6話
「ではこれより査問会を開催する」
焙煎を見下ろすように一段高い席に座る査問委員会の一人が開催を告げる。
焙煎達は元帥府が置かれる横須賀鎮守府まで連行された。
そこで焙煎とヴィルベルヴィント達は別々に軟禁され、数日経つと焙煎だけが査問会に呼び出された。
その間ドック艦スキズブラズニルに軟禁されたヴィルベルヴィント達は、焙煎が残した命令により大人しく囚われていたが、互いに連絡が取れず日に日に焦燥感は増していた。
査問委員会による追求をのらりくらりと焙煎は躱し続け、業を煮やした査問会はある条件を焙煎に突きつけた。
曰く、鎮守府最高戦力との演習で勝つことが出来れば今までの事を不問とする。
尚これを断った場合、反逆の意思ありと受け取り軍法会議にかける。
そう恫喝紛いの提案をされたのにも関わらず、焙煎はその条件を飲んだのであった。
横須賀鎮守府元帥府 その中にある一室には海軍元帥である高野とその参謀秋山、そした高野が最も信頼する天城提督が集まっていた。
「全く困ったことだ、私はなるべく事を穏便に運びたかったのだが」
ため息をつきながら高野元帥はそう言った。
目元に深いシワを寄せ、長い年月軍に尽くしその最高位に立つ男のみが醸し出される成熟と剛毅を兼ね備えた元帥は頭が痛い思いだった。
元々元帥には焙煎を査問会にかける気など無く、しかし何を勘違いしたのか彼の知らぬ間に査問委員会が立ち上がりしかも勝手に演習を行うなど、これでは彼の面目が丸つぶれである。
「本当に勝手な連中です。これも君塚のヤツの差し金でしょう」
頭髪の薄い怒ると顔が真っ赤になって茹で蛸の様だと高野元帥が笑って言う秋山参謀は嫌悪感を隠すことなく吐き出すように言った。
現在各地の鎮守府は高野元帥を中心に纏まってはいるが、中には高野元帥に反し自ら元帥に成り代わらんと欲する者もおりその中で特に野心と出世欲を隠そうともしないのが君塚提督だ。
今回の一件はその君塚が高野の権威を傷つける為に仕組んだ事だと秋山は見ていた。
「まあまあ、参謀すこし落ち着かれたら。で、元帥私を呼んだのは…」
見るからに武人然とした風格溢れる天城提督は怒り心頭の参謀を抑えつつ、本題を切り出す。
「うん、天城提督を呼んだのは他でもない。秋山参謀もこれを見てもらいたい」
高野元帥が机の上に出した紙を受け取り、その内容を読み進めていくうちに天城の顔色はみるみる内に悪くなっていく。
同じ紙を受け取った参謀は、手をワナワナと震わせ今にも紙を破り捨てそうな様子であった。
それ程までに破廉恥極まりない内容であった。
「誰かこれを他に知っていますか?」
天城の問いかけに高野は首を横に振る。
「でしょうな」、と天城は思った。
これを他のものが知ればまず間違いなく今回の演習を止めに入るだろう。
「こんな事が許されてたまるかー‼︎」
遂に秋山参謀は怒りを爆発させ紙を机の上に叩きつけた。
「元帥今すぐ演習を止めさせるべきです。これは海軍始まって以来の大事件ですぞ」
秋山の訴えを二人は黙って聞いていた。
「元帥もお読みになったでしょう?何ですかこの酷い内容は」
叩きつけられた紙には今回の演習の編成表が乗っていたが、件の焙煎少佐の艦隊は高速戦艦一隻のみ。
演習で使用出来る艦隊はお互い同数が望ましいとされているが、提督適正によって明確に演習に出せる艦娘の数が決まっており、最低の提督適正を持つ焙煎少佐は一隻のみしか選べなかった。
これは既にルールとして定着している事だから覆しようがないが問題は相手の編成である。
まず第一艦隊 旗艦赤城 加賀 蒼龍 飛龍 金剛 比叡 夕立 時雨
第二艦隊 旗艦翔鶴 瑞鶴 榛名 霧島 北上 大井 木曾
第三艦隊 旗艦伊勢 日向 高雄 愛宕 瑞鳳 綾波
正規空母6隻戦艦6隻重巡2隻に駆逐艦3隻挙句虎の子の雷巡3隻を加え総勢21隻の大艦隊。
明らかに一隻の戦艦に対し過剰戦力であった。
