千年の繁栄の礎を作り上げた男、始皇帝。彼は時の栄華を極め、地位と名誉、そして権力。およそ人間が現状で手に入れられるモノの全てを手に入れた。
そんな男が最後に欲する物は皆共通している。
それは未来。
男は自分と自分が作り上げた国の未来をも手に入れようとした。自分の死期を悟り、死を受け入れた皇帝は国を守る護り手として、人材と技術と財力の粋を尽くして彼は武具を作り上げた。
それが帝具。人智を超えた、物理法則すらも覆す……いや、正確には覆してはいないのだろう。なまじそう見える力があるから勘違いしやすいが、物理の壁というのは想像以上に高く厚い。だが高度に発達した科学は魔法と区別がつかない。そんな力を持った帝国を不滅の存在とするための超兵器。
しかし、彼は死期を悟っても、そんな超兵器を作り上げても、自分の生を諦めたわけではなかった。
不老不死、栄華を極めた者が皆欲する愚かな夢と欲望。
持てる力の全てを尽くして始皇帝はこれを求めた。
情報にも高値がつけられ、報酬を得るために多くの技術や薬が集められた。しかしその大半は根も葉もないくだらない技術や噂。中には口にすれば確実に死ぬ水銀を不死の薬だと言うものすらあった。
結局、その悪夢が叶う事はなかったが、何も得られなかったわけではない。くだらない石ころの中には宝石もかくやというホンモノも存在していたのだ。錬金術もその一つ。当時は錬丹術と呼ばれていた物質変遷の技術。
そういったホンモノを発見した人物の名前はほぼ同一人物の物だった。その人物こそがジョフク。始皇帝が派遣した学者の中で不老不死に最も近づいた男。
彼は自分が発見した物を報告するため、研究成果や調査結果を文献や石碑に纏めた。帝国に送られるべきだったそれらの資料は千年の時を経て、現在では世界各地へと散らばってしまっている。
文献には現在失われてしまった技術や文明について多くの事が書かれており、その希少価値は帝具に匹敵する。
それが『ジョフクの報告書』。中には不老不死についてすら書かれている物さえあると言われている。人によれば血眼になって探している者もいる。それ一つを求めて命を落とした者さえも。
この資料に関わることは死の可能性が常にある。危険度は帝国の闇に勝るとも劣らない。
ーーーーそんなモノに関わるのなんざ、俺でさえゴメンだってのに……
異形の生物の背中に乗って、異国の空を滑空しながら、風に紅い髪を靡かせる美丈夫が大きく一つ溜め息を吐く。整った眉には疲労と諦観がない交ぜになったシワが深く刻まれている。若者の名はヴァリウス。今はわけあってフェイルと名乗っている。かつて帝国に仕え、炎狼と呼ばれた最強の戦士。
「先生、元気ないね。だいじょぶ?飴食べる?」
飴を咥えた亜麻色の髪の少女が男の顔を覗き込んでくる。彼女の名はチェルシー。美しいというよりは可愛らしいという形容が似合う少女。人懐っこさと警戒心を解かせる親しみやすさは猫を彷彿とさせる。
「ああ、気にするな。面倒はいつもの事だしな」
「え?なに?今回の仕事ってヤバいの?」
「俺が溜め息吐きたくなる程度にはな」
「げっ…」
乙女にあるまじき反応だが無理もない。世界最強と信じている己の師がヤバい事を否定しないという事は自分達にとっては相当ヤバい事に違いない。
「ファ〜ン〜。私達今度こそ死んじゃうかも〜」
「うひゃんっ!?」
師のローブにしがみついて震えていた艶やかな黒髪を腰まで伸ばした大陸風の衣装を纏った少女にチェルシーがしなだれかかった瞬間、可愛らしい声をあげて飛び上がる。
空飛ぶ動物に乗って上空高く飛ぶという未体験の事象に彼女は怯えきっていた。もし落下などすればたとえ師といえど死ぬ事に疑いはない高さを捕まるところさえなく高速で飛翔しているのだ。全身を襲う容赦のない空気抵抗にバン族の少女、ファンが恐れを抱いても仕方ない事だろう。
