42話
ヴィルベルヴィントがレ級を撃破した少し前、別の海域でアルウスはレ級との間に熾烈な砲撃戦を繰り広げていた。
「いい加減沈みなさい!」
アルウスの右腰に装備された艤装の主砲から砲弾が飛び出し、レ級の周辺に水柱を上げる。
負けじとレ級も応射し、砲数こそ少ないものの、水柱の大きさではアルウスのものよりも巨大なものを立ち昇らせた。
アルウスはその水柱に翻弄されるように右へ左へと舵を切り、はたから見てもどちらが優勢なのか見て取れる。
最初の奇襲によって飛行甲板に被弾し航空機が運用できなくなったアルウスは、砲雷撃能力で勝るレ級と中距離での砲撃戦に引き摺り込まれていた。
無論航空機が使えなくとも、アルウスは並みの戦艦など一蹴する程の火力を備えているが今回は相手が悪かった。
何故ならレ級の装甲はその並みの戦艦よりも遥かに強固であり、しかも砲雷撃能力はアルウスよりも優れているのだ。
レ級の砲撃から逃れる為、一旦距離をとって仕切り直そうとするアルウスの上空から今度はレ級の艦載機が襲いかかる。
数でこそアルウスの艦載機数に遥かに劣るが、それでも艦載機が使えない今のアルウスにとって十分厄介な存在といえよう。
「鬱陶しい小蝿め!私の空を汚すな」
苛だたしげに吐き捨てながら、アルウスの半壊した艤装から対空砲火が立ち昇る。
本来アルウスや他の超兵器にはミサイル兵器が搭載されているが、しかし現在レ級から発せられる強力なECMによって妨害され無効化されていた。
しかもアルウスの対空兵装の大半は左半分の艤装カタパルト側に偏っており、そこが被弾し破壊されてしまった為彼女の対空能力は著しく後退していたのだ。
アルウスは主砲まで動員し、対空散弾やバルカン砲が空に火線を描くも、レ級の艦載機はまるで嘲笑うようにその火線を掻い潜り、次々と爆弾を投下していく。
アルウスは、咄嗟に舵を切り爆弾を回避しようと試みる。
70ノットもの高速を誇るアルウスの足なら回避は容易な様に思えるが、しかしそれは違う。
舵が切り終わる前に、爆弾がアルウスの周囲に降り注ぎ巨大な水柱をあげ飛び散った破片がアルウスの艤装に乾いた音を立てる。
「くっ、また!」
アルウスは確かに足の速さならヴィルベルヴィント達にも引けを取らない。
しかしその旋回能力や操舵性能については、所詮空母相応程度でしかないのだ。
何故ならアルウスのコンセプトは敵と目に見える距離での砲雷撃戦ではなく、その速力でもって戦域に侵入し圧倒的な航空能力をもって叩き潰すことにある。
つまり細かい操舵性は二の次であり、逆に言えば今の様な中距離な持ち込まれその速力を生かせない場合、アルウスは圧倒的に不利なのだ。
爆撃が終わったのもつかの間、今度はレ級からの砲撃が飛びアルウスの針路を塞ぐ。
砲弾の雨の中に自ら突っ込まない様、アルウスは速力を落とすしかなくその瞬間を狙いすましたかな様に特殊潜行艇から魚雷が発射される。
絶対必中の距離で放たれたそれは、アルウスの左舷目指して真っ直ぐと突き進む。
アルウスは魚雷を迎撃しようと身を捻るも、間に合わず何本も魚雷が彼女に突き刺さる。
水中で発生した爆発音と共に、装甲がひしゃげる金切り音と爆炎が上がり赤い液体とアルウスの服の一部が空に舞い上がった。
(仕留めた!)
