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一つ目の扉に手を掛け、その先に待つのは普遍的な市街地。どんなファンタジー溢れる世界かと思えば、蓋を開いてみると(実際に開いたのは扉だが)、案外そうでもなくて
しかし平凡で在り来たりで月並みな街だからと言って、状態も普通、というわけにはいかない。何らかの大きな事件や災害によって屋根は崩れ落ち、街灯や噴水は崩壊し、草花は焦げ果て──燃え残った所々から、焦げ臭い炭と灰の臭いがする。
「レウ、本当にここで合ってるのか?」
「合っているよ、一体どこの扉を通過したと思っているんだい」
「……
赤色というイメージ通り、この
建物はすべてが全壊しているわけではなく、細々と生き長らえている民家もある。そこに住民はいないものかと疑問に思い、レウと魁利は一軒の家のドアをノックした。
「すみません、
すると警戒心という単語を知らないかの如くすんなりと扉が開かれ、『はい』と返事をしたこの家の主人らしき人がゆるり首を傾げた。
「何かご用でしょうか」
「ああ、いえ……旅をしている者なんですけど、少しこの街の事を教えていただけないかと思いまして」
我ながら上手い誤魔化し方だ、と魁利は思う。日頃からRPGを主としたゲームをやり込んでいるため、主人公の主な立ち位置を知っているのだ。
大半が王の類いの子孫や息子であったり、その国の王子だったりして──世界の混乱を拭うべく駆り出される。そしてちゃっかり、姫や許嫁のような存在がいたりする。勿論魁利にそんな相手はいない。
「旅の方ですか。うちで良ければ、どうぞ寛いでいってください。話も聞いてもらいたいところですし」
思っていたより、あっさり中に通してもらえた。魁利の中で蠢く違和感は、果たしてそれだけではない。
(──聞いて、もらいたい?)
こちらが話を伺いたいという体であったのに、相手が話したがるというのはどういう事なのか。
「やはり、この街は訳有りのようだね。あの瓦解された様子から見るに、間違いなどあるはずがないさ。……さて、どんな助けを求められるのかな」
細々と助言を与えるレウ。しかしながら、自分達の前を歩く彼は彼女の声に振り向かない。聞こえていないようだった。
居間へ案内されるとソファーへ座ることを促されたので、旅の疲れで痛めたなんて事のない健康な腰をゆっくりと下ろす。魁利が座ったのを見届けると、家主はこちらが質問するまでもなく話し始めた。
「相談したいのは、予想はしていると思いますがこの街に関してです。あなた様も、あの廃墟のような街の姿をご覧に入れたことでしょう。……原因は、我が国の領主に帰するのです」
「街を改善すべき領主が自ら自国を荒らすとは、ねぇ……。で、その領主はどんな手段で街の燃焼に至ったんです?」
堅固な素材を用いた建物を破壊させるくらいだ、恐らく相当な火力を兼ね備えた武器でも所持しているのだろう。
「破壊活動を好む、というよりは──焼き尽くす事にだけ興味の目が向いているように思えるのです。あらゆる物を使って街を焼く彼女の姿は恐ろしく──近づいたら最後、自分まで焼かれてしまうのではないかと思って民は迂闊に口を出せないのですよ。当然止める事もできませんから、街が焼かれていくのを黙って見ているしかないんです」
レウと魁利の推測は、若干軌道がずれていた。領主はじっくりと温度を上げて煮込むように焼き上げ、結果として熱に耐えられなくなった物が崩れていくようだ。さながら──高温で熔接をするように。
「しかも、今日は祭りなのです。気にせず楽しむ所存ではありますが、領主がいつ花火で襲ってくるか解らないものですから……手の打ちようがありません」
「では──その花火管理をさせてください。火に関するところを見張っていれば、領主も迂闊には近づいて来ないでしょう」
気づいた頃にはもう、警護に乗り出ると言葉にしていた。
家主は、当然ながらも爛々と
「本当ですか! 助かります! 昔からこの街の住人は、あの領主に苦労していて……。ああ、これで怯えることなく暮らせそうです」
