53話
要塞島から出撃した深海棲艦の航空機達とアルウスか発艦した艦載機編隊は、距離にして丁度両者の中間地点にて激突した。
「相手ガ超兵器ダカラト言ッテビビルナ!俺達ノ怖ロシサヲ見セ付ケテヤレ」
編隊長に率いられた深海棲艦の戦闘機達は、次々と敵の編隊に突っ込んで行く。
両軍はほぼ同高度で遭遇し、文字通り真っ向からのぶつかり合いとなった。
互いに輪をなし巴を描いて相手の背中を狙いあい、曳光弾の光がまるで花火のように大空を染め、そこから火を吹いた戦闘機が流星の様に海へと堕ちる。
互いに編隊が入り乱れて混じり合い、戦場は混沌として秩序を失い文字通りの混戦状態であった。
大空で戦う深海棲艦は全体で180機にも及ぶ大編隊だが、その内凡そ30機ばかしは重爆撃機や陸上爆撃機でありそれらの護衛戦闘機を除くと実質的に戦闘に参加しているのは140機にも満たない。
対してアルウスの艦載機は初期機体とはいえその殆どが艦上戦闘機であり、数も相手の約1.5倍と圧倒していた。
にも関わらずオレンジやブルーのオーラを纏った深海棲艦側の航空機達に対し、アルウスから発艦したコルセアやワイルドキャットは数で勝りながらも苦戦を余儀なくされていたのだ。
その理由は遠く艦載機を操るアルウスには痛い程分かっていた。
「ちっ、思った以上に機体の動きが悪いですわね。これでは敵に対抗出来ませんわ」
そう言ってアルウスはストレスを紛らわせる様に親指の爪を噛んだ。
普段の彼女なら人前でこうした姿を見せる事は無いのだが、今回はそれを隠す余裕を無くしていた。
「追加の部隊を出す?ダメですわ、今搭載している艦載機の多くは基地攻撃用の攻撃機や爆撃機とその護衛だけ。到底戦力になりませんわね」
アルウスは素早く頭の中で計算するが、どうあっても現有戦力でなんとかするしか無い言う答えに導く他ない。
戦闘前スキズブラズニルから受け取った補給物資だが、放射能汚染の除染を優先した為余り補充出来なかったことが響いていた。
本来なら格納庫を満載にしても余る程の資材を積み込み、それを湯水の如く浪費し圧倒的物量で敵を叩き潰すと言うアルウスのスタイルは、ここに来て完全に破綻していたのだ。
そもそもアルウスの艦載機は使い捨ての無人機であり、例え同じ性能であっても動きのキレと何よりも経験と訓練に裏打ちされた生身のパイロットの練度やカンには全く及ばない。
それを補う為の圧倒的物量戦なのだが、それが出来ない以上アルウスは一つの決断を下すしか無かった。
「ヴィルベルヴィント」
いつもの通り艦隊の先頭を行く気に食わない相手に対して、アルウスは初めて自分から相手の名前を呼んだ。
「何だ?」
と普段通り、冷静な声で返事を返すヴィルベルヴィント。
しかし2人の仲、基アルウスの対ヴィルベルヴィント感情を知る者からすれば驚くべき出来事である。
しかし、この後周囲で聞き耳を立てていた超兵器達は更に驚く事となる。
「暫く身体を任せるわ」
「分かった」
何を?とはお互い問わなかった、しかしヴィルベルヴィントが了承した次の瞬間アルウスの身体が少しだけグラリと傾いた。
「おい」と並走していたシュトゥルムヴィントが驚くが、しかしそのまま倒れる事なく姿勢を戻し元の位置へと戻るアルウス。
しかしその表情を見れば顔からは生気が消え失せ、蒼い瞳からは光を失っていた。
突然のアルウスの豹変に、普段何かと折り合いの悪いシュトゥルムヴィントも流石に驚く。
一体全体何か?とシュトゥルムヴィントは目線でヴィルベルヴィントに問うと、彼女は徐にこう口にした。
「今アルウスは意識を飛ばしたんだ。今頃ソイツの意識は空にある」
