ーーーーなんとかなったか。
戦いに敗れ、爆発四散したババラの死体を見ながらゴズキは一つ嘆息する。強いだけでなく手強く老獪な相手だった。実戦経験が足りない発展途上の子供達では手に負えない敵だっただろう。自分が相手にできて良かった。
ーーーー成果もあった。コレで宿の連中が無事なら今回は撤収でいいだろ。
一度宿に戻るぞ、と口を開きかけたその瞬間、砂埃が一気に舞い上がる。唐突な何かの襲来にゴズキは新手と思い、再び臨戦態勢を取る。
ゴズキが構えを取る前に砂埃が払われる。竜巻の中心に立っていたのは緋色の髪に紅玉の瞳を宿した炎の剣を操り、最強の証を持つ軍服を纏った青年。
ーーーーこ、こいつは……
「ヴァリウス………副将軍」
「うわ、やっぱわかるか」
バツの悪そうな顔をしながら炎狼が戦場に舞い降りた。
時は少し遡る。
コルネリアに教えられた場所に向かっている最中、すぐ近くで地響きが鳴るほどの轟音が響く。フェイルが駆けつけたとき、もうババラ達の戦闘は終局へと向かっていた。ババラはすでにゴズキと交戦していて、皇拳寺羅刹四鬼の十八番、身体操作でゴズキが攻め、熟練の技量でババラが凌ぐ。実力伯仲の死闘が演じられている。
タエコ達には茂みで伏せておくように告げ、フェイルも戦闘に参加しようとしたその時、極死の一太刀がババラを掠め、村雨の呪毒により、絶命。最後の抵抗として、己の体の中に仕掛けた火薬で自爆した。
「今のは……」
爆音に真っ先に反応したのがタエコだった。このタイミングで起こった爆発ならそれはババラが起こしたものだと考えるのはオールベルグとして自然だ。
「ババラが………負けた」
歯ぎしりの音が聞こえた瞬間、ヴァリウスはタエコを抑え込んだ。あと1秒抑えるのが遅ければタエコはゴズキに突っ込んでいただろう。
「落ち着けタエコ!ババラで勝てなかった相手にお前が勝てるわけないだろう!」
「でも!「でもじゃねえ!!オールベルグの死神だってんならいつ死んでもおかしくない覚悟はしていたはずだろう!真の意味で仇が取りたいならここは堪えろ!」
「…………っ!!」
タエコは握った拳を地面に叩きつける。無駄だとはわかりつつも、何かに当たらなければこの気持ちをごまかす事は出来なかった。
「お師様、これからどうしますか?」
「ババラが死んだ時点で俺たちの仕事は終わりだ。依頼主がいないのにこれ以上命をかける必要はない」
「でも先生どうするの?コルネリアに真実を見せるって言ってたじゃない」
このままトンズラしてはそれを教える事はできない。つまりヴァリウスがゴズキに姿を見せる必要がある。変装道具も今は手元にはないから素顔を見せなければならない。
そしてソレはヴァリウスにとってリスクしかない。
「コルネリ……長いな。コルネ……じゃなんかアレか。リアでいいか?」
「え、私?私に愛称?」
ヴァリウスはよく人に愛称をつける。短い名前の人間ならそのままだが、呼びにくかったり、呼ぶのが手間な名前には簡単に呼びやすい愛称でその人を呼んでいる。エスデスやタエコがそうだ。
そんな何の気なしに行うヴァリウスの行動を、コルネリアには特別に感じられた。仲間達にも姉貴分としてコル姉とか呼ばれていたが歳上の男性にそんな気安く呼ばれた事などなかった。しかも相手はこの男。心が浮つかない筈がない。
「えー、いいじゃん。コルネにしようよ。なんか可愛いし。癖っ毛だし」
「俺がなんかヤダ。何故か口の中が甘くなる。リアの方が呼びやすいし。てそんな事はどうでもいい。お前、まだ知りたいか?」
「え………はい」
お前と呼んだ時、少し落ち込んだ様子を見せた後、力強く頷く。その目を見た後、ヴァリウスはため息をつき、頭を掻いた。
「お前ら、ここから動くな。これからゴズキを此処に連れてくる」
「え!?姿見せるの!?いいの!?」
「仕方ねえだろう。真実を教えるって約束しちゃったの俺だしな。ただし、絶対にお前らは姿を見せるなよ。色々めんどくなるから。あ、チェルシー、コレ借りるぞ」
「え、いいけど……とゆーか先生、ソレ何に使うの?」
「まあ見てろって」
返事を待たず、ヴァリウスが跳躍する。本音を言えばついていきたい。けれど本気で動き始めた師についていける人間は此処にはいない。チェルシーにできる事は硬く拳を握りしめたタエコを宥めることぐらいだった。
「ヴァリウス……副将軍」
「うわ、やっぱわかるか」
舌を出す。バレる可能性はもちろん頭にあったがこうも早く正体を知られるとやはりあまりいい気はしない。
「いや、もう副将軍じゃありませんでしたかい?今日は一体何のようで」
「なに、見知ったツラを見たんでな。ちょーっと頼みごとをと思ったまでよ」
「父よ、この男は誰だ」
ブロンドの少年がゴズキに近寄る。ババラから預かった人相書きに比べてかなり髪が長い。恐らく帝具か臣具の力だ。臣具の事はあまり知らないが変身するというものは帝具にもある。似たようなものがあっても不思議ではない。
ナハシュの言葉にゴズキは答えない。何か一つ隙があれば直ちにこちらの首を喰い千切れる怪物が相手だ。他のことに構ってはいられない。
ーーーーあの女の犬がトチ狂ったとだけは聞いていたが……なるほど、確かに虚ろな目だ