まだ解決していないのに嬉々とする家主。その様子を見ては、乗り出て良かったなと思う。
そうと決まればのんびりしてもいられないのだが、人助けとはいえこれは答えに辿り着くための途中式でしかない。すぐにでも実行に出たいところだが、祭りを待った方が早いのだ。自ら出向くのは効率が悪いし、何より火力を所望する人物なら確実に花火を狙いに来る。
家主が露店の出店のために席を外して家を出た、そんな時。
「ねーねーお兄さん! お兄さんはお祭り行くの?」
明るい声がリビングに響いた。きっと娘さんだろう、肩までの短い薄桃の髪を揺らしながら駆け寄ってきた。
「え? ああ……まぁ、そうだな。行くよ」
「だったらミユリと行こう? お父さんね、お店出すからミユリに構えないの」
「あー……」
返答に戸惑い、どうしようもなくなった魁利はレウに助けの視線を送る。
「いいよ、行っておいで。時は一刻を争うと言うけれど、今は時間を惜しんでどうにかなるものでも無いだろう。花火は祭り終了のギリギリに用意するみたいだし、それまでは縁日を楽しむといいんじゃないかな」
嬉しそうにはしゃぐ彼女──ミユリを見ても、断るに断れない。魁利はレウの言うことにも同意できたので、ここは言葉に甘えて素直に参加することにした。
「……よし、行くかミユリ。最初にどこに行きたい?」
「わーい! えっと、林檎飴食べたいな!」
るんるん、という効果音が付随しても何ら不思議のない様子のミユリに家の鍵を借り、しっかりと施錠をして家を出た。
**
縁日の賑わい様は凄まじいもので、目一杯楽しもうとする様子がひしひしと伝わってくる。領主が花火をかっ
兎に角街人で溢れる中を進んでいくと、ミユリが先程食べたいと言っていた林檎飴の露店が視界に入る。はぐれては困るのでそのまま彼女の手を引きつつ、一つ下さいと店主に声をかけた。魁利は真紅に照り輝くそれをミユリへ渡す。
「ほら。落とすなよ」
「わかってるってー」
ミユリが嬉しそうに林檎飴を舐める一方で、魁利は心中でどうしても拭いきれない不安と闘っていた。領主の攻撃パターンすら知らず、どういった戦法で挑むのか。魔術を用いた戦い方をしてくるなら、ファンタジー要素のない魁利は即死だろう。唯一対策として思い付くのは、炎をメインとしているので、水で対処すればいいのではないかという単純極まりないものだった。
(──そうだ)
「おじさん、水風船とスーパーボールの屋台はどこにある?」
「スーパーボールは向かい側の二つ左側、水風船はミユリちゃんのお父さんがやっているよ。案内してもらうといい」
「どうもな。助かったよ」
林檎飴の店主からそれぞれの場所を聞き、水風船とスーパーボールのところに行って在庫状況を確認する。どちらも毎年三十個は売れ残るそうなので、その見積もりが実値となることを信じて三十個ずつもらったのだった。
これから実行することに、村人を巻き込んではいけない。ミユリは父親の元へ返してきた。この戦いが、楽譜の最後に何も記入させないか前の過程にあったコーダまで戻してしまうか──それは、すべて魁利にかかっている。
「レウ」
「うん、解っている。とうとうやるんだね。期待しているよ」
期待されても困るんだが、と吐き捨てるように呟く魁利。それでも誰かから期待値を設けられるのは満更でもなく、不気味に、好戦的に口許を歪めた。
***
ざっ、ざっ、と。大地を踏み締めてこちらに近づく足音は、段々とはっきりしてくる。打ち上げ直前のこのタイミング。向かってきているのが誰なのか、魁利もレウも判っていた。元々火薬の管理に当たっていた人は、今は倉庫の中で花火を打ち上げる準備をしている。地下の抜け道から離れたところに出れるため、そこに移動してから打ち上げるのだ。
一方の魁利は倉庫の扉の前で待機。領主が入り口から入ってくるとも限らないが、彼女が好むは純粋な
「ンン~? 見ない顔だねェアンタら。この街の人間じャねェのか、そンなら納得」
自分で質問しておいて勝手に腑に落ちる彼女を、気を張り詰めて見つめる。
「……で? 倉庫の前で厳めしい顔つきなンかしちャッて、なーに企んでンのかなァ? ──アタシから火を遠ざけようッてンなら、お前──燃やすぜ?」
