超兵器これくしょん   作:rahotu

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27話

あの日、私は南方反抗作戦に参加した一兵士の一人だった。

 

私の任務は艦内の伝令役であり、深海棲艦が出現以降人類が保有するあらゆる種類の電子装備は無効化され、一つの命令を伝えるにも人間の足で行わなければならなかった。

 

海軍は連戦連勝を重ねていた、敵は後退するばかりであり味方はその分海域の奥深くへと進んだ。

 

私達は、この戦いの勝利も近いそう感じていた。

 

そうあの日までは、そう信じていたのだ…。

 

 

夜眠っていた私は、突如として雷が落ちたかのような轟音と艦内に響く警報によって叩き起こされた。

 

慌ててベッドから転がり落ちると、開け放たれたドアの向こう側で大勢の兵士達が通路を走りながら甲板に向かっていた。

 

私は本能的に危機を察し、着替える暇もなく着の身着のまま通路に飛び出すと、私も甲板へと向かった。

 

わたしが通路を進んでいる間にも、幾度となく轟音が鳴り響き乗っている船を揺らした。

 

夢から覚めた私は、これが既に雷ではなく爆発音によって生じているのだと気付いていた。

 

走りながらも、兵士達が慌ただしい口調で話す内容を耳にし、外の様子が朧げながらわかってきた。

 

「深海…棲…」

 

「奇襲!…」

 

「…逃げ、な…きゃ」

 

断片的ながら、海軍は深海棲艦の奇襲攻撃を受けてしまったようだ。

 

私が乗る船は、前線に近く配置され恐らく敵の夜襲に巻き込まれたのだとこの時の私は予想していた。

 

私はこの時の内心(くそっ!見張りの連中は何をやっていたんだ)と彼らを心中で呪っていた。

 

見張り員の怠慢によって安眠を妨害されただけでなく、生命の危機にさらされようとしていたのだ。

 

この時のわたしがそう思ったのも無理はない。

 

しかし、私は知らなかったのだ。

 

自体は私が想像したよりも大きく、そして最悪の状況であったと言う事に。

 

 

 

甲板に出た私は、思わず我が目を疑った。

 

夜の筈の南方の海が、真っ赤に染まり空は昼間のように明るかったからだ。

 

あたり一面は文字どおり火の海で覆われ、私が乗る船は炎に囲まれ身動き出来ない状態であった。

 

消化しようにも、あたり一面を埋め尽くす火の勢いの前では焼け石に水同然であり、海に飛び込むことさえ難しかった。

 

その時、甲板にいた誰かが「あっ」と声を出し指を指した。

 

皆その声で指を指された方を振り向くと、炎の中に揺らめく黒い影を見つけた。

 

それは、燃える海を物ともせず我々のいる方に近づいていく。

 

そして何かを振り上げたかも思うと、落雷の様な音が鳴り響き誰かが咄嗟に「伏せろーっ!」と叫んだかと思うと。

 

私の背後で船の艦橋が突如として大爆発を起こし、バラバラに引きちぎられた破片が甲板に炎を纏って降り注いだ。

 

私は、脇目も振らずに船首の方に向かって走り出した。

 

目の端では運の悪いものが破片にあたり、血を流して倒れ炎に巻かれた。

 

助けを求める声を振り切り、なるべく周りを見ない様にして私は走り続けた。

 

でなければ、あたりの惨状に私はきっと脚が竦んでしまっただろう。

 

何とか船首の縁にまで走りきり、手をついて息をゼーゼーと吐く私。

 

ふと気になって後ろを振り返ろうとした時、何かが崩れる音が鳴り響いた。

 

軋みをあげ、艦橋だったものが炎に包まれながら崩れ落ち、甲板へとその巨大な構造物が横倒しになって落ちてくる。

 

そこからは一瞬の出来事であったと記憶している。

 

折れた艦橋が甲板に突き刺さり、一瞬で甲板を火の海にかえた。

 

逃げ遅れた者、這いずってでも生きようとした者、まだ船内に取り残された者、全てが炎に包まれ黒々とした物体と成り果て炎に包ま溶けていく。

 

私は、恐怖に慄き転がり落ちる様に船から海へと飛び降りた。

 

船から海の高さまでビル3階分はあろうか、私は海の中に飛び込むと急いで水を蹴って水面を目指した。

 

夜の海は冷たく、身体の芯から私を凍えさせた。

 

水を含んだ服は鉛の様に重く、身体に纏わりつき容易に進む事は出来なかった。

 

しかし、何とか力を振り絞って水面から頭を出すと私は急いで船から離れるべく水をかいた。

 

海の冷たさは私の体力を容赦無く奪ったが、さりとて海面では浮遊物に引火した炎が周囲の酸素を奪い、猛烈な熱放射が水面から出した皮膚を容赦無く焦がした。

 

時々水の中に潜らなければ到底我慢出来る物では無く、しかし潜るたび当然のことながら余計に体力を消耗した。

 

どれ程それを繰り返して泳いだだろうか、必死のあまりどれ程進んだかも分からなくなっていた。

 

だが、自分が乗っていた船の最後は確かにこの目ではっきりと見た。

 

艦橋を失い、甲板全てが炎に包まれた乗艦がゆっくりと横倒しに傾いていく。

 

最初それはゆっくりとしたもので、しかし傾斜がつくにつれ段々と早くなり、最後には転覆した船が上下逆さまになって倒れた。

 

