ナカジマ家の起親   作:tapi@shu

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第二話

 「幸運なんです、ラッキーなんですよ」と彼女は煉夜に行なった暴挙を誤魔化すように言った。

 幸運とは何なのか。

 彼女のような子に拾って貰えたことだろうか。確かに彼女は将来は美人になるだろう。常に輝いて見える銀色の髪はそれだけで宝石に並ぶ価値があっても不思議ではない。顔の造作は、全面的に幼さが目立つが、その髪と同じ色の眉毛はキリッと整えられて凛々しく、くりっとしたエメラルドの瞳からはあどけなさと凛々しさを感じさせる。今はまだ幼くとも、将来は美人になるのは確定的に明らかだろう。

 そんな彼女に出会えたことが幸運じゃないかといえば、幸運の部類に入るのだろう。

 そう思った煉夜は、「君に会えたことが幸運?」と率直に返せば、彼女は顔を赤らめて、慌てたように言う。

「な、なんで私に会えたことなんですか!? 違いますよ。無事なことです。五体満足なことです。あと私のことはノアと呼んでくれて構いません。シルエットだと姉と被るので」

「じゃあノアちゃんに殴られて、気絶だけで済んだことか」

「それは忘れてください、今すぐに」

 拳を強く握り締めるノアを見れば、煉夜は忘れることに精を出すしかないが、そもそもこんな見ため幼い、小学校低学年のような少女に殴られて気絶したことは、煉夜自身にとってもあまりいい記憶とはいえない。積極的に忘れることにした。

 成人間近に控えた男が情けないと思うところがない訳ではないが、ここは異世界。なら、それもまた致し方なしと思うことで、精神上の安定を得ることに成功する。

 ノアちゃんは冗談が通じないなぁなんて軽口を煉夜が叩けば、ノアはいちいち煉夜が悪いと反応した。

「そのノアちゃんって呼ぶのもやめてくれませんか。私はこれでも十一歳です」

「え……十一歳?」

 そうは見えないと言いそうになった口を慌てて閉じる。言ったら殴るぞとノアの視線から並々ならぬ何かを感じ取ったからだ。

 十一といえば連夜の世界で言えば、小学校五年か六年に当たる。煉夜が想像していた見た目からの年齢は小学校二年か三年の程。その差が大したことないと言うなかれ、この年代は成長期であり、一つの歳の差は、非常に大きい。身長で言えば二十も三十も、それ以上もの差が出るのだ。

 ノアが小学校低学年程度と決めつけていたのは、近所に住む知り合いの一番下の妹が、ちょうどノアと同じくらいの背丈の時に、低学年であったからだった。

(そうか。地球(日本)の常識が、こっちの常識であるはずはないし)

 この世界では、彼女くらいの年齢でこの背丈は普通であるのかもしれない。つい自分の基準で測ってしまった煉夜は、ノアに謝るべく口を開こうとすれば、ノアが先んじて煉夜を遮る。

「一応言っておきますけど、私のこれは……大変言いたくないことですけど、この世界の標準ではないですから、勘違いしないでください」

 認めたくないことですけど、事実ですし、と最後は苦々しい表情をした。

 それならそれで気にしていることを言わせてしまったことに、謝罪をしようとすれば、ノアは哀れになるからと言い、謝ることも許さなかった。

 それからしばし、にらみ合いとも様子見とでも言うべく空白が生まれてから、ノアがため息を吐いた。

「話が逸れすぎてしまいました。私のことはいいんです」

「いやいや、傷つけたならちゃんと謝らなくちゃ──」

「いいんです! 気持ちは分かりましたから……」

 ノアはもう一度深く息を吐き、テーブルを挟んで座っている煉夜に、ズイッとテーブルの上に身を乗り出し、エメラルドの瞳が覗きこんでくる。

 曰く、私のことよりもあなたはあなたのことを心配しないといけない、と。

 図らずして異世界へと足を踏み入れた者、望むべくもなく自分の住んでいる次元以外へと訪れてしまった者を『次元漂流者』と呼び、煉夜はそれに当てはまるのだという。彼女の憶測では、煉夜がこの世界──ミッドチルダで目覚める前に起きた地震が大きく影響しているらしい。

