乗り合い馬車に揺られながらファンは隣に座る青年の横顔を見つめていた。鴉の濡羽色を思わせる艶やかな黒髪の美少女は、しばしば己の師を横目で見ていた。
精悍な顔つきで馬車の窓から外を眺めているのは燃えるような緋色の髪を風に靡かせ、窓に肘をかけている青年。本名はヴァリウス。親しい者にはヴァルと呼ばれている男だが今は事情があってフェイルと名乗っている。
何処か遠くを見つめるような瞳で佇んでおり、頬につけられた細かな傷を撫で、嘆息する。憂いを帯びたその姿は妙に色っぽく黒髪の少女は思わず見惚れる。
いつも見慣れている筈の彼の横顔なのだが、それでも胸を締め付けられる。彼は時折このような寂寥感を滲ませる顔をする時があるのだ。
ーーーーその目の先には何が……誰が写っているのですか、お師様
じっと見つめていると己の弟子の視線に気づき、横目でこちらを見る。するといつもの自信に満ち溢れた精悍な顔つきに戻り、ん?と笑いかけてくる。そのギャップに思わず赤面し、俯いてしまう。
「師父」
若者の向かいに座る黒髪をアップに纏めた少女が言葉を紡ぐ。そろそろ停留所に着く頃合いだ。一度頷き、タエコの隣で眠っている茶髪の美しいというよりは可愛いという形容が似合う少女を見やる。こんなゴトゴト揺れるのによく寝れるものだと男は苦笑をもらし、視線に殺気を込めた。
「ファッ!?」
バネでも仕掛けられていたかのような動きで身体が跳ね上がる。空中に浮かび上がると一瞬でナイフを構え、すわ、何事か!とキョロキョロ辺りを見回す。すると彼女の視界には苦笑を続ける己の師と忍び笑いを漏らす二人の姉弟子が写る。
ーーーー危機察知能力は三人の中でもピカイチだな。
状況を理解すると警戒を解き、椅子の中に身体をうずめる。はぁ〜と大きな溜め息付きで。
「先生……心臓に悪い起こし方やめてよ……寿命が100年縮んだじゃない」
「チェルシー、どれだけ生きるつもりなんだ…」
呆れたようにファンがチェルシーを見やる。こんなやり取りも今はすっかり日常だ。
「停留所だ。そろそろ降りるぞ。用意しておけ」
己の武器をそれぞれ身につけ、荷物を背負う。少し回り道をしてしまったがようやく到着したようだ。
「帝国第二の都、もう一つの帝都、ラクロウだ」
▼
「おお……」
突然の寄り道をした事により、やむを得ず陸路を取ったフェイル達は少し時間がかかりながらも、目的地に到着した。
身分上正しい順路を取れない彼らは大きく回り道をし、できるだけ人気の無い路を選んできた。よって今、彼らは小高い丘の上にいた。見下ろせば既にそこには巨大な街が広がっている。
「すっごい。コレほんとに人が作った物なの?街っていうか小さな国みたい」
田舎暮らしが長かったチェルシーには眼下に広がる大都会がまるで別世界のように写った。
巨大な石畳に並び立つ屋敷。一体どれ程の時間と文明を掛けて作られた物なのか、彼女には想像がつかなかった。
「どれ程大きかろうとただの街だよ。そこまで興奮する必要ない」
冷めた口調で艶やかな黒髪を後ろに束ねた少女がボヤく。この数年間、オールベルグの死神として国中を渡り歩いたタエコにとって、どれ程栄華を極めた街であろうと街以上の感想は無い。
「どんな街だろうと関係無い。与えられた仕事をこなすだけ」
真剣な目つきでファンもつぶやく。自分だけの武器を手に入れてから初の大仕事に良くも悪くも緊張しているらしい。他の事に気を配る余裕は無いようだ。
「何だ、つまらないことを言うなぁ二人とも」
二人の華奢な肩にガッシリとした腕が回される。長袖を着ている為外見からはわからないが、触れれば一度でわかる鍛えられた腕だ。
触れられた感覚で今後ろに立っているのは己の敬愛する師だとわかる。しかしそれでも違和感がある。
チラリとチェルシーを見ると信じられない物を見たような顔をしている。しかも少し頬は紅潮している。まるで絶景を見て興奮しているかのようだ。
おそるおそる振り返ると眼に入ったのは信じられない師の姿だった。
燃えるような緋い髪は背中近くまで伸ばされている。身を包んでいるのはなんとエスデス軍の軍服。軽く化粧をしており、いわゆる女装なのだがその美しさは圧倒的だ。
「せ、先生……その格好……」
「なんだ?笑ってもいいんだぞ」
「笑えませんよ……綺麗すぎて」
「変装……ですか」
「ああ、アレックスのトコで出発前に色々と買った」
その美しさに呆気にとられていたタエコが気を取り直したようにヴァリウスの格好の説明をする。
帝国第1級犯罪者としてその顔が知れ渡っている。顔が分からないようにしなければならないのはわかる。それでも女装は想定外だった。