「ち、ちちちチェルシー!?こんなところでしがみついたりしないで!私は今貴方が思っている以上に恐れてるんだ!というかよくそんな余裕あるな貴方達!」
「そう?風が気持ち良いじゃない。ねえ、タエコ」
セミロングの黒髪をアップに纏め、簪を差した少女に声をかける。美しいが無表情な彼女は一度頷きを返した。すらりとした均整のとれたスタイルに佇まいは他の二人にはない艶がある。
この三人の少女達はみなヴァリウスの弟子。それぞれに素晴らしい才覚を持つ原石にして、小さな狼。恐らくは今こそが伸び盛りの少女達は日々メキメキと成長している。
「随分とイヤミな溜め息だなヴァル。私への当てつけか」
「No way。お前の頼みとあればたとえ火の中、水の中ですよ。
「やめろ私はヴァルに何も教えてない。貴方こそが私の師だ。それは貴方がどんな立場になろうと変わらない」
薄汚れた白衣に茶がかった黒髪の美女、チサト。元エスデス軍軍医にしてヴァリウスの元部下。路頭に迷っていたところを彼が拾い、鍛え上げた戦士。
そして今回の一件を医師連盟に依頼された闇の医師。ジョフクの報告書の中には医療に革新的な技術をもたらす資料も多く存在する。医師にとってはまさに宝の山。しかし戦闘能力を持たない彼らにジョフクの報告書の調査は不可能だった。
そこで高い戦闘力をもつチサトにお鉢が回ってきたというワケだ。
「俺はヘタに手を出さねえ方が良いとは思うがな」
アレはパンドラの匣だ、とヴァリウスは思う。かつてジョフクの報告書の一部を彼は見た事がある。内容は専門的すぎて原理や理屈はまるで理解できなかったが、その技術はまだ人が持って良い次元のものではないという事だけはわかった。
分を過ぎた力は身を滅ぼす。今自分が腰に下げている剣も剣が認めなかった使用者を一体何人燃え散らしてきたかわからない。欲こそが人間を発展させてきたという事にヴァリウスも疑いはないが、求めてはいけないものというものも存在する事を彼は知っていた。
「それは私も同意見だ。ジジイどもは回収を命じてはいるが、私は発見次第焼却、もしくは破壊するつもりだ」
「連中が聞いたら泣くな」
「仕方ない。どんな素晴らしい技術も………いや、素晴らしい技術だからこそ悪用する者は必ずいる」
「悲しいねぇ、人間ってのは。それと同時に恐ろしい」
「そんなに凄いの?ジョフクの報告書って?」
「場合によっては帝具以上の価値がある」
「うわ〜……なんか帰りたくなってきた」
「奇遇だな、チェルちゃん。俺もだよ」
チサトの頼みでなければ一も二もなく断っていたところだ。情報とは恐ろしい価値を持つ。内容によってはそれ一つを持っているせいで一生命を狙われ続ける者さえいる。その場限りの脅威というならヴァリウスもここまで嫌がりはしなかったが、もし発見してしまってはたとえ破壊したとしても文献の内容を知ったという可能性は残る。しかも内容はジョフクの報告書。富と権力を極めた老害どもにありとあらゆる手を使われて追い回されるのは目に見えている。
いや、ヴァリウスがソレをされる事は恐らくないだろう。死んだ事になっている人間だし、チサトも今回の同行は依頼主に知らせていない。狙われるとしたらチサトだ。
ーーーー結局同じことだがな…
チサトには大きな恩がある。彼女もヴァリウスに恩義を感じているため、今は貸し借りはない状態とも言えるが、それでもヴァリウスにとってチサトが特別な女だという事に変わりはない。もし彼女の命の危機が訪れたのならヴァリウスは必ずチサトを守るだろう。己の全てを懸けて。
ーーーーまったく、どうしようもないな、俺も。
帝国から離反し、身軽になったかと思えばいつの間にかまた多くの大切なモノを背負いこんでいる。決して戻りたいと思うワケではないが、そういった意味では軍人だった方が楽だったかもしれない。あの時彼の背に乗っていた大切な存在は碧髪の女神ただ一人だったのだから。
ーーーーっ………