とそう答えられても、シュトゥルムヴィント等航空機を運用した事のない超兵器達には皆目見当もつかない話である。
超兵器機関に始まる各種超科学技術の塊である超兵器達には分かりづらい事だが、航空機を運用する艦娘ならば今アルウスが行なっている意識を遠くに飛ばすと言う芸当は誰でも感覚的に備えてはいる。
例えば深海棲艦登場によって艦娘由来以外の各種通信索敵システムが無効化されてからこのかた、目視による偵察や索敵は殊の外重視されてきた。
しかし艦娘由来の通信技術は嘗ての大戦レベルであり、高価な偵察機は常に撃墜の危険性をはらみまた回収の手間がかかる。
それらのリスクを回避する方法として編み出されたのが艦娘と艦載機との意識の共有であるのだ。
これにより敵情をそれこそ“見てくる”事ができ、深海棲艦に対して絶対数が少ない艦娘がその戦力を最大限有効活用出来たのは、この情報アドバンテージの差とも言える。
一見すると超常現象にも思えるこれも、古きは式神や使い魔と言う方法で人間が行う業なのだ。
そもそも嘗ての大戦で沈んだ軍艦の生まれ変わりであるとされる艦娘が、同じく海の怨霊とされる深海棲艦と戦う昨今、この程度の事さして珍しくも無くなっている。
翻って今アルウスが行なっているのは、その艦娘達のマネとも取れるのだが、その数は言うに及ばず本質と言う面でも異なっていた。
通常艦娘側が行える意識の共有はどんなに熟練した艦娘であっても一機〜数機のみ、しかもあくまで共有するのは視覚情報に限ったものである。
だがアルウスのそれは一機一機の艦載機に自らの意識を偏在させると言うものであり、当然無人機程度の要領では足りないのだが、それを全機で並列演算処理すると言う力業で解決していた。
つまり今空にある200機近い艦載機全てにアルウスがおり、機体を手足どころか文字通り自らが考えたままに動くと言う文字通りの人機一体を成し遂げていたのだ。
しかし一度に200機以上の機体を直接コントロールする事は流石のアルウスでも重く、それ故生身の本体の制御を自動航行に預けねばならない。
抜け殻となった無防備な身体を守る為に、アルウスは口惜しさに口を噤んでヴィルベルヴィントに守りを預けたのだ。
それは嘗て元の世界で敵味方に分かれて互いに相争った姿からは想像出来ない光景であり、ある意味でこの艦隊の複雑さを象徴する姿と言えよう。
互いに敵対しながらも背中を預けあう彼女達超兵器、果たしてこの関係は一体いつまで続くのだろうか?
その変化にまず最初に気付いたのは、深海棲艦航空機部隊を率いる編隊長機とエースであった。
(敵ノ動キガ変ワッタ⁉︎)
今まで無機質で何処と無くヒトの血の通わぬ機械的な動きしかしてこなかった相手に、急に多肉が通ったかの様な感覚を覚えたのだ。
その最初の疑念は、しかし段々と確信に変わる。
今まで追い回していた筈の相手が突如として未来予測をするかの様な不可解な動きをし、実際に追う側と追われる側の立場が逆転する事数度。
何も無い空間に敵機が発砲したかと思うと、次の瞬間には別の敵を追い回す事に夢中で気づかぬ間に射線の前に飛び出てしまった味方機が堕とされる姿を目にした者達。
本来混戦状態で秩序だった行動など取れない筈なのに、まるで敵機はお互いが次にどう動くのか分かっているかのように有機的に連携してくる有様。
無論それでも一部のエースは敵の先読み攻撃の先を更に読んで攻撃すると言う神業を披露するも、このままでは先に磨り潰されるのは自分達だと言う焦りが深海棲艦の頭上に重くのしかかっていた。
何故アルウスがこうまで敵を圧倒出来るのかと言うと、それは彼女が備える高度な量子演算システムによる。
