超兵器これくしょん   作:rahotu

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大分間隔が空きましたが、何とか投稿出来ました。

今回は少し長いです。




26話

スキズブラズニルはドレッドノートからの情報に従い、針路を変更し前線から離脱しつつあった。

 

既に周辺の脅威は超兵器達により排除済みであり、このまま何事も無ければ夜明けまでには間に合うなと焙煎はホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「一時は如何なるかと思ったが、何とかなったな」

 

「本当〜です〜ね〜。ヴァイセン〜さんは〜どっか〜行っちゃうし〜、船は〜壊れるし〜」

 

一体全体誰の所為なんでしょう?と言いたげな表情を見せるスキズブラズニル。

 

「仕方ないだろ、こっちにも色々と事情があったんだ…」

 

と言葉を濁しながら鏡音との事を思い出し、若干落ち込む焙煎。

 

彼女が超兵器だったとは言え、焙煎的には実に好みなだけあってその彼女にフラれた事で少しだけショックを受けているのだ。

 

「色々って〜逢引き〜してた〜事ですか〜?」

 

「な、何故知っている⁉︎」

 

スキズブラズニルに鏡音と逢っていた事を指摘され、動揺する焙煎。

 

しかしこれは焙煎が明らかに油断していたが為だ。

 

「何でって〜私〜これでも〜艦娘〜?ですよ〜。船の〜事が〜分からない訳〜無いじゃ〜ないですか〜」

 

「なっ⁉︎」

 

今明かされる衝撃の真実に絶句する焙煎だが、よくよく考えればスキズブラズニルはこの船の艦娘なのだから当たり前と言われれば当たり前だ。

 

「因みにだが、何処まで知ってる?」

 

恐る恐ると言った風に聞く焙煎に、スキズブラズニルはさも当然とばかりに爆弾を投げ返す。

 

「う〜んと〜、ヴァイセン〜さんが〜補給品に〜隠して〜持って〜来た〜物で〜部屋の〜中で〜」

 

「いや、そんなんじゃ無くてっ⁉︎てか、お前そんな事まで知っているのか」

 

男の秘密を知られ慌てる焙煎に、しかしスキズブラズニルは一転真面目な表情を見せ。

 

「いや、私そこまでプライベートを侵害するつもりは無いので。そんな気配がしたら全力で知らんぷりして他の事をしますので」

 

と即答され、焙煎としては「あ、そうですか」と返すしかない。

 

しかし、油断したとは言え艦内で何が起きているか全てが分かるスキズブラズニルに、焙煎はこの際と言う事で怖いもの見たさで聞いてみた。

 

「因みに、超兵「ヴァイセンさん、それ以上はいけません」あ、はい」

 

普段の特徴的な間延びする声さえも忘れ、それこそ今まで見た中で一番真剣な表情をして言うスキズブラズニルに、焙煎はそれ以上追求する事が出来なかった。

 

兎に角、超兵器に関してはタブーだと言う事で、焙煎とスキズブラズニルの共通認識が成立した。

 

そうこうしている内に、スキズブラズニルはゆっくりとだが着実に進みつつあった。

 

しかし、このまま上手く行くかに見えた時、又新たな厄介事が降りかかってきた。

 

それも、最もと始末に負えない類のものが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを最初に見つけたのはデュアルクレイター達であった。

 

デュアルクレイターから発艦した小型水雷艇達は、対潜哨戒網も兼ねてスキズブラズニルを中心に円形のピケットラインを敷き、周囲の警戒に当たっていたのだが、その内の1隻がある漂流物を見つけた事に始まる。

 

「ん?またぞろ変なものでも見つけたか」

 

哨戒に出したこと水雷艇から送られて来た情報に目を通し、頭を掻くデュアルクレイター。

 

彼女の水雷艇は大量に運用出来こそすれ、その大半が無人化されていた。

 

と言うよりも、超兵器達が運用する航空機と言った小型機はその殆どが無人機で運用されていた。

 

これは元の世界での世界大戦の結果、人口が払底し人的資源の補完の為無人機化が進められた結果である。

 

特に消耗激しい航空機や水雷艇、戦車に駆逐艦、果ては戦争末期にはコントロールに失敗した無人造船所から無人艦が艦種の区別無く生み出され、戦後に大きな禍根を残す事になる。

 

基本使い捨ての無人艦だからこそ、センサー類やカメラを積んでいても、実際の運用や判断は人間が下す必要がある。

 

つまりデュアルクレイターを悩ませているのは、この無人艦から送られて来た物を自身の目で確認するするべきか否かなのだ。

 

「漂流物っても、こんな暗くちゃカメラからの画像じゃ何が何だか分からないな。こんなんなら暗視装置位積んでおくべきだったか」

 

そう自戒するデュアルクレイターだが、しかし漂流物をこのままにして置く訳にもいかなかった。

 

もしこれが仮に危険なものであれば、その存在を知らせなければならないし、逆に何も無くても機械の方はどうすべきかの判断を一定の時間ごとに送ってくる。

 

その際一々此方のリソースを割かれるのも面倒と言えば面倒である。

 

無論、無視し続ければその内辞めるのだが、彼女の性格として一度気になったものは放ってはおけない。

 

そもそも現状実は手が余っていた。

 

「デュアルクレイターの姉貴、さっきから何やってるんだ?だぜ。珍しく悩んだりして、らしくないんだぜ」

 

「煩いよアルティメイトストーム。あたしゃお前と違って色々と考える事があるの」

 

「うわー、ひっでーんダゼ」と後で喚く馬鹿を放っておいて、デュアルクレイターは兎に角現場に行ってみる事にした。

 

「アルティメイトストーム、少し気になる事があるから此処を任せたよ」

 

「あ、待ってよデュアルの姉貴〜⁉︎なんだぜ」

 

制止するバカを無視して、反応のあった方に向かうデュアルクレイター。

 

一応念の為他の超兵器達に持ち場を離れる事を伝えたが為、周辺の掃討は終わっているのであまり心配はしていなかった。

 

しかしそれはとんだ思い過ごしであった事を、彼女はこの後知る事となる。

 

既に夜半を過ぎ日の出までもう間も無くといった所か、デュアルクレイターは行って確認して帰ると言った気持ちで反応のあった場所に向かっていたが、しかし直ぐにその見通しが甘かった事に気付く。

 

「?ありゃ唯の漂流物なんかじゃないぞ」

 

水雷艇から送られて来たデータに従い、現地に到着したデュアルクレイターは目を凝らしセンサー類を動員して直ぐにそれを見つけた。

 

無人艦のレーダーでは唯の漂流物しか分からなかったが、しかし高性能な暗視装置を備えるデュアルクレイターはその物体の細部まで克明に見分けられた。

 

波間に漂うそれは、今にも沈みそうになりながらも必死に何かに掴まっている。

 

それは紛れも無くヒトであった。

 

「不味い⁉︎」

 

デュアルクレイターは脇目も振らずに漂流者の方に走って行った。

 

相手がどの位漂流したかは知らないが、夜の海に長時間使っていれば体温と体力を奪われてしまう。

 

実際デュアルクレイターのサーモグラフィーには、漂流者と周囲の温度差が殆どない事を確認していた。

 

グングンと近付いて行くデュアルクレイター。

 

彼女は間一髪の所で漂流者を海から掬い上げ、両手で相手の身体を抱えた。

 

「おい、確りしろ!おい、おい」

 

何度も呼びかけるが、相手からの反応は無い。

 

よく見れば、漂流者の正体は艦娘であった。

 

背格好から駆逐艦クラスか、しかし背中の艤装はとうに失い、両足に履いている筈の推進装置は滅茶苦茶に破壊されていた。

 

服や髪所々焼け焦げ、彼女があの地獄の様な戦場の生存者である事を物語っていた。

 

「おい、返事をしろ。所属と階級は?自分の名前は分かるか⁉︎」

 

取り敢えず呼びかけ続けるが、デュアルクレイターの目には相手のバイタルが低下しているのが見て取れた。

 

艤装の加護を失った艦娘はそれこそ、そこらの少女と変わり無い。

 

それと知って戦わせる海軍や提督達は一体何を思うのか?しかし今はそれを考えている暇は無い。

 

デュアルクレイターは急ぎターンしてその場を離れながら、スキズブラズニルに通信を繋いだ。

 

「こちらデュアルクレイター、漂流者を発見。救助するも意識不明の重体、至急搬送を求む」

 

「繰り返す、至急搬送を求む!」

 

デュアルクレイターは相手が返事を返すまで何度も繰り返すつもりであったが、直ぐにスキズブラズニルから返事が返ってきた。

 

『デュアルクレイター、こちら焙煎だ。救助者は一人か?』

 

「こちらデュアルクレイター、救助者は一名艦娘恐らく駆逐艦クラスかと思われる。非常に危険な状態だ、直ぐに手当てしなければ助からない」

 

『分かった、一名だな。こちらでも受け入れ準備は既に始めている、ドックまで救助者を連れて来てくれ』

 

「了解、超特急で連れてってやるよ」

 

取り敢えずこれで一先ずは安心だと、デュアルクレイターはふーっ、と息を吐き汗を拭った。

 

デュアルクレイターにお姫様抱っこされている駆逐艦艦娘は、いまだに目を覚まさないがスキズブラズニルに着けばもう心配は無いなと、彼女は思っていた。

 

自分自身、スキズブラズニルの驚異的な能力は身を以て知っている為、例え沈んだとしても彼女ならサルベージして完璧に修理してくれる位には、デュアルクレイターはスキズブラズニルを信頼していた。

 

最も流石にバラバラにされては流石の彼女もお手上げだろうが、そう言う意味ではこの駆逐艦は運がいい。

 

少なくとも五体は満足に付いているし、失った艤装も直ぐに代わりが作られる筈だ。

 

そう思っていた時、腕の中に抱かれていた駆逐艦が目を覚ました。

 

「う…う、こ、ここは…?…アナタ、だれ?」

 

所々要領を得ない言葉であったが、しかし相手の意識が回復した事でデュアルクレイターはホッとした。

 

「気が付いたな、何心配するな直ぐに修理してやるからな」

 

デュアルクレイターはそう陽気に答えたが、しかし突然腕の中で駆逐艦艦娘が暴れ出した。

 

「た、助け…なきゃ。皆んな、を…助け…!」

 

「待て待て待て、そんな身体で何しようってんだい⁉︎傷口が開いちまうよ」

 

暴れる彼女を、しかしその力は弱々しく簡単にデュアルクレイターに抑えられてしまう。

 

錯乱する彼女を見て、デュアルクレイターは鎮痛剤を投与すべきだったかと後悔したが、しかし腕の中で抑えられている駆逐艦艦娘は弱々しい声でしきりに助けを求める。

 

「助け、なきゃ。皆んなを、助け…な、きゃ」

 

「お願いだから大人しくしてくれよ。何もう助けは来たって」

 

デュアルクレイターは何とか落ち着かせようと出来るだけ優しい声を出したが、しかし助けを求める彼女の言葉にふと違和感を覚えた。

 

(コイツ、さっきから誰に助けを求めてるんだ?いや、ダレを助けて欲しいんだ?)

