フェイル   作:フクブチョー

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第十一罪 血の先にあるもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、帝国きっての大河、紅河。砂に多くの鉄分が含まれており、太陽の加減によっては紅く映る事からその名が付けられた。

多くの水害を生み出し、多大な被害を生んできたが、同時に多くの文明を築いた帝国の母とも呼べる偉大な河川。

その水上を航行する客船。ラクロウに向けて出ている定期船であり、一般人も多く搭乗している。昼間は中々の喧騒に包まれていた。しかし今は深夜。当然乗客は眠っており、船は静かなものだ。

しかしデッキで煙管を吹かしている青年が一人いる。外見は20になるかどうかというくらいの若者。事情があって今はフェイルと名乗っている。燃えるような緋色の髪が青白い月明かりに照らされ、幻想的な美しさを放っている。

アレックスからクラムを受け取り、一度自宅へと帰ると、チサトに置き手紙を残してババラは先に目的地へと向かった。手紙に書かれていたのは合流場所と海路を取れ、という事。人数分のチケットも同封されており、船でラクロウへと向かう事となった。

 

煙管を吹かす表情には苛立ちの色が濃く見える。整った眉は僅かに顰められ、煙管を咥えた口はへの字に曲がっている。一度大きく息を吸った。

 

「いつまでデロデロやってんだテメエは」

 

煙を吐きながら何かに声をかける。よく見ると甲板から顔を出してうつ伏せになっている影が一つある。

髪は背中まで伸ばした茶髪。ヘッドホンにリボンがチャーミングな美しいというよりは可愛らしい少女。歳は10代後半。名はチェルシー。緋髪の青年の弟子である。

船に乗ったのはどうやら初めてらしく、ひどい船酔いに苛まれ、フェイルに介抱を頼んだようだ。

 

「うぇえ………ぎぼぢわるい。口の中酸っぱい……先生、水」

 

真っ青な顔で水を要求するチェルシー。普段のフェイルであればここで喉が焼けるようなキツいアルコールとかを渡すところなのだが、今回は本当に気分が悪そうなので瓢箪に入れた普通の水を渡してやる。

 

口をゆすいで大河へと吐き出す。あまり褒められた行為ではないけれどこれ程大きな河だ。チェルシーの胃液程度で汚れはすまい。

 

「うう……なんでタエコとファンは平気なのよ」

 

「あいつらは三半規管の鍛え方が違う。どんな場所でも戦えるようにと俺がみっちり仕込んだからな。シケてる海でもない限り酔いはせん」

 

「先生も全然平気そうですし」

 

「俺に弱点はない」

 

「悔しいけど否定できませんね」

 

傲慢一直線の台詞だがこの男が言うとなぜか不快ではない。それだけの実績を確かに果たしている。

 

唐突に師が戦闘準備を整えた。先ほどまでの隙の無い佇まいからいつでも動ける状態にシフトする。

突然の気あたりに充てられ、再び嘔吐感が襲いかかる。師がこの状態になったという事は何かしらの危険が迫っているという事だがこの男が隣にいる今なら大丈夫だろう。

 

「大丈夫ですか?」

 

儚げな優しい声音が二人の耳朶を打つ。声からは敵意はまるで感じられない。

とりあえず敵意は無い事に安心したのか、高めていた闘気を抑え、師が振り返る。

 

「誰だアンタは?」

 

「申し遅れました。私はチョウカク。旅の僧です」

 

長髪に獣のサレコウベで作った被り物。身長はフェイルと同じくらいだが体格は華奢。顔立ちは中々整った優男だ。

 

「フェイル。医者だ」

 

「助手ですゔ……」

 

真っ青な顔でチェルシーも挨拶を返す。そのまま嘔吐。仕方ないとはいえ人に挨拶するにはあまりに失礼な態度だがチョウカクと名乗る男はにこやかに笑ってチェルシーへと跪いた。

 

「この水をお飲みなさい。私が特別に調合したものです。楽になりますよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「待て、勝手に飲むなチェルシー」

 