 奇しくも煉夜の予測とそこまでは同じで、それを聞いた時、煉夜の中ではやっぱりという思いが強く、意外とは思わなかった。

 彼女は更に言う。

 その地震はおそらく次元災害と呼ばれる現象で、その一種である次元震であった可能性が高い、と。

「次元災害? 聞いたことがないんだけど……」

「……だと思います。ここまで話して気付きましたが、レンヤさんの世界では魔法が常識ではないのではないでしょうか?」

「魔法!? そんなものある訳が──あー、なるほど。あれが魔法だったのか」

 ある訳がないと叫ぼうとして、浮かんだのはこの世界が居世界であると気付くきっかけになった空飛ぶ人の光景。

 魔法、そうあれが魔法と言われれば、これほど納得のいく言葉はないだろう。

 翼もなしに空を飛ぶなど、魔法紛いだなと連夜は呑気にも思っていたが、その言葉が的を射ていたようだ。

「驚かないんですね」

 煉夜がいたって平静を保っていたことに、逆にノアが驚きを示したようだ。

「自分でも驚くほど、冷静でいられるんだよね。窮地にこそ人の本性が現れるというから、俺は本当は冷静沈着な人間なのかな、なんて思うくらい」

「冗談を言えるくらい余裕が有るようで何よりです」

「……でも、なんで俺の世界に魔法がないなんて分かったんだ?」

 煉夜は確かにここまでの経緯は全てノアに話したが、魔法の話は何一つとしてしていなかった。むしろ、魔法が無いことが前提の世界で生きてきた訳だから、会話の中に魔法が出てくる事自体がおかしい。

 彼女が何故、煉夜が魔法のない世界であると当てることが出来たか不思議に思うと、ノアはニッコリと出来の良い生徒に対するような笑みを見せて、「簡単ですよ」と人差し指を立てる。

「『気付いたら異世界に居た』なんて言い方は、魔法のある世界ではそうそう言いません。なぜなら、魔法の存在する世界は、そのほとんどが管理局の管理下か認知下であるからなんです。まして次元災害を知らないのは魔法がない証拠……なんですが」

 話の途中で胸を張るも、最後の言葉とともに、煉夜に心配そうな顔を向けた。その顔には暗に、話の意味が分からないですよねと言っているようだった。

 自分よりも七歳も若い少女にそういう顔をされると、彼女にはその気はなくとも、どこか自分が低く見られているように感じてしまうのが普通なのだろうが、不思議とそんな気はしなかった。それは彼女から感じる理性とも知性とも言える利己的な雰囲気がそうさせるのか、相手の思い遣りを含めている声色にあるのかは分からないが、これが彼女の魅力の一つであると煉夜は思った。

 煉夜は心配させないようにと小さな子によくするように頭を撫でようとしたが、伸ばした手を留める。彼女はただの小さな子ではないとようやく理解したからだ。

 撫でる代わりに、煉夜は曖昧な笑みを浮かべる。

「まあ分からないことが多かったけど、なんとなく理由は察せれたかな。それで次元災害の続きなんだけど」

「あ、はい。そうでしたね。詳しく説明する必要はないと思いますので簡単に言いますと、空間を断絶する地震でしょうか」

「空間を断絶、ね」

「はい。なんでそんなのが魔法のない世界で起きたかは、さすがに分かりませんが、その開いた空間にレンヤさんが運悪く落ちて、このミッドチルダに運良く着いてしまった。というのが、一番辻褄が合うと思うんです」

 空間を断絶だかなんだかは煉夜に言われてもさっぱりだったが、あの地震が原因であるのはどうやら間違いないらしい。むしろ、他の要因に思い当たりがないので、そう言われる方がすっと頭の中に入ってくる。まさしく辻褄が合うからである。

「それで何が幸運かというと。次元の穴とでも言うべきなんですかね。そんな底なしの穴みたいな場所に落ちて、無事に生きて出られただけでなく、このミッドチルダ──ようするに、普通に人が生活しているところに辿り着くなんてラッキーという以外にありませんよ。だからこれも」

 それから彼女は冗談めかしに、イタズラっぽい笑顔を浮かべて言った。

 

──あなたと私の出会いも、『奇跡』なんて言えるのかもしれませんね

 

 まさか、真剣に女の子に見惚れる日が来ようとは、異世界に来るまで煉夜は考えたこともなかった。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 次元の空間はブラックボックスに等しい。中でも虚数空間と呼ばれる次元の抜け落ちた場所などは、全く検討もつかない謎の空間で、魔法も一切発動できないためか研究の手もつけることも出来やしないという。

 煉夜はそんな、何が起こるかわからない次元層へと落とされてここへやってきたのなら、『助かった』以上の幸運を望むのは贅沢とも言うべきであるのは十分に理解できた。

 ノアの説明を受け、ようやく幸運であるとの言葉を正しく消化できるようになった。

 彼女の言う通りなのだ。

 生きているだけで、煉夜は満足するべきなのだ。

 しかし、人間という常に欲を欲する生き物はそうはいかず、一つの希望が叶えば、もう一つの希望、もう二つの願いを叶えて欲しくなる。煉夜で言うところのもう一つの希望と言えば、言うまでもなく元の世界への帰還を置いて他にない。