「これでは演習とは呼べません。明らかに演習の意義に反する一個人に対する明らかなリンチです」
そこまで参謀が言い切ると高野元帥はとじていた目を開き口を開く。
「参謀の意見は最もだ、しかし既に私では止められん所まで来てしまったのだよ」
「元帥、そんなぁ」
参謀のが力なく項垂れる、高野元帥の力を持ってしても止められないとは、敵は今回の一件を用意周到に準備していたことになる。
「そこでだ、天城提督君に相談なのだが」
「は、元帥何なりと」
「提督には私の名代として演習を見届けてほしい。無論何かあれば君の判断で動いてくれ、長門陸奥も連れて行って構わん、万が一があれば責任は私が引き受ける」
元帥の提案を天城は一二もなく引き受けた。
天城自身今回の演習は腹に据えかねるものがあり、それをめちゃくちゃに出来る機会を与えてくれた事を高野に感謝した。
こうして波乱の演習の幕は上がったのだった。
横須賀鎮守府演習海域、その海域に黒光りする一隻の巨大艦が鎮座していた。
「すまんな、お前の改装後の実戦がこんな形になるとは」
ヴィルベルヴィントの艦橋で椅子に座る焙煎は傍に立つ艦娘にそう語りかけた。
「気にする必要はない、なに肩慣らしには丁度いいさ」
ヴィルベルヴィントの頼もしい返事に焙煎は嬉しそうに笑った。
「さて、そろそろ時間だやるぞ」
「全く、久しぶりの本土だと言うのに演習だなんて」
と正規空母加賀はそう言いながらも次々と偵察機を発艦させ索敵に出していく。。
「加賀さん、演習だからって気を抜いてはダメよ。演習前の説明でも気をつけるようあったでしょ」
赤城はそう加賀を窘めつつも、内心今回の演習にどうも釈然としないものを抱いていた。
今回の演習は急に決まりそれに参加する艦隊の殆どは前線帰りの艦娘で編成されており、皆歴戦の強者である。
その相手が高速戦艦一隻だけとは、万が一にも自分達の敗北などあり得ないが赤城は最近艦娘達の間で囁かれるある噂が気になっていた。
曰く軍が極秘裏に開発した実験艦の噂、戦艦でありながら島風以上の速さと雷巡並みの雷撃をもつ艦娘。
その艦娘は深海棲艦の機動部隊に追われる味方を救い、単艦のみで敵と戦い目にも留まらぬ速さで切り込み、一交差で全ての敵を葬った規格外。
その姿は伝説の一騎駆けのようであったと生還した艦娘達は口を揃えて言ったという。
赤城も半信半疑で聞いた噂だが、今回の演習の相手はどうもその件の艦娘と同型艦らしい。
「噂の“一騎駆け”と同型艦の相手。果たして噂が真実かどうか確かめてみましょう」
最も例えどんな相手が来ようとも負ける気はしないのだが。
先に相手を見つけたのはヴィルベルヴィントの対空レーダーだった。
同じ第二次世界大戦頃に活躍した兵器とは言え、艦娘と超兵器とでは1世紀近い技術格差がある。
直ぐに正確な方位と高度、数が割り出されレーダーと連動した対空火器が砲身を空に向け、改装後新しく装備されたミサイルが目標を選別しロックオンを完了する。
改装後ヴィルベルヴィントは改ヴィルベルヴィントとなっており、その性能を大幅にアップしていた。
主砲と魚雷をより強力な41㎝砲と80㎝誘導魚雷に替え、ロケットの代わりに各種ミサイルと対空砲火、電子機器、バルカン砲を88㎜に強化した。
更にははシュトゥルムヴィントの超兵器機関の調整から得た技術を応用し機関出力を強化した結果速力140ノットにまで向上している。
と言うか超兵器を改装出来るあたり妖精さんの技術力まじヤバいです、正直超兵器が裏切るよりも妖精さんの方が怖くなってきた今日この頃です。
「焙煎艦長敵1機を捕捉、恐らく偵察機と思われる。対空ミサイル準備完了、何時でも撃てるぞ」
「了解した、まあ撃てないんだけどな」
そう撃てないのだ。
元いた世界では高度なシュミレーターによって簡単に撃墜判定が出来るのだが、生憎と相手は高度な電子装備を持っていない。