 

「おい、お前以外にも誰か逃げて来たヤツがいるのか?どうなんだ」

 

「助けなきゃ、皆んなヤラレちゃう…助け、なきゃ」

 

しかし返事は曖昧として要領を得ず、兎に角相手を安心させる為デュアルクレイターが何気無く呟いたひとことが切っ掛けとなった。

 

「分かった、皆んな助けてやるからな。な、だから今は大人しく…「本当ですか‼︎」おお⁉︎」

 

いきなり腕の中で彼女が大声を出したので、両手が塞がっているデュアルクレイターは聴覚にモロに大音量を受けてしまった。

 

キーンとする耳を頭を振って振り払いながら、しかし腕の中で彼女は一気に捲したてる。

 

「皆んな、まだ彼処にいるんです…でも私だけ、足手纏いで、被弾して流されて…」

 

「まだ皆んな戦っているんです!戻らなくちゃいけないんです‼︎」

 

一気に言い切った後、彼女はそこでフッと糸が切れた彼女は様に再び微睡みの中に舞い戻る。

 

色々な事があったストレスと、そこからの解放が彼女の緊張の糸を切ってしまったのだ。

 

そこで漸く耳の痛みから戻ったデュアルクレイターは、とんでも無い事を聞いてしまったと若干呆れていた。

 

「さてはてどうしたもんか…?ま、取り敢えず今はコイツを運ぶ事が最優先だな」

 

そう決めると、デュアルクレイターは機関部を一気に全力まで上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザブンっとドックに張った水に、何かを浸ける音が響く。

 

高速修復材で満たされたプール型ドックに入れられた駆逐艦艦娘は、増幅された自然治癒力により急速に怪我が治っていく。

 

その横では壊れた装備と失われた艤装の修復材と再建作業が進み、1日もすればまた元通りに戻るだろう。

 

「全く、いつ見ても不思議な光景だ。アレに浸けるだけで、艦娘なら手足が吹き飛んでも又元通りに治るんだからな」

 

そう呟く焙煎だったが、しかしそう呑気に言ってられる状況では無かった。

 

「で、見つかったのか?」

 

「アルウスからの報告では先程偵察機が例の艦娘達を発見した。距離的にはそう遠くは無いな」

 

弾薬の補給に戻っていたヴィルベルヴィントが、非常に淡々とした声で報告した。

 

「それと矢張りだが追撃を受けている。如何にも多数の負傷者やボートに人を乗せて曳航している様でこのままでは追いつかれるそうだ」

 

「彼女達が独力で解決出来る可能性は?」

 

「ハッキリした事を聞く、その可能性はゼロだ。間違いなく全滅する」

 

ヴィルベルヴィントは容赦無く断定したが、焙煎も又同じ考えであった。

 

デュアルクレイターが見つけた駆逐艦艦娘の口から、近くに同じ様な艦娘達がいるとの報告があり、その対応を迫られた焙煎は一先ず付近を捜索する事を指示した。

 

そして本人としては極めて『残念』な事に、その艦娘達を発見してしまったのだ。

 

「厄介な事になったな、ヴィルベルヴィント」

 

焙煎としては逃走する艦娘達が見つからなければと、内心思っていたが為にふと出た言葉だった。

 

聞く者によっては焙煎の人間性を疑われるかも知れないその言葉を、しかし聞いていたのはヴィルベルヴィント唯一人であった為誤解される事は無かった。

 

「針路的には此方から動かなければ遭遇する事は無いが、如何する艦長?」

 

「如何するもこうするも…」

 

焙煎としても何か考えがある訳では無い。

 

彼にとって現状は厄介事が向こうからやって来た様なものなのだからだ。

 

「言いにくければ、私から伝えようか?」

 

焙煎とは一番長く深い付き合いであるヴィルベルヴィントは、その心情を慮ってさり気なくそう伝えた。

 

焙煎としてもそうしてくれれば有難いが、しかし幾つかの懸念事項があった。

 

まず今回の決断でヴィルベルヴィント以外の超兵器達が如何反応するのかが一つ、特に播磨は元の世界では日本国出身の超兵器だ。

 

彼女が暴れれば尋常では無い被害が出かねない。

 

もう一つに救助した駆逐艦艦娘の身柄を如何するのか。

 

付け加えるのなら、扱い如何によっては完全に海軍との関係が決裂してしまう事が一つ。

 

考えればまだまだ幾らでも心配の種は尽きない。

 

以前とは自分達が置かれた状況が全く違うのだ。

 

前の時は降り掛かる火の粉を払う事もあったが、今は此方が火中の栗を拾う様な真似をしなければ良いだけの話。

 

「追撃する艦隊が勢いそのままに此方に突っ込んで来る様な事は…」

 

「針路的に先ずない。相手とは全く反対の方向に動いているからな、そもそも勝ち戦に乗る軍が態々敵の少ない場所に向かう理由が無い」

 

ヴィルベルヴィントにそう返され、「だろうな〜」と心の中で呟きはーっ、とため息を吐く焙煎。

 

現在焙煎達は前線の端、殆ど敵味方のいない場所を選んで進んでいる。

 

そもそも、余計な戦闘を行わない様に指示しているのだから当たり前だ。

 

しかし、ここに来てその状況が変わりつつあった。

 

「分かった、その事は俺の口から直接伝えようか」

 

「いいのか?」と心配そうな表情を浮かべるヴィルベルヴィント。

 

しかし焙煎は頭を横に振って乾いた笑みを浮かべ。

 

「元々俺の都合から出た話しだ。なら俺から直接言うしか無い」

 

「何を〜ですか〜?」

 

しかしそこに第三者から声がした。

 

焙煎は出来れば振り返りたく無かったが、しかし声のした方を振り返って見た。

 

「ヴァイセンさ〜ん、一体〜何を〜伝えるん〜ですか〜?」

 

そこにはいつも通り特徴的な間延びする声の、しかし冷たい目をしたスキズブラズニルが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァイセンさん〜、一体何を〜決めたんですか〜?」

 

スキズブラズニルはそう言いながら焙煎に詰め寄る。

 

彼女は、ドックに収容し入渠した駆逐艦艦娘の容態を見る為、偶々通りかかった所で二人の会話を聞いてしまったのだ。

 

平均的な身長よりも上な焙煎を遥かに見下ろす彼女の圧迫感に、たじろぎしそうになる中何とか踏ん張って耐えて見せる焙煎。

 

しかし完全に覆い被さる様な形で焙煎を見下ろすスキズブラズニルには、そんな事は関係無かった。

 

「ヴァイセンさん〜、私が〜今聞いた〜のが〜聞き間違いで〜無ければ〜」

 

「今〜追われている〜艦娘さん達を〜見捨てるって〜言いませんでした〜?」

 

一言一言にこれまで彼女から感じた事の無い圧力が込められ、普段超兵器達からのプレッシャーに慣れている筈の焙煎もその圧力に立っているだけで精一杯になった。

 

「黙って〜無いで〜、答えて〜下さいよ〜!」

 

苛ついたスキズブラズニルは手で焙煎の襟首を掴んで持ち上げる。

 

後ろで見ていたヴィルベルヴィントが流石に止めようしたが、しかし焙煎は目で彼女の動きを止める。

 

(これは俺の仕事だ!)とその目がハッキリと伝えていた、

 

焙煎は凡人だか、凡人なりに精一杯張る虚勢と言う物があった。

 

「スキズブラズニル、俺は確かに言った。彼女達を見捨てると、俺達は助け無い」

 

しかし焙煎が最後まで言い切る事は出来なかった。

 

その前にスキズブラズニルが激昂し、声を張り裂けんばかりに挙げたからだ。

 

「っ〜〜〜‼︎ふっざけないでよ!何で、何で見捨てるんですか‼︎如何してそんな事が言えるんですか⁉︎何で、如何して‼︎」

 

「仲間じゃないんですか‼︎散々お世話になっておいて、都合が悪くなったからハイサヨナラって‼︎そんな我儘、許されないですよ‼︎」

 

「如何して平気な顔でそんな事言えるんです‼︎アナタには人の心が無いんですか‼︎」

 

途中から支離滅裂になりながらも、焙煎を糾弾するその声にドック内で作業をしていた妖精さん達がワラワラと集まって来る。

 

彼等の目には、又いつもの通り焙煎とスキズブラズニルとがぶつかっただけに思われたが、今回ばかりは如何にも様子が違った。

 

普段は直接的な暴力を嫌うスキズブラズニルが、焙煎の襟首を掴んで持ち上げて締め上げているのだ。

 

これが只事では無い事は直ぐに分かった。

 

そして何人かが事態を問いただそうとするも、焙煎の後ろにいるヴィルベルヴィントの厳しい視線によっていすくめられ、その無言の圧力の前にすごすごと退散するしか無かった。

 