首筋の裏に手を伸ばす。なぜかわからないが昨日からずっとエディの事を少しでも想うとこのあたりが疼く。何かあるか?と弟子たちに聞いてみると古い小さな傷があると言っていた。
ーーーー嫌な予感がするな……
あいつを想わない日などあの夜から一度もなかったというのに、痛み出したのは昨日からが初めてだ。
嫌な予感がする。頭の中がピリピリするような、胸の中がもやつく様な感覚。嫌な予感は当たるというが、それは当たり前だ。嫌な予感にはたいてい根拠があるのだ。仕事で大きな何かをしなければならなかったり、危ないと薄々分かっているとところに行かなければならなかったりなどの自分にとって良くない何かがあるかもしれないとわかっている時、人は通常とは異なる感覚に襲われる。それが嫌な予感の正体だ。
「しかしこんな乗り物、いつ調達したんだ?」
現在、ヴァリウス達の一団は特級危険種、エアマンタに乗って空にいる。危険種を乗り物にするという事自体はそこまで珍しくはないが、それはたいてい大きな組織が長い時間と手間暇を掛けてようやく出来る偉業だ。しかしヴァリウスは今日いきなりコレを用意してきた。疑問に持つのは当然だ。
「プトラは遠い。馬を乗り継いでも1ヶ月はかかる。だがこいつなら3日もあれば着く」
「答えになってない。いつ調達したのかを聞いている」
「言っても信じないだろうから言わない」
「信じるさ。私がヴァルを信じなかった事など一度もない」
小さく息を一つ吐く。その言葉に嘘はない事を彼女のかつての上官は知っていた。
「昨日」
「ははっ、冗談だろう?」
「ほらな?」
皮肉げに口角を歪める。別に今ので自分を信じなかったなどと言う気はない。信じられないのが当たり前なのだ。
「非常識が人生の大半以上身近にいるとそれくらいは身につく」
技術は何事も見て盗むのが最も効率が良い。この手の事をヴァリウスは達人中の達人から盗んだ。それでも師匠にはまだ及ばない。エスデスならその日のうちに用意しただろう。
「私にも非常識がいるがそんなものは身についていないぞ」
「安心しろ、エディの軍にいたってだけでお前は充分非常識だ」
「そんな事より先生。そろそろ行く先教えてくれない?この辺り、なんか渓谷ばっかりで人がいそうな気配ないんだけど」
景色を見る余裕があるチェルシーがついに行き先を尋ねる。人気がないというのはないだけの理由が必ずある。人がいないというのはそれだけで充分な恐怖だ。行き先が不安になるのは正しい。
「プトラの地。古代から商隊の中継基地として機能してきた渓谷地帯だ」
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プトラ。帝国北西に位置する国外の僻地。自然の要害を形成する渓谷地帯は守に安く攻めるに難い土地。帝国、北の異民族、西の異民族、パルタス、どの勢力にも支配されることなく、独特の文化を形成しているまさに異国。
「じゃあ、そこにいる人達って強いんですか?」
任務の上で最も重要なことをファンがたずねる。今は全員エアマンタから降りて地上を歩いていた。
ファンの考えは至極真っ当だ。追い詰められているとはいえ北の異民族や西の異民族が未だ帝国に支配されきっていないのはその実力が高いからに他ならない。ならばプトラもそうだと思うのは当然だろう。
「それもないとは言えねえが、それだけが理由じゃねえのさ」
「?じゃあ何で?」
「何でだと思う?」
イタズラな笑みを浮かべて三人の弟子に逆に問い返す。教えるのは簡単だが何でも自分が告げては成長できない。自分で考えられない戦士は長生きしない。そういった連中はたいてい視野が狭いからだ。
「ん〜〜。帝国からは遠いから?」
「そして他の勢力は自分の身を守るのに精一杯だから」
「どちらも間違ってないが満点はやれんな。じゃあヒント。遠くても自分の事で精一杯でも勢力が土地を侵略する理由は?」
新たな問いかけに三人とも頭を抱えて唸る。が、ほぼ三人同時に閃き、パッと顔を上げた。