代わりにこの世界の演習では同も妖精さんの加護がなんかか、演習では艦娘は沈まないらしい。
しかしミサイルには工廠の妖精さん曰く、加護が働かないらしく今回はお預けである。
「それよりも敵の配置だが」
机の上に置かれたスクリーンには、演習海域の海図が映し出され此方の位置が青い点、相手の位置が赤い点で表示されている。
「相手は演習海域の中央に向かって三方から包囲するように此方に向かってきているな」
「索敵進撃しつつ海域をくまなく調べ上げて此方を追い詰める腹だろう」
ヴィルベルヴィントが言った通り、相手は演習海域そのものを利用して海域の隅の方に追いやろうとしている。
こちらが高速艦であると知ってまずその足を封じ込めようとしているのだ。
「お前ならどうする?ヴィルベルヴィント」
「追い込められる前に突破を図るな。その後反転して相手の後方を突く」
「高速移動と各個撃破か。よしならそれで行こうか、でもう突破を図る場所は決めているのだろう」
「相手の第三艦隊、最右翼で戦力もここが一番少ない。突破しても軽空母を損傷させれば航空機からの追撃も足の遅さから戦艦も追撃出来ない」
こうして俺たちは敵第三艦隊に向け進路をとり最大戦速で突入を開始した。
超兵器機関の出力を上げ特有のノイズを応用したジャミングによって艦隊間の通信を遮断し、味方との連携が取れない中突然の強襲を受け混乱する相手を俺たちは赤子の手を捻るように蹂躙する。
「開幕雷撃をお見舞いしてやれ。目標航空戦艦伊勢、日向、発射‼︎」
ヴィルベルヴィントから42本の誘導魚雷が発射され伊勢、日向は回避運動も儘ならないなか伊勢には20本余りが命中、日向は18本命中し大破轟沈判定を受け戦闘力を消失。
いきなり艦隊旗艦を失い混乱する第三艦隊は、反撃も疎らにヴィルベルヴィントの41㎝砲の一斉射撃が瑞鳳に炸裂した。
長門級以上の火力の投射を受けた瑞鳳は大破し艦載機を発艦する能力を失いただの置物と化す。
第三艦隊は混乱から終ぞ立ち直る事なく半数を失い壊滅。
艦隊中央を突破したヴィルベルヴィントは時計方向に進み、続く第二艦隊を斜め後方から奇襲を仕掛ける。
この時ヴィルベルヴィントのノイズジャミングで満足な通信索敵ができていなかった第二艦隊は、当初の作戦に拘泥し前進を続けていたが為後方への警戒が疎かであり、敵の攻撃までその存在に気がつかなかったのだ。
「後方からなぜ敵が?そんな馬鹿な、あり得ないわ」
「翔鶴姉ぇ早く反撃を、じゃないと雷巡が食われちゃう」
「分かったわ、全艦反転して敵を迎え撃ちます」
翔鶴のこの判断は誤りであった、敵前での回頭は即ちその間全くの無防備でありヴィルベルヴィントはその好機を逃すはずが無かった。
「敵前回頭とは恐れ入る。ヴィルベルヴィント七面鳥撃ちだ、残さず平らげてやれ」
敵が回頭を終える前にヴィルベルヴィントは全火力をもって第二艦隊を攻撃し、防御力に劣る雷巡を後方に配置していた為、41㎝砲によって打ち据えられた北上、大井、木曾はその任を果たすことなく轟沈判定をくらい。
榛名、霧島は回頭中の横っ腹に雷撃を受け沈黙。
残る翔鶴、瑞鶴は砲撃と雷撃の両方からの攻撃で高い回避能力を発揮する事なく艤装を吹き飛ばされ、ここに文字通り第二艦隊は全滅した。
瞬く間に第二、第三艦隊を粉砕したヴィルベルヴィントはその間大した損害も受けず、残る第一艦隊を撃滅する為進撃する。
一方当初の予定されていた集合地点に着いていた第一艦隊は、他の艦隊から連絡がない事から敵が先手を打って攻撃を仕掛けた事を悟る。
「不味いわね、敵を過小評価していたわ。むざむざ戦力分散の愚を犯してしまうなんて」
「赤城さんどうします。一旦引き返して他の艦隊の救援に向かいますか?」
「いいえ加賀さん、多分だけどもう第二、第三艦隊は撃破されたと見てまちがいないでしょうね。全艦戦闘用意、敵は直ぐに来るわ」