倒れた時によって生まれた波が私を押し流そうとし、私は必死になって踏みとどまろうとしたが、しかし波の力に逆らえず押し流されてしまう。

 

遠くに去る船を見つめながら、私は当て所のない夜の海を漂流するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

どれ程の時間が経っただろうか、わたしは気がつくと救命艇の中にいた。

 

運良く漂流していた所を助けられた私は、座席に毛布の上からシートベルトで縛り付けられるように寝されていた。

 

救命艇の中を見渡すと、他にも包帯を巻いた兵士や同じように毛布の上からシートベルトで固定された比較的怪我の軽い兵士達が座席にいた。

 

彼らの足元には、毛布を敷かれた床の上で重傷者が寝かされていた。

 

私は、偶々目の前を通りかかった兵士にシートベルトを外してもらうと、毛布に身を包んだまま外に出た。

 

誰もが自分の事で手一杯であり、私を止める者は無く何ら妨害されること無く外に出た私は、周囲にポツリ、ポツリと浮かぶ人型の影を見つけた。

 

もしや深海棲艦かと驚いた時、しかしよく目を凝らせばそれは艦娘であった。

 

私はこの時安堵からその場にへたり込んこんでしまった。

 

艦娘がいるの言うことは、ここは既に味方の勢力圏下だと思っていたからだ。

 

助かった、そう思った時またあの嫌な轟音が聞こえた。

 

こんどはそれは遠くから聞こえたが、この海で何度と無く聞いたそれを聞き間違えるはずもない。

 

そして「はっ」とこの後に起こる事に気がついた時、私は何かを言おうとして…。

 

救命艇を護ように進んでいた艦娘が大爆発を起こし、バラバラに吹き飛ばされた。

 

私は漸く此処で、自分がまだ助かっていない事に気付き、絶望のあまりおかしな笑いをあげたと思うと。

 

なぜ疑問系なのかというと、わたしがこの時狂ったかのように笑っていたのだと、後になって聞いたからだ。

 

救命艇の中はにわかに騒然となった。

 

私と同じようにシートベルトで縛り付けられていた兵士が「離せと!」叫びながら暴れ出し、動揺して立ち尽くす者、震え俯き動かなくなる者、中には逃げようとして包帯姿のままう海に飛び込もうとする者など、船内は一瞬でパニック状態に陥った。

 

本来このとような時統制すべき乗艦がいなかった事が事態に拍車をかけた。

 

いや、いたにはいたが上官は重傷を負い今や誰にも顧みられる事も無く床に寝かされたままになっていた。

 

私はひとしきり笑った後、まるで能面のような表情で外を見ていたと言う。

 

私本人は全く気がついていなかったが、狂気を通り過ぎた人間は一転して酷く冷静になっていたのだ。

 

だからといって、この時の私は中の混乱を収めようと言う気は無かった。

 

寧ろこの時私の中にあったのは、無力感や無気力であり、周りの事も何処か他人事の様に思えていた。

 

酷く鈍感になっていたのだ、余りの事に脳が状況を処理できず結果壊れたPCのように私の動作は緩慢となり、自然それが私の胸の内を占めたのだ。

 

私がそうこうしているうちにも、海では艦娘と深海棲艦との戦いが続いていた。

 

いつの間にか、救命艇を曳航していた艦娘もいなくなり(記憶が正しければマフラーをした艦娘だったと思う)、船は少ないバッテリーを消耗しながら自走で進んでいた。

 

艦娘達は私達人間をいつの生かす為、その身を投げ打って我々の盾となりその命を散らしていく。

 

私は気がついた時目から涙が溢れていた。

 

そして自然と手を組んで祈っていた。

 

(誰か彼女達を助けてくれ!この地獄から救ってくれるのならば誰でもいい)

 

(お願いだ、神でも悪魔でもいいから誰かこの願いを聞き届けてくれ‼︎)

 

人間は真に進退窮まった時、本能的に『神』に縋るものらしい。

 

私の祖父母は熱心な仏教徒だったらしいが、私の両親もそして家族もまして群と言う立場に身を置く私は今まで一度も祈った事など無かった。

 

だからだろうか、それとも「悪魔でもいい」と祈ってしまったからだろうか。

 

私は、私が望んだ通りのものでは無く全く別のモノによって助けられる事になる。

 

ーとある除隊した神父の日記より抜粋ー

 

 

 

 

 

追う深海棲艦と追われる艦娘とで、互いに激しい砲火が交わされていた。

 

深海棲艦は追撃という勢いに乗り、その攻撃は苛烈を極め、対する艦娘達は皆深く傷付き中には片足を失っている中で必死に抗おうと砲撃を繰り返していた。

 

「救命艇には絶対に近寄らせるな!人間の盾になる事こそ艦娘だ、一歩も引くなーっ‼︎」

 

ここを死地と定めた川内達は、防御も顧みず敵に向かって突撃を繰り返した。

 

高練度、しかも第二改装を施された川内達は特に夜間戦闘においてその真価を最も発揮し、今倍する敵に対し果敢に攻撃を仕掛け多くの深海棲艦を海に沈める。

 

「弾のある者は前へ!体当たりしてでも奴らを沈めなさい」

 

川内型2番艦神通はそう言うや、手に持つ刀で深海棲艦を切って捨てる。

 