その間にも一気に捲したてて息切れを起こしたスキズブラズニルが「はぁ、はぁ、はぁ」と息を荒げていた。

 

しかしいまだ襟首を掴んだままの手を、ジッと黙って事態の推移を見ていたヴィルベルヴィントが優しく、しかし有無を言わさぬ態度で解いた。

 

「もう良いだろう」

 

ゆっくりと優しく語りかける様でいて、その実何の感情も読み取れない声でヴィルベルヴィントはそう言った。

 

だが興奮覚めやらぬスキズブラズニルはキッ、とヴィルベルヴィントを睨む。

 

しかし何処までも冷徹な眼差しを返され、そのまま何も言えず目を伏せる。

 

焙煎も焙煎で、漸く拘束から抜け出して「ゲホゲホ」と喉を抑え、その無様な姿にスキズブラズニルはもうこれ以上何も言う気が失せていた。

 

そして無言でいる事に耐えられないスキズブラズニルは、焙煎達に背を向けて走り去ってしまう。

 

「はーっ、はーっ」

 

漸く息を整えるることが出来た焙煎は、走り去るスキズブラズニルの背中に何も言わず、唯皺くちゃになった襟首を正した。

 

ヴィルベルヴィントの方も焙煎に「追いかけないのか?」とは決して言わなかった。

 

しかし言わなくとも、焙煎にはヴィルベルヴィントの突き刺さる様な目つきで、大体何を言わんとしているのかが丸わかりであった。

 

だが全てを知った上で、焙煎は何も追求しなかった。

 

「何をしている?ヴィルベルヴィント、お前も用が済んだらさっさと持ち場につけ」

 

焙煎はそう言って深く帽子を被り直し、その場を後にする。

 

その背中は何処となく寂しそうであり、ヴィルベルヴィントはこの誰にも理解されない男の背中を、消えるまで唯ジッと見ている事しか出来なかった。

 

そして焙煎の背中が消えた後、誰に聞かせるわけでも無くヴィルベルヴィントはポツリと、一言呟いた。

 

「不器用な男だ」

 

 

 

 

 

 

 

ドック内で起きた出来事は、妖精さん達の噂話と言うネットワークに乗り、直ぐに艦内全てに知れ渡った。

 

ドックでの作業中に起きた事の為、詳しい話の内容は分からないが、スキズブラズニルと焙煎との間で言い争いが起き、その結果二人の中が決定的となった事だけは分かった。

 

この話は瞬く間に妖精さん達を不安にさせた。

 

妖精さん達にとって一応名目上の指揮官である焙煎と、実質的に艦隊の全てを司るスキズブラズニルとの対立は、唯の喧嘩などでは無いからだ。

 

スキズブラズニルは言うなれば艦隊の生命線だ、戦闘に建造更には生活全般に至るまで彼女がいなくては回らない。

 

だからあの暴虐無人を絵に描いたような超兵器達も、我儘を言っても出来るだけ迷惑を掛けないようにしている。

 

一方の焙煎も妖精さん達の認識では色々とアレな所もあるが、雇用主であり何よりも自分達を守ってくれる超兵器達を建造出来る唯一の存在と言う事で、この艦隊の武力を司っている。

 

元々不仲だったとは言え、今まで上手くやれて来たのは、曲がりなりにもこの二人が協力してきたからに他ならない。

 

だが、その二人の仲が拗れれば如何なるだろう?

 

スキズブラズニルは焙煎に反抗するかもしれない、そうなった時焙煎が超兵器達の力を背景に武力で抑えないと誰が言えよう。

 

そうなった時果たして自分達は如何なるか?

 

最悪艦隊を二つに割っての内乱となるやもしれない。

 

その結果が如何なるかは分からないが、確実に悪い事になるのは間違い無かった。

 

こんな時、妖精さん達は何も出来ない我が身の無力を嘆くのである。

 

妖精さんはその在り方から誰かに使役されて初めて力を発揮する事が出来るのだ。

 

その力を誰かの為に使えても自分達には使えない。

 

出来る事と言えば艦娘とは違い自分で主人を選ぶ事位しか無く、それとて主人次第でどちらにでも転ぶのである。

 

だから妖精さん達に出来るのは、何事も無く無事に事態が治ってくれるのを祈り待つしか無かった。

 

一方で、祈る者もいれば積極的な行動する者も又いるのである。

 

そうして時として、この様な蛮勇こそが事態を解決する事が無きにしも非ずなのであった。

 

 

 

 

 

焙煎達に背を向け走り去ったスキズブラズニルは、部屋の中引き篭もりベットの中に蹲っていた。

 

元々余り綺麗とは言えない部屋の中は、床一面に物が散らばり壁に叩きつけられたチタン製のカップが曲がってそのままになっていた。

 

散々暴れ、それでも治りきらない怒りと悲しみがいまだにスキズブラズニルの心の中に渦巻いていた。

 

スキズブラズニルはドック艦である、その名の通り彼女は戦うのでは無く傷付いた船を直し、破壊するのでは無く新しく生み出す存在である。

 

彼女がいた世界では、帝国から祖国を救う為そして踏みにじられた国や人々を解放する軍を最後まで支え続けた。

 

決して戦場には出る事が無かった彼女だが、それ以上に彼女の存在によって大勢の人々が結果的には救われている。

 

スキズブラズニルが最も尊敬する人物もまた、彼女の在り方に関係している。

 

祖国を追われ世界中の海を戦い続け、恐ろしい超兵器達にも果敢に挑み続けたその人は、しかし決して外道に落ちる事無く。

 

傷付いた仲間を助け、敵であってもその救いの手は変わらず、例え信頼していた部下に裏切られても許し、国や果ては人類の為にその身を犠牲にする事も厭わない高潔な心。

 

その在り方を間近に見てきた彼女だからこそ、焙煎のやり方にはついていけないのだ。

 

人間的にも、軍人としても彼女が今まで見てきた中で下の下、比べるとしたら同じ名前のあの傲慢な独裁者にして世界の敵、皇帝ヴァイセンヴェルガーくらいなものだ。

 

そこまで考えた時、突然部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 

誰か来たのだろうか?そう思うスキズブラズニルだが、今は誰にも会いたく無いと言う気持ちであり、そのまま無視する事にした。

 

シーンと静まる部屋の中、こちらが無視をして相手の方も反応が無いので諦めて帰ったのか、それ以上相手からの反応は無かった…かと思いきや。

 

「邪魔するぜ」

 

の一言共に、鍵を掛けたはずのドアノブがひしゃげ誰かが部屋の中にヌッと入ってきた。

 

特徴的な赤髪に褐色の肌、それは駆逐艦艦娘を救助したデュアルクレイターであった。

 

思わぬ人物の登場に、ベットの中から顔だけを出して呆然とするスキズブラズニル。

 

しかし部屋の中に遠慮も無くズカズカと入ってきたデュアルクレイターは、物が散乱する床から椅子を見つけ出して掘り起こし、背もたれを前にしてスキズブラズニルの方を向いて座った。

 

「よ、調子はどうだい?」

 

空気を読まない突き抜けた陽気な声で、デュアルクレイターは開口一番そう言った。

 

突然の事に目をパチクリとさせるスキズブラズニルだが、直ぐに慌てた様子でどもりながらも自分の部屋に入ってきた闖入者に返事を返した。

 

「い、いいい、一体〜何の〜様ですか〜?」

 

先程焙煎相手とは言え、ヴィルベルヴィントの前で啖呵を切って見せた姿はそこには無かった。

 

いまだに超兵器達との距離感が掴めない彼女は、殆ど彼女達との話した事は無かったのだ。

 

一方で超兵器達もスキズブラズニルとは碌に会話した事も無く、デュアルクレイターとて今日初めて声をかけた程だ。

 

しかし、デュアルクレイターの口調や雰囲気にはそんな事など微塵も感じさせない大らかさがあった。

 

「艦長と喧嘩したんだって〜、何が起きたか私に話して見ない?」

 

「ど、どうして〜あ、貴方に〜言う必要が〜あるん〜ですか〜」

 

緊張しつつも、いつもの調子で話すスキズブラズニルに、しかしデュアルクレイターは笑いながらそんなに緊張しなくていいと告げる。

 

「なに、私って最近出来たばかりでまだこの艦隊の事な〜んも知らないからさ。人に聞こうにも知ってるのは艦長にジャガイモコーヒー狂野郎にアンタだろ」

 

と指折り数えるデュアルクレイター、しかしスキズブラズニルは彼女が言った言葉に驚いていた。

 

デュアルクレイターが言うジャガイモコーヒー野郎とは、間違いなくヴィルベルヴィントの事を指していたからだ。

 

この艦隊で自分が生まれる前から、焙煎に付き従う最古参のヴィルベルヴィントをジャガイモコーヒー野郎などと。

 

そんな風に呼ぶ相手なんて今まで彼女の身近にはいなかったのだ。

 

精々妖精さん達は畏敬と畏怖を込めて風の三姉妹の長女と呼び、他の超兵器もアイツとは呼んでも、決してジャガイモコーヒー野郎などとは聞いた事さえ無かった。

 

「そ、それ〜聞かれたら〜マズいんじゃ〜ないですか〜⁉︎」

 

「いやだって、アイツ皮を剥いたジャガイモみたいに生白いし、挙句にかなりのコーヒージャンキーなんだぜ?」

 

「知ってるか?アイツ、艦長に自分が作ったコーヒーを美味いと言わせる為だけに、自分で豆を調合したり妖精さんに無理を言って機材を作らせたりするんだよ」

 

「あ、これアイツには絶対言うなよ、オフレコで頼むぜ」

 

と茶目っ気たっぷりにウィンクして見せるデュアルクレイター。

 

確かにヴィルベルヴィントの肌は白いが、それを剥いたジャガイモみたいにと表現するのはいま初めて聞いたし、

 

そもそも妖精さん達にコーヒーメイカーを作らせるという無茶も、今日初めて聞いた。

 

何だか今までスキズブラズニルが思っていたヴィルベルヴィントのイメージが、ガラガラと音を立てて崩れるようだった。

 

