「………………」
炎狼が差し出した手を取り、少女が立ち上がる。その表情はまるで夢を見ているかのように惚けており、心ここに在らずという様子だ。
「ウォッホン!」
チェルシーのわざとらしい咳でようやく現実に帰ってくる。真っ赤になりながら慌てて体を引いた。
「とりあえず落ち着いたか?」
愛弟子達の反応に苦笑しながらコルネリアに問いかける。そういえば自分はさっきまで戦っていたのだったと思い出し、体に活力が戻るが、グラリと体幹がゆれる。毒がついに全身に回ったらしい。もう戦える状態ではない。
「オールベルグの毒を貰ったか。タエ、解毒剤」
「ない」
「うそこけ、あるだろう」
「ないったらない」
無表情のまま、プイッと顔をそらす。コルネリア程ではないにしろ、自分もかなり傷ついているというのに、敬愛する我が師は敵の心配ばかりしているのが気に入らないのだ。チェルシーとファンだけは表情と声に拗ねている色があるのがわかった。
ハアと一つ嘆息すると自分が持っている薬をコルネリアに渡す。オールベルグの毒の組成は大体知っている。コレを飲めば死にはしまい。
「ほら、飲みな。飲んだらしばらく安静にしてろ。タエ、こっち来い。手当てしてやる」
ふくれっ面をしながらもフェイルの言葉に従い、受けた傷跡を見せる。腹部など服の下に当たる部位も患部であったため、フェイルは触診した後、脱ぐように告げる。すると黙って脱ぎ始めたため、コルネリアは口に含んだ甘苦い液体を噴き出した。
「あーあ、貴重品なのに。調合大変なんだぞソレ」
「な、な、何当たり前みたいに真っ裸になってるのよタエコ!」
「師父にはもう数え切れないほど見られている。今更だ」
「お子ちゃまねコルネリアは。初々しいわー、私にもそんな時があったよ。でも今じゃもう全然ね。もっとすごいトコまで見せちゃってるしね〜?タエコ」
「お師様、ドコを見たんですか?」
「どこと聞かれると難しいな。全部?」
ドタバタした四人の掛け合いを見て体から力が抜ける。先程まで本当に命懸けの死闘を演じていたというのに、タエコも他の二人も完全に安心しきっている。この男がいれば何か起きてもなんの問題もないと信じているからこそのリラックス。
コルネリアは呆れると同時に羨ましいと素直に思う。彼とそんな信頼関係を築く事が出来れば自分も彼女らのようにこの美丈夫に甘える事が出来る。誰かに甘えられるという事は姉貴分であったコルネリアが最も欲している願望だった。
「さて、手当したは良いがまた暴れられても困るし色々聞きたい事もある。悪いが手足は縛らせて……」
唐突に空気が張り詰め、ヴァリウスの眉間にシワが寄る。同時に三人の弟子達も戦闘態勢を取る。見られているとハッキリ分かった。
物陰から現れたのは武装した複数の影。連中への面識はヴァリウス達にはなかったが、コルネリアだけは僅かに憶えがある。つい先日戦い、斃した連中達だったからだ。
「何だ、こいつら」
「天狗党の………残党」
コルネリアの呟きを耳聡く聞き取る。天狗党の名前はババラから聞いていた。今回の件で手を組んだ革命軍派の組織だったはず。金髪碧眼の少女が青ざめるのはわかるがどうにも炎狼は腑に落ちなかった。やられた仲間の敵討ちに来たというには連中から怒りは感じられず、下卑た欲望といった負の感情が感じられたからだ。
「敵討ち、というには貴様らからは義憤が感じられんな。何しに来たテメエら」
「俺たちは天狗党に潜伏してた帝国の密偵だよ」
おお、聞いてもいないのに正体教えてくれた。そしてここまで聞けばなんとなく連中の目的は察する。
「俺たちはゴズキの旦那に命令を受けててな。もしそいつらの誰かが負けたり敵の手に落ちそうになったら殺せってよぉ〜」
「殺す前にはナニをしてもいいって言われててなぁ。お前らには感謝してるゼェ?そんな美味そうな女を仕留めてくれてよぉ〜」
舐め回すような視線がコルネリアに注がれる。寒気が走ったのか、それともこれからの悲惨な未来を想像したのか、俺の軍服を握りしめてブルリと震えたのが感じられた。
「そ、そんな………嘘よ。パパがそんな事言うわけ……「負けたヤツは弱かった」
震える華奢な身体を抱き寄せる。力強く、情熱的に。心に落とされた寒さが少しでもマシになるようにという願いが武骨な戦士の手に込められる。その熱は正しく怯える少女に伝わった。
「そして弱さは悪。今の帝国では死に値する罪。それが真実。驚く事じゃねえさ。エディもゴズキも間違っていると俺は思わねえ」
ヴァリウスは身をもってその事を証明し続けてきた。数えきれない罪を裁いてきた。
「だがそんな