既に弾も魚雷も尽き、残るは一振りの刀とこの身一つと言う有様でありながらも、返り血で真っ赤に染まった鬼気迫る姿に、艦娘達は大いに士気をあげた。

 

「きゃは、那珂ちゃんオンステージ!」

 

那珂は相も変わらずその明るい相貌をまるで崩す事も無く、いつもの調子で戦場を駆け回る。

 

しかしそれは、自然敵の注意を引き多くの敵に狙われる中華麗なステップで、まるでダンスを披露するが如く次々と攻撃を躱しそして鋭い一撃を敵にお見舞いする。

 

「もう、舞台ではお触りは禁止されてま〜す」

 

と見当違いな事を言う那珂だが、やっている事は変態じみていて逆に味方から引かれている事を彼女は知らない。

 

川内達はここまでと動揺派手に動き回りながら敵の注意を引き、大きな戦果を挙げていたがしかしながら他はそうもいかず、多勢に無勢。

 

次々と味方艦娘はその命を花と散らせ、その度人間の川内達に伸し掛る負担は重くなっていく。

 

それでも必死に抗おうとする艦娘達に、予想以上に手を焼いた深海棲艦はムキになって益々その攻撃の手を強める。

 

特に護るものを背後に抱える川内達には不利な状況であり、段々とすり潰されていく一方で自分達の命は捨てられても人間の命だけは何としても助けなければならなかった。

 

人の為に生み出され、人の為に戦い、そして人の為に死ぬ。

 

それこそが艦娘であり、彼女達にとって勝利とは人が生き延びる事に他ならない。

 

だからこそ、彼女達は膝を屈する事は出来ない。

 

何故ならそれは艦娘としての存在意義に関わるからだ。

 

だが、現実はいくら川内達の心が折れなくとも非常である。

 

戦艦ル級が放った一発の砲弾が、放物線を描きながら川内達を飛び越し遥か後方に向かって進む。

 

普通の戦場であれば、これはただの狙いがずれたハズレ弾だっただろう。

 

しかし、この戦場においてはその意味は大きく違う。

 

深海棲艦は川内達が必死になって自分達を前に行かせまいとする姿を見て、彼女達の背後にまだ戦力を隠し持っていると誤解したのだ。

 

たからこそル級が放った一発は牽制と反応を見る為の一発であり、それが偶々偶然逃げる救命艇の進路と軌道が重なり、そしてそれに気がついた時川内達には最早どうしようも無かった。

 

(うそ⁉︎ここまで来て、狙われた?今はそんな事はどうでもいい、早く何とかしなくちゃ‼︎)

 

川内の思考は加速し、両の眼はしっかりと砲弾を見据えていた。

 

しかし、川内にはそれを迎撃する手段と何よりま時間が無かった。

 

「姉さん!」

 

「っ⁉︎」

 

突然全身を横から思い切りハンマーで殴られたかの様な衝撃を受け、川内は海面を転がる。

 

川内が一瞬砲弾に気をとられた隙に、リ級がその強烈な一撃を川内に向け叩き込んだのだ。

 

同じ巡洋艦とはいえ川内型はあくまでも軽巡、対しリ級は重巡でありその一撃の重さは軽巡の比ではない。

 

(ダメコン!だめもう使い切った、姿勢制御、とにかく着水しなくちゃ‼︎)

 

艤装は吹き飛び、服とマフラーが千切れ川内は血を流しながらそれでも手を付いて必死に立ち上がろうとする。

 

トドメを刺そうとするリ級をカバーに入った神通が相手をし、その間に立ち上がろうとするも川内は自分の左足が海に沈んでいる事に気がつく。

 

(左の推進がヤラレた、多分もう立ち上がる事も動く事も出来ない!)

 

川内は冷静にそうも自分の状態を分析した。

 

その間にも、妹の神通は必死にリ級に向かって刀を振るうがそこに別の深海棲艦から砲撃が飛ぶ。

 

咄嗟に、舵をきって離れる神通は見えない背後の姉向かって声を出した。

 

「姉さん、まだですか!もう保ちそうもありません」

 

今の神通では、敵の砲撃に対して対抗出来ない。

 

しかも、今は背後に倒れた姉を抱えているから余計その動きに制約がかかる。

 

だからこそ、神通は姉に早く立ち上がって欲しかったのだが、しかしその姉から意外な返事が返ってきた。

 

「神通!今から指揮を引き継いで部隊を掌握、その後この海域より撤退」

 

突然の姉からの撤退命令に神通は「姉さん何を…!」と言おうとして姉の姿を見て思わず口を噤む。

 

姉川内は艤装を全て失い、背中は大きく引き裂かれて真っ赤に染まり左足は腿の半分から失い骨を見せて海の中に浸かっていた。

 

しかも段々とその身体は海に沈みそうになっていた。

 

艦娘は艤装の加護なくして海に浮かぶ事さえままならない。

 

川内は最後の力を振り絞って神通に指揮権の移譲と最後の命令を告げ、自身は海の底に沈もうとしていた。

 

(ごめん神通…私、ここまでみたいだから)

 

あの時、敵の戦艦から放たれた砲弾が後ろの救命艇に向かうのに気がついたのは自分ただ一人だけ。

 

だからこそ、今この様な状態になってしまったのだが、今も神通や他の仲間達は人間を逃す為に戦い続けている。

 