「あ、でも」とそこでスキズブラズニルは思い出したことがあった。

 

それに食いついたデュアルクレイターが、「何々、聞かせてよ」と催促するので、思い出したことを語り始めた。

 

スキズブラズニルが生まれてまだ間もない頃、その当時スキズブラズニルの船体を超兵器達は勝手に弄り回して思い思いに改造を施しており。

 

アルウスは船1隻丸ごと養蜂場に変え、シュトゥルムヴィントは船底に謎のファイトクラブとか言う秘密クラブを作り、その中でヴィルベルヴィントはあろう事か自室に足湯を作ったのだ。

 

しかしどうやら配水管の工事に失敗し、自室の洗面台や風呂場に流れる水がすべて海水となってしまった。

 

「それで、どうなったのさ?」

 

とデュアルクレイターが興味深々に聞けば。

 

「ヴィルベルヴィントさん、海水で髪を洗ってしまって折角のストレートヘアーがゴワゴワになってしまって、その日一日艦長の前に姿を見表さなかったそうです」

 

普段キリッとしていてクールビューティーを気取っている彼女が、一生懸命海水でボロボロになった髪を梳かしているさまを想像し、吹き出すデュアルクレイター。

 

他にもヴィルベルヴィントのポンコツっぷりを示す話題は意外な程尽きない。

 

デュアルクレイターも、身近にいるアルウスの空回りっぷりや、アルティメイトストームのおバカっぷりを時に情感たっぷりに、時にコケティッシュに語り、スキズブラズニルの心を解きほぐす。

 

そうこうする内に、自然とスキズブラズニルの緊張感も取れ目の前の超兵器に対する警戒心も薄らいでいた。

 

そうして話しが一段落した時、改めてデュアルクレイターは何が起きたかを聞いた。

 

最初の時とは違い、デュアルクレイターの巧みな話術によって距離感を近づけていたスキズブラズニルは、今度は正直に話し始めた。

 

「実は………」

 

デュアルクレイターはスキズブラズニルの話を、それもあの特徴的な妙に間延びする声を途中相槌を打ちながらもしかし決して否定も肯定もする事なく、最後まで辛抱強く聞き続けた。

 

「…そういう事なんです」

 

最後まで話し終えて、スキズブラズニルはまた心の奥底からムカムカと苛立つ衝動が湧き上がってきた。

 

そして話を最後まで聞き終えたデュアルクレイターはと言うと。

 

「おし、それじゃいっちょやるか!」

 

と膝を手で叩いて立ち上がった。

 

突然椅子から立ち上がったデュアルクレイターに驚いて、目を剥くスキズブラズニル。

 

「い、一体〜何を〜するん〜ですか〜?」

 

「?決まってんだろ、助けたいんだろ。なら行こうじゃないか」

 

「で、でも〜ヴァイセンさんが〜」

 

「艦長はこの際関係ないだろ?要はお前の気持ち次第なんだよ」

 

突然自分の気持ち次第と言われても、今まで碌に人に伝えた事のないそれを、今更言葉にする事などスキズブラズニルは中々上手く出来なかった。

 

「今迄艦長やアイツらに好き放題されっぱなしだったんだろ?ならここはいっちょお前の本気を見せてやらなにゃ」

 

そう言われて、スキズブラズニルは今迄の事を思い出していた。

 

艦娘として目覚め勝手に自分の船体を弄くり回されて、挙句に追い詰められて無理やり戦場に引っ張りだされた事多数。

 

しかも艦長は人でなしの色ボケムッツリ禿げで、超兵器達は我儘だわ怖いやら人の話を聞かないやら。

 

それらを思い出し、スキズブラズニルの心の奥底で鬱屈し溜まっていたありとあらゆる感情がマグマのように沸々と煮え立った。

 

(そもそも何故自分が遠慮しなければならないのだ、この艦隊を支えているのは誰なのか一度分からせる必要がある!超兵器達にしても、半分以上は私が建造したんだから、つまり私が彼女達のお母さんなんだ!)

 

(娘の躾をするのも親の義務な筈‼︎)

 

 

と訳の分からない理論で自己完結をし、そしてその滾りが頂点に達した事で、スキズブラズニルは篭っていたベットから飛び起きると、デュアルクレイターの手を両手で握り何時もと打って変わって真剣な表情で言った。

 

「デュアルクレイターさん、私〜いっちょ〜かまして〜来ます‼︎」

 

「おう、やってやれ。あと、艦長はオッパイに弱いからいざとなったら遠慮はするな」

 

「はい!」

 

と力強く返事をするスキズブラズニルだが、途中でとんでもない事を言われた事に気付きもせず、部屋から飛び出していく。

 

その後ろ姿を「ガンバレヨ〜」と手をヒラヒラさせて見送ったデュアルクレイター、今度はずっと扉の影に隠れていた人物に声を掛けた。

 

「よお、私が出来るのはココまでだよ」

 

「いいや十分だ、感謝する」

 

そうして影から出てきたのは、何とヴィルベルヴィントであった。

 

素直に頭を下げる彼女に、デュアルクレイターは「よせやい」と頭をポリポリと掻く。

 

「元はと言えば私が余計な事をしたせいだからな、これくらいは責任は取るさ」

 

そう言って笑うデュアルクレイターだが、実は彼女は大体の事のあらましをヴィルベルヴィントから伝えられていたのだ。

 

そして艦隊分裂の危機を前に、こうして自らひと肌脱ぐことでせめてもの償いをしているのだ。

 

「で、実際な所どうなんだ?私が出来たのは唯焚き付けただけだぜ」

 

「いや、それで良いんだ。艦長もスキズブラズニルも変に遠慮する事が有るからな、この位が丁度いい」

 

デュアルクレイターは「そう言うもんかね〜」と言いながら、心の中では。

 

(良く艦長の事を見ているようで、愛しちゃってんだね〜)

 

とヴィルベルヴィントの事を茶化していた。

 

「ん、何か言ったか?」

 

「いんや、何も。ああ〜〜それじゃ私は持ち場に戻るは」

 

と言って誤魔化しつつ部屋を後にしようとした時。

 

「その前に、少し待て」

 

と後ろから肩を掴まれたのである。

 

「ん?話は済んだじゃないのか」

 

と首を傾げるデュアルクレイターに、ヴィルベルヴィントは何気ない調子でしかしその実手に圧力を込めて決して逃さない様にしてから言った。

 

「一体誰が、ジャガイモコーヒー狂野郎なんだ」

 

(ええー、今そこ聞くー⁉︎)

 

デュアルクレイターは個人的にはこのまま何も聞かなかった事にして立ち去りたかったが、しかし肩を掴まれたしかも相手は超高速巡洋戦艦である。

 

足で負けている以上逃げる事は不可能であり、しかも自分の弱点である背後を取られて正に絶体絶命の大ピンチ。

 

「ええとだな、それは、そのこう言葉のあやと言うか…」

 

何とかこの場を切り抜けようとするが、しかしヴィルベルヴィントの氷の眼差しによってそれ以上なにも言う事が出来なかった。

 

実は聞いた本人も、誰がジャガイモコーヒー狂野郎なのか純粋に気が付いておらず、唯何となくここで聞いておかなくては、後で誤魔化されるだろうと言う直感に従った迄の行動であった。

 

つまりお互い不幸なスレ違いが発生してしまっているのだ。

 

こうしてヴィルベルヴィントポンコツ伝説に新たな一ページが加えられる事となる。

 

元の世界での評価がアレ過ぎて、返って自己がどう評価されているのかに疎いし、それを言った本人の前で一切の悪意なく聞いてしまうと言う事が、この後直ぐ艦隊に広まるのであった。

 

尚当事者のデュアルクレイター曰く。

 

「二度と体験したく無い出来事だった」

 

と後に語ったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

スキズブラズニルは激怒した、かの邪智暴虐の色ボケでハゲ頭の艦長を必ずや翻意させなければならないと、固く誓っていた。

 

スキズブラズニルは政治が分からぬ。

 

しかし人一番正義には敏感であったのだ…。

 

 

 

こうして謎のナレーション(妖精さんの悪ふざけ)と共に、艦橋に続くエレベーターに乗るとそのまま上を目指す。

 

スキズブラズニルのビル十数階分に相当する高さを一気に登りきり、中へと続く扉の前に立つと後はこのまま勢いに任せて部屋に入り込み、焙煎に直訴する腹積もりであった。

 

『…で、いい…な…よ』

 

しかしいざ艦橋に入ろうとした時、中から話し声がして出鼻を挫かれた。

 

スキズブラズニルはこう言う時でも他の人に遠慮してしまう、実際奥ゆかしい大和撫子的な性格であるのだが。

 

この場面では返って決心を鈍らせてしまう結果でしか無い。

 

しかも一度止めてしまった足は、中々次の一歩を踏み出す事が出来ない。

 

歩み続けるのも大変だが、それ以上に一度止めてしまったものを再度動かすのはまた別の苦労がいるのだ。

 

そして完全に止まってしまった両足に変わり、スキズブラズニルはそっと両耳を扉に押し当てた。

 

取り敢えず中にはいる気を伺う為と言い訳を立てながらも、実際はここに来て野次馬根性と急にアタマが冷えてきて中にはいるか戻るかの決心がつかない為であった。

 

そっと耳を当て鉄製のヒンヤリと冷たい感触が耳朶に伝わり、その向こうでなにが起きているのかをスキズブラズニルはジッと耳を凝らして聞き入った。

 

 

 

 

 

「取り敢えず、播磨への情報封鎖はやっておきましたわ」

 

「まぁ、最もこれが必要かどうかには疑問ですが」

 

アルウスは呆れも隠さず、艦長席にもたれる焙煎に向かって言った。

 

既に艦内にドックでの一件は知れ渡っていたが、しかしその詳しい内容まではまだ知られていなかった。

 

そこで焙煎は必要な相手だけに戒厳令を敷いたのだ。

 

その相手こそ、件の播磨であった。

 

