34話
南方海域最深部、飛行場姫が本拠地を構える人工島の地下司令部は、現在混乱の真っ只中にあった。
「テッタイチュウノダイロクセンタイトノツウシントゼツ!」
「ダイハチカンタイ、オウトウセヨダイハチカンタイ」
「テッタイチュウノカンタイノサンワリガゼンメツシタダト!?ドコノゴジョウホウダ!!」
「カイイキゼンイキデキョウリョクナジャミングニヨリツウシンガデキイ!コレジャナニガナンナノカンカラナイゾ」
次から次へと舞い込む凶報に、既に司令部の処理能力はパンク寸前であった。
如何に飛行場姫が構える司令部とは言え、超兵器機関が発するノイズによって凡ゆる電子的索敵装置は無効化されており、それ故司令部に詰める深海棲艦達は殆ど何が起きているのか分かっていない状態であるのだ。
その様子を、一段高い位置から睥睨していた飛行場姫は苛立たしげに爪を噛む。
「ヤッテクレタワネ、ワタシノケイカクヲゼンブタチャクチナニシテクレチャッテ」
飛行場姫はこの土壇場になって盤面をひっくり返されたことに、普段以上に怒りを昂ぶらせていた。
「ヒメサマ、イカガイタシマスノデ?ゴメイレイトアラバワタクシミズカラガウッテデマスガ…」
離島棲鬼がそう言うも、今彼女をこの場から動かすわけにはいかない事は飛行場姫が一番分かっていた。
「イイエ、ソレニハオヨバナイワ。アナタハケイカクニトッテジュウヨウナソンザイナノダカラ…」
飛行場姫の言う計画とは、今起きている反乱の事を指していた。
元々核兵器使用で不満が爆発する事を見越していた飛行場姫は、敢えてポートモレスビー要塞を手薄にして南方海域の最深部に引きこもっていたのだ。
無理やり乱戦状態を作り出したのも、参加しているであろう超兵器達を拘束し諸共核で吹き飛ばすつもりであったからだ。
そして怒りに駆られ、暴発した相手を無傷の親衛隊と核の力でもって纏めて葬る事を目論んでいた。
無論彼女とて葬ったはずの嘗ての政敵、戦艦棲姫が生きているとは知らなかったがしかしこの思わぬ大物の存在によって益々自身の計画の完璧性が高まるはずであった。
何故なら現在深海棲艦の中で自らに匹敵するうるのは、矢張り戦艦棲姫のみで在り此れを亡き者とすることが出来れば、深海棲艦の完全な独裁も夢ではない。
だが、それらの計算を超兵器と言う獣はいとも簡単に崩してしまった。
まさか超兵器達が独自の考えを持って戦場から逃亡するなどど、誰が考えよう。
今や、数的な面で戦艦棲姫と飛行場姫側との戦力差はさほどでも無く、しかし超兵器の襲撃により全軍が浮き足立っていた。
しかもこの超自然現象とでも言うべき相手に対して、飛行場姫が持っているカードでは一つを除き何ら対抗することが出来ない。
「ナラバヒメサマ、モシヤカクヲオツカイニ?」
そう核の力ならば、超兵器に対抗する事が出来る。
如何に常識外れの力を持つ超兵器とて、全てを破壊する核の炎の前では無事では済まない。
しかしそれを飛行場姫は首を横に振って否定した。
「アナタモワカッテイルコトヨ?ワタシタチニハソレホドカクハノコサレテハイナイコトヲ」
核はその威力故非常にデリケートであり、取り扱いには常に細心のの注意が払われていた。
飛行場姫が態々離島棲鬼に命じてこの人工島要塞を作らせたのも、半分は核兵器の貯蔵庫としての意味合いが強い。
誰だって、管理が悪くて使う前に汚染されたくはないのだ。
しかも一発製造するのに多大な時間と資材を必要とし、それ故数の不足を威力で補おうとしたため益々量産には不利となっていた。
つまり、飛行場姫側が保有する核とは、一発の威力は高くともそれを湯水の如く使えるほどの数的な余裕はないのだ。
それでは打つ手なしかと問われれば、飛行場姫は「否」と答えるだろう。
「“アレ”ヲツカウワ」
「!?イエ、ヒメサマガオキメニナッタコトナラワタクシハシタガイマスワ」
離島棲鬼はまさか此処で飛行場姫が持つ、恐らく核と同等のカードであるアレを切ると聞いて、さしもの彼女も驚きを隠せないでいた。
と、同時に至極当然だと納得していた。
アレは核の副産物で生まれた存在、確かにそれならば超兵器に対抗できるやもしれない。
「ジカンガナイワ、イソギジュンビシナクテハ…」
一方飛行場姫側が混乱しているのと同じく、戦艦棲姫側でも混乱が見られた。
「サテ、ドウスルベキカ」
戦艦棲姫は自らの新しい艤装に身を預けながら、一人思案した。
部下を残虐な方法で辱められ、その怒りによって挙兵したとは言えそこは深海棲艦きっての名将。
怒りの炎で闘志を熱く燃やしながらも、頭の中は暗く深い所を流れる水と同じくらい冷静であった。
超兵器の最初の突撃で彼女側の部隊も幾らか巻き込まれたとは言え、超兵器達は遠巻きから見ても飛行場姫側の深海棲艦だけを狙って攻撃している様に見える。
嘗て北方海域で見えた時とはうって違い、その戦い方は理性も何もない獣そのものではあったが…。
しかし戦艦棲姫は何故このタイミングで超兵器が現れたのかを考えるに、恐らく目的は一つしかないと結論づけた。
「ヤツラモカクハコワイトミエル」
「ナラバモクテキハオナジナラリヨウサセテモラオウ」
今飛行場姫の目は超兵器に向けられている、その隙に自分達は大きく回り込んで飛行場姫の本拠地を直撃しようと考えた。
戦艦棲姫は自分と同じく艦隊を率いて停止していた軽巡棲鬼、駆逐棲姫に指示を伝え、自らもまた艦隊と共に動き出した。
こうして戦艦棲姫達反乱艦隊は、飛行場姫に知られることすなくその本拠地へと迫っていったのである。