しかし、最早その意味も無いとなれば川内に残る選択肢はただ一つだけであった。

 

「やっぱり…夜の海は冷たいや…」

 

薄れゆく意識の中、川内は誰ともなしにそう呟くのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

ル級が放った一発の砲弾は寸分たがわず救命艇の進路と重なり、無残にも船を完膚無きまでに破壊するかに見えた時、突如として救命艇の直上で砲弾が暴発した。

 

それは不良信管による早爆では無く、ヴィントシュトースから発射されたミサイルによる迎撃の結果であった。

 

突然自分達の上空で爆発音がし救命艇から何人かの負傷兵が外に向かって顔を出す。

 

彼等は今の今まで自分達が死神の鎌の上にいた事など、まるで知らなかったのだ。

 

そんな彼等を、いきなり上空から強烈なライトが照らしだした。

 

アルウスから発艦した救助ヘリ部隊から、ラペリングで大量の妖精さん達が救命艇に乗り込むと混乱する負傷兵達をよそにアレヨアレヨと言う間に負傷兵達をヘリの中へと収容していく。

 

無論中には突然の事態に暴れ出す者もいたが、そんな時は妖精さん達がもっていた鎮痛剤を注射されおとなしくさせたところで担架に縛り付けられた状態でヘリの中へと運ばれる。

 

その様子を見て、負傷兵達は抵抗する気力を一切失い妖精さん達に従うまま救助ヘリへと収容されていく。

 

その間ヘリと救命艇を守る様にヴィントシュトースが周囲を警戒しており、その横を数隻の超兵器達がすれ違う。

 

負傷兵達は、ある者はヘリの中からまたある者は救命艇の上でその姿を見て、その余りの早さに目を剥いた。

 

あれ程の早さの艦娘がいるなど、彼等は見た事もそして聞いた事も無かったからだ。

 

何人かが彼女達の状態を妖精さん達に聞こうとしたが、黙ってヘリの中に入る様促されるのみで答える事は無かった。

 

結果彼等は全員が無事に助け出されるも、得体の知れない連中に全く安堵する事が出来ず、内心気が気で無い中救助ヘリで運ばれて行くのであった。

 

その一方で、救命艇から負傷兵達をヘリに収容したとの報告を受けた焙煎は、スキズブラズニルの艦橋で顔を顰めた。

 

「一隻だけか…もう、あの中には誰も生き残ってはいないんだな」

 

眼前の遥か彼方、前線を覆い尽くす炎は艦娘の艤装さえ溶かす熱量を発し、それをただの人間が受ければどうなるかなど言葉にするまでも無かった。

 

しかし焙煎は心の内では何処か、もっと多くが生き残っているのではと思っていたが、救助班からの報告によってその現実をまざまざと見せつけられたのだ。

 

「まだ救助は終わってはいない。残る艦娘達の収容を急ぐんだ」

 

焙煎は自身にそう言い聞かせるように言葉を吐いたが、焙煎程度に言われなくとも妖精さん達には分かりきった事であった。

 

既にヘリの第二陣が飛び立ち、先に行ったヘリと入れ違いで戦場へと向かっていく。

 

後はヘリが到着する前に、超兵器達が間に合うかにかかっていた。

 

 

 

 

 

姉川内の身体が沈みそうになった時、神通の決断は早かった。

 

手に持つ刀を敵に向けて投げ、それは寸分たがわずリ級の額に命中し彼女を絶命せしめた。

 

しかし神通は敵がどうったかなど気にもせず、脇目も振らずに姉川内の方へと向かい、彼女を水面からすくい上げるように抱えると、その場から離脱しようとした。

 

「神…つう…なん、で…?」

 

「喋らないで下さい姉さん。傷が開きます」

 

武器を捨て轟沈寸前の姉を助けた神通には、その代償として姉を守るべき武器を失っていた。

 

しかし、だからと言って目の前だ で沈みそうになっている姉を見捨てる理由にはならない。

 

深海棲艦の方もいきなり目の前で仲間の額に刀が突き刺さった事で驚いて動きが止まっていた。

 

しかし段々と正気を取り戻すと、今度は仲間をヤラレた怒りに任せ、神通と川内達に向か矢鱈滅多ら砲撃を繰り返す。

 

普段の神通であれば、統制の取れない射撃など鼻歌交じりに回避出来たが、今は傷付いた姉を抱え、しかもこれまでの戦闘で彼女自身も大きく消耗し、その動きに精彩を欠いていた。

 

その為か、神通の背中の艤装に次々と被弾を重ねる。

 

16インチ砲がカタパルトごと夜偵を吹き飛ばし、足の探照灯は砲弾によって肉ごと抉り取られた。

 

艤装を背負う背中は、砲弾や艤装の破片によって切り刻まれ血を流し肩の一部からは骨さえ露出している。

 

苛烈な攻撃は、普通の艦娘であればとうに沈んでも可笑しくない被弾を負っても、神通はひたすら走り続けた。

 

それは何故か?

