終焉のクラーウィス   作:涼ノ宮 透夏

3 / 5
第二空 現実から非現実へ、暗転 ~from actuality to daydream~

*

レウとの再開を果たし、能力を使った後──魁利《かいり》は、好き放題に能力を濫用(らんよう)していた。怪我をした数分前のちょっとした出来事や、自分の作品をボツにした出版社の設立から現在までという大掛かりなものまで。無論後者の方が疲労度は莫大であり、実行した後の日曜日は一日中自宅でぐったりとしていた。

そんな彼の様子を日々見ていた星雫(せいな)は、羨ましそうに眺むことしかできない。彼女の能力は空間に流れる波の調整であるため、実際に自分がどうこうしようという能力ではないからだ。

 

 

「ちょっと~……また能力使ったのっ?」

「……見た目で解るものか?」

「明らかに疲弊してるからだよ!?」

「体育の後、じゃ誤魔化せないか」

 

 

どうやら数分単位ならバレないようだが、週単位や月単位にまでなってくると疲労が表に出るらしい。彼女の目は(たか)のように、(わし)のように鋭かった。

 

 

「で、さ。大学で使ってバレないものなのっ?」

「その様子はない、と思うが。文学部にはキャラが濃くて変な奴が多いし、奇行に走る学生がいても不思議じゃないな」

「…………魁利くんみたいなのがわんさか……。考えただけで所属したくない、理学部で良かった」

「ブーメランだろそれ。寧ろ理学部こそ、根暗な機械オタクやら数学オタクで溢れてそうだ」

「何を! 星雫みたいに生真面目な学生さん、いっぱいいるんだからねっ」

 

 

はいはい生真面目なのはお前以外な……と魁利は内心突っ込みつつ、ここ数日展開していなかったパネルを二本指で展開させる。切り取る切り取らないは別にして、時軸(じじく)だけでも観覧しようとしたその刹那──。

ぐわん、と。頭蓋(ずがい)が大きく揺さ振られるような感覚。錯覚にも似たその感覚は決してまやかしなどではなく、はっきりと魁利の意識に亀裂(きれつ)を入れる。現存する僅かな意識の片隅で星雫が何か叫んでいたが、魁利の耳に文字列として届くことはなかった。

 

 

 

 

**

能力行使のために態々人気のない場所を選んでいて良かった、と魁利(かいり)は思う。もしラウンジや教室だったとしたら大変だ──保健室に運び込まれ、いつ目が覚めるかも判らないまま寝かされ続ける。まるで眠り姫のように。目が覚めると言うよりは、時空の狭間からの脱出と表現した方が正しそうだった。

 

 

(──しかして、星雫(せいな)も巻き込むとはな……。理由としては近くに居たから、ではあると思うが)

 

 

現在、彼の隣には星雫がいる。魁利が暗転する際に軽く指先が触れて、空歩者(ラウムソウォーサー)の能力バグに引き込まれてしまったらしい。

 

 

「ったた……もう、何っ? これも魁利くんの能力の一部?」

「断じて違う。……多分バグか何かだろう」

 

 

彼がそう返したのには、一抹の希望が含まれていた。簡単なバグだ、すぐに直る。自分の抱える力で狭間に閉じ込められるだなんて御免だ──と。

 

 

「残念ながら、これはバグじゃない。バグなんて存在しないけど──あるにしても、そんなものは僕が把握している。──使いすぎたんだ、その力を。空間を何度も無理矢理に歪めることで、現在以降の時軸にも影響が及んでしまったんだ」

 

 

しかしながら、ごく自然な所作で──世界線と自分が一心同体で離れることが許されていないかの如く、忽焉(こつえん)に出現した白の少女の言葉はそれを切り捨てる。魁利の顔には絶望が浮かんだ。星雫も同様に、幽体離脱したかのように呆気(あっけ)からんとしている。

 

 

「ま……待てよレウ。それじゃ、俺達はここから抜け出せないってのか?」

「…………そうなるね。少なくとも今は、抜け出す(すべ)を知らない。脱出法を探すのも、ここ以外には有り得なそうだ」

「この中途半端な空間で、どうやって……っ……?」

 

 

数回しか訪れたことのない、何があるかも分からない異空間に取り残されようものなら、普通は希望には(すが)れない。滑面小胞体(かつめんしょうほうたい)を転がるように、下へ下へと落ちていく。

だがしかし──彼女は、レウは違った。それは両者よりこの狭間に住み着いていて、閉じ込められようが自分に変化は起きないからか──ある程度の目星がついているからか。答えは後者だ、と魁利は推測する。

 

 

と、その時。バタリ、と何かが崩れ去る。この空間に来てから、現時点では物体の存在を確認していない。となると、倒れたのは人間しか有り得なく──それは星雫だった。

 

 

「星雫!」

 

 

魁利が叫ぼうにも、星雫は(うめ)くような声しか漏らせない。顔面は蒼白し、落ちた意識はそう簡単に戻らないように見える。縋るような思いで、魁利はレウを見遣(みや)った。

 

 

「レウ───何がどうなってる。空整者(アブラストハモナー)に関係することなのか?」

「……責めるつもりは無いけれど、多分、原因は君だよ魁利。さっきも言ったように、時空を改変しすぎたことで──星雫の体内に潜む空整者(アブラストハモナー)としての機能の針が狂い。制御や演算が追い付かなくなってしまったんだ」

 

 

独り言のように吐き出された彼女の独白に、魁利はただただ唖然とする。

 

 

(───俺の、せい?)

