“古”の決闘者 作:笹もち
――――許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。
かつての古代エジプト。クル・エルナ村。名高い盗賊王出身の村ともされるその場所で大惨劇が行われていた。逃げ惑う多くの村人に紛れて怨嗟の声をあげる一人の少女。綺麗な黒髪は泥に塗れ瞳は憎しみから濁り身に着ける服もズタズタにされ身体中からは血を流し続けて命からがらにクル・エルナを脱出する。
クル・エルナの悲劇。いつもの夜、ノドが渇いたので水を飲もうと少女が外に出た時にそれは起こった。大勢の兵士が村人達を容赦無く無惨に斬り捨てていたのだ。なぜ兵士が村人達を襲っているのか理解出来ずにすぐさま寝ていた両親を起こそうと――両親の胸には矢が突き刺さっていた。
――――はぁ…はぁ……。
それからどうやって逃げ出したのかは少女の記憶には残ってはいない。ただ、少女の心の中には激しい憎しみが渦巻いていた。だがその憎しみによって生まれた
クル・エルナの村人達を国属の兵士が襲っているのかワケがわからなかった。一体、誰を憎めば、殺せば、仕返しすればいいのかまだ幼い少女は判断がつかない。おぼつかない足取りで目的もないままさ迷う。
もう村に戻ることは出来ない。戻ったら殺されるのは少女には分かっていた。それでも戻って殺されれば両親の元へ行けるだろうか。そう考えていると糸が切れたように身体が崩れ落ちる。
――――っ……?
崩れ落ちた身体は地面に横たわることはなかった。一瞬の浮遊感。少女はぼんやりとしながら視線を漂わせるとそこには紅い瞳から血の涙を流している青年の横顔が見える。怒りからか少女を抱き抱える手は震えていた。
「なぜ……。なぜこんなことをする必要が…アクナディン…!!」
炎上するクル・エルナの村を眺める青年は少女以上に怒り悲しんでいるように見える。しかしそこには憎む感情はなく、ただ耐え忍ぶ。
「ごめん…ごめんな……」
必死に謝る青年は少女の憎しみを優しく包む。それでも憎しみは渦巻いたままではあるが何もしていない青年がなぜ謝るのか少女は分からない。
少女の憎しみから生まれた魔物は青年の優しさに触れても成長の度合いは変わるわけもなく、憎しみは次第に復讐という狂気になるだろう。
この悲劇こそが青年の運命と一人の少女の人生を決定づけた。後に起こるであろう更なる惨劇と嘆きと悲しみの連鎖は止まることをしらない。
そしてこの青年――神官アクの終焉の幕開けでもあった。
「懐かしい…夢だな」
オベリスク・ブルー、ラ―・イエロー、オシリス・レッドからなるデュエルアカデミア本校。個々の
残念なことにアカデミアの選考には個々の人間性、すなわち決闘者としての有り方を考慮していない。ブルーのように筆記と実技の成績が良かれど変にプライドが高く他者を見下す者が一部に見られ、それは悪しき風習。
「紅一葉!! 決闘しろ!! アンティで俺が勝ったらブラック・マジシャン・ガールを渡してもらおうか!!」
「ブラマジガールたんを引き渡せ!! みんなのアイドルッス!!」
「ふぅん、オレの嫁が貴様の嫁を木端微塵にしてやろう」
その悪しき風習はどこにいったのか、部屋の前にはブルー、イエロー、レッドというコースの垣根を越えて手を取り合っている姿がドアの覗き穴で確認できる。コースの垣根を越えるのは素晴らしいことだと、一葉は思う。だがなぜここで越える、もっと別なことで手を取り合ってほしい。
大体の予想はついた。昨日の遊戯十代との決闘でブラック・マジシャン・ガールという一枚のカードを使用したことだ。中等部から一葉のことを知っている人ならば問題はないが、高等部からの編入組、すなわち丸藤翔という一人のブラマジガール崇拝者がカードの所持者を噂で広めてたった一日という短い時間で味方を引き連れて来たのだろう。
味方を引き連れても問題はない、決闘で返り討ちにしてやればいいだけなのだ。しかし今は早朝の五時。とても決闘するような気分にはならない。近所迷惑もほどほどにしてくれないか。
「…気晴らしに朝の散歩にでも行こう」
隣りで愛らしく寝ているペラを放置してパジャマを脱ぎ捨てブルーの制服に袖を通し、腰に決闘盤とデッキを提げ、華麗にブルー寮の二階から飛び降りる。決闘者たるもの日々の鍛錬は怠らなかった一葉。だがさすがに足がびりびりと痺れるような感覚に見舞われた。
「アカデミアは広いな…ん…カード落ちてるし」
「う…ん」
幼女怖い。さっきまで寝てたじゃんとは言えるわけもなく一葉は無言を貫きながらペラと一緒に明朝のアカデミアの海沿いを散歩する。人工で作られた孤島だけあってやはり海岸の砂も人工砂であり、どこか寂しいものを感じる一葉。
海岸ならば貝やらヒトデやら海藻やら落ちているのが普通だろう。だが今、一葉のお目の前に落ちているのはカードだ。それも三枚。大方、負けた腹いせにカードを捨てたと思いながらカードを三枚拾い上げる。
「キングス・ナイト、ジャックス・ナイト……クイーンズ・ナイト」
三枚の騎士を模したカード。中世の騎士の象徴ともいえる三銃士。
「これ、捨てたんじゃなくて…誰か落したのかも」
伝説の決闘者のデッキにも入っていたとされるカードであり、絵札の三銃士とも呼ばれる。三銃士の展開力は侮れず、三体揃った時の力は底が知れない。融合モンスターであるアルカナナイトジョーカーがフィールドに降りればその高火力と効果に圧倒されることはまず間違いないはず。