「世話を掛けるよアルウス。播磨は何だかんだと言って日本の船だ、故国の船が襲われて気持ちいい筈がない」

 

だからこそ播磨の射撃観測や通信の中継を行っていたアルウスが頼みを聞いてくれた時、これ程感謝した事はない。

 

だが一方で「しかも、それを知って見捨てるとなれば」と心の中で付け加えると、焙煎は全身に気だるい倦怠感を感じていた。

 

助けられる位置にありながらも、己が野望の為に見捨てる事がこうも無力感を及ぼすとは、初めての経験に焙煎は戸惑いを覚えたのだ。

 

こうしてアルウスと話している最中にも、自己嫌悪と罪悪感とで押しつぶされそうになるのだ。

 

そんな焙煎を気遣う素振りを見せつつ、アルウスは自然な仕草で艦長席の後ろに回るとソッと背凭れを後ろに倒した。

 

「艦長、お疲れでしょう。後は私に任せては」

 

そう言って倒れかかる焙煎の後頭部を、アルウスの胸部装甲が優しく包み込んだ。

 

いつもされるヴィルベルヴィントのそれと違い、アルウスの胸部装甲はマシュマロのように柔らかく何処までも深く沈み込んでしまいそうになる。

 

普段なら焙煎も嫌がり振り解こうとするが、胸の破壊力ならヴィルベルヴィントを抜いて播磨が来るまで艦隊最大を誇っていたのだ。

 

アルウスの胸部装甲には全てをこの大いなる胸に抱かれて任せてしまいたい、そう言う母体回帰を齎す危険な底なし沼を秘めていた。

 

「艦長は少し頑張り過ぎですわ、ゆっくりお休みになって下さい。次に目覚めた時は全てが終わっていますわ」

 

焙煎の頭を子供をあやすように優しく撫でながらも、アルウスは危険な笑みを浮かべていた。

 

焙煎とスキズブラズニルとの破局は、しかし一方でアルウスにとってチャンスを齎した。

 

以前からヴィルベルヴィントを除き艦隊の一番になる事を目指していたアルウスにとって、今の状況は正に天からの贈り物であった。

 

焙煎はスキズブラズニルとの関係が拗れ、しかもその原因の非情な決断によって唯の凡人でしか無い彼の心は弱まり折れかかっている。

 

しかも、そんな時にはいつも側にいて支えるはずのヴィルベルヴィントは今は無く。

 

代わりにいるのは偶々焙煎に報告兼様子を見に来た自分。

 

この千載一遇の好機を活かさずして何が超兵器か!

 

そう意気込み喜び勇んでみたら、いとも簡単に焙煎は彼女に身を任せたでは無いか。

 

普段はまるでそこが自分の定位置だと主張するように、人前でも平気で艦長の後頭部を独占するあの犬は今は居らず。

 

今ここにいるのは自分であり、しかも彼女以上にアルウスに焙煎は身を委ねていた。

 

(まあ、単に大きさと柔らかさの違いですそう見えているだけで、実際にはそう変わりは無いのだが)

 

しかもアルウスにとって嬉しい誤算があった、それは…。

 

(ふおおお⁉︎艦長をこうして子供の様にあやしていると、何と言うか全能感に浸れますわ)

 

そう、図らずともこの世界最強の武力を保有する男を、文字通り自分の掌中に収めるという感触は見た目以上に彼女に大きな高揚感を与えていた。

 

今やろうと思えば(決してしないが)、簡単にこの男の首の骨を折れる。

 

そうで無くとも、チョット脅すだけで面白い様に自分の意のままに操れるだろう事は、普段の様子から容易に想像できた。

 

(まあ、それでは面白くはありませんわね)

 

あくまでもアルウスにとって焙煎は王冠なのだ。

 

それを被るのに相応しいのが自分ではあるが、それに頼む様な事はしたくは無いのだ。

 

そこら辺に彼女の自身の力への矜持が垣間見れる。

 

これを普段何気無い日常の一部の様に行っているヴィルベルヴィントに対し、さしものアルウスも沸々と怒りが込み上げてきた。

 

単にそれは、自分の欲しいものを相手が持っていて嫉妬する様なものなのだが、今のアルウスにとって許しがたい大罪に思えたのだ。

 

アルウスは心の中でヴィルベルヴィントを有罪判決にし、一生荷運びに追われる刑罰を科した所で、彼女の妄想は終わりを告げた。

 

「なぁ、アルウス」

 

「はい、なんでしょう艦長」

 

頭を撫でる手を止め、上から覗き込む様に焙煎の顔を見つめるアルウス。

 

見るものが見れば、美女の自分をあやす顔とその胸部装甲とのサンドイッチと言う夢の様なシュチュエーションに、万感の思いで涙を流すであろう。

 

しかしそこは焙煎、伊達にヴィルベルヴィントで免疫が出来ている訳では無かった。

 

「倒し過ぎてクビが疲れた、戻してくれないか?」

 

美女からのサンドイッチよりも、首が痛いからと背凭れを治す様に伝える男がいる様だ。

 

流石にアルウスも「はい?」と二度聞いてしまった。

 

もしかしたら何かの聞き間違いなのかもしれないと、そう思いながら聞いたのだが、しかし返事は無情にも同じであった。

 

「いや、やってくれるのはいいが、倒し過ぎて首に負荷が掛かるんだ。大分疲れも取れたし、もう十分だ」

 

アルウスは心の中で。

 

(この凡人⁉︎思いっきり背凭れを倒して後頭部を床に打ち付けてやろうかしら)

 

と危険な考えを抱きつつ、素直に戻すアルウス。

 

内心「ヌググ」と悔しがりながらも、一先ず今日の所は退散する事にした。

 

背凭れを直し一度グッと伸びをした焙煎は、改めてアルウスに感謝を告げた。

 

「ありがとう、助かったよ。少し気が滅入っていたのが晴れた」

 

と珍しく超兵器に対して笑顔を見せたが、しかしアルウスの方はそれに気付きもせず、逆にコメカミに血管が浮くのを必死に抑えようと精一杯であった。

 

(この人は〜⁉︎どうしていつも肝心な所でこうですの!ねぇ、実はこれワザとでしょうそうなんでしょ⁉︎)

 

心の中の憤りが噴火しない様に我慢するアルウスに、そうと知らない焙煎はまた何気無く言った。

 

「いやしかし、今度からは自分で低反発クッションを持ってくる事にするよ。あれの方が疲れないからな」

 

「はっ?」

 

その一言に今度こそアルウスがキレたのは、言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

「ヴァイセンさ〜ん、本当に〜ダメダメ〜なんですね〜」

 

艦橋の外一人「家政婦は○た」ごっこ元い出歯亀をやって聞き耳を立てていたスキズブラズニルは、誰ともなしにそう言った。

 

妖精さん達から色々と焙煎の「アレ」な話は耳にしていても、まさか目の前で見るでは無く聞く事になろうとは、流石に想像だにしていなかったのだ。

 

先程のデュアルクレイターとの話と言い、今回の件と言い、「実はこの艦隊でマトモなのは自分だけでは?」と言う疑問を抱いていた。

 

しかし向こうから見ればスキズブラズニルも、大概なものである事は本人はまだ気づいていないのであった。

 

そうこうする内に焙煎とアルウスの話は進む。

 

 

 

 

 

 

 

「で、本当に宜しいので?艦長」

 

とアルウスが何処かスッキリした表情で焙煎に言った。

 

しかし当の焙煎はと言うと…。

 

「く、首が…」

 

先ほどの余計な一言で、アルウスにヘッドロックをかけられたうえ首を90度以上折り曲げられ、しかも胸部装甲での窒息攻撃付きと言うコンボを喰らい。

 

半生死の境を彷徨いつつあったが、漸く復帰したのかさっきから首を手で摩りながら調子を確かめていた。

 

「で、何だアルウス?まだ何か有るのか」

 

焙煎としてはこれ以上アルウスの機嫌を損ねない様(本人は全く原因が分かっていない)、早く退散して貰いたかったが。

 

しかしアルウスの方も、戦闘は一段落して暇であり、そもそもスキズブラズニルなら何処からでも艦載機に指示が出来る為ぶっちゃけ何もなければこのまま自動操縦に任せ深夜のティータイムと洒落込む事さえ出来た。

 

だが、今は焙煎との仲を深めるべく(自分で埋めてまた掘りかえす様な)、こうして何気無い話題を振っているのだ。

 

「いえ、艦長は実は大きな娘が苦手なんじゃ無いかと…」

 

「そ、そんな事は無いぞ、た、ただ顔に被せられるのが嫌いなだけで…」

 

と勝手な勘違いをして以前のトラウマを発動させる焙煎。

 

最近は後頭部への乳枕のお陰で緩和してきたとは言え、いまだに呼吸が苦しくなる事もあるのだ。

 

しかしアルウスが言ったのは胸部装甲が大きい娘では無く、無論その娘も大きいのだが。

 

「どちらかと言えば、自分よりも背が高い女性は男性的には苦手なのではと、そう思いますのよ」

 

とそこまで言われて流石に焙煎も、誰を指しているのか分かった。

 

「スキズブラズニルの事か?まあ、苦手と言えば苦手だな」

 

その返事に一瞬外でガタッと何かが動く音がしたが、直ぐに気のせいだと感じて焙煎は話に戻った。

 

 

 

 

 

『まあ、苦手と言えば苦手だな』

 

それを聞いて膝を崩したスキズブラズニルは、しかし何とか中の人に気付かれない様気丈にも態勢を立て直す。

 

しかし見た目は平気そうでも、その内側は激しく動揺していた。

 

この艦隊に来て色々な事はあったが、しかしこうも目の前でしかもハッキリと『苦手』と言われた事に、スキズブラズニルは少なからずショックを受けたのだ。

 

(何で〜如何して〜?私〜頑張ってるのに〜)

 

そうは言うが、思い返せば彼女は最初から焙煎に酷い目にあってきた様に思える。

 