「ヘイ赤城、あの提督から通信が来てまーす」
嫌な予感がした、赤城はそう思った。
そしてそれは現実となった。
「赤城さん、アイツはなんて」
「急ぎ第三艦隊に合流して敵の後背を突け。此の期に及んでまだ当初の作戦に拘泥するなんて」
それでも今の彼女達の指揮官はあの男なのだ、艦娘として提督の命令には従う義務があるのだ。
実は今回の演習を指揮する提督は彼女達本来の提督ではなく、演習を仕組んだ君塚提督傘下の者でありその指揮能力はお世辞にも高いとは言えない。
艦隊編成にしてもバランスを欠き、唯性能の高い艦娘で組んだだけ、戦術も華麗な勝利を目指すと言う理由で戦力を分散するなどまあ、相手が悪かったとは言えその後の変化に対応できていない所を見るに彼女達の指揮官に対する評価は辛辣であった。
「まあ、最もその必要は無さそうね」
ヴィルベルヴィントのノイズジャミングを縫って届いた偵察機からの通信は『敵艦見ユ』
「時雨、夕立は前衛に、私以下正規空母は全艦載機を爆装して発艦。相手の能力から二次攻撃の機会はないわ、兎に角先制は何としてももぎ取るわ」
「赤城、私たちはどうするデース?」
「恐らく敵は爆撃程度では沈まないわ。でも私達が盾になって敵の足を止めるからその間に全火力でもって攻撃すれば仕留められるはず」
「了解デース、比叡付いてくるデース」
「了解ですお姉様、気合入れて行きます」
こうして演習最後の海戦の火蓋が切って落とされたのである。
先制を取ったのは第一艦隊であった、正規空母4隻から100機以上もの爆装した艦載機が襲いかかり、さしものヴィルベルヴィントも回避に専念せざるおえなかった。
「対空砲火、迎撃しろ。流石は華の一航戦だな、打つ手が早い」
焙煎は感嘆の声を漏らす、それは紛れも無い賞賛の声であり漸く対等に渡り合える敵の出現に心なしか気分が高揚していた。
「ヴィルベルヴィント、これを凌げ敵に手はない。なんとか耐え凌げ」
「難しい事を言うな、この大部隊を前に多少無理をする事になるが構わないな?」
「いいさ、思いっきりやれ」
「その言葉、後悔するなよ」
ヴィルベルヴィントは速力を上げ一気に第一艦隊に肉薄しようと試みる。
後を追って爆撃を仕掛ける艦載機を無理やりバウスラスターを使って回頭し、急加速に超信地旋回やドリフトまでして、ミキサーの中に放り込まれたた俺は必死になって椅子にしがみつき、この激しダンスが終わるのをひたすら待ったが暫くして眼前に敵の艦隊を捉えて終わりを迎えた。
その一瞬気を緩んだ隙を突かれ敵の駆逐艦の接近に気がつかなかったのだ。
「見つけたよ、夕立行くよ」
「さあ、素敵なパーティを始めましょ」
時雨、夕立は艦載機に気を取られている間に雷撃可能な距離まで近づきヴィルベルヴィントの左右から必殺の一撃を放つ。
数自体は大した事ないがこちらの進路と回避先を潰すようにばら撒かれた魚雷は、高速で移動するヴィルベルヴィントに命中しその衝撃に船体を震わせた。
「ぐっ、被害状況知らせ」
「右舷に二本、艦尾に三本被弾。不味いな、今ので速力が落ちた」
「直ぐに修理を始めろ。其れまで耐え抜け」
艦尾に攻撃を受け一気に速力が落ちたのを見た赤城達は全艦載機に総攻撃を命じる。
ヴィルベルヴィントの迎撃でその数を減らしても尚80機余り残っていた攻撃隊は、一気にヴィルベルヴィントに突入する。
次々と限界ギリギリまで引きつけてから爆弾を投下し、機体を引き上げる技量は全機が極めて高い練度である証拠であり、艦尾に攻撃を集中され更にその速力を落としたヴィルベルヴィントはついに40ノットを切る。
「今です、金剛さん‼︎」
「全砲門!Fire!」
「撃ちます!当たってぇ!」
金剛、比叡の41㎝砲合わせて16門が火を噴き6発が命中、左舷の魚雷発射管に命中し使用不能になる。
「やるな艦娘!しかし!」
