“古”の決闘者 作:笹もち
入院していたので本を読むくらいしかしていなかったので度々文章中に誤字があるかもしれないですがご指摘いただけたらありがたいです。
その日の夜、武藤静楓は物思いに耽ていた。
海辺で大切なカード達を拾ってくれたブルー寮生。そのデュエルタクティクスは類まれなもので既に決闘者として完成しているように静楓には見えた。
強く、正しく、優しい人だった。会った時から言葉の一つ一つの重みが他の人と違うと思っていたけれど、決闘中に感じた重苦しいあの威圧感は闇のゲーム、それに似たような感覚を思い出してしまう。
「正しい心と闇の強さを兼ね備えた人……なのかな」
今日たった一度だけ会った人のことが気になってしまう。もっと知りたいなんていうのは自分のワガママだっていうのは分かっているけど気になるのだ。
「あら。こんな夜更けに誰が大浴場に居るのかと思ったら武藤さんだったのね」
「ひぅっ!! ててて天上院さんっ!!?」
「隣り、良いかしら」
同年代とは思えぬ大人の女としての艶めかしい魅力を放つ天上院明日香がそこに居た。ちゃぷんと湯船に身をゆだねて背伸びする姿は見惚れてしまうほどに綺麗だ。
アカデミアに入学してから天上院明日香という名はオベリスクブルーだけに留まらず学園全体でも美しく、強いと評判で静楓は武藤遊戯という兄を持って劣っている自分を恥ずかしく思ってしまう。
「貴女とは一度、ゆっくり話してみたかったのよね。あ、別に伝説の決闘者である貴女のお兄さんについてとかじゃないから全然身構えないでも大丈夫よ? その痛々しい傷痕を見れば苦労してきたのは分かるから……」
「え、あ、はい!! 全然大丈夫です……」
「今日は少し早く目が覚めてしまって海辺を歩いてたら、偶然に貴女と一葉くんの決闘が目に入ってしまってね……」
今日の決闘が見られていたなんて恥ずかしい。というより、一葉くんという名前を出した瞬間に天上院さんの頬が紅く染まったような気がしたけれどお湯のせいかなと静楓は思った。
「実は中等部時代には一度も彼には勝てなくて……しかもそれがアカデミアの授業用に組まれたデッキでね。当時、プライドの高かった私は舐められていると思って激昴したわ」
あっ。なるほど。怒りで顔が真っ赤になったんですね、と改めて自己解釈した。
「でも違ったのよね。舐めてるんじゃなくて、その逆だったの。彼は真剣に天上院明日香として、決闘者として欠けているものをそのデッキで教えてくれた。」
「決闘者として欠けているもの……」
武藤遊戯の妹という人生を歩む静楓にとって決闘は切り離せないものだ。決闘者としての在り方を、歩み方を教えてくれたのも一葉という一人の決闘者。
欠けているものを教えてくれる、決闘を通して心を癒やしてもらった。初対面だったのにも関わらずにあんなに優しくしてもらったのは静楓にとっても初めての経験だった。
「ええ、私が目指す決闘者として凄く尊敬してるし、えーとなんていうのかしら」
急に何かうわ言のようにブツブツと天上院さんが呟き出す。
「は、初めての経験だから分からないんだけどね? 彼のこと、気になってるの。これが好きっていう感情なのかは分からないけど」
「え??」
その言葉を聞いた時、なぜか心が痛んだ。天上院さんが一葉くんのことを話すその姿は恋する少女、そのもの。今日会ったばかりの一葉のことを何も分からない静楓が恋する天上院を応援するのが友達というものだろう。
今日会ったばかりでも、中等部時代のことを何も知らなくても静楓は一葉の優しさを知ってしまった。知ってしまったからこそ、もっと知りたいし。このまま天上院に一葉を取られてしまうと後悔してしまいそうな気がした。
「ふぅ、逆上せたのかしら。それとも深夜のテンションだったからかな。今の話、忘れてくれて構わないからね」
「ーー私はその恋、応援する!!」
つくづく自分は悪い人間だと思ってしまう。応援したくても応援したくないという矛盾が心の内でせめぎ合った。