複数の自分自身から送られるデータを元に敵の電脳上に仮想モデルを形成し、それをデータ上の海で過去の戦闘データと合わせ動きをシミュレートし、次に起こすであろう無数のアクションの中から確率の高いものをピックアップして各機に送信。
現実の機に仮想モデルを重ねる事で、まるで相手の次の行動が文字通り“見てきた”かの様な先読みを可能としたのだ。
無論これには弱点が存在し、ただでさえ200機分の機体を制御しかつ空戦を行うと言うシステムに負担がかかる事をやっているのに、そこに未来予測まで重ねるのだから幾ら並列処理しても全く手が足りていない。
その不足分をアルウスは生身本体の機能を回して補っており、同じ事を艦娘がやろうとすれば脳みそが沸騰して破壊されてしまうだろう。
文字通り、アルウスは己が身を削ってまで負担に耐えながら制空戦を続けているのだ。
だがそれは決して彼女の自己犠牲的精神の発露によるものでは無い。
寧ろそれとは真逆の、傲慢かつ慢心さによるものである。
アルウスにとって須らくこの世界の海と空は全て自らの領域であり、そこを許可なく侵すものは誰であれ排除するのは当然と言う考えの持ち主である。
その為ならありとあらゆる手を尽くすのは当然であり、然るに他者の手を借りることは彼女のプライドが許さない。
実際先の補給において、態々他の超兵器に(除染作業優先と要塞攻略用の対地ミサイルで装備が一杯だったとは言え)対空ミサイルを補充させなかった事からもその高慢な知性は見えよう。
超兵器アルウス、例え己が羽を毟り翼を血に染めても決して誰にも空を渡しはしない孤高の大鷲。
しかして孤独な猛禽の王者により、着実に深海棲艦は追い詰められつつあった。
アルウスの活躍により一向に制空権どころか超兵器達に近づく事が出来ずにいた深海棲艦の航空機部隊は、ここで一つの賭けに出る事にした。
「止ム終エマイ、爆撃隊ハ進路ヲ変更シ敵母艦ヲヤル」
それは今も尚懸命に戦い続ける味方を見捨てるな等しい命令であった。
当然この様な命令に対して抵抗を覚えない訳ではないが、しかし戦闘機部隊の気持ちは逆であった。
このままではいずれ敵を抑えきれなくなり、後方の爆撃機部隊に敵機を通してしまう。
そうなれば、腹一杯に爆弾を抱え込み満足に動く事も儘ならない爆撃隊は、いかに直営機があろうとも七面鳥の如く堕とされるのは必至であった。
そんな事になれば、今迄犠牲になって来た味方の死が全て無駄になってしまう。
戦闘機部隊は、まだ自分達が健在な内に爆撃機部隊を何とか敵母艦に送り込もうと最後の抵抗を試みた。
残弾など気にせず矢鱈滅多ら撃ちまくり、弾幕を形成しながら無謀か突撃を繰り返す深海棲艦の戦闘機部隊達。
彼等はまるで命など惜しくないかの様に、弾切れした機は相手に体当たりしてでも落とそうとする。
その後先を考えない抵抗は、しかし性能差に任せた先読みで相手に対して優位に保っていたアルウスを驚かせた。
何故なら、普通兵士と言うものはどんなに取り繕っても自分の命は惜しいのだ。
それ故、どんなに優れたパイロットであっても無数にある選択肢のうち機体の安全や自己の生存の高い方を選ぶ。
しかし今の深海棲艦は命など鼻から捨ててかかっており、それが返ってアルウスの計算を狂わせていた。
「チッ、コイツら命が惜しくないのですの⁉︎」
と量子演算領域の中、アルウスは敵の不合理な攻撃に毒付く。
何処ぞの赤い国とは違い、国民一人一人の生命に最も重き価値を置く国の出身だからか、無意味かつ無謀な特攻に嫌悪感を抱いているのだ。
しかし傲慢にして冷徹な超兵器の頭脳は、それらの諸々の感情を押し流し敵編隊後方の部隊が動き出した事を知らせる。
