十数年前、とある広野……
まだ幼さを残した、一兵卒に過ぎない軍人が二人、戦闘の跡地に佇んでいた。
一人はエストックを腰に差し、碧空色の髪に青い瞳を持つ美少女。名はエスデス。愛称はエディ。もう一人は片刃でありながら、肉厚な刀身をした長剣を握った美少年。燃えるような緋色の髪を汚い朱で染め上げた戦士。名はヴァリウス。親しい者は彼の事をヴァルと呼んでいる。
男の方は多くの傷を負い、戦場に立っていた。それもそのはず。帝国軍の撤退時、殿に無理やり据えられ、事実上たった一人で千以上の敵を食い止めていたのだ。しかもこの時、まだ帝具は持っておらず、純粋に己の力量と策略のみで戦い、そして勝利を手にしていた。
「お前は強いな、ヴァル」
「は?」
戦闘が終了した後に発せられた相棒の言葉に頭から派手に血を滴り落ちさせる男は眉をひそめる。エスデスは男と比べるとかなりの軽傷だった。大切な片翼であるエスデスに殿などという貧乏くじをやらせる事は出来ない。
その人生の大半の時間を共に過ごしてきた女の言葉に耳を疑う。相手の力量などとっくの昔に知っているはずなのに改めて嚙みしめるように言われたその言葉の意図がわからなかった。
「えっと、俺今バカにされてる?」
「まさか。私と共に歩けるのはお前を置いて他にいないという確信に変わりはない。それでも強さとは常に変化する。お前の場合は状況次第で本領が発揮されると言った方が正しいか」
ヴァリウスの額から流れる血を指に取り、そのまま口に運ぶ。唇は朱に染まり、白い肌に一筋の赤が流れた。一見猟奇的に見えるがこの女がやると何故か色っぽい。
「お前は一対一の戦いを好む。だがそれはお前の気が楽になるというだけで本領ではないという事を今日初めて知った」
「そんなに強かったか?今日の俺は」
「ああ、今まで見たどんなお前より激しかった。私の知らないヴァリウスだった。これだからお前は面白い。いや、やはりお前はこうでなくてはな」
まるで自分が褒められているようにヴァリウスを誇る。日ごとに美しくなっていく半身だがこういう所は変わらない。
「故に私も願うのだ。この狼の主たりうる者であろうとな」
「その狼っての誰が言い出したんだ?気に入ってるけどよ」
「無論、私だ」
ハアと一つため息をつくと今度は自分の手で額の血を拭った。
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5メートルを越える巨躯を持つ白狼は困惑していた。
振り下ろした己の一撃で生きている者がいる。それどころか自分の攻撃を完全に防ぎきった者が目の前にいる。その事実に理解が及ばなかったのだ。
あまり長い生涯ではなかったが、自分の一撃が無傷で防がれるという事は一度もなかった。白狼の意識がはっきりとしだしてから幾つかの戦いを行ったがそのどれもが一撃で終了した。
誰にもできなった事をこの雄はやってのけた。
彼の生まれは実は野生ではない。科学によって鉄の子宮から生み出された試験管モンスター。通常のバトルウルフと比べて圧倒的に経験値は少ない。故に強敵への免疫はゼロに近い。困惑の原因はここにあった。
目の前に立つ燃える剣を持つ人間を見下ろす。自分の周囲にも焔が張り巡らされており、その熱は狼の警戒心を煽る。
しかしそれ以上に戦慄させたモノが目の前にいる。
ーーーーコイツダ……
人口とはいえ、バトルウルフに刻まれた王者の遺伝子が警鐘を鳴らす。
ーーーー辺りを取り囲む焔よりも、あの燃える剣よりも……キケンなのは、目の前に立つこのニンゲン。
牙を剥き出しにし、背を奮い立たせる。睨みつける眼光と殺気の強さはそれだけで並の戦士なら卒倒されかねない。
しかし目の前の雄は動じない。しっかりとこちらを見据え、一分の隙も見せず半身に剣を構えている。
瞬時にバトルウルフが距離を取った。その圧倒的な速度は辺りに豪風を巻き起こす。炎のベールの中で護られた二人はその風を触覚で感じる事はできないのと同時に視覚でその動きを捉える事も出来なかった。
「速いなんてモンじゃない……」
戦慄するチェルシーから呟かれたその一言。それ自体を否定する気はヴァリウスにもない。しかし今の一連の動きの中で最も特筆すべき事はそれではなかった。
「流石だよ、バトルウルフ」
狼王のカンなのか、それとも生まれつき備わった物なのかはわからない。それゆえに感嘆する。己がそれを身につけるにはかなりの年月と経験を要したから。といっても周りから見れば早過ぎる速度で身につけているのだが……
ーーーー俺の間合いギリギリ外で構えている。バーナーナイフの力を使って範囲を広げようとした矢先にそれを察知して安全圏に逃げやがった。
野生において最も重要な事は危機への察知だ。強さを理解している者は強さを警戒する。恐怖も畏れも全て飲みくだし、力に出来る者こそが真の強者と呼べる戦士だ。
ーーーーその辺をエディはわかってるような、わかってねえような……頭ではわかってるんだろうが体感してねえんだろうなぁ
人の強さは状況により変化するという事を知っている彼女ならわかってはいるはずだ。それでもあいつが誰かを畏怖するなんて見た事ない。
まあそれは今はどうでもいい。それより目の前の危機に対処しなければならない。
逃げという選択をさせた事で王者の誇りが傷ついたのか、白狼は打って変わって攻勢に出た。鋭く尖った爪が振り下ろされる。
後ろに飛び下がり、威力を受け流しつつ剣で受ける。それでもあまりの威力に硬質な金属音が鳴り響き、身体が吹き飛ばされた。
ーーーーゲッ!?