眉を細め一人ほくそ笑んだレ級はかなりの手応えを感じていた。
飛行場姫によって生み出され、彼女の切り札として超兵器を倒すべく厳しい改修を続けられてきた自分達が、漸くその本懐を遂げる事が出来たと彼女は内心喜びに舞い上がっていたのだ。
今ももうもうと黒煙を立て、傾く巨影を見ながらこの時レ級はある事を考えていた。
このまま何もしなくても相手は勝手に海に沈むだろう、しかしそれでは自分が建てた功績が証明出来なくなる。
と言うのも出撃前、飛行場姫はレ級達にある事を約束した。
その約束とは、『超兵器を討ち取った者には今後南方海域の支配権をあげる』と彼女達の前で堂々と宣言したのだ。
レ級は無論戦闘艦である、彼女達は支配なぞに興味のカケラもないがしかし強敵を討ち取って南方海域を得た取ればそれは他の誰にも比肩することが出来ないほどの巨大な功績となる。
つまり超兵器を討ち取れば己が闘争本能を満足させるだけでなく、同時に栄誉と栄光が手に入るのだ。
この世に一個の戦闘生命体として生まれた彼女達にとって、それは他の何物にも代え難いものである。
その為には、彼女は自らが挙げた功績を示す証拠を得る必要があった。
レ級は風に乗って飛ばされてきたアルウスの服の一部を手に取ったが、直ぐに捨ててしまう。
こんなものでは証拠とは言えない、もっと大きくそれでいて一目で誰が建てたか分かる功績。
自ずとレ級は黒煙の向こう側にある相手の顔を想像した。
あの豪奢な金髪をぶら下げた頭は、さぞ立派なトロフィーとなるであろう、と。
古の戦の作法に則り、敵の首級を挙げるべくレ級は迂闊にもアルウスに近づいていく。
それが果たしてどんな結果を生むのか、この時の彼女はまだ知らない。
そうこうしていく内にレ級はアルウスへと近づき、立ち昇る黒煙が鼻先を掠めるほどの距離でレ級はある事に気がつく。
黒煙の中に浮かぶシルエットが、一向に変化しないのだ。
通常、船が沈む時それが転覆でもしない限り大きければ大きいほど沈没には時間がかかる。
当然超兵器程の巨体ともなれば、沈没する迄の時間は相当かかる事が想像されるのだが…。
(余りにも変化しなさ過ぎじゃないのか?)
自分がさっきまでいた位置と今とで、敵のシルエットに変化がない事にレ級は違和感を覚えたのだ。
もしや死んだふりをしているのではと疑ったものの相手の無防備な左舷に必殺の魚雷を叩き込んだ事もありレ級は直ぐにその考えを捨てる。
一本一本が並みの魚雷数本分に相当する威力があり、しかも相手の左舷はその前のレ級の奇襲により半壊している。
傷付き装甲がめくれ上がった相手の弱点部に、此方の強力な魚雷が全て命中したのだ、これで無事な兵器などこの世界に存在する訳がない。
もしこれで仮に無事な者がいれば、それは艦娘でも深海棲艦でもない、文字通りの化け物だけだ。
レ級は心の中で自分をそう納得させると、黒煙の中に両の手を突っ込む。
予想以上に火の回りが早く、このままでは自身も危ないと感じていた為だ。
黒煙の向こう、相手の頭を両手でもぎ取ろうとしたその瞬間…。
「やっと、捕まえましたわ」
地獄の底から聞こえるかの様な底冷えする声が聞こえたかと思うと、煙の中で自分の右手を何者かが掴んだ。
咄嗟に手を引こうとするレ級、しかし万力の様な力で締め付けられ離れる事が出来ない。
レ級は何とか拘束から逃れようとジタバタと暴れるが、その間に黒煙で遮られたカーテンの向こう側から声の主が現れる。
「全く、髪の毛が燃えてしまう所でしたわよ」
その正体はレ級が仕留めたと思っていたアルウス本人であった。
煙から姿を現したアルウスは、服の所々が破けたり煤けたりなどしていたが、しかし背中から赤い血が流れている以外目立った損傷などない。
一体全体これはどう言う事かとレ級の頭は混乱する。
そんなレ級を見て、アルウスは獰猛な獣じみた笑みをニィと浮かべるのであった。
時は少し遡り魚雷が命中する直前、アルウスは回避も迎撃も間に合わないと知ると、彼女は何とあろう事か己が艤装を掴みそれを引きちぎって敵の魚雷の方へと投げ込んだのだ。
アルウスの艤装は右舷側が砲撃、左舷側がカタパルトとなっており、それが背中で一体となって接合している。
その為、艤装を引き剥がす時猛烈な激痛が全身を走り、アルウスはそれを無視してまだ使える右舷側も犠牲にして自身の身を守ったのだ。
あの時飛び散った破片や血はこの時の出血によるものであり、レ級はそれ故勘違いしてしまったのである。