一番最初の逃走劇から始まり、望まぬ超兵器建造、大好きなご飯とお菓子の制限に慣れない航空基地の建設。

 

挙句最前線まで引っ張ってこられた先に、敵の奇襲を受けて被弾する始末。

 

他にも大小様々な嫌な思い出があった。

 

(わたし〜苦手な事も頑張ってるんだよ〜。誰も見てくれないけど〜ご飯だって前よりも少なくしてるし〜妖精さん達の面倒だって見てるのに〜)

 

ぽたりと、床に雫が落ちる。

 

それを不思議そうに見つめるスキズブラズニルの両目から、次々と泪があふれ出してくる。

 

(シュルツ艦長〜副長〜ナギさん〜、わたし〜皆んなに嫌われちゃったのかな〜)

 

一度溢れ出した涙は、堰を切ったように止まらない。

 

必死に声を抑えようと嗚咽を漏らしながら、今日だけはこの分厚くて重い扉に感謝した。

 

誰にも聞かれない彼女の声を、そこで閉じ込めていてくれるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「苦手なんですのね」

 

焙煎の苦手発言に「だから…」と呟くアルウス。

 

(艦長はスキズブラズニルの事をよく思っていないから、今回の様な事に成ったのですね。これは近々彼女が排斥される可能性が出てきましたわね)

 

しかし焙煎が続けて言った言葉に、直ぐにその認識を改める。

 

「俺はなアルウス、スキズブラズニルが苦手なのはな。それはアイツに負い目があるからなんだ」

 

「正直俺はスキズブラズニルの事を凄いヤツだと思ってる。多分この艦隊で一番なんじゃ無いかな?」

 

「そこまで評価してなぜ『苦手』なんて言ったんです?」

 

アルウスは正直な焙煎がそこまでスキズブラズニルの事を評価しているとは思っていなかった。

 

精々、彼にとって都合の良い拠点程度の認識だと思っていたからだ。

 

「俺は今でもアイツが『苦手』だ、けれどそらはアイツが悪い訳じゃない」

 

「だって凄いじゃないかスキズブラズニルは⁉︎最初の時には艦娘は居なかったのに洋上で超兵器を建造出来る建艦能力!」

 

洋上での建造と聞いて直様それが自身の事だとわかるアルウス。

 

あの時はまだスキズブラズニルが艦娘に目覚める前とは言え、未完成の船体で自分を作って見せたのだ。

 

しかもそれが切っ掛けで艦隊の危機を救えた。

 

そしてそれが契機となって自分達の快進撃が始まったのだ。

 

「出来た頃は今よりも船の数も、能力も少なかったのに、今じゃ巨大洋上ドック艦の名に恥じない規模にまで成長して、しかもそれを殆ど自分の力でやってのけたんだ」

 

アルウスは言われて気がついたが、確かに僅か半年の期間でこの船はたった一隻で自分達を支え続け、しかも海軍の補給線を一時的には完全に掌握したのだ。

 

これがどれだけの事か、スキズブラズニルが居ない場合の輸送船団の量とコストの面からも窺い知れる。

 

「それだけじゃない、俺達が普段何気なく使ってる水に食料、ベットのシーツ一つとっても全部スキズブラズニルアイツ一人で賄っている」

 

「いつの間にか増えた妖精さんの世話だってちゃんとやってるのも俺は知ってる。時々自分がやったって誤魔化して妖精さん達にご褒美をやる事もあった」

 

ほかにもまだまだあると、焙煎はスキズブラズニルが普段目立たないがしかし重要な事を上げ続ける。

 

正直アルウスも焙煎と言う男を見誤っていたかもしれないと、後悔した。

 

スキズブラズニルの事もそうだが、焙煎は彼なりに立派に“司令官”をやっていたのだ。

 

「正直、ここまで来れたのはスキズブラズニルがいてこそだ。多分アイツが居なければ、俺は今でもあの捨てられた鎮守府にいた筈だ」

 

遠くを見る様な目で、窓の外を見る焙煎。

 

その視線の先は、偶然か否か彼が見捨てると判断した艦娘達の方向を向いていた。

 

「でも、だったら如何して?艦長ならばスキズブラズニルが嫌がる事も分かっていた筈なのに…」

 

だからこそアルウスは解せないのだ、何故ここまでして焙煎はスキズブラズニルを避けるのかが。

 

「…アイツはスキズブラズニルは俺と同じだ」

 

「突然見知らぬ世界に来て、しかも訳も分からぬまま戦いに巻き込まれて。嫌な事も嫌いな事もきっとアイツは俺以上に我慢しているんだ」

 

「俺はさ、アルウス。そんなアイツを必死に働かせて望んだのは自分が帰る事だけ。同じ境遇のヤツをさ、俺の勝手で言う事を聞かせるって結構辛いんだぜ」

 

そう乾いた笑みを見せる焙煎。

 

焙煎はスキズブラズニルに共感する所が有るからこそ、しかし彼女の望まぬ事をしなければ帰れないと言うジレンマを抱えていた。

 

本来ならこの世界で最も近しく、そして分かり合える筈の存在に嫌われると分かって向き合い続けなければならない現実。

 

唯の凡人には到底背負い切れないものであり、しかしてその唯一の対処法は相手を踏み躙って無視する事の他ない。

 

焙煎が特にここ最近ヴィルベルヴィントを頼る様になったのも、一種の逃避でありそして超兵器ならば自身も良心の呵責を覚えずに済むと言う、何処までも手前勝手な理由であった…。

 

そして話を聞き終えたアルウスは一言、ハッキリとした口調でこう言った。

 

「嘘ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘ですわ」

 

アルウスは焙煎の話を聞き終えてそう断言した。

 

「本当に『苦手』なら相手の事など知ろうとしない筈」

 

人間嫌いな相手や苦手なものは嫌でも目につくが、それは殆どが相手のマイナスイメージを補強するものである。

 

しかし焙煎は、明らかにスキズブラズニルに対し『負い目』は抱いていてもその本心では彼女を嫌ってはいない。

 

何故なら焙煎自身の口から「スキズブラズニルは凄い」とか「艦隊に無くてはならない」と言うプラスイメージの意味の発言などはあったが、逆の意味は殆どが含まれていない。

 

寧ろ、アルウスでさえ知りえなかった事細かな所まで焙煎はスキズブラズニルの事を見ていた。

 

果たしてこれが本当に『苦手』な相手にする行動だろうか?

 

「そもそも、艦長は事ある毎にご自分の為と仰いますが、それは艦隊全体の利益も含めての事」

 

寧ろその比率は艦隊の方が大きいくらいだ、とアルウスは見ていた。

 

本物の利己主義と言うものは、相手の都合や感情など考えずに唯自らの利益のみを追求する事を言うのだ。

 

焙煎が本当に自分の為だけに行動するのならば、スキズブラズニルの感情など知ろうともしないし、そもそも自分や他の超兵器に対してもっと道具や兵器の様に扱う筈だ。

 

こんな風にスキズブラズニルとの関係で悩み、そもそも今の様に超兵器に本心を曝け出す事など有り得ない。

 

そう焙煎と言う男は自分の我儘を押し通せる程強くは無く、常に他者との関係で一喜一憂し、けれど本心を中々晒す事が出来ない。

 

有り体に行って何処にでもいる普通の凡人なのである。

 

「今回の一件もそう、艦長は口では自分の為でスキズブラズニルはその犠牲者だと仰いますけど、本当は違うのでしょう?」

 

「貴方は本当は誰よりもスキズブラズニルの事を思って、非情とも取れる決断を下したのですわ」

 

焙煎はアルウスに対し何も反論する事が出来なかった。

 

そもそも、最初の時点で「違う!」と言えなかった時点で、彼は自分の本心が見抜かれているのだと悟ったのかもしれない。

 

しかして漸く焙煎はその重い口を開いた。

 

「アルウス、お前は俺に一体どうしてほしいと言うんだ?」

 

「さあ?それは御自身で考える事ですわ」

 

と突き放すアルウスだが、しかし「けれど」と付け加え。

 

「けれど、そろそろ素直に成られては如何かしら?これからはお互いに今まで以上に一蓮托生の身ですからね」

 

そう言ってアルウスは艦橋の扉を開け放った。

 

「⁉︎」

 

そしていきなり扉が開けられた事で、扉の前にいたスキズブラズニルが艦橋の中にたたらを踏みながら転がり込む様に入ってきた。

 

「うわ〜⁉︎」

 

相も変わらず何処か間延びする間抜けな声で、しかし何とか倒れ込まずにいられたスキズブラズニルは、自分を見つめる二つの視線に晒された。

 

一つは「ヤレヤレ」と言った表情のアルウス。

 

そしてもう一つは「何故ここに⁉︎」と驚きの表情を浮かべる焙煎のものであった。

 

 

 

 

 

 

時は遡る事少し前、具体的にはアルウスが焙煎に報告をする為艦橋に上がった時点で、彼女は艦橋の外出る扉に張り付くスキズブラズニルの存在に気付いていたのだ。

 

スキズブラズニルは自分の船体の事を自身の身体の様に感じられるが、超兵器も又その優れた索敵能力と感覚器官により容易に見えない相手の事を把握できるのだ。

 

そもそも、扉一枚隔てた距離などアルウスにとって無いも同然であった。

 

事の発端となったのは最初、スキズブラズニルの事を無視していたアルウスだが焙煎と始めた何気無い会話を盗み聞きしていたスキズブラズニルが、扉の前で泣き出してしまった事にある。

 

このまま会話を終わらせると泣いているスキズブラズニルと鉢合わせしてしまうし、そもそも相手がいつまでも泣き続けているので一向に立ち去る気配も無い。

 

然りとてこのまま放置しておく訳にも、唯黙って艦橋に突っ立っているのも面倒くさいので、アルウスは自分が能動的に動く事で事態の解決に乗り出したのだ。

 

そもそも、アルウスは正直な焙煎とスキズブラズニルの中がどうなろうと知った事では無かった。

 