大事に扱われていたのか傷一つ見当たらないのを考えてみると、よほど大切にされていたのが分かる。持ち主は今頃、血まなこになって必死にカードを探しているに違いない。
「大事なカードそうだし、ちゃんと持ち主に返してあげないと」
それに三枚のカードからは並々ならぬ力を感じる。魔物が宿っているのだろう、その姿を見せないのは彼らの持ち主ではないから。主に仕える騎士道精神、どんな状況下でも主を信頼しているからこそだ。
「探しているなら近くにいてもおかしくはないんだけどな…」
ふと、遠くに人影が見える。
「うう、私のカードが…」
栗色の髪が特徴的な女の子だった。ブルーの制服の上に黒のカーディガンを着ているが非常にスタイルは良く、顔も眼鏡を外せばかなりの美人ではないかと思うほど。心なしか、一葉は声を掛けることを躊躇う。それもそうだ、魂の記憶は引き継がれど一葉はお年頃な高校一年生なのだから仕方がない。
勇気を振り絞って足を一歩二歩と進めるが彼女もカードを探しているために一歩二歩と離れていく。これではいつ声を掛けられるかすら分からないので一葉は声を振り絞った。
「あ、あの探し物はこれですか?」
「……」
束の間の沈黙。
一葉が見せた三枚の絵札の三銃士のカード。彼女は最初何を言われたのか分からないような表情をしていたが絵札の三銃士に視線がピタリと止まると瞳からぶわっと水滴が頬を伝っていた。
「よ…」
「よ?」
「良かったよぉ……見つかったぁ…」
糸の切れた人形のようにその場に崩れて両膝をつきながら泣く彼女。知らぬ人が見れば女の子を泣かしている最低野郎にしか見えない。
泣きじゃくる彼女にカードを渡すと安心感からか目尻を赤くしながら膝をついている状態で何回も感謝の言葉を述べてくる。本当に大事なカードだったのだろう、とても大切そうに抱きしめているとこを見ると彼女のカードへの愛情の深さが滲み出ていることは一目瞭然だ。
そして一葉の記憶が震える。正確には神官アクとしての魂が震えている。これは喜びなのだろうか。目の前の彼女の容姿と――最愛の人だったイシスの容姿が重なり、己の最期を思い出しそうなり首を振って思い出すのを無理やり止めた。
「あの…本当にありがとう…私、普段からノロいからカードを盗まれるようなドジ踏んじゃって」
「それは盗んだ奴が悪いに決まってる」
「ううん、いいの。それに――慣れてるから」
それは悲しそうで儚くて自分の運命を受け入れているかのような言葉だった。彼女は赤くなった目尻を擦りながら無理やり笑顔を作る。
「私のね、お兄さんがね…武藤遊戯だから。妹の私がこんな目に遭うのも当たり前だから…っ」
「武藤遊戯…」
生ける伝説の決闘者にして初代決闘王。そんな偉大な人物の肉親ともなれば様々な弊害があったに違いない。初代決闘王という称号は大きく、重すぎる。ましてや兄と妹の関係ならば彼女は今までどれほど辛い目にあったのか想像がつかない。
良いことばかりではないのだ。称号、デッキ、名声、得たものが大きいほど奪おうとする者達が現れれば傷付く者は決闘王だけではない。そのことを察した一葉は掛ける言葉が見つからなかった。
「…私、筆記も微妙だし決闘も弱いし…とてもお兄さんのように強くはなれないから耐えるしかないの」
「耐えることも立派な強さだと思う」
微風で彼女のカーディガンに隠れる白い肌が覗く。綺麗な手をしているのに火傷の――痛々しい傷跡が残されている。まだ十六歳という若さで身体に傷を残すほどの怪我は彼女にとってはショックだろう。しかも見るからにその傷は魔物によるもの。それは決闘王を狙う者達の中にも特別な、異能な力を持つ者がいることを示していた。
「だって私は――」
「――強くなりたいからデュエルアカデミアに来たんだろ」
「……ッ」
「初対面でこんなことを言うのもなんだけど、俺はきみのお兄さんの決闘を画面越しから見て奮えたよ。それで〝決闘者〟になるのを決意した。一人の人生を変えるのに十分な熱い決闘だった。きみも耐えるんじゃなくて――抗ってみたらどうかな。きっかけ、というのはいくらでもある」
一葉の言葉に黙ってしまう彼女。耐えることが出来る人間は強い。でも耐えてばかりだといずれは疲れてしまう。だが少し抗い、あの兄にして妹もさすがだと見せつければ周りの目も少しは変わるはずだ。
「…抗う、かぁ。確かに耐えるだけだと何も変わらない……今日が貴方の言うきっかけになるかもしれない」
「それは良かったよ。さて…俺もそろそろ家に――」
そう踵を返す一葉を止めるように彼女は袖を引っ張る。そこには何かを決意した表情の彼女がいた。先ほどまでの弱々しい瞳ではなく強い意思を瞳に宿しているように見える。
「私と、決闘してくれない…?」
「…………わかった」
その瞳を見たからには無下には出来なかった。
「自分を変えるためのきっかけをくれた。きっかけは大事なカードを拾ってくれた人の言葉、それだけで充分」
「なるほどな、まさかきっかけ一つで充分だとは驚いた」
「私には充分、大きいよ。…まだ名乗ってなかったね。私は
言葉からも静かな揺らめく闘志。雰囲気が変わり、口調からもどこか力強さを秘めている気がした。やはり決闘王にしてこの妹有りといつか言われる日が来るかもしれない。
「俺は紅一葉。――いくぞ」
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