 

「じん…通、もういいよ…もう」

 

か細い蚊の鳴くような声で、川内は神通に向かってそう言う。

 

事夜戦となれば、常人の3倍もの闊達さと溌剌さが持ち味の川内が、今や妹の腕に抱えられ弱々しく自分を見捨てる様にそう妹に懇願するのだ。

 

今の神通にはそれが一番堪えた。

 

彼女達川内3姉妹は、海軍の最精鋭として常に全軍の先鋒を駆け回り、苦楽を共にした姉妹以上に戦友であった。

 

血よりも濃い絆で結ばれた彼女達だからこそ、今ここで戦友を見捨てる様な事などあり得なかった。

 

そして何よりも、神通は個人的に川内だけはなんとしてでも無事に返す必要があったのだ。

 

「駄目です、姉さん!私は誓ったんです、その薬指の人を必ず帰すって」

 

川内のひだりての薬指にキラリと光るリング。

 

川内は実はこの作戦の前、ケッコンカッコカリを済ませたばかりであった。

 

姉の晴れ姿を、つい昨日のことの様に神通は覚えている。

 

普段の兎角「夜戦!」と叫ぶ姿が嘘の様に白無垢に身を包み、提督と共に神前の前に進む姿は一種の神々しささえあった。

 

だからこそ、川内を愛する人の元に返すまでは神通は死んでも死に切れなかった。

 

しかし、幾ら神通が練達の艦娘でありその姿に鬼気迫るものがあっても、無情にも圧倒的物量で飛来する砲弾の暴虐の前には、まるで無力であった。

 

神通が被弾を重ねるたび、艤装か身体の一部が吹き飛びそして船足は当然遅くなっていく。

 

それでも五体に喝を入れ、気力を漲らせようとしで、身体から止め処となく流れる血と共に、神通から力を奪っていく。

 

何より、反撃も回避も出来ない今の神通は深海棲艦にとって唯の的と化していた。

 

ここでもし、神通達を救える存在がいるとすれび、それは決して神懸かり的な奇跡などではない。

 

まして今の艦娘達にはその奇跡さえ起こす様な力は残ってはいなかった。

 

あるとすれば、それはこの海域を支配する暴力を上回る様な、それこそ圧倒的かつ情け容赦のない暴威が突然降って湧いてくる様な事が起きなければ…彼女達の運命は決まったも同然であった。

 

 

 

とうとう神通の武運が尽きる時が来た。

 

満身創痍、そう言う他ない程今の神通は限界であった。

 

背中の艤装はとうに脱落し、破け燃えた服は最早その本来の役目を果たしてはいなかった。

 

川内を庇うように抱える腕は、最早骨と僅かばかりに残った肉で繋がっているにしか過ぎず、いつ千切れてもおかしくはなかった。

 

両の眼は失血によって既に光を失って久しく、神通は今自分がどこにいるかさえ分からなかった。

 

そして遂に両足の推進機構が限界を迎え、動力を停止しそれ以上前に進む事が出来なくなった。

 

このままでは唯海に浮かぶ的となってしまうが、そうでなくとも推進機構を失った艦娘は海の上に浮く事さえ出来なくなり、いずれ二人とも海に沈んでしまうだろう。

 

最も、深海棲艦は二人が海に沈むのを待っているほど悠長では無い。

 

足の止まった神通めがけ、砲弾や魚雷が集中する。

 

それは今まで川内姉妹に好き勝手されてきた鬱憤を晴らすが如く、容赦の無い猛烈な攻撃であり、命中すれば二人とも轟沈する所かバラバラに消し飛んでしまう程の火力であった。

 

万事休す、最早神通達に出来るのは迫り来る運命を唯受け入れるしか無いように見えた時…。

 

「悪いが、まだ沈んで貰っては困る」

 

それは夜の月明かりに照らされて、一筋の銀の閃光の様に見えた。

 

闇夜を切り裂く様な金の双眸は、忽然と戦場に姿を現し深海棲艦と神通達との間に割って入った。

 

突然の乱入者に、しかし深海棲艦側は全く余裕の態度を崩さない。

 

何故なら今放った砲弾と魚雷の量は、例え相手が戦艦クラスだったとて大破せしめる程の威力があり、しかも相手は棒立ち同然でまるで回避も防御する素振りさえ見せない。

 

よしんば何かしらの秘策があったとしても、自分達の有利は揺るがないと思っていた。

 

だからこそ、彼女達は目の前の光景が信じられなかった。

 

棒立ち同然であった相手が、砲弾が命中する直前腕を一振りしたかと思うと、猛烈な暴風が突如として発生し深海棲艦を襲った。

 

突然の突風に思わず目を覆う深海棲艦達。

 

次いで彼女達は我が目を疑った。

 

自分達が放った砲弾が、何と吹き飛ばされ全く見当違いの方向に落着したからだ。

 

ヴィルベルヴィントは超兵器機関の力を一部開放し、腕を伝わって周囲に撒き散らされた力の奔流は衝撃波となり、迫り来る砲弾を弾き飛ばしたのだ。

 

そして次に彼女は片足を上げると、「ドン」とそれを勢いよく海面へと叩きつけた。

 

今度はうねる波が海中の中を進む魚雷を翻弄し、進路を見失わせ中には早爆して周囲に連鎖するものもあった。

 

ヴィルベルヴィント、は常々何故自分達が人型なのか疑問に思っていた。

 

元の世界では最強の兵器として君臨した自分達超兵器が、この世界では脆弱な人の姿に押し込められているのだ。

 

今までは、それでも圧倒的力の差があったからこそ、元の世界と同じ様な戦えていた。

 

事実人の姿形になったからと言って、さしてそれを変えようとは思ってもいなかったのだ。

 

