「……殺さないのか」
「アホくさ、女騎士かお前は」
マウントポジションを取ったまま何もしようとしないフェイルに黒髪の少女が尋ねると呆れた顔をしながら答え、モシャモシャと焼けた肉を咀嚼する。
「私は貴方を殺そうとした」
「んなモン俺にとっちゃ道ですれ違った時に人と肩がぶつかったようなモンなんだよ。あ、コラ大人しくしろ」
ケツの下でもがく少女を脚で締め上げる。鍛えられたいい身体だ。そして女とは思えない程の力と完璧な剣さばき。刀の扱いは筋力ではないという事はフェイルもよくわかっているが躱しながら惚れぼれするほど美しい太刀筋だった。
ーーーーこの子の才はうちの三馬鹿に匹敵するか……或いはそれ以上の逸材だな
まだなお暴れる天才少女にすこし困ったように眉をひそめる。この子想像以上に頑固だ。
ーーーー参ったな。これ以上締め上げたら折れる。
才ある者の未来をいたずらに潰すのは俺の趣味ではない。さてどうしたモノかと悩みながら肉にかぶりついたその時。
グギュルルルル……
地響きかとまごう程見事な腹の音。見下ろしてみるとフェイルがかぶりつく肉を凝視しながらヨダレを垂らしている。
ーーーーちゃんとゴハン食べてないのか、この子は……
今時飢えた子供など珍しくもないが、飢餓状態であれ程の動きは出来ないはずだ。ならただの食いしん坊か。小柄の大食いはたまにいる。
「食うか?」
片手に骨つき肉をプラプラさせながら提案する。するとばっと視線を逸らし、煩悩を払うかのように頭を振った。
「もう暴れないってんなら食わせてやってもいいぞ」
「………………」
おーおー心が揺れてる揺れてる。もう一押しだな。
「ああ。自己紹介がまだだったな。俺はエスデス軍所属、視察部隊隊長、フェイルだ。怪しい者じゃない。黙って俺の言う事を聞くなら今回の件は不問としよう。どうだ?」
エスデス軍の身分証エンブレムを見せると目を見開いた。世間知らずそうな少女だったが流石に帝国一の人気と実力を誇る超精鋭部隊の事は知っているらしい。
止めの一撃。メチャクチャ美味そうにこんがり焼けてる骨つき肉を鼻先に持って行き、香ばしい匂いをジックリ嗅がせてやった後、喰いちぎって魅せた。
もともと降伏などに痛みを用いるのはナンセンス。機密を自白させたり、寝返らせたりする事より、痛めつけるのが目的の場合だったらエディのやるような拷問でもいいが、このような場合はそれではいけない。苦痛とは訓練次第で耐えられるものだし、もし落ちても心から屈服した訳ではないから、得られる情報がガセの可能性が多分にある。
だが悦楽は違う。
悦楽の我慢は人間出来ないようになっている。それも当たり前で、悦楽とは本人にとって喜ばしい正の感情。それを受け入れずに耐える事など人間の構造上不可能。
案の定、脚から力が伝わらなくなる。脱力した状態。完全な降伏宣言。
ーーーー堕ちたな……こいつ
後に帝国を震え上がらせる二人にしては、なんとも呑気な和解の方法だった。
「ああ、聞いてなかったな。お前さん、名前は?」
「………………アカメ」
▼
拘束を解いてやり、新しい肉を焼いている間、ヒマだったフェイルは持ってきていた書物を読んでいる。紅い瞳の少女は目をキラキラさせて焼けるイベリコを眺めている。
「そんなに肉好きなのかお前」
「肉以上の食べ物などない」
視線を肉に向けたまま答える少女に呆れたような顔で見やる。先ほど足に伝わってきた手応えから言って、彼女は充分な食事と鍛錬を積んでいる。食欲旺盛な事は戦士として立派な能力だがここまで来ると意地汚い。
「貴方こそさっきから何を読んでいるんだ?」
「大麦畑で掴まえて」
「?何だそれは」
「この本のタイトル。サルンジャーぐらい知っておけ」
帝国でかなり著名な作家だ。読書家のフェイルはもちろん、大して本を読まない人間でも名前くらい知っている。お前も読むか?という意味で本を差し出してやった。
「私は字が読めない」
珍しくはない。今の帝国でマトモな教育を受けている人間の方が稀有だ。
しかしそんな人間を放って置けないのがヴァリウスという男だった。
「豚の丸焼きには時間がかかる。文字を教えてやろう。一つ、物語を話してやる」
驚きにアカメは目を見開く。それも当然だ。このご時世、身寄りのない子供が文字を憶えるという事は子供が鳥を見て「空を飛びたい」と言うような夢みたいなものだったのだ。
本を閉じ、少女の隣に座り、語り始める。それはありふれた英雄譚。臆病者と呼ばれた少年が戦士となり、魔を打ち倒し、英雄と呼ばれるようになっても臆病なのは直らなかった、強くて弱い戦士の物語。