ぞわり、と。最後の単語が表現される前の彼女の様子と、燃やすと魁利に告げたときの彼女の様子はあからさまに違っていた。魁利の背筋に、氷の塊が落とされたような悪寒が駆け抜ける。
火を奪われたくない思い、それは本物に違いない。彼女と焔──等号の関係に在ると言っても差し支えないだろう。
しかし、こんな状況で──彼は笑っていた。好戦的な笑み、とは今まさに魁利の所作である。
(本当に、作品の中のような世界だ。楽しくて仕方ない)
魁利が楽しんでいるのはさておき、領主はどんな攻撃をしてくるか分からない。それどころか、今すぐにでも攻撃してくるかもしれないのだ。
「いいねぇ、アンタ。ならさ、戦って決めようぜ? アンタが勝ったら、この街から手を引く。俺が勝ったら、屋敷の鍵をくれ」
屋敷へ侵入する権利を得たかった理由。それは、鍵があるのだから、鍵穴の存在する扉を屋敷内から見つける──という魁利の憶測によるものだった。
一人きょとんと首を傾げながらも一応は受け入れている彼女を他所に、魁利はほくそ笑みつつ反応を伺う。
「分かッた分かッた……ンじゃ始めるよォ、旅人さン。……あァそうだ」
「?」
「名前。聞かせてよ。アタシ、決闘相手の名前は必ず聞くンだよ」
「……魁利。
「そうか、アタシは
紅焔は魁利が名乗る前にぐしゃぐしゃと乱暴に緋色の髪を掻き混ぜ、自らも名乗ると──たん、たん、と。その場で足踏みをした。その刹那。轟!と熱風が吹き荒れる。自然に風が巻き起こった瞬間を見計らって、彼女がガスバーナーのスイッチを入れたのだ。
「熱、ッ……!?」
こんなものではまだ序の口だと解っていても、サウナに入っているようにじわじわと温度が込み上げてきて、魁利の脳幹を揺らがす。
風が止んだタイミングで紅焔に向かって地を蹴ると、予め木の枝に括り付けてあった水風船目掛けて吹き矢を飛ばした。的確なコントロールで飛んでいった矢は一つも外れることなく的中し、次々に中の水が溢れ出る。少量でこそあるものの、塵も積もれば山となり。紅焔本人には大した被害はないが、地面が濡れたことによって大地を燃やすことは不可能になった。
「──ふゥン? 先に一つ、パターンを奪われるとはねェ……。いいよいいよ、楽しくなッてきたァ!」
一瞬魁利が優位に立ったとも思えるこの台詞は、素直にそれを意味しなかった。ケタケタ、と。不気味に笑い続けることを、紅焔はやめない。
「な、に言って──?」
「観海、足元見てみろよ」
足元? と不思議に思いながらも、言われたままに魁利は視線を下げる。地面は先程撒き散らした水で濡れていた。それがどうした──そう言いかける前に、彼は気づいた。気づいてしまった。自分の零した水の上に、ガソリンが上書きされていることに。
「お前、いつの間に……!?」
「いつも何も、お前が水風船に目を向けてた時だよ。気づかなかッたンだァ?」
完全にしてやられた。元々の水のせいで、ガソリンとの区別がつかなくなっている。日中ならまだしも、暗がりにいるので判別しにくい。唯一頼りになるのは、僅かながらの灯油臭だった。
「さァて、このライターを下に落とせば終わりだけど……遺言くらいは聞いといてあげるぜ」
暗闇の向こうで一人呟く紅焔を他所に、魁利は動き出し木に登り上がる。
「あン? 今更何しても無駄だッつー……の、ッ!」
慈悲をかけたのだろう、彼女は木を燃やすのではなく、一蹴によって幹を揺さぶった。魁利は危うく落下しそうになるが、しがみついて何とか回避する。
紅焔の、その慈悲が──命取りであり、綱から大きく足を踏み外した瞬間だった。そう断定できる決め手は、彼の手中にあるスーパーボールだ。彼はこれを水とガソリンの層の上に、大量に投げ込んだのである。蹴りと同時に落下したスーパーボールは紅焔の足が地に着くタイミングで転がり、彼女のバランスを大きく崩して尻餅をつかせた。水も相俟って滑りやすくなっており、中々立ち上がれない。
「あ、しまッ……アタシにもガソリンが……!」
「そう、俺の目的はこれだ。──そして。この手に持ってるのは、何でしょうか?」
「な、んで……お前がンなもン持ッてンだよ!?」