『攻めるだけの理由がそこにあるから!!』
「exactly」
ヴァリウスが笑い、チサトが拍手を送る。だいぶ論理的な思考が出来るようになってきている。
「プトラは痩せた土地だ。ぶっちゃけ苦労してまで手に入れる価値がねえんだよ」
「だが歴史ある土地だ。そして歴史があればあるほど古代の王とは偉大な扱いを受ける。国によってはもっとも神に近い存在とさえされている王もいるくらいだ。そして王には多くの御供がされている。それこそ金銀財宝がな」
ほえーとチェルシーだけが感心する。もと役人見習いなだけあって彼女は財宝の価値を正しく理解しているが、タエコとファンには言葉以上のことは知らない。
「そして宝には番人が付き物だ。墓守と呼ばれている連中がそこを守っている」
「強いの?」
「多分な。今回の俺らの目的は連中の強さの源となっているモンだ」
「鍛錬や才能ではない、と?」
「コルネリアが持ってたような特殊な武具?」
「おそらくそれに近い。ジョフクの報告書には帝具に応用されている技術も数多くあると言われている」
医師連盟が手に入れた情報。それは秘術を利用した墓守達の存在についてだった。連中が手に入れたジョフクの報告書に書かれていたのは土地の名前のみだったらしい。それについて詳しく知るために彼らに依頼をしてきたのだ。
「しかし不親切な地図だ。墓の大まかな場所しか書かれてねえ。コレはちょっと手こずりそうだぜ」
プトラの街で手に入れた地図は実にいい加減だった。墓の地図も一階までしかない。俺一人ならともかく、こいつらとこれで出向くのは危険すぎる。
「お前らは街で待ってろ。ちょっと俺一人で偵察してくる」
「ええっ!?だ、大丈夫なの?やばいんでしょ墓守の奴らって!」
「大丈夫だよ、別にドンパチしに来たんじゃねえんだ。秘術についての情報を得られれば俺らの用は終わる。お前らに来てもらったのは異国を見ておくことは確実にプラスになると思ったからさ。それに人数が多いと警戒もされる。一人の方が安全なんだよ。俺が戻るまでは街にいろ。指示が必要な時はチサトの判断を仰げ。わかったな」
全員頷きを返す。
「チサト。頼むぞ。ここじゃコレもあまり通用しないからな」
エスデス軍のエンブレム。自分のはもうコルネリアにやってしまったが、チサトのはまだある。ここまではそれが大いに役立ってくれたがここはもう異国。流石のエスデス軍の威光もほぼ無意味な土地だ。
「お前に限って心配はいらないとは思うが……気をつけろよ」
「ああ、だがもし3日経って俺が戻らなかったらお前達はセーフハウスに戻れ。いいな」
「positive」
「やめろってソレ」
苦笑し、一度コツンと拳を合わせると、ヴァリウスはローブで全身を包み込み、渓谷へと向かった。
ーーーーさて、面倒な事になったな
先ほどは偵察と言ったがアレは嘘だ。今回の一件、彼女らに関わらせるのは少し荷が重い。戦闘タイプのファンやタエコはともかく、チェルシーがもし墓の中で逸れるような事になれば救出はヴァリウスといえど困難。
ーーーーこの3日で全てに決着をつけてやる。
その決意のもと、緋髪の狼は墓へと出向いた。
この時ヴァリウスは自分が焦っていることを自覚していた。出来るだけ早く今回の一件を片付けなければならない。その思いがヴァリウスを突き動かし、普段使わない危険種での移動という荒技を使わせるに至った。
ーーーー取り越し苦労なら良いんだけど……
昨日から疼き始めた首筋を掻きながら炎狼は闇の中へと姿を消した。
最後までお読みいただきありがとうございます。ついに始まりました墓守編。いかがだったでしょうか?今回の話から弟子達は命の心配ないのかなとお思いのそこの貴方。安心してください。彼女達が今回最もヤバいです。詳しくはまた後日。頑張っていこうと思いますので小説に対する感想、評価よろしくお願いします!面白いと思っていただければ幸いです。