宙に浮き、身動きが自由に取れなくなったヴァリウスにバトルウルフが噛みついてくる。バインディングだ。今の状態のヴァリウスにソレを避ける術はない。
「ぉおおおおおおおお!!!」
上空から襲い掛かる牙をバーナーナイフで防ぎ、ブーツで牙を踏みつけた。
ーーーーっっっ!?ヤバっ!!
伝わってくる尋常ならざる威力。百戦錬磨のヴァリウスでも未知のパワーだった。力勝負は話にならない。
ーーーーバーナーナイフLevel……
噛み潰されるその刹那で火力を最大放出しようとした瞬間、再び白狼は距離を取った。吐き出されたヴァリウスは唸りを上げて吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「先生っ!?」「っ!!」
初めて見る師が圧倒される姿にチェルシーは悲鳴をあげ、ファンは息を呑んで青ざめる。その光景に二人とも恐怖した。
「いたた……流石にスゲえな。身体能力じゃボロ負けか」
「お師様ぁ!!」
砂煙りをバーナーナイフで薙ぎ払い、立ち上がる。コメカミから血が滴り落ちるその姿が不安だったのか、泣きそうな声でファンが叫ぶ。
ーーーーあぁ、そうだ。あいつら見てんだったな
あんまヤられてる姿を見せちまったら、あいつらが心配で白髪になっちまう。
そう思うと身体から力が湧き出た。そうだ、俺は負けるわけにはいかない。こいつらの前では俺は無敵でなくちゃいけないんだ。
俺の間合いのギリギリ外で身構えるバトルウルフに剣を突きつける。ヴァリウスは吹き飛ばされながらも焔の盾を自身の前に展開している。あれ程の隙を見せながらも彼が追撃してこない理由はここにあった。
ーーーーそれでも俺に追撃できなかったワケではないだろうに。恐らく未知の敵への警戒とリスクを恐れたか……多分天然モノじゃねえな、ヤツは。
強さへの免疫がないから不必要に警戒する。侵すべきリスクを取ってこない。それは野生の世界ではありえない。いかにバトルウルフといえど産まれてすぐ最強になる訳ではない。強敵と戦い、喰らい、育まれていく。それが野生の成長。紅玉の瞳の青年も碧空色の髪の美女もそうだった。己より強い相手とは幾度となくぶつかった。それでも彼らは勝利を収め、強くなっていったのだ。
ーーーーま、それを差っ引いても厄介だけどな。
神速と呼ぶに相応しい速度にあの顎の力。こちらが攻撃の態勢に入る瞬間、ヤツは間合いの外へと瞬時に逃げられる。飛び道具も考えたがヤツの速度を相手にバーナーナイフで遠距離から焔を撃っても効果は薄いだろう。
「おわっと!!」
考え事をしているうちに再びバトルウルフの爪が振り下ろされ、横っとびに躱す。基本的に野生動物の動きは単純だ。爪による攻撃も振り下ろすか、薙ぎはらうかの二択。動作も大きく、ヴァリウスにとってはいわゆるテレフォンパンチであるため、受ける事は無理だが避ける事はできる。
スピードといい、パワーといい、スペックではこちらの惨敗。なら何で埋めるか。
ーーーー知恵と経験、技術、そして策略《タクティクス》
まずはスピードを封殺する!!
「陽狼《かげろう》」
剣から放たれた焔が揺らめき、ヴァリウスを取り囲んだと思ったら、その炎の中から緋色の髪の青年が六人も浮き上がった。焔による陽炎。それがバーナーナイフの特殊な焔と炎狼の技倆より、ヴァリウスの姿を象ったのだ。
信じられないその光景にバトルウルフの動きが一瞬硬直する。その躊躇が炎狼の反撃開始の合図となった。
六振りの剣から放たれた炎が逆巻き、津波のように襲い掛かると同時に6人のヴァリウスも飛び出す。
通常とは異なる青い焔に触れる事を恐れたバトルウルフは風圧で薙ぎはらう事を選択する。その選択は概ね正しい。それでもデメリットは存在する。
風の勢いで焔はバトルウルフにかかる事はなく、ヴァリウスの攻撃は見事に防がれた。
しかし直接触れなかった事で白狼は気づく事が出来なかった。
そこに本体がいない事に《・・・・・・・・・・・》
ヴァリウスは炎の勢いに紛れて白狼の背後に回り込んでいたのだ。
「たち登れ…」
昇狼・嵐、業火剣爛!!