スキズブラズニルが離反するならば、代わりに自分が焙煎の座乗艦になって南極を目指せば良い。

 

そもそも焙煎の野望も、彼女には興味無かった。

 

唯己が存在意義をこの世界に示し、且つ自分が一番である事が重要なのだ。

 

その為なら何でもやるが、その結果や過程で他人がどうなろうと彼女は知った事では無い。

 

つまり、アルウスとは極端な迄にエゴイストなのだ。

 

そして彼女はこの面倒くさい状況を回避すべく、焙煎の本心を引き出しさも当然の様にスキズブラズニルと引き合わせた挙句、二人が呆然としている内に。

 

「では、後の事はお二人で」

 

と言い残して、ついでに去り際にスキズブラズニルの耳元に一言吹き込みながら艦橋から自分だけ逃れたのだ。

 

しかし大変なのはここからである。

 

二人とも超兵器に散々引っ掻き回された挙句、こんなにも早く対面する事になろうとは想像だにしていなかったのだ。

 

焙煎はいまだスキズブラズニルが突然現れた事で混乱し、スキズブラズニルも又心の準備が出来ていないまま焙煎と対面し、お互いが互いにどうしていいか分からない状況が続いた。

 

しかし、この状況をいつまでも放置しておく訳にはいかない。

 

依然として彼等は敵中にあり、その間も船は進んでいるからだ。

 

そしてまず最初に声を出したのは焙煎の方からであった。

 

「す、スキズブラズニル。一体、何の用だ」

 

取り敢えず相手の要件は何か把握しようと、場当たり的な事を言う焙煎。

 

しかしそれがスキズブラズニルの逆鱗に触った。

 

「何の〜用だ〜ですって〜⁉︎」

 

まだドックでの一件からそれ程時間は経っていなかった。

 

そもそもアルウスがいた為収まっていたが、デュアルクレイターに焚き付けられた衝動は、いまだに心の中でフツフツと沸き立っていたのだ。

 

それが、舌の根も乾かぬ内に焙煎の無神経な「何のようだ」の一言で一気に噴きあがってきた。

 

「私が〜此処に来た意味くらい〜わからないんですか〜⁉︎このーハゲ頭〜‼︎」

 

突然ハゲ頭と罵倒された焙煎、そもそも本人は隠しているつもりだが艦隊では焙煎の頭髪が薄いのは周知の事実であった。

 

しかし、本人はそうは思っておらず、又自分の頭を「ハゲ頭‼︎」と罵られたのだ。

 

言い返す語気が荒くなっても致し方無い。

 

「何だと‼︎この万年食っちゃ寝女が、ウドの大木の癖にその言い様はなんだ‼︎」

 

「言いましたね〜この〜ムッツリ〜ハゲ頭‼︎いつもいつも〜椅子に座って〜乳枕されてる〜だけの〜変態の〜癖に〜!」

 

「アレはヴィルベルヴィントが勝手にやってるだけだ‼︎お前こそ贅肉塗れのダラシないボディーが!」

 

「ああ〜‼︎女の子の〜体型の〜事を〜言いました〜ね〜‼︎セクハラです〜訴えますよ〜⁉︎」

 

「最初に人の身体の事を言ったのはお前だろ⁉︎そもそも俺はハゲてない。ただ人より薄いだけだ‼︎」

 

「それを〜世間では〜ハゲと〜言うんです〜。一つ〜賢く〜なりましたね〜」

 

「お前こそバカだ、ハゲは何もない奴の事だ!俺はまだあるからハゲじゃねえ、そんな事も分からないのか〜」

 

お互いに売り言葉に買い言葉、終いには煽りあう始末。

 

このまま口汚く罵り合うかに見えたが、しかし怒りの火は急速に鎮火していった。

 

二人とも相手を罵倒する事が本題では無かったし、そもそも最初に吐き出してしまった分後に続かなかったのだ。

 

暫く互いに無言となり、先程とは違って艦橋の中はシーンと静まり返っていた。

 

「…で、言いたい事はそれだけか?」

 

焙煎は艦長席に座ったまま、向かい合う様に立つスキズブラズニルにそうぶっきら棒に言った。

 

「如何して〜見捨てるって〜言ったんです〜?」

 

先程とは打って変わって、静かでそれでいて確かな意思を込めた口調でスキズブラズニルは焙煎に向かう。

 

「…態々危険を冒してまで助けに行く理由がない」

 

「駆逐艦の娘が〜助けを〜求めたのにも〜関わらずですか〜?」

 

「そもそも、あの駆逐艦艦娘にしろ偶然拾ったに過ぎない。俺たちには何の義務も無い」

 

「同じ〜海軍じゃ〜ないですか」

 

「もう、海軍じゃない」

 

そこで互いに無言となり睨み合う二人。

 

スキズブラズニルとしては焙煎が挙げた理由は当然納得出来るものでは無く、焙煎もまた今言った事でスキズブラズニルを説得出来るとは思っていなかった。

 

「そもそも、方向が違う。今から助けに向かっても間に合うか微妙だし、態々敵を引き寄せるまでも無い」

 

「それに今敵に見つかってヤバイのは俺達も同じだ」

 

焙煎は努めて理路整然とした事を言っている風に装い、そして暗に自分の身を犠牲にしてまでする事かと聞いた。

 

「……」

 

そして押し黙るスキズブラズニル。

 

確かに今彼女は傷付き、船脚も遅く今の状況で襲われている艦娘達を助けたとして、その後に束になって襲い掛かってくる深海棲艦を相手に無事でいる保証は何処にも無かった。

 

如何に超兵器達を有していても、先の奇襲の様に思わぬ方向からの攻撃は常に付き纏う。

 

しかも、味方の救助をしながらの撤退戦はそれこそ至難を極めるだろう。

 

そして最悪、自分や超兵器は愚か助けた艦娘達諸共吹き飛ぶ可能性が、今のスキズブラズニルにはあった。

 

「融合炉の修理が完了したとも、大丈夫だとも聞いていない。今お前が考えている通り、助けた味方諸共、と言った事態が回避出来ない以上、俺としては救助は容認出来ない」

 

それは有無を言わさぬ、断固たる決断であった。

 

だが、それでもスキズブラズニルは食いさがる。

 

「で、で〜も〜超兵器の〜皆さんの〜力なら〜⁉︎」

 

「お前も見て来ただろう?超兵器と言っても無敵じゃ無い。戦えば傷付き思わぬ伏兵で危うくなる」

 

「仮にお前の言う様に上手く行ったとしても、その後は如何する?」

 

スキズブラズニルは助けた後の事を聞かれ、一瞬頭が真っ白になる。

 

彼女にとって仲間を助ける事は当たり前すぎて、その先の事など考えもしなかったのだ。

 

「俺達は海軍を離脱すると決めた。そうでなくとも負傷兵を抱えている余裕が今あるか?」

 

「敵がムキになって何処までも追い続けたら?助けた筈の味方が俺達の事を脱走兵だと言って銃を突きつけてきたら如何する?」

 

「治療した後の事もちゃんと考えての事か?まさか彼等を南極まで連れて行くつもりじゃないよな?反対したら、そのまま海の上に置き去りにするのか?」

 

「ああ、味方の所まで送るのも無しだ。態々投降しに行く様なものだからな」

 

焙煎が言うのは全て仮定の話だ、しかし今のスキズブラズニルにはそれが真実の様に聞こえた。

 

彼女は唯傷付いた人々を助けた。

 

その何処までも当たり前で真っ直ぐな想いで行動しているに過ぎないのだ。

 

「スキズブラズニル、諦めろ。お前の我儘で危険を冒す事は出来ない」

 

それは今までで一番重くのしかかる言葉であった。

 

しかし…

 

「助けるのは悪い事なんですか…困っているヒトを見捨てるのが良い事なんですか?」

 

消えそうな声で呟くスキズブラズニルに、焙煎は何か言おうとしたが。

 

「理由が〜なくちゃ〜助けちゃ〜いけないんですか〜⁉︎」

 

「自分が〜後で〜困るから〜見ないふりを〜する事が〜カッコいい事なんですか〜⁉︎」

 

スキズブラズニルは心の奥底から吐き出す様に言葉を漏らしながら、目頭が再び熱くなるのを感じていた。

 

視界はぼやけ焙煎が今どんな表情をしているのかも分からない中、彼女はそれでも心の声を叫び続ける。

 

「そんなに〜自分の事が〜大切〜なんですか〜⁉︎」

 

それはこの日一番焙煎に衝撃を与えた一言であった。

 

咄嗟に「違う」と言ってしまってハッとした時にはもう遅い。

 

スキズブラズニルの「何が〜違うんですか〜‼︎」の一言に、焙煎は口を塞ぐ事が出来なかった。

 

「俺の為だけじゃ無い!これは、これは」

 

「誰の〜為なんですか〜‼︎自分以外の〜誰の〜為に〜やってるんですか〜‼︎」

 

「お前の為に決まってるだろ馬鹿野郎‼︎」

 

「へっ?」

 

スキズブラズニルは焙煎の思わぬ一言に虚を突かれ呆然となる。

 

しかし焙煎は止まらない。

 

「これ以上お前の身に何かあったら如何する⁉︎お前の身に何かあった時俺達は如何すればいい、何をすればいい」

 

「分からないだろう‼︎俺は提督未満の唯の凡人、超兵器達は戦う事は出来てもそれ以外は何も出来ない!」

 

「さっきから口を開けば仲間、仲間って言うけどな、お前だって俺達の仲間なんだ、俺の艦娘なんだよ‼︎」

 

「仲間の事を心配しちゃ悪いか‼︎自分の艦娘が沈みそうになっているのを、唯黙って見ていろってのか⁉︎」

 

「もっと俺達や、何より自分の事を考えてくれよ‼︎」

 

「っ〜〜〜〜!」

 

スキズブラズニルは焙煎の突然の告白に、嬉しいやら悲しいやら驚くやら呆れるやら。

 

兎に角パニックに陥っていた。

 