「それにその服……」
緋髪の美女が纏っている服はチェルシーすら知っている。エスデス軍の軍服。さすがに副官のエンブレムは隠しているが紛れもなく本物の衣装。3年前に見て以来、殆ど着ている姿は見ていなかった。わざわざ己の過去を晒すような真似をする事はしなかった筈だ。
「どうだ?エディが着てたのを参考に俺の軍服をウィメンズにアレンジして仕立てたんだ。似合うだろう」
「すっごくお似合いですけど、でも何で……」
「このカッコしてると皆ビビって話しかけてこないし、それに聞き込みとかでも何かと都合がいい。人間ブランドに弱いからな」
隊員証であるデモンズエキスのエンブレムが入った紋章を見せる。確かに勇名轟くエスデス軍の一員というだけで人は道を開ける。しかもレプリカでなく紛れもなく本物のエスデス軍の軍服とそのエンブレム。威圧にはこれ以上効果的なものもない。
「それに見る奴が見れば歩く姿だけでもある程度実力は見抜ける。俺が下手に一般人の変装したら逆に怪しまれる」
その点はこの服着てりゃあ不審には思われねえからな、と呟く。エスデス軍の人間は一兵卒であろうと他の軍なら超一線級の手練だ。この服を着ることが許されているものはそれだけで強者の証を持つ者だ。
「でもそれなら私達も………」
もう既に一般人などという枠は全員遥かに越えている。その心配も尤もだろう。
「俺と同行してりゃ問題ないだろう。エスデス軍の副官が雑魚なわけないからな。んな事より見てみろお前ら。この景色を」
三人の前に躍り出てバッと手を翳す。その先には人間が今の文明の全てを尽くして造られた絶景が広がっている。
「夕焼けに紅く染まる湖、現代の技術の粋を集めた建築物、眼下に広がる全てが一流だ」
「でも私、相場を知らないからなぁ〜」
確かに見事な街並みだとは思うが、どう凄いのかが具体的にわからない。
「だからこそ見ろ。これが間違いなくこの世界のトップの技術が込められた街だ」
軍にいた時から資金集めの一環として建築に携わる事は多々あった。だからこそヴァリウスにはその凄さがわかる。これを作る為に一体どれだけの人が脈々と受け継がれてきた技術を駆使してコレを創り上げたのか。
「今は確かに強さが正義の時代だ。だがいつかそんな世界にも終わりが来る。終わらねえ物なんてこの世に存在しないからな。その時狡兎死して走狗煮らるなんてのは乱世では茶飯事だ。通常の兵隊アリならそれでもかまやしねえが俺の弟子にはそれは許さん。お前達は乱世にももちろん必要だが治世ではもっと必要な人間にならなきゃいけねえんだ」
彼女らを弟子に取ったのはこの国の未来を彼女らに見たからだ。新しい国造りには古い国の内情を知っている人間が必ず必要になる。その時、政治家や文官のみの力ではダメだ。それでは再び帝国が造られるだけになる。戦士の目で、暗殺者の視点で、国の暗部を理解した人間が行わなければならないのだ。
「その時、お前達にできる事を今の内に可能な限り増やしておかなきゃいけねえ。そしてどんな分野でも一流になる為には本物の一流を知らなきゃならねえ」
いいか、未熟者ども……
「手取り足取りで身につけた技術は所詮人マネにしかならん。実際に目で見て、体感する。そうして初めてその技術が自分のものになる」
「でも、そんなの今は必要ないんじゃ……」
強くなる事以外、何もかも無駄だと今は思っているバン族の少女が呟く。それも無理ない事だ。少女は短い人生の中で人の醜い所を多く見すぎた。治世の時に戦うという事は即ち人の為に戦うという事だ。ファンはタエコやチェルシー、そして己の師の為なら命をかけて戦う覚悟がある。それでも見ず知らずの誰かの為に何かをしたいとは思わない。それは他の二人もほぼ変わらなかった。
ーーーーま、今はわかんねえか……
俺以外の誰かに彼女らは助けられた事がないのだ。
「戦いだけなんてつまらん人生だぞ?体験した本人が言うんだから間違いない。最近になってわかったが、人生って奴は無駄を楽しむもんだ。無駄を重ねたほうが人生は面白い。これも俺の実体験よ」
なあ、俺の無駄共。と炎の狼が犬歯を見せて笑いかける。
「でも無駄な事やるのってめんどくさくない?」
「めんどくせえのが人生だろ?楽しめよ」
得意げに言い放つのは身勝手な理屈。だがこの男が言うと何故か受け入れてしまう。
「少なくとも周りを見渡すくらいの余裕は持っておけ。いくらデカい実戦の前だからっていっぱいいっぱいになってちゃ視野が狭くなるし、いざという時動けなくなる。せっかく大都市に来たんだ。適度に遊べ」
意外な発言に三人とも目を丸くする。遊ぶ暇があるなら鍛錬しろ、鍛錬しないなら死ねを地で行く彼の発言とは思えない。