故郷の北の大地では本など買えるはずもなく、書物なんて一冊もなかった。しかし唯一ヴァリウスの手元にあったのがこの物語が書かれた本だった。
物語を話しながら文字を教える。
焼ける肉に夢中になっていた少女も段々と物語に集中していく。一息つくために筆と口を止める。
「素敵な話だ…」
「だろ?俺の好きな話でな」
「もう少し話して」
「いいとも、これなら全部ソラで話せる」
何千回も読み返し、ページが擦り切れるまで読んだ話だ。一言一句に至るまで完璧に憶えている。
語り終え、ペンで最後の文字を綴る。子供が読む童話だ。そんなに長い話ではない。
「お、そろそろ焼けたな」
焼けたイベリコを炎からあげる。こんがりと上手に焼けた豚から香ばしい匂いが湧き立つ。話に夢中だったアカメは我先に飛びついてきた。
瞬く間に豚を捌き、骨つき肉にかぶりつく。
ーーーーおお、見事な腕前と食い方だ。
「美味い……」
味付けほとんどしてねえんだけど……よくあんなに美味そうに食えるな。
自分の肉には塩をかけて食べる。まあ豚の危険種の中では高級な部類なので肉の旨味のみでもイケるが、一流の腕を持つ料理人としては少し物足りない。
「おいガキ、塩使うか?」
「必要ない」
「そうか……しかしお前さん見事な腕前と食いっぷりだな。太刀筋は随分と皇拳寺の色が強い。門下生か?」
「いや、私は父に鍛えられた暗殺者……あ、間違えた。皇拳寺の門下で武者修行中という設定だった」
……………聞かなかったことにしてやるか、あー俺いま肉に夢中で何にも聞いてないわ〜、マジっべーわ〜。
噛みちぎり、書き上げた原稿を整理する。ちゃんと写本にしないとバラけて読めたモンじゃない。
持っていた糸で縛り書状に纏め、懐にしまおうとしたら何やら視線を感じた為手を止める。
先ほどまで肉に夢中だった少女は食う手を止め、俺の手を一点に見つめている。俺の手というか恐らく原稿。
何やら言いたそうにモジモジすると手に持った肉を差し出しながら俺に近づいてくる。眉間に冷や汗がにじむ顔つき見る限り、かなり断腸の想いらしい。
「こ、この肉をあげるから……その……ソレを……」
「言われなくてもやるよ。その為に写本したんだし。ただ、その代わり条件がある」
「これ以上の肉はやらんぞ!」
「ちげーわ!てかいらねーわ!!コレでちゃんと文字の勉強する事!それが条件だ!」
「………………そんな事でいいのか」
肉でないなら金銭の類を連想していたアカメは予想外の条件に唖然とする。
「いいんだよ、ガキはワガママ言うのが仕事だ。いっぱい頼っていっぱいごねて自由に生きろ。そうやって学んで、泣いて、大きくなる」
ハアと溜め息をつき、苦笑しながら少女を見やる。3年前の黒髪の槍使いを少し思い出してしまった。
「お前、ウチの弟子に少し似てるな。真面目で、頭かたくて、優等生だ」
食べながら何気なく男が呟いたその一言を聞いた時、黒髪赤眼の少女に戦慄が奔った。
幼い頃から絶対服従を強いられてきた。何か言い返そうとすると力でねじ伏せられ、最愛の妹とも引き離された。自分達に自由などまるでなかった。
その事に疑問を持った事など一度もなかった。勿論不平不満は何度もあった。それでも疑問は持たなかった。
だがこの男はそんな彼女にとっての当たり前を笑って否定した。もっと迷惑をかけていい。もっと頼っていいんだ、お前はガキなんだから、と。
そんな言葉の意味を理解したその時……
少女の頬が濡れた。
緋髪の男が目を見開いてこちらを見てきて初めて自分の目から雫が落ちている事に気がつき、慌てて眼を拭った。
子供が誰かに頼る。そんな当たり前が彼女の人生には欠落していた。誰かを護るのはいつも彼女だった。そして唐突に与えられた優しさと力強さ。護られるという幸福。その手放し難い暖かさに心が揺るがされるのは無理ない事だろう。
ーーーーこの子は…………
苦労したのだろうな、と判る。この若さでウチの弟子に匹敵するであろうあの強さ。己の弟子も苛烈に修行させた。勿論愛情を持って育てた為、彼女らはまっすぐ育ったが、それでも致死量ギリギリの修行をさせてきた。この子も彼女らに負けない程苛烈な修行を重ねてきたのだろう。そして実力に反比例するかのような知識量の乏しさ。頭の出来は決して悪くないのにも関わらず、だ。まともな人生は歩んではいまい。
「おい、アカメ」
「………………?」