 

 

確かに、時空改変は何度も(おこな)ってきた。重いものから、本当にどうでもいい軽いものまで。思えば、後者は実行しなくても良かったはずだ。現状はその時点で知り得なくても、必要不要くらいの判断は、冷静になれば自制できたではないだろうか。

そう考えれば考えるほど、自責の念に駆られてしまう。今悔やんでも過去は改変できないのに、だ。

 

 

「解決策───無いわけではいんだ。こないだ空整者(アブラストハモナー)の能力についての記憶の断片が、僕の中に流れ込んできてね? もし空整者(アブラストハモナー)が己の体躯(たいく)のコントロールを喪失し能力が適合者の元を離れようとしたら、それを繋ぎ止めるのは "鍵と錠" が必要みたいなんだ」

「鍵……? 錠……?」

「そう。ただの断片からの記憶だから、文字列でしかなくて僕も実物は見たことないんだけど……。ああ、鍵はそこに落ちているやつだよ。錠だけが、正体不明なんだ」

 

 

ほら見て魁利、とレウが指差す先にあるのは十枚の扉。どの扉にも着色がされており、(おごそ)かな雰囲気を漂わせている。それぞれの真下には、対となっている鍵が置いてあった。

 

 

「因みに扉は既に解錠済みで、鍵と一致する鍵穴はそれじゃあない。さっき調べたんだ。───どうやら扉の先にあるようだね」

 

 

扉の先。何が待ち構えているのか、まったく想像ができない。一歩踏み出した瞬間に足場がなく落とし穴になっていたり、実は猛獣の入った檻で全身を食い千切られたりするかもしれない。

───けど、それでも。

 

 

「やってやるよ───レウ」

 

 

大人しく身を(すく)めている場合ではなかった。

その場で固く握り拳を作り、

 

 

空整者(アブラストハモナー)が倒れたら、星雫だけじゃない、世界も終わりだ。この空間に存在できるのが俺逹だけというなら───この空歩者(ラウムソウォーサー)、覚悟をすべてお前に捧げる」

 

 

男に二言は無い、と言わんばかりに双眸(そうぼう)を細める。そんな魁利に、レウは感悦を滲ませた視線を向けた。

 

 

「───よく言った、魁利。ここで君が何もかもを見捨ててしまっていたら、僕はどうする(すべ)も持たなかった。ああ……戦闘になった場合関与はできないけれど、知識だけのサポートはしてあげられる。って言っても、(わか)ってることはまだまだ少ないけどね。ほら、僕一応ナビゲーターだし? 偶にはそれらしいことしないと、さ」

「待、てよ───戦闘になったりするのか? 俺は十分に戦えないぞ」

 

 

持っているものと言えば、執筆用に使う筆記用具くらいだった。中でもホチキス、カッターナイフ、鋏辺りは使えると思うが───如何(いかん)せん威力が甘い。こんな異次元が存在するくらいだ、続く十の世界もきっとファンタジーじみているに違いない。

 

 

「どんな戦いになるかは解らないだろう? もしかしたら、口論だけかもしれないよ。ライトノベルになるような戦闘シーンが発生するかもしれないけれどね」

「何でお前がラノベとか知ってるんだよ……」

「まさか! 知らないはずがないよ。僕は君達と同じ、人間なんだから。唯一違うのは、ここへ迷い込んだ時期だけ。僕の方が早かったって話だ。因みに知っているラノベは──科学と魔術が交差する物語、池袋を中心に異形と人間が交錯(こうさく)する話、勇者と魔王のラブコメファンタジー、意図せずして惹かれ合う兄妹、宇宙人や未来人や超能力者などの面白い存在にしか目を向けずただの人間には興味のない高校生、脳内に現れる選択肢に振り回される男子、神様と冒険者の一人ずつという弱小ファミリーが成長していく物語、ゲームに関しては無敗という二人で一つな兄妹、問題児ばかり集まる異世界、更には──」

「もういい解ったから! 色んな意味で分かったから、ヒートアップするのはここまでにしてくれ……キリがなくなりそうだ」

 

 

やたら現世に詳しい電脳少女だった(ここで電脳と表現したのは彼女の体の一部がブレている上触れられないため)。

 

 

「おや、堅い文献以外にも読むんだね」

「当然だ。俺はすべての書物を愛する文学少年だからな」

 

 

(今の作品、全部(わか)った俺も俺だよな……)

 

 

そんな少女は、未来の救世主に決して触れられぬ手を差し伸べる。

 

 

「さぁ、行こうか。救うべきものを救うために」

 

 

一方の魁利も、掴めない(てのひら)にそっと手を合わせ。そのまま、ぐ、と一握り───口許に三日月を描いて、無言の了承を(こぼ)した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。