しかし、度重なるこの世界での戦と何よりも艦娘と深海棲艦との戦いを見てそれに変化が起きた。

 

艦娘達はかつてこの世界であった大戦の記憶を受け継いで、この世界に蘇った者達である。

 

だがしかしその戦いはかつての大戦の様に艦隊同士の遠距離砲撃戦では無く、お互いに視認できる距離まで近づいての近距離砲雷撃戦。

 

中には刀や薙刀で格闘戦も行う者もいるが、それを彼女達は全く不思議とは思ってもいない。

 

それは他の超兵器はどうであれ、ヴィルベルヴィントにとっては衝撃的であった。

 

今まで自分を含め超兵器達は、人の姿をしていても戦い方は元の世界と何ら変わりは無かった。

 

つまり、如何に優れた圧倒的力を誇っていても、戦い方自体が従来の延長線上にしかなかったのだ。

 

最初のうちは、それでも良かったのかも知れない。

 

圧倒的質の優位は、小手先の戦術を凌駕する。

 

事実そうであった、しかし彼女達の敵となる深海棲艦は量で艦娘を大きく上回り、一部個体は質でも上回ってすらいる。

 

その深海棲艦が相手となった時、つまり質量共に自分達にある程度対抗出来る存在と戦った時、その結果手痛い敗北を喫したのが北方海域での戦いであった。

 

最後深海棲艦は超兵器の威力の前に、撤退したかに見えたが、ヴィルベルヴィントの目にはそうは映らなかった。

 

『自分達は見逃されたのだ』

 

元の世界であれば、何ら問題にすらならなかった相手が、ことこの世界において自分達に牙を突き立て得ると言う事実。

 

史上最強最悪たる超兵器が、高々大戦レベルしかない深海棲艦相手に見逃されたと言う光景は酷く彼女のプライドに堪えた。

 

だからこそ、彼女なりにこの世界の理に即した戦い方を模索した結果、ヒントは意外な事に近くにあった。

 

同じ戦場で彼女と同じ様に屈辱を味わった超兵器アルウスは、その後播磨とのいざこざで見せた超兵器機関の力を開放して出力に上回る相手と渡り合い、それをヴィルベルヴィント也に昇華させたのが、先程見せた“技”である。

 

手本となったアルウスに言わせれば、『小手先の技に頼る貧弱な超兵器の発想』と言われるかも知れない。

 

しかしこの技をヴィルベルヴィントが習得する前に、同じ様な状況にあったとしたらどうであろう?

 

如何に優れた装甲と火力を持つヴィルベルヴィントとて、迫り来る砲弾や魚雷を全て防ぎきる事は出来ないかった筈だ。

 

幾らか被弾覚悟でも、全くの無傷とはいかなかっただろう。

 

防御重力場が無い今(何故かスキズブラズニルでも開発出来ていない)、余り装甲の厚くない彼女が敵の攻撃を受けると言うの難しかった。

 

だが、今のヴィルベルヴィントにはそれが出来るのだ。

 

上空と海中で発生させた衝撃波は、擬似的な防壁となって砲弾や魚雷を防ぐ事が出来、背中に守る二隻の艦娘に全く被害を与える事が無かったのだ。

 

自分と背後に庇う神通達に迫り来る砲弾と魚雷を迎撃したヴィルベルヴィントは、今度は両足に力を込めると一気に加速した。

 

前は幾ら最高速度が200ノットに迫ると言っても、停止状態からの加速には矢張り其れなりの時間がいった。

 

しかし、今のヴィルベルヴィントは0(最低速力)から限りなく10(最高速力)に近い早さを一瞬で引き出す事が出来た。

 

自身の身体に流れる超兵器機関の力を、段階的に1、2、3…と上げるのではなく、必要な箇所に集中し一気に流し込む事で、限りなく力のロスを抑えると言う運用法を確立した今のヴィルベルヴィントの動きは、最早唯の艦の動きを或いは艦娘の動きさえかも超えていた。

 

深海棲艦にとっては、遠くにいた筈のヴィルベルヴィントが瞬きしている間にもう目の前まで接近していると言う訳も分からない状況であった。

 

慌てて攻撃しようとしても、それよりもずっと疾くそして鋭い攻撃がヴィルベルヴィントから加えられる。

 

ヴィルベルヴィントは棒立ち同然の目の前の深海棲艦の首を手刀で刎ねると、同時に41㎝連装砲4基8門が其々別の方向を向き獲物に狙いを定め砲弾が放たれる。

 

轟音が鳴り響き、8つの弾頭は超高速回転しながら獲物を穿つ。

 

哀れな駆逐艦イ級は、真正面から砲弾を喰らい船体を貫通された上弾薬庫に引火、自分が何をされたのかも分からぬまま爆沈。

 

人型の深海棲艦は、ある者は肩口からごっそりと身体を抉り取られ、またある者は腹部バイタルパートに直撃を受け身体をくの字に折れ曲げさせられながら上半身と下半身に分けられた。

 

そして彼女達の中で最も強力とされる戦艦は、沈められこそしなかったものの船のそして生物の頭脳たる頭部を吹き飛ばされ、頭が無い奇妙な人型の置物として海面に擱座した。

 

一瞬で9隻もの仲間が戦闘力を喪失(或いは轟沈)させられた深海棲艦は、兎に角敵を近付けないよう矢鱈滅多ら撃ちまくる。

 

