31話
戦艦棲姫蜂起、その報は一瞬にして南方海域中を駆け巡った。
飛行場姫によって誅殺されたかに見えた戦艦棲姫が実は生きており、しかもポートモレスビー要塞を奪取して一勢力を立ち上げていたなどど、誰が想像できよう。
戦艦棲姫は凡ゆる通信回線を開き、全深海棲艦に飛行場姫に対する離反を呼びかけた。
彼女は言う、「飛行場姫に正義はない。奴は権力と力に溺れた魔物である」
「このまま付き従っていいのか?その末路は敵味方諸共核攻撃の餌食にされた仲間の無念の残骸が証明している」と。
同時に戦艦ル級が集めた飛行場姫の数々の悪行や核攻撃の紛れも無い事実なども公表し、彼女を糾弾した。
そしてこれは意外にも直ぐさま効果を表した。
飛行場姫に唯々諾々と従っている者達の多くは、単に飛行場姫に対抗出来る者がいないから従っているに過ぎず、戦艦棲姫と言う錦の御旗が出来つつある今、それに鞍替えするのになんら躊躇はなかった。
しかもこの期に乗ぜよとばかりに、今まで抑圧され鬱屈がたまっていた下級深海棲艦の不満が等々爆発した。
彼女らは口々に「戦艦棲姫様万歳」と叫びながら、上官や飛行場姫にゴマをすっていたものを撃ち殺した。
無論その中には何ら関係のない者も含まれていたが、彼等の怒りはそれで治る訳は無かった。
南方海域全体が、今や飛行場姫を倒せとばかりに揺れていた。
彼方此方の基地が襲撃され、昨日までの戦友が相撃ちあい混沌としていた。
飛行場姫に忠誠を尽くす者達は、今や状況は一転し昨日までの海軍に勝っていたのが今日には反乱が発生する始末。
しかも反乱軍は前進してきた戦艦棲姫の軍門に次々と下り、その数と勢いは増すばかりである。
彼等はその圧力を受けて飛行場姫に助けを求めるべく、ジリジリと南方海域奥地へと後退していった。
ここで視点を転じ、南方海域から叩き出された海軍に目を向けてみよう。
放射能に汚染されながらも、何とかラバウル基地にたどり着いた艦娘と将兵だが、ここで彼等は初めてトラック司令部が自分達と同じ日に壊滅した事を知った。
そしてラバウルには、傷ついた将兵を癒す設備や物資は無く、彼方此方で医薬品や包帯に食料を奪い合う始末。
遺体は放置され、統制は回復しようも無い。
地獄から生き残った彼等を待っていたのは、また地獄であった。
こうして、本土から救援が来るまでの間大勢の艦娘と将兵が命を落とすこととなる。
もう1つの焙煎達は、この混沌とした状況の中で更に混乱していた。
自分達が覚悟を決めてさあ攻めようとした時、突然深海棲艦同士の内乱が始まったのだ。
これで混乱しないわけが無い。
しかし一方でこれはチャンスであった。
全方位に向け放たれた戦艦棲姫の演説は、当然の事ながら焙煎達も受信していた。
戦艦棲姫が語るその言葉を信じるならば、深海棲艦の中にも核攻撃に異議を唱える勢力があると言う事だ。
これは朗報であった、つまり焙煎達は少なくとも片一方の勢力とその目的を同じにする事が出来る。
共に手を取り合う事は不可能でも、半分の相手を無視できるのなら状況は大いに好転したと言えよう。
「兎に角これはチャンスだ!この期に乗じて飛行場姫側の核戦力を破壊して回る」
混乱から立ち直った焙煎は、そう言うと当初の計画を変更すると伝える。
「二分した深海棲艦、これを戦艦棲姫派と飛行場姫派と仮に命名する。まず此方はヴィルベルヴィント、ヴィントシュトース、シュトゥルムヴィント、アルウス、ドレッドノート、播磨の主力で飛行場姫側の本拠地を全力で叩く」
「戦艦棲姫に先んじて飛行場姫の核を破壊するんだ」
混沌とする南方海域だが、しかし何か目的があるのか一心不乱に南方海域の奥地へと突撃する戦艦棲姫の反応と、逆に奥地へと逃げていく深海棲艦。
それらはある一点を目指しており、それはつまりそこに飛行場姫がいるという紛れも無い証拠であった。
「デュアルクレイター、アルティメイトストームの2人は深海棲艦の目が飛行場姫に集中している間に、先の飛行場があると思わしき島を全て破壊しろ」
「万が一それらに核弾頭の一つでも残っていたら後々面倒だ」
戦艦棲姫の蜂起により、それらの大小様々な島々からは深海棲艦は逃げ出してしまったが、しかしそこに核が無いという保証はない。
故に焙煎は戦力を割いてでも、安全を確保する必要があったのだ。
デュアルクレイターとアルティメイトストームはお互いに顔を見合わせてこう言った。
「またお前と組むとはな、アタしゃあんたのお守りじゃ無いんだけどね」
「違うね、姉貴の後ろが狙われない様私がお守りするんだよ」
「へ、精々間違って背中から撃たないでくれよ」
と互いに減らず口を叩き合う。
本拠地攻略を命ぜられた超兵器達も、其々含むところはあると言う顔をしながら、しかしヴィルベルヴィントが代表してこう言った。
「ここに集まった面々は互いに含むところもあるだろうが、それは元の世界の事と今は忘れてくれ」
「折角与えられた戦場だ、大いにハメを外して楽しもうじゃないか」
そう言って、集まった超兵器の誰もが獰猛で凄惨な笑みを浮かべた。
改めて、彼女達は戦うことを無上の喜びとするキリングマシーンだと言う事を、この時焙煎は実感していた。
「俺達の未来はここにかかっている!超兵器の力ならば出来ると信じている」
焙煎は最後にそう締めくくる。
こうして、予期せぬ第三極を迎えた南方海域は、最後の戦いを迎えようとしていた…。