「驚く程の物でもないけどな」
彼が手にするは小箱に収まるマッチ。
紅焔は魁利が住人から自分の情報を得ただろうと思っていたので、鎮火のための液体ばかり持ってくると予期していた。そして彼の体だけを跳ね飛ばし、自分は着火してからその場を離れるつもりだった。
しかし賭けは見事に外れ、スーパーボールやマッチに予想を裏切られた。そんな魁利には慈悲はない。
「さよなら──
「やめ、」
「嫌だ」
小箱の側面で小さな棒に点火し、大地に敷かれた三層へそれを落とす。液に触れて間もなく辺りは燃え上がった。
「あァぁああぁアあァあ!!!!!」
紅焔の肉体を舐めるように包み込む炎を傍観する魁利の隣で、レウが囁く。
「……やりすぎじゃあないかい、魁利。まるで地獄絵図だ。消火器が小屋の前にあるから、使いなよ」
「こいつは──燃やされるなりの所業を、街に、人に、してきたんだろ。だったら──」
「落ち着きたまえよ! 目的は、彼女の殺害ではないだろう!? 屋敷に連行して、鍵穴を見つける。──僕らの目的は、
珍しく情感を荒げて訴えかけてくるレウに、魁利は圧倒されて言葉の終わりが見えるまで何も言えなかった。レウの言うことはあまりに正しかったのである。
「…………、分かったよ」
火の回っていない木まで飛び移って下に着地し小屋まで駆けると、置いてある消火器を乱暴に手に取って鎮火をする。火がすべて消えた頃には、当然ではあるが紅焔は全身に酷い火傷を負っていた。
「し、……と、……た、ッ……」
死ぬかと思った、と口にしたいのだろうが言葉にならないらしい。とっとと屋敷に案内されないことに段々と焦れったさを覚えれば、紅焔の顔へホースから水をぶっ掛ける。もう一度言うが、魁利に慈悲などなかった。
「分かッ、た……から、水は、もう、掛けないでくれ……。火の天敵をあまり浴びたくはない」
彼女から必死の訴えを聞き届ければ、衰弱されすぎても困るのでとりあえずやめる事にした。彼は首根っこを掴んでやろうとも思ったが、紅焔は自力で歩いて案内してくれるらしかった。
警戒心が解けた──というよりは、魁利に対して畏怖の念を抱いている。あろうことも、一国の王女が、だ。それ程までに魁利の戦法が巧みだったのである。
そうして、城の前に到着した。紅焔が一人で住んでいるため小城であるものの、外観はそれらしさを漂わせていた。
「ほら、入れよ……城の中、好きに使うなり漁るなりしていいからさ」
覇気のない声色でそう零した彼女は頼りない足取りで自室へと戻り、振り向くことなく去っていった。
一方の魁利はお構いなしに城内探索を始め、様々な部屋を巡る。大広間、キッチン、ダイニング、吹き抜け、風呂場、──歩きに歩いて、最後に辿り着いた地下室。そこに、錠前の設置された大きな扉があった。
「あれか」
移動中に『鍵をなくして自分でも開けられない』と言っていたが、恐らく適合する鍵は魁利とレウの持つ鍵なのだろう。解錠をする前に、レウは魁利に問いかけた。
「そういえば、何をしたら狭間へ帰ることが出来るんだろうね? 開けたら帰空、とかだったら楽なのだけれど」
「ああ……まったく気にしてなかった。兎も角開けてみようぜ、そうしなければ現状は変わらないわけだしさ」
言いながら、キィと音を立てて古びた重い鉄製の扉を押し開ける。中は豆電しかなくて薄暗く、空間にはたった一つの宝石を除いて何もない。
「あれ……は?」
「多分──帰空と星雫に必要な物だと思う。……さぁ、帰ろうか、魁利。もう、ここに留まり続ける理由はないよ。紅焔も大人しくなって、街はきっと安泰さ」
魁利は、レウの言葉に無言で頷いた。
偽の窓から射し込む豆電の白光が、大粒の
意識さえ移る瞬間、夜空に大輪の花が咲く音が聞こえた。
紅焔のキャラがよく解りませんね。
作者でも、ちょっと設定がブレてると自覚してましたすいません。
両親の熱い愛情は妹に向き、自分には一切向けられなかった。
その腹癒せに、家族諸共すべてを燃やし──唯一の暖かい火を愛し続けた、孤独な焔姫が紅焔ちゃんです。
以上がちょっとした裏話でした。
次回はジャパニーズなラブコメだったりする。かも。