「なぁ……覗きなんて無粋な真似止めてそろそろ帰ろう、万丈目」
「明日香くんの身辺警護こそがファンクラブ会員番号0002番の役目だろうが!! 帰りたければ帰るがいい!!」
身辺警護と犯罪行為の区別がつかない万丈目に一葉は呆れ果てていた。普段より遅く夕飯をとって自室でウトウトしていると急にドアを蹴破って万丈目が登場したかと思えばこれだ。
ファンクラブ会員番号の2番が万丈目だとすれば大方、1番はあの人だろうと検討はつく。しかし、覗き行為なんてしていると夜に見回りを行っている教師にバレでもしたら退学は免れない気もするのでそろそろ帰ろう。
「じゃあ先に帰るけど、くれぐれも戻る時は気をつけてな」
背中越しに声をかけるが望遠鏡を覗き込む万丈目にはもう声すら届かないらしい。覗き行為に少し付き合った一葉だが、望遠鏡すら覗かずにただ横で寝ていただけなのでギリギリ覗きには入らないと思うので自分的にはセーフだと結論づける。
万丈目も遊城十代に負けてから同じオベリスクブルーからは蔑まれて精神的にかなり追い詰められているみたいなので息抜き程度には付き合ってあげようと思っていたが、それがまさか犯罪行為に走るなんていうのは思わなんだ。
「さて……と。ここまで来れば問題はないだろ。そんな禍禍しい殺気を放っていないで出てきたらどうだ」
万丈目と一緒に居た時から薄々気付いてはいた。誰かに見られている、というなら普通に逃げればいいだけの話だがそれがもし人間だけれども別の何かが憑いていれば話は変わる。
ターゲットが無差別では無く、限定されているのだとしたら無駄な犠牲を増やさずには済む。万丈目も決闘者としては充分に強いけれど今の万丈目は、だめだ。
「ククッ……気付いていたか。この世界でお前に会う日が来ようとはなーー神官アクの生まれ変わりよ。まぁ前世など覚えてはいないだろうがな」
「その声、俺の前世であるアクを知っている奴には覚えがある。アクナディン、お前か……」
「ほう。まさか前世を覚えていようとは」
何処からともなく響き渡る声が木々を揺らす。周りの静けさが一層不気味さを際立てる。アクナディンという男が死んだのは遥か大昔のことだ。そんな男が今の世界に存在しうるわけもない。
「やはり、身に封じられた魔物の影響か。最上位の魔物は神にすら匹敵しうるからな」
「……アクナディン。何を企んでいる」
「なに、若くて美しい上質な器を見つけたんでな」
まさか。
「その心には既に深い闇と絶望が巣食っている」
やめろ。
「最愛の女が変わり果てたら、どう思う? 神官アクよ」
ネットリと覆いかぶさるような声に一葉は怒り震える。古代で最愛の人に別れを告げられずに死に今度は邪悪な存在の器にされかけようとしている。
許せるわけがない。今ここでアクナディンと刺し違えるくらいの力なんて一葉にはない。しかし、このまま無惨に指をくわえて見ているという選択肢は絶対になかった。
「イシス……いや、武藤静楓に手を出してみろ。貴様を冥界に送ってやる」
「ククッ。ファラオの器ですらない青二才にもそれは成し遂げられなかったぞ。まぁいい、今日は挨拶ぐらいに済ましといてやろうと思っていただけだ」
そう言い終えると同時に不気味な静けさは消えた。悪霊となりえても千年以上も意識を保てるわけもない。恐らくは身に宿した魔物とそれに連なる千年アイテムが関係していなければ辻褄が合わない。
既にアカデミア内の学生に憑いているんだろう。でもおかしい、あれほどまでに邪悪なものを感じ取れないまでになってしまったのだろうか。
「いや、考え込んでもしかたない。しばらくは静楓さんのことを注意してみるしかないか」
その日、アカデミアを照らす月が妖しげな光を放つように一葉には見えた。
読んでくださり、ありがとうございました。
これからもまた読んでいただけたら嬉しいです( *´•ω•`*)/