その動きをトレースした結果、統計や確率などを見なくとも間違いなく自分達艦隊の方を目指していると見て取れた。
「まさか、コイツら全てが囮⁉︎あんな少数の爆撃機部隊で何が…⁉︎」
とそこまで考えてハッとするアルウス。
彼女が言う通り、いかに深海棲艦が誇る最新鋭の重爆撃機と言えど高々30機程度でどうにかなる程超兵器はやわではない。
認めたくはないがあの『東亜の魔神』播磨がいるのだ、生半可な数では爆撃高度に辿り着く前に叩き落されるのが関の山だ。
しかし此処にあるものの存在を加えると、途端深海棲艦の狙いが見えてくる。
何故今の今まで爆撃機部隊を先行させずに後方で待機させていたのか、そして今の段階になって何故急に動き出したのか。
(奴等また核攻撃を仕掛けるつもりですの⁉︎)
既に南方海域で3発、超兵器達が交戦した核動力レ級も含めれば9個の核兵器が使われた事になる。
正に核の大盤振る舞い、元の世界で散々粒子兵器や重力兵器を使って世界を致命的なまでに汚染し尽くして来た手前、そう非難は出来ないのだがそれでも深海棲艦の核の集中運用にアルウスは空恐ろしいものを感じていた。
「奴等、この地球を一体全体どうするつもりなの!」
最悪、30機の爆撃機全てが核武装している可能性も考え、到底見逃す事など出来ない。
しかし、命を捨ててまで時間稼ぎに徹する深海棲艦の航空機部隊を突破して爆撃機部隊を攻撃するのは困難を極める。
護衛の直営機のことを考えれば、少数の機を突破させても効果は薄い。
最低でも敵と同数かせめて倍の数をぶつけねばならないが、果たして敵を振り切った時そこまでの数が残っているかどうか…。
アルウスは此処で又しても岐路に立たされた、無謀な敵中突破を行なって敵爆撃機編隊を追うかそれとも部隊を分けるのか。
此処までの交戦で、当初200機近くいたアルウスの艦載機はその数を150機近くにまで減らしていた。
無論敵はそれ以上に疲弊し、今やその数は半減している。
しかし今此処で全力を出し尽くしてもいい相手と、その後のことを考えねばならないアルウスとではたとえ数に差があっても士気が全く異なるのだ。
敵機殲滅に集中した場合果たして追撃が間に合うのかどうか、また部隊を分散した場合今でさえ負担の大きい空戦を全く異なる二つの戦域を抱えることとなり、その負担に自身が耐えられるのかどうか?
アルウスが悩んでいる間に、彼女の冷徹な量子演算は数ある未来のうち最も効率の高いものを提示する。
それはこのまま敵機殲滅に集中し、爆撃機部隊は他の超兵器を囮にすると言う方法であった。
多少数発の核攻撃を許す事になっても、最悪ヴィント型の誰かが沈むだけであり、その後の戦闘に支障はない。
彼女の冷徹な頭脳はそう結論付けたのだ。
因みにその方法を選択した場合、最も沈む確率が高いのはヴィルベルヴィントであった。
その理由はヴィルベルヴィントの言動や性格といったデータから弾き出されており、自らを囮として他の超兵器を生かすと言う選択を取る可能性が大であり、次の可能性として味方(アルウス)を庇い核兵器の直撃を受けて沈むと出ている。
そしてそうする理由もまた、アルウスが知りたくもないのに彼女の量子演算領域は知らせてきた。
ヴィルベルヴィントが考えるそれが最も艦長(あの男)の意思に沿うものであると、あの女は最後の最期の瞬間までその行動原理は焙煎に集約されているのだと、この艦隊で最もあの方の心に残るのは彼女(ヴィルベルヴィント)だと、そう結論付けたのだ。
その結果を聞いてアルウスは…。
今回の話
ちゃんと自動兵装にはCIWSと対空ミサイルを付けましょう(RAMは地雷、WSGP2民)。