狼の形をした無数の焔が螺旋に重なり、バトルウルフを中心にまるで竜巻が立ち昇ったような檻が出来る。まさに焔の台風だ。
天まで立ち昇った焔の竜巻に白狼は脱出を試みるが、あまりの熱に失敗に終わる。あのまま突っ込んでいたら出ることは出来たかもしれないが、消すことのできない焔による確実な死が待っていただろう。
「この狭さならスペックの差はハンデにならねえよなぁ、狼王」
今度は陽炎ではない本体が正面に立ち、バーナーナイフを突きつける。竜巻の中心の広さは約百平方メートル程度。この程度なら
ーーーー中心に立てば、全てが俺の間合いだ
炎の壁から無数のヴァリウスが湧き出る。それは焔で作った分身。しかしバトルウルフにはそうは見えない。使い方次第で虚も真実となる。
どんな威力の攻撃でも当たらなければ意味はない。
的を絞らせない事でパワーを封じる。
どの対象に攻撃していいかわからなかったバトルウルフの一瞬の硬直の内に今度は炎狼がその牙を突き立てる。二度目以降は効果が薄れるため、陽炎による幻影の攻撃は何度も使える技ではないが。
ーーーー1撃入れば充分……
「燃え散れ」
その一言と同時にバトルウルフの体内に突き立てられたバーナーナイフから青い炎が溢れ出る。尽きることのない特殊な焔はバトルウルフの体内を縦横無尽に駆け回り、その体躯を内部から燃え散らす。
グォオオオアアアア……
白狼から放たれる断末魔が辺りを振動させる。その叫び声に小狼達(シャオラン)は震え上がった。
「お、お師様は……お師様はどうなった!?」
その答えは数瞬後に現れた。ズゥンと地響きが鳴ったと思うと二匹の狼を包んでいた炎の竜巻は消え去り、倒れ伏し、燃え盛る白狼の前に師が立っている。
「経験不足ゆえだな。用心深さも過ぎれば毒になる。不必要に俺を警戒したのがお前の敗因だ」
バーナーナイフの能力を解除し、腰に剣を収める。自分達を包む炎の檻がなくなった瞬間、ファンはヴァリウスの元へと走った。
飛びついてくるファンをしっかりと受け止める。
「お師様、ご無事ですか!?」
「見りゃ分かるだろう。ピンピンしてるっての」
「でも傷だらけじゃん。手酷くやられたねぇ、先生」
新しく取り出した飴を咥えながらゆっくりと近づいてくる茶髪の少女。なんて事のない態度を取っているが、心臓はまだバクバクいってる。流石に今回は肝が冷えた。彼女の中の揺るぎない最強が傷ついた姿を生で見てしまったのだから無理もない。
「しょうがねえさ。超級とは何度かやった事はあるが今回のはマジで伝説の危険種だったからな。俺もいくらか覚悟した。しかし……」
考え込むように黙りこくる。何かあったのか、と見上げてくる弟子達の頭を撫でてやりながらなんでもない、と首を振った。
………………一体誰に作られたんだ、あのバトルウルフは
野生でないなら作った者がいるはずだ。しかしそんな事が出来る人間にヴァリウスは心当たりがなかった。帝具使いなのだろうとは思うけど。
ーーーー俺にぶつけてきたって事はいずれ出会う事にはなるんだろうが……
「ーーーーっと、そんな事よりタエはどうした?お前らと一緒じゃないのか?」
「タエコは宿の方の標的を殺りに行ってるよ。尾行した結果、完全にクロだったから」
「なに!?」
まずい。もし相手が昨日会ったアカメかコルネリアだった場合、殺られる可能性もある。エスデスに言わせれば弱かったタエが悪いと一蹴するのだろうがヴァリウスは違う。
タエコもコルネリアもアカメもこんな所で死なせていい才ではない。
「場所は!?」
「B区画の廃墟跡で、だって」
そこまで聞くとヴァリウスは駆け抜ける。その後ろ姿を見てチェルシーとファンも慌てて走り始めた。
▼
「決着がつきました。ヴァリウスの勝利です」
「あらあら、それは想定外。肉体能力では圧倒的な差があったのに理解不能ねぇ。でも聞く限りスペックの再現は出来てたみたいだし上出来だわ。私の研究の正しさの証明にはなった」
「では我々は撤収しましょう。この場にこれ以上留まるのはリスクしかありません」
「そうね。もうデータは充分取れたわ。こちらに火の粉が飛んでくる前に引くとしましょう」
「エスデス将軍には彼の事を知らせますか?」
「まさか。炎狼含め、最高の素材が四体もいるのよ。独り占めしたいじゃない」
それに…………
γシリーズの試験に耐えうる素体をみすみす渡すわけにはいかないしね。
その言葉は心にしまい、白衣を着たオッさんと2名の同行者はその場を後にした。
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