焦点の定まらない紅玉の瞳を見てゴズキはさらに身を引き締める。心のない人間なら帝具の使い方次第でまだやりようはある。隙があれば村雨を一太刀浴びせるくらい出来る。しかし今この男は自分を見失いつつある。そのくせ強い。迂闊に動けば殺されかねない。獣と同じだ。
そしてこの獣は3年前、あの氷の魔女をも噛み砕いた。ならこちらに勝ち目はない。
「落ち着けよ。別にやるつもりはない。ババラを斬ったことに関しても責める気は全くねえよ。負けたこいつが弱かった。そんだけだ」
「…………では何のご用で?」
「まあココで話してもいいんだが……」
視線を子供達に向けてやる。彼らの前では話せない事もあるだろう、と目で語った。
「少し歩こうか、えーっと名前なんだっけ?」
「ゴズキですよ、炎狼殿」
逃げる事はできない。この狼から逃れられる人間などこの世に一人しかいない。
▼
「…………このあたりで良いか」
森の中の開けた場所でヴァリウスが歩みを止める。後ろからゴズキもついてきていた。その胸中は少し複雑だった。
ーーーー隙だらけだ……あの狼とは思えねえ
しかしゴズキは攻めあぐねている。並みの戦士ならこのまま斬って捨てる事も出来たかもしれない。だが目の前の怪物は並みの秤など遥かに超えている。この程度の擬態はこの男なら朝飯前だ。誘いだとすれば自分は指先一つ動かした瞬間、自分は跡形もなく燃え散らされる。
「いい子達だな」
抜くべきかどうか迷っていると声が掛かる。抜く事はいつでも出来る、と柄から手を離した。左手だけは鯉口を握りしめて。
「警戒するのはわかるが、やる気ねえって言ってんだろ。その物騒な左手外せよ」
「申し訳ねえですが、コッチも命は大事なんでね。悪いがこのままでいさせてもらいますぜ」
やれやれと言わんばかりに肩を竦め、鼻を鳴らす。「まあいい」と呟き、続けた。
「見てすぐ分かる。強いな、あの子達」
「まだまだヒヨッコですがね」
「それは当たり前だ。俺さえヒヨッコだった時があった。能力だけならlエスデス軍《ウチ》でもやれる素材だ」
その事に関して異議はない。確かにまだ実戦経験に欠けるため、一流どころ相手では少し不安はあるがそれも遠くない未来に解決される事だろう。
「別に聖人君子みたいな事は言わねえ。帝国の戦力として彼らを育てるのは構わん。だが真実を隠したまま人を殺させるのはやめろ。あの子達は操り人形じゃない。人間だ」
言葉の意味は正しく分かる。何が言いたいかも全て伝わっている。しかしそれは出来ない。自分に忠実な駒とするには真実はできるだけ隠さなければならない。
「悪いですがそれは出来ませんねぇ。あいつらに戦闘以外の思考力はいらねえんですよ。奴らぁ剣だ。それ以上の価値はねえし、必要もねえ」
予想通りの答え過ぎてヴァリウスは吐き気がした。そんな生き方もありといえばありだ。自分もかつてはそうだった。余計な事を考えなくていいという点では気楽でもある。だがそれでは人間である意味がなくなる。
NOと言うのは意志の力がいる。場合によっては覚悟もいる。Yesというだけなら機械でも出来る。
「彼らは機械になっちゃいけねえんだ。この国を本当に思うのなら真実を伝えた上で戦わせてやれ。お前に恥じる事がねえなら出来るはずだろう」
「恥じる所がありまくりなのは俺なんかよりアンタの方がよっぽど知ってるはずでしょう」
「…………まーな」
子供は純粋だ。善の方が好きな子供の方が圧倒的に多数だろう。命を捧げてまで悪として戦おうなどまず思わないだろう。
「だから奴らには俺に心酔させて忠実な道具にする必要があるんですよ。道具に意思なんていらねえんですからねえ」
「なら聞くが、お前はこのまま帝国で人殺しを続けてどうするつもりなんだ。この国が間違っているのはわかってるだろう。このまま人斬りを続ける事を何とも思わねえのか、てめえは」
「思いやしませんね!死ぬ奴は弱かった!それこそが
「…………結局てめえはコバンザメ、か」
もう話す事はない、と背を向ける。その動きは相変わらず緩慢で隙だらけだ。
ーーーー今だ!
ヴァリウスの視線がゴズキから外れた瞬間、ゴズキは村雨の柄に手を掛け、斬りかかった。もし察知されて避けられたとしても背を向けているこの体勢なら充分に回避が可能だ。
ーーーーえっ…
ゴズキがそう思うほど呆気なく戦闘は終わった。ゴズキの咄嗟の動きに反応し、回避行動を取ったのは流石だったがその動きはやはり遅い。少なくとも村雨をかすらせるには充分だった。呪毒は瞬く間に心臓に達し、死に至らしめる。
そのまま無言で地面に倒れる。この刀に斬られて死ぬ者はこの倒れ方が多い。何があったかわからないと混乱したまま死んでいく。帝具の能力を知らないものなら当然だろう。
「…………悪いですが、アンタの首には手配がかかってるんすよ。もらいますぜ」
首を切り落とし、袋に詰める。即死したおかげか、思ったより出血は少なく、難なく作業は終わった。
「しかしコイツはつくづく反則な刀だぜ。まさかこんな簡単に炎狼を殺せるなんてな。はっはははは!」
首のない死体を置いてゴズキはその場を去った。
心配してください、死んでますよ。それでは感想、評価よろしくお願いします