近くに座り顔をハンカチで拭ってやる。かなり乱雑に扱う。その方が気が紛れるはずだ。下手に優しくすると心の傷が深くなる。
「ーーーーったく、女とはいえ戦士がボロボロ泣いてんじゃねえよ」
「私は…………戦士ではない」
「そうか、なら丁度いい。お前は今日から戦士になれ。強い戦士ってのは自分の為に涙なんて流さねえ。自分の為に流していいのは汗だけだ。覚えておけ」
ハンカチを持たせてやり、フェイルは立ち上がった。もう充分待ったがババラは来ない。これ以上此処にいても意味はないと判断した。
「あ…………」
受け取ったハンカチを困ったように持ち上げ、こちらを見上げる。人から物をもらうという事をあまりしてこなかった彼女はその布をどう扱っていいのかわからなかった。
「おいガキ。お前は一体何の為に戦う」
「………………?何の為?」
昔なら妹の為だと迷いなく答えられた。だが今は違う。強いて言うなら命令だから、だ。
「何もないなら、次会う時までにお前は戦う理由を見つけろ。くだらん理由でその剣を振るっていたらその時は俺がお前を斬る。その時までハンカチは預けておく。いつかきっと返しに来い」
ーーーーいつかお前もこの国の真実を知る時が来る。その時彼女がどんな選択をするのか……場合によってはあの子達とやり合うことになるかもしれん。まあそれもまた一興。
「お前は自由なんだからな」
そう言い置いてその場から姿を消した。闇に紛れたのか、超スピードで誤魔化したに過ぎないのか、それはわからない。いなくなって初めて小さな狼となった黒髪の少女はこの思考に行き着いた。
「ジフノラの森での事……聞くの忘れた」
洞窟へと戻っていると何やら喧騒の音が聞こえた。どうやらソプラノの声が言い争っているようだ。歩いていた歩幅を早め、ねぐらへと向かう。
「お師様は!?お師様はどこ!?チェルシー!タエコ!」
「知らないよ!周囲警戒にでも出てるんじゃないの?」
「ファン、落ち着いて。師父なら大丈夫。あの人が世界一強いのは私たちが誰より知ってるじゃない」
「でも!戦場じゃどんな強者でも死ぬ事はあるって言ってた!こうしてる間にお師様に危険が迫ってたら……ああああ……」
ファンが半狂乱状態でタエコとチェルシーに縋り付いている。そうしなければ彼女は今にも一人で外に飛び出そうとしかねないからだ。
「守らないと…………今度こそ、絶対!!」
隣で眠っていたはずなのに、起きたら消えていた為、何かあったのかと不安になったらしい。相変わらずネガティヴなヤツだ。
「俺がなんだよ、ファン」
ポンと頭に手を置いてやる。聞きなれた俺の声に反射的に反応し、飛びついてきた。タエコとチェルシーはホッとした顔をしている。俺が無事だったからというよりは厄介ごとが解決したという方が正しそうだ。
「お師様……!私に黙ってどこに行ってたの……」
「お前は俺の母ちゃんか?どこに行こうが俺の勝手だ。いちいちお前の許可をもらうつもりはねえ」
「どこにいるかわからないと守れないじゃないですか!」
「いつからお前は俺の気を使えるほど偉くなった。俺を守るなんざたわけた事言える余裕があんならテメエの心配してろ」
「でも!……私にはもう……貴方しかいないから」
ソレを言われると弱いな……まったく、育て方間違えたかな……いや、コイツのコレは生来のもんか。
「ーーーーったく、お前らみたいな半人前おいて死ぬなんて事はしねえから安心しろ」
「うんっ……」
俺の胸に頭を擦り付けてくる。髪の毛を梳いてやりながら心の中で溜め息をついた。
ーーーーエディもその傾向があったからわかるがこの子、ヤんでそうだなぁ……医学でもクサツの湯でも治らんとチサトは言ってたけど。そのうち俺かこいつが守ると決めた誰か、拉致カンされるかもしれん。
なんか娘の将来を心配する親父ってこんな感じかなぁと頭を撫でてやりながら思った。俺まだ二十代前半だけど……
*子供が誰かに頼る。そんな当たり前が彼女の人生には欠落していた。
イヤミか、キサマ!!
*そのうち俺かこいつが守ると決めた誰か、拉致カンされるかもしれん。
タツミきゅん、拉致監禁フラグ樹立
後書きです。アカメ、狼菌感染。発病まではもう少し時間がかかります。それまでには公式でナジェとの出会いと説得やって欲しいなぁ。間に合わなければオリジナルで書きますけれど零と食い違うかもしれませんがご了承ください。そしてまだ終わりが見えない。将来的にタツミ出すかもまだ決めてない。それでは感想、評価よろしくお願いします!