「次元を渡る方法はあります」

 その言葉に煉夜に思わず笑顔が溢れる。

 どうやら自分で思っていた以上に、故郷へ帰ることを切望していたようだ。

 煉夜の表情が明るくなる一方で、ノアの表情にやや影が刺し、煉夜の様子を窺うようにおずおずと口を開く。

「次元を渡るには主に移転魔法が必要で、それが可能なのは次元移転装置か高次元の移転魔法が出来る魔導師です」

 魔導師というのは魔法を使う者で、地球で言う魔法使いのような者らしい。どちらにしろ、煉夜に未知の存在であるのには変わらない。

「平時であれば、次元漂流者であることを証明できれば次元移転装置を使わせてくれたかもしれません」

 ノアは続けて言う。

 民間では現在の状況だと、とてつもない高額な料金を払わなければいけないので、そちらの線ではまず不可能。

 地球で例えるなら金持ちの道楽で宇宙旅行をするようなものだと煉夜は捉えた。

 魔導師による移転は論外だとノアは断言する。

 高次元を渡らせることが出来る魔導師は、非常に稀で、それほどの力を持っているなら、ただの一般人のために、協力をしてくれる暇があるはずもない、と。

「ところで、平時であればっていうのは?」

「皆さん……忙しいですから」

 遠い場所を見ながら、物憂げに言った言葉で一度話を切ると、先程よりもなお暗い表情を浮かべる。

 すぅーと息を吸い込む音が聞こえると、彼女は今日一番の真剣な声色で、尋ねてくる。

「覚悟がありますか?」

「覚悟?」

 ノアの真意を図りかねて、疑問で返す形となったが、彼女は一度大きく頷くと、何を聞いても心を保つ覚悟があるかと問う。

 煉夜はノアの今までにない真剣な空気に飲まれかけていた。いたずらっぽく笑った時は立派な女性を感じ、からかい混じりで会話した時は子供っぽく拗ねたノアの、これまでにない人を圧迫する並々ならぬ雰囲気だった。

 彼女の息遣いまで聞こえそうなほど、緊張感が高まると、黙っていることが辛くなり、煉夜は大きく深呼吸をした。

「レンヤさん?」

 煉夜の突発的な行動に、ノアは訝しむような目を向けてきたが、連夜はそれにニヤリと笑顔を見せた。

「大丈夫。こう見えても肝が座ってるんだ、俺は」

 えっへんと今度は煉夜が胸を張る番だった。

 その煉夜の気丈な姿を見て、何が面白かったのか、張り詰めた空間がクスッという小さな音によって弾け飛んだ。

 突然笑い出したノアに、煉夜が唖然とした表情をすると、彼女は一言ごめんなさいと、説得力の欠片もない笑いながらの謝罪をした。

「なんだよ」

「いえ、レンヤさんみたいな人を空気を読めない人だというのかなと思ったら、つい」

 そう言って、ノアはもう一度笑いをこぼす。

「それ褒めてないだろ」

 煉夜がジト目で責めるように言えば、

「上官には大切なスキルだって聞いたことがありますよ」

 なのでレンヤさんはきっといい上官になりますね、とやんわりと返す。

 ノアの何とも言えない発言に、煉夜は複雑な心境を抱くと、顔にも出ていたからか、ノアがフォローのつもりなのか「褒めてるんですよー」と間延びした、褒める気がないのが誰にも目に明らかな言葉。

 二人で褒めてないだろ、褒めてます、褒めてないだろ、褒めてますってと、何度かやり取りをすると、ノアが不意に真剣な表情に戻る。

「これなら大丈夫そうですね」

「だから大丈夫だって。それで、覚悟が必要な内容ってのは」

「はい、それは……」

 一呼吸置いて、エメラルドが煉夜の瞳を釘付けて言う。

「レンヤさんの世界は、もしかしたらもう無くなっている可能性があります」

 煉夜はそれに、なるほどと呟くと沈黙を築いた。




まさかあんな短い文章とたった一話であれほどお気に入りに登録してもらえるとは、本当に驚きました。
ありがとうございます。
そんなこんなで第二話です。
方向性は大体ここで分かるかと思います。

頂いた感想と評価は作者の糧になります。ありがとうございます。
また感想・評価などお待ちしております。
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