罰として毎食麦飯と塩だけに変わってしまった)

 

兎に角貴重な戦力が置物と化してしまったのだが、ことその威力に於いては前述の通り。

 

まさに「破格」の一言に尽きる。

 

ネタ兵器とは言えしっかりと戦場と選べば、運用次第では凶悪な兵器と化す事は間違い無い。

 

今回アルウスが播磨のサポートに回っているのも、そう言った理由からだ。

 

後一つには、吝嗇な焙煎が毎回毎回ボーキサイトを大量に海に投げ捨てる様な戦い方をするアルウスにとうとうキレて、必要最小限且つ後でしっかりと艦載機を回収する事を義務付けたからだ。

 

これによって彼女の強みである物量作戦が事実上潰えた事になり、仕方なく今回も精々哨戒機と艦隊直営を合わせても、高々200機しか飛ばせていなかった。

 

故に彼女は今回、艦隊の目の代わりになる以外仕事が無かったりする。

 

そうこうする内にスキズブラズニルが機関を漸く始動しゆっくりと進み始める。

 

象の様に緩慢で亀の様に鈍いその速度は、一刻を争う今実際の速度以上に遅く感じられた。

 

だが彼女達には焦れこそすれ焦りははそこに全く無かった。

 

それもその筈、既に超兵器達は脱出の一手を打っていたからだ。

 

 

 


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