「そんな眉間にしわ寄せで聞き込みしてもだーれも答えちゃくれんぞ。もっと自然に、朗らかに振る舞え」
さて、長話になっちまったな。と一度伸びをする。ババラと天狗党の待ち合わせは夜だから余裕はある。取り敢えず街を見て回るか。
「行くか」
ラクロウの側を流れる川、白狼河。そこで水遊びをしている集団がある。大人が一人、少年少女合わせて八人の集団だ。少女同士が取っ組み合いをしたり、水を掛け合ったりと傍目で見ていて微笑ましい光景に見えなくもない。
だが彼女らの動きは見る者が見れば一眼で只者ではないとわかるものだった。間違いなく鍛えられた武人たち。それもそのはず。彼らは元皇拳寺最強、羅刹四鬼の一人であった男に鍛えられた子供達であり、今回のヴァリウス達のターゲットなのだ。
今は注目を集め、敵を誘き寄せるため、派手に動いている最中だった。
ーーーーちょっと派手に騒ぎすぎかもしれねえがなぁ……
彼らを纏める男、元羅刹四鬼ゴズキは少し辺りを気にするように見渡した。少女達は皆、見目麗しい。通りかかった男達の視線を集めるのは無理ない事だった。
初のデカい実戦の前にリラックスさせる事が目的だったし、それは概ね成功していたけれど、あまり目立ち過ぎても良くない。
ふと、視線が一つの集団に止まった。最初は無意識だったがすぐその理由に思考が届く。
ーーーーバケモンだ……
緋い髪の美女が茶髪の少女の頭に肘を置いたり、周りの黒髪の少女達と談笑したりなど、一見楽しげな旅の集団に見える。しかし彼女らの……特に真ん中の背の高い女の実力は見ただけでも異常である事は分かった。
ーーーー歩く姿がすでにハンパねえ。実力は最低でも将軍級か?一体何者……
そこでようやく服装に目がいく。勇名轟く帝国の中でも最強の軍の軍服。皇拳寺の門下など目ではない。一人一人が高弟並みの実力をもつと言われるエスデス軍の正装。
ーーーーあの怪物の軍の人間か……強えハズだ。しかし……何で……
恐らく精査か何かだろうと当たりはつけるがそれでも疑問は消えない。あのもう一人の怪物が消えてから三年。エスデス軍がその手の仕事をやったとは聞いてない。
ーーーーま、関わり合いにならなきゃいいか
少なくとも敵ではない。ならばそれでいい。万が一対峙するような事になれば、自分が出れば丸く収まるだろう。エスデス軍の人間は暇潰しで皇拳寺に来ることが多い。自分の顔は知ってるハズだ。ならば殺し合いにまで発展はすまい。
それ以上彼女らの事は考えず、視線を外した。
▼
「振り向くなお前ら、自然に振る舞え」
チェルシー達にじゃれる振りをしながら三人の耳元で囁く。全員自分達に向けられた視線には気づいていた。だからこそ下手に反応しては警戒される。
「お師様……やはり」
「ああ、強いな。あの八人。タエ並み……ヘタすりゃそれ以上の使い手もチラホラ」
子供達への評価を告げる。その言葉に全員顔が引き締まる。師以外で最も腕が立つのがタエコだ。その緊張は正しい。
「オッさんの方は昔見たツラだな。名前は忘れたけど確か皇拳寺で見た覚えがある」
「皇拳寺?確か先生がかませ四鬼って呼んでた人?」
ーーーーあ〜……確かにそんな事言ったっけな
皇拳寺といってもピンキリなのだが、それでも羅刹四鬼クラスまでいくと決して弱くはない。それどころかかなり強い部類と言っていい。それでも何故か彼らはかませ扱いされる。何か別の神の意志的なもので。
「まあヤツ単体ならかませ扱いしてもいいんだが……腰に差してるモノが少し特殊だから一概にそうとは言えんな」
「………………まさか帝具ですか?」
頷く。あの刀は有名だ。文献でも読んだ。まず間違いない。
「一斬必殺村雨。俺の業火剣爛バーナーナイフと同じ刀の帝具。どんなかすり傷でもこの刃に触れると呪毒により即死するまさに一斬必殺」
三人とも青ざめる。擦り傷一つで死に追いやる武器などヤバすぎる。己の師の身体が傷だらけなのは知っている。実戦では師ですら傷を負う事はあるのだ。それが許されない相手……
「まあ実戦なんざ一撃もらえば終わりと思って丁度いいんだがな。それでもそれは理想だ。理想は追うものだが求めてはいけない」
「お師様、それでは……」
「確証はないけど……多分な」
ヤツらが今回の標的だ
お読みいただきありがとうございます。
ふとランキングとマイページを見てみると何故か3位にランクインしてお気に入りの数が五百を越えてる……だと。
驚くより先に何故?という感情が真っ先に出てきました。ありがとうございます!試験直前ですが頑張ります!それでは感想、評価よろしくお願いします!あと、私は麻子の大ファンです