その言葉を肯定するように三匹の小狼達も牙を構える。ファンはクラムを握りしめ、チェルシーはピアノ線を操り、タエコは長剣に手をかけた。
「それと、今の帝国の真実でも一つだけ間違っていないモノがある。獲物を狩っていいのは狩られる覚悟がある奴だけだという事」
そして焔の狼も柄に手をかける。そこで襲撃者達はようやく気づいた。片殺しの狩りは殺し合いに変わったという事に。
「それに気づかなかった事が………テメエらの
▼
「よし、こんなモンだな」
戦いはあっという間に終結した。言うまでもなく圧勝。元々の実力差も違いすぎたし、この結果は火を見るよりも明らかだった。ヴァリウスが立ち上がる。もうこれ以上この場にいても意味はない。今頃ババラが別働隊の連中を叩いている頃だ。あまり心配はしてないが結果は見に行かなければならない。襲撃者を一人だけ生かしておき、ゴズキ達の動きはすでに吐かせた。
「行くぞお前ら」
『はい』
「あ…………待って!!」
コルネリアはほっぽり置いてこの場から去ろうとしたヴァリウス達を慌てて止める。何か言わなければ、と思ったのだが、怪訝そうに顔だけ振り返り、こちらを見つめる紅い瞳に胸を射抜かれ、黙りこくってしまう。
「なんだよコルネリア。解毒剤を飲んだとはいえ、まだマトモに動けないだろう。そこでしばらく大人しくしてろ。旅館に戻るんならそれからにしな」
「で、でもあなた達、パパを殺しに行くんでしょ!そんな事……」
「あーもー、なんでこんな目に遭ってもまだ奴を信じるのかねぇ、このお嬢さんは」
ヴァリウスは大きく嘆息するけれどタエコ達はその気持ちがわからなくはなかった。
ありえない事だがもし師が彼女達を裏切ったとすれば絶対になにか事情があったのだと真っ先に思うし、自分の目で確認しない限り、ヴァリウスの事は疑えないだろう。
そしてその心情はヴァリウスにも理解はできた。彼も他の誰を疑ってもエスデスを疑う事はしなかった。まあ彼はそれはそれ、これはこれと行動できる男だったので縛られる事はなかったけれど。
また一つ大きく息を吐く。いくら言葉を尽くしてもこの子には通じないだろう。なら少し荒療治になるが連れて行くしかない。
「コルネリア、真実を知る勇気はあるか?」
「…………それは」
「俺は別に無理に知る必要はないと思う。ゴズキを信じるってんならそれも一つの道だ。俺たちと戦ってお前が勝利した。代償として粉砕王は失ったといえばきっと戻れる。少しゴズキと離れたいというならそれもそれだ。お前は死んだって事にしちゃえばいい。破壊された粉砕王を持っていけば説得力もある。後は俺が上手くやってやる」
無理に辛い真実を知る必要もない。提案は魅力的かつ現実的だ。どちらを選んだとしてもこの男なら上手くやる。その確信はコルネリアにもあった。しかしそのどちらを選んだとしても一つだけコルネリアには見逃したくない点があった。
ーーーーこのどっちを選んだとしても、私はこの人と一緒にはいられない。
何が正しいのか、どう生きればいいのか、まだ彼女にはわからない。それも当然だ。コルネリアはまだ誰かに導いてもらって当たり前の少女なのだから。
「それでも、知りたい。私は今何も知らない。今まで何で戦ってたのかも、私が何者なのかさえ………知らないと私は進めないと思うから」
「…………どこかで聞いたセリフだな」
チラリと長剣を腰に納めた愛弟子を見やる。拾って育てて適当な家に預けてやろうとした時、弟子にしてくれと頼み込んできた時、タエコも似たような事を言っていた。
「いいだろう、連れて行くだけ連れてってやる。ただし、物陰から見るだけだ。直接関わる事は許さん。そのあとどうするかも面倒みないからな」
「はい!」
どこかで聞いたようなその返事と態度に狼たちはまた溜息を吐く。最後の話はまた覆るんだろう未来を憂いながら、自分達の例がある故、止める事もできない歯痒さを紛らわす為にはこうする他になかったから。
「お前らの別働隊の逗留地は」
「郊外の外れの山だけど」
「なら案内を頼む。連れて行くんだ。少しは役に立ってもらうぞ。行くぞお前ら。ババラの事だから大丈夫だとは思うが、ゴズキは帝具使いだ。ヤバい可能性がないとも言えん。急ぐぞ」
『了解!!』
あとがきです。うわぁ、気づけばフェイル書くの久しぶり。なんか人気イマイチなかったので放置してたら更新してほしいというありがたいメールやコメントを頂いた為、頑張ろうと思います。それでは感想、評価お待ちしています。他にもFAIRYTAILローレライの支配者と落第騎士の英雄譚で連載しておりますのでそちらもよろしくお願いします。