58話
離島棲鬼が死亡したその頃、要塞内にまんまと侵入していた駆逐古鬼は瓦礫の中から身を起こした。
「アアー、ヒドイメニアッタワ」
と言って服についた埃を振り払う駆逐古鬼、後ろを振り向くと彼女に付いてきた部下達は全て瓦礫に潰されていた。
しかしまだ生きている者もいるのか瓦礫の山から呻き声が聞こえるが、駆逐古鬼は助けを呼ぶ声を無視して先に進もうとする。
これは一見非常にも見えるが、駆逐古鬼にすれば今瓦礫の下にいる者達は単に実力が足りなかっただけなのだ。
この世は適者生存弱肉強食常に戦場を駆けてきた彼女が信じる唯一のものであり、自らに降りかかる火の粉さえ払えない様な軟弱者は過酷な戦場では生き残れない。
つまり弱者であり生きる価値はない、と彼女は固く信じているのだ。
助けを呼ぶ部下達のいや彼女にすれば元部下か、その声に背を向けて先を急ぐ駆逐古鬼。
実際単に見捨てただけでなく、彼女の鋭敏な感覚は先程の海中からの衝撃で島自体が危うくなっている事に気付いていた。
ビリビリと振動する天井はあちこちで崩落が起きていることの証拠であり、あまり一ヶ所に長居すれば次の崩落に巻き込まれかねない。
実際部下を助けようとして自分も巻き込まれては本末転倒であり、段々と大きくなる崩落の音から余り時間が残されていない事が予想された。
その為、島自体が沈む前に飛行場姫の首を取り島から脱出せねばならなず、足手纏いの存在は邪魔であり故に部下を見捨てる事もまた止む無しと言うのが彼女の考えなのだ。
駆逐古鬼は足早に通路を走り出す、グズグズしては肝心の飛行場姫を取り逃がしてしまうかもしれない。
そう逸る心のまま、駆逐古鬼はまるで何かに導かれるかのように島の最奥へと足を踏み入れる。
島の最深部へと辿り着いた駆逐古鬼は、目の前の光景に思わず絶句した。
「ナンナノダ…ココハ!?」
島の最深部、半球状のドーム型の冷凍庫の様な部屋の中心部に入った駆逐古鬼の目の前には、幾つものコードに繋がれた球体があった。
まるで何かを厳重に封印しているかの様な物々しさに、思わずたじろぐ駆逐古鬼。
長年戦場にいて様々なものを目にしてきた彼女でさえ初めて見るそれは、正に異様の一言に尽きる。
「アラ、ハヤカッタワネ」
と突然彼女の頭上から声をかけられ、駆逐古鬼は声のする方向に視線と共に艤装を向ける。
「ヤットスガタヲミセタカ!アバズレメ」
漸く姿を見せた怨敵に駆逐古鬼は敵意と殺意の両方を差し向ける。
「アラ、ズイブンナゴアイサツデスコト」
しかし飛行場姫は部屋の中央部に位置する球体の上に姿を現した彼女には、まるでどこ吹く風とばかりであった。
「セッカクココマデキタンデスモノ、ハナシデモドウ?」
そればかりか、狙われているのにも関わらず彼女はまるでお茶にでも誘うかの様にそんな事を言う。
「ダマレ!キサマトハナスコトナドナニモナイ、ココデワタシゴウチトッテクレル‼︎」
馬鹿にされたと思った駆逐古鬼は、怒りのまま飛行場姫の減らず口を永遠に塞ごうと艤装の狙いを済ます。
飛行場姫と駆逐古鬼の距離は部屋の広さを考えても艤装の間合いからすれば僅かと言って差し支えない距離。
万が一にも外す事のない必殺の距離であった、しかし飛行場姫は先程と同じ様に不敵な笑みを崩す事なくそれが駆逐古鬼のカンに触った。
(狂人メ!ソノニヤケ面ヲ今スグフキトバシテヤル)
艤装を振りかざし、決して外す事のない距離で狙い澄ました必殺の一撃は次の瞬間には飛行場姫の顔を吹き飛ばしている筈であった。
がしかし…。
その起こりうる不可避の予想に反して、駆逐古鬼の一撃は相手に当たる直前にその狙いを外してしまう。
(ネライガソレタ!?バカナ)
必殺の一撃が外れ彼女は動揺するが、しかし直ぐに二度三度と同じ箇所へと撃ち込む駆逐古鬼。
がそのどれもが飛行場姫に当たる前に手前で外れてしまう。
「イッタイドンナテジナヲツカッタ、飛行場姫!」
連続して起こったありえない事象に駆逐古鬼はそう叫ぶ、しかし飛行場姫は彼女の問いに答える事はなく逆に彼女を指差してこう言った。
「ヒザマヅキナサイ」
何を馬鹿なことを、とそう反論する前に駆逐古鬼の身体は突如として膝から崩れ落ちる。
必死に起き上がろうと床に手をついて歯を食いしばる駆逐古鬼、しかしまるで見えない掌に上から押さえつけられるかの様に身体はピクリとも動かない。
ついに艤装を支えに使ってさえ身体を持ち上げることが出来ず、地面に無様にひれ伏す駆逐古鬼。
よく見れば異常が起こっているのは彼女だけではなく、部屋の床全体が歪にひび割れ陥没しているではないか。
「ナ、ナニガオコッテ…!?」
「ザンネンダケド、モウアナタトオハナシスルジカンハナイノ…」
飛行場姫はまるで飽きてしまったオモチャを見るかの様に冷めきった視線を駆逐古鬼に向ける。
それでも諦めず最後の抵抗とばかりに駆逐古鬼は艤装の砲身を飛行場姫に向けるが、しかし弾は終ぞ発射される事は無かった。
この時すでに艤装の内部は謎の力でグシャグシャになっており、砲身もアルミ缶の様にクシャクシャにひしゃげて潰れてしまっていたからだ。
「マ…テ…ゴトヘ…」
最早一矢報いる事も叶わないと知りながらも、それでもなお飛行場姫に食いつこうとする駆逐古鬼。
しかし無情にも飛行場姫の目には最早駆逐古鬼の姿は映らなかった。
「アア、マッテイナサイセンカンセイキ。イマスグソノスマシガオヲグチャグチヤニシテアゲル!」
目を見開き眦を釣り上げた狂相を浮かべる飛行場姫、その体からは青白い光が漏れでていた…。