躊躇いなく飲もうとしていたチェルシーを止める。このご時世、見返りなしの親切ほど怖いものは無い。

そしてこの男からはみょうな匂いがする。人ならざる者の気配。俺やエディのような化け物じみた強さを持つという意味ではない。本当に人ではない何かと対峙している感覚に陥っていた。

 

「金は大してないぞ」

 

「いつでも作れるものです。そんな物を要求するつもりはありませんよ」

 

「なら何が望みだ。理由なく人助けするヤツなんてもうこの国にはいないだろう」

 

「何も望みません。コレは私の為なのです」

 

「私の為?」

 

反芻するとコクリと一度頷く。

 

「善行こそが人を人たらしめるのです。徳を積む事は死後の安寧に繋がるでしょう」

 

「坊主らしいセリフだな」

 

宗教など鼻で嗤う男が吐き捨てる。

神の存在など信じた事は1度たりともなかった。彼が信じた物は己の能力と己の半身である相棒の2つのみ。それはかつても今も変わらない。

手酷く裏切りはした。本気で刃を交え、殺す気で燃え散らした。それでも彼女への信頼は消えていない。それは恐らくあいつも同じだろう。

お互い隠し事をした事はある。それでもお互いを疑った事は1度もない。

 

「貴方は不思議な人ですね」

 

目の前の坊主が俺を見ながら微笑する。

 

「は?」

 

「貴方からは光が見える。一見相手を焼き尽くすほど眩しい光なのに、その熱はとても優しい。純粋で、危うくて、そして美しい。貴方に惹かれる人は多いでしょう」

 

「ますますハァ?」

 

眉のシワを深め、チョウカクを見る。悪意はなさそうだし嘘をついてる訳でもなさそうだ。だからこそ意味がわからない。宗教に深く携わった人間でイッちゃってるヤツは何人か見た事があるけれどこいつはそんな風には見えない。

 

「わかるなぁ、それ」

 

嘔吐感がひと段落したらしい茶髪の少女が同意するように呟く。

 

「きっと自分の事は近すぎて見えないんだよ、先生。貴方には人を惹きつける何かがある」

 

人を惹きつける何か……ねぇ。

 

「もう楽になったのか」

 

「あ、言われてみれば…」

 

若干青ざめてはいるが顔には落ち着きが戻っている。本当に効いたんだろう。

医術を学んだ今だから分かる。こいつは錬金術士が扱う特殊な液体だ。

 

「どこでソレを手に入れた」

 

「自分で調合したのですよ」

 

「お前………錬金術士なのか?」

 

「いえ、僧ですよ。少し人には見えないモノが見えるだけです」

 

思わず眉をひそめる。視線に不審なモノが宿る。

背後に立たれた時から特殊な気配を感じてはいた。特に強さは感じない。その気になれば瞬きする間で屠れる。けれど何故かコイツに隙を見せられない。

 

「お前、それを使って何をするつもりだ」

 

「さあ?何をするのでしょう。私もわかりません。ただ……」

 

空を見上げる。人に見えないモノが見えるというこの男の目には夜の空に一体何が見えているのか、少し気になった。

 

「人の希望となる事が出来れば、と思っています」

 

「………………そうか」

 

特に嘘を言っている様子は無い。あまり敵意を向け続けるのも疲れる。警戒のステージを一段引き下げた。

 

「先生」

 

「なんだよ」

 

「ちょっ、睨まないでよ先生、怖い!」

 

「生まれつきだ」

 

眉を歪めたまま振り返ってしまったからか、何やら睨んだように見えてしまったらしい。

 

「整った顔してるぶん余計怖いんだからもう………まあいいや。あれ、何?」

 

チェルシーが指を指す。つられて見てみると夜の闇の中で赤く揺らめく光が見える。それが何か、チェルシーは一眼ではわからなかった。

ヴァリウスは分かった。見慣れた己の武器の一つだったから。

 

「村が……燃えてる……」

 

「え?火事?」

 

「いや、自然の炎ではあんな風にはならん。恐らく誰かが村を燃やしている」

 

そこまで言うと坊主は河に飛び込んだ。俺は呆れた。アンタが行って何になる。経でもあげてやるつもりか、と嘲った。何も出来ない奴がポーズだけをとって行動する。そんな人間を腐るほど見てきたし、そんな人間は吐き気がするほど嫌いだ。