(ま、まさか〜ヴァイセンさんが〜此処まで〜頼って〜くれて〜いたとは〜⁉︎)

 

(もう完全に〜ダメ人間の〜ヒモ男〜ですよね〜)

 

頭がパニックになっているせいでスキズブラズニルの中で焙煎のランクがムッツリハゲ頭からヒモ男に格下げ(上げ?)されていた。

 

焙煎の方も自分で言って、今の発言は完全に「ヒモの言い方だよな〜」と心の中で思っていた。

 

しかし、言った事は紛れも無く焙煎の本音であるし、スキズブラズニルが大事な艦娘の一人である事には変わり無い。

 

後は今の焙煎の言葉にスキズブラズニルが如何返すかなのだが…。

 

「あ、あの〜正直〜頼って〜くれるのは〜嬉しいです〜」

 

「今ので〜ヴァイセンさんが〜艦長が〜私の事を〜ちゃんと〜見ていて〜くれてたんだって〜分かり〜ました〜」

 

スキズブラズニルは初めて、自分から焙煎の事を艦長と呼んだ。

 

それだけでも大変な進歩ながら、しかし彼女にも譲れない一線があった。

 

「でも〜それでも〜」

 

と彼女は言う。

 

そこから先は焙煎でも聞かなくても分かる。

 

そしてこのままでは互いに平行線を辿る事になり、それはお互いにとって不幸な結果になるだろう事は容易に想像出来た。

 

(だから…)

 

スキズブラズニルは心の中で勇気を出し、顔を赤らめながら焙煎に近づいた。

 

「もしや実力行使か?」と身構える焙煎。

 

しかし次に来たのは頬をひりつかせる痛みでは無く。

 

「ぱふん〜」

 

そう擬音語が聞こえると勘違いするくらい、柔らかな感触が焙煎の顔面を覆った。

 

「え、えと〜こうかな〜?」

 

おずおずといった仕草で、躊躇いながらも焙煎の後頭部に手をまわすスキズブラズニル。

 

(もしやこれは⁉︎)

 

と焙煎はスキズブラズニルが何をやろうとしているのか悟った瞬間。

 

「ムギュ」

 

今度は確かにそう聞こえる程、焙煎の顔はスキズブラズニルの胸部装甲にのめり込んでいた。

 

一般的に言って、スキズブラズニルの胸に焙煎の頭が抱きかかえられている姿がそこにあった。

 

ヴィルベルヴィントともアルウスとも違うその感触に、焙煎は完全に溺れていた。

 

ヴィルベルヴィントがツンと張ったクッション、アルウスを底なし沼とすれば、スキズブラズニルのはまさに揺籠。

 

大きさの割に変幻自在のそれは、完全に顔を覆い抱かれた者全てのやる気を削ぐ究極の兵器。

 

つまりは…。

 

(ひ、人を駄目にするソファーだこれー‼︎)

 

焙煎がそう気付いた時にはもう遅い。

 

一度この胸部装甲に抱かれては、何物も逃れる事など出来ない。

 

アルウスとは又違った魔性に、不意を食らった焙煎は全く抵抗する事が出来ないでいた。

 

時間にして数秒後だろうか、スキズブラズニルが開放する事で終わったそれは、しかし焙煎は暫くの間余韻がまだ顔に残っていた。

 

スキズブラズニルの方も、やってみたはいいものの余りの恥ずかしさに我慢出来なくて離したのだが、感想として「あ、艦長の頭って意外と抱き心地がいい」であった。

 

薄い毛なのでゴワゴワしたりチクチクしたりせず、丸い卵形なので両手で包むと意外といい形になるのだ。

 

これには内心スキズブラズニルも。

 

(ヴィルベルヴィントさんが〜しょっちゅう〜抱きたがるのも〜分かる〜気がします〜)

 

と思う程だ。

 

そして何故スキズブラズニルがこの様な行動に出たかと言うとだが。

 

ここに来る前散々煽ったデュアルクレイターの「オッパイ」発言の他に。

 

アルウスが去り際に耳元で囁いた、

 

「いざとなったら顔に胸を押し付けるだけで何でも言う事を聞いてくれるわよ」

 

と言う一言があったからだ。

 

アルウスとしては、折角自分が枕をしてやったのにも関わらず、無礼な事を言った焙煎に報復してやろう程度の事であったが、この場合それは効果覿面であった。

 

いまだに余韻に引きづられる今の焙煎なら、何か言っても唯頷くだけだろう。

 

これが普段であれば、ヴィルベルヴィントによって耐性がついている分難しくなるが、スキズブラズニルの不意打ち&初めての感触と言うこともあり今の焙煎は返事を返すだけの人形と化していた。

 

しかしスキズブラズニルの方も、初めての経験で戸惑い上手く言葉に出来ずにいた。

 

(え、えと〜この後〜如何すれば〜いいんですか〜⁉︎)

 

そうしてウンウンとスキズブラズニルが悩み唸っている間に、焙煎は漸く回復したのか頭を振ってスキズブラズニルの方を見た。

 

「あ〜やばかったー。てか、スキズブラズニルいきなり何をするんだ⁉︎」

 

焙煎としてはスキズブラズニルの突然の抱擁に唯々戸惑うしか無かったが、スキズブラズニルの方もようやく考えがまとまったのか。

 

今度は焙煎の両手をとって胸の前まで持って行きこう言った。

 

「あ、あの〜今の〜どうでした〜?」

 

「はっ?」

 

突然自分の胸部装甲の感想を求められた焙煎が、目を白黒させ動揺したのも無理は無い。

 

しかしスキズブラズニルは混乱する焙煎を他所に続けて。

 

「今〜ヴァイセンさんは〜私に〜だ、だかれ、抱かれて〜」

 

途中でさっき起きた事を思い出し、恥ずかしさでどもりながらも、スキズブラズニルは自分の言葉で話し続ける。

 

「多分〜すっごく〜安心〜したと〜〜思うんですよ〜。誰かに頼るって〜多分〜そんな〜気持ちだと〜私は〜思うんです〜」

 

「ヴァイセンさんが〜私や〜超兵器の〜皆さんに〜頼るのと〜一緒で〜。困った時や〜辛い時に〜頼るって〜とっても〜気持を〜安らげて〜安心とか〜元気を〜もらえるんです〜」

 

「でもそれは〜やって貰ってる〜人だけじゃなくて〜、やってる方も〜こう〜頼りにされてるんだな〜とか〜。頑張らなくちゃ〜〜とか〜」

 

「甘えるのと違って〜頼るって〜相手の事を〜信頼して〜されて〜そういった積み重ねが〜多分〜仲間〜なんだと〜思います〜」

 

誰かに頼るとは責任の丸投げではなく、その人を信頼する事。

 

つまりは認めている事をさす。

 

スキズブラズニルはそう思っていた。

 

彼女は巨大ドック艦として今まで職務に励んできたが、それとて一人で出来る事など高が知れている。

 

そんな時、手伝ってくれる妖精さんや仕事を割り振ってくれる焙煎の存在は何よりも助けとなるのだ。

 

超兵器達の我儘も、一見すると無茶に見えて意外と艦内の居住性や機能向上に役立つ事もある。

 

そしてそれは言い換えれば、超兵器達がスキズブラズニル達を信頼している事の裏返しでは無いか?

 

その変わり、彼女達は時にその身を危険に晒してでも自分達を守ってくれる。

 

ギブアンドテイクと言えばそれまでだが、互いが互いの立場を尊重する。

 

そうした集まりが、多分この艦隊の形でそれは仲間と言っても申し分無いだろう。

 

「私は〜横須賀で〜沢山〜お世話に〜なりました〜。私達も〜勿論〜頑張って〜お手伝いもしたけれど〜艦娘の〜皆さんにも〜良くして〜頂きました〜」

 

「艦長だって〜きっと〜私以上に〜色んな人に〜お世話になって〜助けて〜助けられて〜そんな事が〜いっぱいあると〜思うんです〜」

 

「だから〜見捨てるって〜言われた〜私が〜ショックを受けた様に〜、言った本人も〜多分同じだと〜信じたいんです〜」

 

実際焙煎は艦娘達を見捨てる事を態々自分の口で言おうとした。

 

それは、少なからず彼自身も責任を感じている証左では無いだろうか?

 

今となってはその本心はどうであれ、焙煎も又苦しんだというのだ。

 

スキズブラズニルが喚けば喚くほど、それはお互いに苦しいだけだ彼女は気付けたのだ。

 

「艦長は〜私が〜危険な目にあう〜とか〜沈んじゃうかも〜とか〜。いっぱい〜〜言って〜くれましたけれども〜それって〜それだけ〜艦娘さん達の〜事で〜悩んで〜くれたんですよね〜?」

 

「その中には〜艦娘さん達を〜どうやったら〜助けられるかも〜あった筈だと〜思うんですよ〜」

 

「多分〜本当は〜艦長も〜助けられたら〜助けたかった〜筈なんですよ〜」

 

黙ってスキズブラズニルの話を聞いていた焙煎も、言われた通り何とか助けようと考えた事もある。

 

しかし彼はどちらかを優先するかと言う天秤を、最終的に自分達の方に傾けたのだ。

 

その際、どれ程恨まれるかも分からない中、焙煎は艦隊の長としてその責任を負う必要があった。

 

しかしスキズブラズニルは、

 

「その決断が〜何であれ〜一人で〜抱え込む〜事は〜無いと〜思うん〜ですよ〜」

 

「困った時は〜頼って〜いいんですよ〜。困った事や〜如何しても〜自分一人で〜出来ない事は〜仲間と〜相談しても〜いいんですよ〜」

 

そしてスキズブラズニルは真っ直ぐ焙煎の瞳を見つめながら。

 

「だから皆んなで何か方法が無いか、一緒に考えましょう」

 

その結果がどうであれ、頭ごなしにでは無く仲間と話し合った末の決断ならば、自分も受け入れられる。

 

そう言う決意で持って、スキズブラズニルは焙煎を見た。

 

そして焙煎は…。

 

 

 

 

 

 


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