砲弾が銃撃が魚雷が、横殴りの豪雨の様にヴィルベルヴィントに殺到する。

 

しかし既にヴィルベルヴィントの姿はそこには無く、砲撃後直ぐに移動した彼女は今度は相手の中央部に躍り込む。

 

そこから先は最早虐殺であった。

 

全身凶器と化したヴィルベルヴィントが腕を振るう度誰かの首か身体の一部がとび、そうで無くとも火力で圧倒され、逃げ出そうにも今のヴィルベルヴィントから逃げるのは至難を超え最早不可能とさえ言えた。

 

黒々とした鮮血が夜の海を黒く染め、悲鳴を出すことさえ儘ならぬ中一方的に命を刈り取られると言う恐怖。

 

狩る側から狩られる側に転落した彼女達には、最早争う術など何処にも無かった。

 

抵抗しようとした最後の仲間が倒れ、奇跡的に生き残った深海棲艦達は、己が生存本能が叫ぶままにバラバラの方向に逃げ始める。

 

統制も何も無く、唯只管に生き延びるべく逃走する深海棲艦の姿は、事生きる事に対しての執着において人間とそうも変わりは無い様に見えた。

 

しかし、だからと言って今のヴィルベルヴィントには見逃す理由は無い。

 

今回彼女達超兵器が与えられた任務は、追撃を受ける艦娘達の救出と、並びにこの海域からの離脱であった。

 

であるならば、艦娘救出の観点から言えばここで取り逃がした敵がその先にいる艦娘を襲うかも知れないと言う理由の他に、海域より離脱する事を考えると少しでもここで敵の戦力を削っておきたいと言う理由から、敵に対して容赦すると言う事は考えられなかった。

 

最も、こうなる事を考え既にヴィルベルヴィントは予め対策をしていたが…。

 

 

逃げ出そうとした深海棲艦は、しかしその目的を果たす事は叶わなかった。

 

彼女達が逃げようとしたその足元が、突如として爆発し水柱と共に彼女達の身体をバラバラにしたからだ。

 

(なんで…⁉︎)

 

彼女達がそう思うのも無理は無い、が仕掛けは実に単純であった。

 

ヴィルベルヴィントは接近する際、予め待機状態にした魚雷を幾つか投下していたのだ。

 

そうして、投下された魚雷は逃げ出そうとする深海棲艦に反応し、逃げるのに夢中な彼女達はそうと気付かずまんまとヴィルベルヴィントが仕掛けた罠にかかったのだ。

 

他の超兵器に比べ突出した火力も特別な装備も無いヴィルベルヴィントだが、最初期の超兵器にして大戦末期まで戦い続けたその経験値は、既に老練にして老獪の域にまで達していた。

 

全てが終わった後、ヴィルベルヴィントはチラリと後ろを振り返った。

 

そこには、何とか沈むまいとギリギリの所で踏み止まる神通とそして川内の姿があった。

 

周囲を水柱と渡してみるに、後の事は他の超兵器に任せても十分だと考えたヴィルベルヴィントは、あまり波を立てない様に進みながら先ずは沈みそうな二人を助ける事を優先したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

深海棲艦の追撃を受けここを死に場所と定めた艦娘達であったが、超兵器の増援により敵が文字通り“全滅”した為、一先ずの安堵を得る事が出来た。

 

しかし、那珂一人だけは気を抜いてはいなかった。

 

川内神通と立て続けに連絡が取れなくなった事で、実質的に生き残りの艦娘達を纏める立場となった那珂は、そう簡単には気を許す事は許され無かった。

 

そもそも自分達を助けた相手を、彼女はまだこの段階で疑ってすらいたのだ。

 

(川内ちゃんも神通ちゃんとも連絡が取れない今、私がしっかりしなくちゃ!それにあの未知の艦娘が本当に味方ななかも分からない)

 

助けられた相手に向かって随分と恩知らずな態度だと思うかも知れないが、これは那珂の責任には当たらない。

 

そもそも焙煎達超兵器の存在は、今だに海軍内部でも眉唾ものであり、特に前線のシビアな戦場を生き抜いてきた艦娘や提督程超兵器の存在を白眼視しているのだ。

 

那珂のこの反応も、決して無知からくると言うわけでも無く、寧ろ彼女の状況からいって無理からぬ事であった。

 

一方の超兵器達も、警戒を解こうとしない艦娘達を相手にどうすれば良いか判断に迷っていた。

 

自分達は相手の事を知っているが、その肝心の助けた筈の相手から猜疑の目を向けられているのだ。

 

ヴィルベルヴィントであれば、上手いこと言いくるめる事も出来ただろうが、生憎と保護した二人の元を離れる訳には行かず、この場にはいなかった。

 

しかして艦娘達を救出に来た超兵器の中で彼女達と話が出来る者など…「おうおう、終わったんならボサッと突っ立ったないでさっさと撤収するんじゃないのかい」いた。

 

遅れてやってきたデュアルクレイターは、戦闘が終わったのに艦娘達との間でみょうな緊張を築いている超兵器達を押しのけ、那珂の前に来てそう呆気らかんと言った。

 

「…貴女は?」

 

今だ警戒を解かない那珂に、デュアルクレイターは胸部装甲を突き出す様な腰に手を当てて言った。

 