 

何も出来ない奴は何もするな。理想だけを口にして俺たちを化け物と呼ぶな。俺たちをそう呼んでいいのは同じ土俵で戦っている才ある戦士だけだ。

 

ヴァリウスは基本的に人間を憎む。醜く、汚い。彼を本気で怒らせるのはいつだって人間だけだった。

そんなヴァリウスでも愛するモノがある。才だ。

 

才ある人間は美しい。それがどんな才能でもいい。磨き抜かれた剣や鍛え抜かれた馬が美しいように、ひとつの何かを目的を持って磨き上げた人間とは美しい。

 

だからヴァリウスは人間を愛している。憎さは変わらずある。だからこそ人を、人材を愛した。憎しみがあるから愛がある。

 

『なら、お前に何か出来るのか?』

 

出来るさ、なんでも

 

『友を護ろうとして、力を手にして、知識を身につけ、戦い、そして何が残った?』

 

うるさい

 

『血の雨と死体の山だけじゃないか』

 

違う

 

『何もない。お前には何も残らない。一生かけて守ると誓った友との絆すらない』

 

黙れ

 

『お前に残ったのは人を殺せる力だけだ』

 

黙れ!!

 

無意識に拳を握り込む。時期に血が噴き出るだろう。それでも力を緩めることはなかった。

 

 

ふわり

 

 

手に柔らかな感触が訪れる。驚き、視線を下に向ける。

 

炎狼の瞳に写ったのは三人の少女。手を握ったのはかつて助けたファンという名の黒髪の少女。

もう一人は不安げな顔で俺を見上げているカンザシを差した女。ファンと同じ黒髪だが後ろに束ねている。

最後の一人は亜麻色の髪にヘッドホンをつけた美少女。何かを待っているかのような目で俺を見つめている。

 

いつの間にか全員が集まっていた。同室のチェルシーがいなくなったことを心配したのか。何の気なしに甲板に偶然来ただけなのかはわからない。それでも今の状況を理解していて、俺の指示を待っている事だけは分かった。

 

「行くか……」

 

「はい!」

 

「行きましょう、師父」

 

「ま、肩慣らしには丁度いいじゃない」

 

各々覚悟を決めた目で戦闘準備をする。牙を磨き、爪を研ぐ小狼(シャオロン)達。その姿が過去の自分とダブる。

 

ーーーー憎たらしいな。どいつもこいつもドンドン師に似てきやがって……

 

それが愛しく、憎らしい。

 

「で?どうやって行きますか?」

 

「オーシャンドラゴンに化けろチェルシー。全員それに乗って飛んでいくぞ」

 

「ええ!?無理無理!空飛ぶのもやっとなのに人三人乗せて飛ぶなんて絶対無理!」

 

「チェルシー、私達は無理って言っちゃダメだよ」

 

「師父、どうしますか?」

 

「しょうがねえな」

 

腰の剣を抜き放つ。青い炎を剣に纏わせ、振りあげる。

 

「まさか紅河を干上がらせるつもり?無理だよ先生!いくらバーナーナイフでもーーー」

「チェルシー、後で説教だ」

 

「ゔぇっ!?」

 

振り下ろす。

斬撃に乗って炎が飛ぶ。海が割れたように土が見え、一直線に道が出来た。

 

「ほら、急ぐぞ。走れ」

 

「「はい!!」」

「え!?マジで!!」

 

躊躇いなく俺たち三人が飛び降りる。遅れてチェルシーも飛んだ。そして水が押し寄せてくる。

 

「きゃあああああ!!溺れる!いや私化けれるから溺れないけど怖い!」

 

「泣き言言う暇あったら走ろう」

 

「急げぇえええええ!!」

 

緋色の髪を踊らせ、押し寄せる目の前の波を燃え散らしながら河を走る。もう苛立ちはなかった。

 

『あるじゃないか』

 

鼓膜を震えさせない声が聞こえる。その声は優しく暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 




*チョウカク
後の安寧道教主。黄色の頭巾は被ってない
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