ヴィルベルヴィントも唯ではやられていない、右舷の魚雷と後方の主砲で時雨、夕立を撃退した後お返しとばかりに前方の主砲から砲弾が空母に降り注ぎ蒼龍、飛龍は甲板を損傷し中破判定。
赤城を庇った加賀も小破判定を受けるもそもそも全艦が艦載機を全て発艦させていた為大した損害には至らなかった。
「この空爆と砲撃の中まだ戦えるなんて、噂通りの化け物ね。金剛さん達は私達には構わないで攻撃を続けて、まだ爆撃が続いている内に仕留め切るわよ」
「Yes,深海棲艦だったら姫クラスでも撃沈している筈なのに、全く大したもんデース」
「でも、これでお終いねー!」
金剛はとっておきの九一式徹甲弾を装填し、ヴィルベルヴィントに向け放つ。
貫通力を増した徹甲弾は8発が命中し、如何に超兵器ヴィルベルヴィントと言えどもこの攻撃に耐えられず、艦橋に佇んでいたヴィルベルヴィントは遂に膝をつく。
「ヴィルベルヴィント⁉︎」
慌ててヴィルベルヴィントのそばに駆け寄り顔を見ると汗が滲み、今まで見た事もない苦しい表情を浮かべていた。
艦娘と艤装及びその船体の損傷は肉体とリンクする、中破恐らく大破判定一歩手前だろう、しかし超兵器の耐久力をここまで削るとは、流石は前線帰りの猛者達だ。
「ヴィルベルヴィント、大丈夫か?」
「大丈夫だ、艦長…敵を侮っているつもりはなかったが今のは効いたな」
「無理はするな、あんな不利な状況からここまで持ち直したんだ。大したもんだよ、お前は」
「?焙煎艦長もしかして撤退するつもりか」
焙煎の考えを見透かしたかのようにヴィルベルヴィントは焙煎の瞳を覗き込みながら言う。
確かにこれは演習で今撤退して時間ギリギリまで逃げ切れば判定で焙煎達の勝利は固いだろう。
だが、それをヴィルベルヴィントは超兵器としての矜持がそれを許さない。
「…」
無言で答える焙煎のそれは確信を突かれたそれであり、ヴィルベルヴィントは口角を釣り上げ獰猛な笑みを浮かべる。
「そんなつまらない事を言ってくれるなよ艦長。敵に後ろ見せたらもう超兵器じゃ無いんだ、再び私から戦場を奪ってくれるな」
それはこの世界に来て焙煎が聞いたヴィルベルヴィントのいや超兵器の生の声であった。
ヴィルベルヴィントは最初期の超兵器として生まれ、当初はその圧倒的性能から世界中の海を所狭しと駆け回った。
しかし各国が次々と新しいより強力な超兵器を開発し競争が加速するとヴィルベルヴィントも陳腐化してその優位を失い、戦場を追われ彼女に与えられたのは高速を利用した戦場を突っ切っての部品の輸送。
姉妹艦の様に強化される事なく、戦う事を奪われた戦う事をだけを使命として生まれた悲しき超兵器の最期。
艦娘の中には嘗ての戦いの記憶を持つ者がいる、それと同じ様にヴィルベルヴィントもまた、あの世界の記憶をもっているとしたら…
「ヴィルベルヴィント、最初会った時お前は俺の艦娘と言ったな」
「ああ」
「今でもそうか」
少し逡巡してからヴィルベルヴィントは「そうだ」と短く答えた。
なら俺がやる事はひとつだ。
「ヴィルベルヴィント」
俺の次の言葉を彼女はこちらの瞳をじっと見つめて待つその姿に、俺は場違いながら漸く彼女達に人間らしさめいた者を感じてしまった。
「提督ってのは艦娘と共に暁の水平線に勝利を刻む者らしい。まあお前らから言わせれば俺は提督未満の艦長らしいが、それでも俺はお前達が俺の艦娘であってくれるなら、俺もその気持ちに答えなくちゃな」
焙煎は一旦言葉を切り、真っ直ぐヴィルベルヴィントの顔を見て言った。
「やるぞ」
その一言にどれ程の思いを感じたのか、ヴィルベルヴィントは勢いよく立ち上がりこちらに背を向け艦橋の外を向く。
「何をしている、さっさと指示をよこせ」
そのぶっきらぼうな様に、ああこう言うのが艦娘なのか、この面倒くさい相手と四六時中付き合うのが提督なら…
「案外悪くは無いな」
焙煎はそう心の中で漏らした。
「足が使えなければ基本に立ち還れだ。敵に横っ腹晒してノーガードの殴り合いだ、どうだ、正に戦艦に相応しい晴れ舞台だろう?」