「アタシかい?アタシはデュアルクレイターってもんだよ。まあ、アンタラ風に言えば超兵器かな」

 

「その超兵器が どうして私達を助けたんですか?」

 

那珂はこのデュアルクレイターと名乗った謎の艦娘の事を疑り深くそして注意しながら見ていた。

 

明らかに、日本艦艦娘と違う見た目をした相手が、しかも先程の戦闘で見せた圧倒的戦闘力は彼女の目から言っても脅威に見えた。

 

これを容易く信用しろとは、中々に難しい事であった。

 

しかし、デュアルクレイターは那珂の事など知った事かとばかりに彼女を叱り飛ばした。

 

「馬鹿野郎!ウダウダ言ってないでさっさと負傷者の救助に当たるのが先だろう⁉︎指揮官なら部下の命に責任を持て‼︎」

 

元がアメリカで建造された超兵器だけに、負傷兵の救助に全力で当たる事が当然であった彼女にとって、今の那珂の対応は彼女のカンに触ったのだ。

 

意外かも知れないが、米軍ではスタンドプレーよりもチームプレーが重視される。

 

元々国も生まれも人種も宗教も異なる雑多な移民の集まりであるからして、何もかも異なるのだからそれを一つの集団として纏めるに当たり、個人よりも連携重視は当然の帰結と言えよう。

 

自然仲間を見捨てないと言う土壌が形成され、それが今日にまで至るのだがそれは割愛する。

 

つまりデュアルクレイターの目には、今の那珂は仲間の命を犠牲にして自分達と不必要な対立をしている様にしか思えなかったのど。

 

実際那珂も、デュアルクレイターに指摘されてそこで漸く初めて周りの状況に気が付いた。

 

川内達と一緒に集めた敗残艦娘達は、既にその半数以上がこの場には無く、残る艦娘達も皆深く傷付き立っている事さえ儘ならぬ様な状態であった。

 

彼女達は、不安そうな瞳で那珂とデュアルクレイターとの遣り取りを見つめていた。

 

彼女達から受ける多数の視線に晒され、途端那珂の両肩にその重圧がのしかかった。

 

彼女は二つの事を天秤にかけなくてはいけなかった。

 

つまり、このまま続けるかそれとも…。

 

「…ごめんなさい、少し混乱しちゃったみたい。デュアルクレイターさん、貴女達の救助を受け入れます」

 

那珂がそう言った事で、周囲にフッと安堵の空気が広がる。

 

艦娘達も漸く武器を下ろし、中にはその場にへたり込みそうになり慌てて側にいた仲間に支えられる者もいた。

 

皆、限界など等に越していたのだ、それが此処まで保ったのは偏に川内達3姉妹の存在が大きい。

 

その川内型の那珂が受け入れた事で、彼女達も本当に心の底から安堵出来たのだ。

 

直ぐに救助活動が始まるかに見えたが、此処で直ぐにある問題に直面した。

 

超兵器達は艦娘達を救助する際、元の艦船の時と同様の方法を使おうとしていた。

 

つまり船の曳航である。

 

しかし、今の艦娘達は自力での航行は疎か、浮かぶのさえ覚束なかった。

 

意外かも知れないが、那珂ですら大きく被弾し片足の浮力を失い、それをもう片方で何とか補っている様な状況であった。

 

有り体に言って、今の艦娘達は浮かんでいるのが不思議な状況であったのだ。

 

超兵器達は「さてどうしたものか」と頭を悩ませた。

 

焙煎と対応を協議しようにも、艦娘達の状況からその時間さえ惜しかった。

 

しかし無理して曳航しようにも、今の艦娘達を動かすのは沈めるのを早めるだけであった。

 

そして超兵器達は打開策が見出せないと思えた時、またしてもデュアルクレイターが、

 

「しょうが無いな、少し下がってろよ」

 

と徐に目を閉じて精神統一し、何かを準備し始める。

 

そして次の瞬間デュアルクレイターが両目をカッ!と見開いたかと思うと、 突如として海が盛り上がり始めた。

 

月夜に照らしだされまるで黒いクジラが海中からジャンプしそのまま海面に叩きつけられたかの様な高い水柱が上がり、姿を見せたそれは余りに大きい船であった。

 

双胴の船体と同じく巨大な楼閣を思わせる2つの艦橋を備え、平べったい甲板の上には巨大な砲塔と馬鹿げた大きさのロケット砲が並べられていた。

 

「取り敢えず、動けそうなのはこのまま入ってくれ。そうで無いのには仲間に手伝ってもらうか此方から手を貸す」

 

デュアルクレイターの巨体がその場で半回転し、艦尾にある2つのハッチがせり上がる。

 

そして中から無数の魚雷艇が出て来て、動けない艦娘達を曳航しハッチの中へと連れて行く。

 

「あははは」

 

那珂は目の前で起きた余りに非常識な光景に、とうとう乾いた笑い声しか上げられなかった。

 

こうして無事、全ての艦娘がデュアルクレイターに収容され、超兵器達に護衛されながらデュアルクレイターはスキズブラズニルへと帰還した。

 

結果として、問題視された深海棲艦の追撃は無く、寧ろ拍子抜けと言わんばかりに呆気なく焙煎達は前線から離脱出来た。

 

しかしそれは、決してこの戦いの終わりを意味しない。

 

寧ろこれから起きる事こそ、南方戦役の本番なのだから…

 

 


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