まさか艤装を犠牲にしてまで身を守るとは想像していなかったレ級は、黒煙の中から現れたアルウスに驚いたが直ぐに彼女の艤装がない事に気がついた。
如何にそれで身を守れても、敵に攻撃する手段なくば戦場では勝てない。
相手は自分を捕まえたと言ったが、寧ろ今の状況はレ級にとっても格好のチャンスであった。
身動きできないのは何も自分だけでない、相手も同じでありならばこの至近距離で自分が砲撃を外す筈もない。
今度こそトドメだとばかりにレ級は艤装の主砲をアルウスに向けようとして…。
その前にアルウスの右手が自身のスカートの中に突っ込む。
以前北方海域での海戦の折、アルウスが姿を変えボーガンの様な艤装を使用したとの情報はレ級にも入っていた。
その為、レ級は咄嗟に自分の自由な左手で身体を庇う。
相打ちでも、防御が出来ている自分の方が有利だとの判断からであった。
これは確かに常識的な判断から言えば正解と言える行動であろう、しかしレ級はこの時失念していた。
いま自分が一体ナニと交戦しているのかを。
アルウスがスカートの中から取り出したそれは、レ級の常識の範疇外にあった。
それは、艤装というには余りにも大きすぎた。
大きく、分厚く、重く、そして余りにも大雑把過ぎた。
それは正に鉄塊と言うに相応しかった。
太陽も霞むほど高く掲げられたそれは、アルウスの身長を超える巨大で長いアングルドデッキであった。
柄の方には持ち手があり、よく見ればつかの部分にはヴィルベルヴィントの様な二つのロケットブースターが見える。
本来直接的な武器ではないそれを、アルウスはまるで鈍器の様に無造作に振り下ろした。
片手とは言え超兵器の膂力で振るわれるそれは、重力の影響もあって驚くべき速度でレ級に降りかかる。
レ級は己がか細い腕では支えきれないと直感し、射撃を中止してまで艤装を間に割り込ませた。
次の瞬間ガンっ、と鉄と鉄の塊がぶつかったかの様な鈍い音が空に鳴り響く。
同時に衝撃波が彼女達を中心に生まれ一瞬にして二人の周囲の海面が30㎝以上も下がる。
レ級は歯を食いしばってその衝撃に耐え、レ級の艤装の装甲がメキメキと震えた。
アルウスの巨大アングルドデッキとぶつかった場所は凹みヒビ割れ、周囲に亀裂が広がる。
レ級は小さな身体に力を込め、四肢の力を総動員して何とか踏み堪えようとする。
彼我の出力の差は絶望的であり、質量排水量共に圧倒的に上回るアルウスが
上段と言う最も力が込めやすくまた重力の援護も受けられると言う姿勢であり、対するレ級はただひたすら耐えるしかない。
こと此処に至っては、レ級を支えるのは精神力のみであり彼女の肉体はそれでもっていたしかし…。
「ギャアアアァッ!?」
突如として2人の間に悲痛な叫び声が走る。
声の主であるレ級の生体艤装は口から黒いオイルを滝の様な流しながら狂い叫び、艤装の折れた箇所からは黒い噴水が勢いよく噴出し黒いドロリとした液体がレ級の顔にかかった。
と同時にそこから一気にアルウスのアングルドデッキは艤装の奥深くへと沈み込み、身体を両断される痛みに耐えかねてレ級の艤装が訳もわからず半狂乱の内に乱射する。
運良く衝撃で身体を半ばまで両断したアルウスの艤装が外れる、などと言う事はなくアルウスは相手の苦し紛れの抵抗を叩き潰す様に力を込め振り下ろした。
まるで太い幹が鉈で割られる様に、レ級の艤装は叩き割られそれで止まらず、艤装の下に守られたレ級の頭部を腕ごと叩き潰そうとする。
レ級は己に降りかかる圧倒的なまでの暴力と言う名の死を、しかし逃げる事なく直視していた。
それは最期まで戦い抜こうとする彼女なりの矜持だったのかもしれない、しかし彼女が最期に目にしたのは、三日月の様に頬を釣り上げ笑みを浮かべるアルウスの顔であった。
アルウスのアングルドデッキはレ級の頭部を庇う腕ごと相手の頭部を叩き潰し同時に相手の身体も挽肉に変えていく。
奥の手の核動力はこの時肉体と一緒に轢き潰され、最後っ屁をあげることも無く単なる肉塊と化したレ級の身体は海の底へと沈んでいく。
その様子を何の感慨も浮かばぬ様子で見つめ続けたアルウスは、相手が完全に沈み切るのを確認してからアングルドデッキに着いたくらいオイルを振り払う様に一振りしてから肩に担いだ。
「全くレディの戦い方じゃありませんですことよ」
と一言言った後、スキズブラズニルに艦載機用の資材補充を要求しながら先は急ぐのであった。