「了解した、ヴィルベルヴィント艦長と共に暁の水平線に勝利を刻むぞ」
敵の気配変わった、赤城は長年の経験から肌でそう感じ取った。
今までの無機質な戦争機械の様な雰囲気から、彼女が身近に感じる艦娘のそれに。
ふと、上空に目をやると敵艦の上空では既に艦載機は爆弾を使い果たした艦載機が、上空から爆撃するフリをしながら敵の注意を引いてるも、燃料の関係からそれも何処まで続くものか。
既に戦場は赤城達の手を離れ日は暮れはじめ戦いは夜戦へと入ろうとしていた。
夜の話闇に紛れ敵が離脱を図れば判定で赤城達の敗北、敵に相当の手傷を与えてなお二個艦隊の壊滅は覆しようも無い。
だからこそ、最期の勝利の機会は追撃に移った金剛達に託されていた。
「しぶとい、しぶとすぎるネー。もう提督とのアフタヌーンティーも過ぎてディナーの時間ネー」
「金剛お姉さま、提督ならまだ前線にいらっしゃいますよ?」
「そうじゃないネー、提督とは何処にいても気持ちが通じ合えてるネ、だからこそティータイムは大事にしなくちゃ」
昼過ぎに始まった演習は既に日もとっぷりと暮れ、夜の闇が支配する時間。
夜間の為艦載機は帰還してしまい、視界が利かない中レーダーのみが頼り。
一応区切りとして翌朝には演習は終了するが、その間に敵が何処かに行ってしまい明け方と共に赤城達に強襲を掛けられたら防ぐすべはない。
そうなれば自分たちの負け、例え指揮官が悪くても前線にいる提督に敗北を知らせるのは金剛的にはnonsenseであった。
それを知ってか知らずか先ほどから金剛達は相手と激しい砲火を交えていた。
「fire!fire!fire!」
「お姉さまそれ別の艦娘のです⁉︎」
兎も角何時もの調子な金剛姉妹ではあるが、巫女服は所々焦げ艤装は被弾してお互い中破判定。
幸いレーダーには問題がないが、敵の戦い方が昼間とは打って変わって純粋な火力のぶつかり合いとなっていた。
同航戦で敵の左舷に陣取った金剛達は雷撃を気にすることなく撃ち合っているが、それでも相手は中々倒れない。
互いに同じ主砲、しかし向こうの方が長砲身で威力が高いが昼間の空爆で艦尾と艦橋付近に爆弾が命中し観測機類と機関に損傷を負ったが、それでも30ノット強の速力に夜戦できるだけの力と装備を残している。
だが、このまま進めば自分たちが勝利すると金剛は見ていた。
昼間放った九一式徹甲弾は確実に効いている、それをもう一度叩き込めば。
その機会を金剛はひたすら耐えて待ち続けた、そしてそれは来た。
同航戦の砲撃に耐え切れず遂に左舷に傾斜し始めた敵艦を見て、金剛はこの機会を逃すまいと砲撃を中止し砲弾を装填し直す。
本来であれば戦闘中に砲弾を入れ替えるのは大変な時間のロスなのだが、既に敵は満身創痍で反撃も乏しく、然し乍ら驚異的な耐久力を持つ相手に金剛は決定打となる一撃を望んだ。
だが、それは金剛達にとっても致命的な隙となった。
「今だ!全力回頭‼︎」
ヴィルベルヴィントは機関をめいいっぱい回し、バウスラスターも全力で起動させ驚異的な回頭速度で金剛達に右舷側を向ける。
丁度同航戦から反航戦に変わったその瞬間、無事な右舷魚雷発射管から魚雷が放たれる。
突然の回頭に驚き慌てて主砲を発射した時、既に魚雷は回避不能な距離にまで近づいていた。
お互い同時に命中し、轟音と爆炎が炸裂する。
演習海域全域に響き渡るその音を洋上で聴いた赤城や無事な艦娘達は、果たしてどちらが勝利したのか?
確信を持って言えるものは誰一人としていなかった。
まだ夜が明ける前の水平線空は白み始める中、赤城達第一艦隊はそれを見た。
水平線に浮かぶ巨艦、所々被弾し黒煙を吐き船体は傾斜しながらも悠然と進むその姿はまさに勝利者そのもの。
黒光りする主砲は天高く砲身を上げ、一発の号砲を鳴らす。
それが、この演習最期の砲撃となった。